ぬれる、塗れる(青ネコ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 その日、とあるA.R.O.A.支部にやってきたのは、オーガ討伐の依頼人、では無く。
「ウィンクルムの皆さんがボランティアでモデルをやってくださると聞いて!」
 何かを色々勘違いした、広告代理会社の女社員。
「あー……」
 受付職員は思わず遠い目をする。なんかこの展開覚えがあるような無いような。
 何度も言うが、モデルや芸能活動を体験したウィンクルムは多くとも、それはあくまで任務だったり、企業間や職員達の『大人の事情』であったり、ウィンクルム達が個人的に引き受けた事だったりで、別にボランティアなどやっていない。
 その事を懇切丁寧に説明したが、女社員も引かない。
「そりゃ私はまだ平のペーペーででかい報酬は用意できませんし! 職員とのコネなんかもありませんけど! そういう大人の裏の事情は分かりませんけど!!」
「やめて下さい、他の来訪者もいらっしゃるんですから、あまり大きい声で誤解を招くような発言は」
「A.R.O.A.は普段から命を張ってる団体ですから、そこで社会奉仕の精神なんて使い切ってて、弱小企業の頼み事なんかくだらない邪魔なものでしかないのかもしれませんけど!!」
「ちょっとホントやめて下さい、お願いしますよ、もう少し声のトーンを下げて」
「お金ですか?! お金が全てなんですか?! 少しくらいは話聞いてくれたっていいじゃないですかー!!」
「わかりました聞きます! 聞きますから!! うちはあくまで対オーガを専門とした非営利団体です皆様誤解の無きよう!! オーガ被害で困った時はお金なんて気にせずすぐに連絡を!!」

「ひゃっほーい! A.R.O.A.へのポスターモデルの協力要請通りましたよー!」
「お前凄いな?!」
 小さな広告代理店の中にある小さな会議室、そこにA.R.O.A.へやってきていた女社員が入り、中で待っていた先輩社員と話しだす。
「まぁ受付の人に『伝えるだけですから!』って念を押されちゃったんですけど、過去に同じような流れでバッチリガッツリ来てもらえました!」
「え、これ二度目なの? お前本当に何なの?」
「何事もチャレンジ精神ですよ!」
 けろりと悪びれずに応える女社員と呆れた様子の先輩社員。
 その二人の間にある机の上には、とある化粧品会社の新商品の広告企画書があった。

・新商品「フルーティリップルージュ」
 様々なフルーツの香りと色を再現した口紅
 実際に塗っているところと、塗った口紅でつけたキスマークの二枚

・新商品「ハーブボディアート」
 ハーブの染料で作られた十日程で消えるペイントタトゥー
 実際に塗っていることころと、塗った場所にキスをしているところの二枚

解説

ポスターモデルになってください。

●宣伝商品
フルーティリップルージュかハーブボディアート、どちらかを選んでください。
フルーティリップルージュなら『紅』、ハーフボディアートなら『染』の字をプランの頭に書いてください。

●服装
プランにどんな服か書いてください。
コーディネートをそのまま採用の場合はプランに書かなくていいです。
お任せにしたい場合は、『任』の字をプランの頭に書いてください。

●設定
フルーティリップルージュの場合、以下をプランに書いてください
・どちらの唇に塗るか、どういう風に塗るか
・何処にキスマークをつけるか(ようするに何処にキスするか)、どういう風につけるか
ハーブボディアートの場合、以下をプランに書いてください
・こちらは必ず神人の肌に描きますが、精霊は何処にどんなものをどんな風に描くか
・描いたところへどんな風にキスするか

●撮影中
お喋りしながらポーズとってくれて構いません。
リアルエロは駄目だけど、キュートとかセクシーとかは! 大歓迎だよ!!(by天の声)

●撮影終わったら喉乾いたわー、腹も減ったわー、美味しそうな店あったわー
飲食に300Jr使いました。


ゲームマスターより

ハーブボディアートはヘナタトゥーと思っていただければよいかと。
化粧品の素敵なポスター作り、ご協力お願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

