【七色食堂】赤の衝撃(あご マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

誰が呼んだか『虹色食堂』。
決して広くはない店内は、正しく虹色に染め上げられ、賑やかにテーブルを飾るメニューも豊富。
その、豊富なメニューの一つ一つを極めた店が、タブロス市内に点在しているという。
誰が呼んだか、『七色食堂』。
目立つ事の無いその店は、今日も店先で七色のベルを鳴らす。



目の前に聳える重厚な石造りの門。
鉄柵の向こうにひっそりと佇むのは、やや小さいながらもくっきりとした存在感を放つ木製の扉だ。
扉の横の壁にはRed Chiliと書かれた金属製のプレートが嵌め込まれている。

目立たない外観ながらも、その店は常に客で賑わっており、
昼食時や休みの日には門の前に列ができる事も少なくない。

それもそのはず、この店はタブロス市内では有名な『七色食堂』の一店なのだ。
本店『虹色食堂』からの派生メニューを取り扱う七店の中の赤色を基調とする店Red Chili。
その名の通り赤くて辛い料理の評判が高く、遠方からわざわざ食べにくる客も多い。

二人が店内に足を踏み入れると、店の奥へと続くこれまた石造りの廊下の壁には松明がくくりつけてあり、
薄暗い廊下でも客が転ばないように、赤々と燃える炎が周囲を照らしていた。


赤い天鵞絨の幕の張られた入り口をくぐると、
店内は思いの外広く、スパイシーな香りが鼻をくすぐる。


金の一輪挿しに真紅の薔薇が飾られたテーブルに案内してくれたのは
店員と思われる肩まで伸びた金茶色の髪を一つに束ねた男性だった。

「いらっしゃいませ、可愛らしいお嬢さん。当店のメニューをどうぞ」

 男性店員は、革で装丁の施されたメニューを手渡し、にっこりと微笑む。

整った顔立ちとやや目尻の下がった優しそうな水色の瞳に見つめられ、
ドキリと胸が高鳴ったのを感じながらメニューを受け取ると、
お決まりになりましたらお呼びくださいませと言い残して彼はフロアへと意識を移した。
男性店員がこちらから踵を返した瞬間、他の複数のテーブルから彼を呼ぶ声が聞こえてきた。

よく見れば、辛い物がメインの店にも関わらず、若い女性の姿が多く見られる。
どうやら、この男性店員を目当てにしている女性客のようだ。

こまめに注文をしては、男性店員から連絡先を聞き出そうと躍起になっている。
しかし当の男性店員はさらりと受け流し、新たな注文を取ってはキッチンへと伝えており、
その手慣れた様子にそれがこの店の日常風景であることが伺えた。

賑やかなフロアを横目に、二人はメニューを開くと、
そこには、古今東西あらゆる地域の辛い料理が並んでおり目移りしてしまう。

二人は、おすすめメニューのなかから二品を選び、注文する事にした。



注文した料理のその辛さと美味しさに
二重の意味で震え上がりながら二人がなんとか食事を終えた頃、
先ほどの男性店員がチラシを手に二人のテーブルへとやってきた。

「本日はお越し頂きありがとうございました。料理のお味はいかがだったでしょうか?」

 美味しかったです、と答えれば、男性店員は、それはよかった、とにっこりと微笑んだ。
その輝くような美しさに、他のテーブルの女性客から溜息が漏れる。

「ところで、ウィンクルムの皆様に、今度この店で行うイベントのお知らせがあるのです。
ぜひ、たくさんの方に参加していただきたくて……よろしければ、お二人もいかがですか?」

 これです、と男性は二人の前に持っていたチラシを差し出した。
チラシには、大食い大会のお知らせ、とある。










*大食い大会のお知らせ*

美味しい料理を食べ放題!おかわり自由!
アナタもRed Chiliの料理を心行くまで味わってみませんか?

参加費 一人300Jr
見学料 一人150Jr

優勝者には特別な賞品が……!?

ふるってご参加ください!!

