プロローグ
■感謝祭の裏
テルラ温泉郷でウィンクルム感謝祭が行われ、そして不穏な空気が漏れ始めた頃。
「いーよなー、先輩達と後輩達はさー、今頃温泉でのんびりまったりご馳走満腹だよきっと」
「中間管理職ならぬ、中堅選手の辛さだよなー」
ミットランドのテルラ温泉郷以外の至る所で、まさに中堅のウィンクルム達が似たような会話をして仕事に当たっていた。
感謝祭、などと言っても、全ウィンクルムが参加出来る訳ではない。
勿論、自ら不参加を決めた者もいるだろうが、それ以外でも、一定の経歴がある者の多くは「今回はちょっと諦めてもらえますか……?」とA.R.O.A.から言われていた。
オーガはウィンクルムの都合に合わせてくれない。
いつ何処に現れるかもしれない敵には、誰かしらが備えていなければならない。
そんなわけで、今回のようなウィンクルム全体の行事の場合には、必ず参加できない層が出てくる。
それは大概、中間層、つまり一番頼れる実力溢れる者達だ。
■異変の裏
「大体感謝祭とかさー、あれ、もう隠居してもいい位のウィンクルムへの正しく『お疲れ様』っていう感謝と、新人への『ほら楽しいでしょう? ウィンクルムやってるとお徳でしょう?』っていう逃がさない為の餌だろー?」
「そりゃあ、もうガツガツ働いてる俺達には関係ねぇわなー」
「でも温泉いいなー、ちくしょー」
「だよなー、何でオレらこんなところでオーガぶっ殺してるんだろうなー」
中堅ウィンクルム達は、そんな愚痴とも知れぬ会話をしながら、仕事に当たっていた。
そう、オーガの駆除だ。
「ああもう!!」
たった今オーガを切り倒した剣をドカッと地面に突き刺して吼える。
「何が起こってるんだよ! 急に増えすぎだろ!!」
ミットランドの至る所で、似たような叫びが響いていた。
テルラ温泉郷での異変を、離れている彼らはまだ知らない。
いや、テルラ温泉郷付近にいたウィンクルム達ですら、正確に何が起こっているのかわかっていない。
「何なんだよ! 何でどのオーガも向かう先が同じなんだよ!」
「止めろ! タブロスに入れるな!!」
「国境はどうなってる?! 誰か様子を見てこい!!」
「テルラ温泉郷付近がやばいって聞いたぞ! 人足りてんのか?!」
情報は錯綜し迷走する。一番動けるウィンクルム達は感謝される事なく忙殺されていく。この騒動の大元であるだろうテルラ温泉郷には近づけないまま、帰る事も休む事も出来ないまま、湧き出るように現れるオーガ達を倒していく。
そしてまた事件は起きる。
■裏の裏はまた表
『マントゥール教団です!!』
場所はタブロスを挟んでテルラ温泉郷と正反対の郊外の農村。
マントゥール教団という、上級のオーガを神と崇め、教団員以外の人間はオーガの家畜と考えている邪教の集団が、そこを襲っているという。
「テロ行為なら警察だろ! こっちだって忙しいんだよ!!」
たった今オーガの駆除を終えてA.R.O.A.支部に連絡をいれていたウィンクルムは、支部の人間からの報告に怒鳴り返した。
『いえ、既に警察が教団員達を捕らえ始めているのですが、従えているデミ・オーガの数が多くて』
「多いだぁ?! …………って、デミ・オーガ?」
怒鳴ったばかりのウィンクルムは、我に返ったように声を普通の音量に戻す。
『はい。正確にはデミ・オーガ化ベアが五体、デミ・オーガ化ウルフが十体とデミ・オーガ化ワイルドドッグが二十体ほどで』
「え、デミ・オーガ? 本当に?」
念を入れるウィンクルムの周辺に、一緒に駆除をしていたウィンクルム達が何だ何だと集まってくる。
『はい、デミ・オーガですが……あの、何か?』
「なぁおい、デミ・オーガが出たから俺達に来て欲しいってー」
電話から聞こえる疑問の声を無視して、仲間達に何処かのんびりとした声で報告する。
集まってきた仲間達は、それを聞いて「そっかー、デミ・オーガかー」とやはり妙にのんびりした声で返す。
「デミ・オーガ怖いもんなー」
「大変っすねー」
「そりゃ一般人でも頑張れば駆除出来るけどなー」
「やっぱウィンクルムだぁねー」
「ですよねー」
ははははは! とわざとらしいほど爽やかな笑い声がしばしその場に広がる。
