プロローグ
「う~ん……」
遠目には布の塊にしか見えない物体が、困ったように呻く。
「極力人には関わりたくないんだけどなぁ……」
ゴツゴツとした岩山の頂上で、布の塊は地面を軽く叩きながら首を捻る。
「……でもまぁ、仕方がないか」
布の塊が立ち上がる。
眼下に広がるスペクルム連邦の実質的中心地、ミットランド。
「人の街に行くのは久しぶりだなぁ」
風に煽られて幾重もの布が音を立ててはためく。はためく布の下には、亜麻色の髪と琥珀の瞳の青年の笑顔があった。
『岩山の洞窟に結晶を取りに行きませんか?
竜の子供の食い初めに相応しい結晶を探しています。
朝焼けの空を閉じ込めたような薄紫の鱗をした竜の子です。
是非、相応しい結晶を探してきてください。
お礼に結晶谷へご招待します。そこで竜の子に食べさせてあげてください』
「んん?」
A.R.O.A.職員の女性は掲示板に貼られた紙を見て首を傾げる。
ポスターとは言えない、古い羊皮紙に手書きの文字での告知書。しかも内容は竜の子の為に結晶を取りに行かないか、という突飛なもの。掲示物の管理は自分達の部署で行っているが、こんなものを貼った覚えは無い。けれど、ちゃんと認印も押されてある。
「おかしいな……」
眉根を寄せる職員の横を上司の中年の男が通りかかる。
「どうした?」
「あ、この掲示物なんですけど、いつ貼られたんですかね?」
「ああ、これはさっき俺が貼ったんだ。古い友人の頼みでな。ちょっとしたハイキングだ、問題はない」
「はぁ、まぁそれなら……って、そ、その方は?!」
納得しかけた職員が、上司の横にのそりと立っている布の塊に気がついてぎょっとする。
「うん、これが古い友人」
布を幾重にも体に巻いただけのような服。フードのようになっている頭を隠す布を外せば、意外にも年若い青年が微笑んでいた。
「今日は」
「こ、こんにちは……」
比較的整った造作の青年と目を合わせた職員は、どうにも落ち着かなかった。それは別にときめいているわけではない。青年の琥珀の眼が光を反射して金に見え、どこか爬虫類を思わせたからだ。
初対面の人間に失礼だとは思いながらも、職員は「それでは」と言い残して足早に逃げた。
「怖がらせるな」
「せっかく笑ってみたのになぁ」
残された男と青年がおかしそうに話す。
「けどわざわざこっちにくるとは、結晶谷は不作なのか?」
「いや、問題ないよ。でも新しい子に相応しい結晶が無くて、それで探したらあの岩山のが良さそうだったってだけだよ」
ところがそこは、どうやら最近オーガかデミ・オーガが駆除された現場のようで、瘴気がうっすらと漂っていたのだ。
「ウィンクルムなら瘴気を感じ取れるって君から聞いた事があったからね。嫌な気分のしない綺麗な結晶を取ってきて欲しいなぁ」
結晶谷には竜が棲む。
それはある地方の人間には寝物語に聞かされる当たり前の話だった。
結晶谷が何処なのか、本当に竜が棲んでいるのか、それを確かめる者はいなかったが、誰もが親兄弟に聞かされ、当たり前の知識として刻み込むのだ。結晶谷には竜が棲んでいる、と。
「まぁ、行ってくれるウィンクルムがいたらな」
そのある地方出身の男が、微笑みながら答えた。
解説
●岩山の洞窟
・二人並んで余裕で歩けるけど三人はきつい位の横幅で、背の高い男性が軽くジャンプしても頭をぶつけない位の高さで、入り口から一番奥まで一本道で歩いて五分位の長さのちっちゃい洞窟です
・この洞窟は何故か様々な鉱物の結晶形態が自形で確認できますというか眼に見えてわかる形で宝石の原石が露出してます、不思議ですね、ファンタジー万歳
●結晶
・採取して欲しいのは、瘴気で汚されてなくて、薄紫色の竜の子供が食べるのに相応しい結晶です。薄紫色の結晶か、薄紫を作る色の結晶がいいとか……?
