歴史に刻む記憶(木口アキノ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 カーテンの隙間から差し込んだ朝日が頰に射し、瞼越しの眩しさに彼女は目を覚ました。
 隣に眠る彼を起こさないようにそっと、ベッドから抜け出す。シーツから仄かに石鹸の香りが漂う。
 足音を忍ばせて窓辺に近づき、指先でカーテンをちらりと捲る。
 朝日は眩しいだけではなく、心の隅々までもを浄化してくれるような気がする。
 外は快晴。
 遠くには、美しい曲線を描く山並み。
 眼下に伸びる街路には犬の散歩をする老婦人、自転車で通勤する青年、ジョギングに勤しむ若い男女などの姿。街路樹は早朝の風に葉を揺らす。
--気持ち良さそう--
 朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだら、どんなに心地良いだろう。
 誘惑に負けて、窓を開ける。
 どんなに慎重にしても、やはりガタっと音を立ててしまう。
「起きたのか?」
 背後から彼の声が聞こえ、シーツの擦れる音、彼が起き上がる気配がする。
 そよ風に髪を揺らしながら彼女は振り返る。
 彼の微笑み。彼女も目を細め「おはよう」。
 彼はベッドから降ろした足におろしたてのスリッパを履いて、彼女の隣に並び立つ。
「平和、だな」
 窓の外を見て、ひと言。
 うん、と彼女は頷いた。
 たくさんの仲間--ウィンクルムたちが傷つき倒れつつも守ってきたこの平和。
 いずれ、長く続く平和が訪れるはずだ、そうであって欲しい。そしてその後も2人はきっと共にいる。だからこそ。
 彼に知っておいて欲しいことがある。
 彼女は彼の横顔を見上げた。
「あのね」 
 それは、過去の澱み。曇り。それでも、それごと自分を受け入れて欲しいから。それを話しておかなければ、彼が愛しているのは偽物の自分のような気がして。
「話しておきたいことが、あるんだ」
 彼女が少し震える声で告げると、彼はまるで「知っていた」というかのように微笑んだ。
 きっと、大丈夫。彼ならこの話を聞いても自分を受け入れてくれる。
 それは傲りでも希望でもなく、確信。これまでに培ってきた絆があるからこその。
 彼女は過去を、語り始める。

解説

未だパートナーに知られていない過去について話そう、というエピソードになります。
ぶっちゃけますと、「うちの子には〇〇な過去という設定があるけど、それを語れるようなエピソードがなかった!不完全燃焼!」というPLさん向けのエピソードです。
語るのは神人、精霊どちらでも構いませんし、パートナーが語ったあとに、「実は自分も……」と2人ともが語るのでも構いません。
今まで陽の目を見る機会のなかった設定をリザルトノベルに残してみませんか?

語り終わったのちに、ちょっと贅沢な朝食を食べたくなって、近所のカフェで朝ごはん。というわけで300jr消費します。

ゲームマスターより

皆さまご無沙汰しております。
ご無沙汰しっぱなしでらぶてぃめっとが終了してしまうのは、お世話になった皆さまにご挨拶せずにいるようなもののような気がしまして、ひっそりプロローグを出した次第です。
木口が書くらぶてぃめっとエピソードはこれがラストになるかと思います。
なんとかもう1本書ければ、とは思いますが、少々厳しく……。
よろしくお願いいたします!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  シリウスに言わなくちゃいけないことがあるの
ポーチの中 大切に持っていた鎖の切れた古いメダル
…お母さんの物じゃないかしら
前 あなたのお家に行ったときに見つけて
(依頼161参照)
凍りついたようなシリウスに 思わず下を向く
…ごめんなさい あなたを悲しませたいんじゃないの
顔を上げると 見たことのないどこか頼りない彼の顔

出てきた写真に目を丸く
ご両親と…この子は、シリウス?
泣けない彼の震える声に そっと胸に寄り添う
シリウス、お父さんによく似てる
…ふたりとも優しい顔 
お父さんもお母さんも シリウスが大好きなのね
あなたが笑ったらきっと 夢の中のふたりも笑顔になるわ 
泣き笑いのような彼の笑顔を 両手で包んで一緒に微笑む
ーもちろんよ


月野 輝(アルベルト)
  私の祖父母へ結婚の報告に行った帰り道
今度はアルのご両親の所へ行かなくちゃね、と言ったら
何だか微妙な顔……珍しく言葉を濁してるし

どうしたの?
訪ねたら教えてくれた今のご両親の事

アルは…大変だったのね
私はお爺ちゃんお婆ちゃんに大事に育てられたから
アルの気持ちを本当の意味では分からないかもしれない

だから思うのかもしれないけど
今、アルがこうして大人になって私と出会ってくれたのって
今のご両親がアルを育ててくれたからでしょ?
だからやっぱりご挨拶に行きたいわ

もちろん、アルがグレないでちゃんとした大人になったのは
本人が頑張ったからだとは思うけどね
ニッコリ笑って頭を撫でて
今まで辛かった記憶を振り払えればいいな、と



出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
  小さい頃育った施設に結婚前の最後の挨拶に行く
院長のおばあさんにはあたしの親代わりとして式に出てもらう予定だしね

