【神祭】初めては泡沫(青ネコ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 大神祭『フェスタ・ラ・ジェンマ』が開催された。
 何処の地域も華やかな祭りで盛り上がっている。勿論、ここ『紅月ノ神社』でも様々な屋台や出し物が催され……。
「……泡沫屋?」
 見慣れない屋台の前で貴方達は足を止めた。
 並べられている綺麗なガラス瓶は、よく見ると二種類。金の栓か銀の栓かという違いがあるものの、中に入っている液体は同じように透明だった。
 貴方達に気付いた店員である妖怪の妖狐が「いらっしゃいませ」と言いながら説明を始めた。
「こちらにあるのは不思議なしゃぼん液。金のしゃぼん液は吹いた人の過去を、銀のしゃぼん液は吹いた人の未来を写したしゃぼん玉が出来上がります」
 しゃぼん玉に過去や未来が写るというのは確かに不思議だ。
 試しに買ってみようか、そう思って手を伸ばしたところで妖狐が更に付け加える。
「ただし、写されるのは『初めて』の記憶です」
 初めて、とは。
 貴方達が小首を傾げると、妖狐はにこりと笑う。
「例えばですけど、初めて出会った時、初めて喧嘩した時、初めて一緒に出かけた時……そういう初めての記憶です。未来に関しても同じ事。とはいえ、未来に関しては可能性の一つ、ですが」
 このままだと起こるだろう可能性。つまり絶対の未来ではない。写された未来を見ることによって、その未来を迎えないよう気をつける事も出来るし、逆にその未来を迎えられるよう頑張るきっかけになるかもしれない。
「さぁどうです。お一ついかがですか?」
 貴方達は顔を見合わせて、そして一つのガラス瓶を手に取った。

解説

不思議なしゃぼん玉で過去か未来の『初めて』を見てください

●不思議なしゃぼん玉について
・金のしゃぼん玉は吹いた人の過去の『初めて』が写されます
・銀のしゃぼん玉は吹いた人の未来にあるかもしれない『初めて』が写されます
・過去か未来が写る以外は普通のしゃぼん玉です、すぐに割れてしまいます
・どちらか一つしか買えません、神人と精霊でバラバラに買うこともできません
・吹くのは神人だけでも精霊だけでも二人共でも構いません
・神人が吹くならアクションプランの頭に、精霊が吹くならウィッシュプランの頭に金か銀と書いて下さい
・お祭りだからね! 人がいるからね! 『見せられないよ!』って内容は駄目だよ!

●その他について
・服装や吹く場所についてこだわりがある時はプランに書いて下さい、書いてなかったらこちらが妄想を爆発させます

●え、嘘でしょ、このしゃぼん玉そんなにするの……?
・300Jrいただきます


ゲームマスターより

しゃぼんに写る『初めて』を見て、懐かしんだり、心構えをしたりして下さい。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  てっきり、俺に吹かせてくれるのかと思っていたのに
自信満々の横顔を見守る
照れくさい気持ちとほんの少しの不服さを感じながら

シャボン玉が弾けるまで隣で一緒に眺める
以前、依頼を請けて二人で赤ちゃんの面倒を見た事があった
だから、きっとあれは初めての

俺はね、あの可能性を風変りだとは思わない
曖昧で不確かなものだし、ラセルタさんは苦手だと言うかも知れないけれど
俺に正真正銘の家族が二人も出来たって事だから
…とても嬉しい(彼の指輪を撫で

それにね。ラセルタさんばかりくれようとするけれど
俺だって同じかそれ以上に幸せな未来をたくさんあげたいんだよ
ふふ。俺の全てが欲しい、んでしょう?