・触って気持ち悪くなるものは瘴気で汚されています
・プランには何の原石を見つけて採取するか書いて下さい
●結晶谷
・結晶が取れたなら、青年がお礼に『結晶谷』へ招待してくれます
・結晶谷は岩山の洞窟のもっと凄い版で、さらに陽があたってるのでキラキラ眩しいです
・え、どうやって行くのか? それは勿論、ねぇ?
青年「高所恐怖症の方は辛いかもしれませんねぇ」
・結晶谷では大型犬位の大きさの竜の子供に結晶を食べさせる事が出来ます。結晶を気に入れば竜の子はじゃれてくるかも?
青年「爬虫類とか苦手な方はちょっとしんどいかもしれませんねぇ」
●つるはしと小袋
・結晶を取り出すための必須道具で、レンタル料として300Jrいただきます
ゲームマスターより
綺麗な石はお好きですか? 大きい生き物はお好きですか? あと、飛行体験はお好きですか?
ファンタジー全開な依頼です。
綺麗なものを見つけて、滅多にない邂逅を楽しんで下さい。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)
○採取する結晶:モルガナイト 小さい頃に何度も読んだ冒険小説 いつか私も物語の中の登場人物達みたいに冒険に出て 竜に会うんだってずっと思っていたんです 竜の子に美味しいって言って貰えるような結晶 頑張って探しましょうね! 冒険気分でワクワクしながら洞窟内で結晶を探します 気になった原石には近づいて触れてみます あのピンク色と水色の結晶の原石 重ねて空の光にかざせば スミレ色に見えるかしら? 私はピンク色の方の結晶を採取しますわ 力加減に注意してツルハシを使います ○結晶谷へ 高い所は大好きですわ! サフラン、サフラン!感動ですわ! ○竜の子 2人で採取した結晶を重ねて竜の子に見せてみます 気に入ってくれるかしら…うー、ドキドキ |
ユラ(ルーク)
アドリブ歓迎 竜ってお伽話の中だけだと思ってた……うん、会ってみたいな そして、あわよくば仲良くなりたい ■採取する結晶:アメトリン 瘴気に汚されていないものを慎重に探さないと 朝焼けの空のような色って聞いたから、似たようなカラーの結晶がいいかな 気に入ってくれるといいなぁ 高い所は好き 飛ぶのは……たぶん問題ない あら、ルー君にしては綺麗な例え方だねぇ。でも同感 なんか人が立ち入っちゃいけない場所みたいだよね (竜って頭良いよね、きっと) えーと、はじめまして。良かったら、コレもらってください ……なんかこれ、お見合いみたいだね 触ったりしても平気かなぁ あはは、今日は感動してばっかりだよ なんだか夢の中にいるみたい |
100000774(驟雨)
・竜見たさに結晶を探す 結晶を食べる竜…是非に会ってみたい! 薄紫を作る色の結晶…が、一番良いのか。なかなかに難しい。 当たり前だ。竜なんて実物を見るのは初めてになるからな、好奇心がそそられる! …驟雨はあまり気が進んでいないようだな。 ・結晶捜探索後竜と触合う際、驟雨の異変に気付く やはりお前…竜が苦手なのか?お前から好奇心が微塵も感じん。 …そんな事か、お前の事だからつまらん意地でも張ったのだろうが、さっさと言え。 今後同じような事態があっては、私はフォローが出来んだろう? これが敵だったらどうするつもりだ? パートナーだからな、当然だ。 …それにしても、こんなに可愛いのに驟雨は勿体ないな。(竜の子を撫でなで) |
汐見 セツカ(ジノファン・マリストージュ)