※お二人以上でご入店の際には、必ずおひとり様以上のご参加をお願いしております。
ご協力よろしくお願いいたします。

解説

●この店の料理は、確かに美味しいのですが、驚くほど辛いんです!
シェフのこだわりなのか、メニューには辛くない物は一切なかったので、
辛い物が苦手な方は気を付けてください!

(タブロス市 26歳 女性)


●辛くて汗が滝のようにでるが、不思議と病みつきになっちゃうんだよなぁ。
大食い大会の参加費300Jrで食べ放題なら安いもんだぜ。

(タブロス市 32歳 男性)


●辛い物は苦手だけど、彼に注文を取ってもらうためならいくらでも食べちゃえるの。
大食い大会の賞品は彼からのキスだって噂だし、絶対に私がいただくわ!

(タブロス市 19歳 女性)

ゲームマスターより

錘里GM主催【七色食堂】連動シナリオです。

本店、『虹色食堂』のチェーン店7店のうち、
あごは 赤 を担当させていただきます!
辛さとうまさが病みつきになるRed Chiliで開催される大食い大会!
豪華賞品は誰の手に!?

勝敗はご参加の神人さん、精霊さんの
「とあるステータス」を参考に決定させていただきます。
勝っても負けても恨みっこなしでお願いしますね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)

  【参加】

ディエゴさんと散歩してたらこの食堂を見つけたの
ちょっと小腹が空いてたから立ち寄ることにした
大食い大会も何か楽しそうだし…

でも、せっかくの料理なんだから味わって食べなきゃ…
美味しい料理は別腹だよ。

辛い物は水を飲んでしまいがちだけど
多く食べるのにはあまりよくないって聞いたことあるな。
小休憩くらいの感じで飲んだほうがいいかも。
あとは小分けにできるお椀みたいなのあるかな?
これで自分のペースを確保して食べるんだ、早食いじゃあないしね。

なんでそんな事知ってるかって?
…そんなの、少しでも多く食べられる方法を常日頃から考えてるからだよ。

では、いっただきまーす
んー……美味しい!おかわり!



日向 悠夜(降矢 弓弦)
  ●2名で参加

心情
珍しい料理を食べられるなんて、良いよね
勝敗なんて気にせず自由に食べよっと

注文傾向
中々食べる事が出来ない古今東西様々な地方の料理を注文(エマダツィ、チリコンカン等)

飲み物はラッシーを注文しようかな
辛さを和らげれば色々食べられるだろうからね

いただきます!
…評判通りの辛さだけれど…おいしい!
以前地方で食べた味そのまま…コックさんの腕が良いんだろうね

でも食べているとやっぱり汗が出ちゃうね
…降矢さん、大丈夫?尋常じゃない顔色と汗だけど…ハンカチで拭いてもいい?

優勝してもしなくても笑顔でごちそうさまを言いたいな
優勝した人には勿論、おめでとうって祝福するよ

ふふ、甘い物でも食べに行く?降矢さん


ハガネ(フリオ・クルーエル)
  うるせえ!ついて来るなっつったろクソガキ!
あたしは任務意外で馴れ合うつもりは無いって言っただろ!

もう好きにしな
どうなっても知らん
先ずは準備運動に一品

…言わんこっちゃない
泣きっ面で言っても説得力無いよ
イケるなこの店

あたしは大食い大会に出るんだよ
お子様舌の坊主はそこで見学してな

あの優男?んなもんはどうでもいいんだよ
たらふくうまい飯を食いたいだけさ

あー辛い、痛い…
くくっ…これぐらいが調度いい…
(自分を追い込むのが好き)

優勝してもキスは辞退さ
あそこのお嬢ちゃんに恨まれたか無いんでね

さっさと退散して食後の煙草
坊主にゃ煙草は早いし背も足りないね
…フン

嫌だね!
(差し出された手を掴むフリして頭を掻き回す)


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  ※弄りアドリブ歓迎!

大食い大会
美味しい料理を食べ放題だなんて、こんな素敵な事があるでしょうか
否、ありませんっ

そんな訳で参加を決めたのは良かったのですが
は、羽純くんが完全に呆れ顔だーッ

くっ…羽純くんにどう思われちゃうとか咄嗟に考えられませんでした、不覚!

