美味し糧よ、さようなら(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 その日、A.R.O.A.支部を訪れた依頼人は、疲れた顔をした青年とボタボタと涙をこぼしている少女の二人だった。
 どちらも揃いのつなぎを着ているので、同じ職場の人間らしいことが窺える。
「デミ・オーガを、退治してもらいたいんです……」
 青年が言うと、少女は、わぁっ! と声を上げて泣き出した。
「ど、どうされたんですか?」
 受付の職員が慌てて尋ねると、少女が「だ、だって……!」と説明を始める。
「だって! 『とんかつ』は私達がとんかつにして食べてあげる筈だったのに!!」
「だから! あいつは『ラフティー』だって言ってるだろ!!」
「あなた方は何を仰っているのでしょうか?」
 間髪入れずに突っ込みを入れた受付職員を無視して、依頼人二人は豚料理を幾つも挙げて言い争いをし始めた。


 依頼人の二人は、『動物専門 まるはち』の従業員だった。
「うちは本当に動物に関する事なら何でも扱う会社でして……」
 畜産、獣医、生物研究、ブリーダー、ペットショップ。様々な分野を手広くやっていたが、まだ食品加工・調理というところには手を出していなかった。
 そのテストケース用の食用豚を育てていたのだという。
「けど、ちょっと放牧してたら、なんか勝手にデミ・オーガ化しちゃって……」
「は?!」
「先輩達が『オーガ駆除があった土地は安く手に入るな~』って金で放牧地決めたから!」
「お前だって『こんだけ広大だし、もう影響なんて無いっすよ!』って言ってただろ!」
「あのですね、そこ多分A.R.O.A.が暫く立入禁止を推奨してた土地だと思うんですが!」
 オーガを駆除した後、何らかの残骸や呪いで土地が変質している事がある。そういう土地ではデミ・オーガが発生しやすくなる場合もある。
 デミ・オーガ発生の正確な仕組みはまだ分かっていないが、そういう理由から稀に立入禁止やA.R.O.A.管理下になる土地もあるのだが、まぁ、世の中多少の危険を冒してでも儲けたい、安く済ませたい、と考える人達もいるのだ。
「と、とにかく、うちの豚が一匹デミ・オーガ化しまして、それが森に逃げ込んでしまったんです」
「あの子首輪がついてるんです! 『まるはち』タグ付きの!」
「つまり、今後あいつが何処かで被害を出した場合、責任が……」
「思い切り『まるはち』に……」
 深い溜息をついて頭を抱える二人に、事情の分かった受付職員は同情しながら必要書類を用意する。
「分かりました。ではその森の場所を教えていただけたら、すぐにでもウィンクルムを派遣しますので……」
「ああそうだ! 実は確認したい事がありまして」
 慌てて顔を上げた二人は、ずいっと身を乗り出して真剣な顔をした。

「デミ・オーガって、食べれるんですか?」

 何言ってんだこいつら。

 思わず口をついて出そうになった突っ込みを、受付職員は無理矢理笑顔を作って飲み込んだ。
「…………ええと? 何ですか、まさかそのデミ・オーガを食べたいとか言うんじゃ……」
「だって『カツレツ』はカツレツにする為に育ててきたんですよ?!」
「やっぱり『角煮』の供養は角煮にする事だと思うんで」
 おい待て。豚の名前変わってるぞ。
 喉を這いあがってきた突っ込みをやはり懸命に飲み込む。それと同時に、恐ろしい事実に気がつく。

 実際、デミ・オーガが食べられるかどうかなんて、知らない。

「い、いやぁ、デミ・オーガを食べるという発想自体が、ちょっと、その、ありえないと言いますか、え、待って下さい、食べるってあの……んん?!」
 だらだらと冷や汗をたらしながら受付職員は脳みそをフル稼働させる。
 今まで蓄えた知識をひっくり返してみても、食用可能か判断がつかない。当たり前だ。忌むべき存在を食べようなどと考える者は普通いない。もしかしたら研究者はその辺りを調べ上げているのかもしれない。だが、一般知識としてそんな事は世間に広まっていない。
「と、とりあえず、まずは退治ですよね?!」
 よって、話を切り替えた。
 最優先事項はこちらだろう。二人もそれが分かっているのか、話を切り替えてくれた。
「さっきも言いましたが、首にタグがついてるんです。それを必ず回収してください」
「分かりました! じゃあもう今日はこれで!」
「あと退治方法ですけど、調理するから出来るだけ原形を留めて下さい。出来れば血抜きもお願いします」
「あっれ! もう調理すること決定ですか畜生!」
 今度は飲み込む事はできなかった。
 泣きたい気持ちで笑い出す受付職員に、二人は了承してもらえたのだと勘違いして、笑顔で「ありがとうございます! よろしくお願いします!」と言った。


