【夏の思い出】嘘つきな僕(錘里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 ――いつもいつも我儘ばかり。
 ――責められるのにもうんざりだ。

 零したのは、ささやかな不満だった。
 だけれど語る表情には、憤りよりも大きな寂しさが見て取れた。

 ――もうおしまいにしたい。

 質素で小さなカウンターを一つ挟んだ向こう側で、ゆらり。炎が揺れる気配。

 ――全部全部おしまいにして、らくになりたい。

 ゆら、ゆら、ゆら。主張するように揺れる炎が、あんまりにも激しく訴えてくるから。
 訝るように視線を投げれば、カウンターの向こう側で男が微笑んだ。

 口にするものじゃぁ、無いよ。
 そんな、寂しいウソは。

 穏やかに、諭すように。炎はふわりと、硝子の内側を踊る。
 そうして、泣きだしそうな手に、ランプを一つ、握らせた。


「心の内側を見透かされるのは、恐ろしい事だろうか」
 A.R.O.A.の職員が、唐突に尋ねた。
 質問の意図が汲み取れず、首を傾げるウィンクルム達に、独り言のように続ける。
「人の心を汲み取る、魔法の炎というものが、あってな」
 言いつつ取り出したのは、レトロなデザインの、ランプ。
 どこにでもあるようなアンティークにしか見えないそれには、炎が灯されていた。
 魔法の炎、と聞いた後だからだろう。思わずその炎を注視していると、ある事に気が付いた。
 ランプであることは間違いないのだが、キャンドルらしいものも、ガスの類を出す部分も、それには存在しなかった。
「魔法の、だからな」
 気付いたらしい彼らに、職員は緩やかに微笑んだ。
「心を汲み取る、と言ったが、そう精密な物ではない。……そうだな、印象としては、嘘発見器と言った方が、近い」
 素直になれずにでた、心にもない嘘。
 それをそっと汲み取って、否定する。そんな、ささやかな魔法。
 持ち主が口にした言葉が、本音とは異なっていればいる程、炎は大きく変化する。
 揺れたり、爆ぜたり、色が変わったり。
 状況によってさまざまだが、本音と異なる程に変わる、という点から、誰かを傷つけまいとする優しい嘘や、悪戯心を含ませたお茶目な嘘では、ささやかな変化しか見られないだろう。
「目敏いものなら、それも見つけられるのだろうがな。敢えてそれを指摘するというのも、このランプを作った者の主旨からすれば、無粋、と言うものだろう」
 耐熱硝子の内側で揺れる炎に込められたのは、ほんの少しのお節介。
 素直になれない恋人達へ贈られた、仲直りの、きっかけ。
 これを持って、二人で散歩でもしておいで。
 幸せな結末を望むのなら、きっと、気付けるから。

 どうか気づいてあげて。
 そうして優しく、促してあげて。
 あの子が君に言いたい言葉は、そうじゃないんだから。

「相手に気付いて貰うだけでなく、自分の気持ちを確かめるためにも使える」

 どうか気付いて。
 そうして良く、考えて。
 君があの子に言いたい本当の言葉は、なぁに?

「まぁ、中身はともかく、見た目はただのレトロなランプだ。夜の散歩に持ち歩くだけでも、雰囲気は出るだろう」
 パシオン・シーの夜は、とてもロマンチックなものだ。
 ことり。机の上に置かれたランプの取っ手を指でなぞって、職員はやはり、緩やかに微笑む。
「心の内側を見透かされる事を、恐ろしく思わないのなら」
 言えない本音を、仄めかしてみるのも良いだろう。

解説

◆舞台について
パシオン・シーの散歩コース「ムーングロウ」か海岸の「ゴールドビーチ」のいずれかから選べます。

●ムーングロウ「月明かりの散歩道」
 ゴールドビーチの海岸沿い、ヤシ林の中にある散歩コースです。
 夜、月がでると道がぼんやりと輝きます。

●ゴールドビーチ
 南北数キロに渡って続く海岸です。
 夜は人も少なく、波の音だけが聞こえます。

◆費用について
ランプは一つに付き100jrで貸し出ししております
一人一つでも、二人で一つでも構いません
二人で一つの場合、どちらの言葉に炎が反応しているのかは不明瞭になります

