風が丘(あご マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

一陣の風が草原を渡り、丘の上へと駆けあがっていった。
夏でも涼しい風が吹くこの場所では、夏の暑さも影を潜め、
汗ばんだ肌の上を爽やかな風が心地よく撫で、
駆ける風に押されて風車が回り、風の音と風車の軋みが独特のハーモニーを奏でる。

ぎしり、と音を立てながら風車が止まると、まるでそれを見計らったかのように
ひゅうと音を立てて、また風が野の草花を揺らしながら風車を押していった。

丘の上にある風車小屋はこの‶風が丘‶の象徴とも言える建物で、
周囲にいくつか点在している風車の中でも、一番の年代物だ。
人々と共に、楽しい事も悲しい事も見てきた風車は、
昔からこの地に暮らす人々の心の拠り所になっていた。


その風車小屋の近くに、新しい店兼工房がオープンしたのは最近の事。


丘の下から上がってきた風を受け、窓辺に吊るした風鈴がちりん、と涼しげな音を立て、
その涼しげな音とは裏腹に、店の奥の工房ではごうごうと真っ赤な炎が燃え盛っていた。

店の隅には大きめの作業台と、椅子が数脚。
それから、絵具や筆などがぎっしりと詰まった棚と、
透明なガラスの風鈴が並んだ棚があった。

ドアを押すと、ドアベル代わりの小振りな風鈴がちりり、と鳴って、
店の奥からふくよかな女性が出てきた。どうやら、店主のようだ。

「あらあら、いらっしゃいませ、工房カゼヤへようこそ。
こちらは夏の風物詩、ガラスの風鈴に絵付けを体験できる工房になります。
……って、お客が全然来なくて商売あがったりなんだけどねぇ」


この地の活性化に一役買いたかったんだけど、なかなか上手くいかないものね、と苦笑して、
店主は店の壁に取り付けられた素朴な色合いの棚を見遣る。
そこには、作られたはいいものの、客が来ないためか、
まだ絵付けのされないまま、透明なガラスの風鈴が
鮮やかな色に飾られるのを今か今かと待っているようにひしめき合っていた。

「あれはあれできれいなんだけど、やっぱりせっかくだからかわいくしてほしいわよねぇ。
……あら、その手の紋様は……貴方達、もしかして」

店主は少し驚いたあと、にっこりと笑って言葉を続けた。

「そう、貴方達がウィンクルムなのね。
私たちの代わりに、世界中のオーガを退治してくれているんだと聞いたわ。
いつもありがとうね」

そう言って店主は握手を求めた後、そうだわ、と手を叩いた。

「せっかくだから貴方達、風鈴に絵付け体験をしていかない?
こんな辺境の村にも貴方達ウィンクルムのことは伝わっているんだもの、
ウィンクルムの方々が絵付けをした風鈴を飾ったら、きっとお客がたくさん来るはずよ」

店主は目を輝かせて、店の隅にあった大きな作業台にいそいそと棚から取り出した絵具、筆、風鈴などを並べ出した。

「風鈴は一つ350jrよ。2人分なら700jr。
絵具の代金は今回は特別にタダにしておくわ!それから……」

店主は一旦店の奥に戻ると、手に小さな冊子のようなものを持って戻ると、
その冊子を開いて見せてくれた。

「一応ね、カフェも併設してるの。
よければティーセットでもいかがかしら?」

そこには数種類のケーキと紅茶が手描きの可愛らしいイラスト付きで描かれている。

『・シフォンケーキ
・ショートケーキ
・ガトーショコラ
……それぞれ60jr


・ミントティー
・カモミールティー
・ベルガモットティー
……それぞれ50jr
アイスかホットをお選びください。
お好みで、砂糖、レモン、ミルクをつけられます。

ケーキとドリンクのセット
……100jr 』

「どれでもお好きなものをどうぞ!」

店主の声に応えるように、窓辺の風鈴がちりん、と鳴った。


解説

●場所
風が丘にある、大きな風車の足元の風鈴工房カゼヤが今回の舞台となります。
夏でも涼しい風が吹き、爽やかで美しい土地なのですが、近年過疎化の傾向にあるようです。

