お手柔らかにお願いします(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「レクリエーションだ」
 とある一日のA.R.O.A.本部、一室。
 職員の男性が一言告げ、手元の用紙に記された概要を読み上げた。
「我々は基本、オーガを対象とした任務を請け負うのが仕事だ。だが、オーガの中には我々で言うところの精霊の様な、特殊なスキルないし魔術を行使する者、または人に化けて潜伏している様な例もある。また事案に立ち会った際、必ずしもパートナーが傍にいるとは限らない」
 依頼として舞い込むもの以外にも、突然ばったり街中で事件に巻き込まれる様な例は後を絶たない。
 特に、オーガから狙われやすい神人や、身体能力の秀でた精霊等は一般人よりもその特異性が顕著なのだ。
 デミオーガやネイチャーの対策も勿論大事なものだがな、と職員は続ける。
「レクリエーションと言ったが、訓練の様なものだと捉えてもらって構わない。参加は自由だ。腕に自信があるというなら、ぜひとも試してもらいたい」
 そこまで前提とした上で、と概要の記された用紙を卓上へ差し出した。 
「精霊と神人、一対一で戦って貰う。模擬戦闘の様なものだが、万が一がないよう医療班は待機させておこう。無論、続行不可能だと判断すればこちらからストップを掛ける」
 それぞれの種族に準じた身体能力の高い精霊に一見、分がある様に見える。
 だが相手は精霊をよく知る神人。それこそ護るべき神人が弱点のようなものだ。更に付け加えて、装備は最低限、魔法やスキルの使用は禁止という模擬戦ルール。
 逆手にとるなり不得手を突くなり、やりようはいくらでもある。
「……ああ、ただの演習ではおそらくモチベーションが上がらんだろうからな。折角のウィンクルムだ、勝者には『敗者に一つ何でもいうことを聞いてもらう券』なんてものを贈呈する」
 好きに使ってくれ、と一言告げて、職員の男性はにやりと笑った。

解説

身体能力を見る演習兼レクリエーションみたいなものです。

▼参加費300jr.

▼場所
A.R.O.A.本部のとある特設演習場。
体育館程度ある広さのホールです。

▼勝利条件
神人と精霊がお互い、頭のてっぺん、胸の真ん中、お尻に一つずつ付けたカラーボールを、2つ先に割った方が勝ち。
斬ったり叩いたりの衝撃で割れます。固くはありませんがそれなりに直撃しないと割れません。ゴムボールみたいな。
割れると白くてドロっとした液体が弾けて体に付着します。

▼反則など
基本なんでもありですが、気絶させたり脅したりやりすぎたりすると止められます。

▼装備
武器:剣、斧、本、杖、フライパンなど、使いたいものを一つプランに書いて下さい。普段と違う物でも構いません。
防具:怪我を防ぐための最低限は用意してもらえますが、二刀流など両手が塞がる装備だと盾は持てません。武器とあわせてざっくり書いて頂けると助かります。足りない部分はアドリブで補います。
※ハピネスの為、装備の効果及び魔法やスキルなどの効果は参照出来ません。威力に限らず命中すればボールは割れるので、叩いたり斬ったり弾き飛ばしたりと、最低限の装備でお互い挑んでください。

▼スケジュール
午前:レクリエーション(演習)
午後:券を使って好きな様に過ごしてください。

※カラーボールの中身が白くてどろっとしている理由は、万が一怪我をした時の流血と区別する為です。念の為。

▼プランに必要なもの
・装備の希望
・模擬戦での動き
・どちらが勝ったか
・券の使い道


ゲームマスターより

お世話になります、梅都です。
パートナーとガチバトル、みたいなのもたまにはいいかと思うのですが、ガチでやりすぎると大変そうなのでちょっとした模擬戦と称してシナリオを作らせて頂きました。
よければお気軽にどうぞ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハティ(ブリンド)

  両手で剣を構える
ずっとガンナーだったわけじゃないと
リンが一言だけ話してくれた事があったが本当らしい
一つは割られてもいいと考える
見せるために防具はあえて簡単なものを選んだ
案の定渋面で見ているリンに、では狙うのは頭以外にすると宣言
剣を高く構え注意を引いておき、横薙ぎに武器を狙う
自分も剣を手放し間合いを詰め
乗りかかって胸部のボールを破壊
対人戦ならではだろう?と笑みを返し
体重をかけもう一つを潰そうと

この券、リンだったら何に使った?
そうか…アンタの願いごとにも興味あったんだがな
今から俺が言う事に頷いてくれ
今日は昼寝を許可する
早く帰ってきて夕飯は家で食べる
夜更かししない あと…
一生
…そうだった
それはもういい


蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  武器:ナイフ
防具:小さめの盾

フィンと真剣勝負できる機会なんて早々ない
絶対に勝ちたい
勝って、フィンの余裕を崩してやる…!

