プロローグ
これは『救えなかった物語』である。
過去の資料に手を取った。
A.R.O.A.では支部ごとに今までのオーガによる事件や事故の記録がまとめられている。貴方はウィンクルムになったばかりで、或いは中堅で、若しくは熟練で。様々な過去と経験の上でその資料に触れた。
そこにあったのは、貴方達とは関係のないウィンクルム達が担当した内容。
『――事件が起きたのは冬。山奥の村をデミ・オーガ化した熊が襲った。最初の被害が出た時は夜で、その頭部にある角は確認できず、村人達は冬眠中の熊が何らかの理由で餌を求めて襲ってきたのだと勘違いをし、これが初動が遅れた原因の一つとなった』
村人達が自衛しながら助けを求めたのは、A.R.O.A.ではなく警察だった。害獣が相手ならばそれで何も問題は無かった。
けれど、違ったのだ。
『第三の被害が出た時点でようやく角が確認でき、警察からA.R.O.A.へウィンクルム派遣の要請が出た。だが、その時既に天候は最悪のものとなっていた』
季節は冬だった。雪に覆われる村だった。
そしてその時、ちらちらと降っていた雪は吹雪へと変わってしまった。
被害が続いている事はわかっている。駆除すべきデミ・オーガの正体もわかっている。ウィンクルムの出動の準備も出来ている。
けれど、その村へ辿り着く手段が無かった。
……村は地獄と化した。
魔法を、技術を、ウィンクルムのスキルを駆使し、少しでも村へと近づき、そして吹雪がおさまりようやく村にたどり着いた時。
ウィンクルム達が見たのは、凄惨な死体と化した村人達、断末魔の悲鳴をあげ倒れるデミ・オーガ。そして可愛らしい少年の姿をしたオーガと、生気の抜けた様子の青年。
デミ・オーガが暴れた後に少年姿のオーガが現れたのか、少年姿のオーガがデミ・オーガを遊ぶように操っていたのか、それともそれ以外の何かが起きたのかわからない。何故ならば、少年の姿をしたオーガはすぐに青年を連れて消えてしまったし、村に他に生存者はいなかったのだから。
攫われた青年にしてももう生きていないだろう。オーガに捕らわれれば食べられるか殺されるかのどちらかなのだから。
一つの村は終わりを迎えた。ウィンクルムは、A.R.O.A.は、何も出来なかった。
これは『救えなかった物語』の、一つに過ぎない。
貴方は資料を元に戻す。ふと横を見れば、自分のパートナーと目が合った。どうやらパートナーも似たような資料を読んでいたようだ。或いは、自分と同じ資料を読んでいたのかもしれない。
「……少し、休むか」
パートナーの言葉に頷き、貴方達は場所を移した。
二人で話をしたい気分だった。
解説
『救えなかった』過去のオーガ事件・事故について語り合って下さい
●救えなかった過去のオーガ事件・事故について
・プロローグの内容を使ってもいいですし、神人や精霊の過去(自由設定)、実際に受けた依頼(過去エピソード)でも構いません
・実際に受けた依頼について語り合いたい場合は、エピソード番号をプランに書いて下さい
・語り合わなかった場合(例:無言のまま喧嘩をして分かり合う、何も言わず泣き続け慰められる、「何も話したくないんだ」と拒絶する等)は失敗となります
●いつ語り合っているかについて
・語り合っているのはいつでも構いませんが、今ではないのならいつなのかをプランに書いて下さい(例:ウィンクルムに成り立ての頃、とある過去エピソードの直前(直後)等)
●プランとリザルトについて
・リザルトは基本的に会話劇となります
・アクションプランには神人が言う事を、ウィッシュプランには精霊が言う事を書いて下さい
●A.R.O.A.支部に来る前に食事をしてきました
・300Jrいただきます
ゲームマスターより
救う立場のウィンクルムが『救えなかった物語』についてどう思ったのか。
色々な想いを聞かせて下さい。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
天原 秋乃(イチカ・ククル)
