深緑の図書館(梅都鈴里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 山脈のとある森の中。
 開けた広場に深緑のひんやりとした空気が流れて、酷暑にあってもここだけは別次元のような錯覚を思わせる。
 辺りは夜明けの静寂に包まれ、そして広場の中心にはぼんやりと、白壁の小さな建物が在る。

「おや……貴方も避暑へ? それともまた、迷子でしょうか」

 ぽっかりと開いた入り口へ近付くと、闇の中からモノクルを掛けた老紳士が現れた。柔らかな物腰で、旅人二人の不安な心を落ち着けるように、おっとりと微笑んでいる。ちょっと休まれますか、どうぞお入りなさい――、誘われるよう足を踏み入れると、外観からは予想も付かないほど、内装は広く。そして……。

「ここは、図書館です。記憶や思いを閉じ込めた、貴方たちだけの図書館……」

 ずらりと奥まで並んだ本棚。一冊手に取れば、そこに載っているのは隣に立っているパートナーとの思い出や情景。暖かな感情やくすぐったい記憶についおかしくなって、神人が隣に居る精霊をふと見遣れば、隣の彼もこんなこともあったな、と穏やかに微笑む。

「ふふ、若者達は青くて羨ましいですなあ。貴方達にとって、幸せな記憶ばかりではないかもしれませんが。それでもお二人が積み重ねてきた、数ある歴史の1ページ……」

 聞けば、この図書館へ足を踏み入れる者たちにはある共通項がある。『愛する者のことを、これから先も知ってゆきたい』という想いだ。その気持ちが無い者や、一人旅の神人や精霊に、そもそもここは見つけられない。故に、パートナーと共に迷い込んだ者だけが、その本たちを手にすることができるのだと。

「最早、何も申し上げません。お二人が積み重ねてきた想い出や、育まれた心。思い起こすのも結構、秘密を知る事も結構。勿論、これから先を描く事も――これを」

 老紳士が差し出したのは、古びた万年筆と『図書館ノート』と書かれた重厚な冊子。
 中をめくれば今はまだ白紙だが、枠線にあしらわれた薄い模様は華やかに彩られている。
 これから先を歩んでいく二人に、どうか幸せな記憶が多く残るようにと。

「自由に、記して頂ければと思います。これからもお二人が描く理想や、はたまたこれまでの反省や。絵にしてみるのもいいですね。勿論、ここで読まれた本の感想でも。……そのノートは大切に、わたしの方で保存いたします故」

 モノクルに伸びる鎖をちゃり、と揺らし、老紳士は深く深く頭を下げた。

解説

目的
涼しい図書館で本を読んで一休みするだけのお話です。
過ごすだけで老紳士からは茶菓子を振舞ってもらえます。
入館料300jr。

図書館の構造
・1~2階層…これまでのお互いの思い出、共通して持っている記憶や情報の本棚
(●●へデートに行って楽しかった、他人の知らない趣味を知ってる、など)
・3~4階層…まだお互いの知らない思い出、共通して持っていない記憶や情報の本棚
(知って欲しい趣味や思い出があるけど恥ずかしくて言えない、愛情をもっと沢山伝えたい、など)
・5階層………深層。『過去のトラウマや罪悪感を愛する人に許されたい』や『変な人に声をかけられたけれど、心配させそうで言えなかった』の様な、知って欲しいけど知ってほしくないといった、複雑な感情を伴う不安などを含めた本棚

プランに必要な情報
・描写してほしい、本棚に記されている思い出や記憶
・構造は上記の通りですが一例なので、そこまで厳密に設定しておりません。
・過去EPは極力参照