フットワーク軽く手数で勝負
武器はナイフだけじゃない
ナイフで胸の真ん中のボールを狙うを見せかけて、蹴りで尻のボールを狙う

読まれてるか…でも俺だってそれくらいは計算の内だ!
足を受け止めた手を振り払って、更に攻めるのみ…!
やった…!と思ったら、逆にやられた…だと?

…悔しい
攻撃特化だけでは勝てないという事か…

負けは負けだ
何でも言え

は?本気で言ってるのか?(…目が本気だ)
あーもう!やればいいんだろ?

てぶくろ「ネコマタ」を付けて、にゃにゃにゃの猫語で歌を歌う
手は抜かない
全力で歌いきってやる


ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
  久々にお前相手に本気で腕試しが出来る

装備は大鎌
盾はなし
服装はBUと同じ

実践同様に模擬戦を行う
胸と尻のボール狙い
小柄な体躯活用
極力一つの場所に留まらない
サーシャの足を払い体勢が崩れたとこを突く
サーシャの攻撃パターンや状況の流れを読み先手を打つ
床に鎌の刃を勢いよく突き立て反動で飛びながら足でボールを弾き飛ばす
此方が不利な時は腹部を蹴って距離取る

ボールを割られたら不快そうに白い液体拭う
サーシャの方が液体まみれになっていたら、
俺の事はいいから先に自分の方を拭けと言う

台詞
俺が勝ったらその十字架をお前が持つに至った本当の経緯を聞かせてもらう、はぐらかすな
…まだアイツへ渡した事を根に持ってるのか
手加減無用だ


天原 秋乃(イチカ・ククル)
  アドリブOK

◆装備
刀。防具は最低限のもの。盾は持たない

◆模擬戦
イチカとは何度か戦った気もするけど、どっちかが正気じゃなかったり操られてたりだったよな
今回はどっちも正気のまま。俺は本気でいくから、お前も本気だせよな

ちょこまか動くイチカに翻弄されつつも必死にくらいつく
攻撃の手は緩めない。絶対に勝つ
「見てろよ、すぐそのニヤケ顔歪めてやる!」

◆勝敗
なんとか勝利。半ば信じられない

◆券の使い道
券の使い道なんて全然考えてなかった
ええっと、なんでもってもなあ……別に何かしてもらいたいとか思ってないし
「じゃあ、俺のこと『あきのん』って呼ぶのやめろ」
……こいつ、わざと俺の名前連呼する気だな。痒くなるからやめろ


加納星夜(アルス・ハーベルンゲン)
  ※アドリブ歓迎
武器。精巧なおもちゃのモーニングスター。当たると本気で痛い。
無表情に最初から本気全開で殴りかかる。
容赦なし。
精霊が「お手柔らかに」と言うと、ドSな笑みをニヤア。
「躾は最初が肝心だからな」とカラーボールと関係ないところを武器振り回して殴る。
精霊が少し本気を出して斬りかかってきても怯まずに回避。また殴り放題殴ろうとする。
とにかく初戦で打ち負かしてウィンクルムのリード権を取ろうと本気。
結局、カラーボールと関係ないところもタコ殴りにしたあげくカラーボール二個先に割って大満足。
「どっちが主人か分かったか!」と仔猫のように愛くるしい姿で超威嚇。



