プロローグ
その日、とあるA.R.O.A.支部にやってきたのは、オーガ討伐の依頼人、では無く。
「ウィンクルムの皆さんがボランティアでモデルをやってくださると聞いて!」
何かを色々勘違いした、芸術大学の女生徒。
最近『ウィンクルムがボランティアでモデルをやっている』という噂が女生徒の通う大学で広まっており、ならば今度の全国学生写真コンクールのモデルを、とやってきたのだ。
「あー……」
受付職員は思わず遠い目をする。
言われてみれば確かに最近モデルを体験したウィンクルムは多い。しかし、それはあくまで任務だったり、企業間や職員達の『大人の事情』であったり、ウィンクルム達が個人的に引き受けた事だったりで、別にボランティアなどやっていない。
その事を懇切丁寧に説明したが、女生徒も引かない。
「そりゃ私には企業が提供する公に出せない報酬は用意できませんし! 職員とのコネなんかもありませんけど! そういう大人の事情は分かりませんけど!!」
「やめて下さい、他の来訪者もいらっしゃるんですから、あまり大きい声で誤解を招くような発言は」
「A.R.O.A.は普段から命を張ってる団体ですから、そこで社会奉仕の精神なんて使い切ってて、学生の頼み事なんかくだらない邪魔なものでしかないのかもしれませんけど!!」
「ちょっとホントやめて下さい、お願いしますよ、もう少し声のトーンを下げて」
「お金ですか?! お金が全てなんですか?! 少しくらいは話聞いてくれたっていいじゃないですかー!!」
「わかりました聞きます! 聞きますから!! うちはあくまで対オーガを専門とした非営利団体です皆様誤解の無きよう!! オーガ被害で困った時はお金なんて気にせずすぐに連絡を!!」
「ひゃっほーい! A.R.O.A.への協力要請通ったよー!」
「マジで?!」
大学の実習棟にあるスタジオ、そこにA.R.O.A.へやってきていた女生徒が入り、中で待っていた友人と話しだす。
「まぁ受付の人に『伝えるだけですから!』って念を押されちゃったけどねー」
「なーんだ。でもそれで来てもらえたら儲けもんだよね」
「だよねー。あーお願いしますA.R.O.A.様ウィンクルム様!」
「ところであんた、どういうコンセプトかちゃんと説明したの?」
「したよー。色々な愛の形を二人で表現してもらうって」
「……それだけ?」
「嘘は言ってない」
けろりと悪びれずに応える女生徒の後ろにあるのは。
人が二人ギリギリ入れる位の大きさの透明な箱が、五つ。
解説
●A.R.O.A.に伝えてある協力要請
・色々な形の愛を二人で表現するモデルをやって欲しい
・どんな愛を表現するかは自由、特に無いならこちらが指定した愛を表現して欲しい
例:甘々のラブラブカップルの愛、カッコイイ相棒愛、等
●実際にやる事、
・色々な形の愛を二人で表現するモデルをやる(ただし箱の中で)
・どんな愛を表現するかは自由、特に無いならこちらが指定した愛を表現する(ただし箱の中で)
例:色々意識してる友達以上恋人未満の愛、いっつも喧嘩しちゃう兄妹愛、等
●その他
・ウィンクルムの皆さんは、撮影日スタジオに着くまで箱に詰められる事を知りません。
・表現する愛をプランに書いて下さい。お任せの場合は『お任せ』と書いて下さい。
・どういう愛を表現するかは事前に知らせてある、という設定です。
それによって、女生徒が(一緒に箱に詰める)小道具を用意します。
小道具に希望があればそちらも(一応)参考にします。
・当日「話が違う!」と怒っても「楽しそう!」と喜んでも、モデルは辞められないし、表現内容の変更は出来ません。