 
服装:ベアトップのワンピース/白
髪もアップに結い上げる

薔薇の下絵ですか?
詳細を知らないままここに来た
天藍から紙とペンを渡され、言われるままに蔓の形を整えた薔薇を描く

後ろに回った天藍が、蔦を描く位置の確認に指をおき始めた所で自分が描かれる側だと気付く

この位置なら、かのんの顔は写らないと言われ、更に、かのんが俺の体のどこかに何か描いてキスするのでも構わないけどなと続き降参
くすぐったさ我慢して大人しく描かれる

…なんというか居たたまれないです…
楽しそうな様子の天藍に恨めしげな視線
宥めるようなこめかみへのキスにも、何だか天藍ばかりずるいです

カメラマンやスタッフの存在に頬染め顔が隠れるポーズで良かったと


アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
 
ダリアの花をあしらった白いドレス
まとめ上げた髪にも赤いダリアの髪飾りを

まさかラルクさんがこの手の企画に乗ろうと言い出すなんて
正直に言いますと、驚きました
…はっ、まさかラルクさんがつけるんですか?

よく分かりませんが…
ラルクさんに考えがあるみたいですし、黙って指示に従っておきましょう
唇に当たる感触…指、でしょうか?
ラルクさんが笑ったような気配がしましたけど…なんでしょう?

それで、次は?どこに口付ければ?
手…手の甲ですか
今日は妙に遊ばれてる気がしますし…嫌がらせとして薬指の根元にしておきましょうか

…言われるがまま、されるがまま
それが心地好いだなんて、駄目ですね…気を付けなくては



オンディーヌ・ブルースノウ(エヴァンジェリスタ・ウォルフ)
  『紅』
ライチ
ローズレッド(皮)
塗ると光の加減で遊色効果のある白(果肉)が
ライチの果肉のような艶やかで瑞々しくぽってりとした唇に

白いシーツを巻き
どうなさったの?

苦笑
普段の服装と大して変わりませんわよ?
そのように難しい顔をなさらないで

精霊に紅を手渡し
わたくしはライチを貴方の口へ、貴方はこちらをわたくしの唇へ…よろしくて
ライチを精霊の口元へ
互いの唇に注がれる視線
はみ出しても動じず、微笑んで


ライチは甘く爽やかな香りと味に反して、どこか妖艶な果物ですわね
ご存知ないかしら、ライチは傾国の美女が愛した果物ですのよ

神人の口元から精霊の鎖骨辺りへ果汁が滴る
雫に唇を寄せ軽く音を立てる

あら、失礼
悪びれず嫣然と微笑


冴木・春花(悠)
  紅/任

大人っぽい雰囲気で、紅に合う色の服をお任せ出来たら嬉しいなぁと

モデルなんて初めてだから緊張しちゃう
普段は化粧とかあまりしないんだけど、口紅くらいなら…
…え、すぐ塗っちゃ駄目?
モデルになるんだから、ちゃんとメイクも?

ルカの器用さ、助かるけど
何でこんな事まで出来るのよー
ツッコミは悔し紛れ

撮られてる事は意識しない様に…
伏し目がちに
紅を下、上へと、一往復
唇を閉じ、開いて馴染ませて
似合います?
照れは隠せず、けれどふわり笑って

何処にマークを残すのか、私が決めていいなら…
首筋に顔を埋めて
少しの間、鼓動を感じて
啄む様な淡いキス

顔を離して見上げれば
いつもと変わらない顔がルカ兄らしくて
やっぱり上手
悔しい、な


■変わるのは
「大人っぽい雰囲気で、紅に合う色の服をお任せ出来たら嬉しいなぁと」
 スタイリストにそう言いながら衣裳部屋へ入っていく『冴木・春花』を見送ってから、『悠』は自分の衣裳部屋へと入っていった。
 パートナーであり幼馴染である春花は、悠に言わせれば化粧っ気は無く、服に頓着しない少女だ。
(兄貴分としては安心な半面、折角素材は良いんだからもっと磨けばいいのにと思わないでもなくて)
 そう、兄貴分だ、と誤魔化しながら、悠は手早く用意された服に着替えていった。