何事も開始直後の選択肢が肝心ですよね!(拳ぐぐ) ピンクトルマリンとアクアマリンの原石を探します 足したら薄紫ですし、たくさん集めたらお腹一杯になりますよね…? 身の丈に合った低い場所をカンカン掘っていきます。 高い所は…ま、マリストさんお願い出来ませんか?! (ぐううッ、大人の男の人に話し掛けるだけで高レベルなのに何たる難易度!星みっつ!) 移動中は何かに必死でしがみ付きます。 ダメです、顔を上げたら眼鏡がビャッと後ろに飛びそうでえええ! 竜の子へは生まれたて子鹿スタイルで数センチずつ近寄ります。 …ど、どどどどうぞお納め下さい…!(ぷるぷる) 今日はとっても経験値が上昇した感じがします! いえこっちの話です! |
■竜に会う為に
「竜って……あの竜!?」
真っ先に驚きの声をあげたのはワクワクした様子の『ルーク』だった。
「本当にいるのか、だったら、行くしかねぇだろ!」
「竜ってお伽話の中だけだと思ってた……うん、会ってみたいな」
そして、あわよくば仲良くなりたい。そう語るのはルークの横でそわそわとしている『ユラ』だ。
二人だけではない。依頼を受けたウィンクルム達は浮き立っていた。
「結晶を食べる竜……是非に会ってみたい!」
今回集まった神人の中でも一番大人に見える『100000774』(本人は『ナナシ』と名乗っている)もやる気に満ち、パートナーの『驟雨』の目を瞠らせた。
「いつか私も物語の中の登場人物達みたいに冒険に出て、竜に会うんだってずっと思っていたんです」
小さい頃に何度も読んだ冒険小説。『マリーゴールド=エンデ』にいたっては子供の頃からの夢が叶うチャンスが来たのだ。既に興奮気味で頬すら色付いている。
その物語が今日、現実になる。
「竜の子に美味しいって言って貰えるような結晶、頑張って探しましょうね!」
目をキラキラとさせて『サフラン=アンファング』に言えば、からかうように笑いながら、
「ハイハイ、それじゃ頑張って採取するとしますか。あ、採取した結晶は見せてくれれば名前を教えるよ」
と答えた。
(非戦闘の任務か。ま、嬢ちゃんには妥当ってとこだな)
普段と変わりない様子でパートナーの少女『汐見 セツカ』を見て、そして顔を逸らして紫煙を燻らせ出したのは『ジノファン・マリストージュ』。
こんな任務ならば平和に楽しむ事ができるだろう、と思いながら、岩山への案内についていった。
■岩山にて
「何事も開始直後の選択肢が肝心ですよね!」
岩山の洞窟に辿り着くと、セツカは拳をぐぐっと握りながら、すぐにピンクトルマリンとアクアマリンを探し始めた。
「足したら薄紫ですし、たくさん集めたらお腹一杯になりますよね……?」
呟きながら早速つるはしを振るい始める。低い場所にピンクトルマリンの原石らしき薄紅の塊が見えたのだ。
しかし、掘りながら周囲を見ても水色の塊は見当たらない。一度掘る手を止めて、ふぅ、と上を向けば。
自分の頭上に、くすんだ水色の鉱物。
しかしあれは無理だ。高すぎる。だけどせっかく見つけたのに……。
「ま、マリストさんお願い出来ませんか?!」
今まで外近くで煙草を吸っていたジノファンに思い切って声をかける。
「あ?」
返ってきたのは、怪訝な顔とあまりにも短すぎる声。
(ぐううッ、大人の男の人に話し掛けるだけで高レベルなのに何たる難易度! 星みっつ!)
脳内で『人生における難関・難所』の難易度採点を始めながらも、なんとか事情を説明する。ようやく理解したジノファンが、やる事も無いし、と頼まれた場所の採掘を始めた。
ほっとしたセツカは採掘を再開してカンカンと掘っていく。すると。
「あ、取れた!」
ぽろりと落ちた薄紅の塊に思わず叫べば、ジノファンがさっと近づいてきて、セツカよりも早く塊を拾った。
その謎の行動に疑問と不安を覚えながらジノファンを仰ぎ見れば、興味をなくしたように薄紅の塊を渡された。
「な、何か怒ってますか?」
行動の理由が読めず、びくびくしながらも問えば、呆れたような顔。
「ああ? 怒ってねえよ。瘴気、アンタに確認させるワケにゃいかねえだろ」
それは大丈夫だ、と言って、ジノファンは採掘を再開させる。
(これは……優しさですか?!)
