【夢現】あなたに遺す言葉(革酎 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 その日、あなたと、あなたのパートナーである精霊はA.R.O.A.で紹介された通りの道程を経て、フィヨルネイジャへと赴いていた。
 そこで見ることが出来るという特殊な夢の世界で、あなたと精霊は経験を積もうとしていたのだ。
 一体、どんな夢があなたと精霊を待ち受けているのか――それは、実際に足を踏み入れてみなければ分からない。

 フィヨルネイジャ到着後、程無くしてあなたと精霊は夢の中に居た。
 そこであなたと精霊が体験したのは、かつてオーガの討伐任務中に命を落としたひとりの神人――ルネイア・ハディンの生前の記憶であった。
 夢の世界の中では、あなたと精霊は、自分達の身に起こっていることが現実のものであると信じて疑わなかった。
 亡きルネイアの記憶を追体験する夢。
 それが今回、フィヨルネイジャがもたらした夢現の世界だった。

 あなたと精霊は、ケント伯爵狩猟場公園に出現したヤックドーラの討伐任務の最中、絶体絶命の危機に陥っていた。
 フィヨルネイジャの夢の中では、あなたと精霊はまだ駆け出しのウィンクルムであり、極めて限定的な力しか発揮出来なかった。
 あなたの肉体はヤックドーラの麻痺毒に侵され、制御不能に陥っている。
 そのヤックドーラは、まるで盾にでもするかのようにあなたの体躯を背後から抱きかかえていたが、しかしながら既に絶命しかかっている。
 そして同時に、あなたの胸には焼けるような激痛が走っていた。
 見ると、鮮血が容赦無い勢いで溢れ出し、あなたの胸元を真っ赤に染め上げてゆく。
 ヤックドーラは他のウィンクルムの精霊が放った爆裂式徹甲弾による狙撃で、致命傷を受けていた。
 だが、このヤックドーラが威嚇の為に振り上げていた腕が、狙撃を浴びた衝撃で勢い良く振り下ろされてしまい、その手に握っていたガラス片があなたの胸に突き刺さってしまったのだ。
 あなたのパートナーの精霊が、絶望に彩られた叫びをあげていた。
 何故、彼女を救出するまで待てなかったのか、と。
 しかし、あなたを犠牲にしてヤックドーラに致命的な一撃を叩き込んだその精霊――リドリー・スレイガーは面倒臭そうに頭を掻いて、やれやれと小さく肩を竦めるばかりである。
「あのさぁ、てめぇの嫁が鈍臭いんだろうがよ。死なせたくなかったら、しっかり首輪でも付けとけよな」
「でもリドリー、流石に拙いんじゃない? きっとA.R.O.A.が黙っていないわよ? 幾ら任務中とはいえ、幾ら事故だったとはいえ、ミスで他の神人を死なせたとあったら……」
 リドリーのパートナーである年増女の神人が、心配そうに眉をひそめた。
「あー、糞ぉ、面倒臭ぇなぁ。また地下に潜らなきゃなんねぇのかよ。潜伏はもう飽き飽きだぜ、畜生」
 既に絶命したヤックドーラがその場に崩れ落ち、あなたのパートナーが駆け寄ってきた。
 もう間も無くこの世から去ろうとしているあなたを、精霊が必死の思いで抱き起こす。
 愛する伴侶との時間は、もう殆ど失われようとしている。

 その時、あなたは――パートナーに、どんな言葉を遺すだろう。

解説

 神人であるあなたが、パートナーである精霊と最期の別れをしなければならない時、あなたは彼に、どんな言葉を遺すのでしょう。
 そして精霊は、プロローグのような状況に陥った時、どのような行動に出るのでしょう。
 今回フィヨルネイジャが見せる夢の中では、神人であるあなたの死は絶対に免れることが出来ません。
 また、NPCリドリー・スレイガーとその神人の年増女を倒すことは不可能です。
 ルネイアの記憶の追体験という夢ではありますが、あなたの死が絶対であることと、リドリー打倒は不可能ということ以外は自由に振る舞えます。