夜道は少し冷えるかもしれません。
ご希望の方には、ショールか羽織(各種デザイン豊富)を50jrで貸し出すことも可能です


◆嘘について
何が本音で、何が嘘なのか。
明記して頂かなくとも構いません
曖昧にされている場合は各プランや正確設定等考慮の上錘里が勝手に判断します
この機会にきちんと伝えたいことがあるのなら、明記することをお勧めします

※精霊の反応や行動に関しては、今回特に親密度を加味致しますので、
 必ずしも望んだ反応があるとは限りません
 予めご了承いただきますようお願いいたします

ゲームマスターより

またの名をツンデレ発見器。
とか言ったらすべてが台無しになる予感しかしませんね。

ジャンルはロマンスです。ロマンスです。大事なry
ちなみに、嘘を嘘と悟られながらも貫き通してみたりするのも、アリだと思う錘里です。
大好きだから伝えたい。
大切だから隠したい。
どちらも、素敵な気持ちだと思います。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(レーゲン)

  面白そうなんでレーゲンには効果は内緒
でも二人とも嘘なんてつかないから、あまり意味ないかも

そうだ、いい機会だから「あれ」も聞いちゃえ
「今、誰か好きな人はいますかー」
No?……でも今反応したよ
レーゲンが嘘ついた。つまり俺には言いたくないの?

「だ、大丈夫だって!相棒と恋人は違うんだから」
「レーゲンが好きな人がいたら応援してあげるから」
※炎反応激しくなる
これきっと不良品だよ、ちょっと交換してくる!

ふと思いついて
「おれは レーゲンが すきです」
……反応止まった。
そうなの?そういうこと?ええっ!?(やっと自覚)


「レーゲン、俺のこと好きですか?」
「うん、俺も好きだよ」
レーゲンよりもっと特別な『好き』だけどね



柊崎 直香(ゼク=ファル)
  二つの月がどちらも綺麗な夜なので

二人で食べようねと買ったレモンパイをゼクの入浴中
平らげたのは僕ではありません
わあ魔法の炎って動きの予想つかなくて面白い

ムーングロウ散歩
ランプは一つ。ゼクが持てば?
僕は嘘吐かないし
ゼクを騙したこともないでしょ

炎の裁定待たずツッコミがきそう
初めから僕はキミのことずっとおもってるのにその態度は酷いよ
うん、ずっと面白いって思ってる
あ、怒られそう

仕事相手が面白い人でよかったって思ったのは本当
任務遂行に問題ないなら誰でも構わないけど
どうせなら一緒にいて楽しい人がいい

なんて
うそかもね
冷えてきた。帰ろうか

月が二つ見えるのにも慣れたな
今更一つしか見えなくなったらきっと物足りないや


セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
  ■一人一ランプ。ゴールドビーチを歩く

海にきて楽しかった
付きっ切りで(タイガ自称)海満喫コースで水泳やお店回ったり
居合わせたグループ共すぐ意気投合して勝負や遠泳して
楽しそうに…喋って

付いてこないで
…バーべキューに誘われてるんだろ。行ってきなよ
一人でも平気だから(火が瞬き)
(話題にのれない体がついていかない僕が悪い。
僕と居ると新しい友達についていけないタイガをみるもの嫌で)

足音に反射的に振り向こうし見た時には姿もなく
ーーっ
泣くもんか。…そうだ、オカリナを吹いて気を紛らわせよう
いつも辛い時、無心になりたい時は吹いてたじゃないか。それに戻るだけ


寂しかったんだ
でも僕は、タイガが笑っていてくれれば何でもっ


アイオライト・セプテンバー(白露)
  ね、パパ。ゴールドビーチに行こうよ
夜の海って好き
遠くでお舟の灯りがゆらゆらしててきれいだもん
海の向こうまでずーっとお星さまが見えるのも好き

みてみてー。今日の恰好はくじらさんと鮫さん。がおー。
かわいい?
あたし世界一かわいい?
(↑このまえ言ってもらったので、癖になった模様)
パパも世界一かっこいいよっ

ランプは1つでいいや
あたし嘘はちょっと得意だけど(スキル「フェイク」)今は嘘なんかついてないもん
……えっとえっと
あのね、このまえパパの水羊羹黙って食べちゃった
ごめんなさいっ

嘘は吐いてないけど、なんだか忘れてることはある気がする
でも、いいの
そのうち思い出すよ多分
だからパパ、それまでずっと一緒にいてね?



エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
  ゴールドビーチを歩きましょうか
ランプは各1個

心を見透かすランプ…ですか
ディナスには黙って「夜の海岸を2人で散歩しませんか?」と誘いましょう
彼は明らかに『ネコ科のナニカ』なので、心を読むものだと知れれば、ランプをその場で破壊しかねません

…一応、私は人の心の機微には長けているつもりなのです。そうでなければ、『前のお仕事』は務められませんからねぇ
しかし、気になるのですよ
話す事は避けられていない様ですが、露骨に嫌われているようでしたら依頼の戦闘に出るのも危険です

不満は山ほどありそうなのでそれだけでも意味がありそうですね
もちろん聞かれた質問には全て正直に答えますよ
新たな一面が少しでも分かると良いのですが



●それは曖昧な、
 ランプの話を聞いた時、信城いつきは純粋に、面白そうだと思った。
 パートナーと共に手にしたランプの効果は、レーゲンには内緒。
(まぁ、二人とも嘘なんてつかないから、あまり意味ないかも)
 思いながらも、いつきはアンティークを提げながらの夜の散歩を満喫していた。
 他愛もない話を繰り返して、はしゃぐ声は、静かな雰囲気に、少し控えめに落ち着いて。
 あれもこれもと、質問を繰り返しては、なんで突然そんな質問攻めなんだろう、と、レーゲンに首を傾げさせていた。
 そうしている内に、いつきはふと、思いついたように尋ねていた。
「今、誰か好きな人はいますかー」
 何の気ない質問だった。でも、普段の機会には、聞く事が難しい質問。
 場の雰囲気と、嘘を見抜くというランプの効果に思いを馳せてこそ、口をついたそれに、レーゲンが返したのは「ノー」だったけれど。
(……今、ランプ反応したよ……?)
 穏やかに笑うレーゲンの影が、ゆらゆらと揺れる。
 それが、信じ切っていたレーゲンに、疑いの巣食った瞬間。
 得体のしれない『嘘』の影が、レーゲンを浸食しているように、見えて。
(もしかして、俺といるの、めいわく……?)
 過ったのは、不安。
 だから、こそ。努めて明るく、いつきは笑った。
「だ、大丈夫だって! 相棒と恋人は違うんだから」
「……え? う、うん、そうだけど……」
 レーゲンを励ますような言葉は、自分に言い聞かせるような言葉。
 きょとんとしたレーゲンが、不思議そうに見つめてくる視線から逃げるように前を向いて、ずんずんと歩き出す。
「レーゲンが好きな人が居たら、応援してあげるから」
 ボゥ――!
 告げた瞬間、思わずびくりとして足を止める程、炎が大きく爆ぜた。
 じたばたと暴れるような炎の揺らめきは、いつきの心に大きく広がったもやに、よく似ていた。
「いつき、大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫!」
「でもいま、炎が……」
「あー! これ、不良品かもしんないから、ちょっと交換してくる!」
 逃げるように踵を返したいつきは、夜の静寂を切り裂くように、大慌てで駆け出した。
「いつき……?」
 いくら耐熱の硝子でも、ランプを隠すように抱え込むなんて、危ない。
 様子が変なのは明らかだが、何か思うことがあるのだろうとも、思う。
 それなら、レーゲンがとる行動は、一つ。駆け出した背を、追いかける。