過去の資料に目を通していると、イチカが住んでいたという村の名前をみつけた そういや、イチカは大切な人をオーガに襲われてなくしてるんだよな 資料を詳しく読もうとしたところで、イチカが覗き込んできて気まずい 場所を変えてイチカと話しをする 「あんたが住んでた村…オーガに襲われたんだよな」 昔のことを淡々と話すイチカは相変わらず遠くに感じる 「その日のこと、後悔してるか?大切な人……救えたかもしれないだろ?」 じっと目を見られると胸が苦しい。思わず目を逸らす イチカの村の事件がなかったら、出会わなかったかもしれないと思うとちょっと複雑な気分だ 「……俺はお前と生きたいよ」 誰に言うわけでもなく、ぽつりと呟いた |
李月(ゼノアス・グールン)
僕はよくAROAで調べ物をする そしてこの資料(プロローグ内容)を見つけた うん これはどうにもならない(溜息 気になるのは少年オーガと… 少年姿という事は上位オーガの可能性が高い 神人…どうだろう 攫う理由あるか? 愛ゆえの狂気か… オーガの行動の根底には深く強い愛が隠れている様には思うけど 精霊に世の不条理を見せてオーガ化させようとするグノーシスみたいな奴も マントゥールみたいな思想の人間もいるから青年が実は…なんて事も 情報が無さ過ぎるな 場所変えコーラ 過去から学び備えないと 僕等は最善を尽くすしかないんだ お前ってほんとシンプル ふふ ああ お前が守ってくれるから僕は戦場に立てる 感謝してる相棒(片手で相棒の頭撫で) |
信城いつき(ミカ)
ちょっと思い出しちゃった…マシロの事 時々夢にみるんだ、「今の俺」があの場にいる夢 今の俺なら、他のデミ・オーガも追い払う事ができたし それに……まだマシロは完全にオーガ化する前だったから止められたかもしれない 俺を置いていった村の人達も、結局追いつかれて亡くなったって聞いてる…それだって助けられたかもしれないのに え?それやだ!ミカ達に会えないかもしれないのやだ! ……俺があの時、あの選択をしたのは正しかったのかな? 因果か…逆もあるのかも。あのね俺が今の俺になったのは、 記憶喪失の俺にみんなが優しくしてくれたからだよ だから優しくしたい、守りたいって思うんだ。 (「みんな」の中にはもちろんミカも入ってるよ) |
歩隆 翠雨(王生 那音)
ウィンンクルムは万能じゃない 出来る事と出来ない事がある ウィンクルムとして活動した約半年の間で実感した事だけれど…改めて、こういう過去の記録(プロローグの内容)を見ると、何つーか…俺達って無力だなと思ってしまうな 特に俺は那音が居ないと無力だ 那音は…どう思う? …お前って、やっぱり凄い そうだよな、出来なかった事だけを悔やんでても前に進めない 繰り返さない為に何が出来るか、だよな …うん、やっぱり、やっぱりさ 俺のパートナーが那音で良かった 俺ももっとお前に相応しい相棒になれるように、頑張るぜ 那音の言葉に胸が熱くなる それって、俺が那音の力になれているという事でいいのか? …だったら、うん…凄く嬉しい 強く手を握る |
■未来へ繋ぐ
「ウィンンクルムは万能じゃない」
資料から手を離しながら『歩隆 翠雨』はぽつりと呟く。
「出来る事と出来ない事がある」
そう言って、一つ溜息を落とした。
「ウィンクルムとして活動した約半年の間で実感した事だけれど……改めて、こういう過去の記録を見ると、何つーか……俺達って無力だなと思ってしまうな」
資料に載っていたのは、不幸が重なり死を迎えた村の記録。村を襲ったオーガに対して、ウィンクルムが何も出来なかった記録。
そんなものを見れば、翠雨がそう思ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
「特に俺は那音が居ないと無力だ」
また、翠雨は活動を始めたばかりの神人である故に、自身の攻撃手段が少ないことを自覚している。もっとウィンクルムとして成長すれば神人独自のスキルも出てくるのだろうが、今は、まだ無い。
「那音は……どう思う?」
言いながら、翠雨が隣にいる『王生 那音』に目を向けると、那音は静かに目を見返して答えた。