お久しぶりです、院長先生
感動の再会…かと思えばレムをいたく気に入ったみたいで
恥ずかしい武勇伝を暴露されまくり
ちょっと、もう…子供の時の話でしょ!
今は落ち着いてるんだから

先生達に祝福され、子供達にはからかわれ
一通り声をかけ終わった後、庭に出て一息つく
遊んでいる子供達を見ながら
でしょ?
レムには一度、あたしの育った場所を見て欲しかったの
生まれてからずっと、楽しいことも嫌なことも、全部ここで知った
これからは、あなたの側でもっと色々なことを感じたい

レムのご両親の、お墓…
うん、ぜひご挨拶させて


スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
  私の父親ってどんな人だったのよ?
貴方の直属の上官だったんでしょ?
そりゃあの人に助けられて一時期一緒に暮らしてたけど、「お父さんみたいな優しい人」でしかなかったもの

嬉しいわよ。そういう話聞けて
軍人だし、スパイやってたせいで家庭を持たないだから非情なことも沢山やってたとは思うのよ
だから単に優しい人じゃないと思う。怖い人だとは思ってた
でもね、それでも私の知っている唯一の家族だし、優秀だって聞いてちょっと嬉しかった

お墓あるの?
でも行くのは今度にするわ
孫の顔も見せたげたいもの
…ふふ。その程度で真っ赤になっちゃって

…お母さんもいつか見つかるのかしら

…え?今何か言った…?
一度と言わず何度でも言ってよー?


●切株の思い出
 木漏れ日の下、幼な子たちが葉っぱを抱えてとてとて歩く。向かう先では彼らよりも少し年上の、これまた小さな子らが拾った枝を円錐状に組みあげている。
 幼児たちは組み上がった枝の上に次々に葉っぱを乗せる。
「よぉし、ひみつきち、もう少しでかんせーするぞー!」
 たどたどしい口調で誰かがいうと、皆一斉に、おーっと声をあげた。
 そこに。
「こら、あんたたち!」
 集まっている子供たちよりも年上と思われる、溌剌とした少女の声が響く。
「何してるの!」
 怒られると思った子供たちは、おそるおそる声の主を振り返る。
 しかし、そこには。
「秘密基地を作るならもっとしっかり作らなきゃダメでしょう?」
 どこから引っ張り出してきたのか大人の使う斧を肩に担いで胸を張る真っ直ぐな黒髪の少女がいた。その足元には、すでに切り倒した後の立派な木が転がっていた。
「かなちゃん……」
「それ、おにわの木……」

 ここは孤児院。この子供たちはそれぞれ事情がありここに預けられた子供たちであった。

 院長室で、院長である女性は窓から庭の新しい切株を眺め、綺麗にまとめられた髪を撫でながらふぅと息をつく。
「香奈。あなたはもう年長者なのよ。小さなみんなを指導する立場なの。それなのに率先してこんなことを……」
 危険だから子供たちは立ち入らないようにと言ってある道具小屋から斧を持ち出し、庭の木を切り倒してしまうとは。それなりに大きさのある木であった。もし香奈が怪我をしていたかと思うと気が気ではない。
 それにしても見事な切り口の切株だ。ここにきた時はまだ赤ちゃんだったこの子がこんな立派に……なんて、感慨に耽っている場合ではない。
「今後は軽率に危険な行動はしないようにね」
 そう言い含めると、目の前の少女からは
「はい、わかりました。今回のことは本当にごめんなさい」
 と、しゃんとした答えが返ってくる。
 そう、普段はしっかりしているのだ、この子は。
 しかし、子供たちの間で「傘で人は飛べるのか」という議論が持ち上がり、香奈が「実際に試してみればいいんじゃない?」というが早いか傘を持って屋根から飛び降りようと試みて、院長がまたもや肝を潰すのはそれからひと月も経たないうちであった。