『あ、あのぉ……?』
予期せぬ反応に置いてかれた支部の人間が恐る恐る声をかけると、ウィンクルム達はぴたりと笑いを止めて、
「ふざけんな!! そんなもん新人どもにまわせ!! それとも新人どもが俺達の代わりにCスケールオーガやBスケールオーガを駆除してくれんのか?! あぁ?!」
今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴りつけた。
『は、はいぃぃ!!』
かくて依頼はまわってくる。
まだウィンクルムになって日が浅い新人達のもとへ。
解説
●目的と成功条件
デミ・オーガの駆除
・一匹も逃がさないで下さい
・教団員は村で警察が捕まえているので、邪魔をしないようにしましょう
●デミ・オーガ
・デミ・オーガ化ベア……五体
熊がデミ・オーガ化したものです
見た目より俊敏です
・デミ・オーガ化ウルフ……十体
狼がデミ・オーガ化したものです
習性等は普通の狼と同じで、毛皮が丈夫になってます
・デミ・オーガ化ワイルドドッグ……二十体
野犬がデミ・オーガ化したものです
習性等は普通の犬と変わりません
●タブロス郊外の農村
・酪農村で、デミ・オーガ達は牧場と厩舎を二つほど占拠し暴れています
・家畜は全滅、村人は負傷者多数ですが既に全員避難済みで、現在村は無人です
・村人は家を壊さなければ牧場と厩舎が荒れても我慢するとのことです
ゲームマスターより
イベントシナリオです。
難しく考えず、ひたすらデミ・オーガを倒して下さい。
数が多いので、神人も駆除作業に参加した方が効率いいかもしれません。
頑張って下さい。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
高原 晃司(アイン=ストレイフ)
まぁ、先輩が言ってる事は間違っちゃいないからな… ちょいと頑張ってみるかな!村についたらトランスしておくぜ 俺は近いほうからワイルドドッグを倒していくぜ どいつも同じようであれば厩舎に近いほうから 基本はみんなと孤立行動はしないようにする HPが減っているワイルドドッグを攻撃していくぜ 「くそ!俺がやってやるぜ!!」 周りを警戒しておいて逃げそうな奴がいたらアインに知らせるぜ 「アイン!敵が逃げるぞ!頼む」 間に合わないようだったら俺が武器を投擲して攻撃するぜ 武器がない状態の戦闘の場合は格闘戦で挑む! 飛び蹴りとか回し蹴りとか蹴り技主体で戦う 成るべく農場や厩舎を傷つけないで戦いてぇな |
初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
ったく……わらわら集まりやがって これでも料理人だ、生産者のピンチは見逃せんな ほら、行くぞイグニス……お前は!あっちだ!(ベア差し) ああもうしょげるな!トランスするぞトランス!! ……単純でよかった……はいはい(余裕があれば)見てるから頑張れ とりあえずは他の神人らとデミワイルドドッグ退治 場所は近い方から、同じくらいなら厩舎から回るか 村はもちろん牧場や厩舎もこれ以上荒さん様にしたい 手分けして逃がさん様にしつつ確実に仕留めていきたい 家畜の恨みだ、とっときな! 逃げそうなやつは優先狙い、仲間から孤立しないように注意 集団で狙われたらさすがに危ないからな…… 終わったらざっと片付け よしよし、頑張ったな |
スウィン(イルド)
あっら~、先輩方忙しいのね ここは新人のおっさん達に任せちゃって~ 持ち物:手当て道具、酢入りのペットボトル 事前にトランス 牧場と厩舎は近い方から、同じくらいなら厩舎から 家はもちろん、牧場と厩舎も被害を最小限にするよう注意 ■戦闘 前衛 酢を撒いて敵の鼻にダメージを与えた後剣で攻撃 攻撃優先順はドッグ>ウルフ>ベア 強い敵はなるべく精霊に任せる 「くっ、数が多いわね…!」 孤立しないよう皆離れすぎない 逃げそうな敵がいたら仲間に知らせ優先して攻撃 「あいつ、逃げそうよ!」 体力が危なくなったら安全な場所に下がり手当て ただし安全な場所がない場合後衛から砂石等投げて援護 ■後 「お疲れ~。…ほんと疲れたわ…」 手当てと後始末 |