けど、よく食べる女の子だって魅力的な筈ですっ
辛い料理だし
食べた分は運動して消費すればいいしねっ
大丈夫大丈夫

羽純くんに応援の言葉を貰ったら、勇気百倍
よし、頑張るぞ!

いただきますっ♪
辛い!
美味しいっ
辛い!
でも美味しいっ

美味しい料理を心ゆくまで♪

大会終了後は、こんな素敵な機会を下さった店員さんへお礼を
イケメンだなぁ…
痛!どうしてデコピンなの?羽純くんっ



ユラ(ルーク)
  ●二人で参加


私、辛いもの苦手なんだけど。
いや今さらとかいわれても、止める前に勝手に参加登録しちゃったのは誰だったかな~?

・・・冗談だよ。怒ってないよ。
食べれないわけじゃないんだから、せっかくのイベント楽しみましょう。
ただし戦力には数えないでね?


か、辛い・・・
確かに美味しいんだけど、予想以上の辛さだわ・・・
これはやっぱり無理かも・・・
ルークは大丈夫?なんか汗の量が尋常じゃないんだけど。
うん、わかった。美味しいのは分かったから無理はしちゃダメよ。
あと水もちゃんと飲みなさい。


辛いのもいいけど、やっぱり甘いものも食べたいな。
ねえ、ルー君。帰りにどこかに寄って行こうよ。




大食い大会当日。
ウィンクルムたちの戦いを一目見ようとRed Chiliに見学に集まった人々の前に5組の参加者たちが現れた。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました
参加される方は、参加バッジを胸にお留めください」





「ねえ、ルー君」

 席に着くと同時にユラが小さな声でルークを呼んだ。二人の胸には参加バッジが揺れている。
真剣な表情のユラに、ルークは不思議そうな表情で、なんだよ、と先を促す。

「私、辛いもの苦手なんだけど」

「……は?今更何言ってるんだよ
辛いのが苦手とか先に言えっつーの!」

「いや今更とか言われても、止める前に勝手に参加登録しちゃったのは誰だったかな~?」

 入店の際にユラの意見も聞かずに参加料を支払ったのは他ならぬルークだ。
ユラの言葉にルークはしばらく黙り、
悪かったよ、怒んなよ、と絞り出すように呟くルークの様子に、ユラは笑いながら言葉を続けた。

「……冗談だよ。怒ってないよ
食べれないわけじゃないんだから、せっかくのイベント楽しみましょう
ただし戦力には数えないでね?」

「まぁ食べるのは別にいいけど……無理すんなよ」

 知らなかったとはいえ、苦手な物を食べる状況に追い込んだ責任を感じたのか、
ルークは心配げにユラの笑顔を見守った。





 パートナーとの散歩の途中、ハロルドはふと鮮やかなチラシの前で足を止めた。

(大食い大会の賞品は彼からのキス、……これパートナーってことかな)

チラシに書かれた賞品に、ハロルドは想像を巡らせる。

(優勝したら、ディエゴさんと……)

ちらりと隣に立つ精霊を見遣るが、ディエゴ・ルナ・クィンテロは
特に賞品には興味を引かれないのか、変わった反応はない。

「ちょうど小腹も空いてたし……私、参加する」

 幸い、自身の胃袋の大きさには自信があったハロルドは、参加する事に決めた。
隣でディエゴが俺も、と言いかけるが、ハロルドがそれを制した。

「ディエゴさんは参加しちゃダメ、後で一緒に食べよ?」

「俺も空腹だから、参加したかったんだが……仕方ない」

 言葉は柔らかだが、ハロルドの瞳にいつになく強い光が宿っているのを見て、
ディエゴは参加を諦め、見学に回ることにした。

(絶対優勝する!)