「普段と違う武器っていうのも新鮮だよね」
 数ある武器の中からすらりと刀身の長い剣を選び、神人に同意を得るよう見遣る精霊はフィン・ブラーシュ。
 それを受けた当の本人――蒼崎 海十は、選んだナイフを手にし毅然と精霊を睨み付けた。
「フィンと真剣勝負できる機会なんてそうそうない。絶対に勝つからな!」
 勝って、その余裕を崩してやる……! と意気込む神人に、やはりこちらはくすくすと穏やかに笑って。
「海十がやる気に満ちているから、俺も全力で応えるよ」
 ――海十に何でも言うこと聞いて欲しいし、という僅かに低音で囁かれた一言は海十本人の耳にこそ届かなかった物の、浮かべられた笑みには僅かに影が落ちていたから、冷や汗が一つ頬をつたった。
 模擬戦だからといって、決して油断のできない戦いだ。
「神人、蒼崎海十対、精霊フィン・ブラーシュ。演習を許可します!」
 戦闘開始の合図と共にブザーが鳴り響く。
 先に動いたのは海十だった。
「たあっ!」
「おっと」
 精霊よりも幾分身軽なフットワークを生かし手数で攻める。
 一気に距離を詰め、小ぶりのナイフで胸のボールを狙い攻撃を繰り出す。
 受身に徹する精霊が一見押されているかの様に見えるが、攻撃をいなしながらフィンは至って冷静に海十の動きを見極めていた。
(思ったとおり、手数多く変則的な攻め方――そう、例えば)
 胸のボールをあえて執拗に狙う事でそちらに意識を集中させ、一瞬の隙にフェイントを掛ける海十。
 突きを繰り出した勢いそのまま横合いに回りこみ、尻のボール目掛け蹴りを繰り出す。
 狙いは完璧かの様に見えた――が。
「……っな!?」
 一瞬の内に盾を利き手へ持ち替えていたフィンに、蹴りを繰り出した足は容易く受け止められていた。
「海十の足は元気だね?」
 相変わらず余裕を崩さないその笑みは完全に動きを読んでいる。
「でも、俺だってそれくらい計算の内!」
 ニッと不敵に笑い咄嗟に態勢を整え、隙を見せない内に再び攻勢にうって出る神人。
 物凄いラッシュに気を抜くとボールを割られてしまいそうだ。
 だが防御にばかり徹する精霊ではなかった。
「今度こそっ!」
 みたび放たれた斬撃に、とうとうフィンの胸のボールが割られる。
 中身をぶちまけたのを確認し、やった……! とほんの一瞬、海十の意識が反れた。
「攻撃にばかり集中して――防御がお留守だよ!」
「ッ!? しまっ――」
 懐に飛び込んできた海十の勢いを逆手に取り、頭の分を盾で叩くのとほぼ同時に、尻のボールを剣先で真っ二つに切り裂いた。
「そこまで! 勝者、フィン・ブラーシュ!」
 試合終了のブザーが鳴り、白濁をひっかぶったままへたり、と座り込む海十。
「はあ。攻撃特化だけじゃ、勝てないって事か……」
 悔しそうに顔を顰めてぼやけば、悪戯っ子の様な笑みを浮かべたフィンが目の前に立って見下ろしてきた。
「俺の勝ちだね。……さて、いう事を聞いて貰っちゃおうかな?」

 そうして演習を終え迎えた午後。
「負けは負けだ。なんでも言え!」
 付着した汚れを奇麗に落とし、あえて敗者からお願い事を促す海十の眼前に差し出されたのは装備品「ネコマタ」だ。
「……なにこれ」
「これ付けて、猫語で歌をうたって」
「ほ……本気で言ってるのか?」
 思わずそれと精霊の顔を二度見したが、その瞳は期待に爛々と輝いている。
 目がマジだ……と、まさかのお願い事にげんなりしたものの、そこは男らしく、潔い海十である。
「あーもう! やればいいんだろ、やれば!」
 すっくと立ち上がり手袋を装着する。
 歌うとはいってもテープも何も無いので完全にアカペラだ。
 とはいえ敗者の義務なのだから、全力でやりきってやる! と海十は口を開いた。
「に、にゃあ……」
「かわいい……」
「にゃ、にゃんにゃん」
「俺だけの為に歌ってくれる海十、ほんとかわいい……」
「にゃーにゃっ。にゃんにゃーん!」
「海十、動画撮ってもいい?」
「それはだめ!!」
「……ケチ」
 何でも聞く、と言うのが条件なのだから、券を盾に多少強要したって構わないはずなのだけれど、猫語に混じって放たれた素の一言があまりにも真剣だったので、フィンは唇を尖らせつつ取り出した撮影機器を引っ込めた。
「仕方ないから心のフィルムに焼き付けるよ。本当、可愛くて……幸せだなぁ」
 恍惚に頬を染めうっとりと海十の歌に聞き入る秀麗な精霊に、なぁこれいつまでやればいいんだにゃ? と聞くものの、海十の望む答えはしばらく返ってこなかった。