だって逃がさないし(女生徒が)。小道具用意しちゃうし(女生徒が)。
・完全なるボランティアです。
ついでにスタジオ維持費の寄付(50~300Jr)もお願いします。寄付金額もプランに書いて下さい。
じゃないと女生徒が「やーん、流石ウィンクルム様太っ腹!」と300Jr強奪して強制寄付させます。
ゲームマスターより
緊張して距離をとろうと暴れちゃうのも、狭さを理由にわざとくっつくのも、何でもありです。
頑張って様々な『愛』を表現してください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リゼット(アンリ)
300Jrぐらいのお金、出しておいてあげるわよ 何でこんなのつけなくちゃいけないのよ! 大体あんたは犬じゃない 表現する愛はお任せ 愛なんて言われたってわからないから って、箱にくらい自分で入れるわよ! ねえ…もう入ったんだから離してくれない? 思っていたより狭いんだから、逃げようがないでしょ でもこんなにくっついてたら…変な感じ や、やだちょっと!しっぽ振らないでよ!くすぐったい! それはまあちょっと気持ちいいかもなんて… ち、ちっちゃくなんてないわよ! 私だけ気持ちいいのも変、なのかしら 愛って一方的なものなの? 悔しいけど私よりは知ってるみたいだから 他の人に聞こえない小さな声で教えを乞う ねぇ、愛って何?教えて…? |
油屋。(サマエル)
寄付:300jr 緊張しちゃうな アタシ寝癖とかついてたりしないよね? 大学生の皆さんに挨拶 箱詰めと聞いてさらに緊張 サマエルをこんな近くで見たの初めて 綺麗な顔してるな 女なのに負けてる気がする! 顔 擽らないでよぉ~ そっと手を握られて緊張が和らぐ あ、まただ……手を握られると安心する(依頼23参照) 微笑んで 手はそのまま握っていて欲しいな 顔真っ赤 ここ、これって……あの、えっと! 挨拶?そうなんだ ごめんね、勝手に勘違いしちゃった ふふ、あははッ!耳元で喋らないで~ 弱いんだよそこ そうだよね、トランスでいつもやっているのに トランスの度にサマエルにき、きす…… うわああ今更すぎるけど恥ずかしいッ! |
楓乃(ウォルフ)
愛の形を表現するモデルだなんて、とっても難しそうだし緊張しちゃうわ。 愛かぁ…。私は愛といえば、与えるものだと思うわ。 だからあなたが好きよって気持ちを体で表現してみればいいのよね。きっと。 え?!この箱の中で…?!は、恥ずかしい…///ウォルフと密着しちゃうなんて…。 やっと前のように話せるようになってきたところなのに… で、でも愛の為だものね。頑張るしかないわ!(楓乃は混乱している。) (両手をばっと広げ)さぁウォルフ!私の愛をうけとって!! あ、ちょっと、どうしてそんなに逃げるの? 狭いんだから逃げられないわよ~うふふ。(楓乃は愛の迷子になった!) ※テーマ「与える愛」→「一方的な愛」になってしまった。 |
ライラ・フレニア(クラエス・エストリッジ)
私達が表現できる愛って何だろう? クラエスに任せると変な事いいだしそうだし学生さんにお任せしちゃおうかな (何愛か聞いて)…あっ、自分で決めればよかったかも は、箱…?ここに入るんですか? 確かに嘘は言ってないですがちょっと狭いような… でもクラエスもう入っちゃったしやるしかない、かな ちょっと体重かけちゃうかもしれないけど大丈夫?重かったら言ってね …なんだかクラエスいい匂いするね ちょっと女としては敗北感が… 昔は私の方が大きかったんだけどなぁ いつの間に抜かされちゃったんだろう ずっと一緒だとそういうのが曖昧になっちゃうってのは聞くけど本当だよね あ、クラエス寄付金渡してきてくれてありがとう …何で楽しそうなの? |
