【薫/祝祭】とける、蕩ける(錘里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ショコランドのとある小人の店。そこで取り扱っていたのは紅茶に溶かすアレンジ砂糖。
 可愛らしい形や繊細な装飾の砂糖は、目にも楽しくティータイムを彩ってくれる。
 バレンタインのお返しに如何だろうかとの宣伝文句で並べられたその中に、それは紛れていた。
 いい香りのするそれは、祝福の金平糖を模した形の、カラフルな砂糖菓子。
 そのまま食べることもできるし、勿論お茶に溶かして貰っても良い。ただ少し香りが強いので、フレーバーティには向かないのだと説明された。
 なるほど、と呟いてそれを眺めていたのは、神人だった。
 精霊はといえば、他の商品を眺めていたり、小人に説明をしてもらっていたりで神人の様子には気がついていない。
 ややあって、じゃあこれを買ってみようかな、と笑顔で会計を済ませた精霊は、そこでようやく、神人を振り返った。
 俺の分は済んだけど、お前は? と、覗きこむようにして神人の様子を窺って、驚いたように目を丸くした。
「……んー……?」
 ぼんやりとした眼差しは、どこか熱っぽくて。
 頬に朱の差す表情は、本当に熱のある顔のよう。
 だが、慌てて額に手を当てても熱があるわけではなくて。だけれど、頬に触れればほんのり熱く、精霊の指が冷たいのかくすぐったいのか、ふふ、と甘い声で笑う。
 これは、どちらかと言うと……。
「酔って、る?」
 とろん、と眠たげな目をしながらも、甘えるように精霊に身を預けてくる神人は、酔っていた。
 酒に、ではなくて、猫がマタタビに酔うように。
 甘い香りの砂糖菓子に、蕩けていた。
 どうやら神人にのみ作用してしまう成分が含まれていたらしい。
 小人は慌てて商品を取り下げたが、既に幾つか売ってしまったとのこと。
「香りだけなら多分そんなに長くは作用しないと思いますが……口にしてしまっていたら、半日くらいそのままかも……」
「じゃあ、こいつはまぁその内なんとかなるとして……他のウィンクルムは……誰かわからないからな、問い合わせがあったら説明してやってくれ」
「勿論です!」
 ぺこぺこと頭を下げる小人に見送られ、めろめろ状態の神人を背負って、帰路につく。
 時折甘えるように擦り寄ってくるのを、まぁ、これはこれで悪くはないかと、思いながら。

解説

砂糖菓子の購入費として300jr頂戴いたします

神人がめろめろになっちゃうマタタビみたいなお砂糖です
甘い香りがしており、匂いだけでも酔います(効果は1時間ほど)
食べたり飲んだりすると更に効果が長引きます(半日ほど)
どちらを選んで頂いても構いませんが、リザルトは酔っている時点からのスタートとなります
買った砂糖を溶かして飲んだら神人がおかしくなった!
可愛い可愛いって二人で眺めてたら神人が(略)
など、状況補足をざっくりとした形で入れて頂くことを推奨します

神人がうっかり酔うだけで無害です
アルコールではありませんので未成年の方も問題ありません
基本的に甘えん坊仕様になります
神人の意識の残り具合はプランでご随意に

重要※【公序良俗に反しないようお願い致します!】※重要

アクションプランには特にご注意を

ゲームマスターより

寿GM主催【薫】エピソード。今回は神人がめろめろに!
ショコランドには不思議がいっぱいですね!
解説にも書きましたが、良識の範囲内でお願いします
アクションプランは特に!注意!!
錘里主観も含まれますが、内容次第では大幅なマスタリングの可能性もありますので予めご了承ください

でもぎりぎり狙いでも、良いんですよ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アルヴィン=ハーヴェイ(リディオ=ファヴァレット)

  状況:リディオと一緒のティータイムに買ってきた砂糖菓子を、お茶に溶かして飲もうとして、その前にどんな味なんだろうと味見して食べてしまった。

んー?なんか、ふわふわして気持ちいいなぁ。
まるで酔っ払っちゃった時みたい。
お酒なんて飲んでないのに不思議だなぁ。

リディは心配性だなぁ。
そんなに心配しなくても大丈夫だってば。
ほら、ちゃんと立てるし大丈夫だよ(立ち上がろうとするもふらついてへたり込み)
…リディ、ぎゅーっ(助け起こそうとするリディオに勢いよく抱き着く)
えへへ、こうしてると落ち着くね。