 二人が帰った後、受付職員が上司に確認すると、上司も何とも言えない引きつり笑顔になった。
「……食べれるかどうかは、本部に確認を取ってみよう」
「あの二人『よろしかったらウィンクルムの皆さんもどうぞ』って……」
「…………それは、各自の判断に任せよう」
 依頼の後にはもしかしたら、世にも奇妙な料理が並ぶのかもしれない。

解説

●目的と成功条件
デミ・オーガ化した豚の退治、タグの回収、そして死体の引渡し
・出来るだけ原形を留めて下さい
・出来るだけ燃やしたり薬品をかけたりするのもしないで下さい

●デミ・オーガ化した豚
・逃げ足が速いです
・逃げ足が速いです
・攻撃方法は巨体での体当たりですが、ぶっちゃけ逃げ足が速い以外の特徴がありません

●森
・三時間くらいで歩き回れるほどの小さな森です
・人が手入れしている森なので視界も開けていて地面も走りやすいです

●デミ・オーガ料理
・任務が無事成功するとデミ・オーガが調理されます
・食べたい方はプランに書いてください
・実際食べれるかどうか、美味いかどうかの保証はしません
・もしかしたらリバースしたり噴き出したりするかもしれませんが、それでも構わない! という方は、是非!!


ゲームマスターより

逃げまわる豚をいかに捕まえるかです。料理はおまけです。
エピソードジャンルは日常ですが、コメディだと思ってください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

木之下若葉(アクア・グレイ)

  事前にまるはちで豚の好物を聞いて用意
後は魚を取る投網のような大きなネットも
ネットの端にはいくつかの重りを付けて

小川等があった場合、そこに橋を渡すように網を仕掛けて餌等で誘導
無かった場合は木々の間や袋小路になる地点へ
餌の他にもアクアや仲間の方に頼んで銃声等で混乱させて
その場所に追い込むのもいいかもね

パニック又は警戒を解いた豚が
仕掛けた網に足を掬われ
転倒するのを誘発するが目的だけれど
上を素通りしそうだったら、網の端の重りを豚の反対側に放って豚を網の中へ捉える形に変えるよ

後は内容や状況に応じて臨機応変に対応と協力、だね
捕まえたらタグを取ることも忘れずに


料理は食べてみたいけれど
食べられるのかな…コレ



羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  とんかつ…もとい豚さん退治、頑張ろうね
事前に従業員さんから豚さんの好物、もしくは餌を聞いて用意

森に入る前にトランスを済ませる
全員で森のどこに誘き寄せるか認識を合わせる
豚さんを傷つけ過ぎないように、手頃な木の棒を拾って剣の代わりにする
決めた場所まで好物ないし餌を置いておく
服に土をつけて匂いを消し、草陰に隠れて豚さんを待機
豚さんが罠に掛かったところで攻撃
突出しないよう気を付ける

退治後は調理スキルで血抜きを手伝う
放牧地の瘴気を払えるのなら払いたい

折角だからデミオーガ料理、ご馳走になります
丹精込めて育てられた豚さんなんだから残したくはないけど…どんな味がするんだろうね



セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
  テンションが高いのが『まるはち』か。ここにもいたね(苦笑
あ、ああ(料理…アクアか誰かに教えてもらわないと)

ペット事業か…動物の飼い方わかるだろうか。気持ちいい所とか仲良くなれる方法とか
あ…いやケセラが気になってて。両親は空けてるし離れや自室なら平気かなって
それに、タイガにも通ずる所あるかなって(怒るかな

笑。実践しないとね
まずは解決だな


地形を把握。聞いた好物が好きか、隠れて探る
袋小路の木の下まで間隔をおいて餌で油断させ。上で投網をなげ
※無理なら皆で追い込めれば

■食事
僕は遠慮しとく。肉は得意じゃないしね(嫌な予感もする)
野外でも室内でも日傘をひらいて遠巻き。いざという時はガード後、胃薬でフォロー



■我輩は豚であった。名前はもうわからん。
 放牧地に着いたところで、『木之下若葉』は案内してくれた『まるはち』職員に「普段与えていた餌はありますか?」と問う。すると何処からともなく両手で抱えるほどの大きさの餌袋を取り出された。
「どうぞ! これが普段『豚テキ』が食べてた餌です!」
「あ、ありがとうございます」
 一緒に尋ねていた『羽瀬川 千代』が答えて餌袋受け取る。そして先に森の入り口まで行っている仲間達のもとへと向かった。
「……餌を貰えたのは良かったけど、結局、豚さんの名前は何なんだろうね」
 千代は不思議そうに小首を傾げる。答えを知らない若葉は、やはり小首を傾げて「わからないねぇ」と返すしかない。