ユミル・イラストリアス(ドクター・ドレッドノート)
【寄付金額300jr】 え?えええ…この箱に二人で入るんですか? そんな、本気ですか… でも師匠は乗り気ですし…仕方がありません、基本私はこの人に逆らえませんから。 メガネ外しましょう、至近距離で師匠の顔を見るのは心臓に悪すぎますから。 しかしこれはどういう愛を表現すべきなんでしょう …あ、私が下になって師匠の体支えますよ 師匠きゃしy…じゃなくてお体が繊細ですし、私の体で潰れたら大変ですから。 あ、あれ?なんで怒ってるんですか。 …師弟愛、師弟愛にしましょう だから必要以上にベタベタしないでもらえますか 何故って、恥ずかしい…とか!そういう事じゃなくて そう、師匠のアクセサリー!金属に触れると痒くなるんです! |
■捻くれた大人と信じすぎる少女の甘い愛
「緊張しちゃうな、アタシ寝癖とかついてたりしないよね?」
学生相手とはいえ、モデル体験を前にして『油屋。』はそわそわとしている。それに対し『サマエル』が爽やかな笑顔で答えた。
「大丈夫だ乳女、家畜の毛並みが乱れてても大して気にしないだろう?」
殴りたい。
油屋。は顔を真っ赤にして握り拳をプルプルさせるが、ちょうど依頼人の女生徒がこちらに来たので我慢した。
「今日はありがとうございます。お二人にはそのまま、大人と少女の甘い愛をお願いしますね。こう、大人の余裕と少女の背伸びしたいけど一杯一杯な感じをですね!」
力説する女生徒を前に二人はギシリと固まる。
甘い愛? 誰と? こいつと?!
「この中で表現して下さい!!」
箱の中で?!
「嘘ぉ?!」
「黙れゴリラ暴れるな」
思わず大声を上げた油屋。に、サマエルはかろうじて崩れなかった笑顔で素のままのツッコミを入れた。
先に箱へ入った油屋。に覆いかぶさるようにサマエルが入る。
そこへ女生徒がハート型と星型のクッションを詰め込む。
クッションに埋もれながら、二人は顔を見合わせた。あまりにも近すぎる距離で。
(サマエルをこんな近くで見たの初めて……綺麗な顔してるな、女なのに負けてる気がする!)
まじまじと見て、流石精霊イケメン吹っ飛べ、などと思っていると、その綺麗な顔が不愉快そうに口を開く。
「せめて笑え乳女。不細工な膨れ面で芸術作品を作らせるつもりか」
嫌味に油屋。が怒るよりも早く、ディアボロ特有の尻尾で顔を叩くように擽り始めた。
「か、顔! 擽らないでよぉ~……ううう、に、握るぞ! 尻尾!!」
サマエルは急いで尻尾を遠ざける。同時に、尻尾を握られない為に咄嗟に手を握る。
すると、油屋。はほっとしたように表情を和らげた。
その様子を間近で見て、サマエルは握った手の小ささを強く実感する。
この近さだから油屋。の身体にある痣や傷が見える。今は服に隠れてる場所には、二人が出会った時に負った、オーガによる傷痕もしっかりと残っているだろう。
ウィンクルムとしてオーガとの戦いを続ければ、これからもこの小さな手に、柔らかな身体に、幾つもの傷がついていくのか。
「あ、あのな、サマエル」
油屋。が声をかける。その声でサマエルは思考を中断させる。
「手はそのまま、握っていて欲しいな」
頬を赤くしたまま、それでも微笑んで。
その笑顔に、サマエルはさっきまでの思考の理由を垣間見る。
(心配しているのか? 俺が、この女を?)
