プロローグ
タブロス市内にある、とある空中庭園。
それは立ち並ぶどの高層ビル群よりも高く。屋上は広く世界を一望できる場所。
その一方で、日差しの強い日に向け、程よくビルの影が入るテラスもある。そこから空を見上げれば、まるで額で切り取ったかのような四角い青空が、屋上から溢れだした花に彩られて絵画のように目に映る。
雨の日には、室内の温室が目を楽しませてくれる。一面硝子張りの温室は、雨の中においても外を楽しむことを忘れさせないかのよう。
憩いの場を備えた建物の、温室より下の階は様々なアーティストたちの作業場となっているらしいが、こちらは関係者以外立ち入り禁止の場所である。
ひどく高尚で美しいその場所の名前は、誰も知らない。
天空塔――。
天へとそびえる高層ビルを、誰かが、そう呼んでいた。
「巷で噂の天空塔で、ちょっとしたイベントを行います」
ミラクル・トラベル・カンパニーの職員が、今日も笑顔で催しの内容を告げる。
今回職員が持ち寄ったのは、天空塔の屋上より、花火を上げるというもの。
時間は日中。小雨決行、冷たい風が吹くだろうから、暖かめの格好を推奨するとの、事。
「昼間に、花火?」
しかも、小雨で決行すると。
尋ねれば、待ってましたと言わんばかりに満面の笑みで頷いた。
「花火と言いますが、火を使わないんです。こういう、玉入れの玉みたいなものがありましてね……」
言いながら取り出したのは、なる程、玉入れの玉という表現が実に適切な、布の塊。
ただし色は赤や白という簡素な物ではなく、花柄だった。
「この『花火』の中には、柄と同じ花びらが入っているんです。で、これをこうしてぎゅって握り締めると……」
ぎゅ、と。握り締められた玉は、職員の手の中で徐々に膨らみ始める。十秒ほどで、破裂しそうになったのを見て、ぽい、と放り投げれば、ぱん、と音を立てて弾けた。
中の花びらが、ふわりと広がって、ひらひらと落ちる。その様を、花火と称するのであろうことは、見て悟れた。
「これを、屋上から投げるんです。空で弾けて地上に降る花を屋上から見下ろすのも、地上から見上げるのも、素敵なんですよ」
色々な種類のある『花火』が幾つも弾ける様は、情緒を感じさせもする。
だが、このイベントの目玉は、そこではない。
「ジンクスがあるんです」
屋上で、風に煽られて戻ってきた花びらを。あるいは、地上で、降り注いだ花びらを。
落ちる前に、掴む事が出来たら。
「悩んでいることに、答えが見つかるそうです」
ふわりと降りる花弁は、天空塔から降りた天啓のように、掴んだ者の思考を答えに導くのだそう。
そもそもがこの天空塔に作業場を置くアーティストたちの行き詰った際の気晴らしが発端だというのだから、本当にただのジンクスにしか過ぎないのだろうが……彼らもまた、そうした天啓を受けて作品を生み出しているのかも、しれない。
「興味があれば、ぜひお越しください」
沢山の『花火』を用意してお待ちしております。
解説
●天空塔
タブロス市内の高層ビル。ビルが一杯ある中で一際高い建物です
入場料としてお一人様150jr頂戴いたします
今回は屋上の空中庭園のみの使用ですのでプロローグ中にあるような他の場所へはいけません
●祝福花火
玉入れの玉くらいの大きさ、形状の布玉
ぎゅっと握って十秒ほどで弾けて花びらが散ります
花の種類はご指定いただければ何でも大丈夫ですが、推奨は薔薇などの花弁の大きいタイプです
幾つ投げて頂いても構いませんが、一つに付き50jr頂戴いたします
●ジンクス
「花びらが落ちる前に掴む事が出来たら悩んでいることに答えが見つかる」というものです
花びらは一度空に放ったものに限るので、その場で弾けさせた場合は無効です
屋上で風を待つのも良いし、敢えて地上で誰かが投げた物を待つのもありです
自分で投げた物を地上で待つのはかなり難易度が高いので非推奨です