ふおおおッと謎の感動を味わいながら、脳内の『人生における難関・難所』の難易度採点の、さっきつけた星を一つ消した。
ちょっとした冒険気分で洞窟内を探索しているマリーゴールドだが、気になった鉱物には近づいて触れ、ちゃんと瘴気の確認もしていた。サフランも同様だ。
「あのピンク色と水色の結晶の原石、重ねて空の光にかざせばスミレ色に見えるかしら?」
幾つか確認してから、何も問題なさそうな鉱物に狙いを定めて採掘を始める。
「私はピンク色の方の結晶を採取しますわ」
「じゃあ俺はそっちの水色にするヨ。ウッカリワラナイヨウニネー」
「だ、大丈夫ですわ!」
そんな軽口を叩きあいながら、二人は力加減に注意してつるはしを振るう。
直接割らなくても、衝撃で壊れてしまう可能性もある。二人は丁寧に掘り進めて行く。
「採れましたわ!」
「こっちも採れて確認してるとこだよ」
二人同時に始めたからか、ほぼ同時に採掘できた。そしてジュエリーのスキルを持ったサフランがざっと確認を始める。
二人とも気をつけていたからか、割れてないしひびも入っていない。
「このまま磨けば宝石になるかしら」
「そうだな。俺がアクアマリンでマリーがモルガナイトか、同じ緑柱石の仲間だネ」
マネッコー、とからかえば、マリーゴールドはそれを予想していたのか、ふふん、と腕を組んで言った。
「ウィンクルムとして息が合ってきたという事ですわッ」
思わぬ返しに、サフランは笑いながら「なるほど?」と零した。
「薄紫を作る色の結晶……が、一番良いのか。なかなかに難しい」
洞窟についてからどれを採ればいいのかと、鉱物を見ながら考え込んでいるナナシを、驟雨はいっそ呆れたように見ていた。
「ナナさん気合い充分ですね」
「当たり前だ。竜なんて実物を見るのは初めてになるからな、好奇心がそそられる!」
普段はもう少し冷静なのに、今日のナナシは違う。驟雨は、まだまだ相手が読めないな、と思いながら周囲の岩肌を見る。
(竜などお伽話の産物だと思っていましたが……しかし爬虫類ですよね?)
「……驟雨はあまり気が進んでいないようだな」
考えを読まれたのかと思うほどのタイミングで、ナナシが尋ねてくる。
「そんな事無いですよ?」
笑顔で覆い隠してその場から離れる。
図星だった。
驟雨はこの任務に渋々参加していたのだ。
(弱点を晒すようで、爬虫類が苦手だと言うのは気が進みません)
竜が爬虫類かと言えば違うのだが、それでも似た特徴を幾つも持っているだろう。
この後に待っている竜との対面を考え、驟雨はひっそりと溜息をつく。
その様子をナナシが密かに見ていた事には、気付いていない。
「瘴気に汚されていないものを慎重に探さないと」
ユラがじっくりと見回しながら洞窟内を進んでいく。ルークも同じく見回しながら進んでいくが、ちょうど自分の目線の高さのところに、薄紫の塊を見つけた。
「たまたま見つけただけだけど、薄紫って言ってたしコレでいいか」
触ってみても気持ち悪くない。問題も無さそうだと掘り始める。
「あんまり長居すると、こっちまで気持ち悪くなってきそうだし」
言いながら、まだ探しているユラを見る。まだ何を掘るかきまっていないようだ。
他の者が合わせたら薄紫になるものや、元々薄紫のものを見つけている中、ユラだけがもう一歩踏み込んでこだわっていた。
依頼書の内容を思い出す。
「『朝焼けの空』のような色って書いてあったから、似たようなカラーの結晶がいいかな」
気に入ってくれるといいなぁ、と思いながら、ユラは目当てのものを見つけた。
それは、薄紫に黄色が溶けるように交じり合う、神秘的なもの。
■結晶谷へ
無事に採掘を終えたウィンクルム達が洞窟から出てくると、依頼主の青年が待ち構えていた。