そんなわけが無い。
そう意識を切り替えようとした時、先程からシャッターをきっていた女生徒が「もっと甘めにお願いしまーす」と言ってきた。
「……早瀬、じっとしていろ」
サマエルは耳元で囁いて、そのまま頬に口付けをしようとし……
(血迷ったか、何をしようとしているんだ俺は)
寸前で思い留まり、ただ頬と頬をくっつけた。
「さ、サマエル、あの、えっと! くっつきすぎ!!」
「頬を寄せるのは親愛の意味、挨拶みたいなものさ。何を顔を赤くさせてるんだか」
そう、こんなものは挨拶だ。
自分に言い聞かせるように説明すれば、油屋。は素直にそれを信じてまた緊張をほぐす。
「挨拶? そうなんだ。ごめんね、勝手に勘違いしちゃった」
言って、油屋。はもう一度気持ちを落ち着かせる。近すぎる距離に顔は赤いままなのだけれど。
(全くコイツは、人の言う事をすぐ鵜呑みにする)
完全に信じきってしまった少女に、呆れたような、つまらないような、嬉しいような気持ちになって、サマエルはまた耳元で囁く。
「カメラ目線になれ、いつまでもこのままでいたいのか?」
「ふふ、あははッ! 耳元で喋らないで~、弱いんだよそこ」
油屋。はくすぐったさに赤い顔をふにゃりと崩して身をよじらせる。
(そうだよね、挨拶だよ、挨拶。大体トランスではいつもアタシがサマエルの頬にキスとかやっているのに……トランスの度にサマエルにき、きす……)
「うわああ今更すぎるけど恥ずかしいッ!!」
「この距離で叫ぶなゴリラ!!」
超至近距離で言い合う二人。けれど手を離す事は無い。
■一方的(?)な愛
「愛の形を表現するモデルだなんて、とっても難しそうだし緊張しちゃうわ」
「愛って……んなこっぱずかしーことできるわけねーだろ……」
緊張しながらもやる気に溢れた『楓乃』とは対照的に、ぶつぶつと文句を言う『ウォルフ』だが、もう二人は撮影現場のスタジオに到着してしまった。
(楓乃のやつ、勝手に依頼受けてきやがって)
恨みがましく隣に立つ楓乃を見るが、楓乃は「愛かぁ……私は愛といえば、与えるものだと思うわ」と目を輝かせている。
「だからあなたが好きよって気持ちを体で表現してみればいいのよね。きっと」
頑張ろうね! と笑顔でウォルフの方を向けば、その笑顔にウォルフが顔を赤くしてそっぽを向く。
「まぁ、仕事だからなっ! しかたねーから付き合ってやるけどよ!」
早口で言えば、楓乃はおかしそうにクスリと笑った。
「え?! この箱の中で……?!」
「あぁ?! この箱の中でだ? ふざけんなー!」
「ふざけてないです大真面目です! いいですか、そもそも芸術というのはその時その時の大衆文化の反映とまだ見ぬものへの渇望と……」
そのまま女生徒とウォルフが言い争うが、楓乃は二人の声も頭に入らない。透明な箱をじっと見たままぐるぐると考え始めてしまった。
(は、恥ずかしい……ウォルフと密着しちゃうなんて……! やっと前のように話せるようになってきたところなのに……)
先日、思わぬ事からウォルフの裸を見てしまった楓乃。それによりギクシャクしてしまったが、ようやくどうにか元のような状態に戻れたのだ。
それなのに、こんな小さな箱に入って、写真を撮られるだなんて。
(で、でも愛の為だものね。頑張るしかないわ!)