 貰った依頼書を思い出し、そこから受付職員の愚痴も思い出し、『セラフィム・ロイス』は過去に受けた依頼を、事故に遭っても食べ物への執着を見せていたという『まるはち』職員を思い出す。実は過去の依頼の少女と今回の依頼の少女は同一人物なのだが、そこまではセラフィムは知らない。
「テンションが高いのが『まるはち』か」
 そんな採用基準でもあるのか。それとも、『まるはち』に勤めると皆そうなるのか。
「なぁ、マジで肉いいの!? 一度食ってみたかったんだ!!」
 隣でまさにテンションをあげているのは『火山 タイガ』だ。
「ここにもいたね」
 セラフィムはパートナーの様子に苦笑する。苦笑したところで、タイガが笑顔で無茶振りをした。
「親父達にびみょ~な顔されてさ。狩りはまかせろ! 調理はセラにまかせた!」
「あ、ああ」
 答えたものの、別に料理は得意ではない。
(料理……アクアか誰かに教えてもらわないと)
 助けを求めるようにちらりと若葉のパートナーの『アクア・グレイ』を見れば、笑顔で「血抜きも解体も任せて下さい!」と言う。料理とはそこからだっただろうか。
 千代のパートナーの『ラセルタ=ブラドッツ』も「俺様の口に合う料理である事を祈るのみだな」などと言っている。そもそもデミ・オーガ自体が口に合わないのではないのか。
 セラフィムが若干遠い目をし始めた頃、若葉と千代が餌を持ってやってきた。


■はれときどきデミ・オーガ
 作戦はいたって簡単。
 森の地形を把握して、捕まえるのに適した場所に罠を設置。そこへと餌で誘導。来たら罠を使って捕獲。
「とんかつ……もとい豚さん退治、頑張ろうね」
 千代が張り切ってラセルタ言い、そのままトランスに入る。逃げ足の速さを考え、いざという時の為にプレストガンナーのスキルが必要になると考えたからだ。
『静かに、微睡みが近寄るように』
 頬へのキスで二人はオーラに包まれる。森へ入る準備は整った。

 まずは森の把握。
 どれほどの規模か、どんな様子か、という事は聞いていたが、詳細な地形はやはり見なければ分からない。
 デミ・オーガに警戒しながら注意深く森を探り、罠を仕掛ける位置を決めていく。
「ここ、いいんじゃないかな」
 セラフィムの意見に皆同意した。
 木と木で出来た袋小路のような場所、そこで餌袋を開けたり投網を広げたり、罠の準備を始める。
「それにしても、ペット事業か……動物の飼い方わかるだろうか。気持ちいい所とか仲良くなれる方法とか」
 餌を小分けにする作業に集中しながらセラフィムは呟く。
「あれ? 許してもらえたんだ」
 セラフィムの家を知っているタイガが尋ねれば、セラフィムは少し慌てて返す。
「あ……いやケセラが気になってて。両親は空けてるし離れや自室なら平気かなって」
「ふーん」
 確かにいつかの依頼で見たケセラは可愛らしかった。セラフィムも気に入っていたようだった。けれど。
(オレがいるのに……)
 ぷくっとセラフィムからは見えないように頬を膨らませた時、「それに」とセラフィムが続けた。
「タイガにも通ずる所あるかなって」
 怒るかな、とチラリとタイガを見れば、ピンッと尻尾と耳を立てて満面の笑みになっていた。
「なら許す!」
 嬉しさを隠さないタイガにセラフィムはつい笑ってしまう。
「許すって……まぁとりあえず、この依頼の解決だな」
「おう! 肉だ!」
 和やかな空気だった。
 その空気を切り裂いて、二人の目の前を何か重量のある物体がゴウッと駆け抜けた。
 全員の動きが止まる。
 セラフィムの手元から小分けした餌が消えている。
 ドシン! と少し離れたところで何かが着地した。
 その何かに全員注目すれば、そこには、餌の入った小袋を袋ごともっしゃもっしゃと食べているデミ・オーガがいた。
「肉だー?!」
「タイガ違う! デミ・オーガだ!」
「いや、豚だよ」
「ワカバさん、そういう話じゃないです!」
「ラセルタさん!」
「分かってる」
 答えながらラセルタがデミ・オーガの足元を狙って発砲する。
 しかし、デミ・オーガは素早く横へと避けて被弾しない。
 デミ・オーガは余裕を持ってウィンクルム達を見る。
 見て、そしていかにも馬鹿にしたように、にやりと笑う。
「うあー!! あの顔ムカつくー!!」
「何だあの豚は!! 俺様に喧嘩を売ったぞ!!」
 激昂するタイガとラセルタの横で、アクアが続いて足元へ発砲する。
 しかしそれも横へ飛んで避けると、そのままデミ・オーガは「ぶごぉ!!」と勝利の雄たけびを上げながら走り去っていった。
 残されたのは、餌を少し奪われ、弾を無駄にされ、思い切り馬鹿にされたウィンクルム達。
「……絶対捕まえる」
 ぼそりとタイガが呟く。
「ヤロウ、舐めんなよ、こっちはハンティングとサバイバルのスキル持ってんだよ、狩りには慣れてんだよ、何が何でも捕まえてやるあの肉!!」
「止めは俺様に任せろ、豚の分際で随分と調子に乗っているようだ、よろしい、ならば無様な悲鳴をあげさせてやろうではないかあの豚が!!」
「うん、あれは豚でいいよね」
「だからワカバさん、そういう話じゃないんです」
 いきり立つタイガとラセルタ。そこにマイペースに入り込む若葉とアクア。暴走しそうなパートナーを落ち着かせるべきかそのまま突っ走らせるべきか、とりあえずお互い困惑と同情の目で見つめあうセラフィムと千代。
 今ここに、本格的なデミ・オーガ捕獲作戦が始動した。


