プロローグ
イベリン王家直轄領内の、とある結婚式場にて――。
神人に覚醒したばかりの女子高生エルディース・ラディアは、焦りを感じ始めていた。
タブロス市からやや強引に連れ出してきたA.R.O.A.所属の調査員ジェロッド・ハディンが、一時間程前から沈黙を貫き通していたのだ。
未だ精霊との正式な契約を結んでいないエルディースだが、実はもう、適合している精霊と共にウィンクルムとしての活動に入ることが決定していた。
その適合相手というのが、ジェロッドだったのだ。
エルディース自身はジェロッドとの契約には非常に前向きであり、出来ればもっと親しい仲になりたいとさえ思っていた。
しかし当のジェロッドはというと、妻であり神人でもあった最愛の女性を対オーガ戦の中で失っており、その心の傷は現在も癒えていない様子。
後ろめたさに加え、愛する者を目の前で失うことの恐怖を克服出来ていないというのが、正直なところであったろう。
それでもエルディースは、ジェロッドと共にウィンクルムとしてのペア成立を強く望んだ。
かつてテロリスト集団に狙われたエルディースを、ウィンクルムではないジェロッドが、命がけで助けてくれた。
その力強さと包容力に、エルディースは一夜にして心を奪われてしまったのだ。
しかしながら今はまだエルディースの一方的な片思いに過ぎず、ジェロッドがエルディースに振り向く気配は微塵も感じられなかったのだが――A.R.O.A.の新人受付嬢ナルメディが、エルディースにこんなアドバイスを送っていた。
「ジェロッドさんは、いつまでも過去の自分に囚われ続けるのは良くないということを、頭では理解しているようです。でも今は、感情が理性に追いついていません。だからエルディースさん、まずはあなたという存在をジェロッドさんの心に植え付けることです。下手に焦らず、今はとにかくエルディースさんの笑顔をジェロッドさんの中に刻み付けましょう」
そこでエルディースは、イベリンで開催される神人と精霊達の結婚式を見学したいから、その護衛についてきて欲しいとの理由を付けて、ジェロッドを半ば無理矢理、このイベリンへと連れてきた訳だ。
ジェロッドは精霊であると同時に、優秀な兵士でもある。
エルディースを護衛することには何の問題も無かったのだが、ウィンクルム達の数々の結婚式を前にして、次第に口数が減り始めていったのだ。
「あ、ねぇ、ジェロッドさん。あのウェディングドレス、すっごく綺麗だよね……ねぇ、ちょっと試着しても良いかな? で、もし良かったら、ジェロッドさんの格好良い新郎姿なんかも、見てみたいなぁ、なんて」
とあるウェディングプランナーサロンの前を通りがかった時、エルディースは勇気を振り絞ってジェロッドに懇願してみた。
きっと断られるだろう、と内心で覚悟を決めていたエルディースだが、意外にも、ジェロッドは表情ひとつ変えずにエルディースの頼みを聞き入れてくれた。
「分かった。それが君の依頼ということであれば」
エルディースはしかし、ジェロッドの応えにどこか物悲しい響きを感じて、やるせなくなった。
同時刻。
イベリン王家直轄領内の、とある路地裏にて。
秘かに潜入を果たした武装集団が、手始めにどの結婚式場を襲撃しようかと、まるで舌なめずりするかのような雰囲気の中で選定作業に入っていた。
その武装集団――『牙の群賊』の新たな首領に収まっていたオートン・リヴリコスが、銃器や大型火器で武装した傭兵達を見渡してから、背後に居座るふたつの影にそっと振り向いた。
ひとつは漆黒の長身。そしてもうひとつは、巨人のように体格が大型化した元・傭兵隊長。
「旦那、ここなんてどうです? ウィンクルムが大勢、挙式やら何やらの予約を入れてるみたいなんスけど」
オートンはまず漆黒の長身、即ちデミ・ギルティのデーモンリップスに呼びかけた。
赤と黒の隈取模様の下で、デーモンリップスはふぅんと小さく鼻を鳴らした。
その結婚式場ではこの日、大勢のウィンクルムが挙式や模擬結婚式を挙げることになっていた。
「悪かねぇな。ガド、お前さんはどうするね?」
「俺も……異論は、無い……」