もしかしてラセルタさん、いまその顔は、


クルーク・オープスト(ロベルト・エメリッヒ)
  ロベルト?お前また綺麗なもんにつられて…
しょうがねえな、買ってやるよ
(説明聞き)なるほどな、じゃあ銀の方を貰おうか
…なんだよロベルト
俺が買うんだから俺が選んでもいいだろ?
…そ、それに俺の過去の初めてだなんて見ても面白くねぇし!あはは!
(初めてフラれた記憶(プロフィール参照)が出たらと思って焦るのを隠し)

別にいいじゃねえか、変わっても
俺は見たいぜ?お前の未来
ああ、どうしても
(ごにょごにょを聞き)…ダメだ
っつーか、空いた瓶やるからそれでいいだろうが

へぇ…ってもいつもとそんなに変わんねぇな
でも、未来のお前は雰囲気が違うっつーか
上手くは言えねえんだけど…
ああいう未来、いいんじゃねえか?
俺は良いと思うぜ


鳥飼(鴉)
  「どっちも楽しそうですね」(揃えた指を口に添え、見比べる
あれ。(自発的な行動が珍しく、動きを目で追う
「はい、勿論です」(緩やかに微笑んで返す

鴉さんが瓶を持ち替えようとしたのを見て、代わりに瓶を持ちます。
「はい、どうぞ」(やりやすいように瓶を少し近づける
浴衣姿の鴉さんは、新鮮です。
本当に着てくれるとは思ってなかったですけど、誘ってよかった。

映った光景に、直ぐに思い当たる。
「あ! 顕現の報告に行ったときです」
言った途端に似合いのがいるって、紹介されてびっくりしました。
でも、鳥飼って呼ばれてるから鳥の人って……。本当に合ってましたけど。

「これからもよろしくお願いしますね」(覗き込むように下から見上げる


歩隆 翠雨(王生 那音)
  面白そうだな
那音、吹いてみたらどうだ?
俺は…記憶ないし

那音のシャボン玉に映ったのは…
幼い那音と…俺?

蓋をしていた記憶が溢れ

俺は両親に売られた
豪邸に住む館の主人に見初められ
俺は亡くなった妻に瓜二つなのだと
髪を伸ばし、女物の着物を着て
ずっと館の中に閉じ込められてた

館の主人が死に、僅かな金を与えられ放り出された
生家はもぬけの殻
両親は流行り病で死んだと
残っていたのは古いカメラだけ

行く宛てもなく歩いて辿り着いた路地裏
祈りながら眠った
全て忘れ、一から自分の人生を歩みたいと
そして、記憶に蓋をした俺は、じーさんに出会った

…思い、出した…

忘れたい過去だった
それでも、那音が望むならば
過去の俺も俺なのだと思えるかも


■キラキラ、光る
「わ、綺麗な瓶……欲しい」
 泡沫屋の前で足を止めたのは『ロベルト・エメリッヒ』だ。つられて『クルーク・オープスト』も立ち止まる。
「ロベルト? お前また綺麗なもんにつられて……」
 並べられているのは綺麗なガラス瓶。アンティークの香水瓶にも似たそれは、しかし中は別のものが入っていた。
「へえ、シャボン玉なんだ。いいね! クルーク、買ってよ」
 いい物を見つけたと笑顔になるロベルトに、クルークは諦めたように息を吐く。
「しょうがねえな、買ってやるよ」
 言って商品に手を伸ばしかけ、そこで瓶が二種類ある事に気づき、店主の妖狐に説明を聞く。
「なるほどな、じゃあ銀の方を貰おうか……なんだよロベルト」
 どことなく不満そうな気配に気付いて視線を動かせば、若干口をとがらせ気味のロベルトがいる。
「僕は僕の未来の初めてよりクルークの過去の初めてが気になるんだけど……」
「俺が買うんだから俺が選んでもいいだろ? ……そ、それに俺の過去の初めてだなんて見ても面白くねぇし! あはは!」
 内心の焦りを隠して笑う。笑って誤魔化す。
(もし俺が初めてフラれた記憶なんてのが写されたら……!)
 面白くないどころか恥である。そんなのは駄目、絶対。断固阻止。
「ええー? ダメ? 未来の方が大事? 未来なんてすぐ変わっちゃうんだし……今見ても仕方ないじゃん」
 渋るロベルトに、どうにか避けたいクルークは言い方を変えてみた。
「別にいいじゃねえか、変わっても。俺は見たいぜ? お前の未来」
 過去を見せたくないのではなく、ロベルトの未来が見たいのだと強調する。
「えっ」
 その発言は予想外だったのか、ロベルトが目をパチリと瞬かせた。
「どうしても?」
「ああ、どうしても」
「そこまでいうなら仕方ないね!」
 悪い気はしない。ロベルトは了承すると、さらに悪戯心を覗かせた。にんまりと笑うと、クルークの耳元に口を寄せる。
「……その代わり、あとでたっぷりお礼してね? 具体的には……」
 そのまま、ごにょごにょごにょりとおねだりタイム。クルークはビシリと固まった。
 さて、どんな反応が返ってくるかと、ロベルトが笑顔で待っていると。
「……ダメだ」
「えー」
 至極まっとうな否定の言葉。ロベルトがつまらなそうな声を上げるが、クルークはさっさと金を払って、銀の栓がされているガラス瓶をロベルトへと押し付ける。
「っつーか、空いた瓶やるからそれでいいだろうが」
「……ちぇー」
 ロベルトは貰ったガラス瓶をゆすり、キラキラと光を乱反射させる。
(なんか最近、クルークが堂々としてきた気がする……からかい甲斐がないなあ)
 揺れる光をばら撒きながら、二人はしゃぼんを吹ける場所へと移動した。