※最安値は一人入場、一人地上待機、祝福花火を一つ投げる場合の総計200jrとなります
ジェール計算結果等をプランに書いて頂く必要はありませんが入場者数、祝福花火の使用個数は明記お願いします
ゲームマスターより
秋ですね。秋関係ないエピソードですが。
なお、花びらを掴めるかどうかも含めて錘里に一任頂いても構いませんが、
その場合は錘里ワールドが大展開されることを予めご了承いただきたく存じます
「花纏」「嘘つきな僕」「時の境にて」辺りが判りやすいかと思いますのでチャレンジャーな方は参考までに
リザルトノベル
◆アクション・プラン
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
頑なな態度の相手に折れ一人天空塔を上る 白い花(姫空木)の花火を4つ購入 移動中、他参加者の会話に耳欹て 仕事や将来への迷い、友人関係、恋の悩み……こい? 耳に残る単語に時々感じていた胸の痛みを思い出す 同時に浮かぶのは彼と過ごした日々 握った花火を全て風に乗せ 惹かれるまま手を伸ばす (俺はラセルタさんの事が、パートナーとして以上に好きなんだ 初めて自覚した感情にじわりと動揺 恋心の所為で約束した彼との日常を壊すかもしれない事を恐れ 口にする言葉は誠実であり続けるから 一つだけ、胸の内に秘める事を許して 落ち着いてから相手と合流 既にジンクスを叶えたとは言えず微笑んで口を噤む 「……有り難う、今ので全部吹き飛んでいったよ |
栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
ふふふ。ビル群から更に高く聳える天空の塔…か ねぇ、知ってる?天空塔の上から空を見ると空を切り取った様に見えるんだって 下から空を見上げるのもビルに仕切られていて、まるで額の中に入った絵みたいだね じゃぁ、上って本当に空が切り取られるか見に行こう …わ…上にくると結構風強いね… アルはやらない?じゃぁ、僕だけ… どんな色の花火が出るのかなぁ 楽しみだね (躊躇いがちに手を伸ばすも積極的に掴もうとはしない) …アル、それじゃ意味無いんだよ(苦笑)ふふ…でも、ありがとう …アルは悩み事の答え、見つかった? (頭なでられ) …ふふ。良かったね ……僕の方は、まだ悩めって事かな… |
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
2人とも屋上へ。空中庭園見たい。 『白雪姫』な事件(『VS主人公補正』)以来ラキアが元気ない。 「風の祝福を受けた花びらがふわりと舞い踊る姿が見たいな」ってラキアが言うので叶えてやりたい。 きっとビル風がいい仕事をしてくれはずさ! 風に舞い上げられた花びらの方が御利益ありそうだし! (根が単純) 赤い薔薇の花火一つを投げてみる。花びら掴めないと益々ラキアが落ち込む。それは避けたい。ラキアをどう元気づけよう? 「大丈夫、今度はもっと気を付けて皆を助けよう」 とラキアをぎゅっと抱きしめる。 ラキアの頭撫でてたらピンクの大きな花びらがふんわりとラキアの髪に絡まった。手に取る。 「牡丹?」と聞いたらラキアが満面の笑み。 |
鳥飼(鴉)
フェイクウールコート着用 良い眺めです。天気が良ければ、なお良かったんですけど。 辛夷の花火を2つ空へ。 僕の悩みより、他の方の悩みを解決できたら。 素敵だと思いません?(微笑む (花火を眺め)鴉さんも花火上げます? 「……僕、ですか?」(困ったように微笑む (視線を彷徨わせ、そういえば告げていなかったなと) (開きかけた口を一度閉じて)「僕には、弟がいました」 小さい頃から、僕は女の人に間違えられて。ずっと、弟が守ってくれて。 7年前のあの時も、弟が暴走した車から僕を庇って……。(目を伏せる 護られるだけは嫌なんです。 その気持ちが先に出て、無茶をしていたかも知れません。 ふふ、慰めるのが下手ですね。鴉さん。(微笑む |