できること、できないこと
・過去の図書館エピのように、相方が変な感じになる、っていうのはありません。二人で本を読んでください。
・読み終えた後、渡された図書館ノートへよければ一言書いていっていただければ幸いです。
・ノートは観光所とかによくある帰り際の一言ノートみたいなやつです。内容は本当になんでも。特に浮かばなかったら書かなくても。こんなことしたかったなとか、こんな二人になれますようにとか、四字熟語とか漢字一字とか。
・情報の内容や全体の雰囲気はコミカルでもシリアスでも。参照エピがあればエピ番号いただけると助かります。
・アドリブはつい入れがちなのですが、『アドNG』とプランに一言頂ければ善処いたします。逆に『アド歓迎』とあれば、文字数の許す限りで多めに入れさせていただきます。特筆されてなければいつも通りに書きます。

ゲームマスターより

ご無沙汰しております。多忙さからシチュノベ等にも参加出来ないまま終わりが見えてきてしまったので、久々にエピを出させていただきました。
これまで出してきたエピに参加頂いた方、どなたにも多く思い入れがあります。本当に本当にお世話になりました。

らぶてぃめが終わっても、精霊さんと神人さんの歴史はずっと紡がれていくと思っております。そういった未来への思いや、旅路の振り返り、これからの二人の在り方について書かせていただければ幸いです。よろしくおねがいします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

シルキア・スー(クラウス)

  アド歓迎
最終フェスイベ後

特に気になったのは3~4階層
彼に読んでもいいか聞いてみる
私のも読んでいいよ~

彼の契約前の頃の本見つけた
陰陽師として魑魅魍魎のお祓い(物理)だったり深夜に怨霊と精神バトルしたりとか驚く内容の数々
え?は?うわー?!
あ、でもクラウスだ
己を鍛え高めるのは己が神人が現れる日に備える為で
星を見上げまだ見ぬ神人に想いを馳せる所でウルっときた

一息 お茶菓子もぐもぐ
いつだったかのお祓いアトラクション(EP10)であなたが堂に入ってた理由がわかったわ プロだったのね(笑
少し間を置き
ふふ ウィンクルム廃業後も心配ないね 私を弟子にしてよ
私一般人には戻れないもん

一言
これからもよろしくお師匠さま!


鬼灯・千翡露(スマラグド)
  ▼1〜2階
何だか星空の表紙の本が多いみたい!
きらきらしてて綺麗だなあ

……思えば
星の下で色んな話をしたね
お互いの想いもそうだし
私の昔の話を聞いて貰ったりもした

でもね
話そうと思ったのは、きっと星が綺麗だったからなのもあるけど
一番は、相手がラグ君だったからだよ

ずっと傍にいて、話してもいいって自然に思えた
昔の話も、ラグ君への本当の気持ちも
全部、ラグ君が……

ああ、図書館ではお静かに、だよね
えへへ、ラグ君、耳貸して

『だいすきだよ』

(星空に囲まれて、囁き合って、笑い合う)


▼ノートへ
『素敵な本をありがとうございました。
これからもふたり、想い出を綴っていきます。
もしまた来れたら、新しい本を探したいな。

ちひろ』


●未来へのみちしるべを

「わぁー! 本がたっくさん!」
 神人、シルキア・スーがキョロキョロと物珍しげに館内を見渡す隣で。
 精霊、クラウスも彼女に歩調を合わせつつ、館内へと足を踏み入れた。

 神やギルティとの壮絶な戦いが終わり、誘われるようにたどり着いた不思議な図書館。
 休息には丁度いいだろうと入ったそこに並ぶ蔵書は、訪れる者によって違う顔を見せる。
 階層の説明を受け、シルキアが気になり勇み足に向かったのは、三階から四階、互いの知らない思い出や感情の眠る階層だ。
 老紳士が言うには、そこを覗こうという連れ合いは余程付き合いが長いか、既に絆が深く繋がっている者同士であるとか、なんとか。
「相手の知らない一面というのは、必ずしも楽しい記憶ばかりではない。知られたくないと願う方もおられます。お二人は……大丈夫そうですね」
 案内しつつ語る老紳士に、クラウスは深く頷く。
「問題はない、知られて困るような生き方はしてこなかった」
「かっこいいなぁ。私もそんなセリフ言ってみたい」
「俺に知られて困ることでも?」
「まっさか!」
 自信に満ちた口ぶりでどんどん奥へと踏み込んでいく。
 螺旋状の階段を上に登るほど、出入り口の近い一階層よりも空気が澄み、あたりが静まり返っていくようだ。