●内容
客不足の工房に、
お客様の興味を引くようなきれいなorかわいい絵を入れた風鈴を飾りましょう。
好きなお花、美味しい食べ物、かわいい動物、美しい風景などなど
絵には自信があるウィンクルムさんも、画伯なウィンクルムさんも
なんでもお好きなものを描いて世界に一つだけの風鈴を作っちゃいましょう!
風鈴ひとつにつき、350jr、二つ描く場合は700jrです。

●カフェ
風力で挽いた小麦粉を使った素朴なケーキと
自家栽培のハーブを使った香り高いお茶が味わえます。
ケーキはそれぞれ60jr
お茶はそれぞれ50jrですが、
ケーキとお茶をセットで頼むと100Jrになるティーセットがあります。



ゲームマスターより

あごです!
風鈴の音って涼しげでいいですよね。

ちょっとでも涼を得ようとうちでも窓辺に風鈴をぶら下げたのですが、
全くの無風でさっぱり音が鳴りませんでした。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  風鈴の絵付け体験楽しみだよ
もちろんエミリオさんとのデートもすごく楽しみ(赤面)
今日のコーデとメイク、変じゃないかな?

・風鈴の絵付け体験
私は風鈴に『赤い目をした黒うさぎ』の絵を描くよ
絵は得意じゃないけど心を込めて描きたいな

黒うさぎってエミリオさんのイメージなの
…本当は辛かったのに、今まで誰にも言えずに1人で頑張ってたうさぎさん
もしエミリオさんが忘れそうになったら何度だって言うよ
『貴方は1人じゃないよ』って

・絵付け終了
エミリオさん、外で休憩しない?
手作りのサンドイッチを持ってきたから一緒に食べよう
風鈴の音を聞きながら食べるランチは最高だと思うの

☆領収書
風鈴×2 700jr支払

☆使用スキル
メイク
調理


かのん(天藍)
  風鈴×2
ケーキセット×2
シフォンケーキとガトーショコラ 紅茶は店主お勧めの物を
風鈴の絵付けは初めてです、うまく出来ると良いのですけれど
絵柄はそうですね、涼しげに桔梗を数輪にしようかと
植え込みのイメージ図を描くみたいにはいかないですね
難しいですけど楽しいです
天藍は何を描いているんですか?
・・・氷山とシロクマとアザラシ?
何だかとても可愛い(ちょっと意外)

紅茶飲んで一息
以前出掛けた先での出来事指摘され、天藍から差し出されたフォークの先のガトーショコラを躊躇いつつ口にする
天藍、今日は少し意地悪です
更に駄目押しの言葉で促され頬を染めるも、そのまま流せずに戸惑いつつシフォンケーキを刺したフォークを差し出す



日向 悠夜(降矢 弓弦)
  ●Jr消費
風鈴2つ
セット2つ

外の風車小屋、凄いね
風も気持ちいし素敵な場所だなぁ

絵付け…折角だから場所に合ったものを描きたいね
お店に来る前に風車小屋の写真を撮ったから、それを基に風が丘の風景を描きたいな

降矢さんは?…ねこ?
前に言っていたチビちゃん大きくなったんだねぇ…今度見に行ってもいい?

終わったらカフェでゆっくりしよっか
注文はショートケーキと…ミントティーをホットで
降矢さんが下手じゃないの、少し意外だなぁ…

●絵心あり。風景画が得意
●絵
写真を参考にした風が丘の風景
丘の上の風車小屋を一番大きく描き
デフォルメした他の風車を描きます
風が吹いている様に若草色の絵の具で工夫もします

●持ち物
ポラロイドカメラ



リヴィエラ(ロジェ)
  リヴィエラ:
(※絵はとても下手)