 一頻り駆けた後、そぅ、と覗き込んだいつきのランプは、鼓動が早まるのとリンクするように、揺れ続けている。
 訳が判らない。なんでなんでとぐるぐるしていたいつきだが、ふと、思いついたように小さく呟いた。
「――おれは、レーゲンが、すきです」
 ぴたり。
 あんなに激しく暴れていた炎が、何事もなかったかのように、落ち着いた。
「……え? そ、そうなの? そういうこと?」
 代わりに、頬が紅潮するのが、自覚できた。
「ええっ!?」
「どうしたの、いつき……」
 思わずあげた声に、追いついたレーゲンが驚いたように目を丸くして、心配するように覗き込んでくる。
 どうしたの。と。尋ねるような顔を、見られなくて。
 何でもないと誤魔化して、つぃとそっぽを向いた。
 炎が、揺れている。帰ろうと、歩み出そうとする足を止めるように、ゆらゆら、硝子の内側を小突いている。
 このまま、このまま、帰るつもり?
 このまま、このまま、隠すつもり?
 ゆれる。ゆれる。
 聞くのが怖い、と。思う気持ちが、傾ぐ。
「レーゲン、俺のこと好きですか?」
 絞り出したような問いかけに、返るのは沈黙。
 心の中で数える時間が、やたらと、長い。
 それはいつきを見つめるレーゲンの胸中も、同じで。
「……うん」
 ふ、と。漏れるように零れた吐息と一緒に、返すのは肯定。
「好きだよ、いつきが」
 自分でも不思議なくらい、自然と吐き出された言葉に、いつきは目を丸くしてから、擽ったそうに笑う。
「うん、俺も好きだよ」

 ――レーゲンよりもっと特別な『好き』だけど。
 ――いつきの『好き』とはきっと違うけど。

 すれ違いは、穏やかで幸せな心地に掻き消される。
 ああ、知れたのだからそれでいいじゃないかと、炎はゆるりと、首を振った。

●それは無邪気な、
「ね、パパ、パパ。みてみてー。くじらさんと鮫さん。がおー」
 夜の砂浜に足跡を残しながら、アイオライト・セプテンバーはくじらの着ぐるみフードをすっぽりと被り、手に嵌めた鮫パペットを掲げて、笑う。
 海は黒々と、何かを飲み込むように広がっているけれど、それを覆う空は、きらきらと瞬く星に満たされ、海の上を揺れる船の灯りを見守っている。
 ほんの少し、自分たちのようだと、白露は思った。
 夜の海にはしゃぐ、眩しいほどの純粋な少年を、ゆっくりと見守る白露の手には、嘘を暴くという、魔法の炎。
 その不思議な代物に、思う所はあった。自分がアイオライトの本当のと父親ではない事を、告げる機会かもしれない、と。
 だが、白露はゆるりと瞳を細めて、口を噤む。
 例えば、アイオライトがそれに気づいているのだとしても。
(今は、お互い――)
 言わなくても、良い事だ。
「ねぇパパ、かわいい? あたし世界一かわいい?」
 寄せる波と同じ歩調で歩み寄り、真下から覗き込んでくるアイオライトの笑顔は、星明りとランプに照らされて、やっぱり、きらきらとしている。
「はい、世界一かわいいですよ」
 にっこりと微笑んだ白露に、アイオライトはちらり、一瞬だけランプの炎を見たけれど、笑顔と同じで、穏やかだった。
「ふふっ、パパも世界一かっこいいよっ!」
 嬉しそうにはしゃぐアイオライトは、海の方へ駆け戻ってから、くるり、思いついたように振り返る。
「パパ、そのランプ、あたしが持とうか?」
「いえ、アイに持たせるとはしゃいで割りそうですし」
「むぅ。また子どもあつかいするー」
 不満げに唇を尖らせるアイオライトに、くすくす、微笑ましげに笑いながら歩み寄り、ざぁ、と寄せる波を一瞥した。
「あまり海に近づきすぎると濡れますよ」
 お気に入りのパーカーを、誰が洗濯すると思っているのか。
 含んだ台詞は、やっぱり子供扱いのそれだったけれど。
 アイオライトは、ころりと笑って、パペットをしていない方の手を差し出した。
「じゃ、パパー、手つなごーよー」
 それが叶うなら、子供のままでいいと。言うように。
 微笑み、拒むことなく手を取って。少しだけ波から離れる位置まで引いてから、ゆっくりと海岸を歩く。
 ランプの炎は、穏やかに揺れるばかり。ちらりと見て、アイオライトは、折角の代物なのに少し詰まらないかな、なんて思う。
 嘘を吐くのは、少し得意だという自覚がある。それを、この炎はどこまで暴くのかという興味は、なくもなかった。
 けれど、それよりも。アイオライトは、ふと思い出したことを、ごにょごにょ、呟きだした。
「あのね、このまえパパの水羊羹黙って食べちゃった。ごめんなさいっ!」
 真摯な謝罪は、火を揺らすこともなく。それを特別確かめる事もせず、白露は、ああ、と小さく呟いた。
「そういえば、確かに冷蔵庫の水羊羹が無くなってましたね……」
「うん、あたしなの。ごめんなさい。だから、今度一緒に二人分買いにいこ♪」
 それは、もしかしてまた食べたいだけなのではなかろうか。
 上手く使われているような、何だか騙されているような。
 気はしたけれど、白露はそれを悪いものとは、思わなかった。
「じゃぁ、明日。一緒に食べましょう」
「やったー! パパ大好きっ!」