(懐かしい子の夢を見たわ)
 院長は庭に残る切株を見つめ、目元を緩ませる。
 そこに刻まれる幾つもの皺はあの頃より深く、当時はまだ白髪混じりだった頭髪もすっかり白くなった。
 あの子はウィンクルムになったと聞いたけれど、良いパートナーと巡り会えたのかしら。
 そんな事を考えていると、院長室のドアがノックされ、院長は視線を窓の外からドアへと移す。
「どうぞ」
 声をかけるとドアが開き、姿を見せたのは。
「お久しぶりです、院長先生」
「まあ」
 夢に出てきた懐かしの少女、今はもうすっかり大人の女性になった出石 香奈だった。
「ちょうどあなたに会いたいと思っていたところだったのよ」
 驚きに見開いた目は、香奈に伴われて現れたマキナの青年を見てさらに大きくなる。
 院長は2人の間に流れる空気から、この青年と香奈との関係を瞬時に理解した。
「レムレース・エーヴィヒカイトと言います」
 背筋を伸ばして一礼し、レムレース・エーヴィヒカイトは自分の名を名乗る。
 姿勢、声色、視線、全てから、彼の実直な人柄が感じられた。
 香奈は良いパートナーに恵まれたのね、と、院長は目を細める。
「今日は、折り入って院長先生にお願いがあって来たの」
 香奈がほんのりと頬を染め、隣に立つレムレースにちらりと視線を送る。
「あたしとレムの結婚式に、両親の代わりとして出てくれますか」
 改まった態度の香奈に、院長は目を瞬いた。
「私がそんな大事な役目なんて……良いの?」
 香奈はしっかりと頷いた。
「院長先生に、出て欲しいの」
「あなた達が香奈を育ててくれたから、俺は彼女と出会い今こうしてここにいるんです」
 香奈に続いてレムレースが感謝の言葉を述べる。
「まぁ……そう言って貰えるなんて、嬉しいわ」
 院長は頰に手を当て目を潤ませる。香奈はぱっと顔を輝かせる。
「来てくれるのね?」
「喜んで」
 院長が答えると、間髪入れずにレムレースが「ありがとうございます」と頭を下げた。
「小さかった香奈が、立派な大人になって素敵な旦那様を連れて挨拶に来てくれるなんてねぇ」
 院長は感慨深げに言うと、そっと目尻を拭った。
 照れ笑いを浮かべる香奈の横で、「小さかった香奈」という言葉が引き金になったのか、レムレースが院長に訊く。
「子供の頃の香奈は、どんな子だったんですか」
「そうねぇ、普段はしっかりしていていたんだけれど……あ、この窓からちょうど見えるあの切株はね……」
 香奈がぎくりと肩を震わせる。
「ちょ……っその話はっ」
 しかし時すでに遅し。
 院長は楽しげに香奈の武勇伝を語り、レムレースも
「……ほうほう、木を斧で……他にも……屋根から?」
 と、それを興味深げに聞いているのであった。
「ちょっと、もう……子供の時の話でしょ!」
 真っ赤な顔で香奈はレムレースの背中をぱしぱし叩く。
「面倒見のいいお姉さんタイプだと思っていたのだが、なかなかのやんちゃっぷりだな」
 レムレースから微笑ましそうな視線を向けられ、
「今は落ち着いてるんだから」
 と赤い顔のまま頬を膨らませた。
「せっかくだから、みんなに会っていくといいわ。今の時間だと、職員も子供達もホールにいるわよ」
 院長に促され、2人はホールへと向かう。
 昔からの顔なじみの先生にレムレースとの結婚の事を告げると、先生は飛び上がらんばかりに喜び、大声で皆に香奈の結婚のことを知らせる。
 わっとホールが沸き立ち、子供たちも先生も、祝福の言葉を告げんと香奈の周りに集まってきた。
 特に香奈に面倒をよく見てもらっていた年代の子供たちは容赦なく香奈とレムレースをもみくちゃにする。
 おしくらまんじゅうのようにされながら、四方から「おめでとう」の言葉を浴びて香奈は幸せそうに笑っていた。
 その様子を見てレムレースは改めて、彼女を伴侶に選んで良かった、彼女を幸せにしようと強く思うのだった。

「ふー、ひどい目にあった」
 髪の乱れを直す香奈は、言葉とは裏腹に満足そうな笑顔であった。
 皆からの祝福を一通り受け、ひと息つこうと2人は庭に出て来ていた。
 子供たちの笑い声を乗せたそよ風が2人の間を抜けていく。
「とてもいい場所だ」
「でしょ」
 庭でも子供達がかけっこをしたりおままごとをしたりして遊んでいる。皆一様に満ち足りた笑顔で。
 レムレースは、香奈が依頼の報酬をどこかに寄付していたのは知っていた。寄付先はこの施設だったようだ。
「ここが、香奈にとっての実家なんだな」
 香奈はこくりと頷いた。
「この優しい場所を、これからも二人で守っていこう」
 レムレースは香奈と手を繋ぎぎゅっと力を込める。
「ありがとう。レムには一度、あたしの育った場所を見て欲しかったの。生まれてからずっと、楽しいことも嫌なことも、全部ここで知った」
 香奈は自分の過去を振り返るように遠い目をした。
 彼女の生い立ちは、決して恵まれたものではなかったかもしれない。
 それでも愛を知り、人の心の暖かさを知ることが出来たのは、この場所があったから。
 香奈は顔をあげ、レムレースを見つめた。
「これからは、あなたの側でもっと色々なことを感じたい」
 レムレースは香奈の視線を優しい眼差しで受け止めると、
「それなら俺も、香奈に付いてきて欲しい場所がある」
 と告げる。それはどこ?と香奈の目が問う。
「俺の実の両親が眠っている所だ」
「レムのご両親の、お墓……」
「遅くなってしまったが、二人に香奈を紹介したい」
 香奈は目を細め、大きく頷いた。
「うん、ぜひご挨拶させて」
 香奈がこの場所で愛情をたっぷりと受け育ったように、レムレースにも、彼に愛情をかけ慈しんだ人たち……彼の両親がいる。
 直接言葉を交わすことは叶わなくとも、感謝の気持ちを伝えたい。
 そして、これから2人で新たな幸せを築いていくことを、誓うのだ。