二色の双眸を輝かせて、ハロルドは参加バッジを受け取った。





「珍しい料理を食べられるなんて、良いよね」

 日向 悠夜が手にしたメニューには、旅先で食べた料理の名前が所狭しと載っている。
まだ食べたことのない物や名前すら知らない料理もあり、
メニューを眺める悠夜の顔に大きく興味津々と書かれているのが降矢 弓弦には見えた。
二人とも胸に参加バッジをつけている。

「降矢さんも参加するのね」

 悠夜が少し意外に思い降矢を見ると、降矢は眉を八の字にして笑った。

「辛い物はそこまで得意ではないが
伝聞で耳にしても、知った事にはならないからね
舌で料理を知ろうか」

 珍しい料理の数々に降矢の知識欲も強く刺激されたらしい。
悠夜は楽しそうに笑いながら無理はしないでねと降矢に言葉をかけた。

「せっかくだし、勝敗なんて気にせず自由に食べよっと」

悠夜は真剣な表情でメニューを覗き込み、さっそく一品目を注文した。





(美味しい料理を食べ放題だなんて、こんな素敵な事があるでしょうか
否、ありませんっ)

桜倉 歌菜は拳をぐっと握りしめた。

「本気で参加するのか?」

 戦いに向け気合を入れる歌菜の隣で月成 羽純が尋ねる頃には
歌菜は既に店員から参加バッジを胸に着けた所だった。

「……本気だった
歌菜が見かけによらず、よく食べるのは知ってる
けど、大食い大会って」

 入店する歌菜の後ろを行きながら呟く羽純の呆れたような声音に
歌菜ははたと自分の思考の浅はかさに気付く。

(は、羽純くんが完全に呆れ顔だーッ
羽純くんにどう思われちゃうとか咄嗟に考えられませんでした、不覚!
……けど、よく食べる女の子だって魅力的な筈ですっ

「辛い料理だし
食べた分は運動して消費すればいいしねっ
大丈夫大丈夫」

自分に言い聞かせるように呟いて気を取り直す。
百面相をしている歌菜の事を羽純が楽しそうに眺めていたことは気づいていないようだ。

「羽純くんは大食い大会、参加しないの?」

「俺は付き合わないぞ
一人で頑張って来い
まぁ、応援くらいはしてやるよ」

 頑張れ、と肩を叩かれる。


……羽純くんに応援の言葉を貰ったら、勇気百倍!