 ふぅ、と優しく吹けば、ふくりふくりとしゃぼん玉が生まれて飛んでいく。
「あ、写った」
 ロベルトが期待の眼差しでしゃぼん玉を見る。
 薄いしゃぼんに浮かび上がったのは、クルークとロベルト。
「へぇ……ってもいつもとそんなに変わんねぇな」
 これの何処が『初めて』だというのか。クルークは首を傾げるが、ロベルトは写る自分に違和感を覚える。
 違和感は予測になって、そしてロベルトだけが未来の可能性に気が付く。
 気付いて、静かに驚く。
 そんなロベルトには気付かないクルークが、見て感じたままを言う。
「でも、未来のお前は雰囲気が違うっつーか。上手くは言えねえんだけど……」
 ロベルトは、学校に行ったことがない。その上、人すらも蒐集品にする趣味がある。
 性的な関係、使用人と雇い主、ビジネスの関係。そういったものでしか他人と繋がったことがない。
 だから今だってクルークに対する態度は、一方的に観賞し、一方的に楽しんでいるというものばかりだ。
 それなのに、しゃぼん玉に写る二人は違う。
 気の置けないやりとり。からかったりどつかれたりしても、どちらかが気を遣うでもなく、二人共が楽しそうにしている。
 それはまるで、ロベルトにとって初めての、対等な友人のような。
「ああいう未来、いいんじゃねえか? 俺は良いと思うぜ」
 そう言って笑うクルークは、きっとこの未来を拒絶しないだろう。
 ロベルトは面映さを誤魔化すように、クルーク目掛けて思い切り吹いた。
「うわ?! 何するんだよ!」
 しゃぼん玉まみれになったクルークが文句を言えば、ロベルトはからりと笑う。
「あっはっは! クルーク面白ーい!」
「あのなぁ……」
 ロベルトは楽しげにあちこちにしゃぼん玉を吹き続ける。それをクルークが呆れたように見ている。
 キラキラ光を反射するしゃぼん玉は、ガラス瓶よりも美しかった。



■つなぎとめられた過去
 泡沫屋で説明を受けた『歩隆 翠雨』は、金の栓がされたしゃぼん液を選んで『王生 那音』にさし出す。
「面白そうだな。那音、吹いてみたらどうだ?」
 面白そう、と言うのに、他人に勧めるとはどういう事か。などとは思わない。那音は翠雨が何故自分に勧めたかわかっていた。
「俺は……記憶ないし」
 残念そうに笑う翠雨の手から、そっとガラス瓶を受け取った。