●「今のあなた」を作ったもの
 一般的に、男性が結婚の挨拶のために女性の家を訪れる、と聞くとどのような場面を思い出すだろうか。
 がちがちに緊張し、多少汗ばみながら「お嬢さんを僕にくたさい!」と言って頭を下げる……ドラマなどにありがちな、そんな場面を思い浮かべる人が多数なのではなかろうか。
 しかし、アルベルトの場合は、そんな例には当てはまらなかった。
 月野 輝の両親亡き後、彼女を育てたのはその祖父母であり、彼女との結婚の挨拶をするのも当然彼女の祖父母に対してであったが、アルベルトと輝の祖父母は既に互いをよく知った関係であった。
 少年の頃から祖父の営む道場に通っていたアルベルトを、祖父は優秀な弟子だと思っているし、祖母も礼儀正しい好青年だと気に入ってくれている。2人とも、アルベルトを信頼できる男性だと認めているのだ。
 輝とアルベルトが結婚の挨拶のために祖父母宅を訪ねると、2人は新しく息子が出来たことを大いに喜んでくれたのだった。

 輝とアルベルトは家族の温かさを改めて実感し、満足感を胸に帰途につく。
 自然と2人の足取りは軽く、唇には笑みが浮かび会話も弾む帰り道。
「今度はアルのご両親の所へ行かなくちゃね」
 輝がにこやかにそう言うと、たちどころにアルベルトの顔からすうっと笑顔が失せていく。心なしか、歩く速度も遅くなる。
「輝、うちの養父母への挨拶はしなくても……」
 困惑したような微妙な表情のアルベルトを、輝は不思議そうな顔で見返す。彼がそんな表情をするのも、言葉を濁すのも珍しかったからだ。
 輝は気遣わしげな表情になって、問う。
「どうしたの?」
 もしかしたら、話しにくい内容なのかもしれない。けれど、話すことで気持ちが楽になることもあるだろうから、敢えて訊いた。
 アルベルトにも、輝の気遣いがわかった。
 彼はほんの一瞬、話そうかどうしようかと迷う。
 だが、隠しておいてもいずれ分かることだろうし、輝相手に隠しても仕方のない話だと思い至り、小さく息をつくと口を開いた。
「正直、私は養父母とあまり折り合いが良くはない」
 おそらく、アルベルトが他人に自分の家族について語るのはこれが初めてだろう。
 これまで誰にも言わなかった、言えなかったことを輝にだからこそ話しているのだと思うと、輝は口をつぐみ神妙な面持ちになる。
「母方の伯母の養母、その夫の養父。養父は精霊なら人間よりも能力が秀でてると聞いて私を引き取った」
 アルベルトは真っ直ぐ前を見て淡々と歩きながら語る。
 気の弱そうな伯母と傲慢さが顔に現れたような伯母の夫の姿を思い出す。これまで、あえて思い出さないようにしてきた人たちだ。
 養父は、軍医としては優秀だったのかもしれない。だが、人としてはどうだったのだろう。
 両親を失ったばかりのたった11歳の少年に、養父ははっきりと言い放った。お前を引き取ったのは精霊だからだ、と。事あるごとに、精霊のくせに人間より劣っているなんてことがあれば許さない、とも言われた。
「引き取られてから私はずっと『養父の虚栄心を満たす為の“物”』だった」
 輝はアルベルトにわからないようにそっと唇を噛み、彼の話の続きを聞いた。
「伯母も夫には逆らえず、私を庇ってはくれなかった。力での暴力は受けなかったが、言葉の暴力は随分受けたよ」
 自分は彼にとって『子供』ではなく『物』だったから。『物』は所有者の思う通りにならなければならない。思い通りにならない『物』は不良品だ。
 アルベルトはいつしか『子供』として愛されることを求めなくなった。無駄な努力はしない方が良い。
「私が笑顔で全てを誤魔化すようになったのは、だから、なんだ」
 そんな自分を嘲笑するように、アルベルトは唇の端を上げ、指先で眼鏡を押し上げる。
 言葉の暴力をやり過ごすため。傷ついた心に気付かないようにするため。他人に本当の自分を見せないようにするため。
 笑顔という武装はやがて、彼に貼り付いて取れないものとなっていった。
 そうして、常に笑顔を湛え、その奥では何を考えているのかわからないアルベルト・フォン・シラーが出来上がった。
「子供が1人では生きていけないから我慢して我慢して、大学を出てすぐに家を出た。以来、連絡を取ってなくてね……」
 そこまで言って、アルベルトはふーっと大きく息をつき空を仰いだ。
「アルは……大変だったのね」
 両親はいなくとも暖かい家庭で育った輝には計り知れぬ辛さがあったのだろうと思う。
 初恋のお兄ちゃんであった頃のアルベルトと、大人になってから再会したときのアルベルトの印象が違ったのには、こういう背景があったからだったのか。
「私はお爺ちゃんお婆ちゃんに大事に育てられたから、アルの気持ちを本当の意味では分からないかもしれない」
 アルベルトにどんな言葉をかけるのが最適か、なんてわからなかった。ただ、理解もしていないのに理解したふりの上辺だけの言葉など言いたくはなかった。
 輝は、自分の考えを正直に口にする。
「だから思うのかもしれないけど、今、アルがこうして大人になって私と出会ってくれたのって、今のご両親がアルを育ててくれたからでしょ?だからやっぱりご挨拶に行きたいわ」
 経緯はどうあれ、輝はアルベルトと再会することが出来た。もし、アルベルトが別の家庭に引き取られていたら、違う未来になっていたかもしれない。
 それに。輝が今、アルベルトを愛しているのは、初恋のお兄ちゃんだからではない。今現在のアルベルトの全てに惹かれているからだ。
 輝が愛するアルベルト。その人柄に影響しているというのなら、それは不必要な過去ではなかったのだと思う。
「そう、だな」
 アルベルトは目元を優しく緩ませた。
 そのような考え方もあるのか、と感心する。輝らしい前向きな考え方だ。
「一応、育てて貰ったんだ。アポを取ってみるよ」
 義父母からはどのような反応があるかはわからない。だが、養育に対する礼くらいは言っておくのも悪くない。
 あ、でも。と、輝は付け足した。
「もちろん、アルがグレないでちゃんとした大人になったのは、本人が頑張ったからだとは思うけどね」
 にっこり笑うとちょっぴりお姉さん風を吹かせてそう言って、背伸びをしてアルベルトの髪を梳くように頭を撫でる。
 一見幼子扱いをしているようなその行動は、アルベルトの今まで辛かった記憶を振り払えればいいな、という祈りを込めてのものであった。
 この手で直接、アルベルトの脳裏から辛い記憶を振り落とせるものならそうしてあげたかった。
 輝のそんな気持ちを察しているのか、アルベルトは、ふ、と笑う。
「グレなくて良かったよ。おかげで輝にまた会えたのだからね」
 過去を変えることは出来ない。記憶を消してしまうのも難しい。
 だが、過去の記憶を今の自分がどう受け止めるか。それだけは、変えられる。
 辛く苦しいだけの過去とするのではなく。
 今現在、そしてこれからも幸せになるための糧だったのだと。輝と一緒なら、そう思うことができる。
 アルベルトは改めて、輝という伴侶を得ることができて、自分は幸せなのだと思った。
 だが。
 それを素直に言うようなアルベルトではなかった。
 ふふ、と笑い眼鏡の奥の目が光る。
「輝にそう言って貰えて安心したよ。これからも、今まで通りの私でいいということなのだから」
「……え?」
 アルベルトが何を言いたいのか分かり兼ね、しかし少し嫌な予感がして輝は笑顔のまま硬直した。
「輝。今まで散々私のことを『腹黒眼鏡』と褒めてくれたね」
 輝は、「褒めてない、褒めてないわよっ」と首を振る。
 しかしそんな輝の言葉は華麗にスルー。
「これからも腹黒眼鏡健在で行かせてもらうよ。覚悟は出来てるだろうね?」
 にやりと唇が笑い、もう一度眼鏡の奥の目が光る。
 輝は、「もう、アルったら!」と、彼の胸を軽く叩いた。