 やがて辿り着いたフロアで、目に付いた一冊をシルキアが手に取る。
 パートナーの名が記されたそれを開く前に、クラウスへ「読んでもいい?」と問いかけておくのを忘れない。
 気心が知れた仲であっても、彼は気にしないだろうと思ってはいても、相手が大切な人だからこそ、礼儀を忘れないシルキアだ。
「構わない」
「ありがと。私のも読んでいいよ~」
「ああ。そうさせてもらおう」
 お言葉に甘えて、とクラウスが一冊手に取った、シルキアの記憶の書。
 そこには、彼女が神人に目覚めた際の出来事が事細かに記されていた。
(……話には聞いていたが)
 流星融合で消えた村と、両親の手がかりを捜査中、オーガに遭遇し。
 襲われていた子供を助けた時に、彼女は神人に目覚めた――。
 オーガは駆けつけたウィンクルムによって掃討され、その時の経験が彼女の志の礎となっている、と以前話してくれた事がある。
 けれども実際に詳細を目にするのは初めてで――興味深く読みふけっていると突然、

「え? は!? うわーっ! これ誰っ!?」

 静かな館内にけたたましく鳴り響いたのはパートナーの声に他ならない。
 ぎょっとして振り返ったクラウスの顔と、開かれていたページに浮かぶその顔を、大きな瞳で何度も見比べるシルキアの表情が、そこにあった。
「……あ、でも。やっぱりこれクラウスだ。面影がある……」
「……何を読んでいたんだ?」
「これ」
 シルキアもまた、彼が精霊として契約する前の姿を、書物の中に読んでいた。

 パートナーが見つかる前、陰陽師の職に就いていた当時のクラウス。
 深夜に怨霊と心理バトルを繰り広げたり、お祓いと言うにはいささか物理的過ぎる方法で、魑魅魍魎を蹴散らしていた武勇伝など――それは誰かの体験記というよりも、創作された冒険譚を読んでいるかのような感覚だ。
 とてもではないけれど、傍に立つパートナーが実際に体験してきた事だとは、中々頭の中で結びつかなかった。
「それか。ウィンクルムの仕事に近いゆえ選んだ生業だ」
 シルキアの隣に立ち、彼女がひろげた本の描写を感慨深く眺める。
 厳しい環境に身を置き、己自身を律し、鍛え、高めていたのは、ひとえに神人が現れた日に備えるため。
 そんな想いを、当時のクラウスはただ胸に秘めたまま。星を見上げ、まだ見ぬその人に想いを馳せる――書物に描かれていた一節を読み終えて、シルキアの涙腺はじんわりと緩む。
「……私、本当にクラウスと会えて良かったなぁ」
 こんなに気高く誇らしい人を、一人にしたまま終わってしまわなくて。
 感慨深く呟かれた言葉に、クラウスも「俺もだ」と答え、表情を解いた。