 尚、フィヨルネイジャへの交通費として300Jrを消費致します。

ゲームマスターより

 本プロローグをお読み下さり、誠にありがとうございます。
 ウィンクルムである以上、自分自身に悲劇が訪れないとも限りません。
 もし絶望的な結末へと自らが招き入れられた時、ひとはどういう振る舞いを見せるのか。
 悲しい結末の中で、ふたりが結んだ絆の重さを、是非教えて下さい。
 それでは、皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

八神 伊万里(蒼龍・シンフェーア)

  もう助からない、と悟って力が抜ける
その場に倒れ込み
駆け寄ってきた精霊に抱きかかえられ

震える手でそっと精霊の頬に触れ、無理やり微笑む
寂しがりやのそーちゃん
一瞬にいられなくなってごめんね
でも、こっちには来ないで…あなたは生きて

…でもそーちゃんにはどうしても生きていて欲しいから
呪いでも何でも、生きていて欲しい
大丈夫、あなたは一人じゃないから…
生まれ変わりの話が本当なら、またそーちゃんの神人になりたいな…
だって約束、した…か、ら…
頬を撫でていた手が力を失ってするりと滑り落ちる
静かに目を閉じる


そーちゃんは、私が死んだら憎しみにとらわれてしまうかもしれない…?
どうしたら、彼の心を癒すことができるたろう


西島 紫織(新藤 恭一郎)
  死を予感した途端、その未体験の事象に抱く恐怖心と傷の痛みで思考回路は崩壊。

助けて、痛い、助けて、怖い…

瞳孔が散大し精霊の姿も見えない中、彼の声だけは耳に響く。
その痛切さに、支離滅裂だった意識が僅かに正気を取り戻す。

きつく握られる手に彼を感じながら、瞼の裏に浮かぶのは彼と過ごした僅かな日々。

当たりはきつかったが奥底には優しさがある、そんな彼だった。
優しい人程その実は繊細なもの。
私を亡くしても傷つかないで欲しい。

お願いです…
誰をも恨まず、私に囚われず、前を向いて幸せに生きて。



でも、今だけは私の手を放さないで…

初めて彼に抱いた願望を機に、彼を異性として意識し始めていた事に今更気付き、後悔の中で逝く。



イザベラ(ディノ)
  正義は為された。
正義の前に痛み等感じない。
正義の為の死とは喜びである。
悔やむのは死ではなく、正義が1つ減る事。
正義は、正義は、正義は。
朦朧としながら正義という言葉を呪文の様に繰り返す。

目の前で泣いている精霊に気付くが、相手が余りに悲痛に泣くものだから、叱る気も起こらずに宥める。

新兵とは大概無様なものだ、気にしなくて良い。
だが免罪符にはするな。存分に悔いろ。
そして、一撃で良い、次は戦えるようにしておけ。
お前にはオーガを倒す力が有る、必ず強くなれる。大丈夫だ。

…そして、願わくば。
お前が正義となり、更に他の誰かを正義にしてくれると良い。
私が死んでもその後に正義が増えるのなら、それは本当に幸せな事だ。


●気付けなかった想い

「紫織、俺を見ろッ! 紫織ッ!」
 リドリー・スレイガーへの怒りと、西島 紫織を失ってしまうかも知れないという恐怖とで冷静さを失ってしまっている新藤 恭一郎は、視線が宙空を彷徨い、瞬く間に体温が失われてゆく紫織の上体を抱き起して、必死にその名を呼び続けた。
 紫織の面からは、あらゆる感情が失われている。
 両の瞼は開かれているが、その瞳には天空の蒼さは何ひとつ、映っていないように思われた。
(嫌……駄目……怖い……助けて、痛い、助けて……怖い……恭一郎さん……ッ!)
 死を意識した瞬間から、紫織の心は千々に引き裂かれつつあった。
 胸元から広がる強烈なまでの激痛に、彼女の精神は崩壊の一途を辿っている。
 最早、紫織を呼び戻せる者は居ないのではないかと思われた。
 だが――紫織の瞳に、ごく僅かながら生気が宿った。
 瞳孔が拡大し、今の紫織は視界の全てが暗黒の闇に包み込まれている。
 それでも恭一郎の魂の叫びと、紫織の手を握り締めてくる痛切なまでの熱い想いが、支離滅裂だった紫織に正気を取り戻させた。