●背中合わせの両想い
 スティレッタ・オンブラは賢い女性であった。
 だが、それを知っている男は存外少ない。
 自分よりも愚かな女を好む男の前では、その男の好み通りの女を演じてやっていたからだ。スティレッタは時にそんな男たちを利用して、世間の波を乗り越えてきた。


 熱帯夜の寝苦しい夜だった。
 喉の渇きを覚えて目が覚めたバルダー・アーテルは顔に滲む汗を手の甲で撫でつつキッチンへ向かった。
 窓から差し込む街灯の明かりを頼りに食器棚から適当なグラスを手に取り、水道の蛇口をひねる。
 喉を鳴らして飲み干しひと息ついたところで背後に人の気配を感じた。
「お前も眠れないのか」
 バルダーがゆっくり振り返ると、スティレッタが「そうなの」と言って灯りを点けると、微笑みながら歩を進め彼に並ぶ。
 ハンカチで汗を押さえてから来たのだろうが、それでも額には髪が一筋張り付き、胸元はしっとりと濡れ光っていた。
 バルダーの手から空になったグラスを取ると、それに水を満たして唇を湿らせ喉を潤す。
 渇きは凌げたものの、すぐには眠れそうにない。
「ねぇ、バルダー」
 スティレッタは椅子を引き腰掛け、おもむろに口を開いた。
「私の父親ってどんな人だったのよ?」
 短い期間ではあったが、家族として共にいた男性。あの頃は父のように慕いながらも本当の父だとは知らずにいた。
「中佐の話か?」
 バルダーは僅かに眉を上げた。
 スティレッタ、いや、ナンナ・ミゼリコードの父親、ミゼリコード中佐。
「貴方の直属の上官だったんでしょ?」
 スティレッタの赤い目がバルダーを見上げる。
「俺なんかより、お前の方がよっぽど知っているだろう」
「そりゃあの人に助けられて一時期一緒に暮らしてたけど、『お父さんみたいな優しい人』でしかなかったもの」
 スティレッタはきゅっと肩を竦めてみせる。
(ミゼリコード中佐……か)
 彼の事を思い出そうとすれば、いつも目の裏に浮かぶのは非業の最期だったが、スティレッタに過去の話を請われた今、バルダーの記憶の中で、生きていた頃の彼が、動き出す。
 笑い、怒り、酒を飲み、語る……血の通っている彼の姿が。
 懐かしさに、バルダーの目元が優しく緩んだ。
「……お前に似てたな。笑顔が似てるよ」
 笑顔が似てる、と言われスティレッタは意外そうに目を瞬いた。一緒に暮らしていた時は、自分たちが似ているなんて思いもしなかった。こういったことは案外本人は気づかないことなのかもしれない。
 バルダーは壁に背をもたれかけ、腕を組んで話し始めた。
 元々そんなに口の上手い方ではない。どれだけ伝わるかわからないが、出来る限りを伝えてやろうと思った。
「俗に言う人たらしだ。人心掌握の上手い、人当たりのいい人だった」
 バルダーの目の前で、何人もの人が彼の話術に陥落していった。中には相当な要人もいた。
 某国の王族が国の機密事項をぺろりと喋ったのには、流石にバルダーも驚いたが、当のミゼリコード中佐は当然とばかりの表情をしていた。
 そして彼は、単に人当たりの良いだけの人ではなかった。
「諜報やってたぐらいだ。当然頭も切れる」
 柔和な笑みを見せていたかと思えば、鋭い眼光で真実を突き相手を射抜く。誰もが、この人には到底敵わないと思っていたものだ。
「相応に厳しかったが、俺にとっちゃそんな怖い人じゃあなかった」
 スティレッタはワクワクする冒険話を聞く子供のような顔でバルダーの話を聞いていた。バルダーの口調もだんだんと滑らかになっていく。
「だがあの人が本当に凄いと思ったのは……下士官連中が畏まった様子であの人を見送っていた時だ」
 スティレッタの目の前に、ずらりと並ぶ軍人、その前を歩く父ーーミゼリコード中佐が見えるような気がした。
「現場じゃ態度のデカい屈強な連中がだぞ?階級もあるんだろうが……顔が真っ青だった」