 ――パパ、と。
 紡ぐ度に、白露との距離が近づくような、遠ざかるような、不思議な感覚に陥ることがある。
 それは忘れた何かにそっと囁かれているような、ほんのかすかな、感覚だ。
 アイオライトは、鮫パペットの内側でだけ、小さな手のひらを握り締めて、あのね、と白露を見上げた。
「何だか忘れてることがある気がする」
 けれど。
「多分、そのうち思い出すよね。だからパパ、それまでずっと一緒にいてね?」
 例えば、アイオライトが――。
 気付いていたのだとしても、構わない。
「勿論ですよ」
 願う心が真っ直ぐなのは、感じるから。

●それは強がりな、
 セラフィム・ロイスにとって、パシオン・シーで過ごす時間は、とかく楽しいものだった。
 パートナーである火山 タイガの付きっ切りによる海満喫コースは、病気がちで外出の少ないセラフィムには逐一刺激的だった。
 海での泳ぎ方をレクチャーして、街で気になった店を一つ一つ楽しんで。
 初めてのビーチバレーは、二人で練習した上で、現地の若者と一緒になって砂にまみれてプレーした。
 したことがない、と不安げな顔をしていたセラフィムが、海での遊びに驚いたり、輝いた顔をしたりしているのを隣で見て、タイガはひっそりと、幸福を覚える。
 どちらかと言えば、タイガは教わる方だった。知らないことが多すぎて、セラフィムに教えて貰う度に、新しい世界を知ったような感動を覚えたものだ。
 だから、こうして自分が、セラフィムにその感動を教えられるのが。不安げな顔が、出来た事への喜びに変わる瞬間が、嬉しかった。
 だから、気付いていたけれど、曖昧に誤魔化していた。
 ビーチバレーの勝負を終えた辺りから、セラフィムの表情に寂しげな装いが混ざっていたことを。