「よし、頑張るぞ!」





「おばさん!どこいくんだよー!」

 ハガネの後ろを小走りに付いて行くのはフリオ・クルーエルだ。
しかし、ハガネはフリオのことは歯牙にもかけず大股に歩いて行く。

「なあ、おばさん!なんか言えよ!」

「うるせえ!ついて来るなっつったろクソガキ!
あたしは任務意外で馴れ合うつもりは無いって言っただろ!」

 言葉を返さずにいても纏わりついてくる小柄な影に、ハガネは牙を剥いた。元来、気は長い方ではない。
フリオも負けじと言い返す。

「っつーかクソガキじゃないってば!オレらウィンクルムだろ!絆を深めるのも仕事だって!」

 フリオの言葉にフンと鼻を鳴らし顔を背けると、ハガネはさっさと門の中へと入る。フリオは慌ててその後を追った。 

「れっど、ちり?ご飯食べに来たのか?」

「なんで着いてきたんだよ。あたしはオマエと並んでメシ食うつもりはないよ」

「じゃあたまたま相席したって事ならいいだろ!?」

「もう好きにしな
どうなっても知らん」

 まずは準備運動、とハガネが頼んだのはペンネアラビアータ。

「……空気だけで目に沁みる。」

 そう言いながら、フリオは果敢にも運ばれてきたハガネの皿から
無理やりペンネを一つフォークに刺して取り上げると、匂いを嗅いでみる。

「……赤い」

 じっとペンネを見つめ、意を決して口に運び咀嚼。
口にペンネの味が広がると同時に、フリオは顔を真っ赤にしてコップの水を飲み干した。
瞳には涙さえ浮かんでいる


「お、おいひい、よ……?」

「言わんこっちゃない
泣きっ面で言っても説得力無いよ
しかし、イケるなこの店」

 口痛い、と水のおかわりを頼むフリオを横目に、ハガネはぺろりとペンネを平らげると、フリオに告げた。

「あたしは大食い大会に出るんだよ
お子様舌の坊主はそこで見学してな」

「大食い大会か
食べるのは好きだけど
ちょっとだけ!辛いからオレは見学する
勘違いすんなよ、ちょっとだけ!だからな

でも、参加するってことは、ハガネはああいう男が好きなのか?」

「あの優男?んなもんはどうでもいいんだよ
たらふくうまい飯を食いたいだけさ」

 ニヤリと笑ったハガネが参加バッジを胸に着けたところで、競技開始のゴングが鳴った。










ユラが一皿目に注文したのはチキンエンチラーダ。
ナイフを入れると、
トルティーヤに包まれ焼けた鶏肉の香ばしい匂いと
特製の唐辛子ソースの香りがユラの鼻を擽る。

切り分けた一口を口に運び咀嚼すると
鶏肉の旨味とソースの辛さが口いっぱいに広がった。

「か、辛い……
確かに美味しいんだけど、予想以上の辛さだわ……
これはやっぱり無理かも……」

 思っていたよりも刺激的なその味に驚いたユラの手が止まる。
右隣では歌菜が、そして左隣ではルークが、二皿目に手を付け始めていた。






歌菜の二皿目はエマダツィ。
とろりと溶けたチーズの中で煮込まれた唐辛子の辛みが、チーズスープのアクセントになっている。

「いただきますっ♪
辛い!
美味しいっ
辛い!
でも美味しいっ」

 手を合わせ、チーズスープを一口、唐辛子を一齧り、と嬉しそうに食べ進めていく歌菜に、羽純が笑みを零す。

(歌菜、美味そうに食べる
表情がくるくる変わって…
あんな風に美味そうに味わって食べてくれるのなら、作った料理人も嬉しいだろう)

「しかし、勝負そっちのけで料理を楽しむな
大会だぞ
…ったく」

 呆れたような言葉を発しながらも、楽しそうな歌菜の様子に羽純もどこか満足げだ。
美味しい料理を心行くまで楽しんだ歌菜は、お腹が苦しくなる前に
笑顔で、ごちそうさまでしたと箸を置いた。






「ルークは大丈夫?なんか汗の量が尋常じゃないんだけど」
 
 あまりの辛さに勝負を降りたユラの隣で、ルークは三皿目に突入していた。

メニューはペペロンチーノ。
この店は普通の鷹の爪ではなく熊鷹唐辛子と言われる辛さも味も段違いの唐辛子を使っているため、
ペペロンチーノ自体も辛さと味がランクアップしていた。

一口食べたルークの額にじわりと汗が滲むのを見て、ユラが心配そうに尋ねる。

「せっかくだから優勝狙いだ!!
と、言いたいところだが、やっぱ辛えぇっ!!
けど美味い。なーんか不思議とやめられないんだよなぁ」

「うん、わかった
美味しいのは分かったから無理はしちゃダメよ。
あと水もちゃんと飲みなさい。」

 舌が痛むほど辛く、同時に痛む舌が舌鼓を打つほど美味しい料理を食べれば食べるほど
ルークのパスタを巻き取る手が止まらなくなる。
そんなルークの額の汗を甲斐甲斐しくハンカチで拭いてやりながら
ユラは水の入ったグラスをルークへ差し出した。

「あぁ?わーかってるって
ちゃんと水も飲むよ」

 グラスを受け取り水を飲むと、ルークはもう一度目の前の皿へとフォークを突き立てた。





ハガネの三皿目(と言っても事前にペンネを食べているので実質四皿目)は麻辣火鍋。
煮えたぎる真っ赤なスープと、漂う山椒と唐辛子の目に沁みる香りに
顔を突っ込むように覗き込んだフリオが噎せる。

「何やってんだよ、お子様はすっこんでな」

 そう吐き捨てるとハガネは鍋の中から肉団子を掬い上げ、胡麻油を付け口へと運んだ。

「あー辛い、痛い……
くくっ……これぐらいが丁度いい」

「…やっぱ変な奴
辛くて痛いのが良いって笑ってるし」

 機嫌良く鍋の中身を頬張るハガネを、フリオは信じられないといった目で見る。
ハガネは何に於いても自分を追い込むようなスタイルを好む。
その時だけは、ハガネの瞳に少しだけ光が揺れるのを、フリオは見逃してはいなかった。