「秋乃と戦うなんて、ワクワクするね」
 楽しそうな顔をして、武器に選んだ双剣を構え、対戦相手――天原 秋乃へと向き直るイチカ・ククル。
 お互い、パートナーと戦うのは初めてじゃない。
 しかしいずれもどちらかが正気じゃなかったり、操られていたりと言う状況ばかりだった。
 今回の勝負は、お互い正気のまま。
「……俺は本気でいくから、お前も本気出せよな」
 ちゃき、と精霊に向かい刀を両手で構える。
 防具はお互い最低限――幾分かイチカの方が軽装だったが、双方とも全力で相手を倒す、という強い意志の元、試合に挑む。
「うん、秋乃が本気できてくれるなら、僕も本気出さないと失礼だよね」
 ――お互い、殺しあうつもりでやろうか。
 ぼそっと呟かれたイチカの一言に一瞬秋乃は竦むが、次にはにこっと人好きのする笑顔を浮かべて「なんてね、冗談だよ冗談」と、不穏な台詞はさらりと流した。
「神人、天原秋乃対、精霊イチカ・ククル。演習を許可します!」
 試合開始の合図と共にイチカの足が地を蹴る。
 攻撃に転ずるかと思えば周りをはね回ってみたりと、身軽な動きで悪戯に翻弄し、余裕を浮かべ挑発までしてみせる。
「そんなんじゃ、僕に勝てないよ?」
「っ!」
 刹那の瞬きにイチカの持つ双刃が閃き咄嗟に柄で受け止めた。
 お互い盾も持たず、軽装ではあるが二刀流で挑むイチカの方が手数は必然的に多くなる。
 次々と繰り出される斬撃を防ぐ度に刀身同士がぶつかり鋭く鳴いた。
「見てろよ、すぐそのニヤケ顔ゆがめてやる……!」
 ちょこまかと動き回るイチカに翻弄されつつも必死で食らいつき、秋乃も決して攻撃の手を緩めない。
 真剣な顔つきで、真摯な目線で、ただひたすらに自分を「倒す」べく刀を向けてくる神人の動きを、イチカは恍惚とした笑みで受け止める。
「正気の秋乃が僕だけを見て刃を向けてくるなんて、最ッ高に楽しいなぁ!」
「このっ……変態、かよッ!」
「あはは! ごめんね? 秋乃のそういう表情、本当に最高で――」
 精霊が浮き足立った一瞬を突いて、神人の刃が鋭く閃いた。
 頭のボールを一閃。鋭い切り口から中身が零れ出る前に胸のそれも勢いのままに叩き落とす。
 頭の分はそのままイチカの髪を汚し、地に落ちた衝撃で胸のそれは容易く割れて、勝負はあっけなくついた。
「それまで! 勝者、天原秋乃!」
 終了のブザーが鳴らされ、審判が試合の決着を告げる。
「はっ……はぁ、勝った、のか?」
 辛くも勝利、といった風に、半ば信じられない気持ちでイチカを見遣る。
「……はは、浮かれ過ぎて油断したみたい」
 おめでとう、秋乃? 笑み混じりにそう告げて、頬に付いた白濁液を指先でひとつ拭って見せた。

 そんなものだから、褒美の使い道を全く考えていなかった秋乃は手渡された券を見て困り果てる。
「なんでもいう事聞いてあげるよ。何がいい?」
「そうは言ってもなあ……何かしてもらいたいとか思ってないし」
 答えあぐねて、ふと日頃から思案していた事を思いつく。
「じゃあ、俺の事『あきのん』って呼ぶのやめろ」
「……そんなのでいいの?」
 そのあだ名は、秋乃が幼少時から嫌っているニックネームだ。
 相手がイチカだと尚更腹立たしくて、やめろと言っても普段は全く歯牙にもかけてくれやしない。
 いい機会だと思い券に託したお願い事に、けれど彼はにやりと楽しそうに笑って。
「それなら今日だけは、秋乃の事たっくさん名前で呼んであげる」
 その宣言の下、本当にこの日は一日中、これみよがしに、ことあるごとに。
 イチカは秋乃を名前で連呼し続けた。
「ねえ、秋乃」
「秋乃ー? 秋乃ったら」
「あーきの?」
 しまいには頼み込んだ本人がげんなりと顔を顰めてしまうほどに。
「……痒くなるからやめろ」
「秋乃が言ったんじゃないか」
「そうだけど」
「ね、嬉しい? 秋乃」
 戦闘中といい今といい、心底からイチカが楽しそうに笑っているものだから、蕁麻疹でも出そうなほどむずがゆい背中の件はとりあえず後回しにして、一つ深く嘆息した。