●振り返り、かえりみて
ふわり、撫でる風の冷たさに、鳥飼は思わず肩を竦める。
フェイクウールのコートの襟を気持ちだけ合わせ、屋上の端へと寄れば、地上からは高いと思って見上げたビル群が、随分下に見えた。
「良い眺めです」
雨天でも決行すると聞いた、日中の花火。程よく、穏やかに流れる雲のかかった空を一度見上げてから、鳥飼は辛夷の花模様が描かれた祝福花火を二つ、手に取った。
ジンクスに寄れば、地上で、あるいは屋上で。舞う花びらを手にする事が出来れば、悩んでいることに答えが出るとのこと。
鳥飼が小さく握りしめ、膨らむのを見届けてから中へと放った二つの花火は、かすかな音を立てて辛夷の花を散らす。
「……主殿は掴まないので?」
暗い色のPコートのポケットに指先を挟みながら尋ねる鴉に、鳥飼は小さく微笑む。
友愛、自然の愛――鳥飼の選んだ花の持つ、幾つかの意味。
それを知る誰かの元へ、この白い花弁がはらりと舞い降りればいいと、鳥飼は願っていた。
「僕の悩みより、他の方の悩みを解決できたら。素敵だと思いません?」
風になびいた髪をそっと抑え、微笑み振り返った鳥飼の視線の先で、鴉は鳥飼の投じた白だけでなく、色んな色の花弁がふわふわと降りていくのを見つめている。
見つめ、ことりと、鳥飼は首を傾げた。
「鴉さんも花火あげます?」
「私ですか。そうですね」
曖昧に、返して。鴉は一度、瞳を伏せる。
誰かの為に。いつだって、鳥飼の行動理念は、それだ。
それは鴉には……人への不振の大きすぎる鴉には理解の出来ない心理。
だからこそ、鴉は一度、言わねばならないと思っていた。
「主殿が我が身を省みれば済む事ですよ」
ジンクスに頼るまでもない話。我が身を省みない主殿が、我が身を省みるようになれば。それを主に理解させれば、何も、何も、悩む必要のない事。
告げられた鳥飼は、かすかに目を丸くしてから、困ったように微笑んだ。
「……僕、ですか?」
「何故、危険に身を晒すのですか」
曖昧な濁しを許さない、追求するような問いに、鳥飼は少しの戸惑いに視線を彷徨わせる。
告げていなかったことを、どう、告げようか。口を開いては、言葉を選んで閉じて。
「僕には、弟がいました」
やがて口に出したのは、思い出話。
「小さい頃から、僕は女の人に間違えられて。ずっと、弟が守ってくれて」
七年前に、亡くした弟。暴走した車に、鳥飼を庇って巻き込まれた。
瞳を伏せれば、今だって鮮明に思い出せる。あの凄惨な衝撃は、何を上塗りしても、忘れられはしないだろう。
「護られるだけは嫌なんです。その気持ちが先に出て、無茶をしていたかも知れません」
穏やかに微笑んで告げた鳥飼に、鴉は一度眉を寄せ、瞳を伏せ、小さな、ほんのかすかな溜息を零した。
良くある、話だろう。鳥飼の場合は暴走車だけれど、例えば、オーガに。襲われたところを庇われたなんて話は、決して少なくはない。
そしてそんな過去の話は、他人がどうこう言って覆る物では、ないのだ。
ただ、それでも、過去を踏まえた上でも、現実の現状を告げることは、出来る。
「無茶をしていたかも、ではありませんよ。事実、無茶ばかりではないですか」
「ちゃんと、治る怪我だけですよ?」
「解って言っているのなら怒る所ですが……そう言う問題ではありません」
今度は、少し大きなため息を零し。鴉は沢山の花火が積まれた籠から一つを取り出すと、屋上の端へと移動した。
「焦る必要など、何処にもないと思いますがね」
追いたいのなら、話は別だけれど。
飲み込んだ言葉は、ちらりと向けた視線には、かすかに滲んでいたかもしれない。
けれど、鳥飼が目を逸らさなかったから、鴉の方から視線を背けた。
「人には得手不得手がある。主殿は闘いには向いてない。それだけの事」
それだけ。それだけ。