(エピ『風鈴通りで願いを込めて』参照)
え、ロジェ様…私が絵を描いても良いのですか? では風鈴をひとつ、お願いします。
以前風鈴を飾る時に割ってしまったので、今回は気を付けなきゃ。
絵を描くのは慣れていませんが、ロジェ様の幸せを願って、ロジェ様が楽しそうにしている絵を描きたいです。
私はロジェ様さえ幸せなら、それで良いのです。

(ロジェが自分の手を取り、リヴィーの絵を隣に描いたのを見て)
…! ロジェ様、これは…私、ですか…?
私が、ロジェ様の隣に…? …っ、ごめんなさい、私、嬉しくて…
お願い、風が丘。私のこの幸せな気持ちを、風鈴に乗せてどこまでも届けて―



「絵付けか。絵心なんぞないぞ、俺は」

「私も風鈴の絵付けは初めてです、うまく出来ると良いのですけれど」

 目の前に置かれた透明な硝子の風鈴に苦い視線を送る天藍とは対照的に
かのんは初めての体験に少し不安げな様子は見せながらも
頭の中では風鈴のデザインを考え始めているようだ。

二人の目の前の作業用の机の上
久々の活躍の機会を今か今かと待っているようにも見える絵具の中から
かのんはそっと薄い紫色を選び筆に取ると
風鈴の緩いカーブを描いた表面に、慎重な筆運びで特徴的な星形の花弁を描き始めた。

紙の上で見るのとはまた違った魅力を放つかのんの絵を覗き込み
隣で眉間に皺を寄せ、迷い迷い筆を動かしていた天藍が感心したように呟いた。

「相変わらず綺麗に描くな。何の花だ?」

「涼しげに、桔梗の花を数輪描こうかと。
桔梗の花は秋の花なのですが、涼しい場所では夏の終わり頃から咲き始めるんです。
風が丘は涼しいから、今の時期にぴったりだと思うので」

 楽しげに話すかのんの言葉を聞き、記憶に刻むように、桔梗、と天藍が口の中で繰り返す。

「植え込みのイメージ図を描くみたいにはいかないですね。難しいですけど楽しいです。
天藍は、何を描いているんですか?」

 先程まで難しい顔で筆を動かしていた天藍の手元をそっと覗きこむと

「氷山、とシロクマとアザラシ?」

 天藍も季節に合わせて涼しげなモチーフを選んだのだろう。
風鈴には、氷山の横を涼しげに泳ぐシロクマとアザラシが描かれており
その絵は絵心が無い、と言っていた割にはわかりやすく、かのんにもきちんと伝わった。

「何だかとても可愛い……」

 天藍の普段の姿からはやや遠いモチーフ選びに、
思わずかのんが本音を零すと、天藍は照れた様に頬を掻き
引き続き風鈴の絵付けに取り掛かったのだった。






ティーセットを二つ注文すると
おすすめのミントティーを運んできた店主が二人の風鈴を窓辺に飾ってくれた。
見上げると、晴れ渡った青空に二つの風鈴が涼しげな音を立てて揺れる。

「良い音だな。絵柄と相まって気持ちまで涼しくなる」

「あ、天藍の風鈴、後ろの空の色が見えて
シロクマとアザラシが本当に水の中を泳いでいるように見えますね」

 風鈴の音色と絵柄を楽しんでいると、紅茶にやや遅れてケーキが到着し
かのんはさっそく、シフォンケーキを口に運んだ。
ふんわりとした触感と滑らかな舌触りの後に、優しい甘さが口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。

「……おいしいです」

 本当に幸せそうにケーキを頬張るかのんの様子に、天藍はふと思い立ち
こっちも味見するか、と自身のガトーショコラをフォークで一口分取り上げ
かのんの前に差し出した。

「いいのですか?では、」

 いただきます、と天藍の手からフォークを受け取ろうとかのんが手を伸ばすが
天藍が手を引っ込めたため空振りに終わってしまう。
え?とかのんが視線を向けると、天藍はにやりと笑った。

「食べさせてやるよ。はい、口開けて」

 あ~ん、と言いながらフォークに刺さったケーキを再度差し出す天藍の意図を察したかのんが
頬を赤く染めながら、自分で食べられますよ、と抗うと
天藍は笑みを深めてかのんの言葉に反論する。