「私は、次に生かす事を考える」
それを聞いた翠雨は微かに目を見張る。
「例えば……この事件のケースならば、自然の動物がデミ・オーガ化した可能性を常に考え、連絡を受けた警察はA.R.O.A.にも連絡を入れる仕組みを作る。万一の備えでウィンクルムを派遣しておけば、もっと出来る事があったかもしれない。只の熊であっても、ウィンクルムで退治を手伝える」
家業である地主兼農園経営を継ぐ為に勉強している那音にとっては、こういった事態は他人事ではないように感じる。いずれ、自分が見る土地で、そこで働く人で、何かしらの被害が出るかもしれないのだから。
「勿論、デメリットもある。そんな余裕が私達にあるのかというな」
ウィンクルムの数は無限ではない。そうやって万が一に備えた結果、もっと大きな敵が襲ってきたときに手薄になる可能性だってある。
今のオーガと女神の動きを見れば、きっと余裕なんて無い。それでも。
ただ嘆いていてはそこで終わりだ。だが、犠牲も失敗も、すべての過去は未来へとつなげられる筈だ。
だから那音は考えるのだ。守る為に、次に生かす事を考えるのだ。
「……お前って、やっぱり凄い」
ほう、と、翠雨の口から先程とは違う息が漏れる。
「そうだよな、出来なかった事だけを悔やんでても前に進めない。繰り返さない為に何が出来るか、だよな」
救えなかった過去を示す資料は、今後も見る人の胸を痛めるだろう。
だけど、資料はきっと未来の為にあるのだ。
「……うん、やっぱり、やっぱりさ。俺のパートナーが那音で良かった。俺ももっとお前に相応しい相棒になれるように、頑張るぜ」
それまでの憂いの表情を消し、翠雨は何処か晴れ晴れとした笑顔になる。那音はそれに対して、すこしまぶしそうに僅かに目を細めた。
「……翠雨さんは分かってない」
意味がわからずにきょとんとする翠雨に、那音は今までと変わらず静かに、それでもはっきりと言う。
「貴方が居るから、俺は戦える。どちらが欠けても、駄目なんだ」
ウィンクルムは神人と精霊で成り立つ。神人だけでは足りない、精霊だけでも足りない。
「それって、俺が那音の力になれているという事でいいのか?」
翠雨は那音の言葉で熱くなる胸を感じながら訊ねる。それに応えるように、那音はまっすぐに翠雨を見つめながら言う。
「ああ、勿論だ。翠雨さんは……かけがえのない、俺のパートナーだからな」
ウィンクルムだから、というだけではない。那音にとっては『歩隆 翠雨』というその人こそがかけがえのない存在なのだ。
「……だったら、うん……凄く嬉しい」
翠雨はそっと那音の手をとると、強く握った。那音もまた強く握り返す。
嬉しい、と、そう思っているのだ。本当に。
那音は翠雨の左手を優しく持ち上げ、その紋章に口付けると、誓うように囁く。
「俺は貴方と共に歩いていく」
手の甲に触れる唇が、息が、ひどく翠雨の胸に響く。
「那音……」
名前は自然とこぼれた。
翠雨にその自覚はなくとも、無意識に放棄していたことに、向き合う時が来ているのかもしれない。
自分に向けられる、愛情を。
自分が抱えている感情を。
■選択の行方
過去の資料を読み終わった『信城いつき』は、連想するように掘り出された記憶を思っていた。
「ちょっと思い出しちゃった……マシロの事」
ぽつりと呟いた声を『ミカ』は聞き逃さず、目線で話を促した。
「時々夢にみるんだ、『今の俺』があの場にいる夢」
それは絶対にありえない、けれどそれが故に願ってしまう事。
「今の俺なら、他のデミ・オーガも追い払う事ができたし。それに……まだマシロは完全にオーガ化する前だったから止められたかもしれない。俺を置いていった村の人達も、結局追いつかれて亡くなったって聞いてる……それだって助けられたかもしれないのに」
まるで罪を告白するように言ういつきに、ミカの眉根は少し寄せられる。
状況を鑑みれば、いつきが村人を責めてもいいとも思えるのに、けれどいつきはそこへは至らない。
(お前を置いていった連中まで助ける気なのか……このお人好し)