「さて、皆さん高いところは大丈夫かな? ちょっと飛ぶけど」
突然の質問と宣言に、ある者はきょとんとして、ある者は何事かを察して、思い思いに答える。
「高い所は好き。飛ぶのは……たぶん問題ない」
想像しながら答えるユラの横では、既にルークが子供のようにはしゃいでいる。
「高い所は大好きですわ! 飛ぶって、飛ぶってもしかして!」
きゃあきゃあと騒ぎ始めたマリーゴールドに、青年はにっこりと笑い、ピーッと辺りに響く指笛を吹いた。
空に、小さな黒い点が生まれた。
その点は徐々に大きくなり、それにつれて重い羽ばたきの音も近づいてきて、やがて風が上から押さえつけるように吹いてくる。
「竜……これが……ッ!」
空を見上げていたナナシが、目を見開き笑顔で言う。
「じゃあ皆さん、この方の背中にある鞍に乗ってください」
にこやかに告げる青年の後ろに、薄い黄色の鱗が全身を覆っている、全長にして15メートルの翼竜が降り立った。
竜の背から下りている縄梯子で登ってみると、そこには鞍というには頑丈すぎる座席が置かれていた。
車の中身だけ取り出したような椅子に足を固定する器具、身体を押さえつけるベルト。座席の前には何故か『これを掴んでください』と言わんばかりのバーまである。さらに、椅子には毛布が置いてあり、それを巻き付けろという指示。
「落ちたら死んじゃいますから気をつけてくださいねぇ。それじゃ、行きますよぉ」
全員が用意できたのを確認した青年は、皆とは別の一人掛けの席に座り、もう一度ピュイッと指笛を吹いた。
竜の体が力を溜めるように沈みこんだ。次の瞬間、ウィンクルム達は全員、椅子の背もたれに押し付けられる感覚を味わった。竜が一気に飛び上がったのだ。
すぐ横で大きな羽根が羽ばたき始める。その羽ばたきに合わせて加速する。
「ま、って、待って待って待って! これ何処まであがるのおおお?!」
重力に逆らうように前かがみでバーにしがみ付いているセツカが叫ぶ。それは全員の思っていることだった。
隣に座っているジノファンがセツカのつむじを押して落ち着かせる。
「嬢ちゃん、大丈夫だから黙って顔上げて前向け。勿体ねぇぞ」
「ダメです、顔を上げたら眼鏡がビャッと後ろに飛びそうでえええ!」
直角に近いのではないかという角度でぐんぐんとあがっていく。椅子に押さえつけられる力は消えない。もはや地面は遥か遠くだ。周りが白く曇っていく。違う、雲の中に入ったのだ。顔に当たる風が冷たく痛い。視界のすべてが白い。何も見えない。
「出ますよ!」
青年の声が聞こえた。そして。
青。
透き通る青が一面に広がっていた。
気がつけば背もたれに押さえつけられた感覚は無い。強い風が頬に当たるが、ふつうに座っているのと同じ角度に戻った。よく見れば青だけではない。下の方は柔らかそうな白が広がっている。雲海だ。
「ス……ッゲー! 何だこれ!!」
毛布に包まったルークが何度も「スゲー!」と叫ぶ。興奮の絶頂だ。普段ならそんなルークを抑えるユラも、今は普段見られない光景に目を奪われている。
「……ッサフラン、サフラン! 感動ですわ!」
マリーゴールドが毛布ごとじたばたもこもこ動いてはしゃぎにはしゃぐ。
「ヤダ、マリーゴールドサンッタラハシャギスギー。感動しているのは分かったから、ちょっと落ち着きなさいネ」
言ってサフランはマリーゴールドの肩を毛布越しにポンポンと叩くが、興奮はどうにも止まらない。サフランだってこんな事になるとは思ってなかったのだ。
いや、ウィンクルムの誰もがこんな光景を見る事になるとは思っていなかった。
感動、興奮、驚き。
様々な想いを篭められた声が、太陽の下、雲の上の青空で響いた。
■竜の食い初め