猛獣のように荒い呼吸の中で、人外の姿となった巨大なデミ・オーガのガド・ゼディオールが、殺気に満ちた視線を、オートンが指し示したその結婚式場の予定表に突き刺した。
この予定表上には記されてはいなかったが、エルディースとジェロッドが参加する結婚式体験イベントがその日の午後、急遽執り行われることになっていた。
解説
イベリン王家直轄領内の結婚式場を襲撃するテロリストとデミ・オーガを迎撃して下さい。
但しPCの皆さんはあらかじめ敵襲があることを予測していた訳ではありませんので、たまたま居合わせた結婚式イベント参加者、挙式当事者、見学ツアー客、或いは新郎新婦の友人などの形で敵と遭遇することになります。
<牙の群賊>
マントゥール教団の一部信者がウィンクルムを排除すべき敵と認識し、その実行の為に雇い入れた外部の武装集団です。
現在の首領は狙撃の名手オートン・リヴリコスで、元首領のガド・ゼディオールはデミ・オーガ化し、デーモンリップスの配下に収まっています。
<エルディースとジェロッド>
ふたりのうち、いずれかが死亡すると本エピソードは失敗となります。
ゲームマスターより
本プロローグをお読み下さり、誠にありがとうございます。
今回は、幸せな筈の結婚式場が一瞬にして阿鼻叫喚の殺戮地獄へと変貌してしまいそうな、危険度の高い遭遇戦です。
ストーリー的には下名が担当した過去のエピソードと諸々の関連性がありますが、特にこれといった参加条件等はございません。
もしよろしければ、参加をご検討頂けますと幸いです。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
素敵なドレスや庭園に惹かれて見学中 騒ぎに気づく 牙の軍賊…!? とにかく 皆を逃がさないと トランス HTGを済ませ アロア本部に連絡 救援要請を できるだけ引きつけてみる 大丈夫 無理はしないわ シリウスに笑顔を向け できるだけ開けた場所へ やめなさい 関係のない人を巻き込まないで! 大きな声をあげ 杖を掲げる 怖いけれど下は向かない 前を向いて >戦闘 封樹の杖で植物を操り 狙撃の邪魔を 特にジェロットさん達は守ってくれるようお願い 近づいてきた敵には 神符での拘束後峰打ちで気絶させる 攻撃は回避 もしくは盾で凌ぐ 自分で敵を誘き寄せ 仲間たちが敵を倒しやすいよう 戦闘後 怪我人の手当て エルディースさん 大丈夫ですか? 青い顔のシリウスにはにこり笑って |
シルキア・スー(クラウス)
見学 後で列席 襲撃気付きトランス 非戦闘員の避難誘導(可能なら他のウィンクルム(NPC)と協力 エルディースとジェロッドに会えれば一緒に行動 「二人はウィンクルムに?」 (新たな適応神人が現れるなんてレアケースなんじゃ?) 「出逢いからも二人には強い縁があるのかもね それを知る為にも生き延びましょ!」 避難行動取れるなら移動しつつ 無理なら物陰に潜みエルディースとジェロッドの守り優先で行動 いざとなれば身を挺して守る (他に非戦闘員がいれば同様に 怪我人はクラウスの元へ運ぶ 待ち伏せ警戒 殺気感知したら知らせる 敵へ弓を射て牽制+閃光効果で味方援護 殺気感知で狙撃の警戒 感知したら伏せさせる MP不足にDI |
アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
式見学 式の見学に来たのはいいものの…気まずい(告白の返事待ち状態 これからどう接していけばいいのか考えながら見学 花嫁…結婚…ああ駄目だ憂鬱になってきた 何か気晴らしにならないか いっそ高い所から眺めたらどうかと目視できる範囲で高い所を探す 高い場所に怪しい何かが見えた場合 …?あれは…? 戦闘開始時 驚いて動揺するも慌てて深呼吸して頭のスイッチを切り替えトランス 非戦闘員の安全確保優先 避難誘導後戦闘参加 落ちてる武器を拾えたらジェロッドさんに渡す 事前に怪しい何かを見つけていた場合は警戒呼び掛け ガドさんがいた場合 デミ化してたんですか… 周りに気を付けつつ斬り付け ヒットアンドアウェイ意識、無理しない 乱舞が出たらいいな |
●祝福を破る銃声
イベリン王家直轄領内の、とある結婚式場。