 夜の更けた頃、不思議なランプを手にして歩いた砂浜は、昼とは打って変わった静けさ。
 そこを、足早に進むセラフィムの後を、タイガは控えめに追いかけていた。
「なぁ、セラ、セラってば」
「バーベキュー、誘われてるんだろ。行ってきなよ」
「だからセラも……」
「冷えてきたし、遠慮しておくよ。タイガは僕の分も楽しんできて。僕は、一人でも平気だから」
 ちり、ちり。軋む痛みを訴えるように、炎は瞬く。
 だけれど、構わず、振り返らずに、セラフィムは歩き続けた。
 屋敷にこもりがちのセラフィムは、同年代の青年たちの話にも、遊びにも、ついていけない。
 そんな自分が一緒だと、折角新しい友達ができたのに、タイガが楽しみ切れない。
 そんな彼を見ているのも、嫌だった。
 突き放し、これでいいんだと自身に納得させようとしたセラフィムの耳に、遠ざかる足音が聞こえる。
 ぱっ、と、反射的に振り返った時には、後ろに居たタイガの姿は、無くて。
「――ッ!」
 泣くもんか。
 こみあげてくるものを、飲み込んで、セラフィムはまた足早に帰路を辿ろうとした。
 けれど、数歩だけ歩いてから、思い出したように、いつも持ち歩いているオカリナを取り出した。
(オカリナを吹いて、気を紛らわせよう……)
 いつも、辛い時や無心になりたい時に吹いていた。
 いつだって、その音色が気持ちを落ち着けてくれた。
 一人きりの時間。それに、戻るだけ。
 夜の海に、オカリナの音色が響く。
 それに呼応するように、足元に置いたランプは、炎を揺らす。
 どこか、寂しく、切なく、縋りたい心根を映し出すように――。
「音……泣いてるぞ」
 そ、と。後ろから抱きしめられる感覚。
 驚きに振り返ったセラフィムが見たのは、困ったような顔をしている、タイガの姿。
「なんで……」
「行くのはやめた」
「だから、なんで!」
「セラが喜んでくれなきゃ意味ねぇよ」
 さらり、苦笑がちに言ったタイガを、見つめ、見つめ。セラフィムは、抑えていた気持ちが爆ぜるのを自覚し、タイガの服を強く握る。
「寂しかったんだ」
 でも。
「タイガが笑っていてくれれば、なんでも……」
 うん。と。頷いたタイガは、少し乱暴にセラフィムの頭を撫でる。
「目標はセラにサーフィンマスターさせる事だからな! 成長みてるのが楽しいの!」
 そう言って笑ったタイガに、セラフィムは安堵したように表情を緩めて。
 仲直りに、景気づけの明るい曲をと願うタイガに応じて、オカリナを奏でた。

「オレだけを想ってくれた」
 ぽつり。後に、タイガは呟く。
 この、言い様の無い嬉しさは、なんだろう。
「これ、友情かな……?」
 炎は、揺れる。
 首を振るように、ゆっくりと。