「紫翠苑では人にカステラ食べさせて置いてそれはずるくないか」

 確かに、紫翠苑でかのんは、天藍の意志とは無関係に鈴カステラを天藍の口に運んだことがあった。
しかし、今ここで昔の話を持ち出してくる天藍に、かのんは唇を尖らせて拗ねてみせる。

「その話を持ってくる方がずるくありませんか……」

 差し出されたフォークに乗ったガトーショコラを、かのんが赤い頬のまま意を決して口にすると
な、美味いだろ、と天藍が楽しそうに笑った。

正直なところ、どんどん心拍数があがっていて
ガトーショコラの味はかのんにはまったくわからなかった。
なんとかケーキを飲み込み、これで顔から火が出るような思いから解放されると胸をなで降ろしたかのんは
次に発される天藍の言葉にさらに顔を赤くすることになる。

「じゃあ、次は俺の番だな。はい、あ~ん」

 そう言うと、天藍はあろうことか、かのんの目の前で口をぱかりと開けた。
今度はかのんのケーキを一口天藍に食べさせてほしいと言っているのだ。

「……天藍、今日は少し意地悪です」

「意地悪しているつもりは無いんだがな。
かのんのいろいろな表情は知りたいと思うが」

 後半の小さな呟きは、かのんの耳には届かなかったようだ。

「ま、なんとでも言うがいい。
俺を意地悪だと言うなら相殺でかのんが食べさせてくれても構わないんだが。
ほら、あ~ん」

 茹蛸のように赤くなっていくかのんを見つめながら、天藍が再度口を開けると
かのんは躊躇しながらも、そっとフォークに刺したシフォンケーキを天藍の方に差し出した。
天藍はまったく躊躇する事もなく、その一口をあっという間に口の中におさめてしまう。

「……うん、うまいな」

 満足げに微笑む天藍に、かのんは真っ赤な顔でミントティーを飲み干したのだった。


















「リヴィー、風鈴への絵は君が描くと良い。俺はティーセットを二つ、注文してくる」

「え、ロジェ様……私が描いても良いのですか?」

 ロジェはひとつ頷くと、併設されているカフェへと歩いて行った。
今日のおすすめはミントティーとシフォンケーキだというので、
おすすめのセットを一つと、リヴィエラの好きそうなセットを一つ注文する。
漂ってくるケーキの焼ける甘い香りに、自然と頬が緩んだ。



「では風鈴をひとつ、お願いします」

 ロジェを見送ったリヴィエラがそう告げると、店主が硝子の風鈴と絵具を作業台へと運んでくれた。
作業台の前に座ると、色とりどりの絵具が並んでおり、なんとなくわくわくした気持ちになる。
筆を持ち、輝く風鈴に手を伸ばした時、
ふとリヴィエラの脳裏を以前訪れた風鈴通りでの出来事が思い浮かぶ。

リヴィエラの手を滑り落ちた風鈴は、
床に落ちてかしゃん、と音を立て、硝子の破片となったのだった。

……今回は気を付けなきゃ。

気持ちを引き締め、そっと風鈴を手に取ると、リヴィエラは迷うことなく筆を走らせ始めた。
描きたいものはいつでも決まっている、迷う必要などないのだ。

そっと目を閉じれば、瞼の裏にはっきりと揺れるそれは、誰よりも美しい銀の髪に、
厳しい振りをしながらも、いつも優しくリヴィエラを支えてくれる、苦悩を宿した紫苑の瞳。

不慣れなりにありったけの思いの丈を込めて、丁寧に描いたリヴィエラの幸せそのものの彼は、
風鈴の中では楽しそうに笑っていた。

……いつか彼が、こんな風に微笑む日が来るといいと、いつも思っている。
そのために私は何ができるのでしょう。
ロジェ様のお力になるには、私はどうしたら良いのでしょう。