そこで開催されていた模擬結婚式は荘厳さと華やかさと、そして静かな愛の空気に包まれて、多くの観覧者達に見守られつつ、粛々と進行している――筈だった。
ところが、突如巻き起こった爆風と銃声の嵐に、その場は一転して阿鼻叫喚の地獄と化した。
「ウィンクルム共め……ひとり残らず……殺すッ!」
醜悪な巨人と化したガド・ゼディオールを筆頭とする、銃器や大型火器で武装したテロリスト集団『牙の群賊』による奇襲。
マントゥール教団に雇われている彼らは、A.R.O.A.の分析によってウィンクルムを優先的に攻撃する難敵であるという事実が分かっている。
今回も、イベリン王家直轄領内で催される様々なイベントに多くのウィンクルム達が参加していることを見込んでの攻撃であろうことは、容易に推測出来た。
しかし実際にこうして襲撃を仕掛けてくるその無粋さには、誰もが強い嫌悪感を抱かずにはいられなかっただろう。
尤も、今は銃弾が飛び交い、爆風が猛威を振るう中で、そんな悠長なことはいっていられない。
何とかしてこのテロリスト共に対抗しなければ、犠牲が増える一方であった。
「シリウス、私が、囮になるッ!」
「……リチェ、大丈夫なのか……?」
強い意志の光を瞳の奥に湛えて真正面から見つめてくるリチェルカーレに、シリウスは戸惑いの表情を隠せない。
だが強張った顔のままで、シリウスは静かに頷き返した。
今は己の感情だけで動いて良い局面ではない。
その冷静な判断が、パートナーたる神人の一見無謀に見える行動こそが現在、最も必要とされている対処法であると、シリウスの思考に理解をもたらした。
だがリチェルカーレとて、単なる思い付きだけで囮役を買って出た訳ではない。
防御を最大限に高めた上で時間を稼ぎ、逆転の展開へと持って行こうという意図があった。
既にA.R.O.A.に対して緊急事態発生の連絡を入れていた彼女は、援護の為に参戦してくれるであろうウィンクルム達の登場に僅かな期待を寄せていた。
そして実際、リチェルカーレは戦場と化した結婚式場内に何組かの見知った顔を発見していた。
きっと彼ら・彼女らならば共に戦ってくれるだろう――リチェルカーレの心は襲撃者への恐怖も勿論あったのだが、それ以上に仲間達への厚い信頼が勇気と共に沸き起こってきていたのである。
それは、シリウスとて同様であった。
「大丈夫。無理はしないわ。でも兎に角、今は少しでも多くの敵を引き付けなきゃ」
「ならば俺は、近づく敵をひとり残らず排除する」
ダーインスレイヴを鞘から素早く引き抜きつつ、シリウスは襲い来る無粋なテロリスト集団に向けて身を翻した。
最初から、敵との戦いを想定してこのイベリン王家直轄領を訪れていた訳ではない。
それでもシリウスは、持てる力の全てを注いで、この局面を乗り切ろうと腹を括った。
テロリストの群れが雪崩れ込んでくる、少し前。
アラノアは何となく気まずい雰囲気の中で、傍らに立つガルヴァン・ヴァールンガルドに対して、ちらちらと視線を送り、そしてすぐに目を逸らすという行為を繰り返していた。
結婚式――果たして自分達は、無事にここまで辿り着くことが出来るのだろうか。
そんな思いが頭の中でぐるぐると回転している。
先日アラノアは、ガルヴァンに愛の告白を果たしたばかりだった。
だが、その告白に対する返答はまだ、得られていない。
つまり今のアラノアは、神人としてどのように振る舞えば良いのか、一番悩ましい時期に立たされていた訳である。
(花嫁……結婚……あぁ、駄目だ。憂鬱になってきた……)
何か気晴らしになるものはないかと、模擬結婚式の見学の最中でありながら、他の場所に視線を泳がせる始末であった。
一方のガルヴァンはというと、アラノアとは異なる視点でこの模擬結婚式を眺めていた。
(結婚式か。アラノアに花嫁の衣装が似合うだろうか)
アラノア同様、傍らに立つパートナーにちらちらと視線を送りつつ、花嫁の華美な衣装に、細かなチェックを入れている。
ところが途中で、ガルヴァンは喉の奥で思わず驚きの声を漏らしそうになった。
よくよくあの新郎新婦を見てみると、ふたりとも見知った顔だったのだ。
(あれは……ジェロッドとエルディースではないのか?)