「チビ、その話はまず前提が間違ってる」
ミカはいつきの思考を断ち切るように強く言う。
「お前はショックで顕現した。記憶をなくす程の選択をしなければ今も顕現してないかもしれない」
そう、もしもあの時奇跡か何かが起きて、何事もなく、デミ・オーガも追い払い、村人も助け、何よりマシロを助けられたとしたら。
そうしたらきっといつきは顕現せず、ここにはいなかった。
「逆に、チビが事件前に顕現してた場合、その時点でA.R.O.A.に行って俺達以外の精霊と契約してたかもしれないぞ」
「え? それやだ! ミカ達に会えないかもしれないのやだ!」
あったかもしれない今を想像して、ミカはふるふると首を横に振る。
もっともっと早く顕現していたとして。その時に適応したのは今と同じ精霊達かもしれない。けれどもしかしたら、他にふさわしい精霊がいたのかもしれない。
実際にどうだったかはわからない。ただ、別の精霊の可能性だってあったのだ。
「……俺があの時、あの選択をしたのは正しかったのかな?」
首を振り終えたいつきは、目から鱗が落ちたように、ポカンとした表情で言った。
「物事には因果があるんだ。どんなに悔やんでも望んでも、今ここにいるお前は、チビがずっと自分で選択し続けた結果だ」
選びたくなかったのに選ばざるをえなかった事も、自らすすんで選び取った事も、色々な選択があった。その結果が、ここにある。
「それに、お前が顕現してウィンクルムになったおかげで助けられた命もあるはずだ」
今までに受けてきた幾つもの依頼。全部が全部、何もかもを救えたわけじゃない。それでも、確かに誰かの救いにはなっていた。
「チビの選択が正しかったとは言わない」
今までが正しかったかどうかなんて、ミカに言いきる事は出来ない。きっといつきにだって言いきる事は出来ないはずだ。
「だけど、無駄ではなかった」
それでも、これだけは言える。言いきれる。慰めでもなく、ミカの目から見た事実として。
「俺は、そう思う」
「話すぎたな……どこか茶でも飲むか」
いつもよりも真面目に真面目な話をした事が恥ずかしいのか、ミカは「何飲もうかな~」と言って歩き出した。
「因果か……」
呟いてから、いつきはミカの後を追う。
「逆もあるのかも。あのね俺が今の俺になったのは、記憶喪失の俺にみんなが優しくしてくれたからだよ」
誰かの選択が、誰かの選択の理由となる。
いつきは確かに選択してここまできたが、それでもその選択はきっと一人では出来ないものばかりだった。だけど、それでいいと思うのだ。それが因果ならば、その優しい因果に導かれたい。
「だから優しくしたい、守りたいって思うんだ」
そしてまた新たな選択をするのだ。いつかの自分に辿り着く為に。
ミカはそんないつきの言う事に、口の端をあげて「おー、チビちゃんかっこいい」と嘯く。
最後の最後でいつものようにからかわれた気がして、いつきはむーっと頬を膨らませる。
(……『みんな』の中にはもちろんミカも入ってるよ)
言い損ねた事は、いつか別の機会に伝えよう。
「ミカのおごり?」
「何でだよ」
今は笑顔で歩き出すという選択をした。
■最善を尽くす為
もともと、『李月』はA.R.O.A.でよく調べ物をしていた。
今日もいつものように色々な調べ物をしていて、そんな中でその資料を見つけた。
「これは……」
李月はそこに記されたやりきれない過去に、知らず小さく唸ってしまう。
「どうした?」
その唸りに気づいた『ゼノアス・グールン』が声をかければ、李月は読んでいた資料を要点をまとめて説明する。
見抜く事ができなかったデミ・オーガ。救助要請先を間違えた村人達。悪化した天候。辿り着けなかったA.R.O.A.と、ウィンクルム達。
ゼノアスは顔を歪めながら自分の頭をくしゃりと掴む。
「不運が重なり過ぎだぜぇ」
「うん。これはどうにもならない」
呟かれた声に、李月溜息で答えた。
悲劇と言っても差し支えない過去。だが、その中にも引っかかるものがある。
「気になるのは少年オーガと……」
「……連れてかれたヤツか」