断る、という選択肢もあるのに(実際には女生徒が何が何でも逃がさないが)、混乱しきった楓乃は何故か燃え上がる責任感に背を押されて決意した。
「楓乃! 帰るぞ! こんなふざけた依頼やってらんねー……っておい、なんで腕をとるんだ?」
出口へと身を翻したウォルフの右腕を、楓乃はがっしりと掴むと力強く歩き出す。
「わわっひっぱんな! っておい、それ、お前まさか、やるのかよ?!」
楓乃が進む先は、透明な箱。
そこへ普段からは考えられないような力でウォルフを押し込むと、自分も入り込んでバッと両手を広げた。
「さぁウォルフ! 私の愛をうけとって!!」
顔色が謎だ。赤いんだか青いんだか分からない。だがその目は。
「あ……あの……楓乃さん? 何か目が据わってませんか?」
そう、思い切り据わってウォルフという名の獲物を逃がすまいと捉えている。
逃げ場の無い箱の中で、それでもウォルフは少しでも恐ろしい状態の楓乃から距離をとろうと無駄な足掻きをする。
「あ、ちょっと、どうしてそんなに逃げるの?」
「楓乃さんいいですね! これ小道具! 好きに使っちゃってください!」
そんな二人の様子に目を輝かせたのは女生徒。
楓乃のやる気を手助けするように渡したのは赤とピンクと紫のサテン生地の長い三本のリボン。
そう、人一人縛り上げるのなど簡単なくらい、長いリボン。
「狭いんだから逃げられないわよ~うふふ」
「ちょ、やめて……こらっ! あ――――――ッ!!」
「いい感じ! いい感じですよ楓乃さん! 愛の迷子になった感じで素敵!」
女生徒は言いながらシャッターをきり続ける。
最終的にはリボンにまみれ、いい具合に縛られ絡み合った二人が箱の中にいた。
「……こんなの、愛じゃない……だろ……」
ぐったりとしたウォルフが呟いたが、精霊と人間の力の差など明白、本気で逃げようと思えば逃げられた彼がどうして箱から逃げなかったか。
それを思えば、その箱の中で表現されたものは、多分、きっと、一方的ではなかったのだろう。
■犬と猫のじゃれ愛
スタジオに着いて、撮影の説明を聞いて、じゃあ撮影を始めましょうとなった時、『アンリ』が何も言わずにそっと『リゼット』の頭に白いネコミミを乗せた。
「何でこんなのつけなくちゃいけないのよ!」
間髪いれずに突っ込んだリゼットにアンリは得意気に胸を張る。
「理由? 画的なサービスに決まってるだろ。俺とお揃いだぞ? 喜べ!」
「何で喜ばなきゃいけないのよ! 大体あんたは犬じゃない、お揃いじゃないわよ!」
「まぁそう言わずに」
アンリはくるりとリゼットに後ろを向かせると、やはりそっと腰に白いネコしっぽを付けた。
「何でしっぽまであるのよ!!」
再びリゼットが突っ込んだ。
しかし、どうやらこのネコミミとしっぽは撮影の小道具のようだ。リゼットは色々諦めた。
「犬と猫の種族を超えた可愛い愛! さぁさぁ、思う存分犬と猫になってじゃれ合ってください!」
「んじゃ、まずリズを抱っこして箱に入るとこから」
「って、箱にくらい自分で入れるわよ!」
「まあまあ遠慮すんなって、エスコートすんのは王子的に慣れてるからな」
近づくアンリに、リゼットはお姫様抱っこをされる。と、思ったが。
「……何これ」
脇に手を入れてひょいっと抱えられる。子供に高い高いをするように。
「猫といえばこの抱っこだろ」
キリッと真面目な顔で言うアンリの鳩尾に蹴りを入れた。
「ねえ……もう入ったんだから離してくれない?」
「絶対逃げるだろうと思ったから捕まえて入ったんだろうが」
「思っていたより狭いんだから、逃げようがないでしょ」
しかも、どういう風に入ってしまったのか、リゼットとアンリの足が交差していて、どちらか片方だけが立ち上がろうとしても立ち上がれない状態になっている。逃げられるわけがない。
「でもこんなにくっついてたら……変な感じ」
そんな離れられない状況に、リゼットが頬を赤らめてポツリと零す。それをアンリの耳がぴんと立って聞き取った。
「変な……ふーん。嫌ではないってことか?」
「や、やだちょっと! しっぽ振らないでよ! くすぐったい!」
気がつくとアンリのしっぽがパタパタと左右に動いて、リゼットの足をさわさわと撫でていた。
「しょうがねぇだろ。嬉しいと勝手に振れちまうんだから。それにふさふさで気持ちいいだろ?」
悪びれないアンリにリゼットは確かに、と思う。
「それはまあちょっと気持ちいいかもなんて……」
思うけれど、この背中を走る弱い電流のようなものは何だろう。これも、気持ちいいと言っていいのか。
「つか俺も結構気持ちいいぞ、リズのちっちゃいアレが当たって」
「え」
「気づいてるか? さっきからずっと思いっきり俺に抱きついてんの」
抱えられて箱に入る時、不安定な気がして怖くて、無意識のうちにアンリの首に縋るように抱きついていたのだ。
それが、今の今まで続いていた。
「ち、ちっちゃくなんてないわよ!」
言ってから「違う、そこじゃない」とセルフツッコミをしながらアンリの頭をパシンと叩き、身を反らして離れた。
それでも、近い。こんなに近くで顔を見るのはいつ以来だろう。
(……鈴カステラ)
あの時、少し何かが近づいたような気がしたのだけれど、
弱い電流のような不思議な気持ちよさ。私だけが感じているの? 愛って一方的なものなの?