 力を持たない市民や新人の前では偉そうにしてるあいつもこいつも、一斉にひれ伏さんばかりの表情でーー。
「経緯は知らんが畏怖の対象だった訳だ」
 バルダーは当時の様子を思い出しくくっと喉の奥で笑った。
「嬉しいわよ。そういう話聞けて」
 スティレッタはテーブルに両肘をつき指を組むと、その上に顎を乗せ微笑む。
「軍人だし、スパイやってたせいで家庭を持たないだから非情なことも沢山やってたとは思うのよ」
 自分は知らぬ父の側面を宙に思い描くように遠い目をして、スティレッタは言う。
「だから単に優しい人じゃないと思う。怖い人だとは思ってた。でもね」
 スティレッタは、ミゼリコード中佐によく似た瞳でバルダーに視線を移す。
「それでも私の知っている唯一の家族だし、優秀だって聞いてちょっと嬉しかった」
 バルダーは、スティレッタの眼を通してミゼリコード中佐の微笑みを見たような気がした。
「……そんなに嬉しいんなら墓参りにでも行くか?」
 するとスティレッタは少女のように目をぱちくりさせた。
「お墓あるの?」
「墓の場所なら知ってる」
 しかし、実際に墓に行ったことはない。彼の最期、その後軍を追われた自分……それらのことを思うと、足を運ぶ気持ちになれなかったのだ。
 だが、今ならスティレッタを伴って墓前を訪ねることが出来そうだ。
 すぐにでも「行く」と言うのではないかと思っていたが、バルダーの予想に反してスティレッタは
「でも行くのは今度にするわ」
 と笑う。
 なぜ、とバルダーが理由を問う前に、スティレッタは
「孫の顔も見せたげたいもの」
 とさらりと爆弾発言。
 孫の顔を見せるに至るまでの諸々の経緯が瞬時にバルダーの頭を駆け巡り、それと共にみるみるうちに顔の赤みが増す。
 夏の暑気のせいにするには不自然なくらいに。
「孫ってなぁ……からかうな」
 苦虫を潰したような顔でもごもごと口ごもっていまうバルダーに、スティレッタはいつものバルダーをからかう顔になって笑う。
「……ふふ。その程度で真っ赤になっちゃって」
 バルダーは赤い顔のままでスティレッタを睨むしか出来なかった。
 スティレッタはひとしきりくすくす笑うと、独り言のように呟いた。
「……お母さんもいつか見つかるのかしら」
 一瞬にして、スティレッタの横顔に影が差し、彼女が抱えてきた寂寥感が滲み出てきたようで、バルダーの胸がつきりと痛んだ。
 彼女は先程、父親のことを「唯一の家族」と呼んだ。家族と呼べる者が1人しかいなかった彼女の人生。その孤独は計り知れない。
 まだ小さな少女だった頃から彼女は、そんな孤独の中で気丈に生きてきたのだ。
 それを思うと切なく、そして……愛しい。
「たった一人なんて寂しいこと言うな。お前の母親も一緒に探してやる。俺が家族になってもいいんだぞ……?」
 思わず口を突いて出てしまった言葉に、スティレッタはぱっと顔を上げバルダーを見つめた。
「……え?今何か言った……?」
 バルダーはしまった、という表情になり視線を逸らす。
 スティレッタが賢い女であることを、バルダーは知っている。
 今の言葉を本当に聞き逃しているような彼女ではない。
「……二度は言わん!」
 先程よりも真っ赤になった顔でバルダーは言う。スティレッタはふふふ、と笑うとするりと立ち上がり猫のようにバルダーに寄り添うと、楽しげに目を細めながら彼の逞しい腕をついついと突く。
「一度と言わず何度でも言ってよー?」
「ニマニマするな!」
 頑なに視線を合わせようとしないバルダーにスティレッタは腕を絡ませ、「暑い!離れろ!」と言われても決して離れない。それどころか、まるでじゃれつくように頰も擦り寄せる。
 バルダーも本気で彼女を振り払おうとは思っていないのだろう、振り払う腕の動きは緩慢であった。