(あぁ、恭一郎さん……)
 紫織は視界が失われている中で、そっと目を閉じた。
 頬に温かな感触。
 恭一郎が流した涙であると、紫織は理解出来たかどうか。
 この時、紫織の心は不思議と穏やかだった。
 今までに無い程に、恭一郎を間近に感じていた。
 悲しいぐらいの強い力で握り締めてくる恭一郎の手のぬくもりを受けて、紫織は恭一郎と過ごした日々を、瞼の裏に思い浮かべていた。

 初めて恭一郎と出会ったのは、A.R.O.A.からウィンクルムの適合者として紹介された時。
 その当時、紫織は酷い失恋を経験したばかりだった。
 そんな紫織の前に現れた恭一郎は、非の打ち所がない完璧なイケメン紳士で、紫織の失恋も一瞬で吹き飛ばす程のインパクトに満ちていた。
 その後の付き合いで、恭一郎の表の面と裏の面の両方を知ることになり、生来の胃弱症に拍車がかかる毎日となったが、それでも紫織の中に眠っていたある種の感情は、決してマイナスの方向には作用しなかった。
 紫織は今、改めて思う。
 当たりはきつかったが、その言動の奥底には常に、恭一郎なりの優しさが秘められていたのだ。
(優しいひと程、その実は繊細なもの……私を亡くしても、恭一郎さんは傷つかないで……)

 失われつつある紫織の命を繋ぎ止められない恭一郎は、己の無力感と不甲斐なさに打ちひしがれていた。
「俺は……俺は、君に……ッ!」
 それ以上の言葉が、出てこない。
 心底惚れていた。
 そのひと言が、どうしても喉の奥から出てきてくれなかった。
 恭一郎はこれまでの日々を思い出し、紫織への愛情を歪んだ形でしか表現出来てこなかったことを、激しく悔いた。
 悔いても、悔やみ切れなかった。
 こんなことになるのなら、どうしてもっと――。
 その切ないまでの思いの中に、激しい怒りの炎が複雑に絡み合う。
 恭一郎は慌ててその場を去ろうとしているリドリーに、燃え上がる憎悪の視線を向けた。
 紫織をそっと柔らかな下生えに寝かせ、得物を手に取る。
 リドリーだけは、絶対に許さない。
 恭一郎の激情は今まさに、頂点に達しようとしていた。
 だが――。

「恭一郎さん……お願いです……誰をも恨まず、私に囚われず……前を向いて、幸せに……生きて」
 まさかの言葉に恭一郎は一瞬だけ愕然たる表情を浮かべたが、再び紫織を抱き起し、涙で視界がぼやける中で彼女の微笑みをその目に焼き付けようとした。
(紫織が望むのは、復讐ではなく、俺の幸せ……)
 再び、激しい後悔。
 何故もっと、自分は素直になれなかったのか。
 その時、紫織が最期の力を振り絞った弱々しい声が、静かに囁きかけてきた。
「でも……今は……今だけは……私の手を、離さないで……」
 命が失われようとしているこの最期の時になって、初めて紫織は、恭一郎をひとりの異性として意識した。
 全てが、遅過ぎた。
 どうして今まで、恭一郎への思いに気づかなかったのか。
 ふたりは同時に、己の気持ちを初めて知った。

