【夏の思い出】嘘つきな私(錘里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 ――いつもいつも勝手ばかり。
 ――もう私を振り回すのはやめて。

 それは良くある、別れ話の切り出し。
 パートナーの我侭に、我慢の限界なのだと。訴えるのは悲痛な声。
 それは人の気配は多くない、ただ静謐な空間に、波紋のように悲しみを広げる。

 ――あなたなんて、だいきらい。

 ゆらり。夜闇に揺れる炎が、大きく振れた。
 右へ、左へ。それはまるで、首を振るように。

 ――きらい、きらいよ、だいきらい。

 はらはらと涙をこぼす持ち主を慰めるように、暖かな火は、大きく膨らむ。
 見つめて、見つめて。
 パートナーは、優しい手のひらを、泣き続ける頬に添えて、微笑んだ。

 ごめんね。
 大好き。

 二人を優しく照らすランプの灯りは、静かに、静かに、硝子越しに見守っていた。


「嘘発見器って、ご存知ですよね」
 A.R.O.A.の職員が、唐突に尋ねた。
 名前ぐらいは聞いたことがある、と、大抵の者が頷くのを見届ければ、にこりと微笑んで、続けた。
「実はこちらが、それなんですが」
 ひょい、と取り出したのは、極々普通の……強いて言うならとてもレトロなデザインの、ランプ。
 ゆらゆらと小さな炎が灯っているのが見て取れたが、不思議と、キャンドルらしいものも、ガスの類を出す部分も、無かった。
「このランプの中に灯っているのは、人の心を汲み取る魔法の炎、だそうです」
 それは精密な機械では、無い。
 ただほんの少し、素直になれずに告げられた心にもない言葉を否定するだけの、ささやかな魔法。
 口をついた嘘が、本音とは異なっていればいる程、炎は大きく変化する。
 揺れたり、爆ぜたり、色が変わったり。
 本音と異なる程に変わる、という点から、誰かを傷つけまいとする優しい嘘や、悪戯心を含ませたお茶目な嘘では、ささやかな変化しか見られないだろう。
 目敏く見つけることも可能だろうが、職員曰く、それは無粋というものらしい。
「最初に、嘘発見器と言いましたけど、これは、嘘を見つけて咎める為の物ではないんですよ」
 そっと耐熱の硝子を指先で撫でて、職員は語る。
 このランプは、元々は素直になれない恋人達へと贈られた、お節介なランプ職人の願いの表れ。

 どうか気づいてあげて。
 そうして優しく、促してあげて。
 あの子が君に言いたい言葉は、そうじゃないんだから。

「相手に気付いて貰うだけでなく、自分の気持ちを確かめるためにも使えるんです」

 どうか気付いて。
 そうして良く、考えて。
 君があの子に言いたい本当の言葉は、なぁに?

「ただのレトロなランプとして、素直に夜道を照らす灯りとして持って頂いても、勿論構いませんよ」
 パシオン・シーの夜は、とてもロマンチックなんですから。
 ことり。机の上にランプを置いて、職員は小首を傾げて尋ねた。
 興味があるなら、どうぞ、お手を。

解説

◆舞台について
パシオン・シーの散歩コース「ムーングロウ」か海岸の「ゴールドビーチ」のいずれかから選べます。

●ムーングロウ「月明かりの散歩道」
 ゴールドビーチの海岸沿い、ヤシ林の中にある散歩コースです。
 夜、月がでると道がぼんやりと輝きます。

●ゴールドビーチ
 南北数キロに渡って続く海岸です。
 夜は人も少なく、波の音だけが聞こえます。

◆費用について
ランプは一つに付き100jrで貸し出ししております
一人一つでも、二人で一つでも構いません
二人で一つの場合、どちらの言葉に炎が反応しているのかは不明瞭になります

夜道は少し冷えるかもしれません。
ご希望の方には、ショールか羽織(各種デザイン豊富)を50jrで貸し出すことも可能です


◆嘘について
何が本音で、何が嘘なのか。
明記して頂かなくとも構いません
曖昧にされている場合は各プランや正確設定等考慮の上錘里が勝手に判断します
この機会にきちんと伝えたいことがあるのなら、明記することをお勧めします