ロジェはいつでもリヴィエラの幸せばかりを優先させようとするが、
相手の幸せを願うのはリヴィエラとて同じことだった。

筆を止めじっと考え込むリヴィエラは、己の思考に囚われるあまり、
注文を終え戻ったロジェがそっと風鈴を覗き込んだことに気がつかなかった。



ケーキセットの注文を終え、工房へ戻ったロジェは
熱心に風鈴に絵を描くリヴィエラの手元を見て驚きを隠せなかった。

リヴィエラの絵はとても個性的で、一瞬理解するのに時間はかかったが、
辛うじて人であることがわかり、次いで特徴的な銀の髪と紫苑の瞳、
最後に楽しげに弧を描く口元が認識できる。

おそらく、優しいリヴィーは俺の幸せを願って描いたのだろう。
いつだってそうだ。
リヴィーはこんな俺を許して、幸せになって欲しいと言ってくれる。
リヴィーの幸せな家庭を奪ってしまったのは俺なのに。

「っ、何で…君は俺の幸せを願ってくれるんだ…?」

 胸の奥から絞り出すようなロジェの声に、リヴィエラが振り向く。
まっすぐ自分を見つめるロジェの瞳の奥に、葛藤と苦悩に苛まれて傷ついている心を見つけて、
リヴィエラはその心ごと包みこむようにふんわりと微笑んだ。

「私はロジェ様さえ幸せなら、それで良いのです」

 その言葉に、ロジェはリヴィエラに近寄り、そっとその手を取った。
風鈴を支える手、筆を持つ手にそれぞれ己の手を添えると、硝子の中で笑う自分の横にそっと筆先を置いた

「俺だけが幸せじゃダメだ。ダメなんだよ。俺は、君が幸せでないとダメなんだ」

 耳元で聞こえるロジェの声音に赤面しながらも、
自分の手なのに、自分の手ではない力でだんだんに描かれていく風鈴の中のもう一人の人物に、リヴィエラは目を瞠る。
そこには瑠璃色の髪と瞳の少女が、幸せそうに微笑んでいた。

「……!ロジェ様、これは……私、ですか……?」

「そう見えると、嬉しいんだけどな。
俺も、絵はあまり描かないから……本物には勝てないな。
リヴィー、君はバカだな。
俺はこんな風に、君が隣にいてくれないと、幸せになんかなれない」

 いつの間にか風鈴には、二人が並んでにっこりと微笑み合っていた。

「私が、ロジェ様の隣に……?ごめんなさい、私、嬉しくて……」

 瑠璃色の瞳からはらはらと涙を零し始めたリヴィエラに、
ロジェは描きあがった二人の風鈴を持たせ、
リヴィエラの手を引いて、爽やかな風が吹く窓辺へと導いた。

「ほら、今度こそ風鈴を飾ろう。この音色が願いとなって響き渡るように。
大丈夫だ。この風鈴の音に誓って、俺は君の傍にいる」

 ロジェに手を貸してもらいながら、リヴィエラが窓辺に下げた風鈴は、
今度こそ割れる事はなく、風に吹かれると、
ちりん、とまるで二人を祝福するかのような音を立てて揺れた。

その音色に、リヴィエラは隣にロジェがいることの喜びを噛みしめた。
リヴィエラがロジェの幸せを願うように、ロジェもまたリヴィエラの幸せと、
二人が共に在る未来を望んでくれている事がまるで手に取るように伝わってくる。
それが、こんなにも幸せなことだなんて。

お願い、風が丘。私のこの幸せな気持ちを、風鈴に乗せてどこまでも届けて……

そんなリヴィエラの心の奥の願い事を見透かしたように、風鈴がまたひとつ、ちりん、と音を立てた。


















工房カゼヤのほど近く。
宿の一室でミサ・フルールは姿見とにらめっこをしていた。

「風鈴の絵付け体験楽しみだよ。
もちろんエミリオさんとのデートもすごく楽しみ」

 今日はエミリオと二人で、風鈴の絵付け体験に行くのだ。
気合を入れてメイクもしたし、服だってお気に入りのなかでもとびきり可愛いワンピースを選んだ。

「今日のコーデとメイク、変じゃないかな?」

 鏡と向き合い、念入りに自分の姿をチェックすると、
椅子の背にかけてあったレースのカーディガンを羽織り、くるりと一回りしてみる。
待ち合わせの時間と場所は工房カゼヤの前とあらかじめ決めてあるが、
ふと時計を見ると、待ち合わせの時間まであと少しで、ミサは慌てて宿を出た。