(モデルなんて初めてだから緊張しちゃう)
 春花が着たのは淡い桃色のワンピース。スタンドカラーから袖ぐりの下まで斜めに大きくカットされていて、白い肩を大きく露出している。柔らかなシフォン生地で立体的なドレープを作り出し、ハイウェストで切り替えしている。
 ヒール部分に桃色の小花をあしらった『硝子のハイヒール』の中、小さな爪達も同じように桃色に染まっている。
 可愛らしさもあるのに大人っぽい。そんな出で立ちだ。
 撮影スタジオに入った春花は、サンプルとして用意された口紅を眺め見る。チェリーの甘い香りと鮮やかな色。それは綺麗と言うより美味しそうだった。
「普段は化粧とかあまりしないんだけど、口紅くらいなら……」
 言いながら手を伸ばせば、後ろから「あー、だめだめ」と制止の声が飛んできた。既に準備を終えていた悠だ。
 悠は真っ白なシャツは第一ボタンを開けて、黒に近い濃い赤のネクタイを緩く締めている。下はシンプルに黒のスーツパンツと黒の革靴だ。
「一応仕事なんだから」
「……え、すぐ塗っちゃ駄目?」
「塗るとこを撮影するんだよ。すみませーん、神人来ましたー」
 スタッフに声をかけながら悠は春花を椅子に座らせ、服に付かない様首にタオルを巻く。
「僕がメイクするんで、髪お願いします」
「ちゃんとメイクするの?」
「当然」
 少し驚いている春花を置いて、スタッフと悠はモデル・春花の完成を急いだ。
 やがて濡れ羽色の長い髪は『ノーブルフラワー』で止めて片側に綺麗に寄せられる。
 残るは悠によるメイクだ。プロの人が横で微笑ましそうに見ている事から、変なメイクはされていないようだ。
「ルカの器用さ、助かるけど」
 頬を滑る柔らかなパフを心地良くもくすぐったく感じながら、春花はジト目で悠を見る。
「何でこんな事まで出来るのよー、どこで覚えたのよー」
 こんなツッコミは悔し紛れだ。
「どこで覚えたのかって? それは秘密っ♪」
 それが悠にも伝わっているのか、悠は余裕の笑みを見せるだけだ。

 口紅は春花が自分で塗ることにした。
 白く塗装されたアンティーク調の鏡台の上には、様々なメイク道具が置かれている。
(撮られてる事は意識しない様に……)
 響くシャッター音を無視して春花は口紅を手に取る。
 鏡に映る自分だけを見て丁寧に口紅を塗り始める。楽しそうに見てる悠も映っていたが、そちらも極力気にしないようにした。
 ダークゴールドのアイシャドウで飾られた目は伏し目がちに。
 敢えて筆を使わず、スティックから直接なぞる。
 チェリーの香りを楽しみながら、下唇へ、そして上唇へ、一往復。
 唇を閉じ、開いて馴染ませれば。
 淡い桃色の色彩の中、唇だけが艶やかに赤く実った大人の女性がいた。
「似合います?」
 普段とは違う自分に照れてしまう。けれどそれを隠せず、ふわり笑って振り返れば、悠が満足そうに笑んだ。

「じゃあ次はキスマークお願いします!」
 カメラマンの元気な声に、悠は「キスねぇ」と、腕を組んで余裕ぶって構えていた。
「何処にマークを残すのか、私が決めていいなら……」
 そう言って春花は悠の組んでいる腕に手をそえ、背伸びをするように体を伸ばし、首筋に顔を埋めて、少しの間、鼓動を感じて。
 そして啄む様な淡いキスをした。
 顔を離し、体を離し、どんな顔をしているかと見上げれば。
「そうだなぁ、キャッチを付けるなら『変わる彩(いろ) 変わる私』『変わる彩 変わる距離』そんな感じ?」
 そこにはいつもと変わらない悠がいた。
(ルカ兄らしいなぁ)
 精一杯の普段とは違う自分は、悠を驚かせるまでには至らなかったようだ。
(やっぱり上手。悔しい、な)
 それでも何処かほっとしたような吐息を一つ零して、春花はその場を離れる。自分がつけたキスマークを撮ってもらう為に。