言い聞かせるように繰り返して。握り締めた花火は、青空にオレンジ色のアイスランドポピーを散らす。
花を選ぶにあたって、開いて眺めた幾つかの本。花の持つ幾つもの言葉を綴ったそれには、当然、オレンジ色のそれも載っていて。
「……ふふ、慰めるのが下手ですね。鴉さん」
彼なりの優しさに、鳥飼は思わず、笑っていた。
「下手も何も……慰めたつもりはありません」
つぃとそっぽを向いた鴉は、そのまま踵を返す。変える姿勢の彼に、鳥飼も応じて。あ、と、唇だけを開いて、ほんのり、微笑んだ。
黒い髪に、白い花弁がひらり一枚。
花言葉なんてきっと、ささやかなものだけれど。鳥飼が見つめた一枚には、『信頼』が含まれていた。
●願い添え、心に決めて
栗花落 雨佳はビル群の真ん中に佇むその建物を見上げて、手元のパンフレットを広げた。
「ふふふ。ビル群から更に高く聳える天空の塔……か」
遥か彼方に見える屋上から、ひらり、誰かが投じた花が零れてきた気がしたのを、瞳を細めて見つめて。ねぇ、知ってる? と、傍らのアルヴァード=ヴィスナーを振り返る。
「天空塔の上から空を見ると、空を切り取ったように見えるんだって」
告げてから、雨佳は指で四角く枠を作り、再び空を仰ぐ。
下からこうやって見上げても、ビルの仕切りの中で空がぽつんと青く映える。額に入った絵のように。上へ行って、空が近くなれば、またこの絵画も変わるのだろう。
「色々考えるもんだな……お前の感性も相当だがな。そんな風に考えたことなかった」
掲げた雨佳の指先の中に一枚の絵を見ながら、アルヴァードが呟くのに、雨佳は緩やかに口角を上げて微笑み、空を見つめていた瞳で彼を見上げる。
「じゃぁ、上って、本当に空が切り取られるか見に行こう。……その前に屋上で花火を上げに、だけどね」
ツアーコンダクターから聞いたイベントは屋上にて。絵画のテラスは、違う階にあるようだ。温室もついでに見てみようかなんて呟きながら、ふわふわとした足取りで進みだす雨佳の背を、アルヴァードはかすかに瞳を細めて見つめていた。
屋上に出る硝子戸をくぐれば、ひゅぅ、と風が冷たく吹き抜けた。
「おい、飛ばされないように気を付けろよ」
「流石に、飛んで言ったりはしないと思うよ」
冗談と受け取ってくすくすと笑う雨佳に、さりげなくマフラーを巻くアルヴァード。
暖まった首元に手をやってから、雨佳は係の人に差し出された籠から一つ、何も考えずに花火の玉を掴んで取り出した。
くるりと回して確かめた柄は、薔薇のようだ。
「どんな色の花火が出るのかなぁ。楽しみだね」
アルは? と。緩く首を傾げて尋ねる雨佳に、アルヴァードは、俺は良い、と首を振る。
「別に悩んでることなんてないしな」
きっぱりと言い切るアルヴァードに、そっか、とだけ返して。雨佳は握り締めた花火を、中空へと放った。
小さな破裂音と共に、弾ける花弁。青空と灰色じみた街並みに生えるそれは、鮮烈なほどの――。
「赤……」
はらり、はらりと宙を漂った花弁が、ぶわ、と強い風に煽られて、屋上へと数枚、戻ってくる。
それを見て、そっと、雨佳は躊躇いがちに手を伸ばす。
けれど、指先をすり抜けるように逃げていく花弁を、雨佳が積極的に掴む様子は、無く。
ひらひらと舞い踊る赤い花びらの中で、吹く風に、それこそ今にも飛んでいきそうな儚さを湛えた雨佳を、アルヴァードはやはり、瞳を細めて見つめていた。
(悩んでいる事、なぁ……)
そんなもの、雨佳の事以外あるわけがない。
アルヴァードは未だに、雨佳が何を閑雅ているのか良く判らないと思う。
日常生活においてすら自身を鑑みない事の多い雨佳は、仕事の時でも向こう見ずな事が度々あった。
フォローをすれば済む話ではある。けれど最近、その傾向が著しくなったようにも、アルヴァードは感じていた。
何を求めて、どこに行きたいのか。
分からない。解れない。
(俺は、どうお前に接してやればいい?)