東雲 燈夜(テオドール=フェーエンベルガー)
目的:全オーガの駆除 行動:まずは牧場と厩舎をなるべく壊さないように行動する、これは大事だ 俺とテオは牧場と厩舎で近い方から、同じくらいなら厩舎から近付く、皆と別れないよう距離には気を付ける 戦闘ではトランスをしてテオにはウルフを任せる、俺はワイルドドッグを狙う 狙えるなら首や頭等の急所を狙って手早く倒したいな 難しそうなら足を狙って機動力を削ぎたい 孤立しないように皆とや敵との距離は気をつける、囲まれたら大変だからな 大変だろうが一匹残らず駆除だ駆除! 撃ち漏らしが無いように気を付けて、他の神人達とも連携して倒していきたいな。 早めに倒せたら、他のオーガの方へ援護にも回りたいな |
ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
腕が鳴る依頼に巡り合えた事を感謝する 敵だけに集中出来るのは有難い 俺が強くなる為の糧となれ ワイルドドッグ狙い 一匹残らず駆除 厩舎の方から片づける すぐにトランス状態になる 互いに背を向けて銀の十字架に祈りの口付け 敵の多さに叩き斬り甲斐があると高揚状態 サーシャから少し狂喜を感じる 牧場と厩舎はなるべく壊さないよう配慮 他の神人達と協力し危なくなったら助けに入る 一体ずつ相手 ドッグの目や足を狙って動けなくする 小刀で敵の攻撃を流し半減させる 噛みつかれたら払い退けて蹴り飛ばす 躊躇い無く胴体に剣を突き立てる 台詞 矮小な存在で俺に噛みつく度胸だけは認めてやる 俺の居場所は戦場の中にしかない 白は黒になれるが黒は白には戻らない |
■表舞台、五分前
「……というわけでして、申し訳ありませんが、応援は来ないものと考えてください」
猛スピードで駆ける馬車の中、A.R.O.A.の職員が申し訳なさそうに告げた。
「あっら~、先輩方忙しいのね。じゃあここは新人のおっさん達に任せちゃって~」
空気を変えるように明るく返したのは『スウィン』だ。
それに『高原 晃司』が苦笑して続く。
「まぁ、先輩が言ってる事は間違っちゃいないからな」
実際、今ここにいるウィンクルム達でBスケールオーガを倒せと言われても無理だろう。
「応援が無くても問題ない。安心しろ、全て倒す。……腕が鳴る依頼に巡り合えた事を感謝する」
集まった中でも一番年若い『ヴァレリアーノ・アレンスキー』が、年上である職員を落ち着かせるように言えば、『東雲 燈夜』も笑顔で職員の肩をぽんをたたく。
「場所は農村なんだろう? これでも料理人だ、生産者のピンチは見逃せんな」
そうして『初瀬=秀』が言うと、職員はようやくほっとして顔を上げた。
馬車は村へ近づく。
無人になった筈の村は、しかし今は警察による騒ぎを引き起こしたマントゥール教団の大捕り物となっていて騒々しい。
そして、その村の更に奥。
「警察が既に教団員が持っていた『邪眼のオーブ』のコピーは壊しました。デミ・オーガ達は今、何の統率も取られず、本能のままに暴れているだけです。教団員全て確保し終われば、警察の助けが入るかもしれませんが……」
再度の説明の途中、馬車は目的地に着く。
武器を装備したウィンクルム達が戦場へと降り立つ。
「さて、ちょいと頑張ってみるかな!」
力強く笑い、踏み出して行った。
■戦闘開始の幕が開く
「ったく……わらわら集まりやがって」
「おおお話には聞いてましたが多いですね!」
舌打ち混じりに秀が言えば、『イグニス=アルデバラン』もそれに続く。
ウィンクルム達は牧場入り口の納屋の影で状況を覗き見ていた。
ベアを狙うのはエンドウィザードのイグニスとハードブレイカーの『イルド』。
ウルフを狙うのはシンクロサモナーの『アレクサンドル』とプレストガンナーの『アイン=ストレイフ』とテンペストダンサーの『テオドール=フェーエンベルガー』。
そしてワイルドドッグは神人全員で狙う、と作戦を立てていたのだが。
「酷い……」
誰かが呟く。
たどり着いてみれば牧場に出ているのはワイルドドッグとウルフばかりで、温く鉄臭い空気の中で羊や山羊の死肉を貪っていた。
「ベアは、厩舎か」