 それから程無くして、紫織の手が恭一郎の掌の中からするりと零れ落ちた。

 恭一郎は紫織を強く、本当に強く、抱きしめた。
 声が、出ない。
 呼びかけることも、出来ない。
 ただ、抱きしめることしか出来なかった。
 急性胃炎で苦しむ紫織をからかうことも、文句をいいながらでも紫織の手料理に舌鼓を打つことも、最早叶わぬ。
 これからもっとふたりで色々やりたかったと、今更のように嘆いてみたところで、既に遅い。
 紫織はもう、居ないのだ。
「……紫織……ッ!」
 今初めて、知った。
 俺は本当に心から、君に惚れていた。
 紫織を失った今になって、恭一郎は自身の想いに気付いた。

 だが――改めて、後悔する。
 全てが、本当に遅過ぎた。
 失ってみて、初めて気づくこともある。
 恭一郎は、知った。
 己の気持ちを。
 紫織という存在の大きさを。

●正義に宿る精神

 ディノの悲痛な叫びが木霊した。
 目の前で、最も大事な存在――イザベラの命が、今にも失われようとしていた。
 何故、イザベラなのか。
 何故、自分ではなかったのか。
 ディノは激しく慟哭し、冷たくなってゆくイザベラの体躯を抱き縋る。
 時には息も出来ない程の嗚咽に苦しみ、いっそこのまま、自分の命も消えてなくなれば良い、とも思った。
(どうして、このひとなんですか……どうしてッ!)
 冷静になど、居られる筈もない。
 ディノは子供の頃に、オーガの襲撃を受けた。
 誰からも見捨てられ、自分も友を見捨て、そうして助かった果てに残ったのは、拭いようのない人間不信だった。
 そんなディノに生まれて初めて、神が舞い降りた。
 イザベラだった。
 彼女の持つ圧倒的な信念、即ち、正義。
 その揺るぎない、ともすれば狂信的ともいえる程の正義に対する鉄の信念は、ディノの人生を大きく変えたといって良い。
 イザベラと一緒に居れば、自分を変えられる。イザベラと共に戦えば、自分も誰かを救える筈だ。
 ディノはそう信じて、一分の疑いも持たなかった。
 それなのに。
 その筈だったのに。
 たった今、イザベラは死の床に就こうとしている。
 それも、ディノが上手く立ち回りさえすれば、守れたかも知れないという状況の中で、だ。
 ディノを襲う絶望の念の凄まじさたるや、察するに余りある。

(正義は、為された……正義の前に、痛みなどは感じぬ……正義の為の死は、喜びだ……)
 薄れゆく意識の中で、イザベラはひたすらに正義のひと言だけを唱え続けていた。
 イザベラ自身の命も尽きようとするアクシデントはあったが、リドリーの放った爆裂式徹甲弾は確実に、オーガを仕留めた。
 戦いである以上は多少の犠牲もやむを得ない。
 正義は為されたのだ。イザベラには何をも嘆く必要は無かった。
(だが、ひとつだけ悔やまれることがあるとすれば……)
 それは己の死によって、正義がひとつ、減算されることにあろう。
 イザベラにとっての正義とは即ち、オーガ殲滅の一事に尽きる。
 それは一族揃っての悲願でもあり、イザベラ自身もそれ以外のことには一切興味が無かった。

 すぐ間近で、ディノの慟哭が蒼天の中で激しく響いていた。
(全く、仕方のない奴だ……)
 己が生命の消失よりも、ディノの泣き叫ぶ姿に呆れる方へと精神のベクトルが動いた。
 いつものイザベラならば、情けないと一喝していたかも知れない。
 だが、余りにも悲痛に過ぎる叫びを上げ続けるディノの姿を見ていると、怒る気力も失せた。
(最期の最期まで、面倒をかける奴だな……)
 しかしイザベラの心は、不思議と穏やかな波に洗われていた。
 目の前のディノは、涙で顔がくしゃくしゃに乱れている。
 イザベラはそっと手を上げ、ヒステリックに泣きわめくディノの頬にそっと触れた。
「ディノ……聞け……ディノ……」
 自分の言葉を遺す。
 それが、イザベラが自らに課した最後の使命だった。