「久々にお前相手に本気で腕試しが出来る」
 普段とほぼ変わらぬ装備で、精霊アレクサンドルに対峙するのは神人、ヴァレリアーノ・アレンスキー。
「汝の実力が如何ほどになったのか知る良い機会だ」
 不敵に応えるこちらも装備は通常通りのそれ。
 お互い実戦同様に戦う想定で試合に挑む。
「俺が勝ったら……その十字架を、お前が持つに至った本当の経緯を聞かせてもらう。絶対にはぐらかすなよ」
 精霊の胸に光る、己のそれと全く同じ首飾りを指してそう告げれば。
「ならば我は、アーノ手製の何かを貰い受けたい」
「……まだアイツへ渡した事を根に持っているのか」
「我も同じ様に汝を護る精霊なのだ。不公平であろう?」
「……」
 冗談なのか本気なのか、いつもと変わらぬ微笑みに感情は読み取れない。
 褒美の話は一旦終えて開始位置へとスタンバイする。
「手加減無用だ」
「望むところなのだよ」
「神人、ヴァレリアーノ・アレンスキー対、精霊アレクサンドル。演習を許可します!」
 開始のブザーが鳴るが、最初はお互い距離を取りジリジリと出方を窺う。
 双方とも得物が大振りであるため、間合いを迂闊に読み違うと一瞬でやられてしまう。
「物怖じしているのか? 腰が引けているぞ」
 喉をくつくつ鳴らして吐き出された台詞も挑発だと分かっているので乗らない。
 代わりに一つ強く地を踏みしめ神人は一気に距離を詰めた。
「っと! 危ない」
 大きく鎌を振り下ろせばその高身長に見合わぬ軽快さで精霊はバックステップを踏む。
 紙一重で交わし反撃に出るが、小柄な体躯を活用した神人の跳ね上がる様な動きに素早く距離を取られる。
「こう小さいと捕らえ難いな」
「お喋りが、過ぎるッ!」
 禁句のそれについ逆上し足払いを決めれば精霊の態勢がほんの一瞬崩れる。
 その隙を突いて下から上へ振り上げた切っ先がほんの少し掠り、アレクサンドルの胸についたボールが弾けるがその向きが良くなかった。
 弾け散った液体は勢い良くヴァレリアーノの顔へと。
「っ……これは、俺が割ったという事でいいんだな?」
 飛び散った液体を不快そうに拭って呟けば、また精霊が喉を鳴らした。
「構わん。しかし、汝の服にはやはり白が映える」
「うる、っさい!」
 この期に及んで浮かべられた不愉快な笑みに苛立ち、横薙ぎに斧を振り払うが頭のボールには今一歩高さが足りなかった。
 間合いを取る為の一振りだ、問題ない。
 最初から狙いは、胸のそれとあと一つ。
「我もやられてばかりという訳にはいかんのでな」
 仄暗く笑ったかと思うと、受動的だった精霊が一歩動いた。
 挑発的な反面、本気を出せば怪我では済まないため力は抑えている。
 極力ボールだけを狙い大振りに得物を振り払えば軽く交わされるが、狙いはそこではない。
 神人の武器に繋がる鎖に切っ先を引っ掛け、タイミング良く力を入れて引き寄せた。
「っ! このっ――」
「……ぐっ!」
 不均衡な状態で体を寄せられるが瞬時に態勢を整え、ドロップキックの要領で精霊の腹部を強く蹴り再び距離を取った。
 神人の蹴りを腕で防ぎはしたものの反動でよろめき、ガン! と斧を地面に突き立てる事で態勢を保つアレクサンドル。
 はっと正面を見れば相手が居ない。
 同じ様に大鎌を地に突き立て反動で高く飛び上がった神人が、素早く精霊の背後を取った。
「もらった!」
 着地寸前に回し蹴りを放ち尻のボールを弾き飛ばせばボールは直ぐには割れず垂直に高く飛んだ。
 二つ目を割った事に一瞬気がぬける。その隙を精霊は見逃さなかった。
「ただではやられん!」
「あっ!?」
 片足に絡み残っていた鎖をぐん! と引かれ態勢を崩し、最後のあがきとばかりに振るわれた斧が頭のボールを掠め、尻餅を着く形で不時着したその衝撃で尻に装着されていたボールも割れた。
 それとほぼ同時に、遠くまで蹴り飛ばしたそれが地面に落ちて中身をばしゃりとぶちまけた。
「それまで! この勝負、引き分けとします!」
「ひ……」
「引き分けだと?」
 双方のボールがほぼ同時に二つ割られてしまった為だ。
 唖然とする二人へ審判が告げる。
「勝敗はこちらで決められませんので、都合のよろしい時にお願いごとの権利はお使い下さい」
 良い勝負でした、と拍手し踵を返して行った。