 これまでお互い想い合いながらもどこかちぐはぐな、背中合わせの両想いだった2人の歯車は、今、かちりと噛み合った。

●あたしのだいすきなもの
 それは、静かな弔いだった。
 参列者もなく、花もない。
 ただ、歌だけが響き枯れかけた茉莉花の枝が揺れていた。
 それから数ヶ月が過ぎーー


 このところ、時折、リチェルカーレがなにかを思い悩んでいるような素振りをすることがある。そのことにシリウスは気付いていたが、その理由を訊いて良いものかどうか、訊くとしたらどう切り出せば良いのか。わからずに、しばらく様子を見るに留めていた。
 そして、今日、ついに。
 自宅でのティータイムの準備を終えたリチェルカーレは、シリウスが待つテーブルを素通りすると、壁際の棚から小さなポーチを取り出した。
 何の変哲も無いポーチだ。
 だが、リチェルカーレはひどく真剣な顔をしている。シリウスはただリチェルカーレを不思議そうに見つめるしかなかった。
 とん、とテーブルの上にポーチを置くと、リチェルカーレは思い詰めた声で
「シリウスに言わなくちゃいけないことがあるの」
 と告げると、中から布に包んだ鎖の切れた古いメダルを取り出した。
 清潔な布で包まれていたところを見ると、リチェルカーレはそれを大切に保管していたようだ。
 シリウスの瞳に古いメダルが映ると、彼は目を見開いて硬直する。
 その様子を見て、リチェルカーレは確信した。
「……お母さんの物じゃないかしら」
「それを……どこで」
 がたり、と音を立てて椅子から立ち上がり、シリウスは、まるで凍りついてしまったように上手く動かない唇で言葉を紡ぐ。
 覚えている。これは、母がいつも首から下げていたもの。
 それを引き金に、シリウスの中に一気に記憶の奔流が流れ込む。その流れに飲まれ眩暈のような感覚に襲われて、シリウスは動くことができなかった。
「以前、あなたのお家に行ったときに見つけて……」
 リチェルカーレはシリウスの様子を注意深く見守りながら答える。
 半壊した家屋の砂礫の中に鈍く光っているのを見つけ、咄嗟に拾っていたのだ。
 きっと、大切なものなのではないかと感じて。でも、これは何なのかと彼に訊くのは……もしも、悲しい記憶を蘇らせてしまうものだったとしたら?そう思うと怖くて今まで訊けなかった。
 しかし、シリウスにとって大切なものであるかもしれない物を、彼に黙ったまま所持しているのは、彼に対して不誠実であるような気がして、ずっと心にひっかかったままになっていた。
 言わなきゃ。でも訊くのは怖い。では、このまま黙っておくの?それで、いいの?
 悩んで、そして。今日のこの行動に至った。
 だが、シリウスの様子を見てそれは失敗だったのではないか、とリチェルカーレは後悔した。
「……ごめんなさい あなたを悲しませたいんじゃないの」
 リチェルカーレの視線が下がる。
 彼女の泣きそうに震える声で、シリウスは我に返った。
「……お前が謝ることはない 俺こそ悪い」
 感情を抑えた声で告げ、シリウスはそっとリチェルカーレの柔らかな髪を撫でた。はっとしてリチェルカーレが顔を上げると。
 そこには、今まで見たことのない彼の顔があった。道に迷った子供のようにどこか頼りない彼の顔が。
 リチェルカーレが心配そうな顔で見守る中、シリウスはテーブルの上に置かれたメダルを手に取り、震える指先で何度も失敗しながらその蓋を開ける。
 シリウスの手が震えているだけではなく、メダルそのものが古いものであったせいで難儀したが、何度目かの挑戦でやっとその蓋が開く。
 露わになったメダルの中身を見て、リチェルカーレは目を丸くした。
 そこには、少し色褪せた家族の写真。
「父さん……母さん」
 シリウスの唇から溢れる声は本人も知らぬうちに掠れていた。
「ご両親と……この子は、シリウス?」
 2人の間に座る幼子は、カメラのレンズが珍しかったのだろうか、興味深げな表情でこちらに小さな手を伸ばそうとしていた。
 写真の中で優しく笑う両親の顔。