■森の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK? しても許さん。
 千代はデミ・オーガを傷つけ過ぎないように、手頃な木の棒を拾って剣の代わりにしようとする。
 チラリと横を見れば、爽やか過ぎるほどの笑顔で罠を仕掛けているラセルタ。そしてタイガ。その二人と一緒にいるアクア。
「俺様は豚を見つけ次第銃で持って追い立てる。必ずここまで追い込むからそのタイミングを逃すな」
「おう! 捕まえたら直ぐに手足を縛り上げて二度と逃げられないようにしてやるぜ!」
 燃える二人の精霊は全開の笑顔で元気に話す。アクアも「僕も銃で威嚇とかしますね!」とサポートを強く約束する。
 千代は乾いた笑みを浮かべる。
 ラセルタの性格を考えれば仕方がない。負けず嫌いの彼には、デミ・オーガ、というよりも豚に馬鹿にされたという事は屈辱極まりないのだろう。
 そこにマタギを生業としている家系のタイガだ。獲物に遊ばれ逃げられたのはやはり屈辱極まりないのだろう。
 そして真面目なアクア。デミ・オーガの逃げ足の速さを確認した今となっては、最初以上に真剣に取り組む事だろう。
「まぁおかげで早く片付きそうだしいいんじゃない?」
「そ、そうだな」
 確かにその通りだが、セラフィムは何となく精霊達が怖くなる。何だあれ。笑顔で罠を仕掛けるな。
 準備は進む。
 網の四方にその辺りに転がっていた石を括り付け、丁度袋小路になっている場所にその網を布き、それを土や草や葉で隠す。その上から餌を存分に置くのだ。
 ハンティングのスキルと家業による技術か、タイガが最後に仕上げた事で、罠の仕掛けられた部分はまるで何も無かったかのように元の地面そっくりになった。これはばれないだろう。
「よし、じゃあ後は餌を……」
 その上に、肝心の餌をまこうと若葉が餌の袋へ手を伸ばせば。
 そこにはいつの間にか現れたデミ・オーガがグァツグァツと袋に顔を突っ込んで餌を貪っていた。
「出た?!」
「ワカバさん下がって!!」
 アクアが叫び、ラセルタが銃を構える。
 だが、やはり発砲と同時に餌袋から素早く飛びずさる。
 しかしそこへ、木の枝を持った千代が殴ろうと振りかぶる。
 後ろからの静かな攻撃だったが、それさえも読んでいたのか、デミ・オーガはダッと走ってその場から逃げる。千代の攻撃は地面を叩いただけに終わった。
 ウィンクルム達と距離を置いたデミ・オーガは、満足気にもっしゃもっしゃと食べながら、打ち損じた千代の方を見て「ぶフッ!」と嘲笑した。ように見えた。
「この豚がぁ!!」
 切れたのは千代ではなくラセルタだった。連続射撃でデミ・オーガの足元を狙う。
 デミ・オーガがダッシュで逃げ出す。
「逃がすか!!」
 ラセルタ、タイガ、アクアもダッシュで追いかける。
 残された神人達は、遠ざかるデミ・オーガとパートナー達を呆然と見送った。
「……完全に遊ばれてる気がする」
 ポツリと零したセラフィムに、嗤われた(ような気がする)千代もこくりと頷いた。
 若葉小さく息を吐くと、荷物をまとめ始めた。
「皆が冷静に動いてる事を祈ろうか」
 その言葉にセラフィムも千代も同意し、荷物をまとめる。
 そして移動する。
 精霊達が冷静であれば、辿り着いているであろう場所へと。