(危なかった……)
 あんな行動は、あんなキスは、予想して無かった。
 余裕なんて一瞬で崩れた。予想外の行動に、”女”の貌に心臓が跳ねた。
(どこで覚えたんだ、あんなの)
 キャッチコピーの提案なんてしてみたのは、平静を装う為だった。自身の高鳴りを隠す為だった。
(……それこそ秘密だけどね)
 悠は微笑みながらキスマークにそっと触れる。その優しくも嬉しそうな仕草を逃さぬように、フラッシュがまた焚かれた。


■妖艶なるその女王
 ダブルベッドの上は柔らかそうなオフホワイトのシーツが敷かれている。
 その上に乗って真っ白なシーツを巻いているのは『オンディーヌ・ブルースノウ』で、そんなオンディーヌを直視できないでいるのは前全開の白シャツにボトムのみを身につけた『エヴァンジェリスタ・ウォルフ』だ。
「どうなさったの?」
 相手の困ったような気配に気付いたオンディーヌが問えば、エヴァンジェリスタは正直に答える。
「随分、その……軽装でありますな」
 身につけているのはシーツだけ。いや、中には着ているのかもしれない。だが見た目は裸にシーツを纏っているだけのように見え、なんとも目のやり場に困る。
 けれどそんなエヴァンジェリスタにオンディーヌは苦笑する。
「普段の服装と大して変わりませんわよ?」
「や……それは確かにそうですが」
 露出の面積を考えればその通りなのかもしれないが、それでも脳が処理する内容が「違う」と叫ぶ。自分の格好だってそうだ。元々胸元が開いているが今は全開なのだ、勝手が違い心許ない。
「そのように難しい顔をなさらないで」
 そっと続けて言われた言葉に、エヴァンジェリスタは軽く息を吐き出して心を整える。不埒な考えのせいで普段と違って見えるのだと自省し、あくまで撮影と思い直す。
 顔を上げ生真面目に切り替えたらしい精霊に、悪戯っぽく笑んで「ではこれを」と紅を手渡す。
 自分がオンディーヌに塗る、と分かったエヴァンジェリスタは、けれどオンディーヌの手元にまだ別のものがあるのに気づく。
「わたくしはライチを貴方の口へ、貴方はこちらをわたくしの唇へ……よろしくて」
「相変わらず無茶を……」
 思わず溜息と共に零せば、返ってきたのは軽やかな笑い声だった。

 口紅はライチの皮の色であるローズレッドだった。
 塗ると光の加減で遊色効果のある白が混ざり、ライチの果肉のような艶やかで瑞々しくぽってりとした唇になる、という特徴があるのだが、そんな事は塗ることに必死なエヴァンジェリスタには気付ける筈もなかった。
 オンディーヌの顎に手を添え持ち上げ、薄く開いた神人の唇に震える手で口紅をさしていく。はみ出さないように、慎重に。
 そんな必死の様子のエヴァンジェリスタの固く結ばれた口元に、オンディーヌは皮をむいたライチをそっと押し付ける。
「! し、失礼しました」
 唐突に唇に感じた濡れた感触に気を取られ、口紅がが唇からはみ出してしまった。
「気になさらないで。では、直して下さる?」
 オンディーヌの方はさして動じておらず、慰めるように、楽しむように微笑む。
 頷きながらはみ出た口紅を親指でなぞれば、擦れた紅が白い肌に映えて、逆に煽情的な雰囲気を作り出す。
 甘い香りが広がった気がした。
 さっき自分の唇を濡らしたライチのせいだとは、言いきれなかった。