雨佳が、やたらと遠く見えて、アルヴァードは彼を遮るように待っていた花弁を一枚、思わず掴んでいた。
「ほら、やるよ」
雨佳へと差し出せば、花弁とアルヴァードを見比べて、彼はまた儚く笑う。
「アル、それじゃ意味ないんだよ」
自分の手で掴まなければと言いながら、雨佳は花弁を受け取って、その柔らかな感触を指先で確かめて。
「でも、ありがとう」
花弁と同じ、柔らかな笑顔が、アルヴァードを見上げる。
すとん、と。その瞬間に、アルヴァードの中で何かが落ち着いたような、気がした。
(――今まで通りだ)
彼の笑顔が、文字通り全てだった。
雨佳が笑っていれば、それでいい。やりたいようにやらせよう。
(こいつが無茶な事をしようとするなら、俺はそれを止めて、お前を守ればいいんだ)
「……アルは、悩みごとの応え、見つかった?」
心に決めたアルヴァードは、雨佳の問いに静かに頷き、くしゃり、風に煽られた黒髪を撫でた。
心地よさげに身を委ね、良かったねと囁いた雨佳は、不意に目の前を横切った、誰かが投じた花火の欠片に手を伸ばしかけて。
けれど、やめた。
(……僕の方は、まだ悩めって事かな……)
幾ら心を巡らせても、答えの見つかる気はしなかったから。
●祈り籠め、共に笑って
揃って上った屋上の空中庭園に、セイリュー・グラシアは、おー、と感嘆の声を上げ、はしゃいだ子供のように、ラキア・ジェイドバインの手を引いた。
「凄いなラキア、風がちょっと冷たいけど、でもこのビル風なら、きっといい仕事をしてくれそうだな!」
「そうだね。見てセイリュー。もう既に、沢山の花が」
風の祝福を受けた花びらがふわりと舞い踊る姿が見たい。そう言ったラキアの願いを叶えてやりたいと思って参加したセイリューは、視界に映る花の舞に素直に顔を綻ばせて、その中に自分たちの花も混ぜようと、勢い込んで祝福花火を手にした。
セイリューが選んだのは、赤い色の薔薇の花。柄として描かれた薔薇の花の、丸みを帯びた花弁を思い起こし、これならきっと、ひらりふわりと可憐に舞ってくれると思った。
(ラキア、元気ないしな……)
先日の任務以来、だ。夢の中でのことは、それこそ、夢のような感覚だけを残して終わったことだが、自分が倒れた事、仲間が倒れた事。その事を、ずっと気に病んでいるのは、知っていた。
悩んでいることに答えが出る。ジンクスに縋りたい訳ではなかったけれど、風に舞い上げられた花びらに、後利益がありそうな気がしたから。
「よし、飛んでけっ!」
ラキアが元気になりますように。願って、セイリューは花火を空へと放った。
セイリューの単純におさまりがちな思考は、ウィンクルムとしての気持ちの共有が無くとも、態度や表情でラキアには伝わる。
気を遣ってくれているのが、とても、良く判る。
だからこそ、なお、彼が彼のままで居られるように、これからも無事に、居て欲しい。
(これからも、仲間たちを無事に守れますように)
願いを込めて握り締めた花火は、小さな音を立てて牡丹の花を散らす。
言葉にしてしまえばささやかだけれど、見つめ、手を伸ばすラキアの瞳は、切実な色を灯していた。
任務で、仲間を癒すことができるのは、ライフビショップの特権だ。だからこそ、ラキアはそれを責務と認識する。
目の前で仲間が次々と倒れていく光景は、夢だった。夢で済んだことだった。
だけれどもし、あれが、現実の話だったら――?