「あー、食った食った
さて、腹も膨れたし、ちょっと一服」

 麻辣火鍋を食べ終えたハガネが、煙草を片手に席を立つと、フリオも慌てて後を追った。





「次はどれにしようかな~」

 楽しげにメニューを開く悠夜の向かい側で、弓弦はやや苦しそうな表情をしていた。

二人は四皿の料理を食べ終えていた。
悠夜はあまり味わう事の出来ない地方料理や異国料理を中心に
弓弦は辛さに慣れるため、比較的辛さの控えめなものから順に頼んでいる。

しかし、控えめと言ってもこの店の料理の辛さは他の店の比ではない。
その辛さは少しずつと弓弦の顔色さえも奪う。

辛さを和らげると聞き注文したラッシーは悠夜の倍の速さで無くなり、現在四杯目。
そろそろ胃も悲鳴を上げ始め、額からは驚くほどの汗が噴き出していた。

「……降矢さん、大丈夫?尋常じゃない顔色と汗だけど……ハンカチで拭いてもいい?」

 悠夜が手にしたハンカチで弓弦の額の汗を拭う。
悠夜の首筋にも汗が光り、辛い物で刺激された唇が赤く熱を帯びている様を見て
弓弦は一瞬、胸が高鳴るのを感じた。
すぐに、辛さが頭にも回ったかなと首を振る。

「悠夜さん、僕は次でラストオーダーにするよ
すみません、ジャークチキンひとつ」

「ええっ、降矢さん本当に大丈夫なの?」

 ジャークチキンは世界でも一二を争うほどの辛さを誇る料理だ。
今の弓弦がそれを食べて無事でいられるとは到底思えないが

心配そうな悠夜を余所に、弓弦の目の前にはこんがりと焼かれたチキン。
立ち上る数種類のスパイスの香りの中に、ほんの少し混じるフルーツの甘い香りが食欲をそそる。
弓弦は緊張した面持ちで、チキンの端をナイフで切り取った。

「いざゆかん、辛さの向こう側へ……!」


   ぱくり。


チキンを一切れ口に運び一噛みした途端、
弓弦は震えあがり手元にあったラッシーを一気に飲み干した。

到底その先を食べ進められる状態ではなくなり
辛さの向こう側を覗いた弓弦は氷水で痛む舌を冷やしながらフォークを置いた。





弓弦の残したチキンを食べ終えた悠夜は、五皿目にチリコンカンを注文しつつ
ここまで食べてきた料理の再現度の高さに内心舌を巻いていた。

どの料理も、以前旅してきた異国の地で食べたものと同じ味を残しながら
どこか都会的に洗練されて出てきているのだ。

「……きっと、コックさんの腕が良いんだろうね」

 悠夜の言葉は、舌を冷やすのに忙しい弓弦には届いていないようだ。
早めに食べて外に連れて行ってあげようと、悠夜はチリコンカンを食べ進める。

柔らかく煮込まれた豆には、トマトとチリの味が滲み込んでおり
噛むと旨味が口の中で広がっていった。





出された料理を小皿に取り分けながら食べ進めているハロルドは、
のんびりと食べているように見えて、既に六皿目を選び始めていた。

常日頃から、たくさん食べる事の研究に余念がないハロルドは、
今回の大食い大会にも万全の策を練って臨んでいた。
小皿に取り分けるのも作戦の内だ。

(辛い物は水を飲んでしまいがちだけど
多く食べるのにはあまりよくないって聞いたことあるな
小休憩くらいの感じで飲んだほうがいいかも)

料理が運ばれてくる間の小休止に水を飲む量と回数を調節しながら
ハロルドはメニューのひとつに目を留める。

「ミールス、だって
知ってる?ディエゴさん」

 尋ねられたディエゴは、少し考えて首を振った。

「わからない、この店は珍しい食べ物が多いな」

 やっぱり、俺も参加したかった……と零すディエゴに
大会が終わったら一緒に食べよ?と声をかけつつ、ハロルドはミールスを注文した。

運ばれてきたのは、大きな皿の上に小さな皿が並んだ風変わりな定食のような料理だ。
真ん中のライスを囲むように、カレー、スープ、野菜や豆の煮物などがずらりと並べられている。