 口紅を塗っているところの撮影が終われば、次はキスマークの撮影だ。
 エヴァンジェリスタはクッションを背に横臥し、オンディーヌはそこへしな垂れかかる。そして今度は二人とも、互いの口へとライチを運ぶ。
「ライチは甘く爽やかな香りと味に反して、どこか妖艶な果物ですわね」
「妖艶……でありますか」
 甘く栄養も豊富という事は聞いたことがあるが、妖艶とはどういうことなのか。
「どのあたりが、でしょうか」
 疑問に思って尋ねれば、オンディーヌはそれこそ妖艶に微笑んで答える。
「ご存知ないかしら、ライチは傾国の美女が愛した果物ですのよ」
 遠い異国の古い物語。国を傾けたとも国に翻弄されたとも言われる憐れな美女。ライチを好んで食べたからこその美しさとも言われるほどだ。
「……なるほど……ッ!?」
 聞きながらオンディーヌの口へライチを運んでいたが、それをオンディーヌが上手に食べられなかったのか、ぽとり、口元からエヴァンジェリスタの鎖骨辺りへ果汁が滴る。
 その落ちた雫に唇を寄せ、軽く音を立てる。
「ディーナ!!」
 咄嗟に叫べば、オンディーヌは悪びれずに「あら、失礼」と嫣然と微笑み、そして言う。
「でも、これでキスマークが出来ましたわ」
 鎖骨には確かに、ライチの口紅のキスマーク。
 エヴァンジェリスタは顔を赤くして絶句する。
 その間にも写真は撮られていく。

「撮影お疲れ様でしたー! 化粧落としはこちらで……」
「いや、自分はこのままで」
「えー、いいんですかー?」
 不思議そうなスタッフに、エヴァンジェリスタはただ頷く。
 口紅を落としても赤く色付いている気がするとは、言えなかった。


■美しく咲く花
「薔薇の下絵ですか?」
 ベアトップの白いワンピースに着替え、髪もアップに結い上げた『かのん』は、チャコールグレーの三つ揃えスーツを着込んだ『天藍』から紙とペンを渡され、言われるままに蔓の形を整えた薔薇を描いていく。
 二人は対照的とも言える格好だった。
 かのんは肩を、背中を大きく出しているのに対し、天藍はウィングカラーの白いシャツに黒革の手袋までして、徹底的に肌を見せていない。
 かのんは詳細を知らないままここに来たのだ。天藍から、薔薇の絵を描いて撮影をするのだと、ただそれだけを伝えられて。
 全てを知っている天藍は楽しそうに描かれる薔薇を見て、そして出来上がった下絵を貰い受ける。
 後ろに回った天藍が、蔦を描く位置の確認し、かのんの背中や首筋に指をおき始めた所で、かのんはようやく自分が描かれる側だと気付く。
「天藍……」
「嫌か? この位置ならかのんの顔は写らないが」
 含み笑いで言われれば、かのんも次の言葉が出てこない。見事にかのんの性格を読まれている。こういった事にかのんは率先して写りたがることはない。
 それでもまだ納得してない様子のかのんに、天藍は更に追い討ちをかけるように続けた。
「かのんが俺の体のどこかに何か描いてキスするのでも構わないけどな」
 つまり、今日の撮影は単純に絵の撮影ではなく、そういう撮影なのだと。
 改めてスタッフにも説明を受けたかのんは、諦めたように溜息を一つ零して降参する。
「どうせなら綺麗に描いてくださいね」
「了解」
 楽しそうな天藍の声に、思わずかのんも苦笑する。

 そもそも天藍がこの撮影にかのんを連れてきたのは、まぁ簡単に言えば、たまには役得があっても良いんじゃないかと思ったからだ。
 かのんは艶やかな方面は疎いというか鈍い。だからこそ天藍は普段、下心やら何やらはありったけの理性で隠してる。たまに漏れてる事もあるかもしれないが、隠しているのだ。うん。
 だからこそ、たまには。

「緊張しているのか?」
 襟足の下からうなじ経由で肩先に至る薔薇の蔓と、うなじに花の中央が咲きかけの薔薇。それを丁寧に染料で描いていく天藍は、少々体を固くしているかのんに気づいて問う。
「……なんというか居たたまれないです……」
 くすぐったさを我慢して大人しくしていたかのんは、楽しそうな天藍に恨めしげな視線を向けながら答える。そんな会話をしている間にも、周りからシャッター音が鳴り響き続ける。
 肌を見せていることも、天藍に手袋越しとはいえ肌に触れられていることも、肌をキャンバスにして絵を描かれていることも、そしてそれらを写真に撮られていることも、どうにも気恥ずかしさがついて回る。
 天藍はくくっと喉で笑い「まぁまぁ」と宥めるようにこめかみへ触れるだけのキスを贈る。カメラマンがスタッフに指示を出しこちらを見ていない一瞬をついて。
 固まったかのんは「もう少しで完成だ」という天藍の声を聞きながら、何だか天藍ばかりずるいです、と心の中で口を尖らせた。