だが、ガルヴァンの思考はそこで全く別の方向に切り替わらざるを得なかった。
その直後に、牙の群賊が奇襲を仕掛けてきたのだ。
見学者席の最後方に陣取っていたシルキア・スーとクラウスの対処行動は、この模擬結婚式に参加しているウィンクルム達の中では最も早い方だったといえる。
日頃から戦いに対する備えと心構えが出来ている――のかどうかは本人達でなければ分からない話だが、兎も角もこの局面に於ける反応の素早さは秀逸だった。
すぐさまトランスに突入し、戦闘行動に入る準備を終えたシルキアは、まず周囲に視線を走らせた。
自分達と同じく敵襲に対処する行動を起こしている他のウィンクルムが居ないかどうか。
もし協力出来る仲間が居れば、共に戦う腹積もりだ。
そんなシルキアの思いに応えるかのように、ひとりの意外な人物が視界に飛び込んできた。
「あれは、フィンチ警部補?」
思わず声に出したのはシルキアではなく、クラウスの方だった。
シルキアと同様に共に戦える仲間を目線だけで素早く探していたクラウスは、シルキアが気づくのとほぼ同時に、その存在に驚きの念を抱いた。
タブロス市警のレオン・フィンチ警部補が、ノーネクタイのスーツ姿で拳銃を構えつつ、参列者席の合間を縫うようにしてシルキアとクラウスのもとへと駆け付けてきた。
「奇遇だな。君達も見学か?」
「ええ、そうなんですけど……警部補は、お仕事で?」
シルキアの問いかけに、フィンチ警部補は苦笑して肩を竦めた。どうやら、違うらしい。
恐らくは休暇を取ってこのイベリン王家直轄領を訪れていたのだろう。
そこへ、この襲撃である。運が悪いというよりも、仕事がフィンチ警部補を追いかけてきたようなものであった。
「そりゃ災難だったね……後でビール、奢ってあげるわ」
「そいつぁ、楽しみだ」
かくして三人は、牙の群賊への反撃に転じた。
●それぞれの敵
式場の中央で、リチェルカーレが仁王立ちになっている。
その堂々たる姿に寧ろ、テロリスト達の方が一瞬怯んだような空気を漂わせた。
「やめなさいッ! 関係の無いひとを巻き込まないでッ!」
封樹の杖を片手に、リチェルカーレは一歩も退かぬという気合を見せて前を向いた。
やがて何人かのテロリストが銃口を向けてきたが、リチェルカーレはすかさず杖を操り、式場のそこかしこから植樹の援護を受ける。
実際、式場内には数多くの植樹や植え込み、花畑が目に付く位置にあり、それらが一斉に動いてリチェルカーレを守るように壁を造り、或いはテロリストの足元に絡みついてその動きを封じる。
その間に、戦闘手段を持たない一般人に対しては、チャーチを始めとする諸々の技能を発揮したクラウスや、早々に頭を切り替えて戦闘態勢に突入しているアラノアなどが避難誘導を開始していた。
クラウスとアラノアに邪魔立てしようとする牙の群賊に対しては、ガルヴァンとシルキアがそれぞれ、対応に入る。
尤も、大抵の攻撃はクラウスのシャインスパークやシャイニングアローII等での対処で事足りていた。
恐らく牙の群賊側も、狙いは一般人ではなく、ウィンクルムだったのだろう。
そういう意味ではお互いの思惑は一致しており、互いの敵に照準を絞っていたといって良い。
だが、同じウィンクルムでも全ての者がこの奇襲に対応出来たとはいい難い。
この式場を訪れていたほとんどのウィンクルム達はデートやイベント参加が目的であり、即座に戦闘態勢に入れる者は、僅かにしか居なかった。
その代表格がリチェルカーレであり、アラノアであり、そしてシルキアであったろう。
「てめぇら……見つけたぞッ!」
不意にガドが、獰猛なる咆哮を響かせた。
その視線の先に、アラノアとガルヴァン、そしてシリウスの姿があった。
三人とガドの因縁は、最早語るまでも無い。
当然ながらガドの憎悪の矛先は、式場の中央で囮役を引き受けているリチェルカーレにも向けられていたが、まず反応出来たのはガルヴァンとシリウスであった。
「アラノアの骸骨に惑わされて同士討ちに遭った、哀れな奴か。まさか、デミ化していたとはな」
手加減する必要が無くて助かるといわんばかりに、ガルヴァンはダブルハートを発動し、全力での迎撃態勢に入る。