※精霊の反応や行動に関しては、今回特に親密度を加味致しますので、
 必ずしも望んだ反応があるとは限りません
 予めご了承いただきますようお願いいたします

ゲームマスターより

ぽつぽつ出現しております、錘里です。
初めましての方が多いかと思います。
GMページ内に錘里のリザルト傾向記載してみましたので宜しければ参考までに。

ちなみに、嘘を嘘と悟られながらも貫き通してみたりするのも、アリだと思う錘里です。
大好きだから伝えたい。
大切だから隠したい。
どちらも、素敵な気持ちだと思います。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  ゴールドビーチの散策
ランプは一つ
白いレースのショールを借りて

魔法の灯りをつくづくと眺める
「不思議ね。どうやって灯っているのかしら?」
独り言のように呟いて 歩き出した彼を追う
一緒に歩くのが楽しくて くすりと笑う

「…シリウスは、私がパートナーで嫌じゃない?」
思い切って聞いてみる
際立った才能もない 足手まといになるばかりの自分で良かったのか
「私は貴方がパートナーで、嬉しいけど。
 もし嫌だったら…本部でお願いしたら、新しい神人を紹介してもらえるかも」
大きく揺らぐ炎
そんなことは嫌だと言うように
思わず下を向くけれど 返ってきた答えに弾かれたように顔を上げる
見上げた先に 見惚れるような優しい笑顔


ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)
  波の音が子守唄みたい
皆と遊ぶ賑やかな海も好きだけど穏やかな海も好き

今日は付き合ってくれて有難う
エミリオさんとね、ゆっくりお話がしたいなって思ってたの

私達が契約してから色んなことがあったね
ただのウエイトレスの私に神人の力が顕現するとは思わなかったよ
お父さんとお母さんもびっくりしてるだろうな

これからもきっと色んなことがあるよね
楽しいことや悲しいことも、沢山

私・・・背中を追いかけるのも、先を行くのも嫌なの
私はエミリオさんの隣を歩きたい
その為にももっと戦い方の勉強するね、もちろんパティシエの勉強も頑張るよ

☆希望するコース
ゴールドビーチ

☆領収証
ランプ×1 100Jr
ショール(花柄)×1 50Jr



アリシエンテ(エスト)
  エストと賭けをした
それは、散歩途中互いの話題を振ってにランプの火を穏やかにした方の負け

意訳すれば『常に嘘をつき続けて歩きませんか?』だ
勝てば無茶振りでも一日言うことを聞かせられる

しかし、浮ぶエストの姿に「大嫌い」と呟けば
炎は大きく否定した

「…それでは困るのよ……」
目を伏せ、泣きたくなる気持ちで呟く

疑いながらも自覚はしていた
しかしそれでは困る

恋心は戦場で冷静な判断を欠く
ウィンクルムであっても過剰な想いは要らないと疑わない


歩き互いに質問をかわし合う
「食事はもちろん肉派よね?」
「日記は3日坊主」等(全部嘘)

最後に一つ、違わないは勇気のいる嘘を言ってみた
「あなた程、使えない者は見たことが無いわ」(嘘)



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  【ランプ購入】

ディエゴさん、いつもありがとう
私を気遣ってくれたり守ってくれたり…
出会ってから…ずっとお世話になりっぱなしだね

だからこそ、私はディエゴさんの力になりたい
重荷になりたくない
ディエゴさんは前だけ見てて…私が支えるから
私は大丈夫、もう寂しくなくなった。

【心情】
これはディエゴさんのためにつく嘘
私は過去がないから、その事で傷ついたりする事はないけど
でもディエゴさんは心に傷があって、それが今でも血を流し続けているのに気づいちゃったから。