「聞け、ディノ……」
 もう何度目かの呼びかけだったのか、ディノ自身にはよく分からない。
 だが、弱々しくも凛とした響きを伴うイザベラの声に、ディノはようやく我に返った。
 半ば呆然とした顔で、力無く微笑むイザベラの美貌を愕然と眺めた。
「新兵とは大概無様なものだ……気にしなくて良い」
「イ、イザベラ、さん……ッ!」
 語り掛けるイザベラに対し、ディノはただ名を呼び返す以上の言葉が出てこなかった。
 それでも構わない――イザベラは尚も、声を絞り出した。
「だがな、それを、免罪符には、するな……存分に悔いろ。そして一撃で良い……次は戦えるように、しておけ……」
 それは即ち、新たな神人と契約せよ、ということでもある。
 果たしてディノに、そんなことが出来るのか。
「俺は……貴方みたいには、なれません……」
 がっくりと項垂れるディノだが、しかしイザベラは決して責めるような言葉は口にしなかった。
 ただディノに、強くあれと願うばかりであった。
「お前が正義となり……更に他の誰かを、正義にしてくれれば、それで良い……」
「そんなの……俺には無理ですッ!」
 だが、それでは正義が為されない。
 それは、イザベラが最も望まない結末だった。
「私が死んでも、その後にお前の手で正義が行われるのなら……私は本望だ」
「俺だって……俺だって、誰かを救いたい。でも、イザベラさんを救えなかった……イザベラさんと一緒でなかったら、俺は……」
「大丈夫だ。お前なら、な」
 それが、イザベラの最期の言葉となった。

 ディノは、随分と長い間、イザベラの傍らで膝を抱え込んで座っていた。
 その胸の奥には、誰かを救えるぐらいの力を得たいと望む思いが、再び宿っている。
 イザベラの遺志を継いで、ディノはいずれ、立ち上がるだろう。
 だがそれは、今ではない。
 今はまだ、イザベラを失った傷が大き過ぎた。

●死への道標

 慌ててその場を立ち去ろうとしているリドリーに、殺意の視線が迸る。
 だが、蒼龍・シンフェーアはすぐに八神 伊万里のもとへと駆け付けた。
 リドリーのことは、後だ。
 今は兎に角、命の灯が尽きようとしている伊万里の方が大事だった。

 蒼龍に抱きかかえられ、意識が朦朧とする中で、伊万里は無理矢理にでも微笑んだ。
 その微笑は蒼龍の為でもあったが、同時に、伊万里自身の為でもあった。
「イマちゃん、どうして……ひとりにしないって、いったじゃないかッ! イマちゃんの……イマちゃんの、嘘つき……ッ」
 言葉では責めているが、その内に秘められた悲しみを、伊万里には痛い程に理解出来た。
 生命の終焉を迎えようとしているのは、伊万里の方だ。
 絶望に駆られてもおかしくないのは、伊万里の方だ。
 なのに、相手の気持ちを慮り、優しい声で慰めようとしているのは、蒼龍ではなく、伊万里だった。
「御免ね、そーちゃん……本当に、御免ね……」
 精一杯の笑顔を作りながら、伊万里は蒼龍の頬にそっと触れた。
「一緒に居られなくなって、御免ね……でも、そーちゃん……こっちには、来ないでね……あなたは、生きて……」
 伊万里の冷たくなりつつある掌の感触を頬に受けて、蒼龍ははっと目を見開いた。
 蒼龍の為に――蒼龍の気持ちを想って、伊万里は笑顔をくれた。
 その伊万里の想いが、嬉しくもあり、そして悲しくもあった。
 伊万里の心がこれで最後になるなんて、蒼龍には耐えられない。
「そんなこというの、ずるいよイマちゃん……」
 愛するひとが死に際に発する、生きろ、という言葉。
 それは、残された者にとってはある種の呪いでもあり、鉄鎖の如き呪縛でもあった。