イルドが大きな物音のする厩舎を睨みつける。
これ以上被害を大きくしたくない、そう思っているウィンクルム達は、大まかな位置を把握したら即行動に移ることにした。
「ほら、行くぞイグニス」
「はい! 頑張りましょうね皆様!」
勇ましくイグニスは進む。秀の後ろを。
「……お前は! あっちだ!」
秀がビシッとベアがいるであろう厩舎を指差せば、イグニスもハッと行き先の違いに気付き「え、今回も別々!? 別々……」とさっきまでの勇ましさを消してしょぼくれた。
「ああもうしょげるな! トランスするぞトランス!!」
「トランス!」
ぺたりと萎れていた尻尾をピーンを立たせてイグニスが復活する。
それに苦笑しながら、他のウィンクルム達もトランスしていく。
もう慣れた者、まだぎこちない者。様々だったが、そこに拒絶の色は無い。
「今回も頑張りますよ秀様! 見ててくださいね!!」
「……単純でよかった……はいはい、見てるから頑張れ」
余裕があればな、と内心で付け足したのはばれていない。
激励の言葉を交わしあうウィンクルム達の中、ヴァレリアーノとアレクサンドルは言葉を交わさず、それどころか顔も合わせず背中合わせになる。
儀式のようにヴァレリアーノが胸元の銀の十字架に祈りの口付けをした瞬間、それが見えていたかのように、アレクサンドルは一歩踏み出した。
精霊達が、神人達が走り出す。
デミ・オーガを倒すために。
■VSデミ・オーガ化ウルフ
先陣を切ったのはアインで、『ダブルシューターⅡ』を発動させた。
汚い咀嚼音を断ち切るように、ガガガンッ! と、重い着弾音が響く。同時に叫ぶ間もなくウルフが二匹弾け飛ぶように倒れた。
「さて、数が多いですが……これを逃がさないっていうのも中々に骨ですね」
冷静に呟くアインの横で、アレクサンドルもスキル『タイガークロー』を発動させた。武器であるバトルアックスの刃が、猛獣の爪というよりシャチの歯を思わせる形に変形し、アレクサンドルの身体と一体化していく。
「汝達には我達と遊んで頂くとしよう」
言い放ち、こちらに気付いて身構えた瞬間のウルフを二匹切り裂いた。
「精々楽しませて下さい」
刃についた血を振り払って言うその顔には、常と変わらぬ笑みが浮かんでいた。
「これで、行けるだろう!」
テオドールもまた、スキル『アルペジオ』を使い、こちらへ向かってきていたウルフ三匹の足を切る。
倒れ転がり、ギャンギャンと咆え苦しむしか出来なくなったウルフ達の横を、呪文詠唱を始めたイグニスと武器を抜くイルドが駆け抜ける。
テオドールの言うとおり、厩舎への道が開けたのだ。
その場で留まった精霊達は周辺を鋭く見回す。こちらを敵と見なしたウルフ達が唸り声を上げて囲みだした。
不意をついた結果、既に四匹を倒し、三匹を戦闘不能にしている。しかし、それを補充するかのようにワイルドドッグも数匹こちらに混ざって囲んでいる。
それでも精霊達は慌てない。
「一匹たりとも逃がしたりはしませんよ?」
余裕すら滲ませたアインの声を合図にするかのように、ウルフ達が一斉に襲いかかった。
「遅い!」
テオドールが叫んでまた『アルペジオ』でウルフ二匹の足を切り刻む。
アレクサンドルはさっきの戦闘不能に陥った三匹に止めを刺しながら襲ってくるワイルドドッグを二匹切り伏せる。
アインも『ダブルシューターⅡ』でウルフを一匹とワイルドドッグを一匹。
「おや、もうデミ・ウルフはいませんね」
倒したウルフを見て、アインはスキルをといて通常攻撃へと切り替えると、テオドールの攻撃で動けなくなったウルフに容赦なく銃弾を叩き込んだ。
ワイルドドッグがまた数匹こちらへ向かってくる。
テオドールもスキルをといて通常攻撃に変える。それでもその動きに狂いも迷いも無い。正確に敵を切りつけていく。
同じように確実に叩き切っていくアレクサンドルは、笑顔を浮かべたままだった。
殺された家畜の血だけでなく、今自分達が殺しているデミ・オーガの血。むせ返るほどの鉄錆の匂いが、味が、アレクサンドルを酔わせているようだった。
「もうスキルは無理か」
限界を感じて名残惜しげに『タイガークロー』をとく。