 過去の『初めて』を写す。
 説明をされた時から、そして翠雨から受け取った時から、何となく予感があった。
 那音が作り出すしゃぼん玉に写るのは、きっと……。
 二人は作り出されたしゃぼん玉を見つめる。揺れる透明な膜に、過去の初めてが写される。
(幼い那音と……俺?)
 予想だにしない映像に驚く翠雨に対して、那音はやはりかと思った。
 那音の予感は当たった。
 映るのは、初めて翠雨と会った時のもの。
 孤児だった那音が孤児院を抜け出した雨の日、雨風を凌ごうと忍び込んだ豪邸で出会った人物。
 長い髪、女物の着物。女性のような出で立ちだが、そこにいたのは男性で。
『自分は館の主人の亡くなった妻の身代わり』
 そう言って儚く笑った人を、翠雨を、まだ小さく無力だった那音は救う事も連れ出す事も出来なかったのだ。
 しゃぼん玉は写す。那音の過去を。翠雨の過去を。
 翠雨は目を見開いてしゃぼん玉を見ている。記憶にはない。けれど、間違いようも無い。
(これ、俺だ……俺、は……!)
 ドッ、と一度に閉じ込められていた記憶が溢れだした。

 ……俺は両親に売られた。
 豪邸に住む館の主人に見初められたのは、館の主人の亡くなった妻に瓜二つだったから。
 髪を伸ばし、女物の着物を着て、自分自身の存在は消され、別の誰かとして見られながら、ずっと館の中に閉じ込められていた。
 やがて終わりは訪れる。館の主人が死に、僅かな金を与えられ放り出された。
 生家を訪ねても、そこはもぬけの殻で、両親は流行り病で死んだと周囲から聞いた。
 そうして沢山のものをなくした自分に残っていたのは、古いカメラだけだった。
 行く宛てもなく歩き、辿り着いた路地裏で祈りながら眠った。
 全て忘れ、一から自分の人生を歩みたい、と。
 そして、記憶に蓋をした俺は、じーさんに出会った。
 一から自分の人生を、歩き始めていたのだ。

(……思い、出した……)

 呆然としている翠雨の様子で、那音は彼が思い出したのだと確信した。
「翠雨さん」
 しゃぼん液を地面に置き、那音は翠雨の両肩にそっと手を置く。気付いた翠雨はしゃぼん玉から那音へ視線を移した。那音は申し訳無さそうに目を伏せている。
「私は……俺は……ずっと前から、貴方を知っていた。また会えるまで、随分と時間が掛かってしまったけれど……」
 そこで伏せていた目を上げ、那音は翠雨を見つめた。
「やっと貴方を見つけた」
 那音の目には切望があった。渇望があった。
「俺は、貴方にも俺を思い出して欲しかった。その願いが叶って嬉しい。これは俺の我儘で、貴方には辛い記憶かもしれない。それでも……」
 そして、喜びがあった。
「俺にとって大切な出会いだったから」
 忘れられない過去だった。
 だからこそ大切に思い続け、そして今の翠雨へと繋がったのだろう。
 那音はそっと翠雨を抱きよせる。抱かれながら、翠雨は何も言えない。
 忘れたい過去だった。
 だからこそ忘れ、まっさらな自分として生まれ変わったのに。
 それでも。
(それでも、那音が望むならば)
 翠雨は那音の背中の服を掴む。
 抱き返したりは出来ない。
(過去の俺も俺なのだと思えるかも)
 けれど、拒絶なんてもっと出来なかった。



■ここにいる理由
「どっちも楽しそうですね」
 しゃぼん玉の説明を受けた『鳥飼』は、揃えた指を口に添え、金の栓がされたガラス瓶と銀の栓がされたガラス瓶を見比べる。
 楽し気に見ている鳥飼を横目に、『鴉』は金の栓がされたガラス瓶へ左手を伸ばした。
(あれ)
 鴉にとっては珍しい自発的な行動に、鳥飼はつい目で追ってしまう。
 左手に納まったガラス瓶を見てから、その視線を鳥飼へと移す。
「こちらを、私が吹いてもよろしいでしょうか」
「はい、勿論です」
 緩やかに微笑んで返し、二人は人の少ない場所へと移動した。