リゼットはもう一度身を寄せてアンリに近づく。悔しいけれど、自分よりも愛を知ってそうな相手に。
「ねぇ、愛って何? 教えて……?」
目の前に、驚きで目を見開いたアンリの顔。
「愛を教えろってお前それ……」
狙ったわけではない、偶然出された殺し文句。
けれどまだ、素直に殺されてなんかやらない。
「……そんなこと言う天然にはしっぽでくすぐりの刑だ! ほら、ええのんかええのんか!」
「ちょ、やめ! ヤダくすぐったい!!」
しっぽだけでなく、手も使って腹や首筋も擽り出す。
小さな箱の中でばたばたとじゃれあう犬と猫に、外から「いいよいいよそのまま甘噛みしちゃってもいいよッ!!」という声とシャッターを切る音が何度も浴びせられた。
■師匠の愛が重すぎる師弟愛
「え? えええ……この箱に二人で入るんですか? そんな、本気ですか……」
透明な箱を前に、『ユミル・イラストリアス』は困惑の声をあげる。
けれど、ウィンクルムのパートナーであり、錬金術の師匠である『ドクター・ドレッドノート』は、女生徒によるコンセプトと小道具の説明を興味深そうに聞いている。
「うん、よく分かった。じゃあユミル、入ろうか」
「は、はい!」
反射的に返事はしたが、密着してしまうであろう箱にごくりと生唾を飲み込む。
(でも師匠は乗り気ですし……仕方がありません、基本私はこの人に逆らえませんから)
せめて、と考えユミルはメガネを外す。ドレッドノートの顔を至近距離で見るのは、心臓に悪すぎるのだ。
「……あ、私が下になって師匠の体支えますよ。師匠きゃ……じゃなくてお体が繊細ですし、私の体で潰れたら大変ですから」
師匠の身体を思っての提案は、けれど当の本人から一蹴される。
「師匠を……というか僕の体を馬鹿にするな。女を支えたくらいでどうにかなるヤワな体ではない」
不愉快そうに眉根を寄せて、さっさと箱の中に入ってユミルを待ち構える。
「あ、あれ? 何で怒ってるんですか」
思い切りコンプレックスに触れていた事には気付いていない。
二人が表す愛は、師弟愛。
「師弟愛なんです。だから必要以上にベタベタしないでもらえますか?」
ユミルが小道具の古めかしい本を顔の目の前に構え、ドレッドノートと少しでも距離をとり訴えるが、ドレッドノートは「師弟愛ね」と鼻で笑うだけで、改めようとする気配は無い。
「僕はそれ以上の愛を感じてるよ、あんたの、そこに」
言いながら、ドレッドノートの手がユミルの胸へ伸びる。
「ぎゃああああああ!!」
顔を赤くして全力で叫ぶ。そして伸びてきた手を本で思い切り弾く。
「叫ぶほどそこに脂肪ないだろ」
「そういう問題じゃないんです!!」
「じゃあどういう問題なんだ。何故逃げようとする」
「何故って、その……」
口ごもるユミルをドレッドノートは熱く見つめる。
「僕はあんたのハートが好きだ」
二人の邪魔をする本を長い指でずらして熱く口説く。
「欲しくて欲しくてたまらない」
ドレッドノートの言葉に嘘はない。
そう、恐ろしい事に嘘ではないのだ。
外法の頂きである薬。その調合にドレッドノートは挑んでいる。けれどそれは、本人以外誰も知らない。
調合に必要な素材の一つが『自分に心酔している異性の心臓』だなんて、その為にユミルを弟子にしたり口説いたりしているだなんて。
本人以外、誰も知らない。
「いや、その、恥ずかしい……とか、そういう事じゃなくて……! その、そう、師匠のアクセサリー! 金属に触れると痒くなるんです!」