ハティ(ブリンド)
  勿体ぶりそうなもん買ってきたな
と言われたのは勿体ぶらずに使えという事だろうか
紅茶といっしょに砂糖を出したが、リンが自分の分をカップの中に寄越したので二個分の贅沢をしたんだった
それから…揺さぶられながら思い出す
間違えてない
じゃあ入ってもいいか?
…ここで寝たい
眠れないわけじゃないが…なんだか…わからない
アンタが寝てるのを見ると落ち着く
あるべき以上に

…顔は生まれつきもあるが
どう思っていいのかわからないんだ
俺の何もかもをアンタが知っていて
受け入れられている事を
慣れない

アンタの口の悪さは嫌いじゃないが…、
……欲しい
呟けば布団を掛けられて明かりが消える
傍らの気配に問う
今の状況はどうだ
ぶっ壊れてると思うか?



初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
  *状況:買った砂糖菓子を家でおやつに食べていた

(ぼんやりと虚空を見つめ)
んー?
酒?飲んでないぞ?
それ食べただけだぞ?(砂糖菓子を差し)
ん、もう一個……む
(伸ばした手を阻まれ一瞬不機嫌になるも)
んー……
(ソファに寝転んで何が楽しいのか笑いながら尻尾にじゃれつき)
イグニス―
(起き上がる反動と不意打ち補正で押し倒し)
……あいしてる
(熱っぽい瞳で見つめて)
(ぽふん)
(キスすると見せかけ肩口に顔を埋めて寝落ち)


(効果が切れた後)
……イグニス
俺お前になんかしたか……?(思いつめたような表情で)
何にも!?本当に!!?
いや途切れ途切れだがすげえ恥ずかしいこと
言ったかした気がするんだが……!?



エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
  おや、この砂糖菓子は少し趣向が…
思ってはいました…ですが、帰途まで響くとは思いませんでしたねぇ、私の勘も大分耄碌したものです
困りました、足元がおぼつきません

アルコールとはまた違う酩酊が心地良いですねぇ
最近ではマントゥール教団の闊歩が目立つ中、神人がこれでは危険ですが、ディナスがいれば大丈夫でしょう。ライフビショップですが、戦えなくとも対処に足る時間は十分稼げるものだと信じていますよ

それにしても、心地良いのですが、何だか落ち着かないものです
──ディナス、少しいいですか?
(ぎゅっとハグ)

肩を貸していただき、無事に屋敷まで辿り着けましたよ
酩酊感も覚めました

子供の様な希望に
相手の頭を撫でて感謝の言葉を


葵田 正身(いばら)
  ああ、何だか、ぼうっと、しますね

そろそろ片付けようかとしていた炬燵にくたりと身を預けて、
困り顔のいばらを見上げる形。
彼の表情で一番見るのは此の下がり眉かも知れません。
もっと笑った顔が見たいのですがね

おや口に出ていたかな。笑って御覧?
そうだね、酒に酔ったような感覚。自覚はあるよ。
苦みのある茶に馴染の無い文化圏の友人が
砂糖を入れていたのをふと思い出して試してみたのだけれど。
慣れない事はするものではないね

そうか? では笑わないでいよう。
努めて表情を引き締め。真顔で見詰めて。
近付かれるの嫌だった?