「待て豚!!」
 叫びながらラセルタは連射してデミ・オーガを追い立てる。迫り来る銃弾に、デミ・オーガは更にスピードを上げて逃げていく。精霊が必死に追いかけて何とか追いつける状態だ。並大抵の速さではない。
「何だあの肉、マジ速ぇ!!」
「豚は猪の仲間で体脂肪率も低い筋肉の塊です。それがデミ化したならこの速さも仕方がないかな、と」
「ごめんアクア、その解説今いらねぇ!!」
 どうして若葉もアクアも少しずれているのだろう。そんな事を考えているタイガだが。
「あんま走るな! 脂身減るだろ!!」
 正直タイガもずれている。それはまだ食料じゃない、駆除すべき敵だ。
 その敵が走りながら「ぶほっぶほっ」と声をあげる。それは疲れから来る息の乱れだったが、精霊達、特にラセルタには「えー、追いつけないんですかー? マジダサいんですけどー」と嗤われてるようにしか聞こえなかった。この件に関してだけはデミ・オーガに非はない。
「……この豚がッ」
 纏っているオーラがゆらりと揺れる。とうとう『ダブルシューターⅡ』が発動される。
「豚のような悲鳴をあげろ!!」
「豚だって!」
「デミ・オーガですよ!」
 タイガとアクアのツッコミを無視して『ダブルシューターⅡ』がデミ・オーガを追い詰める。
「ぶひぃぃぃ!!」
 銃弾がデミ・オーガの逃走路が消していく。方向を変えると、そこへ援護するアクアの銃弾も襲いくる。そして決められた方向へと逃げる。
 デミ・オーガは気がついていなかった。そんな余裕はなかった。
 興奮しているような精霊達が、いや実際かなりブチ切れているのだが、それでも頭の片隅を冷静に保ち、ある方向へと銃弾で追い込んでいるという事に。
「セラ! 今だ!!」
 タイガが叫んだ時、デミ・オーガが逃げこんでいたのは、さっき餌袋に顔を突っ込んだ場所と酷似した場所。
 同じように木々の配置で袋小路となっていて、罠が仕掛けられていた場所。
 そう、罠は一箇所だけではなかったのだ。
 デミ・オーガの横から網が飛び出てくる。
 潜んでいた神人達が重りの付いた端を思い切り反対側に放ったのだ。デミ・オーガを網の中へ挟む為に。
 デミ・オーガは急いで戻ろうと後ろへと方向転換するが、地面のすぐ下に隠された網に足が取られて上手く動けない。それでももがくところへ、ダメ押しのように二度目の『ダブルシューターⅡ』が動くなと言わんばかりに足元に銃弾の嵐を降らす。
「ぶごぉ?!」
 デミ・オーガの叫びと同時に、その身体の上に網がばさりと落ちてくる。
 草陰に隠れてこの瞬間を待っていた神人達が笑顔で出てきて、やってきた精霊達と手を合わせた。