「すごい、いろいろいっぱい食べられてお得だね
では、いっただきまーす
んー……美味しい!おかわり!」

 嬉しそうな声を上げるハロルドをディエゴが見つめる。その瞳の奥の真意は読み取れなかった。


ハロルドが取り分け作戦でゆっくりと食べているうちに
周囲からおかわりの声が上がらなくなり、やがて聞こえなくなった。

ハロルドが二皿目のミールスを平らげると同時に、店内にゴングの音が鳴り響く。

「そこまで!優勝はハロルド様です!」

大会の行方を見守っていた見学客がわっと歓声を上げ、店内には大きな拍手が鳴り響いた。





「終わったか」

 煙を吐き出したハガネが呟く。
隣ではフリオがじっとハガネが吸っている煙草を見上げていた。

「なあ、煙草ってうまいの?」

 味なんて考えたこともなかった。
気づけば手元にあったし、あるのが当たり前だったのだ。

「坊主にゃ煙草は早いし、背も足りないね」

 吐き捨てるように言って煙草を灰皿に押し付けて消すハガネに、フリオは強く主張した。

「ハガネが辛いのが好きなら食べられるようになるし、背もその内伸びる!
オレ、ハガネの事もっと知りたいよ、相棒として
これからよろしくな」

 ハガネの高さに合わせるようにフリオは左手を胸の前あたりに突き出し、握手を求めた。
その手をちらりと見遣ったハガネは、鼻を鳴らしながらも自身の右手を差し出し……

「嫌だね!」

 フリオの左手に重なる直前でハガネの右手は目標を変え、
フリオの頭をぐしゃぐしゃと思い切り掻き回した。
フリオの情けない悲鳴が店の前に響いた。



歌菜お疲れさま、と羽純が歌菜にハンカチを渡す。
辛い物を食べた歌菜は、全身にじっとりと汗をかいていた。

「あ、ありが……!」

 ハンカチを受け取った歌菜は、はっとして羽純から距離を取る。

(わ、私今すごく汗臭いんじゃないかな……こんな状態で羽純くんの隣になんて立てない!)

急いで側を離れた歌菜に羽純は少し驚く。
今まで急に距離を詰める事はあれど、距離を取られたことはなかった。
少し離れた場所で顔を赤らめたり青らめたりと忙しそうな歌菜に、
どうした、と声をかけようとしたところを、男の声に遮られた。

「本日はご参加ありがとうございました
またぜひ当店をご利用ください」

 羽純と歌菜の間に空いた距離に店員が割って入る。
歌菜は特に気にした様子もなく、イベント開催の礼を述べていた。
胸の隅の方に僅かな不快感を感じた羽純は、店員と話す歌菜に、帰るぞ、と声をかけ返事を待たずに歩き出した。

「あっ、待って羽純くん!」

 慌てて追ってくる歌菜の気配に、食べた分運動で消費するんだろ?と声をかければ、
聞いてたの!?と顔を赤くする歌菜。
その姿に胸の奥の何かは姿を消していた。



「降矢さん、大丈夫?」

 先程のジャークチキンの衝撃から立ち直れていないのか
体の不調を感じていた弓弦だが、悠夜にはバレているようだ。
本日三度目の悠夜からの大丈夫?に、乾いた笑いを返す。

「今欲しい物は、賞品よりも甘い物かな」

「ふふ、じゃあ甘い物でも食べに行く?降矢さん」

 悠夜は弓弦の背を押し、優勝したハロルドに、おめでとう、と手を振り店を出て行った。


その悠夜達の言葉を聞いていたユラも、甘い物、に反応し、ルークの袖を引いた。

「私も辛いのもいいけど、やっぱり甘いものも食べたいな
ねえルー君。帰りにどこかに寄って行こうよ」

 笑顔で誘いかけるユラに、ルークは信じられないと言う顔をした。

「まだ食べる気なのか!?
俺、もうお腹いっぱいだぜ……」

呆れたようなルークの声音に、ユラはまあまあおごってあげるから、と腕を掴み、
ご機嫌な表情で引きずるようにして店を後にした。




「ハロルド様、優勝おめでとうございます」

(やった、これでディエゴさんと……!)