同様にシリウスも、リチェルカーレが操る植物の防護壁の間で、銃を携えるテロリスト共を次々に討ち倒していたが、ガドの姿を見つけるや、すぐさまガルヴァンと肩を並べてその応戦へと入った。
「貴様ら……最早傭兵などではなく、単なるテロリストだな」
絶対にここから先には行かせないとの覚悟を決めて、シリウスはガルヴァンと共に双璧を成した。
ふたりの精霊は、デミ・オーガと化したガドに対して全力での応戦に臨む。
既にここは結婚式場ではなく、精霊vsデミ・オーガの本格的な戦場であった。
「ふたりとも、大丈夫ッ!?」
クラウスの鉄壁の守りの裏側で、シルキアがジェロッドとエルディースに呼びかけた。
エルディースは狼狽える様子を見せていたが、ジェロッドは流石に冷静な表情で、クラウスがテロリストから奪ったアサルトライフルを手際良くチェックしている。
兵士出身なだけあって、この突然の奇襲に対してもジェロッドは平然としたものであった。
「こんな非常時に不謹慎だ、なんて怒らないでね……もしかしてふたりは、ウィンクルムに?」
シルキアの問いかけに、ジェロッドは一瞬、何と答えて良いか分からぬ素振りを見せていたが、一方のエルディースは青ざめた表情ながら、静かに頷き返した。
そんなふたりの様子を眺めつつ、シルキアは内心で、
(新たな適応神人が現れるなんて……もしかして、これってレアケース?)
などと小首を傾げながらも、ふたりを励ますべく声を張り上げた。
「出逢いから、ふたりには強い縁があるのかもねッ! それを知る為にも、生き延びましょッ!」
「えぇ……足を引っ張ってばかりかも知れないけど、宜しくね、先輩」
エルディースに先輩と呼ばれて、シルキアはほんの少しばかり、こそばゆい気分だった。
自分では決して他人を指導出来るなどとは思ってもいないが、エルディースから見れば、シルキアもクラウスも立派な先輩だ。
これは下手な真似は出来ないぞ――などと変な焦りを覚えたシルキアだが、その戸惑いは直後、クラウスの警鐘によって掻き消される。
「爆裂式徹甲弾……オートン・リヴリコスかッ!」
至近距離から受けた衝撃をチャーチで凌ぎ切ったクラウスが、大型の狙撃用ライフルを肩付けに構えている年若い傭兵に向けて鋭く叫んだ。
だが、反応したのは敵ではなく、ジェロッドの方だった。
「オートンだと……違う、そいつは……ッ!」
次にジェロッドの口から発せられたひと言に、その場の誰もが思わず耳を疑った。
「そいつは、リドリー・スレイガーだ……俺の妻だった女性を死に追いやった張本人だッ!」
●膠着と決着
その男――オートン・リヴリコス改めリドリー・スレイガーは、狙撃用ライフルを構えたまま、面倒臭そうな表情で小さな溜息を漏らした。
「あぁ~、畜生。だから部隊長なんて嫌だったんだ。狙撃兵ならこんな最前線に顔出さずに済んだってのによぉ……」
隊を率いる以上、現場に出なければならないというのが、牙の群賊に於ける暗黙のルールであるらしい。
だが、そんなことはウィンクルム達にとっては全くどうでも良い話である。
肝心なのはこれまで散々、爆裂式徹甲弾で煮え湯を飲まされてきた相手が、A.R.O.A.によって指名手配されている精霊であるという、その一事であった。
すると、いつの間にか――リドリーの傍らに、二メートルを超える漆黒の長身が静かに佇んでいた。
短い角がフードの奥の額部分に見え隠れし、真紅と漆黒の隈取で表情が分からない不気味な男。
デミ・ギルティとして何度もウィンクルム達の前に立ち塞がってきたオーガ、デーモンリップスであった。
「成程なぁ……お前さんがあの男をさっさと始末してぇっていってたのは、そういう事情だったってぇ訳か」
「勘弁して下さいよ、旦那。あいつのお陰で、また地下に潜らねぇといけなくなるかも知れないんですぜ」
銃声と爆音が周囲で渦巻く中で、リドリーとデーモンリップスは呑気な声を響かせる。
一方のジェロッドは怒りの形相で、今にも飛び出そうとする勢いを見せて前のめりになっていた。
辛うじてクラウスとシルキア、そしてエルディースがジェロッドを無理矢理押さえ込む形で、チャーチの安全圏内に踏みとどまっている。
敵は、目の前のふたりだけではない。
四方八方から浴びせかけられる銃撃の嵐も、彼等はよくよく考慮に入れなければならないのだ。