雲と太陽以外何も無い空を暫く飛んだ後、もう一度雲へと潜り、白く曇った視界と、今度はベルトが無ければ落ちそうになる感覚をたっぷり味わい、そして目的地へ辿り着く。
「はい、到着です」
竜が出発の時とは逆に、とてもゆっくりと地面に降りる。
辿り着いたそこは、結晶谷。
谷と言うが、谷底が広すぎてまるで盆地のようだった。けれど、目に見える岩肌全てが沢山の色で輝いている。
「なんつーか、万華鏡の中みてぇ」
竜の背中から降りたルークが、さっきまでの興奮から一転、ぽかんと周りを見回しながら言った。
「あら、ルー君にしては綺麗な例え方だねぇ。でも同感。なんか人が立ち入っちゃいけない場所みたいだよね」
「まぁ実際人が立ち入ることはないんだろうな」
見回した景色の中に、人の手が入った気配がまるで無い。人工的なものは何も無く、だからこそ余計に、自然の岩肌としてはありえない、結晶だらけの光景が不思議だった。
「こちらです」
乗せてきてくれた竜が何処かへ飛び立つのを見送った後、青年がウィンクルム達を案内する。
洞窟とまではいかないが、少しく窪んだ場所。そこに一匹の小さな翼竜が待っていた。
全身は薄い紫の鱗で、光が当たると金色に光る。
小さい、といっても成長した大型犬位の大きさはあるだろう。子竜はきゅるりと大きな目をこちらに向けた。よく磨かれた紫水晶のような目だった。
「これが竜の子供か。食べさせるって、どうするんだ?」
ルークが訊ねると、青年は子竜の頭を撫でながら答える。
「普通でいいんですよ、結晶を手に置いて、差し出してあげて下さい」
そして竜の食い初めが始まる。
まずはじめに、セツカがピンクトルマリンとアクアマリンの原石を両手に乗せ、生まれたての子鹿のようにガクガクとした足でじわじわと近寄る。
「……ど、どどどどうぞお納め下さい……!」
ぷるぷると震えながら両手を差し出すが、遠い。少しずつ近づいてはいるが、遠い。そして近づくのが遅い。
「おせえ。早く渡してやれや」
ジノファンが情け容赦なくセツカの背中を押す。
「ひぃ!」と情けない声をあげながら、一気に竜の目の前に辿り着く。子竜はふんふんと鼻を寄せ、そして舌を出し原石を掬って食べた。
「ふふ、気に入ったようですね」
その後も子竜は両手に顔を突っ込み原石を食べる。それを眺めていたジノファンも手に原石を置いて差し出す。
まんざらでもないジノファンの様子に、ナナシも取ってきた原石を取り出す。そして有無を言わさず驟雨の手にも置く。
採掘したのはレッドベリルとアクアマリンを主にした緑柱石系の結晶。
子竜が今度はナナシと驟雨の手を覗き込む。少しだけ首を傾げ、それでも近づけて原石を食べ始める。しかし、すぐにまた首を傾げて食べるのをやめてしまった。
「少し赤が強すぎたようですねぇ」
「そ、そうか……」
レッドベリルでは薄紫を作るには色が濃すぎたようだ。少し落ち込むナナシの横で、そこまで触れ合わずにすんだ事にほっとしている驟雨がいた。
目の前のやりとりを見ていたマリーゴールドは、自分達の採ってきたモルガナイトとアクアマリンの原石は大丈夫かと少し不安になる。
「気に入ってくれるかしら……うー、ドキドキ」
「……俺も竜を見たのは初めてだからな」
サフランもまた、さっきからずっと、実は柄にもなく緊張している。ここまできてそっぽを向かれたら大分ショックだ。
二人は言いながら、原石を重ねて薄紫に見えるようにして、子竜にそっと差し出す。
子竜は今度は首を傾げることなく、重ねられた原石を気に入ったように食べ始めた。
「よかったぁ……!」
喜ぶマリーゴールド達を見ながら、ユラとルークも準備をする。
「えーと、こいつ名前あるのか?」
持ってきたフローライトの原石を手に乗せながらルークが訊ねる。