 祭りの喧騒が遠のいた場所で立ち止まり、鴉はガラス瓶を持ち替えようと右手を上げた。
 その様子を見ていた鳥飼が、鴉の代わりにガラス瓶を持って栓を開ける。
「はい、どうぞ」
 しゃぼん玉が吹きやすいよう、瓶を少し近づけて差し出せば、鴉がいつも通りの笑みを浮かべたまま「ええ、ありがとうございます」と答える。
(右手が使えない訳ではありませんが。気遣いは受け取っておきましょう)
 鴉は左手で摘まんだストローをしゃぼん液に浸す。たったそれだけの仕草なのに妙に絵になって、鳥飼は興味深くその一連の動きを見ていた。
(浴衣姿の鴉さんは、新鮮です)
 黒い本麻ちぢみの浴衣は、自分の白い平織の浴衣とは対照的で、とても鴉に似合っていた。
(本当に着てくれるとは思ってなかったですけど、誘ってよかった)
 祭りだからこそ見られた精霊の一面が嬉しい。そんな事を思いながら鴉を見ていたが、鴉がそっと吹いてしゃぼん玉を作り上げる事で、視線の先が変わる。
 ふわふわと漂うしゃぼん玉には、A.R.O.A.の受付を挟み、向かい合う鳥飼と鴉が写っていた。
 その光景がいつのものなのか、二人とも直ぐに思い当たる。
「あ! 顕現の報告に行ったときです」
「そうですね。あれが最初でした」
 写されたのは、二人の初めての出会い。
 A.R.O.A.で神人としての登録をした途端、職員から似合いの精霊がいると紹介され、驚いたものだ。適合している精霊、ではなく、似合いの精霊、とはどういう事かと。
(でも、鳥飼って呼ばれてるから鳥の人って……。本当に合ってましたけど)
 似合いの精霊が適応するという事実が職員にも面白く感じたからこその紹介だったのだろう。実際、嘘はなかったのだから文句のつけようも無い。
 鳥飼は微笑みながらしゃぼん玉を眺める。自分達はこうやって初めて出会ったのだと、懐かしみながら。
 微笑む鳥飼を横目で見て、鴉はもう一度しゃぼん玉を見る。
(初めて会ったあの時より、主殿から硬さのようなものは感じない)
 それは二人が色々な出来事を、想いを、互いに積み重ねてきたからだろう。その変化を、鴉は素直に悪くないと思えた。
 ぱちり、と、はかなくしゃぼん玉は消えた。過去は消えて、今の二人が取り残される。
 鳥飼は満足げに静かに息を吐き、そして覗き込むように下から鴉を見上げる。
「これからもよろしくお願いしますね」
「……。そうですね」
 鴉は見上げる鳥飼と目をあわせてから一度目を伏せ、そしてゆっくりと目を開けて微笑む。いつも通りに、いつもと違う思いで。
「よろしくお願いします。これからも」
 離れたくないけれど、離れていたい。自分の中にある矛盾した感情に、鴉はさっきまでのしゃぼん玉を見せ続ける。
 どんな感情を抱えていようと、自分達はウィンクルムとして契約したのだ。
(離れられる訳がなかった)
 それは、離れていたい鴉にとっては鎖のようなもので、けれど離れたくない鴉にとっては都合の良い言い訳で、ひどく胸に馴染んだ。



■約束の先へ
「物は試しだ、俺様の未来を一つ覗くとしようか」
 そう言って銀の栓のガラス瓶を手に取ったのは『ラセルタ=ブラドッツ』だ。
(てっきり、俺に吹かせてくれるのかと思っていたのに)
『羽瀬川 千代』は少し意外に思う。それが顔に出てしまったのか、ラセルタはニッと笑みを見せて続ける。
「千代の未来は俺様がすべて与えるのだから、今見てしまっては、つまらんだろう?」
 当たり前の事実のように言い切れる、見事なまでの傲慢さ。千代は照れくさい気持ちとほんの少しの不服さを感じながらも、その自信満々の横顔を見守った。