駆け足に風が吹く丘を工房カゼヤに向かっていくと、
既に入り口の前でエミリオ・シュトルツがミサのことを待っているのが見え、
ミサは急いでエミリオに駆け寄った。

「ごめんなさいエミリオさん、お待たせしてしまって」

 少し息を切らしながらミサが謝ると、エミリオは、大丈夫、と答える。

「風が丘の気持ちいい風を、心ゆくまで堪能できたよ。
ここはすごく涼しくて、タブロス市街の暑さが嘘みたいだよ。
……素敵な場所だね。誘ってくれてありがとう、ミサ」

 エミリオの目が嬉しげにふっと細められ、その緋色の瞳が優しげな光を灯した。
その目に見つめられると、ミサは先ほど走ってきた時とはまた違う鼓動の早さを感じ、
思わず頬を染めて顔を俯けてしまった。

そんなミサの反応は、エミリオは予想済みだ。
ミサの笑顔はもちろん素敵だが、笑顔と同じくらい照れている表情も可愛らしいので、
ついついこうやってからかってしまいたくなる。
……そんなことをミサに言えば、今度はきっと拗ねながら照れるのだろう。

「エミリオさん、行きましょうか?」

 ミサに工房へと促され、そうだね、と答えると、エミリオは工房の扉をミサのために開けてやり、
二人は並んで工房の中へと入っていった。


二人で座った作業台には、まだ絵付けのされていない硝子の風鈴が二つと、
色とりどりの絵具が並んでる。
ミサはさっそく、並んだ中から夜色の絵具を筆に取ると、そっと風鈴の上に乗せた。
筆先をゆっくりと動かし、じっくりと心を込めて丁寧に描いたのは、黒いうさぎだった。
ネイルアートの要領で色を重ねたうさぎは、まるくつぶらな緋色の瞳で可愛らしくこちらを見つめている。

「黒うさぎってエミリオさんのイメージなの」

 ミサの呟いた言葉に、エミリオは少し驚いた。
まさか自分のイメージが、あの時のままで定着しているとは思っていなかったのだ。
そんなエミリオには気づかず、ミサは言葉を続けた。

「……本当は辛かったのに、今まで誰にも言えずに1人で頑張ってたうさぎさん。
もしエミリオさんが忘れそうになったら何度だって言うよ。
『貴方は1人じゃないよ』って」

 ミサの描いたうさぎに込められた意味に気付き、エミリオは心があたたかくなるのを感じた。
うさぎは寂しがり屋であるという説になぞらえて、一人孤独な夜を過ごしてきた自分を黒いうさぎに例えたのだろう。
……自分を見失わないで、貴方は1人じゃないよと、いつかミサが掛けてくれた言葉を思いだす。
ミサの優しい笑顔にも心が揺さぶられるが、エミリオは何よりも、ミサがそれほどまでに自分を想ってくれること、
孤独の中で自分を見失いそうな時も、1人じゃないと繰り返し伝えてくれるその優しい気持ちが嬉しかった。

「ありがとう、ミサ」

 ふと視線を落とすと、自分の目の前には未だ何も描かれていない風鈴がある。
少し考えた後エミリオも筆を取り、薄紅色の可憐な薔薇の花を描いた。

「ミサにとって特別な花は俺にとっても特別なんだよ」

 穏やかな声で話しながら、エミリオは筆を動かし続ける。

ピンクの薔薇の花言葉は『温かい心』。
いつでも俺を支え、優しく導いてくれるミサにぴったりだ。
俺はミサの優しさに何度救われたことだろう。
これからもきっとミサの優しさに救われ続けるのだろうという確信めいた予感が、
エミリオの胸を震わせた。