●それは不透明な、
 パシオン・シーを見下ろす空は、今日も二つの月が映えていた。
 契約を果たしたウィンクルムだけに見える月。
 それがあんまりにも綺麗だったから、柊崎 直香は素直な心地で告げた。
「二人で食べようねと買ったレモンパイをゼクの入浴中に平らげたのは僕ではありません」
 えー。文句を言うように、炎が揺れる。嘘だー。と、つんつん小突くような、不思議な動き。
「わあ、魔法の炎って動きの予想つかなくて面白い」
「ホテルに戻っても冷蔵庫にパイは無いという事実は把握した」
 棒読みで笑う直香に、ゼク=ファルは溜息の代わりに告げて、ほんの少しだけ眉を寄せた。
 そうして、ちっちっ、と指を振って「炎だけで判断するのは早計」と窘めようとする直香に、持たされていたランプを押し付けようと差し出す。
「お前向けのアイテムだろ」
「えー、僕だって誘導尋問でゼクの赤裸々スキャンダル発見したい」
「そういう発言こそ嘘であって欲しいと常々思っているんだが」
 思ってはいるが、炎を見る限り、素直な本音のご様子だ。
「だから、早計だって僕は嘘吐かないし、ゼクを騙した事もないでしょ」
「つい先日騙されたばかりだが」
 またしてもブーイングじみた揺れ方をするランプを突きつけながらのゼクの直球なツッコミに、月明かりにぼんやりと輝く道を歩き出して、直香は肩を竦める。
 今更じゃん。
 告げるような直香に、今度こそ溜息をついてやれやれと、ゼクは後を追った。
「そもそもゼクが酷いんだよ。初めから僕はキミのことずっとおもってるのにその態度なんだもの」
「思ってる?」
「うん、ずっと面白いって思ってる」
 返る、盛大な溜息。怒られると思っただけに、直香はちょっとだけ意外な顔をする。
 そうして、ちょっとだけ素直に、語る。
「仕事相手が面白い人でよかったって思ったのは本当。任務遂行に問題ないなら誰でも構わないけど、どうせなら……」
 ちらり、盗み見た炎は、静かで、穏やかだ。
 そうして、同じように盗み見たゼクの視線が、ランプにも直香にも向いていない事に、気が付く。
「一緒にいて楽しい人がいい」
 だから、そう言ってやって。
「なんて。うそかもね」
 曖昧に、濁してやった。
 そうして、ようやく向いた視線には、にんまりと笑い返してやる。
「よーし、ゼク、僕の質問にランプ握りしめ答えたまえ」
「お前の喜びそうなネタはないぞ」
 きっぱり告げる、ガードの堅い精霊に、チッ、と小さく舌打ちして、直香は、じゃあ、と仕切り直す。
「ゼクの方はどうなのか聞かせてよ。僕は仕事相手として合格?」
「仕事相手……」
 反芻するような呟きは、どこか不満げ。そのための契約だと、判っているはずなのに。
「他に僕らの関係を表す言葉がある?」
「ウィンクルム」
「……ゼクってほんと……まあ、らしいか」
 淡泊で、素っ気なくて、かと思えばたまに優しい装いなんか見せたりして。
 君が、たまに判らない。
「じゃあ」
 復唱してみてよ。見上げれば、きっと真面目な顔をしていただろうから、くるりと背を向けて。
 ちらりとだけ、ゼクとランプを振り返る。
「『俺の神人様は可憐で素敵で素晴らしく優秀な相棒です』。はい」
「……俺の神人様は可憐で素敵で素晴らしく優秀な相棒です」
 ――ゆらり。
 炎が、かすか、かすかに、揺れる。
「――と、言わせたところで一向に満足しない、虫と茸とピーマンが駄目な子供だ」
 しれっとした顔で言い切って、ゼクは月明かりの道を一人で進んでいく。
 手にしたランプは、静かに、静かに……揺れている。
「……意味わかんない」
 どこからどこまでが、気に入らなくて。
 どこから、どこまでが、君の本気なの。
「うそつき」
 そんなんだから、僕みたいなのと一緒になっちゃうんだと。憎まれ口を、小声で零して。
 だけれど、それでも。
 その炎の静かな分くらいは、相棒として認められているのだろうか、とも。
(幸せなあたまだなぁ……)
 思うくらいは、許されたっていいだろう。
 だって、二つの月が今更一つになったら、物足りなくて仕方ない。