では遠慮無くと彼の隣へ。
普段は身長差で顔がよく見えないのが寂しいと思ってたんだ
うん。私、寂しがり屋だからね


●甘える
 精霊と一緒のティータイム。少しお洒落な砂糖菓子をお茶に溶かして飲もうとして、その前に味見をしたのだった。
 そのタイミングから、アルヴィン=ハーヴェイの様子がおかしくなったのを、リディオ=ファヴァレットは記憶している。
 どうやら原因は砂糖菓子で、問い合わせてみれば暫くすれば自然と治まる様子。とは、いえ……。
「んー? なんか、ふわふわして気持ちいいなぁ」
 まるで酔っ払っちゃった時みたいだとふわふわ笑うアルヴィンに、リディオはほんの少し眉を寄せた。
 後遺症はないと聞くが、明らかに酩酊している神人の様子は異常で。心配しないわけにも行かないのだ。
「アル、大丈夫?」
「リディは心配性だなぁ。そんなに心配しなくても大丈夫だってば」
 ほら、とふらつきながらもちゃんと立てるのだとアピールしようとしたアルヴィンだが、立った瞬間、ふわっと視界がくらんで、へたりと床に逆戻り。
「アル!」
 そのことに、あれ? と不思議そうな顔をしたのは一瞬。思わず手を添えたリディオを見つめて、ふにゃぁ、と甘えた笑みを浮かべた。
「……リディ、ぎゅーっ」
 がばっ、とリディオに抱きついて、ぎゅむぎゅむ、抱枕を抱えるように力を込めるアルヴィン。
 こうしてると落ち着くね、と甘えた声が耳元で聞こえるのに、驚いた顔をしていたリディオは、やれやれと溜息をついた。
 それから暫く、アルヴィンは猫のようにリディオに擦り寄っては、ごろんと膝に転がったりして甘え続けた。
 それを特に突き放すでもなくさせたいようにさせていると、不意に、首筋に手が伸ばされる。
「リディ、オレにもぎゅーってして? そうしてくれると、どきどきしてもっとリディに触れてほしくなるんだ」
 ふんわりとした笑顔の吐き出した言葉に、リディオの瞳が丸くなる。
「随分、大胆だねえ……」
 普段は、どちらかと言えばリディオの方がスキンシップ過多で、アルヴィンは照れたり翻弄されたりするばかりだったのに。
 酔いの力は恐ろしいものだ。自分以外の前ではあまり飲ませまいと心に決めつつ、リディオは苦笑を返す。
 それを拒否と受け取ったのか、アルヴィンの瞳が不安げに揺れる。
「リディ、もっとオレに触れてもいいんだよ……?」
 我慢を、しているのなら。
 それは、しなくていいことなのだ。
「リディになら何をされても大丈夫って気がして」
 ふわふわと夢心地になりながら、それでもアルヴィンは、見上げたリディオの瞳が驚愕に開かれたのを見つける。
 少し、酔いが覚めたのだろうか。彼のそんな顔を、見てしまったゆえに。
「……突然、こんな事を言われても困っちゃうよね。んー、今のナシ! 忘れていいからね」
 けろりと、何でもない風に笑って。でももうちょっとぎゅっとして欲しいなぁ、と誤魔化すようにいう。
「んー、今日はずっとこうしていたいなぁ…。リディが迷惑じゃなかったら……だけど」
「迷惑では、ないけどねぇ……」
 むしろ、嬉しいくらいだけれど。
 酔いに任せてなんてのは、本望ではないのだ。
 それでも、少し強く抱きしめるくらいなら、望まれるままにしてやろう。
 甘えん坊の子猫は、きっと、まだほんの少し肌寒い中にぬくもりを求めているのだろうから。
 それを、心地よさげに受け止めて、アルヴィンはうとうとと重たくなってきた瞼を、抵抗せずに下ろす。
「なんか、オレ眠くなってきちゃった」
 一緒にお昼寝でもしよう。二人ならきっと温かい。
 今はまだ、それだけの願い。