……何故かわからないけど
どこかで気付いて欲しいっていう気持ちがある
自分の本心がどこにあるのか…まだ見つからない
言ってて、目から水が出てくるし止まらないし



八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  ランプ2ショール自分用1
ゴールドビーチ

こうしてじっくり話をする機会って今までなかったですね
前から聞きたかったことがあるんです

質問:
契約(お見合い)のことをどう思ったか
あのセッティングでどうして契約してくれたのか
結局今まで聞けずじまいでしたから…

答え:
もちろん本当の家族みたいに思っていますよ(これは本当)
アスカ君のことも、お兄さんができたみたいで嬉し…
(激しく炎が揺れ動揺)
あ、あの、嫌ってわけじゃないんです!
でも『兄に名前を呼ばれてドキドキする妹』なんて変ですよね…?
うぅ、私どうしたんだろう

あ、寒くないですか?アスカ君このショール使いま…
は、はい…こうですか?
あ…距離が近くなって…でも、心地良い



●それは苦しい、
 一つのランプを持ち、リチェルカーレは、そっとその柄に指を添わせながら、魔法の灯りを不思議そうに見つめていた。
 アンティークなデザインのランプは、風の通る隙間もない。
 それなのに、この灯は、煽られたように揺れるのだという。
「不思議ね。どうやって灯っているのかしら?」
 じぃ、と見つめるリチェルカーレの表情は、楽しそうだ。
 白いレースのショールが、ゴールドビーチにそよぐ潮風に揺られて靡く。
 淡い水を映し出したような彼女の髪が、きらきら、手元からの炎の灯りと、頭上からの月明かりに照らし出されて煌めいてみる。
 眩しい、けれど、柔らかで優しい髪の色は、リチェルカーレの内側を表す色にも、思えて。
 シリウスはつい、視線を逸らして「行くぞ」と短く告げて歩き出した。
 さく、と。砂浜に重なる二つの足音。夜の海を歩く機会はあまりない。並んで居るわけでもないけれど、一緒に歩くのは、楽しかった。
 歩幅が違うのに気が付いて、シリウスが少し歩調を緩めてくれたから、なお。
「……シリウスは、私がパートナーで嫌じゃない?」
 だから、かもしれない。思い切って尋ねる事が出来たのは。
 炎は、目を瞠るシリウスを、静かに静かに、照らし出す。

 ――リチェルカーレにとって、己というものは大きな評価の出来る存在ではない。
 花が好きで、歌が好きで、共に暮らす花屋の家族が大好きな、どこにでもいる少女。
 秀でた戦闘能力があるわけではない。頭が飛び切り良いわけでもない。
 役に立てることが、あるとは。あまり、思えていない。