「落ち着けとはいわぬ……だが今は、エルディースを守ることに意識を集中せよ」
クラウスはリドリーを凝視したまま、ジェロッドに低く呼びかけた。
ジェロッドには複雑な事情があり、今も尚、その胸の内には様々な感情が去来している筈だ。それでも尚、クラウスは押さえろ、と囁いた。
「今は、信頼を寄せる目の前の命を守り抜くことが大事だ。局面を、見誤るな」
「あぁ……分かっている」
低く唸るような声で応じるジェロッドを、シルキアとエルディースは心配げな表情で見つめた。
と、そこで状況が一変した。
クラウスが仕掛けるチャーチに銃撃を浴びせ続けていたテロリストの数が、急に減り始めたのだ。
見ると、フィンチ警部補が牙の群賊から奪ったサブマシンガンとアサルトライフルを巧みに活用して、リチェルカーレが造り出した植物の防護壁の陰から次々と狙撃している。
これまでは狙撃といえばリドリーの十八番だったのだが、この局面にあっては完全にフィンチ警部補がそのお株を奪っていた。
クラウス、シルキア、ジェロッドの三人がリドリーとの睨み合いという形で均衡状態を作り出したことが、フィンチ警部補による狙撃を可能にさせた。
もっと正確にいえば、リチェルカーレの捨て身の作戦も、フィンチ警部補の狙撃に於いては大いに威力を発揮していた。
一方、デミ・オーガ化ガドとの接近戦には、大きな動きがあった。
シリウスが、レクイエムとアレグロの合わせ技でガドの肉体に次々と有効打を叩き込む傍らで、ガルヴァンがブラッディローズを発動し、ガドの攻撃を全て受け流している。
攻めのシリウス、守りのガルヴァンという図式で、ガドは次第に追い詰められつつあった。
「てめぇら……てめぇらだけは、絶対に殺すッ!」
「殺す殺すとうるさい奴だ……そういうのは、実際にやってみせてから何気なく呟くのが、スマートというものだぞ」
呆れるガルヴァンに、ガドは更なる怒りの咆哮を上げた。
が、感情に任せて隙だらけになったところへ、シリウスが最も致命的な一撃を加えた。
それまでの攻撃で、ガドの意識がダーインスレイヴに向いていたところで不意に骨削を抜き、懐に踏み込んでから喉元へ必殺の一撃を叩き込んだのだ。
流石にこれは効いたらしく、ガドの巨体が膝から崩れ落ちた。
「ふ、ふざけやがってッ!」
ガドは、足元に倒れているテロリストから無理矢理、手榴弾をもぎ取った。
爆風で自分は傷つくことはないが、生身のシリウスやガルヴァンには有効打になるとの戦法であろう。
だが、それよりも早くガルヴァンが動いていた。
「爆散勝負か。ならば受けて立つ」
ガルヴァンの意図を察して、シリウスは高速離脱して距離を取る。
同時に、ガドの懐に飛び込んだガルヴァンが、コスモ・ノバを発動。
結婚式場内に、それまでとは比べ物にならない程の激しい爆音が鳴り響き、床と壁、そしてその場を包む空気全体が、殷々と呻くような震動に包まれた。
ガドは、手榴弾のピンを抜く暇も無く、数メートル程、弾き飛ばされていた。
そのまま、立ち上がることもなく――仰臥したまま、絶命していた。
●恋人達の闇と光
ガドの死によって、均衡は一気に崩れた。
残りのテロリスト達はアラノアとフィンチ警部補が片っ端から片づけてゆく。
そして次第に、味方の数が増えてきた。
早い段階でリチェルカーレがA.R.O.A.に応援要請を出していたのが、ここへきてじわじわとその威力を発揮し始めてきていたのだ。
一時は奇襲を仕掛けてきた牙の群賊が圧倒的に優位だったのだが、現在では形勢は完全に逆転しており、ウィンクルム達の勝利はもう、揺るぎようがない。
ガドを倒したガルヴァンとシリウスが、対リドリーの局面に駆け付けてきたことで、リドリー側もようやく、撤退する契機を得たといって良い。
「旦那、こいつぁ駄目だ。もう帰りますぜ」
「色々と、考えなきゃいけねぇな。今後のやり方も含めてなぁ」
狙撃用ライフルの銃口を下げ、リドリーは踵を返した。
同時に、デーモンリップスが驚異的な跳躍力を発揮して、その場から一瞬で姿を消す。
追撃の姿勢を見せたジェロッドだったが、シルキアとエルディースが必死になだめた。