 描き終えたら、本当なら長時間放置するところを、特別な装置で染料を早く乾かし肌に色を定着させていく。
「ほーら、見えますかー?」
 スタッフが鏡を持ってきてかのんにも背中の薔薇が見えるようにしてくれた。
「わぁ……!」
 自分が下絵を描いたとはいえ、天藍が丁寧に描いてくれたおかげだろう、とても繊細で美しい絵が自分の体に広がっていた。
「じゃあ、キスお願いしまーす」
 スタッフに言われて思い出し、かのんは再び硬直する。
 そんなかのんの様子も楽しみながら、天藍はかのんを包み込むように背後から右手をするりと体に回し、左手で描いた蔦の先にある手を撫ぜ、絡めとる様に握る。
 ほんのりと、かのんの白い肩が薄紅色に染まるのを見て、口の端をあげる。
 かのんの細い首、そのうなじにある咲きかけの薔薇。それはかのん自身の様にも思え。
(この花を満開に咲かせるのは、俺だ)
 思いながら、それを示すように、見せ付けるようにそっと花の縁に唇を寄せた。
 写真が撮られる。かのんの背中を、首を、薔薇を、それを独占する天藍を。
(カメラマンやスタッフさんに、頬染め顔が隠れるポーズで良かった)
 まわされた腕と掴まれた手と、背中の熱。
 それらに自身を赤く咲かせながら、かのんは、ほぅ、と吐息を零した。


■赤い戯れ
 用意されたのは林檎の口紅。
 爽やかな甘さに艶やかな赤は、少女には溌剌とした美しさを、大人の女性には毒の蜜を思わせる妖しさを見せるという。
「まさかラルクさんがこの手の企画に乗ろうと言い出すなんて、正直に言いますと、驚きました」
「たまにはこういうのもいいだろ、ちょいと面白そうだと思ったのさ」
 会話を交わす二人は、もう身支度を終えていた。
『アイリス・ケリー』が着ているのは白いドレス。バッスルラインのドレスのように見えるのは、腰からヒップの辺りに鮮やかな赤いダリアが沢山あしらわれているからだ。纏め上げた髪にも赤いダリアの髪飾りをつけている。
 そして『ラルク・ラエビガータ』は白いシャツにグレーのベストとスラックス、そして暗い赤のアスコットタイ。
「……はっ、まさかラルクさんがつけるんですか?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ」
 アイリスの悪ノリという名の本気に反射的に返す。だが、考えてみればラルクがアイリスに口紅を塗るのなら、キスマークをつけられるのはラルクの方だ。
「……ある意味間違っちゃないか?」
 ボソリと呟けばそれを聞き逃さなかったアイリスが素早く「やっぱり、流石は『女装が趣味』のラルクさんです」と言ってきたが、なんかもう面倒臭くなって長い溜息で返した。

「ほれ、面貸せ」
 撮影が始まる。二人は特に大道具も小道具も無い、黒い背景の中でただ向き合っている。
「目は閉じとけよ。今のアンタの目じゃ口紅と色が被るからな」
「よく分かりませんが……」
 赤を際立たせたいということだろうか。アイリスは首を捻りながらも考えを放棄する。
(ラルクさんに考えがあるみたいですし、黙って指示に従っておきましょう)
 そう決め、ラルクの指示通りに目を閉じた。
 ラルクは指で口紅をすくい、アイリスの顎を持ち上げで塗っていく。
(唇に当たる感触……指、でしょうか?)
 口紅そのものでも紅筆でもない、熱をもつ存在に予想を立てる。予想を立て、それで終わる。
(……ふむ、疑いもせずされるがままってか)
 何なのか、と問うでもなく、何をしているのか、と目を開くでもなく、ラルクの言う通りに。
(なかなか良い光景だな。いつもこうじゃ面白かねぇが、たまにはいいな)
 そう、これが当たり前の光景ならば何も面白くない。そんな存在に興味はない。
 ――たまにだからいいのだ。
 ――たまに、で、いてくれよ。
 今は全てをこちらに託している存在に、わらいかけた。
(ラルクさんが笑ったような気配がしましたけど……なんでしょう?)
 気配は伝わっても、その笑いがどんなものなのかは、目を閉じていたアイリスには分からない。