想像するだけで、指先が震える。あってはならない事だ。
不意に、手を伸ばした先に、先日の光景が映る。
オーガを倒して、夢から弾き出されて。倒れたセイリューに、伸ばした手は、届かなくて。
「ッ……」
思わず、身を乗り出していた。けれど、急に舞い上がった風に、ラキアは現実に引き戻されるのを感じた。
はたとしたラキアが見つめるのは、灰色のビル群と青く広がる空の二面キャンパスに散らばった、色とりどりの花びらたち。
……と、その花を、一生懸命につかもうとしている、セイリューの姿。
「な、なかなか、難しい、なっ」
花弁を掴んで、ほら、と誇らしげに笑って。悩む事なんてないって言って。そうやってラキアを元気づけたいのに、上手くいかない。
眉を下げかけたセイリューの視界の端に、不意に靡く、赤い色。
振り返り手を伸ばしたそれは、ラキアの髪で。あ、と。セイリューの胸中に一つ降りた答えが、そのまま、ラキアに手を伸ばしていた。
「……セイリュー?」
「大丈夫。今度はもっと気を付けて、皆を助けよう」
引き寄せるように、ぎゅっと抱きしめて。驚いた顔のラキアに、そっと囁いた。
抱き寄せられて、傍に寄って。触れ合って感じる体温や、伝わる鼓動は、落ち込んだ気持ちも引き上げる魔法。
心地よさに、ラキアもまた、セイリューに手を添え、ぎゅっと抱きしめていた。
「あったかいね」
小さく紡げば、頷く声。
そっとラキアの頭を撫でれば、風に当てられてか、少し冷えていた。ゆっくりと撫でていると、不意に、ピンク色の大きな花弁が、ふんわり、ラキアの髪に絡まっているのを見つけた。
「……牡丹?」
手に取り、翳して。ラキアに見せて尋ねれば、一瞬の瞠目。
それから、満面の笑みが返されて。
「うん、牡丹」
目一杯に笑ってくれるのが、何だか久しいような気がして。セイリューもまた、同じ顔で、もう一度ぎゅぅっとラキアを抱きしめた。
●理解して、護り秘めて
「……え? 俺、一人で?」
「そうだ。俺様はここで花が降るのを待つ。降らせる時に携帯を鳴らせ」
「屋上でも、花は戻ってくるよ?」
「ここで待つ」
ラセルタ=ブラドッツが、あんまりにも頑なだったから。そうでなくとも、羽瀬川 千代の方が、大抵の場合は先に折れる。
思う所があるのだろうと、一度だけラセルタを振り返って、千代は天空塔を上った。
一人の行動は、少し心許なく、落ち着かない。心なしか、足は速くなる。
移動している最中、千代と同じく花火を上げようとしているのだろう参加者と並んだりすれ違ったりする度に、彼らの会話が耳に入った。
誰も彼もが悩み事を抱えている。仕事の事。将来への迷い。友人関係。
それから、一番多いのが恋の悩み。
(……こい?)
つきり。反芻した瞬間、胸の奥が、小さく痛んだ気がした。
この痛みは、以前から感じていて、最近になってよくよく自覚するようになったもの。
同時に浮かぶのは、ラセルタと過ごした日々。
(――白い花、白い花……)
誤魔化すように、千代は花火の詰まれた籠の中から、白を選んで四つ、手に取る。
姫空木の祝福花火を抱え、言われた通り、携帯を鳴らして連絡した。
ラセルタは、自由だと思う。
――勝手だとは、あまり思わない。
ラセルタは、強引だと思う。
――横暴だとは、あまり思わない。
季節の花が並ぶ庭園を横切りながら、千代は繰り返し、繰り返し、ラセルタとの日常を思い起こす。
ラセルタは、狡いと思う。
だけれど、それは、心地の良い狡さ。
千代の意志や思いを汲んで、促すような、狡さ。
一つ一つ、握っては空へ。空へ。爆ぜた花火が白を降らし、あるいは風に舞い上がるのを見つめた千代は、惹かれるままに手を伸ばした。
その指先に、花びらが応えるように触れる。
(――俺は……)
ラセルタの事が、パートナーとして以上に、好きなのだ。
自覚に、触れた花びらを、思わず握り締めていた。
心が揺れる。昂揚でも安堵でもない。痛みを伴ってじわりと疼くのは、不安。
この恋心は、今までの日常の景色さえ変えてしまう。
この自覚は、彼と約束した日常を、壊してしまうかもしれない。
風の冷たさとは違う寒さが、千代を震わせた。
(ラセルタさん……)