「……だ、そうだ。どうする?」
「どうするも何も……」
 ちゃんと勝てていないのにどちらかが券を使うというのもおかしい。「……今度、なにかの機会にな」とだけ告げて立ち上がろうとすれば靴底が滑って上手く立ち上がれない。
 気付いた精霊がす、と手を差し出してきたから、これ以上の醜態を避け素直に手を取り引っ張り上げてもらった。
「随分汚れてしまったな。……まあ、中々に悪くないコントラストだが」
 言われてみれば服も顔もべとついて滅茶苦茶だ。
 精霊の手が頬のそれを撫ぜる様に優しく拭っていく。
「俺の方はいいから、先に自分を拭け」
「汝よりはマシなのだよ。そんな姿で、皆の前に出られても困る」
「……フン」
 そっぽ向きつつ大人しくタオルでごしごしと拭かれてくれる神人に、精霊はひとつおかしそうに笑った。


「お……お手柔らかに」
 及び腰で神人に向き合う精霊の名はアルス・ハーベルンゲン。
 ウィンクルムとして、パートナーと任についてからはまだ日は浅い。
 けれども美少女同然の――かつ、過去に失った許婚にも瓜二つである神人、加納星夜と本気で戦うなんてこと、真面目で優しい精霊にはとても考えられなかった。
 そんなアルスの言葉に、星夜は二ヤァ、とドSまっしぐらな笑みを浮かべる。
「躾は最初が肝心だからな」
 彼が武器に選択したのはおもちゃのモーニングスターだか、その形状故に当たると結構痛い。というかものすごく痛い。
 ひゅんひゅんと風を切り振り回したかと思った瞬間、先ほどの笑みから一変目つきを狩人のそれに変えた神人が精霊に向かった。
「やあっ!」
「いっっった!!!」
 ボコッ! と漫画やアニメなら効果音がそのまま入りそうな音を立てて、カラーボールの着いてない部分にヒットする。
 むしろその動きはあえて的を外しているかのようだ。
「それっ! やあっ! どうだっ!」
「いたい! いったいから、セイ!」
「まだまだあ!」
「うわああぁ」
 文字通りボッコボコである。
 野次馬よろしく観戦していたほかのウィンクルムや審判までもがあまりの一方的な攻めに時折目を覆っていた。
「こ、このっ……!」
「あいたっ」
 万が一にも怪我をさせたくなくて武器に選んだハリセンで、ぱしん! と軽く頭をはたいてみるが当然まったくダメージはない。
 それどころか更に眼光を輝かせて再度アルスをどつきまわしにかかる。
 能力的に、自分のほうが秀でていると理解しているからこそ力を抑えているが為に、手加減しようとすればどうしても苦しい戦いになる。
 とはいえそろそろ痛みにも耐え兼ねてきたので、わざとボールを割らせて早々に決着を付けた。
「そ、それまで! 勝者、加納星夜!」
 終了のブザーが鳴ってもなお武器を振り回している神人に、審判が慌てて終わりです終わり! と遠巻きに手を振って叫べば、ようやく彼は動きを止めた。
「……ん? もう終わったのか?」
「ああ、セイの勝ちだ。はぁ、痛かった……」
 殴られた箇所を擦りながらその場にへたり込むと、目の前で腰に手を当て仁王立ちした星夜が見下ろして……見下してくる。
「どっちが主人かわかったか!」
 えっへん! と鼻息まで聞こえてきそうな可愛らしい勝利宣言に苦笑した。
 リード権なんて別にどちらにあっても良いと思う。ただ試合を通じて、少しでも星夜に近付けたなら嬉しい、とも。
「女子みたいに見えても、男の子なんだな……」
「何か言ったか?」
「い、言ってない言ってない! だからもうそれは下ろしてくれ!」
 再び掲げられた棘だらけの鈍器に精霊が青褪める横で、あのー、券どうしましょ……? と審判が声を掛けるに掛けられず、ほとほと困り果てていた。