 例え呪いであろうとも、伊万里にとっては蒼龍が生き続けること、それだけが最期の望みであった。
 伊万里を失うことで蒼龍の心が死んでしまうかも知れない。
 だがそれでも、伊万里は蒼龍に生き続けて欲しかった。
「大丈夫……あなたは、ひとりじゃないから……」
 もしも。
 もしも、生まれ変わりの話が、本当であるならば。
(その時はまた、そーちゃんの神人になりたいな……)
 蒼龍との約束。
 いつまでも一緒に居るという、ふたりで交わした約束。
 その約束を、果たしたい。
 伊万里は自身の最期の時までも、蒼龍への想い、蒼龍をひとりぼっちの悲しみから救いたいという心を胸に抱いていた。
(そーちゃん……私が死んだら……そーちゃんの心が、憎しみに囚われてしまうかも知れない……でも、私にはどうすることも出来ない……どうすれば、そーちゃんの心を、癒せるんだろう……)
 伊万里に不安が残るとすれば、まさにその一点だった。
 そんな伊万里の不安を知ってか知らずか、蒼龍は笑った。
 伊万里を心配させたくないと、必死に笑った。
 だが、涙は止められない。
 そんな蒼龍に、伊万里は無理矢理に作った笑みではなく、心からの安堵の笑みを浮かべた。
「良いよ……分かったよ、イマちゃん。約束、してあげる……絶対に、生きるよ、僕は」
 涙声で、明るく返す。
 今の蒼龍に出来る、最後にして最高の贈り物。
 伊万里の目尻に、光るものが宿った。
 一条の涙。
 伊万里もまた、蒼龍と別れなければならない現実が悲しかった。
 悲しいが、しかし蒼龍とは笑顔で、さよならしたかった。
 そうでなければ、蒼龍が絶望に囚われたまま、残されることになるから――。

 不意に、伊万里の手が蒼龍の頬から離れた。
 蒼龍が必死に繋ぎ止めようとしている心から、するりと零れ落ちていくようにして、伊万里の命が、心が、闇の中に消えた。
 伊万里の目が、静かに閉じた。
 蒼龍は、伊万里の亡骸を大地に横たえ、静かに立ち上がった。
 涙は止まらない。
 泣くことを、やめようとも思わない。
 これは、伊万里への想いだ。
 その想いを、断ち切るなんて考えられない。
 だが、蒼龍は嘘をついてしまった。
「御免ね、イマちゃん」
 蒼龍が生き続けてくれると信じて、安らかに眠った伊万里。
 呪いであろうと何であろうと、絶対に死なないと約束した――だが、その約束を守れるという自信は、蒼龍には無かった。
 寧ろ、自らその約束を破る決心を固めた。
(キミは生きてっていったけど、やっぱり僕も、そっちに行くよ。でも、少しだけ待ってて……まだ、やらなきゃいけないことがあるから)
 蒼龍の視界の端に、逃げるようにこの場を去ってゆくリドリーの後ろ姿が、一瞬だけ映った。
 絶対に、逃がすものか。
 今やウィンクルムではなく、復讐に燃えた名も無き鉄槌者と化した蒼龍。
 その瞳には、絶対的な殺意が宿る。

(イマちゃん……お土産持っていくから、楽しみに待ってて)

●それぞれの決意

 翌日。
 タブロス市内の、とある集合墓地にて。

 ひとりの女性の墓標を前にして、紫織と恭一郎は、静かに佇んでいた。
 紫織は、以前よりも近い位置で恭一郎に寄り添うようになっており、一方の恭一郎は、若干の戸惑いを隠せないではいるが、紫織の息遣いを心地良く受け止めていた。
 少しだけお互いの気持ちを理解し合ったふたりの、新たな出発――だがその前に、紫織と恭一郎は、恋心を自覚させてくれた女性の霊を、訪れなければならなかった。
 ルネイア・ハディン。享年二十歳。
 神人としてのオーガ討伐任務の最中に、ルネイアは命を落としたのだという。