●支える
 エルド・Y・ルークは店で件の砂糖菓子を見かけた時、少し趣向が違っているものだという認識をしていた。
 していたが、それが事態を回避できる理由にはならなかった。
(帰途まで響くとは思いませんでしたねぇ、私の勘も大分耄碌したものです)
 ふらふらとする足取りは、自分ではどうしようもなくて。しかし、アルコールとは違う酩酊が心地よくて。
 気持ちがふわふわとしている状態はなかなかに危険だと自覚しながらも、傍らのパートナーが居れば大丈夫だという確信もあった。
 その精霊、ディナス・フォーシスはと言えば、エルドとのプライベートな買い物に、やたらとはしゃいでいた。
(プライベートの買い物なんて初めてです!)
 勿論、子供のようにきゃっきゃしているわけではなく、努めて平生通りのつもりだが、テイルスのような尻尾でもあれば、ぱたぱたと振られているだろう。
 それくらい大喜びしていたディナスだが、そのエルドの様子がおかしいとなれば、己はライフビショップである。気付かないわけがない。
「ミスター、大丈夫でしょう、か──」
「――ディナス、少しいいですか?」
 問うたのは、ほぼ同時だった。
 だが、問うと同時に、エルドは動いていた。
 心地よい感覚だけれど、何かが足りないような感覚。それを満たすために、ぎゅ、とディナスを抱きしめたのだ。
「ッ……!」
 驚いた。驚いたディナスは、つい、叫んだ。 
「にぎゃぁーーーっ!!」
 絶叫だった。
 断じて拒絶ではないというのは、一瞬で真っ赤になってしまったのを見れば分かることだろう。
 慣れないスキンシップにディナスがあたふたとしていると、エルドの酔いがとうとう本格的にその身を崩した。
 はっと我に返ったようにエルドを支え、違う意味であたふたするディナス。
「大丈夫ですかっ? 立てますかっ? つ、連れて帰らないといけません──ミスターを背負って……」
 ぐっ、と。腕を引いて背に負って。
 負って……みたかった。
(――無理――!)
 体格差は絶望的だった。しかも恰幅のいいエルドのこの身は脂肪ではなくより重い筋肉が多い。
 細身のディナスがその体を背負うのは至難の業だった。
「ミスター、歩けますか? 何とか自力で……」
 あまりの絶望感に打ちひしがれながらそう言いかけたディナスだが、ふと、気がついた。
(ぁ……ですが、ここで頑張っている所を見せれば、少しはミスターに認めてもらえるかも知れません!)
 いつまでも子供のような半人前のような煮え切らない扱いをされるのも困るのだ。
 男を見せろディナス。ぐっ、と己に力を込めると、ディナスはエルドの体を支えるようにしながら何とか立たせた。
 肩を貸している状態だが、半分引きずるような状態でもあって。それでもディナスは歯を食いしばって進んだ。
(ミスターの自邸まで何とか……!)
 ずるずるとおぼつかない足取りながら、ゆっくり、たっぷり時間をかけて進んだお陰で、エルドの屋敷へ着く頃には彼の酔いも覚めていた。
「いやはや、手間をかけてしまいましたな」
「全くです!」
 口ではそう言いつつも、ディナスには達成感があった。
 ちゃんと、一度も転ばせずに送り届けたのだから。
「しっかり褒めていただかないと、割に合いませんよ」
 たった、それだけの要望。それが、ディナスの一番欲しい物。
 子供のような希望だと微笑ましく思いながらも、エルドはそっとディナスの頭を撫でた。
「ありがとうございます、ディナス」
 その大きな掌が、ディナスを幸せにしてくれる。
「どういたしまして、ミスター」
 僕は貴方の支えに、足りますか?
 何かを促してしまいそうな言葉は、幸せの底に、そっと浸して閉じ込めた。

●溢れる
 なんということでしょう。イグニス=アルデバランの心境はその一言で表せた。
 神人である初瀬=秀の家で、共におやつに綺麗な砂糖菓子を食べていたと思ったら、秀の様子がおかしくなったのだ。
 ぼんやりと虚空を見つめて、んー、などと曖昧な返事しかしなくなった秀を見やれば、どこか蕩けた眼差し。
 かつてないほどに、めろめろだった。
「惜しむらくはこれ私にじゃなくてお酒的な何かにめろめろな点ですが。残念」
 しかして原因はなんだろう。飲酒でもしたのかと問うも、当たり前のように首を振られた。
「それ食べただけだぞ?」
「砂糖菓子……あぁ、この前買った……これのせいですかね?」
 秀が指で示したのは、祝福の金平糖を模した砂糖菓子。
 同じものをイグニスも食べたのだが、神人にしか作用しない何かがあるらしい。
 それはそれとして、だ。
(うーん普段お酒飲んでも泥酔までは絶対しないタイプだけに貴重……)
 決して良い事態ではない気もするが、秀の見たことのない顔が見られるのは素直に嬉しくて。
 どうしたものかとうんうん唸っていると、もう一個、とひょいと秀の手が砂糖菓子に伸ばされた。
「あ、駄目ですよ!めっ!」
「……む」
 伸ばした手を阻まれて、一瞬、不機嫌そうに眉を寄せる秀。
 しかし、そんな感情はころりと忘れたように、ソファに身を横たえ、イグニスの尻尾にじゃれつき始めた。
 何が楽しいのか、にこにこクスクス、楽しげに。
「……これは完全に小さい子というか、むしろにゃんこ?」
 マタタビに酔っている猫と似たような感覚だろうか。
 まぁ、可愛らしいことに変わりはない。尻尾をふりふりと揺らして、子供をあやすようにしながら見守った。
「イグニスー」
「何ですか、秀様。あ、危ないから眼鏡取っちゃいましょう……って」
 呼ぶ声に振り返り、ころころと転がっている状態で眼鏡を割っては大事と手を伸ばしたイグニスは、伸ばしたはずの手がするりとすり抜けられて、思わず、驚きの声を上げた。
「わっ!?」
 じっ、と。見つめる眼差しは、見下ろす形で。
 熱を帯びた蕩ける視線が、イグニスを捉える。
「え、ちょ、秀様!?」
「……あいしてる」
 ふわり、零れるような甘さを孕んで吐き出された言葉に、心臓が跳ねた。
 指先が頬を撫でてきて、柔らかな笑顔が迫る。
(なにこれ積極的……)
 キスを、されるかと。
 そう思ったのに。
 ぽふん、と。イグニスの肩口に顔を埋めた秀は、そのまますやすやと寝息を立て始めた。
「そこで!? このタイミングで!?」
 生殺しもいいところである。
 もー、と。呆れたような焦れったいような、そんな声を苦笑とともに漏らして。
 ぽん、ぽん、と。子供をあやすように、頭をなでた。
「これぐらい、とは言いませんが、普段からもっと甘えてくれていいんですよ?」