通常の刃に戻った斧だが、今までを証明する様に血はついていて、アレクサンドルはほとんど無意識に血を指で拭い舐めとった。
浮かべていた笑顔は、常とは違うものだった。
あと数匹のワイルドドッグを倒せば、この辺りの敵はいなくなる。
「神人達の方を援護した方がよさそうかな」
ふう、とテオドールが一息ついた時、神人の声が飛んできた。
「アイン! 敵が逃げるぞ! 頼む!!」
テオドールが振り返るより、アレクサンドルが反応するより、声とほぼ同時と言っていいほどの速さで銃声が鳴り響く。
遠くでどさりと倒れる音がしたが、それを確認しないまま、アインは目の前の敵を倒すスピードを速めた。
少しでも早く、神人の援護に回る為に。
■VSデミ・オーガ化ワイルドドッグ
精霊達がウルフとの戦闘を始めた頃、神人達もワイルドドッグとの戦闘を開始させていた。
とはいえ、こちらは戦闘に特化したスキル等が使えるわけでもない。
だから、戦闘もそれぞれの工夫が目立つ。
「まずは、これで!!」
スウィンが飛び掛ってきたワイルドドッグに、持ってきた酢をぶちまける。
キャンと悲鳴をあげて酢をかけられたワイルドドッグが転がる。鼻がよく効くワイルドドッグには動けなくなるほどの刺激だ。
仲間のその様子に警戒して数匹が踏みとどまる。その隙にスウィンは更に周辺一帯へと酢をばら撒いていく。
人間の鼻もおかしくなるほどの酸っぱい刺激が広がる。動きをおかしくするワイルドドッグが続出する。
「敵だけに集中出来るのは有難い……!」
ヴァレリアーノは小刀を振りかざす。
敵の多さに叩き斬り甲斐があると、既に高揚状態になっているヴァレリアーノは、何の躊躇いも無くワイルドドッグの首を切ってその息の根を止めた。
「家畜の恨みだ、とっときな!」
秀が叫んでボーンナイフでワイルドドッグを刺す。
暴れるワイルドドッグにもう一撃。手間取ったが仕留める事ができた。
「狙えるなら首や頭、急所を狙った方がいい! 難しそうなら足を狙って!」
皆に知らせるように叫んだのは燈夜だ。
確かにヴァレリアーノとスウィンが持つ小刀ならばともかく、他の者が持つボーンナイフでは決め手にかける。
数の多さを考えればせめて機動力を削ぎたい、そう思い、燈夜は実際に足に傷をつけて転がしていく。
「くっ、数が多いわね……!」
遠くから集まってくるワイルドドッグに気付いて、スウィンが焦ったような声をあげる。
「大変だろうが一匹残らず駆除だ駆除!」
それを励ますように燈夜が大声で言ってまた近くのワイルドドッグの足を切り裂く。それをスウィンが小刀で止めを刺していく。
戦闘は順調に思えた。
スウィンが酢をばら撒き鼻を狂わせ、動きを留まらせ、そこを秀と燈夜と晃司がボーンナイフで攻撃、止めをヴァレリアーノとスウィンが刺していく。
それでも、人間の体力は無限ではなく、ワイルドドッグ達も同じ動きばかりではなく。
次第に疲れの見え始めた神人達と拮抗し始めた。
混戦としている中、積極的に動いているヴァレリアーノの腕へ、一匹のワイルドドッグが噛みついた。
「坊ちゃん!」
すぐ側にいたスウィンが叫んで助けようとするよりも早く、ヴァレリアーノ自身が乱暴に払い退けて蹴り飛ばす。それと一緒にヴァレリアーノの腕から血が飛び散る。
「矮小な存在で俺に噛みつく度胸だけは認めてやる」
しかし、痛みを感じていないような素早い動きで、蹴り飛ばしたワイルドドッグに近づくと、胴体に小刀を突き立て捻って抉り、その命を絶つ。
「誰が、坊ちゃんだ……ッ」
仕留めた事で瞬間気が抜けたのか、それとも痛みと疲れを自覚したのか、息を切らし始めたヴァレリアーノに、スウィンはほっとしながらも駆け寄り戦いの輪から抜けさせる。
「訂正するわ、おにーさんカッコイイ!」
「軽薄な言葉だな……」
応急処置を始めたスウィンへ呆れたように言いながら、周りを警戒するよう見回す。
「サーシャ……?」
見回し、自分の相棒の不自然さに気付き、微かに眉根を寄せる。
少し離れた場所では、斧についた血を指で拭い舐めるアレクサンドルがいた。
胸の奥底が奇妙にざわめいたが、それが形を持つ前に「これでよし!」というスウィンの声で一時的な治療が終わる。