今追えば、確実に殺される――ジェロッドひとりでどうにかなる相手でないことは、素人のエルディースにでもよく分かっていた。
「弁えよ、ジェロッド。今は生きる者の責務として、傍らに居る者の為に、誠実であれ」
クラウスのずしりと腹に響く様なひと言に、ジェロッドは奥歯を噛み鳴らしつつ、その場で歩を止めた。
エルディースは今にも泣き出しそうな顔を見せていたが、しかしその瞳には、ジェロッドを責めるような色は湛えていない。
この複雑なまでに絡み合った感情の糸を解きほぐすには、まだまだ時間が必要そうだ。
(ジェロッドさん、大変だな……っていうか、私もあんまし、ひとのことはいえない、か)
感情を必死に抑え込むジェロッドを遠目に眺めつつ、アラノアは内心で溜息を漏らした。
アラノアはアラノアで、ガルヴァンとの今後をどうやって発展させていけば良いのか、まだ何も、答えらしい答えは出ていなかったのだから。
破壊の嵐が吹き荒れ、最早見る影も無くなった結婚式場の中央で、リチェルカーレはほっと胸を撫で下ろしていた。
牙の群賊は、去った。
勿論、地元警察が追撃と捜査の網を広げ、まだしばらくは騒がしい空気が場を支配することになるだろう。
それでも、リチェルカーレにとってはひとまずの終戦である。
あれだけの活躍を見せた彼女に、ひと時の休息は与えられて然るべきであったろうし、そのことに対して注文を付ける輩はひとりも居ない。
誰もが、リチェルカーレの見せた獅子奮迅の働きに最敬礼を送っていた。
そんな中で、シリウスだけは異なる色を見せていた。
すっかり青ざめた表情で、リチェルカーレの無事を文字通り、恐る恐る確認していた。
「リチェ……大丈夫、なのか?」
「うん。大丈夫」
にっこり微笑む、勝利の女神。
後日、シリウスは語る。
流石にこの日は、生きた心地がしなかった、と。
依頼結果:成功
MVP:
名前:リチェルカーレ 呼び名:リチェ |
名前:シリウス 呼び名:シリウス |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 革酎 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 難しい |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 5 |
報酬 | 多い |
リリース日 | 05月23日 |
出発日 | 05月31日 00:00 |
予定納品日 | 06月10日 |
参加者
会議室
-
2017/05/30-23:11
効果のほどはわかりませんが、最初にアロア本部に救援要請を入れるとしてみました。
戦闘はともかく、避難誘導や救急車の手配はしてもらえるかなって。
シルキアさん、アラノアさんありがとうございます。
うまくいくといいんですけれど…。 -
2017/05/30-23:06
>ジェロッドさん
ガルヴァンさんが乱戦時武器を拾えたらジェロッドさんの方に投げるそうです。
>デミ・オーガ(ガドさん)
出来れば倒したいので私達も向かいます。
倒せれば大きな戦力と戦意低下に繋がりそうですし。 -
2017/05/30-22:44
>ジェロッドさんに銃
援護頼めるなら頼みたいですね。
クラウスに、銃を拾えたら渡して援護を頼んで貰おうと思います。
私達は手に入れられる位置じゃなさそうなので不発の可能性高そうなんですが、
こちらに放ってくれたら拾います。 -
2017/05/30-21:38
連投失礼します。
ハイトランスからぶてぃめっとトランスか悩んだのですが、らぶてぃめっとトランスは持続時間が短いしそもそも射程内に入ってくれないと意味が、今回はハイトランスでいこうと思います。
ガト(もしくはオートン)が出てきた場合、どうしても危険ならシリウスがOGを使うことも視野にいれたいと。
武器が手に入れば、ジェロットさんにはチャーチ内からでも銃での攻撃やエルディースさんの護衛をお願いしたいなと思うのですが、どうでしょう。何もないなら狙撃等避けるため、物陰とかにいてもらった方がいいのかしら。 -
2017/05/30-21:30
気が付けば出発間近…がんばりましょう。