 改めて男性店員が、ハロルドに向かって祝いの言葉を述べる。
その言葉にハロルドはややぎこちなく、やったーと微笑み、ディエゴに話しかけた。

「あのねディエゴさん
この大会の賞品、パートナーからのキスなんだって
仕方ないよね、ルールだもん……えへへ」

「本当にそうなのか
先程の店員はそうは言っていなかった気がするが」

「ほんとのほんとにそうなの
……決まりなんだから、早くキスするの!」


 ディエゴはただ疑問を述べただけだが、そのために優勝したといっても過言ではないハロルドは、
少しむくれながらディエゴの隣に座り、ぐっと頬を差し出した。
決まりならば、とディエゴがそっとハロルドの頬に唇を近づけた時、
ちょっと待った、と割って入ったのは、祝いの言葉を伝えに来た男性店員だ。

「優勝賞品はこっちですよ、俺からハロルド様へのキスです」

「えっ!?」

 そうなの、と驚き固まるハロルドに、店員がにっこりと微笑むと見学客の方から溜息混じりの黄色い悲鳴が上がる。
一方、自分はキスをする係ではないと踏んだディエゴはハロルドから身を離した。

「では」

 驚いて固まったままのハロルドの頬に、店員の大きな右手が沿えられる。
顎をくい、と持ち上げられ、店員の穏やかな水色の瞳とハロルドの色違いの瞳が出会う。
その瞬間ハロルドの脳裏に浮かぶのは、冷静さの中に一欠片の憂いを湛えた金色の……

「……これは失礼」

 ハロルドの表情に、一際深く楽しそうな笑みを浮かべた店員は、
ちらりとディエゴに視線を走らせる。
ハロルドの顎に沿えていた手を降ろして左手を取り、唇でそっと手の甲に触れた。

「ハロルド様の心には、どうやら先客がいたようなので」

またのお越しをお待ちしております、と離れていった店員は、早速ファンの女性に囲まれていた。

「残念だったな」

 ディエゴに声をかけられ、ハロルドはハッと我に返る。放心していたようだ。

「俺も少し料理を食べてもいいか」

「え、あ、うん」

 どうやらこの店の料理の味が気になっていたらしいディエゴは、
ハロルドが気に入っていたミールスを注文し、食事を開始した。

(全く気にも留めてない……)

ディエゴの何事もなかったかのような態度に、またしてもむくれたハロルドは、
気持ちの赴くままに大量の食事を注文した。

「いただきます!」

 半分怒った表情のまま、ハロルドは再度テーブルの上の激辛料理達に意識を向けたのであった。



依頼結果:普通
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あご
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月09日
出発日 09月15日 00:00
予定納品日 09月25日

参加者

会議室

  • [5]ハガネ

    2014/09/14-21:23 

    …あたしはハガネだ
    辛いのは好きでね。一人で行くつもりなんだが、精霊の坊主がついて来ちまった。

    まあ、優勝はともかく鱈腹食えれば良いと思ってるよ

  • [4]ユラ

    2014/09/14-01:47 

    はじめまして、ユラです。
    私は辛いもの苦手なんだけど・・・美味しいと評判らしいから頑張ってみようかな。

    皆さん、よろしくお願いします。
    楽しみましょう。

  • [3]日向 悠夜

    2014/09/14-00:38 

    日向 悠夜です。みんなよろしくお願いするね!

    古今東西様々な地域の料理を好きに食べられるらしいね。
    ふふ、勝ち負けは気にせず楽しみたいな。

  • [2]桜倉 歌菜

    2014/09/14-00:13 

    桜倉 歌菜と申します。
    美味しい料理を食べ放題だなんて、参加しない訳にはいきませんっ
    楽しみです♪

    皆様、宜しくお願い致します!
    がんばりましょうねっ

  • [1]ハロルド

    2014/09/13-00:15 

    ハロルドです、みなさんよろしくお願いします
    大食い大会…頑張ります(ぐっ)


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