ヴァレリアーノは今見た狂気の欠片を頭の片隅へ追い込み、再びワイルドドッグを屠る為に立ち上がった。
同じく戦線に復帰しようとしたスウィンは、けれど視界の隅に混乱から遠ざかろうとするワイルドドッグを捕らえた。
「あいつ、逃げそうよ!」
叫んだ瞬間、その一匹が走り出し、つられる様にもう一匹走り出す。
「くそ! 俺がやってやるぜ!!」
素早く反応した晃司が追いかけるが、いかに晃司の運動神経がよくとも追いつかない。
晃司は瞬時に判断し、足を止めて持っているボーンナイフを思い切り投げ飛ばした。
ボーンナイフは逃げるワイルドドッグの身体を掠めて肉を抉る。キャンと叫んでワイルドドッグが倒れその場でもがく。
「アイン! 敵が逃げるぞ! 頼む!!」
晃司は止めを刺すべく倒れたワイルドドッグに走り寄りながら、振り向きもせず大声で相棒へ知らせる。
それに呼応するように銃声が響き、逃げていたもう一匹のワイルドドッグも倒れた。
そこでようやくアインの方を振り返った晃司は、既に別の敵への攻撃に移っている頼もしい相棒の背を見て、にっと笑った。
■VSデミ・オーガ化ベア
辿り着いた厩舎の中は、牧場と同じように惨状が広がっていた。
もう光を宿さない牛の目を見てしまったイルドは、その牛の腹に顔を突っ込んで食べているベア達を睨み、ロングソードを構える。
「弱いやつほどよくつるむってか? こんなところに隠れやがって、まとめて薙ぎ払ってやる!」
駆け出しそうになったイルドを、イグニスが咄嗟に肩をつかんで止める。
ふるりと首を振って天井を仰ぐイグニスに、ここでスキルを発動させれば厩舎に被害が出るだろうという事に気付く。
「めんどくせぇ……」
舌打ちをして、まだこちらを気にも留めていないベアに近づき、その背に剣を突き立てる。
突然の攻撃に、ベアは仰け反る様に身体を起こして咆哮をあげる。
その咆哮で、他のベア達もようやく敵の進入に気付く。
「ほら、来いよ! 狭いところにいるんじゃねぇよ!」
挑発するイルドの横で、イグニスもまたその場にあったバケツをベアへと投げつける。
案の定、ベア達は激昂する。
厩舎から出て行くイルドとイグニスを追いかけて、食事をそのままに厩舎から駆け出る。
そして五匹全部厩舎から出たところで、まずはイグニスが完成させた魔法『乙女の恋心Ⅱ』を発動させた。
断末魔があがる。
五匹いるベア全てを捕らえた攻撃は、しかし全てのベアに完璧に効いたわけではなかっ-た。二匹が倒れ、もう二匹が轟音のような悲鳴をあげのた打ち回り、一匹は何事もなかったように威嚇してきた。
「すみません、イルド様、後を頼みます!」
攻撃を終えたイグニスが悔しそうに言えば、逆にイルドは「任せろ」と不敵に笑う。
『トルネードクラッシュ』という技は、自身が回転するというその技の特性上、命中率が低くなる。
けれど、今のこの状況は。
既に攻撃を喰らい、逃げられなくなっている二匹。何が起こったのかわからずに警戒だけしている一匹。
ほとんど動かない的となっている敵を、外すなんて事は無い。
「おら、くらえ!」
暴れ狂う風が生まれる。
幾つかの強烈な衝突音と獣の悲鳴。
竜巻が回転を止めた時、イグニスが見たものは、静けさを取り戻した牧場の片隅で動かなくなって転がる五匹のベアと、やりきった顔で立っているイルドだった。
■舞台の幕は静かに下りる
「秀様ー! 頑張りましたー!!」
イグニスがぶんぶんと腕を振りながら駆け寄るのは、疲れきってはいるが達成感溢れる神人達のところ、そこにいる秀のもとだ。
「よしよし、頑張ったな」
褒められたイグニスは上機嫌になる。
他の精霊とも合流して、全てのデミ・ウルフ、デミ・ワイルドドッグを倒したウィンクルム達は、スウィンが持ってきていた治療具で簡単な応急処置をしていた。
神人は皆ところどころ怪我を負っていた。一番酷いのは噛み付かれたヴァレリアーノと、途中から肉弾戦になってしまった晃司で、一番元気そうなのは効率的に的確に急所を狙っていった燈夜だった。
それでも、皆自分の力で立って帰れるほど、無事の状態で依頼を終えた。
「厩舎も牧場も、それほど被害が増えなくてよかったよ」