「……こんな顔で、笑ってたんだな」
 両親の笑顔なんて、もう忘れてしまっていた。
「夢の、中では。いつも……あの日の顔、ばかり、で」
 声が震え、言葉が詰まる。掌に爪が食い込むほどにぎゅうと拳を握りしめる。
 リチェルカーレはシリウスの顔を見上げる。
 泣いているのではないかと思った彼の頰にはしかし涙は伝っていない。
 泣かないのではなく泣けないのだ、ということをリチェルカーレは悟った。
 心の傷が深すぎて、表には出てこられないのだ。
 リチェルカーレはそんなシリウスの傷を癒すように、彼の胸にそっと寄り添う。
「シリウス、お父さんによく似てる」
 リチェルカーレの穏やかな声が、シリウスの心をほんの少し落ち着かせた。
「……ふたりとも優しい顔」
 シリウスと視線が合い、リチェルカーレは微笑んだ。
「お父さんもお母さんも シリウスが大好きなのね」
 この時初めて、シリウスは自分が両親から愛されていたことを思い出した。
 これまで、自責の念ばかりでそんなことも忘れていた。とても、とても大切なことなのに。自分を責め続けることより、ずっと。
 ぎゅっと握っていたシリウスの拳が緩む。
「夢の中でくらい 笑って欲しいと何度も願った。叶わないのは 自分が許されていないからだと」
 独白のように呟くシリウスに、リチェルカーレは優しく告げる。
「あなたが笑ったらきっと 夢の中のふたりも笑顔になるわ」
 ふたりは今も変わらず、シリウスを愛しているから。
 シリウスは写真の中の両親を見て、それからまたリチェルカーレに視線を移す。
 リチェルカーレはシリウスを励ますように、笑顔を見せた。
 陽だまりのようなリチェルカーレの笑顔。
 いつでも自分を引き上げてくれる、優しい彼女。
 彼女を守りたいと思いつつ、いつも守られていたのは自分の方なのだろう。
 シリウスの心の傷は、奥の方からゆっくりと塞がっていく。
「ーー笑えるかな」
「ーーもちろんよ」
 リチェルカーレは、泣き笑いのようなシリウスの笑顔を両手で包んで、一緒に微笑む。
 リチェルカーレの手は、とても温かく、心地良さにシリウスはそっと目を閉じる。
 瞼の裏に、両親の笑顔が浮かんだ。

 あなたを愛する人がいるから、きっと笑える。



 まだ幼い、黒髪の少女が子供用の小さな机に向かい、一心に何かを描いている。
 どの色のクレヨンを使おうか、と彼女が頭を揺らしながら考えていると、先程母親が結わえてくれたリボンも一緒にゆるゆる揺れた。
 その母親はと言えば、朝食の後片付けやその他諸々の家事で忙しく家の中を駆け回っている。
 少女はおとなしく、いい子でお絵描きをして母親の家事が終わるのを待っているのだ。
 母親は、家事の合間合間に少女に声をかけてあげている。
「何を描いているの?」
 優しい声が問いかける。
「だいすきなもの!」
 少女は元気よく答えた。
「できたらみせてあげるね!」
「うん、楽しみにしてるわ」
 やがて、母親が綺麗に洗い上がった洗濯物を干しているところへ、1枚の画用紙を持った少女が駆け寄ってくる。その両手は青や黒のクレヨンであちこち汚れ、鼻にも少し色が付いている。一生懸命に描きあげたのだろう。
「できたよー!みて、みて!」
 無邪気な声で母親の目の前に画用紙を広げてみせる。自信作!とばかりに胸を張って。
 そこには、銀青色のふわりとした髪の女性と、黒髪のマキナの男性が描かれていた。2人とも、満面の笑顔で。
「あたしのだいすきなもの!とおたんと、かあたんのわらったかおーーー!」
 ぴょこぴょこと自分の周りを飛び跳ねる愛娘を、リチェルカーレは愛しそうに見つめた。
 シリウスが仕事から帰ってきたら、早速この絵を見せてあげよう。
 きっと、とても喜んでくれるはず。この絵に描かれているのと同じくらいの笑顔で。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月25日
出発日 07月31日 00:00
予定納品日 08月10日

参加者

会議室


PAGE TOP