「どうだ肉!! 罠なんて二重三重に仕掛けるに決まってるだろ! マタギ舐めんな、ウィンクルム舐めんな!!」
「タイガ、ウィンクルムは関係ない」
「無様な豚め!! こうなっては手も足も出ないだろう! さぁ悲鳴をあげろ! 命乞いでもしてみせろ!!」
「ラセルタさん、それ悪役の台詞だよ」
 テンションがあがりにあがったタイガとラセルタが、網ごと吊り上げられもがいているデミ・オーガを前に勝ち誇る。パートナーのツッコミなど耳に入らないほど。
「そうだ、タグを取る事忘れないようにしないとね」
「そうですね、その後に血抜きをしましょう。良いトンカツさんにする為に!」
 若葉の発言にアクアが続く。トンカツという単語に反応して「カツサンドよろしく!」とタイガが叫ぶ。好物のようだ。
「何だかちょっと可哀想な気もするね……」
 必死に網の中でもがき続けるデミ・オーガを見て、千代は馬鹿にされた(ような気がした)事も忘れて顔を曇らせる。
 元々動物には甘いのだ。そんなパートナーを知っているラセルタは渋面になる。
「可哀想なものか、デミ・オーガだ」
「そうだけど」
 デミ・オーガは千代をじっと見つめて目を潤ませる。
「ほら、この目を見ると」
 千代がラセルタの方を向くと、デミ・オーガはラセルタを見てぶひッ! と威嚇した。
「騙されるな千代! 後ろを見ろ!」
「え?」
 振り返ると、そこにはやはり潤んだ目で訴えかけるデミ・オーガ。
「やっぱり可哀想だからせめて」
 くるりとラセルタの方を向くと、デミ・オーガはラセルタを見てぶひひ! と嘲笑った。
「千代! 後ろ後ろ!!」
「何?」
 振り返れば、潤んだ目のデミ・オーガ。
「うーん?」
 考えた千代がもう一度ラセルタの方を振り返る。デミ・オーガがラセルタを見て歯をむき出しに嘲笑した、その瞬間、千代がバッと振り返ってその嘲笑を見た。
「……ぷぎゅ?」
 慌てて目を潤ませ可愛らしく鳴いても、もう遅い。
「せめて苦しまないようにと思ったけど、任せるね」
「よしきた任せろ」
 スキル『スナイピング』を発動させるまでも無い。タイガがセラに血を見せないよう遠ざけたところで、ラセルタの銃弾がデミ・オーガの頭を貫いた。

 タグも取り、駆除は無事に終わった。
 そうなれば後は世にも珍しい料理へと一直線だ。
「さて、じゃあ血抜きを……大きいですね。頑張りますっ」
 言って、腕まくりをしたアクアが、血抜きの準備としてデミ・オーガを逆さ吊りにする。調理スキルのある千代も血抜きを手伝う。
 こうして本格的なデミ・オーガ捕獲作戦は無事成功のうちに終わりを迎えた。


■いただこう、美味し糧を!! ……いつから美味し糧だと錯覚していた?
 血抜きの終えたデミ・オーガの死体を運んで放牧地の入り口へ向かえば、そこには待ち構えていた『まるはち』の職員が二人。
「確かに、うちのタグです」
 ありがとうございます、と頭を下げる青年の横で、少女は元豚、現デミ・オーガの死体にそっと寄り添う。
「ごめんね……ッ」
 少女は泣きながら縋りつく。今はもう動かなくなった生き物に。
 そして叫ぶ。
「先輩こいつ無駄に引き締まっちゃってる!!」
「丹精込めてつけた脂身が!!」
 色々ぶち壊しだった。

 デミ・オーガの解体と調理は、A.R.O.A.の食堂を借りて行った。
 解体作業はアクアと千代と『まるはち』の職人。その後セラフィムも加わって調理が行われていく。
「肉は得意じゃないしね」
 そう言ってデミ・オーガの食事を断ったのはセラフィム。嫌な予感もするし、という心の声は口に出さない。
 タイガは言うまでもなく料理を待ち構えている。
「折角だからデミオーガ料理、ご馳走になります」
 千代とラセルタも食べる事を決めた。
「丹精込めて育てられた豚さんなんだから残したくはないけど……どんな味がするんだろうね」
 若干の不安も覚えながら。
「料理は食べてみたいけれど、食べられるのかな……コレ」
 まだ迷っているのが若葉だ。どうしても決心しきれない。
「僕は食べますよ。美味しかったら一緒に食べましょう!」
 違う、味の不安じゃない、命の不安だ。そう思ったが、アクアのキラキラした瞳に何も言えなくなり、若葉は「わかった、ありがとう」と答えた。
 料理は出来上がっていく。
 とんかつ、カツレツ、豚テキ、しょうが焼き、豚しゃぶ、豚丼、角煮、そしてカツサンド。
 テーブルの上に並べられた料理はどれも美味しそうな豚料理だ。
 というか、もう作ってしまったけど、そういえば職員が「本部に確認を取る」とか言ってなかったか?
「お、やってるな」
 そんな空気を読んだかのように、A.R.O.A.支部長が倉庫に入ってきた。その後ろには白衣を来た者が数人。
「まだ食べる前だな。じゃあ全員聞け。デミ・オーガの肉はな……」
 書類を片手に支部長が語る。ごくり、と全員が固唾を呑む。
「基本的には、食べられる」
 歓声があがる。あがるが、基本的、という言葉が引っかかる。
「元になった動物が食べれる動物なら食べれるみたいだ。ただ、瘴気が微量とはいえあるから、普通の人が食べると『当たる』からお勧め出来ない」
 気分が悪くなったり、一部に麻痺や痙攣が起きたりしてしまうらしい。
 だが『まるはち』職員は諦めない。「その程度なら……!」と食べる事を決めた。
「で、ウィンクルムなら瘴気に耐性があるし、何となく危険なのは分かるからな。美味しそうと思うなら今日のは大丈夫だろう」
 支部長がそこまで言えば、最早怖いものは無い。
「いただきます!!」
 全員一斉に食べ始めた。
「うん! 普通にカツサンドだ!」
「ふむ、まぁ口に合うかな」
「美味しく出来ててよかった」
「ワカバさん、美味しいですよ!」