完成した二つの風鈴を、一緒に窓辺に飾る。
並んで揺れる風鈴は、涼しい風に吹かれて楽しそうに歌っていた。

ミサが二つの風鈴を嬉しそうに眺め、エミリオはそっとミサを見ていた。
心の中を映して変わる表情は見ていて飽きない。

ずっとこの表情を見ていたい、とエミリオは思った。

ミサと過ごす何気ない日常。それが俺の幸せなんだ。
俺の隣にはいつだってミサがいる。そして、ミサの隣にはいつも俺がいる。
これからもずっと、そうして二人で寄り添っていたい、と
独りの時には味わったことのない気持ちが自然と心の奥から湧き上がってきた。

そんなエミリオの視線に気づいたのか、ふとミサが顔を上げ、
エミリオの方を見てにっこりと笑う。

ミサの笑顔を見たせいかな、風鈴の音と一緒に俺の心臓も高鳴ってる
……この幸せの音がずっと鳴り響きますように
幸せを守る努力は惜しまないつもりだ


















「わあ、凄いねぇ」

 風が丘の古い風車小屋を見て、日向 悠夜が感嘆の声を上げる。
彼女の隣では、降矢 弓弦も同じように風車を見上げていた。

「歴史と浪漫を感じるね、古い蔵書とかないかな」

「……降矢さん、私たち、風鈴の絵付けに来たんだからね?」

 今、古い蔵書など弓弦に手渡せば、風鈴の絵付けどころではないだろう。
悠夜は弓弦の気が変わらないうちに、と弓弦と連れ立って工房へと向かって行き……
途中で足を止めた。

「良い事考えた」

 一瞬くるりと振り返ると、悠夜は手に持ったポラロイドカメラで風車の写真を一枚撮影し
写り具合を確かめると急いで弓弦のもとへと向かったのだった。



「折角だから場所に合ったものを描きたいよね。
と言うわけで、私はこれを描くよ」

 そう言って悠夜が作業台の上に置いたのは、先ほど撮影した風車のポラロイド写真。
これを基に風鈴に風車の絵を描くつもりなのだろう。
さっそく、筆に絵具を含ませ、絵付け作業に取り掛かり始めた。

「悠夜さんは風車を描くんだね。僕は……猫でも描こうか」

 最近チビ猫が大きくなってきたんだ、と話しながら愛おしげに筆を動かす弓弦の表情は、
いつも以上に優しく穏やかで、小さな来訪者たちを普段から可愛がっている様子がありありと目に浮かんだ。

「前に言っていたチビちゃん、大きくなったんだねぇ。今度見に行ってもいい?」

「ああ、いいよ。お好きな時にどうぞ。
……このやんちゃそうな顔は鈴之助かな?こっちの三毛はみち子だね。
次はクロを描こうか、いや、さちえにしようかな。
クロは凛々しくてかっこいいし、さちえは美人だから迷うなぁ」

 楽しげに猫の絵を風鈴に描き続ける弓弦につられて、悠夜ももう一度自分の風鈴に向き直る。
一番大きく描いたのは、風が丘の象徴である大きな風車、
その周りにやや小さく、デフォルメした他の風車を配置し、
そこでいったん手を止めると悠夜はじっと風鈴を見つめた。

確かに風車はしっかりと描けているのだが、何かが足りない気がする。
その何かがわからず、悠夜は悩んでいた。
自然と、筆を動かす手も止まる。

「悠夜さん、ちょっと相談があるんだけど……
ここの色、何色がいいかな?」

 手が止まっていた悠夜に、弓弦が話しかけた。
弓弦が指していたのは猫達の間、風鈴にはまだ何も描かれていない部分だ。

「肉球の絵を少し入れようと思うんだけど、色に迷っててね。
悠夜さん、絵を描くのとかこういうのは得意でしょ?」

「そうだなぁ……ねこちゃん達が黄色とか茶色が多いから、若草色とか青はどうかな」

「なるほど、参考にさせてもらうよ」

 ふんふんと頷き、また風鈴に向かい、真剣に猫たちを描き始める弓弦。
その背を見ながら、ふと閃く。

風が丘には、風車を回す風が必要だよね。

草原を渡ってくる風が丘の風は気持ちの良い草の薫りがするから、と、
草原のイメージの若草色で風を描こうとした悠夜と、
悠夜のアドバイスに従って、同じく若草色で猫の肉球を描こうとした弓弦が
同時に若草色の絵具に浸った筆に手を伸ばし、ほんの一瞬、お互いの手が触れあった。