李月の呟きにゼノアスが続く。
ウィンクルム達が辿り着いた時点で生きていた、二つの存在。
「少年姿という事は上位オーガの可能性が高い」
「だな。今後どっかで出くわすかもしれん」
これからを見据えて考える二人。資料は過去のもの。昨今の激化した状況では、もしかしたら既にその上位オーガも連れて行かれた青年も既に何処かで命を落としているのかもしれない。
わからない。
だから二人は、その資料から読み取れるものが他に無いかを探っていく。
「連れてかれたヤツは神人か?」
「神人……どうだろう。攫う理由あるか?」
李月は言って考え込む。
オーガは神人のところへと集まってくる。だが、上位オーガはそれにあまり縛られないし、縛られたとしても攫う必要性はあるのか、その場で殺すなり喰うなりするのではないか、と思ったからだ。
けれど、ゼノアスはそれに対してあっさりと答えを出す。
「理由はあるな。オーガの元は精霊だ。長いこと生きてたら失った神人の転生姿に会うなんて事もあんだろ。そういう相手だったのかもな。そいつの気を引く為に皆殺しにしたのかもな。ボッカとかどうなんだろうな?」
最近あった大きな戦いを思い出しながら言えば、李月が「愛ゆえの狂気か……」とまた唸る。そこには納得しきれない何かがあるようだ。
「オーガの行動の根底には深く強い愛が隠れている様には思うけど、精霊に世の不条理を見せてオーガ化させようとするグノーシスみたいな奴も、マントゥールみたいな思想の人間もいるから、青年が実は……なんて事も」
その発言に、ピクリと反応したのはゼノアスだ。
「グノーシス……クソムカつく」
吐き捨てるように言うゼノアスの内には、燻る怒りと嫌悪があった。
「まぁ、情報が無さ過ぎるな」
そんなゼノアスを宥めるように李月は言って、何か飲もうと誘って場所を変えた。
休憩所にある自動販売機、二人はそこでコーラを流し込むと、先程までのともすれば暗くなりがちな思考を少しは飲み込めた気がした。
「過去から学び備えないと。僕等は最善を尽くすしかないんだ」
「んだな」
ゼノアスは、李月をがばり力強く抱き寄せる。
「その為にも強くならねぇとな」
その声は決意に満ちたもの。
(弱気な顔しやがって)
今後も何処かで、不運が重なるかもしれない。許せない振る舞いをするオーガや、理解出来ない人間、心を黒く染めていく精霊に出会うのかもしれない。
「オレは守りたいものを守る為に強くなる。それが未来への備えだぜ」
そんな時、今こうして学んだ事が役に立つかもしれない。いや、役に立てるのだ。
「守りたいものってのは当然オマエ!」
ゼノアスがニッと笑えば、李月は呆気に取られる。
「お前ってほんとシンプル……ふふ」
――ああ。お前が守ってくれるから僕は戦場に立てる。
さっきまでの弱くなった心が支えられる。前を向ける。歩いていける。
そうだ、もうずっと前に覚悟を決めた筈だ。ゼノアスに怪我をさせない、絶対死なせない、笑ってほしい、と。
その為に学ぼう。備えよう。いつだって何だって、最善を尽くしていこう。
抱き寄せられたまま、片手でゼノアスの頭を撫でる。
「感謝してる相棒」
「おう! オーガはぶっ倒す」
ゼノアスは笑みを深くして応えた。
■望みの果て
『天原 秋乃』は、ふと、過去の資料を捲る手を止めた。
そこに、覚えのある名前があった。それはとある村の名前。自分自身が関わったわけではない、けれど知っている場所。
パートナーである『イチカ・ククル』が住んでいたという、村の名前。
(そういや、イチカは大切な人をオーガに襲われてなくしてるんだよな)
「なにみてるのー?」
ぎくり、と微かに身を強張らせる。
声をかけ、後ろから覗き込んできたのは、イチカだ。
イチカに言わず、イチカが関わっている資料を詳しく読もうとしたところだった。それが見つかってしまい気まずい秋乃は、イチカの問いに上手く答えられず口篭る。
(……ああ、僕がいた村の資料か)
対し、イチカは開かれた資料の中身を見て、何故秋乃が手を止めたのか、今気まずそうにしているかを冷静に理解する。