だから異性に免疫の無いユミルは、向けられる甘さにただ動揺して困惑して目を反らす。
離れて下さい、と本でドレッドノートをぐいぐい押しながら訴える。
今日はこんなものかと判断したドレッドノートは、そこからは師匠の仮面を装う。
「しかしメガネをとるのは珍しいな。あんたはそっちの方が良いかもしれない」
本を開かせ何か教えているような姿勢となれば、ユミルにも少し余裕が出てくる。ぼやけた視界でドレッドノートを見ながら「そうですか?」と小首を傾げる。
「そうだ。あの瓶底みたいな分厚いレンズのメガネは……ダサすぎるぞ」
「う、仕方ないじゃないですか、見えないし……」
「錬金術師はハイセンスでいかねば、外見を整えれば顧客への印象が良くなるんだぞ。もうちょっとお洒落に気を遣え、僕のようにな」
「そりゃ師匠ならお洒落も際立つでしょうけど……」
自分がお洒落をしたところで大して変わらないとユミルは思う。
それでも。
「考えてみます」
それでも、ドレッドノートがそう言うのなら、少しはお洒落を考えてみようか。
目の前で満足気に微笑む気配がして、ユミルもつられるように微笑む。
眼鏡を外していてよかったと、眼鏡を外していて残念だと。
外からのシャッター音を聞きながらそう思った。
■主従ではない二人の愛
私達が表現できる愛って何だろう。
考えても『ライラ・フレニア』には思い浮かばなかった。かといって『クラエス・エストリッジ』に任せると変な事を言い出しそうだと思い、結局依頼人である女生徒に何を表現するかを任せて当日を迎えた。
「お二人には主従愛を表現していただきます!」
女生徒の発言内容は何も問題が無かった。むしろ実際の関係を考えれば表現しやすいものだった。
その手に、鎖と首輪が無ければ。
あっ、自分で決めればよかったかも。
ライラが遠い目をしながらそう思っても、もう遅い。
「は、箱……? ここに入るんですか? ちょっとこれ、狭いような……」
じり、と後ずさりながら躊躇っていると、クラエスがさっさと箱に入ってしまう。
そうなればライラの取る行動はもう一つしかない。
(やるしかない、かな)
覚悟を決めて箱へと入り込む。
「ちょっと体重かけちゃうかもしれないけど大丈夫? 重かったら言ってね」
「大丈夫だよ」
気を遣うライラにクラエスは微笑みながら答える。
けれど、脳裏には以前横抱きにした時の感覚が蘇る。
(あの時痛感したけど、僕あんまり力ないよね……ジョブだってエンドウィザードにしたぐらいだし)
人と比べれば問題ない。けれど精霊にしては少し非力かもしれない。冷静に自分の力を判断しているクラエスだが、だからといってそんな素振りは見せたくない。
(小さい頃から一緒にいてお互いの事をよく知ってるとはいえ僕だって格好はつけたいんだ)
それがただの男の意地なのか、ライラに対してだから思うことなのか。クラエスの思考はそこまでには至らない。
「……なんだかクラエスいい匂いするね」
いつもより近い距離に、いつもなら気付かない事に気付く。
ちょっと女としては敗北感が……などと考えているライラに、クラエスは不思議そうに首を捻る。
「匂い? 別に何もつけてないんだけど何だろう。ライラは石鹸の匂いだよね、清潔感があって僕は好きだよこの匂い」
いつも思ってることを口にすれば、ライラは一瞬顔を赤くして「馬鹿」と言った。