唇を噛み、瞳を伏せて。千代は、一つの想いを、飲み込んだ。
伝えた言葉は嘘にしない。ラセルタに捧げた約束は、違える事はしない。
――だから、だからこのまま、紡がぬことを選ばせて。
一人きりの、心細さを押し込めるように。小さく震える腕に添えた指で、そっと服を握り締めていた。
(……白)
任務意外にまだ悩むことがあるのだろうかとかすかに傾げた首を、元に戻して。
鳴った携帯電話をポケットに戻し、代わりにハンカチを広げたラセルタは、ほんの少しだけ不愉快な顔をしていた。
悩みがあるのなら、相談すればいいのに。
天啓に行く末を託すくらいなら、自分に頼ればいいのに。
(……面白くないな)
ラセルタ以外の事で、頭を悩ませる千代を見るのは。
上空は、風が強いのだろうか。なかなか落ちてこない花弁を待ちながら、ラセルタは時折、通すがる人が空を見上げては感嘆する声を聞いていた。
小さな子供が、母親の袖を引きながら、綺麗だねとはしゃぐのを、見て、もう一度見上げて。
青空に散る様々な色。その中に混ざりはじめた白色に、ラセルタは、あぁ、確かに綺麗だと、緩やかに唇に弧を描いた。
地上へ降りるにつれて、少しずつ和らぐ風。広げたハンカチの中に、ひらり、ひらりと落ちる花弁は、千代の投げた白い花弁だけを選んだつもりが、いつの間にか色取り取りになっていた。
花籠ほど豪華でもなく、ブーケのように幸福じみてもないけれど、ハンカチの中でふわふわと折り重なる花弁には、ささやかな祝福の気配を感じるような気がして。ラセルタは満足気に包む。
そうして、やがて戻ってきた千代を待った。
「……遅かった、な」
「ごめん、屋上で花弁を掴んでたから……」
告げる声に、微笑みながらもどこか曇った顔が合わさって、ラセルタは『掴もうとしたけれど掴めなかったのだ』と解釈し、頷いた。
「千代、手を出せ。両手だ」
「こう?」
差し出された手に、ハンカチで包んだ花を、はらり、掛ける。
「お前の些細な悩み程度、俺様が全て解決してやろう。問題あるまい?」
目を丸くした千代を、ラセルタはいつも通りの笑みで覗き、小首を傾げて見せた。
ちらりと見上げて、ふわりと笑った千代は、大切そうに花びらを掌で包んで、俯いた。
「……有り難う、今ので全部吹き飛んでいったよ」
空木の花に、秘められた恋心を抱えて。
それでも千代は、ラセルタを見つめて、柔らかに微笑んだ。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 11月03日 |
出発日 | 11月10日 00:00 |
予定納品日 | 11月20日 |
参加者
- 羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
- 栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
- 鳥飼(鴉)
会議室
-
2014/11/09-23:13
もう締切直前となってしまいましたが、ご挨拶を。
羽瀬川千代とパートナーのラセルタさんです。
どうぞ宜しくお願いしますね?
ラセルタさんの強い要望で俺だけ庭園に上る事になりそうです。
綺麗な祝福の花火、今から楽しみにしています(ふふ -
2014/11/08-14:00
あ、勘違いしていたみたい。どちらか一人は上に登らなきゃいけないんだね。
ふんふん……どうしようかな…。 -
2014/11/07-02:34
こんばんは。栗花落雨佳とアルヴァード・ヴィスナーです。よろしくお願いします。
えーっと…屋上の空中庭園で花を投げるか、ビルの下の地上で落ちてくる花を待つかってことですよね?
アル『ビルに入ってなくても入場料取られんのか』
ふふふ、お祭りの参加費って事だね。
切り取られた空も降ってくる花も、どちらも興味あるな。
どっちに行くかはもうちょっと悩もうと思います。
-
2014/11/06-09:24
ふふ、知ってると思いますけど。
「鳥飼」です。皆さん、今回もよろしくお願いしますね。(微笑み
(鴉さんをちらりと見てから)
僕たちは二人とも屋上に上がろうと思います。
花弁の大きな花……、何にしようか悩みますね。(ふわり