「あっ、」

「ご、ごめん、悠夜さん」
 
 ぱっと弾かれたようにお互いに手を引っ込めた。
触れていた時間は一瞬だったのに、なぜか触れあった場所がひどく熱く思える。
なんとなく恥ずかしくなり、悠夜も弓弦もお互いに顔を背けてしまうと、
今の今まで何気なく言葉を交わしていたはずなのに、二人の間には急にぎこちない雰囲気が漂い始め、
押し黙った二人は口を開くことなく、黙々と風鈴の絵付けを続けた。





『お待たせいたしました、
ショートケーキとミントティーのセットと、
シフォンケーキとアイスベルガモットティーのセットでございます』

 風鈴の絵を描き終え、二人は店主自慢のケーキと紅茶で休憩を取ることにした。

二人の風鈴は、他の絵付け体験客のものと一緒に窓辺に飾ってあり
風が吹くたびに心地の良い音を立てていた。

「降矢さんが下手じゃないの、少し意外だなぁ……」

 そう呟いた悠夜の視線の先には、弓弦が描いた猫だらけの風鈴。
どの猫も少しずつ特徴が違っていて、弓弦の猫たちへの愛を感じさせた。

「どういう意味だろうね、それは。僕だって人並みに猫の絵くらいは描けるよ。
他のお客さんたちの風鈴も飾ってあるね。
なかなか個性的な絵の物もあるけど、……うん、味があるね。

……しかし悠夜さんは、やっぱり、上手いなぁ」


 あら、ありがとうございます、とおどける悠夜の言葉を聞き、弓弦が眉尻を下げて笑う。
先程の工房での落ち着かない雰囲気はいつの間にかすっかり消えていて、
弓弦は心の中で少し安堵した。

ずっとあのままだったら、どうしようかと思った。
あんな少しのきっかけで、この居心地の良い場所を失くしてしまったらどうしようかと。

二人で風鈴を眺めながら、楽しげに話す悠夜の笑顔を見て、無意識に先程触れた悠夜の手の感触を思い出してしまい、
また少し高鳴った胸に、風が丘の爽やかな風に吹かれた風鈴の音色が響いた。



依頼結果:普通
MVP
名前:日向 悠夜
呼び名:悠夜さん
  名前:降矢 弓弦
呼び名:弓弦さん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あご
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 08月17日
出発日 08月22日 00:00
予定納品日 09月01日

参加者

会議室

  • [5]日向 悠夜

    2014/08/21-21:00 

    みんな、久し振り!
    改めまして、日向 悠夜です。
    よろしくお願いするね?

    風鈴の絵付け…ふふ、楽しみだなぁ

  • [4]リヴィエラ

    2014/08/20-08:06 

    こんにちは、リヴィエラと申します。
    皆さまとご一緒できて嬉しいです、宜しくお願い致します(お辞儀)
    ふふ、風鈴の絵付けだなんて楽しみですね。

  • [3]かのん

    2014/08/20-07:22 

    お久しぶりです、皆様
    ご一緒出来て嬉しいです
    風鈴の絵付けは初めてなので今から楽しみです
    どうぞよろしくお願いしますw

  • [2]ミサ・フルール

    2014/08/20-05:56 

  • [1]ミサ・フルール

    2014/08/20-05:56 

    わー♪ 皆さんお久しぶりです(笑顔)
    またご一緒できて嬉しい!
    風鈴に絵付け体験、楽しみだな~
    皆が思い描く時間を過ごせますように!

    ではでは! 皆さん改めて、


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