首輪はつけられなかった。
クラエスがただ鎖を手に持ち、首輪はライラとの間に置かれた。
それは今からつけるようにも、今外したばかりのようにも見える。
女生徒はその扱いで納得しているのか、視線や表情の注文を投げかけるだけでシャッターをきっていく。
小さな箱の中で、こんな近くで支えられて。
ライラは幼い頃を思い出す。
子供の頃はもっと立場など気にせず、これぐらいの距離で過ごしていた気がする。同じような視界で同じような世界を持っていた気がする。
それが今は、こんなにも違う。
(昔は私の方が大きかったんだけどなぁ。いつの間に抜かされちゃったんだろう)
支える手の力強さを、首輪を敢えてつけない気遣いを、昔は感じなかったこの匂いを、目が眩むような切なさと共に肌で感じる。
(ずっと一緒だとそういうのが曖昧になっちゃうってのは聞くけど、本当だよね)
当たり前だけど、もう弟ではないのだ。
自分とは違う立場の、自分とは違う男性で。きっと自分とは違う世界を持っているのだ。
(でもせめて、今この瞬間は)
主従としてではなく、幼い頃と同じように、同じ立場で同じ世界を共有したい。
「あ、そうそう。はい寄付金」
撮影が終わると、クラエスは笑顔で女生徒に300Jr渡した。
「ありがとうございます! 作品は皆さんにもお送りしますんで、楽しみにしてて下さい!」
「こちらこそ結構楽しめたよ、ありがとう。次もこういうのやるんだったらぜひ声を掛けてほしいな」
「マジっすか?! 本気にしますよ声掛けまくりますよ!!」
元気に答える女生徒に別れを告げ、帰り支度を整えたライラの元へと行く。
「あ、クラエス寄付金渡してきてくれてありがとう……何で楽しそうなの?」
「だって楽しかったし、それにもしかしたら、またこんな時間を持てるかもしれないからね」
微笑むクラエスに、ライラはその意味がよく分からないながらも「そうだといいね」と小さく笑った。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月28日 |
出発日 | 08月03日 00:00 |
予定納品日 | 08月13日 |
参加者
- リゼット(アンリ)
- 油屋。(サマエル)
- 楓乃(ウォルフ)
- ライラ・フレニア(クラエス・エストリッジ)
- ユミル・イラストリアス(ドクター・ドレッドノート)
会議室
-
2014/08/02-01:39
ユミル・イラストリアスです、よろしくお願いします。
愛の形ってなんでしょうね? -
2014/08/01-08:09
楓乃です。相方はウォルフです。よろしくお願いしますね。
私もモデルなんで初めてなのでどきどきします…!
-
2014/08/01-01:58
ライラ・フレニアです。
パートナーはクラエス様です。よろしくお願いしますね。
色々と説明が不十分な気はしますがどうにか愛の形の表現、頑張ってみようと思います。 -
2014/08/01-00:06
リゼットよ。連れはアンリ。よろしくお願いね。
なんだか訳の分からない依頼みたいだけど
仕方がないからやってあげる。感謝してよね。 -
2014/07/31-23:15
こんちゃーっす!油屋。だよ~
あ、初めましての人も居るんだね、宜しく! 相方はディアボロのサマエルだよ。
うう……、モデルなんて初めてだから緊張してきた……。