「私は貴方がパートナーで、嬉しいけど……」
 足手まといになるばかりの、自分が、たまに嫌だ。
 自己嫌悪に落ち込む程ではなくても、いつか、そんな自分のせいでシリウスに何かが、あったら……?
 真っ直ぐな青と碧の双眸が、真摯な気持ちを、シリウスに訴える。
「もし、嫌だったら……本部でお願いしたら、新しい神人を紹介して貰えるかも」
 その方が、良いかもしれない。
 リチェルカーレの心の端には、確かにそんな気持ちがあった。
 だけれど、それ以上に。そんなことは嫌だと思う気持ちの方が、はるかに強かった。
 泣き出しそうな顔をするリチェルカーレへ、シリウスは思わず手を伸ばす。
(そんなことを、思っていたのか……)
 煌めく髪と、同じように。純粋な心を持つはずの少女の胸中は、今、どれだけ複雑に思いが絡まっているのだろう。
 察するには、至らないけれど。そっと添えた手のひらで、小さな頭を引き寄せた。
 泣かないでと、あやすように。
 その手は、ぱちりと音を立てた炎の音と、少女の驚きの声に、すぐに離してしまったけれど。
 見やったランプは、激しく炎を揺らしていた。膨らみ、爆ぜて、硝子の中ではらはらと火の粉を降らせる様は、泣いているようにも、見えて。
 如実に示された感情に、リチェルカーレは思わず、下を向いていた。
 あぁ、情けない事だ。彼の為を思う嘘ぐらい、心に蓋をして貫き通してしまえればいいのに。
 涙をこぼすことは、耐えられたけれど。ふつりと湧いた、もやもやとした感情は、リチェルカーレの表情を切なげに歪める。
「……俺の神人は、お前だ」
 そんな少女の顔を上げさせたのは、シリウスのその一言だった。
 弾かれたように顔を上げたリチェルカーレの視界に映ったのは、夜の乏しい灯りの中、それでもはっきりと判る、シリウスの優しい笑顔。
 見惚れそうなその顔は、無口で無表情なマキナであるシリウスがごくまれに見せる、きっとリチェルカーレだけの特別。
 くしゃり、髪が撫ぜられる。優しい手のひらは、労わるような大きな手のひら。
 その手を差し伸べ、シリウスは契約の時の彼女を思い起こす。
 誰かのためにできる事があるのなら。そう言ってほほ笑んだ彼女の純粋さが、眩しかった。
 些細な不信も、払うような笑みに、リチェルカーレの差しだした手を取っていた。
「パートナーとしてのお前を、嫌だなんて思ったことはない」
 あの時と同じように。せめて、妹のような少女の気持ちを、晴らすことができるのなら。
 願いは、繋がれた手のひらから伝わっただろうか。
 夜の海は少し肌寒く感じられたけれど、二人で手にしたランプは、温かさを、醸し出していた。