「あきのん、ちょっと休憩しようか?」
笑顔で誘うイチカに、秋乃は無言のまま頷いた。
休憩所について椅子に座ると、秋乃は様子を窺いながら話を切り出した。
「あんたが住んでた村……オーガに襲われたんだよな」
「襲われたよ。弟は経験浅かったし、最期はあっけなかったんじゃないかな……僕は偶然出かけてたから助かっちゃったけどね」
そこに、悲しみの色はない。昔のことを淡々と話すイチカに、秋乃は相変わらず距離を感じる。近くにいるのに、遠くに感じてしまう。
「その日のこと、後悔してるか? 大切な人……救えたかもしれないだろ?」
大切な人。そう言われてイチカの脳裏に浮かぶのは今だって一人だけだ。
(後悔はしてないと言えば嘘になるけど)
だけど、イチカは知っている。その日、出かけてなかったとしても、自分では救う事が出来なかった事を。
「僕は当時ウィンクルムじゃなかったし、あの人を救えたかどうか」
今の自分だったら違うんだろう。だけど当時は無力だったのだ。オーガを前にしたところで何も出来なかっただろう。
イチカは自分を見つめてくる秋乃をじっと見返す。
その綺麗な緑の瞳を、イチカの大切な人、彼女によく似た瞳を見て想う。
きっとオーガに対しては何も出来なかった。だけど、もしもあの日、出かけずに村にいたら、そうしたら……。
(あの時僕がいれば、一緒に死ぬことはできたかな)
それは、幸せなことだったのではないか。
目を見つめ続ける事に耐えられず、胸が苦しくなった秋乃は、思わず目を逸らす。それをきっかけにしたように、イチカもまた喋り出した。
「ウィンクルムになろうと思ったのはその事件がきっかけ」
ニコリと笑顔を作るイチカの顔がよく見れない。
イチカの村の事件がなかったら、もしかしたら自分達は出会わなかったかもしれない。A.R.O.A.から適合しているという通達があっても、イチカは今のように素直に赴かず、赴いたとしても今のような関係ではなかったのかもしれない。そう思うと、秋乃の胸は複雑な感情で埋まってしまう。
自分達の今の関係は、過去の悲劇の上に成り立っている。
目を逸らしたままの秋乃を見ながら、イチカは自分の気持ちを顧みる。
後悔はしていないと言えば嘘になる。けれど、秋乃にあえたことは嬉しいと思う。そんな自分がいる。
だってきっと、これはもういちどもらったチャンスだ。
こんどこそはぜったいに、さいごまで。
「秋乃は僕と一緒に死んでくれるよね……」
柔らかな声音で囁いて、イチカは「何か飲む?」と言いながら秋乃に背を向けた。
秋乃は呆然としていた。けれど、何処かしっくりと来るものもあり、納得のようなものをしていた。言われた内容はきっと本当にイチカが思っている事で、望んでいる事で、だけどそれは秋乃の望む先ではなかった。
このまま一緒にウィンクルムとして生きていく。その事実は二人とも受け入れているのに、訪れる未来の内容はきっと一緒なのに、それなのに決定的に違うその望み。
イチカは振り向かない。さっきまでの事など忘れたかのように、自動販売機を見て、何にしようかと楽しげだ。
「……俺はお前と生きたいよ」
ただ自分の心が零れて、ぽつりと呟いた。
誰に届けるでもない、小さな声だった。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:天原 秋乃 呼び名:秋乃、あきのん |
名前:イチカ・ククル 呼び名:イチカ |
名前:歩隆 翠雨 呼び名:翠雨さん |
名前:王生 那音 呼び名:那音 |
エピソード情報 |
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マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | シリアス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月14日 |
出発日 | 08月20日 00:00 |
予定納品日 | 08月30日 |