●それは強かな、
 日の元では煌めく金の砂浜も、今は手元の灯りにささやかに光るだけ。
 エルド・Y・ルークは、パートナーのディナス・フォーシスへ、その火の持つ効果を告げることなくランプを手渡した。
 夜の海岸を、二人で散歩でも。誘い文句は親睦を深める為という口実を添えればごく自然。
 初めこそ不思議そうに瞬いたディナスの瞳も、静かな自然物に囲まれた中の散歩という好ましい状況に、素直に綻んだ。
「綺麗なランプですね」
 アンティークを掲げ、ディナスはまじまじと観察する。だけれど火種の見当たらない事に気が付けば、また不思議そうな顔をする。
「魔法のランプなのですよ」
「……魔法のランプ、ですか。風情があっていいですね」
 ちり、と。風もないのに揺れる、炎。
 エルドはそれを目の端で捉えつつ、そ知らぬ顔で頷いた。
 疑念を抱いては、いるのだろうけれど。聞かれぬなら、明かさない。『ネコ科のナニカ』にしか見えない彼がランプの正体を知ってしまえば、破壊しかねないのだから。
 そも、エルドは人の心の機微には長けている。
 今は引退している『前のお仕事』柄、ランプの力を借りずとも、ある程度の事は、把握できるつもりだ。
 それでも、こうして隠し事をしてまでディナスにランプを渡したのにも、意味がある。
 ただ純粋に、気になるのだ。
 この青年の、現状が。
(話す事は、避けられてはいないようですが……)
 露骨に嫌われているようなら、『今のお仕事』に支障が出る。
 嫌いな相手との同行さえ割り切れないほど子供ではない事は、分かっているつもりだったけれど。
「こうしてゆっくり話す、いい機会ですからねぇ、聞いてみても良いですか?」
「はい?」
 歩く音と波音だけの静かな心地に耳を澄ませて浸っていたディナスが、きょとんとした顔でエルドを見る。
「不満、とか。私と組む上で、そう言った物がないのかと」
 のんびりとした歩調で歩きながらの、さりげない促しに。ディナスは目をぱちくりとさせてから、少しだけばつが悪そうに目を逸らした。
「……まぁ、無くは、ないですよ。思えば本当に予定外でしたから」
 ウィンクルムとして活動するなら、と夢を描いたジョブがあった。
 穏やかなファータにして大暴れが性分なディナスにとって、前衛職はその最たるものだった。
 それが何を罷り間違ってライフビショップなどというジョブについてしまったのか。
「あなたが、相手じゃなければ」
 夢は、叶っていたはずだった。
 ゆっくりと話を聞くエルドの表情は、変わらない。その顔を照らす火も、揺るがない。
「そうですか」
「何をもって老マッチョを守らねばならないのかと。不満、というなら、それですよ」
「でしょうねぇ」
 微笑ましげに聞こえる呟きは、さらりとあしらわれているようで。
 壁を、感じない事も、無い。
 ぴくり、と。眉を上げ、かすかに瞳を細めたディナスは、一度だけ視線を逸らしてから、小さく、息を吸う。
「ねぇ、ミスター」
 言うべきか。言わざるべきか。
 迷うように揺れたのは、一度だけ。
「僕はあなたの事が大嫌いですよ」
 幸福の形を乗せた顔は、それはそれは美しくエルドを見つめる。
 穏やかな微笑に、エルドはただ、瞳を細めて頷いて。
「そうですか」
 それ以上は、何も言わなかった。
 自分を真っ直ぐに見つめるディナスの影が揺れているのに気がついても。
 その事実にささやかな幸福を感じているのに気がついても。
 全部全部、蓋をして。
「大嫌いな私を、『守らねばならない』と思っていてくれるのなら、十分ですよ」
 今は、『充分』なままで、居ようと思う。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 白金  )


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月19日
出発日 07月25日 00:00
予定納品日 08月04日

参加者

会議室

  • [5]柊崎 直香

    2014/07/24-00:29 

    僕が嘘なんて吐くわけないじゃないですかーやだー。な、クキザキ・タダカです。
    あ、ミスター、こちらこそどうも。刺激的な催しだったね!

    ムーングロウを歩いてみるつもりだよー。
    あと当社比大人しくしてるので雰囲気壊さないよう気をつけるー。

  • [4]信城いつき

    2014/07/23-23:01 

    こんばんはー、信城いつきだよ。今回もどうぞよろしく。

    俺たちはムーングロウの方へ行く予定
    嘘かぁ、俺もレーゲンもお互いに嘘なんてつくことなんてないし……あれ?

  • [3]エルド・Y・ルーク

    2014/07/23-00:16 

    こんにちは、お邪魔致しますよ。
    柊崎さんは、この間は大変お世話になりました。目の保養をさせて頂きまして……(笑顔で会釈しつつ)
    アイオライトさんも、この間のバーではお世話に。後の皆様はお初となりますね。
    エルド・Y・ルークと申します。どうか宜しくお願い致しますよ(軽く会釈を皆様へとしつつ)

    私達も、ゴールドビーチを歩く予定です。静かな海とは綺麗なものですねぇ。

  • いつもお世話になってまーす。アイオライト・セプテンバーですっ。
    信城さんはおひさしぶり♪

    海見たいから、ゴールドビーチ行く予定だけど、それ以外全然決まってないっていう……。
    がんばります(何を)

  • [1]セラフィム・ロイス

    2014/07/22-22:37 

    どうも。セラフィムとタイガだ
    ・・・・・・何か雰囲気に引かれて無計画で参加してしまったが(背後の趣味)
    良い一時を過ごせれたらと思う。嘘か・・・


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