●それは欲張りな、
 ランプをそれぞれの手に持ち、アリシエンテは一つ、エストと賭けをした。
 曰く、散歩途中互いの話題を振って、ランプの灯を穏やかにした方の負け。
 勝てば一日言うことを聞かせられるという褒賞は、良くあるものだろう。
 耐熱ガラスの中で揺れる炎を見つめ、歩み出したアリシエンテは、嘘を報せるというランプを手にした時、浮かんだエストの姿に向けて「大嫌い」と呟いたことを、思い出す。
 あの時、そんなこと思ってもいないくせにと、炎は大きく揺らめいて、アリシエンテを窘めた。
(……それでは困るのよ……)
 眉を寄せ、浮かべたのは悲しげな表情。
 自覚は、あったのだ。エストに対して、抱いている感情については。
 だけれどアリシエンテは、それを善しとはしなかった。
 自分も彼も、共に戦場に立つ身だから。冷静な判断を欠き、命を危険に晒す要因は、一つでも少なくしていなければ、ならない。
 恋心、なんて。その最たるものだと、判っていた。
「アリシエンテ?」
 思案に暮れようとしていたアリシエンテに声を掛けたエストは、彼女が何をも悟らせない顔で見上げてくるのを見つめ返して、嘘ばかりの会話を、始めた。
「食事は勿論、肉派よね?」
「ええ、当然です。そう言う貴方は、魚しか食べませんね」
「そうよ。魚は美味しいもの」
 戯れの言葉に、炎は弾むように揺れる。笑われているような気もしたが、月明かりに光る道に影が揺れる様はは、心地よくもあった。
「日記は三日坊主だし」
「あなた基準で言われては困ります。驚くほどの長文で吃驚です」
 人の日記を見るなんて。と、互いに咎めた口ぶりをしてみせて。
 道の終わりを目前に見つけて、ふと、アリシエンテは思いついたように、表情を引き締めた。
「あなた程、使えない者は見たことが無いわ」
 同時に向けた視線は、炎を見ずとも、嘘だと判る程、苦しげで。
 見つめたエストは、心の端がつきつきと痛むような感覚を、受け止めるように瞳を伏せて。
 それから、アリシエンテの頬に恐る恐る手を添えた。
 ぴくり、と。主の繊細な肌が震えたような気がしたけれど。ひょっとしたら、震えているのは自分の指先かもしれない。
 告げて、しまえば。
 きっと彼女を、苦しめるだろう。
 躊躇いの間に、アリシエンテの瞳が伏せられる前に。エストは、静かに切り出した。
「淡い水彩のようですが…これを、好きと、呼ぶのかと」
 その『好き』の意味は、まだ薄らとしか理解していない気は、している。
 だけれど、信頼とは違う形の『好意』である事だけは、不思議と、明確に理解していた。
 アリシエンテも、また。
 だから、揺れたのだ。覗き込んだ、彼女の瞳が。
「一日だけ、貴方の傍に私がいるのではなく、どうか私の傍に貴方がいて欲しいのです」
 穏やかに、穏やかに。炎が真実を告げる。
 ――賭けは、エストの負けだ。
「火が大人しくなってしまいましたね」
 私の負けです。と。淡々とした声が紡ぐ。
 アリシエンテの瞳は、揺れたままだというのに。
「明日からも宜しくお願い致します」
 穏やかになった炎を提げて、エストは先を促すように、踵を返して。背後のアリシエンテが歩み出す気配を待つ。
 震えていたのが、判ったから。
「あなたは……明日からも何も変わらないのよ」
「はい」
「明日からも、あなたが、私の傍に立つのよ」
「理解しています」
 本当は、なんて。そんなものは知らない。
 一つ紡ぐごとに揺れる影なんて、見えない。
 今のアリシエンテが望んでいるのは、エストが共に在る事であり、エストと共に在る事では、無い。
 戦場に不要な物は、排斥しなければならない。
(それが、どうして、どうして……)
 こんなにも、悲しく思えてしまうのだろう。