 それから暫く後の事。
 はたと気がついた秀は、記憶の端々に残る何かに、じわじわと苛まれていた。
「……イグニス。俺お前になんかしたか……?」
 思いつめたような顔に、あぁ、覚えていないのか、と。残念そうな顔を一瞬だけしたイグニスは、けろりと笑う。
「いーえー、何にも?」
「何にも!? 本当に!!? いや途切れ途切れだがすげえ恥ずかしいこと言ったかした気がするんだが……!?」
 わなわなと震える秀を横目に、イグニスは胸中でだけ溜息をつく。
 酔いの勢いではない口付けを貰えるのは、さてさていつになることやら。

●縋る
 ――勿体ぶりそうなもん買ってきたな。精霊、ブリンドはそう言った。
 それはつまり、勿体ぶらずに使えということだろうかと、神人、ハティは解釈した。
 それゆえに、紅茶と一緒に件の砂糖菓子を出したが、ブリンドは自分の分をハティのカップに放り込んできた。
 甘い香りの砂糖菓子。それが二個分の贅沢を、ハティは味わった。
 それから、どうしたんだっけ。
「おい、こんな所で寝るな。ベッドで寝ろ」
 ソファの上でごろりと寝転がっていたハティを、ブリンドは起こしてベッドへと促す。
 風呂あがりに珍しい姿を見たものだと思ったのが幾らか前。
 それから自分も布団に入ったのだが、何故だか、背後に人の気配を感じた。
 誰、なんて聞くまでもない。ハティしかいない。
 だが、何故ここにいるのかは、わからなかった。
(ボケるほど強い眠気には縁がなさそうに見えたが)
 様子がおかしい。首をひねりながら布団を捲れば、もぞもぞと動いたハティが、ぬくもりを求めて潜り込んでこようとする。
「寝ぼけてんのか?」
「間違えてない」
「てめーのベッドで寝ろ」
 押しやろうとしても、ハティは動こうとしない。蹴り落とすのは、少し、憚られた。
「そもそも、入っていいって誰が言った」
「じゃあ入ってもいいか?」
「ベッドじゃなくて部屋の話な。つーかもう入ってんだろーが」
「……ここで寝たい」
 ワンテンポ遅いというか、どこかズレのあるやり取り。
 ハティの言葉に掴みどころが無いのは今に始まったことではないが、今日は、殊更おかしい気がする。
 何より、素直に正直に吐き出された懇願が。
「眠れないわけじゃないが……なんだか……わからない」
 わからない。そう告げながらも、ハティは、真っ直ぐブリンドを見つめていた。
 自分を動かしている感情は、よくわからない。ただ、どうしたいかは、解っていた。
「アンタが寝てるのを見ると落ち着く。あるべき以上に」
 ぼんやりと眠たげな目で、ぽつりぽつりと語るハティに、ブリンドは眉を寄せた。
「お前の言うあるべき状態ってのは何だ」
 不機嫌を表したような顔は、枕元の明りのせいか、少し、陰って見えづらい。
「俺にどう扱われようが何でもない顔でいられて、仕事で死ねと言われたら死ねる事か? 俺はそいつをぶっ壊したいだけだ」
 陽のもとで言っていたなら、きっと胸倉でも掴んでいただろうけれど。
 半分起こした体で、横たわる体を見下ろして、ブリンドは真っ直ぐ、ぶつけた。
「……顔は生まれつきもあるが」
 また、ぽつり。
 言い淀むというより、言葉を探すような調子で、ハティはブリンドを見上げた。
「どう思っていいのかわからないんだ。俺の何もかもをアンタが知っていて、受け入れられている事を」
 知らない感情。それが胸中に居座っているのに、いつまでも、慣れない。
 もごもごと話すハティを、ブリンドは意外そうな目で見ていた。
 ハティのことだ、それは明確に認識するまでは口にだす気のなかった言葉なのだろう。
 それが、こぼれている。良く分からないなりに考えている過程が、ぽろぽろと。
「……何だ、別の返しが欲しいのか」
「アンタの口の悪さは嫌いじゃないが……、……欲しい」
 拍子抜けしたような声のブリンドに、ハティは口ごもる時間を置いてから、小さく、ねだった。
 ふぅ、と。小さな溜息が薄暗がりに響く。
「そうだな、悪かねえが」
 ぽふん。布団が掛けられて、明かりが消える。
「素面で同じことが言えるならな」
 様子のおかしい状態での懇願なんて、ノーカウントだ。
 何より、ハティにつられて妙なことを言い出しそうな自分を、諌めたかった。
 寝かしつけようともふもふと布団越しに撫でられる感覚を享受してから、ハティは小さく問う。
「今の状況はどうだ」
 ぶっ壊れてると思うか?
 けれど返るのは静かな呼吸だけで。肯定も否定も、夜の帳に紛れて消えた。