「……いつだったか、お祓いのアトラクションで、あなたがやたら堂に入ってた理由がわかったわ」
 プロだったのね、と。振舞われた茶菓子を頬張りつつ笑うシルキアに、クラウスも当時を思い返す。
 アトラクション感覚で物の怪を払う、遊びのような企画の一端に参加した日のこと。
 あの時のシルキアは、彼の行動にその都度慌てたり照れたりと忙しく、手慣れた手腕に何故かと問う余裕もなかったけれど。
 本職としていた時期があったというのなら、合点がいく。
「そういえば、話していなかったか」
「そうね。ちゃんと聞く機会もなかったし……色々あったなあ」
 しみじみと、昔を振り返る。
 一度はウィンクルムを休業し、タブロスを離れて、それなりの理由を胸に、気ままな二人旅へと赴いた。
 クラウスのルーツを知ること、シルキアの故郷を改めて訪ねること。
 そんな当初の目的に加えて、旅路の中で得られたものはたくさんある。
 優しいひとたち、東方で見聞きした初めて知る世界のこと――。
 ウィンクルム、としてではなく。二人の生い立ちや一個人としての人生を振り返る旅は、これから先の二人の在り方を考えるための時間にもなった。
「……ふふ。ウィンクルム廃業後も心配ないね」
 しんと静まる館内に、暫しの沈黙が流れたあと、不意にシルキアが口火を切った。
「廃業……まあ、仕事がなくなるのは、いい事だが」
 人々にとっての脅威を、退けるための存在、それがウィンクルムだ。
 活躍の場がなくなるなら、オーガの脅威がなくなるのであれば、それに越したことはない。
 けれども、精霊と神人、という半強制的な絆の糸が消えた時、二人はどういう形に収まるのだろう、という疑問は、常々頭の片隅に燻っていて。
 その答えが、今ようやっと導き出せたような気がする。
「ねえ、私を弟子にしてよ」
 シルキアの突然の言葉に、クラウスは手にした茶を取りこぼしそうになった。
「でっ……弟子!?」
「うん。今更、一般人には戻れないもん」
「だが……」
 思ってもみない申し出を受け、クラウスの胸中は内心とても複雑だ。
 オーガの脅威が去るのなら、彼女にはごく普通の生活を営む選択肢もある。むしろ、これまでそうしてこれなかった分、これからは何かに怯える事なく過ごしてくれたら、と思っていた節も。
 けれど、誤魔化せないのは。同時に、彼女の『戦士に身を置き続ける』という選択に――共に在り続ける、という意味と同義の決意に、安堵している自分がいるということ。
「私、ずっとこの先も、あなたの隣で戦っていきたい」
「シルキア……」
 強い意志を秘めた眼差しの前には、頷くほかにない。
 迷いも、不安も。隣に居てくれるのならば、さしたる障害にはならないだろう。
「……楽な仕事ではないぞ」
「うん、さっき読んだから分かる。けど、オーガと戦って来たからかな? 今更、異形のお化けなんて怖くない、って思っちゃうの」
「はは、頼もしいことだ。……ならば、シルキア」
 クラウスが手を差し出す。これまでの感謝と、これから先への希望を込めて。
「常に正しきしるべであれるよう、努力しよう。ついて来てくれるか?」
「もっちろん!」
 ぱちん! と、ハイタッチの軽快な音が、館内に一つ鳴り響いた。