「いいえ、まだありません。食い初めが終わってから決めるんです」
「へぇ……よぉし、沢山食って大きくなれよ。で、大きくなったら俺達を乗せて飛ぶんだぞ!」
「ちょっとルー君」
「だって竜に乗って世界一周なんてしたら、かっこいいだろ?」
楽しそうに笑うルークに、確かにカッコイイかも、とユラも思いってしまい何も言えなくなってしまう。
(竜って頭良いよね、きっと)
気を取り直したユラは、人に接するように挨拶をして石を差し出す。
「えーと、はじめまして。良かったら、コレもらってください」
その手に乗っているのは、まさに朝焼けの空。アメトリンの原石。
子竜はそれをじっと見て、そして今までにない勢いで食べ始めた。
「わっわっわっ!」
手まで食べられるんじゃないかと思う勢いに、ルークが慌ててユラの手へアメトリンの原石を追加する。
「ああ、これはいい。まさにこの子の色だ。よく見つけてくれましたね」
ひとしきり食べた子竜が空を仰いでオオンと咆え、その後ユラに深く頭を垂れた。それを見たユラもつられるように頭を下げる。
「……なんかこれ、お見合いみたいだね。触ったりしても平気かなぁ」
よく分からない状況になってしまった。そんな困った声を聞き取ったのか、子竜はキュイッと鳴いてユラに擦り寄った。
竜の食い初めは、無事に成功したようだった。
■結晶谷の夢の時間
子竜は『アルバ』という名前が付けられた。朝焼けを意味する古語らしい。
名前が付いた子竜と戯れるウィンクルム達の中、驟雨だけが少し離れていた。
それに気付いたナナシもそっと離れて驟雨に訊ねる。
「やはりお前……竜が苦手なのか? お前から好奇心が微塵も感じん」
「ええ、苦手ですよ。僕は過去に竜に襲われた事があったのでそれから」
にっこりと笑顔で言うが、ナナシは無表情になってじっと見る。嘘だと見抜かれている。それが分かったから驟雨は気まずそうに顔を逸らし、悔しそうな顔で小さく「爬虫類が苦手なんです」と告白した。
「……そんな事か、お前の事だからつまらん意地でも張ったのだろうが、さっさと言え。今後同じような事態があっては、私はフォローが出来んだろう? これが敵だったらどうするつもりだ?」
腕を組んで説教するように言ってくるナナシに、驟雨は少なからず驚いた。
「……そんな事言うんですね、意外です」
もっと、馬鹿にされたり笑われたりするのかと思っていた。
「パートナーだからな、当然だ」
そうだ、パートナーなのだ。まだ読めないこの人と、今後様々な任務に付くかもしれない。それこそ、命を預けるような。
「まぁ……一理あるので覚えてて下さいよナナさん。フォロー期待していますから」
「任せろ」
力強く言って子竜の元へと戻っていくナナシを見ながら、驟雨は静かに笑んだ
「……それにしても、こんなに可愛いのに驟雨は勿体ないな」
子竜を撫でながら呟くナナシに、驟雨は「ナナさん、よく触りますね……」とげっそりする。
命を預け、預けられ、という関係に本当になれるのかは、まだ分からない。それでも期待は出来そうだった。
(ところで帰りもきっと竜に乗るんだが、大丈夫だろうか)
行きの時に完全に硬直していた驟雨を思い出し、ナナシは小さく笑った。
「今日はとっても経験値が上昇した感じがします!」
子竜と思う存分じゃれあったセツカが満足気に言えば、
「まぁ竜に会うなんざ滅多にない経験だしな」
俺も上昇しただろうな、とジノファンが答える。
「あ、いえ、それだけじゃなくて……」
「あ?」
「いえこっちの話です!」
ぴゃ! っと背筋を伸ばして無駄に早口で答える。
(この嬢ちゃん、想像以上に只のアホかもしれねえな)
まさか自分とのやり取りも経験値に含まれていると思わないジノファンは、不安な先行きを誤魔化すように煙草ふかした。