●それはささやかな、
 ふわりとショールを肩に羽織り、八神 伊万里は自分用のランプを手にした。
 人の心を汲み取るという不思議な代物。同様に持つアスカ・ベルウィレッジと共に、ゴールドビーチへ歩みだす。
 静かな空間に、波の音。時折、足元近くまで打ち寄せた波が、ランプの灯りにきらきらと煌めいた。
「こうしてじっくり話をする機会って今までなかったですね。前から聞きたかったことがあるんです」
「聞きたいこと?」
「契約の事を、どう思いました?」
 伊万里とアスカの出会いは、設えられたものだった。
 父親に騙された末のお見合いセッティング。
 八神家に婿入りしたような扱いに戸惑いながらも、それでも、伊万里との契約を拒絶することはしなかったのだ。
「あのセッティングで、どうして契約してくれたのか……結局今まで聞けずじまいでしたから……」
 ただの、興味本位だと。そう伝えるように選んだ言葉に、アスカは一呼吸おいてから、語る。
「俺は、皆を守れる力が欲しかった。だから最初は契約出来ればだれでも良かった」
 オーガの襲撃に合った故郷を『見捨てた』ウィンクルムと、彼らに頼る事しかできなかったあの時の自分に対する怒りが、アスカを早急な契約へと駆り立てた一番の要因だ。
「誰でも良い。それがどんなに気に入らない奴でも……」
 例えそれが、あの時のように戦場から逃げ出そうとする人間でも、トランスさえしてくれればどうにでもなると、思っていた。
 ――思って、『いた』のだと。優しく揺れる炎が、伊万里に気付かせる。
 じ、と見つめる伊万里の視線と炎の揺らめきに気が付いたアスカは、少し苦笑して、伊万里に向き直る。
「今は、『伊万里だから護りたい』。伊万里と契約して良かったって、思ってるよ」
 揺らめきを収めた炎に、伊万里は少しだけ俯いていた視線を上げて、くすぐったいような心地にはにかんだ。
 立ち止まっていた歩みを再び進めながら、アスカもまた、尋ねた。
「俺も、聞きたいことがあるんだけど……」
「はい、なんでも」
 真っ直ぐに答える伊万里に、柔らかく微笑んで。アスカが切り出したのは、素朴で、けれど少しの燻りを胸中に残す、疑問。
「俺を家族と言ってくれたけど、今でもそう思ってるのか、ってこと」
 きょとん、と。伊万里の瞳が丸くなる。
 それを見て、ん。とアスカは肩を竦めて補足する。
「俺には妹がいたけど、アンタはそれとはちょっと違う気がして。だから、どういう形の、家族なのかって」
 あぁ、と、納得したように表情を綻ばせた伊万里は、ほんの少しだけ距離を詰めて、こくりと頷いた。
「もちろん、本当の家族みたいに思っていますよ。アスカ君の事も、お兄さんが出来たみたいで嬉し――」
 心から嬉しそうに語る伊万里の手元で、炎が激しく揺れる。
 相対するアスカの影が左右に触れるのを見てそれに気が付いた伊万里は、慌てたように手を振った。
「あ、あの、嫌ってわけじゃないんです!」
 でも、と。俯いて口ごもった伊万里の顔は、炎に照らされてか、かすかに赤く見えた。
 ゆっくりと待つアスカを、ちらりと見て。伊万里は、困ったように、尋ねた。
「『兄に名前を呼ばれてドキドキする妹』なんて、変ですよね……? うぅ、私どうしたんだろう……」
 頬を抑え、困惑したように視線を泳がせる伊万里の素直な心根は、ピクリとも揺れない炎に透けて見えている。
(――それって……)
 なに、とは。聞かなかった。
 ただ黙って、アスカは伊万里の手を握る。
 ひゅぅ、と。砂浜に吹く風は、塩の匂いを孕んで、少し冷たい。
「風が強くなってきたな」
「そう、ですね……あ、寒くないですか? このショール使って……」
「お、俺は平気……」
 嘘は、暴かれる。やせ我慢は良くないと、炎は寒々しい青色に代わって、窘める。
「う、じゃあ端っこだけ借りても良いか……?」
 そっと、端を摘まんだショールを、自分の体にも少しだけ纏わせて。
 急に近づいた距離に、とく、と胸が高鳴るのを、自覚したけれど。
(でも、心地良い……)
 少しだけ俯いた伊万里の、幸せそうな顔は、アスカからは見えない。
(たまには夜の海も良いかもな……)
 夜天を仰ぐアスカの、照れくさそうな表情も、伊万里からは見えない。
 金色の砂浜に続く足跡が、最初よりも寄り添う形になったのは、穏やかに照らす炎だけが、知っていた。