 図書館ノートには、女性の丸みがかった文字で『これからもよろしく、お師匠さま!』と。
 その下に、答えるような達筆で『こちらこそ、よろしく頼む』と記されていた。

 白紙だった蔵書たちにやがて、クラウスに並び合うシルキアとの武勇伝が綴られるようになるのは、もっとずっと先、いつかの未来に訪れる話。


●星達の祝福を

 深緑に囲まれた図書館へ足を踏み入れた、一組のウィンクルム。
 館内は広く、酷暑の外界とはうってかわって涼やかだ。
 立ち入る者によって見せる顔を変えるそこは今、書物の表紙やデザインによって、星が瞬く夜空のようなうつくしい表情を見せていた。
「なんだか、星空の表紙の本が多いみたい!」
 きらきらしてて綺麗だなぁ、と。
 本たちの表紙に負けないくらい、輝く瞳で館内を見渡すのは神人、鬼灯・千翡露。
 そんなパートナーの言葉に「そうだね」と感慨深げに頷くのは、隣に立ち同じようにあたりを見回す、精霊のスマラグド。
 大量に並ぶ蔵書の棚を見上げて、ここに収められているであろう数多の思い出たちに、想いを馳せる。
「転機にはいつも、星が瞬いていたからかな」
 孤独だった過去を明かし、泣いた彼女を抱きしめた日も。
 遊園地ではしゃぎ尽くしたあの夜も――冷たく凍える夜に、暖かな会話を交わしたあの夜も。
 いつだって、二人を見守る星たちは、夜空に変わらず瞬いていた。
「これはこれは、綺麗ですね。星がお好きなのですか?」
 蔵書を見渡した老紳士が、館内を案内しつつ問いかける。
 二人は一度顔を見合わせて、思い当たる節があるようにくすくすと笑いあって。
「……そうだね。好きというより、僕たちの過去には欠かせないものになってる、かな」
「うん。辛いことも楽しかったことも、星を見ると思い出せるからね」
 その答えに、そうですか、と老紳士はひとつ微笑んで、歩を進める。

 二人が選んだのは一階層と二階層、共通の思い出が宿るフロアだ。
 パラパラと本をめくりながら、一つ一つ、大切な思い出を噛みしめるように読み進めて行く。
 静まり返った館内で「……思えば」と先に口火を切ったのは千翡露だった。
「星の下で、いろんな話をしたね。お互いの想いもそうだし、私の昔話を聞いてもらったりもした」
「ふふ。大体、僕が喋ることの方が多い気もするけどね。特に――」
 千翡露の気持ちに関することは。
 大切で、大好きで、守っていきたいと、初めて強く想えた女の子。
 まだまだ遊びたい時分で、契約には不満すら抱いていたスマラグドが、その考えを変える大きな切欠になったひと――見える世界を変えて、強くしてくれたひと。
 ふわふわと掴み所のない存在感の中、時折感じた彼女の中の虚がどこから来るものなのか気になっていた。
 気にして、問いかけて。理由を聞いた時にはより一層、彼女を想う気持ちは強くなった。
「ちひろの事は何でも知りたいし、泣いてたら抱きしめてあげたいし、楽しい事は共有したいって思う」
「……ラグ君は強いね。ずっと、私のほうがお姉さんなんだけどって思ってた」
「そう見えるよう、ずっと努力してきたし」
「あはは。姉弟ですかって聞かれて怒ってたラグ君も懐かしい。……なんだか一回り、大きくなったよね」
「……うん、ちひろのために成長出来てるなら、嬉しい」
 笑い女に挑発されたあの時。強くなっているよと、これからも強くなるよと、彼女は勇気付けてくれた。
 いつだって、年下で、子供だと思われている事がコンプレックスだった。
 いつからだろう、そんな事を気にしなくても、彼女の隣に並んでいいと思えていたのは。
 神人と精霊――守るものと守られるもの。
 始まりはそんな関係だったけれど、いつのまにか姉弟のように寄り添い合い、気付いた時には恋人同士へと関係を変えていた。
 今更、想いの形をあらためるまでもなく、掛け替えのない人だと、互いに当たり前のように認識している。
「だから、告白の返事を……ちひろの気持ちを聞けた時は、すごく嬉しかったっけ」
 月光華の咲き誇る石畳の道で交わした、夏の夜の告白。
 スマラグドがひとえに彼女を想い、傷つけないようにゆっくりと心に寄り添って、秘めた想いを伝えるまでには、決して短くはない時間を要した。
 告白の答えを聞けるまで、彼女の心の整理がつくまで根気強く待ったのも、ただただ千翡露が大切だったから。
 そんな強い想いが実を結んだあの日の事は、ここで本を開かなくたって、いつでも鮮明に思い出せる。
「人は忘れていく生き物だけれど、きっとそれだけは、ずっと忘れない」
「うん……そうだね。私もずぅっと忘れない。ラグ君が私を想って、言葉にして伝えてくれたことはぜんぶ、私の宝物だから」
 告白のシーンが記されていた本を、千翡露はぎゅっと大切そうに、胸に抱きしめる。
 あの夜だけじゃない。晴れた日も雨の日も、共に連れ添って色んな思い出を積み重ねてきた。
 二人の歴史は、ここに並ぶ蔵書の数々が証明してくれている――自信を持って、このかけがえない日々を誇ることが出来る。
 それから、またふと思い出したように、けど、と言葉を続けた。
「過去を話そうって、話してもいいって思えたのは、星が綺麗だったから、っていうのもあるけど。一番は、相手がラグ君だったからだよ」
「……? 僕だから?」
 目を丸くして、自身を指差すスマラグドに、ちひろはゆっくりと頷く。
「ずっとそばにいて、話してもいいって、自然に思えた。昔の話も、ラグ君への本当の気持ちも……全部ラグ君が聞こうとしてくれて、受け止めてくれたおかげなんだ」
 ありがとうね。感謝を込めて微笑む千翡露に、じんわりとスマラグドの心は熱くなる。
「……! そっ、それは、僕だって、相手がちひろだったから――」
 高揚するまま、自然と声が大きくなりかけて、ハッとしたように言葉を切った。
 本棚に張り出されている館内での注意書きを目にし、後から訪れたであろう館内客の視線を同時に感じたからだ。
「……ああ、図書館ではお静かに、だよね」
「はは、つい、話し込んじゃったね……僕も図書館にはよく行くのに、うっかり忘れちゃってた」
 口元を指先で抑える千翡露に、スマラグドも照れ臭そうに苦笑して、頭をかいた。
「……えへへ。ねえラグ君。耳貸して?」
 いたずらっ子のような笑みを浮かべた千翡露が、不意にスマラグドをちょいちょいと指先で手招く。
 ひっそり、こっそり。本棚の片隅、二人隠れるように身を潜めて、二人だけの内緒話を交わすように。
「だいすきだよ」
 スマラグドの耳元で囁かれた言葉を、蔵書に描かれた星たちが祝福する。
 一瞬の沈黙のあと、ぱちくりと瞳を瞬かせたスマラグドも、頬を緩めて。
「……おれも」
 小さな声で答え、やがてどちらともなく吹き出し、くすくすと幸せそうに笑い合った。
 こんなに小さな会話なら、星々の瞬きがきっとぜんぶ、覆い隠してくれるだろうから。