 屋台から少し離れると、ラセルタは勢いよく吹いて沢山のしゃぼん玉を作り出す。
 幾つもの透明なしゃぼん玉には、二人にとっても見慣れた風景が写りこんでいた。
 そこは自分達の家である屋敷の中。どのしゃぼん玉にもいつも通りの風景が広がっているように見えた。
 何が『初めて』なのだろう。
 二人が疑問に思った辺りで、ふと、見覚えの無い物が写りこんでいるしゃぼん玉が幾つもある事に気付く。
 まるで映画のフィルムを一つずつ写しているような、そんなしゃぼん玉がふわりふわりと浮かんでいく。
 色とりどりの雑貨に、小さな衣類。
 振り向いている千代は幸せそうに瞳を細めている。
 そしてその腕の中には、二人がまだ会ったことの無い存在が。
 健やかに笑う、小さな命を。
 パチン、と弾けるまで、二人は一緒に見ていた。

「……風変りな未来を提示されたが感想はどうだ?」
 ラセルタは千代を見ないまま尋ねる。
 没落した家を再建しようと奔走中なラセルタだ、世継ぎの事を考えなかった訳では無い。なので、万に一つこの未来が辿れるならば諸手を挙げて喜べる。
 だが、これは自分ひとりの未来ではない筈だ。
 だからこそ、これは良いチャンスだと思った。折角ならば千代の口から思う事を聞いてみたいと思ったのだ。
 千代もまたラセルタを見ないまま、しゃぼん玉が浮かんでいた辺りを見ながら口を開く。まるでまだそこに可愛らしい何かがあるかのように。
 以前、依頼を請けて二人で赤ちゃんの面倒を見た事があった。だから、『初めて赤ちゃんの世話をする』という未来ではないだろう。
 それならばさっき見た未来は、きっと、あれは初めての、二人の……!
「俺はね、あの可能性を風変りだとは思わない」
 千代の声は優しくラセルタの耳朶を打つ。
「曖昧で不確かなものだし、ラセルタさんは苦手だと言うかも知れないけれど、俺に正真正銘の家族が二人も出来たって事だから」
 言いながら千代はラセルタの左手をとる。その薬指には銀に光る指輪がある。
 今はまだ、家族になるという約束を示しているだけの指輪。それがいつか、家族であるという事を示す指輪に変わると信じている。その信じている未来を、さらに先までを見ることが出来たのだ。
「……とても嬉しい」
 ラセルタの指輪を撫でながら、蕩ける様に微笑んだ。
「それにね。ラセルタさんばかりくれようとするけれど、俺だって同じかそれ以上に幸せな未来をたくさんあげたいんだよ」
 そこで千代はラセルタの顔を覗きこむ。バチリと目が合うと、千代は悪戯っぽく笑い、その頬に指輪の光る左手を添える。
「ふふ。俺の全てが欲しい、んでしょう?」
 ――それなら、あげるから、だから俺にも頂戴。
 そう言って、右手でいつかのように頭を撫でた。
(……こんな時ばかり千代は敏い上に、ずるい)
 ラセルタは珍しく千代の視線から逃げるように、いや、耳まで赤くなってしまった自分を見られないように頭を抱き込む。
 千代がラセルタの素直な想いを、嬉しいという想いを外に出させてあげようとしている事はわかっていた。だが、今回はラセルタは素直にその想いを吐き出せない。吐き出すよりも先に顔に出てしまったからだ。それが悔しくて、けれど嬉しくて、格好がつかなくて悔しいけれど、やはり嬉しくて。
「もしかしてラセルタさん、いまその顔は」
「年寄りの見間違いだろう馬鹿者!」
 早口で言われて千代は声に出して笑う。
 ラセルタがそう言うのなら、提灯の灯りに照らされていたという事にしていいだろう。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 08月28日
出発日 09月04日 00:00
予定納品日 09月14日

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