ええと、エロイーズさんたちは一般の皆さんから目を離させるには、やっぱり「ウィンクルム」がここにいるぞと教えた方がいいと思うので、わたしは囮役で一番開けている場所で声を上げてみますね。
「やめなさい」とか、「関係のない人たちを巻き込まないで」とか。
シリウスが不意打ちの形で倒せるところから…武器に拘束効果もあるので、少しは助けになるかしら。
でもギルティやデミ・オーガにはわたしはもちろん、シリウスひとりだと苦しいと思うので、できればガルヴァンさんやアラノアさんには避難誘導後こちらに回ってもらえれば、と。 -
2017/05/29-22:23
あ、人が増えてくれましたね。今回もよろしくお願いします。
人が増えましたので私達は避難や守りの方を重点に動こうと思います。
攻撃方面は頼りにさせて頂きます。
クラウスのスキルは、l8(防御バリア)、l5(目眩ましと命中下げ)、l9(回復)、一応l4も。
私はディスペンサ、武器は弓を持っていく予定です。
参加の形は私達も見学になると思います。
ジェロッドさん達は、目の届く所に居て貰って守る形を取りたいかなと思います。
どういう状況になるかさっぱりですが、l8かl4で守る形に持っていきたいです。 -
2017/05/29-21:32
リチェルカーレです。パートナーはTDのシリウス。
どうぞよろしくお願いします。
まずは一般の方の避難誘導が必須ですね。
参加人数にもよりますが、今のところわたし達は牙の群賊の抑えに回ろうかと思います。
シリウスは引きつけ役、わたしは神符か封樹の杖での拘束…と今のところ考えています。
エルディースさんとジェロッドさん、契約はもう済ませているのでしょうか?だとしたら、とりあえずトランスをしておいてもらうと気持ちだけでも安心かな?
何にしろ、ふたりは戦う手段がないのなら安全圏にいてほしいなと思います。 -
2017/05/29-01:24
アラノアとSSのガルヴァンさんです。
よろしくお願いします。
式に参加or体験している、式を見学している等、襲撃されるまで何も知らない状態での行動(私達の行動により戦闘開始時の初期位置が変わる)によって役割が分かれそうですよね…
(例:ジェロッドさん達と同じ結婚式体験に参加していた→初期位置的に比較的ジェロッドさん達に近い筈なのでジェロッドさん達と合流しやすいかもしれない)
…えと、私達は式の見学者として式の様子を遠目から見る形になるかもしれません(参加人数と場合によってはジェロッドさん達の姿を見つけて近付く等あるかも?)ので、私達はその他一般人及び非戦闘員の避難誘導、そして敵の迎撃に当たろうかなと思っております。
デミオーガ化したガドさんとは決着付けたい気もしますし。
気を付けたい事
・敵の急襲により、確実に式会場内が大混乱に陥るだろうという事
この混乱の際ジェロッドさん達を見失わないようにしたいですね…
・オートンによる超遠距離射撃
仮にある程度沈静化が成功したとして、もう勝ったと油断した途端にエルディースさんかジェロッドさん射殺等がありえます。“牙の群賊という事は以前射撃してきた爆裂式徹甲弾使いがいるかもしれない”と警戒しといた方が良いかもしれません。
(襲撃前にどこか式場全体を見回せるスポットがあるかどうかさり気なく式場関係者に聞けたらいいのですが…)
人が増えますように。 -
2017/05/28-23:19
シルキアとLBのクラウスです。
よろしくお願いします。
非武装のウィンクルムや一般人の避難誘導が必要かな。
可能なら周囲に私達みたいに武装したウィンクルムがいるなら協力してもらって
避難誘導しつつエルディースさん達と合流しつつ交戦、みたいな流れかな?と想定しています。
クラウスはl8で広範囲攻撃に備えます。
戦闘の方もエルディースさん達の守りに注意しながら前に出る予定です。
私はエルディースさん達の守りにずっとついていようかと思います。
他に閃光効果でのサポートを。
ジェロッドさんは新郎衣装着てたら武装はしてないかもしれないですね。
どう居て貰うのがいいのかはよくわからないです。
前みたいに戦闘に参加して貰えたらたのもしそうですが。
二人の事情については少し言葉を掛けてみるつもりです。