 ずっとガンナーだったわけじゃねぇしな、といつだったか、湯煙の中で話してくれた事をこんな時不意に思い出した。
「ッ……!」
 パン! と頭上のそれが音を立てて弾け散る。
 緋色の髪に白濁はよく映えたが、一歩引いて剣を一振りしたブリンドは苦虫を噛み潰した。
「……それを被るのは御免だな」
 試合が始まってまだ寸刻も経っていないと言うのにハティは容易く先制を取られた。
 存外使いこなされているブリンドの得物に、一つは割られても構わないと考える。
 簡単な防具を選んだのはあえて脆く見せる為だ。
 案の定渋面で見ているブリンドに再び両手で剣を構えなおし宣言する。
「では狙うのは頭以外にする」
「ご丁寧にありがとよ」
 向かってきた神人が剣を高く掲げたので防御の構えを取れば、横薙ぎに振り切られた刀身がガキン! と武器の方を思い切り弾き飛ばした。
 頭部狙いはフェイントか、と気付くも遅く対戦相手に視線を戻せば、何を思ったのかハティも武器を投げ捨てていた。
 首を捻る間も無く突っ込まれマウントを取られてようやっと理解する。
 ハティの拳が胸のボールを一つ殴り割った。
「端から狙いはこっちか」
「対人戦ならではだろう?」
 してやったりといわんばかりに、ブリンドを見下ろしたハティがいつになく楽しそうに笑う。
 戦いに高揚する男の顔。
 なんとも真っ直ぐなこの男らしいやり方だ。口先は回りくどい言いまわしばかりする癖に。
「……もっとお綺麗な試合をすると思ってたが楽しそうじゃねえか」
 応える様にニヤリと笑って力任せに体勢をひっくり返すが、流石に二つ目は中々譲ってくれないらしい。
 もつれあい、不恰好に殴りあう様な形でもみ合っている内に体重を掛けられてついに尻のボールを先に割られた。
「そこまで! 勝者、神人ハティ――こ、こらっ! 離れなさい!」
 決着の合図が鳴っても離れないウィンクルムに審判が慌てる。
 終了のブザーなどお構い無しに戦闘を続ける二人の顔はしかしとても楽しそうで、結局お互いのボールを全て割り切るまで二人の決着は付かなかった。

「景品も参加者持ちとは、考えたもんだ」
 試合が終わりしこたま汚れた防具や服を奇麗にしてからぼやいたブリンドに。
「この券、リンだったら何に使った?」
 形式上の勝利を収めたハティが、審判から受け取った封筒を手に問いかける。
「特に考えてなかったな。勝ってからでいいと思ってた」
「そうか。アンタの願い事にも興味があったんだがな」
 よく言う、フェイントまで掛けて全力で勝ちに来た癖に、と苦笑する。
「じゃあ、今から俺が言う事に頷いてくれ」
「わかった」
「今日は昼寝を許可する」
「おう」
「早く帰ってきて夕飯は家で食べる」
「ああ」
「夜更かししない。あと――」
 一通り頷いて見せたが、話が家から出る気配がないのでつい噴出して思わず口を挟む。
「アホだなお前は。もう一生うちに居ろ」
 うっかり口が滑って、あっ、とハティを見遣るが物言いたげなジト目で返された。
 一瞬の間を置いたあとこちらも無言で頷くと「今更頷かれても……」と若干むくれた様な返事が返る。
 最初の一言に被りかけた単語を思い起こし、もしかしたら先に言いたかったのかもしれない、なんて。
「おめーが頷けって言ったんだろ」
「……そうだった。それはもういい」
「そうか。じゃあ、返事は」
「ん?」
 理解出来てない様なので再度「一生うちに居てくれんだろ?」と聞いたら、妙な間があった後、数回ほど目を泳がせてから、ハティはブリンドの問いかけに大層ぎごちなく頷いた。
 言ってしまってから何だかプロポーズの様な台詞だ、と気付きお互い帰路の空気が気まずくなるまで、あと数分ほど。



依頼結果:成功
MVP
名前:天原 秋乃
呼び名:秋乃、あきのん
  名前:イチカ・ククル
呼び名:イチカ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月02日
出発日 05月07日 00:00
予定納品日 05月17日

参加者

会議室


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