 そうして、二人が館内を去った後の図書館ノートの一ページには『素敵な本をありがとうございました。これからもふたり、想い出を綴っていきます。もしまた来れたら、新しい本を探したいな。ちひろ』そんな一文が綴られていて。
 その隣へ寄り添うように『本を読むのは好きです。ここに来ないと、ここの本が読めないのは残念だけど……また来れる日を、楽しみにしています。ラグ』と、記されていた。

 今よりもずっと大きくなった少年と少女の物語は、二人の旅路が続く限り、書物の棚に加えられていくことだろう。
 今日、彼女らが手にした本たちと同じように、きらきらと眩い星空の表紙を装丁にして。

 やがて人気のなくなった館内で、老紳士は蔵書を整理し、その日書かれた図書館ノートに目を通す。
「……未来ある若者たちの、ステキな言葉を頂けて、わたくしどもも大変晴れやかな気持ちになりました。また、いつでもご来館ください。どうか皆様、それぞれの未来に、永遠の幸福が訪れますよう」
 ぱたん、とノートを閉じ、静かに微笑んで踵を返す。
 想い合う二人に、幸多き事を、ただ願って。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 2 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 08月13日
出発日 08月21日 00:00
予定納品日 08月31日

参加者

会議室

  • [1]シルキア・スー

    2018/08/20-15:25 

    シルキアとクラウスです!
    よろしくお願いします!

    どこも興味ひかれるけど、3~4階層が気になるわね。
    あっこれ、契約する以前の彼の話みたい。
    へー、え?ええ!ほぉ~(読みふける)

    クラウス:…(横で複雑な表情)


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