 皆浮かれていた。料理を堪能していて気付かなかった。最早聞いていなかったのだ。

「ただまぁ、デミ化自体カオスな現象だからな、稀に毒の無い生き物がデミ化したら毒を持ったりする例外もあるみたいだから、そこだけは気をつけろ」

 支部長はまだ、手に持っている書類を読んでいたのに。

「俺も食べてみようかな」
 美味しそうに食べるアクアを見て、食べる決心が付いた若葉が箸を取る。
 その時。

 ―――カランッ

 若葉とは逆に、誰かがフォークを落とす。
 いや、誰かではない。そのままカランカランと立て続けに音が鳴って、気が付けば全員箸やフォークを落としていた。
「……アクア?」
 若葉が呼びかけた瞬間、タイガが椅子から転がるように下りて「ぅおぇぇぇ!!」と吐き出した。
「タイガ! しっかり!!」
 そして続々と被害者が生まれる。
 ラセルタはテーブルに突っ伏して動かなくなり、千代は「無理ヤバイ何これ吐く痛い下す」とお腹を抱えてぶつぶつ喋りだし、アクアも椅子から落ちて「ワカバさん駄目これ食べちゃ駄目これ危険駄目ぇ!!」と床をバンバン叩きながら泣き叫ぶ。『まるはち』の職員もタイガと並んで「嫌だ吐きたくないでも吐いちゃう悔しいうぼろろろろ」と吐いている。
 ようやく書類から顔を上げた支部長は、阿鼻叫喚と化した目の前の光景を見て、ポツリと呟く。
「例外か」
 じゃあ処置をお願いします。
 支部長がそう言うと、一緒に入ってきていた白衣の数人が簡易医療器具を取り出して治療を始める。
 どうやら軽い食あたり。ウィンクルム達は「数日で治りますよー」と言われながら注射をしてもらう。
「こ、こんな事でッ負けるか!!」
 しかし『まるはち』職員は諦めない。
 一通り吐き終わったらもう一度椅子に座り、また食事をし始めたのだ。
「ううっ『豚丼』! 美味しいよ! 美味しいからね! デミ・オーガにしちゃってごめんねありがとおえぇぇぇぇ」
「無茶をするなー!!」
 セラフィムの叫びが倉庫にこだました。


 こうしてデミ・オーガの食事会は混乱のまま幕を閉じた。
 白衣の者は本部の医者兼研究者で、この食事会はオーガ研究の一環として記録された。
 彼らの活躍はA.R.O.A.の資料となったのだ。きっとこれからのオーガ研究に役立つだろう。
 ありがとう、ウィンクルム達よ。ありがとう、結局名前のわからなかった元豚よ。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル 日常
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 06月08日
出発日 06月15日 00:00
予定納品日 06月25日

参加者

会議室

  • [6]羽瀬川 千代

    2014/06/14-23:37 

    反応が遅れてごめんなさい。
    お二人にまとめて頂いた作戦を元に、プランを作成しています。
    これ以降は反応出来ないと思いますが、ぎりぎりまで確認はしますね。

    >料理
    俺もレベルは低いのですが調理のスキルがあるので、アクアさんのお手伝いが出来ればと思っています。
    巨大なポークソテー、もとい豚さんですから、人手は多い方が良いですよね。

    あ、ちなみに調理された豚さんは食べてみようと思います。
    ……お見苦しい場面を見せる事になったらすみません(深々と頭下げ)