村が無事でも、村人が無事でも、家畜が全滅したという事は牧場が死んだという事に等しい。
それでも、どうか次へと繋げる様に。繋げようと思えるように。
「……一休みしたら、ざっと片付けるか」
秀が提案すると、全員が笑顔で賛同した。
既に治療を終えていたヴァレリアーノは、他の者達とは少し離れたところで、倒したデミ・オーガ達をじっと見ていた。
「白は黒になれるが黒は白には戻らない」
すぐ後ろに立っているアレクサンドルにしか聞こえない位の声でぽつりと呟く。アレクサンドルは何も言わない。
「俺の居場所は戦場の中にしかない。サーシャ、お前の居場所は何処だ」
アレクサンドルは答えない。
数秒待っても動きは無い。それが分かると、ヴァレリアーノは飽きたように立ち上がり、アレクサンドルを置いて他の皆のもとへと歩き出す。
「……アーノ、けれど」
ようやく投げ返された声に、ヴァレリアーノは振り返る。
「灰色にはなれるのかもしれないのだよ」
ヴァレリアーノに言ったのか、自身に言ったのか。
浮かべていたその微かな笑顔は普段のアレクサンドルらしからぬ不恰好なもので。
だからではないが、ヴァレリアーノはくだらないものを見たとばかりに小さく鼻で笑い、「汚い色だ」と小さく零した。
言葉の内容に反し、零れた声色はやわらかいものだった。
「お疲れ~」
全員の応急処置を終わらせたスウィンは、ようやく相棒のイルドへとひらひらと手を振り、互いの無事を確認した。
離れている間、多少なりとも心配していたイルドだったが、スウィンの無事な様子にほっとする。
ただ、無事ではあったが、流石に数の暴力で体力は尽きかけたらしく、長い長い溜息をついてスウィンは座り込んだ。
「……ほんと疲れたわ…」
本気で疲れきっている様子のスウィンに、ようやく日常が戻ってきたと笑った。
「歳だな、おっさん。背負ってやろーか?」
そう言ってからかえば、一枚上手のスウィンが「あら、お願い!」と冗談で返す。
けれど、そんな返しをまだ予想できていなかったイルドは本気でうろたえ、その場にいたウィンクルム達の笑いを誘った。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:初瀬=秀 呼び名:秀様 |
名前:イグニス=アルデバラン 呼び名:イグニス |
名前:スウィン 呼び名:スウィン、おっさん |
名前:イルド 呼び名:イルド、若者 |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 05月13日 |
出発日 | 05月20日 00:00 |
予定納品日 | 05月30日 |
参加者
- 高原 晃司(アイン=ストレイフ)
- 初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
- スウィン(イルド)
- 東雲 燈夜(テオドール=フェーエンベルガー)
- ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
会議室
-
2014/05/19-22:15
ギリギリで悪い。
同じくらいなら厩舎からで分かれないように だな、了解だ。
変更しておく
犬を早く倒せたら他の所にも援護に行けたらと思う
被害も少なく倒せたら良いな。お互い頑張ろう。
-
2014/05/19-20:16
そうね、おっさんも分かれない方がいいと思うわ。ただでさえ敵の方が数多いし。
それじゃ、「近い方から、同じくらいなら厩舎から」でプラン書いとくわ~。
ぎりぎりまで変更はできるわよ。頑張りましょうね! -
2014/05/19-14:58
スウィンはアドバイスありがとな。
乙女2発で、イグニスはベアに回す。
これ一撃でベアが倒せりゃ儲けもんだな
一応イグニスも後ろの方に置いといて逃げそうな敵いたら知らせて狙うようにはしとく
場所に関しちゃ近い方から、同じくらいなら厩舎からでいいんじゃないか?
個人的には少数で向かって囲まれるとしんどいし分かれずにまとまって行動した方がいいかな、とは。 -
2014/05/19-02:51
ヴァレリアーノはまとめサンキュ!