「そこが、彼女の墓碑か」
 新たに姿を現した、一組のウィンクルム。
 イザベラとディノも、ルネイアの魂に黙礼を送るべく、この共同墓地に足を運んでいたのだ。
「ルネイア・ハディン……彼女の命が失われたことで、一組の正義が消えた。残された精霊ジェロッド・ハディンはウィンクルムをサポートする調査員として、今もA.R.O.A.にその身を捧げているそうだ」
 イザベラの説明に、紫織と恭一郎は思わず、息を呑んだ。
 果たして、自分達が同じ境遇に陥ったとして、ジェロッドと同じ行動が出来るのだろうか、と。
 更にそこへ――伊万里と蒼龍が、花束を抱えてルネイアの墓標を訪れてきた。
「ルネイアさん、どんな気持ちでジェロッドさんとお別れしたのかな」
 伊万里はルネイアという女性を知らない。
 だが今は、二年前にこの世を去った彼女を、随分と身近に感じていた。
 傍らの蒼龍は、しかし、その瞳の奥に戦いの意志を静かに宿している。

「彼女を死に追いやったリドリー・スレイガーは、現在はA.R.O.A.から指名手配を受けているって話だね……そして、そのリドリーと酷似した人物が、ある傭兵集団に身を隠しているとの情報が、最近になって確認されたそうだよ」
 蒼龍の言葉を受けて、その場の全員が緊張に全身を強張らせた。
 容姿が似ているだけではなく、使用している武器や戦闘技術までもがそっくりそのまま、リドリー当人としか思えない、との由。
「その男の素性は、分かっているんですか?」
 ディノの問いに、蒼龍は据わった目つきで墓標を見下ろしつつ、答えた。
「オートン・リヴリコス。それが、その男の名前だそうだよ」
 例え夢の中であったとしても、伊万里に無残な死を与えた男を、決して許す訳にはいかない。
 同時に、イザベラの中でも新たな任務が誕生した。
「オーガ殲滅は我が一族の悲願であり、正義……だが、その行く手を阻む者が現れるというのならば、その排除も必須だな」
 マントゥール教団が雇い入れた『牙の群賊』なる傭兵集団は、A.R.O.A.の調査によれば、新たに顕現した神人の抹殺と同時に、現役のウィンクルムをも攻撃対象に含めているのだという。
 いわば、ウィンクルムを狙ったテロ集団と呼ぶべき存在であった。

「そんな連中には、負ける訳にはいかないな」
「はい……折角手に入れた幸せを、もう、失いたくないです」
 恭一郎の言葉に、紫織は小さく頷き返した。
 改めてお互いを想う気持ちを再確認し、絆がより強くなった。
 紫織は、敵が恭一郎と自分を狙って襲い来るというのであれば、絶対に負ける訳にはいかないと誓った。
 マントゥール教団、牙の群賊、そして暗躍する謎のデミ・ギルティ。
 次々に現れる強敵は、確かに怖い。
 それでも、紫織は恭一郎と一緒ならば立ち向かえる、と心から信じた。
 が、その時――紫織は背筋に、冷たい悪寒を感じた。
 何者かの視線を感じたのだ。
 慌てて周囲を見渡したが、怪しい姿はどこにも見られない。
「紫織……どうしたんだ?」
「いえ……何でも、無い……と思います。多分」

 共同墓地を見下ろす鐘楼上で、全身黒ずくめの長身の影が、低い笑みを漏らした。
「良いねぇ。狩りの相手は手強い程、数が多い程、楽しみが増えるってもんだ」
 ルネイアの墓碑を前にして佇む三組のウィンクルムを遠目に眺めつつ、漆黒の長身はゆらりと楼内へと姿を消した。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 革酎
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 03月20日
出発日 03月25日 00:00
予定納品日 04月04日

参加者

会議室


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