  • [5]木之下若葉

    2014/06/14-21:04 

    セフィラムさんも羽瀬川さんも改めてよろしくお願い致します、だよ。

    >作戦
    なるほど。人が手入れしてある『森』だもんね。
    そっか、木以外もあるか……。
    じゃあ、お二人が言う通り『はるまち』で煮豚、じゃない豚さんの好物聞いておこうかな。

    小川等があった場合、そこに橋を渡すように網を仕掛けて餌等で誘導。
    無かった場合は木の狭い間や袋小路地点かな?
    銃声等で混乱させてそこに追い込むでもいいかもね。
    後は網が絡まり動けなくなったり動きが鈍った所で
    火山さん達の網が降りて来れば上々だし、
    ブラドッツさんのスナイピングで急所狙って頂けたら嬉しいし。
    きっと原型も留められるだろうし。……多分。

    料理はアクアが「血抜き、ですか」って真剣に悩んでたね。
    ああ、もしやるなら首のタグを取ってから捌く事になるだろうけれど、ね……うん。


  • [4]セラフィム・ロイス

    2014/06/14-18:34 

    長文すまなかった。皆がうまくいくのを願ってる
    と、どうか有効利用してくれると助かる

  • [3]セラフィム・ロイス

    2014/06/14-18:32 

    二人とも今回もよろしくな。セラフィムとシンクロサモナーのタイガだ
    前に『まるはち』の依頼をしたことがあったし気になってね
    かけこみで参加たが、時間がとれないので書き込みとチェックは直前にできるかどうかだ
    ・・・本当すまない
    【協力は惜しまない】と書いておくから当日はよろしくしてやってくれ
    あと料理に関してアクアか誰かに指導を…(沿わないならスルーでも

    >作戦
    僕も似た感じで考えてた

    地形を把握し、袋小路の木の下まで(岩や川、丘、茂み等入り組んだところがあると踏み)
    『まるはち』に聞いて好物をいくつか安心させて食べさせ油断させ
    木の下まで誘導させ上から投網を投げる(セラ

    そこを茂みに隠れてたタイガが撃つ
    遠距離もあるし皆でポイントまで誘い込んで総攻撃はどうだろう?
    足や急所を狙って、手足を縛り上げるっていってるけど巨体なんだよな・・・
    あわせてやったら効果的か、悩むが。足をどうにかするは使えるかも

    遠距離といえば。たとえば狙撃で両目を狙い、声で誘き寄せて(逃げさせて
    事前に用意していた落とし穴に落とすとか、川があるなら溺死とか
    なんにしても一定の場所に追い詰めて攻撃はいるだろうな


    僕のプランはとりあえず
    袋小路にポイントとして餌を一定の間隔でおいて誘導。木の上投網と待ち伏せ足狙いだよ
    ※駄目な場合は皆で追い込めたらとも

  • [2]羽瀬川 千代

    2014/06/14-02:14 

    遅くなりました、こんばんは。
    羽瀬川千代とパートナーのラセルタさん、です。
    木之下さんは先日の薔薇園ぶり、セラフィムさんはツツジの迷路ぶり、ですね。
    見慣れた面々で安心しました…宜しくお願い致します。

    逃げ足の速いとんかつ…もとい豚さんを、ひたすら追い続けるのは大変そうですよね。
    なんとか豚さんの方をこちらに誘き出せたら良いのですが…。

    例えば飼育時に与えていた餌をお借りして、網の上に撒いてみるとか?
    デミ・オーガ化した豚さんが食べるかは不明ですが、試してみるのはいいかな、と。

    それとラセルタさんのレベルが上がって、スナイピングが使用出来るようになったので
    豚さんの動きが止められれば離れた場所からの狙撃が可能です。
    連射しなければ、原型は留められると思いますが……(うむむ)

  • [1]木之下若葉

    2014/06/13-22:02 

    さて、今晩は。
    木之下とパートナーのアクアだよ。
    今回はもしかして二人なのかな?等々思いつつ。
    羽瀬川さんどうぞ宜しくお願い致しますだね。

    えーっとカツレツ……じゃないやデミ・オーガ化した豚さん。
    何だかすっごく足が速いみたいだね。…イノブタ、みたいな……。

    初めは地面に目の粗い網でも敷いて、そこへ誘い込んで
    足が絡んで自滅してもらおうかとも思ったのだけれど
    誘い込むまでが大変だよね……(遠い目)

    必須事項は
    ・退治
    ・タグ回収
    ・なるべく原型をとどめる事
    の3つみたいだしね。
    うーん……どうしようかなぁって考え中、だね。


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