●それは優しい、
 夜の海は昼間の賑わいが嘘のように、穏やかに波の音だけを響かせていた。
 少し踏み込んで散策すれば、人の気配はあるのかもしれないけれど、今は、二人で。それぞれの手にランプを持ったハロルドとディエゴ・ルナ・クィンテロは、パシオン・シーの穏やかな夜を満喫していた。
 並んで歩くだけの、だけれど少し特別な散歩。
 いつもの他愛もない話が幾つも続いては、小さな笑い声が重なる。
 それだけで、終えても良かったけれど。ふと、ハロルドは、自分がこうして他愛もない話で笑みを浮かべていられることに気が付いて。
 出来るだけ、それを保ったまま、ディエゴを見上げた。
「ディエゴさん、いつもありがとう」
 唐突、だけれど自然な切り出しに、ディエゴはハロルドを見つめてかすかに首を傾げたが、ハロルドは構わず続ける。
「私を気遣ってくれたり、守ってくれたり……出会ってから、ずっとお世話になりっぱなしだしね」
「……そんな事」
「だからこそ、私はディエゴさんの力になりたい」
 す、と。表情の消えた真っ直ぐな眼差しは、ハロルドにとってはとても自然な、顔。
 真剣さを湛えた双眸は、ディエゴが口を挟む余地を、与えない。
「重荷に、なりたくない」
 記憶をなくし、人として当たり前の事さえも何もできなかったハロルドはディエゴに救われた。
 もうそれで、十分。
 一人で立てるようには、なれたはずだ。
「ディエゴさんは前だけ見てて。私が支えるから」
「ハル……」
「私は大丈夫。もう、寂しくなくなった」
 にこり、笑うハロルドが告げた「もう」は、以前遊びに出かけた際に垣間見た、ディエゴの過去にまつわる話。
 自分が唯一知っている存在でもあるディエゴ。その一部しか知らないのは悲しい、と。そう、告げた言葉の、撤回。
 ちり、ちり。炎が、小さく、音を立てる。
 魔法の炎は、嘘を見抜く灯。けれど今は、ハロルドの心根を捉えきれない。
 それは、本音である証。
 ディエゴを思う気持ちが、強くて、強くて。寂しさも悲しさも、押し込んでいた。
 過去の無い自分には、傷付く思い出なんて、ない。
 だが、ディエゴは違う。記憶と思い出が織りなす過去の中で、彼は、心に傷を負ったのだ。
 ハロルドの前では見せる事の無いそれは、決して癒えた傷ではない。
(ディエゴさんの心の傷は、今でも血を流し続けている……)
 頼って、甘えて、縋るのは簡単な事だろけど。
 それが、ディエゴの重荷にならないわけが、無い。
 ――だけど……。
 ゆら、ゆら。
 炎は、戸惑うように、躊躇うように、控えめに揺れていた。
 ゆら、ゆら。
 少しずつ、少しずつ、その揺らめきの幅が増える。
 やがて、ふわっと大きく膨らんで、それきり。すっかり落ち着いた炎は、ハロルドの顔を、静かに照らし出す。
 頬に伝う、涙が切なく煌めいた。
「ハル……」
 労わるような声に、ハロルドの瞳は止めどなく涙を溢れさせる。
 なんでだろう。どうしてだろう。揺らぐ思いも決意も確かにあるのに、一緒くたになって胸の奥に居座っている感覚が、苦しい。
 そんなハロルドを暫し見つめていたディエゴは、一度瞳を伏せてから、コホン、と咳払いして。
「ハル、実はな……俺は、ディエゴという精霊はメガネが本体なんだ。今喋っているのは本体が開発したメガネスタンドだ」
 きりり、真面目な顔で、そう言った。
「えっ」
 ぴたり。涙が止まる。
 瞬く程に明瞭になる視界の中で、やっぱり真面目な顔をしているディエゴに、戸惑ったように視線を泳がせて。
「……あ、あの。私は本体の方も、メ、…メガネスタンドの方も大好きだから……」
 徐々に俯いた視線が見つけた、ディエゴのランプ。笑うように揺れているのを見止めると、和んだ顔で、笑った。
「……うそ」
「ん、うそ」
 顔を見合わせて、笑って。笑って。
 燻りは誤魔化したまま、帰路に着いた。
「いつか、話すから」
 自分のコートをハロルドに掛けながら、信じていて、と。囁く声を、連れて。