アインは単体攻撃が主になるからベアを狙うかな
俺もワイルドドッグ狙いで余裕そうであればウルフを狙うぜ
今回は回避技はあんま意味なさそうなんで火力重視のダブルシューターⅡを持ってくつもりだ
どの道2回攻撃の仕様上すぐMPが尽きるしな
逃げそうな敵が居たらこっちで狙っておくぜ -
2014/05/18-21:26
皆のレベルが凄い…(尊敬)
ヴァレリアーノさんまとめありがとう。
そしてあまり書けずに申し訳ない
テオのスキルはアルペジオ(敵へ三回攻撃)のまま行こうと思う。もう一つあるけど回避技だしな(汗)
サーシャさんと上手く連携が取れれば良いなと思ってる。
牧場か厩舎か…もし別れるなら一応「牧場から」と書いておくよ。
一緒に行動ならやっぱり「近いところから」になるかな? -
2014/05/18-20:00
ヴァレリアーノはまとめありがとね~。
初瀬の旦那はレベルアップおめでとう♪乙女二発でいいと思うわよ。
イルドもトルネードクラッシュⅡ(二発)じゃなくて
トルネードクラッシュ(五発)予定だし。
そういえば、牧場と厩舎はどっちから行く?
「近い方から」、同じくらいだったら、適当に「厩舎から」とかでいいのかしら?
一匹も逃がさないようにって事だから、遠距離攻撃持ってる精霊さんに
逃げそうな敵がいないか注意してもらって、いたら優先して狙って欲しいかねぇ。
おっさんも気付いたら知らせる予定。 -
2014/05/18-13:41
ヴァレリアーノはまとめありがとうな。
エピ返却でイグニスのスキルの範囲が広がって、
乙女の恋心(2発撃てる)
カナリアの囀り(単体に叩きつけ、周囲に拡散)
乙女の恋心Ⅱ(威力強化)
の3つになった。デミ相手だし乙女二発がいいかね?
カナリアは地上10mで炸裂、10m四方に拡散が牧場に被害出そうでな…… -
2014/05/18-11:39
俺もトランスして、とにかく敵排除に全力を注ぐ。
あと獲物だが、神人は皆ドッグに向かうなら俺もそうさせてもらう。
そしたらサーシャはウルフ狙いに変更する。
現在誰がどれを担当するか決まっている所まで、以下に記載しておく。
・ドッグ
秀、燈夜、スウィン、ヴァレリアーノ、イグニス
・ウルフ
テオドール、サーシャ
・ベア
イルド、イグニス -
2014/05/17-01:27
トランスしないとスキル使えないしねぇ。こっちもトランスするわよ~。
獲物は、神人はワイルドドッグが無難そう?おっさんもこれ狙いで。
ベアは抑えがいないと怖いから、イルドはそっちかねぇ?範囲攻撃のトルネードクラッシュでいくわ。
孤立すると怖いから、皆離れすぎないようにしたいわね。 -
2014/05/17-01:14
発言が遅れて申し訳ない。
ヴァレリアーノ・アレンスキーだ。
それとこっちはシンクロサモナーのサーシャだ。
秀が言うように出来れば牧場等の被害も抑えたいところだな。
あと俺とサーシャ両方とも前へ出る。
俺はオーガ化ウルフ、サーシャはオーガ化ベア狙いで行きたいと思う。 -
2014/05/17-00:52
被害を最小限にだな 了解だ
うーん俺はどうするかな…俺もワイルドドックに行くかな
元が犬なら何とか倒せそうだし
テオのテンペストダンサーは手数が強みだから二番目に数の多い狼にしようかな…? -
2014/05/17-00:10
初瀬だ、相方はエンドウィザードのイグニス。
初見も顔なじみもよろしくな。
そうだな、家畜は全滅しちまったみたいだから
家屋は守るとして、できれば牧場と厩舎も最低限の被害に抑えたいとこか。
獲物に関しては俺は他の奴と協力してワイルドドッグ、
イグニスは俺とワイルドドッグか火力活かしてベア狙いかってとこだな。 -
2014/05/16-04:00
晃司だ。よろしくな!
こちらはプロストガンナーのアインだ
難しく考える必要がないってのは家屋さえ破壊しなければ
殆どなんでもやっていいって事だな
精霊に関しては狙う獲物は決めておいたほうがいいだろうけど
俺たち神人達が駆除する場合は攻撃力の問題もあるし二人で一体とか複数人で攻撃したほうがいい気はするな -
2014/05/16-01:27
東雲燈夜だ 宜しくな
相棒はテンペストダンサーのテオだ
ひたすら倒せって事だから。あまり細かい事考えずに倒していけばいいか?
あ、でも狙う獲物は決めた方が良いのかな?
今回は数も多いし、俺も前線にでるよ。トランスもする予定だ -
2014/05/16-00:45
スウィンと、相方のハードブレイカー、イルドよ。よろしく~。
家を壊さないよう注意するくらいで、あんまり考える事はなさそう?
二人とも前衛で、おっさんも積極的に攻撃するわよ!