「それで、次は? どこに口付ければ?」
 鮮やかな赤い唇となったアイリスが問えば、ラルクは「そうさなぁ……」と少し考えてからにやりと笑って左手を、紋章のある甲を差し出す。
「首か鎖骨のあたりってのも悪くないが、左手につけてもらうか」
「手……手の甲ですか」
「おう、なるべく指の付け根あたりな」
 まるで契約の儀だ。
 精霊にとっては死に別れない限り神人はただ一人。そんな誓いを模せと言われてるような、からかいのような、挑発のような。
(今日は妙に遊ばれてる気がしますし……嫌がらせとして薬指の根元にしておきましょうか)
 からかいでも挑発でも、乗ってやろうではないか。
 死に別れない限りただ一人。死に別れようともただ一人。ウィンクルムではない人達も交わすことのある誓いを模して。
「薬指ねぇ……」
 つけられたキスマークを見てラルクは薄く笑う。
(嫌がらせのつもりかね? この女にしちゃ可愛らしい嫌がらせだ)
「何か問題でも?」
 さらりと言うアイリスに「いや?」と返してカメラマンの方へ向かいなおす。
「じゃあ、キスマークの付いた手でアスコットタイを緩めるとこを終いの一枚にしてもらうか」
「はい、ありがとうございます」
 写真は撮られる。赤い紋章と、赤いキスマークを鮮明に写して。

 幾度も響くシャッター音を聞きながら、撮られているラルクを見ながら、アイリスはこのひと時を振り返る。
(……言われるがまま、されるがまま。それが心地好いだなんて、駄目ですね)
 目を閉じて全てを任せた僅かな時間を書き換えるように、アイリスはただ一人でいる今、もう一度目を閉じる。
「……気を付けなくては」
 そして目を開き、赤い色を輝かせた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: TARO  )


( イラストレーター: 空春  )


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 07月25日
出発日 07月31日 00:00
予定納品日 08月10日

参加者

会議室

  • 先ほどプランを提出して参りました

    わたくしたちの物も勿論ですけれど
    皆様のポスターもどのように出来あがるのか……
    とても楽しみですわね
    どうぞ納得の行く良いものができますように

  • [5]かのん

    2016/07/30-23:43 

  • [4]冴木・春花

    2016/07/30-14:14 

    こんにちは。冴木春花です。こっちは精霊の悠。
    アイリスさんたちとは先日ぶりですね。
    かのんさんたちとオンディーヌさんたちとは初めまして!
    どうぞよろしくお願いいたしますね。

  • 皆様こんばんは、オンディーヌとパートナーのエヴァンジェリスタと申します

    かのん様は先日ご一緒させていただきましたわね
    良いひと夜でしたわ
    アイリス様、冴木様は初めてご一緒致します、どうぞ宜しくお願い致します

    どちらも楽しそうですけれど
    ……そうですわね、エヴァンがどう言うかしら?

  • [2]かのん

    2016/07/29-21:36 

    こんにちは
    アイリスさん、ヨミツキ戦以来ですよね、お久しぶりです
    オンディーヌさんは花魁道中ご一緒で、春花さんははじめまして

    かのんとパートナーの天藍です、よろしくお願いします

    ……詳しくお話聞く前に天藍に連れられてきたのですけど、単にお化粧して撮影じゃなかったのですね……
    ……どうしましょう(ルージュとボディアートどちら選ぼうか悩み中)

  • [1]アイリス・ケリー

    2016/07/28-14:56 

    アイリス・ケリーとラルクです。
    オンディーヌさんとエヴァンジェリスタさんは初めまして。
    かのんさんと天藍さん、春花さんと悠さんはお久しぶりです。

    商魂逞しい方はとてもお強いのですね…。
    私も見習わなければ。
    それでは、よろしくお願いいたします。


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