●それは温かな、
 ざぁ、と。寄せては引いていく波の音は、子守唄のように響く。
 昼間は賑やかなゴールドビーチも、夜になれば星を孕んで眠るのだろうか。
 遊んだ時間の楽しさを思い起こしながら海を眺めて居たミサ・フルールは、くるり、振り返ってエミリオ・シュトルツを見つめた。
「今日は付き合ってくれて有難う。エミリオさんとね、ゆっくりお話がしたいなって思ってたの」
 夜の砂浜を照らすアンティークなランプを手に歩み寄れば、エミリオは促すようににミサを見つめ返す。
 どちらかと言えば表情らしいものが乏しく、美しく端正な人形のような顔をしていたエミリオが、穏やかな雰囲気を纏っているのを感じて、ミサは口元にささやかな笑みを浮かべて、あのね、と切り出した。
「私達が契約してから色んなことがあったね。ただのウエイトレスの私に神人の力が顕現するとは思わなかったよ」
 今も勤めている喫茶店のこぞって感嘆の声を上げた。きっと両親も、見上げた空の上で驚いている事だろう。
「これからもきっと色んなことがあるよね。楽しいことや悲しいことも、沢山」
 出来事は、有り余るほどの思い出になるのだろう。
 楽しい事が多ければいい。だけれど、きっと悲しい事の方が、多い。
 自分たちはウィンクルムだから。
 傷のつかないまま居られるなんて、あり得ない。
「私……背中を追いかけるのも、先を行くのも嫌なの」
 トランスして、守られるだけ。そんな一方通行なだけのやり取りは嫌だ。
「私はエミリオさんの隣を歩きたい。そのために、もっと戦い方の勉強するね。勿論、パティシエの勉強も頑張るよ」
 努めて、明るく、穏やかに。微笑みながら、ミサは羽織ったショールの端を、握りしめていた。
 じ、と。黙って見つめていたエミリオは、そんなミサの精一杯に、笑みを返した。
 ほんの少し、皮肉の混じった笑みを。
「頑張る……ね。本当は戦うのが怖くて仕方ないくせに」
 くつ、と喉を鳴らして、ミサの手に、手を添える。かすかに震えているのが、伝わってくる。
「沢山の血を浴びてきた俺とは違って、ミサは戦いとは無縁の環境で過ごしてきたんだ。怖くない方がおかしい」
「でも!」
「恐怖を押し殺してまえに進もうとするお前の姿は見ていてイラつく」
 食い下がろうとしたミサに、突き刺すように、エミリオは言葉を吐いた。
 そうして、動揺に揺れる瞳を覗き、添えた手を、そっと肩に回すと、強く抱き寄せる。
「怖いなら怖いって言えば良い。泣きたい時は素直に泣けよ」
 言葉は選ばない。エミリオは淡々と、真っ正直な言葉を吐き出していく。
「どうして、もっと俺を頼らないの?」
 ふ、と。囁くような声が、耳元で響く。縋るような響きに、ミサの瞳がまた、揺れた。
「ミサなんて嫌いだよ……大嫌いだ」
 拒絶するような言葉を繰り返しながらも、エミリオはミサを優しく抱きしめる。
 言葉とは、裏腹に。
 それはミサの持つ炎にも、現れた。
 不安を湛えた炎が、ゆっくりと左右に揺れる度、エミリオの背に伸びる影も、揺れる。
 影の方のエミリオは、随分、小さく見えた。まるで、傍に居て欲しいと、願われているかのように。
 服の裾を、一度だけ掴んで、離して。それを合図にするように離れたエミリオは、ミサの足元に跪いた。
「あの時は義務感で契約してしまったけれど、改めて誓うよ。俺はミサを傷つけるすべての物から守る」
 そっと手を取り、口付ける。夜風に冷えた肌に、唇の感覚は暖かくて。「守られるだけじゃ嫌」と、誤魔化すように呟いていた。
 そんなミサに苦笑を返して、エミリオはその手を引いて歩きだす。
「分かってるよ。俺の背中はお前に任せるから」
 これからもよろしく頼むよ、相棒。
 二人だけの砂浜で紡がれたその言葉は、ミサの心を、炎よりも暖かく、癒してくれた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月19日
出発日 07月24日 00:00
予定納品日 08月03日

参加者

会議室

  • [5]八神 伊万里

    2014/07/23-08:59 

    あわわっ、挨拶遅れましたごめんなさい。
    八神伊万里です、よろしくお願いしますね。

  • [4]ミサ・フルール

    2014/07/23-06:11 

    時間の経過ってほんと早いね。
    皆さん今回もどうぞよろしくお願いします(ぺこり)

  • [3]アリシエンテ

    2014/07/23-01:25 

    お邪魔するわねっ。
    気が付いたらプランまで24時間を切っていただなんて……でも、思いを込めてっ(汗)

    こちらは●ムーングロウ「月明かりの散歩道」を散歩予定で居るわっ。どうぞ宜しくお願いするわね。

  • [2]リチェルカーレ

    2014/07/22-23:53 

    わ、今回は知り合いの方がたくさんで嬉しいな。
    リチェルカーレです。
    皆さん、よろしくお願いします。

  • [1]ハロルド

    2014/07/22-22:25 

    久しぶりのかたも、続いてのかたもこんばんは
    今回も宜しくお願いしますー

    嘘つきます


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