「ああもう、可愛いですわ! そして感動ですわ!」
子竜に抱きついているマリーゴールドを面白そうに見ながら、サフランはふと思い出した事を口にする。
「そうだマリー、さっき言った竜が出てくる物語、今度貸してくれる?」
「え、いいですけど、子供向けですわよ?」
「うん、構わない。ちょっと読んでみたいんだ」
「でしたら、是非読んで下さい!」
パッと笑顔で答えるマリーゴールドが眩しい。
読みたくなったのは、今日の竜との邂逅に昂ぶっているからか、それとも眩しさの片鱗を知りたくなったからか。
ともあれ、戻ってからの楽しみが一つ。
「本当の竜を知った今なら、読みながら間違い探しが出来そうだ」
「サフラン!」
からかいに乗ってしまうマリーゴールドに、声に出して笑った。
「さぁ、それじゃあそろそろ皆さんを送りますよ」
青年が言えば、子竜『アルバ』が名残惜しそうに「キゥ~……」と鳴いて、ユラのお腹に突進するように擦り寄ってきた。
「あはは、くすぐったい! 今日は感動してばっかりだよ」
綺麗な結晶を探し出し、初めて見る竜に乗って、雲の上へ行き、結晶谷へ来て、竜の子供と仲良くなって。
「なんだか夢の中にいるみたい」
眩しそうに笑うユラに、ルークも笑って言う。
「夢よりも夢みたいな現実だろ」
そんな現実が、ずっと続けばいいと願いながら。
依頼結果:成功
MVP:
名前:ユラ 呼び名:ユラ |
名前:ルーク 呼び名:ルーク、ルー君 |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 11月07日 |
出発日 | 11月14日 00:00 |
予定納品日 | 11月24日 |
参加者
- マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)
- ユラ(ルーク)
- 100000774(驟雨)
- 汐見 セツカ(ジノファン・マリストージュ)
会議室
-
2014/11/13-18:05
-
2014/11/11-01:47
皆さん初めまして、汐見セツカともうします!
精霊さんは…私の後方遥か彼方にいらっしゃるテイルスの、マリストさんです。
私も今回が初任務なので…非常に緊張しております…ううう(がくがくぶるぶる)
えっと、美味しい結晶を見つけていい食べ初めにしてあげたいです!
宜しくお願いします! -
2014/11/10-21:12
ごきげんよう、マリーゴールド=エンデと申します。
相棒はマキナのサフランですわっ
皆様、はじめまして!どうぞよろしくお願いします!
竜の子のために、がんばって美味しい結晶見つけましょうね!
うふふ。腕が鳴りますわ~ツルハシ!ツルハシ!
(一部抜けていた部分がありましたので再投稿致しました…!) -
2014/11/10-08:23
どうもユラです。こっちは精霊のルーク。
皆さん、はじめましてだね。
竜に会えるなんて本当おとぎ話みたい・・・楽しみだなぁ。
「薄紫を作る色の結晶」っていうのが、ちょっとよく分からないんだけど
赤と青が混じったような結晶でもいいってこと??
ま、楽しめれば何でもいいか。
よろしくお願いします。 -
2014/11/10-05:54
どうも。今回私達は初めての任務になる故、皆初めましてだな。
私はナナシだ、気軽にどう呼んでもらっても構わないぞ。
連れはポブルスの驟雨。
石にも竜にも惹かれるものがある、今からワクワクするな!
探す結晶は薄紫色が良いんだったな。アメジスト系になるのだろうか?
とにかく、皆よろしく頼むぞ!
(結晶の部分について抜けていたので再投稿しました。)