●寄り添う
 広い日本家屋は、葵田 正身の自宅。お土産を持って訪れていたいばらは、一つの切欠の後に、不思議な光景を見つけてしまった。
 それは、炬燵の天板にくたりと身を預ける正身の姿。
 きちんとしている印象のある正身の、なんだかだらしなく見える様。
 理由は分からないけれど、少し話してお茶を飲んで、それから気がついたらこの状態。
 だとすれば、思い当たる『いつもと違うこと』なんて、一つだけだった。
(お土産に持参したお菓子の、せい?)
 金平糖のような、カラフルな砂糖菓子。
 それを、正身は指先で摘んでくるりと眺めてから、湯呑みに入れていた。
 とは言え、匂いや味を確認しても、特にいばらに変化はない。勿論お茶も、同様に。
 さて、どうしたものだろうかと、いばらは眉を下げた。

(ああ、何だか、ぼうっと、しますね)
 思案しながら、それこそぼんやりと、正身は傍らで困り顔をしているいばらを見上げた。
 そろそろ片付けようかと思っていた炬燵のぬくもりが一層心地よく感じる、そんな酩酊感。
 このまま寝入ってしまいそうだなぁ、なんて思いながら見つめたいばらは、きょろりと視線を巡らせて、何かを目に止めるとますます眉を下げた。
(ああ、また……)
 いつも、この顔だ。正身が見る、いばらの表情は。
「もっと笑った顔が見たいのですがね」
 思案と共に、口に出ていた一言に。
 いばらが軽く瞳を見開くのが、見えた。

「笑った顔?」
「おや口に出ていたかな。笑って御覧?」
 ふわふわでにこにこだな、と正身を眺めていたいばらは、唐突な呟きに驚いて。呟いた本人は、緩く笑っている。
「そう言われても……葵田さん、大丈夫ですか?」
 期待するような視線から逃れるようにそっと目を逸らせば、ふ、と小さく笑う声。
「そうだね、酒に酔ったような感覚。自覚はあるよ」
 苦みのある茶に馴染の無い文化圏の友人が、砂糖を入れていたのをふと思い出して試してみたのだけれど、と正身は語る。
 紅茶でもない日本茶に砂糖菓子を放り込んだのは、そのせいらしい。
「慣れない事はするものではないね」
「元々結構笑う方ですがいつにも増して上機嫌ですね」
 いばらが素直な感想を吐き出せば、正身はきょとん、とする。
 そうしてから、顔を上げて首を傾げた。
「そうか? では笑わないでいよう」
 言うや、引き締められる表情。
 笑みを消した正身の顔は、凛々しい成人男性で。
 酔いのためか潤んだ瞳が、至近距離で見つめてきては、ドキリとしてしまうのは仕様のない話。
「って近いですよね?!」
「近付かれるの嫌だった?」
「嫌ではないですけど……緊張します」
 小さな声が、拒絶を否定するのを聞き止めると、安堵したように正身は微笑む。
 では遠慮無く、と、いばらの隣へ距離を詰めた。
「普段は身長差で顔がよく見えないのが寂しいと思ってたんだ」
「寂しい?」
「うん。私、寂しがり屋だからね」
 ふわりと微笑んだ正身に、もう無用に煽られる感情はなかった。
 だけれど、じっと見つめた『結構笑う方』が零した感情が、気になった。
(そういえばこの広い家に一人で?)
 静かな気配は、ぽつりと儚く。
 家族はいないのだろうか、なんて、尋ねてみたくもなったけれど、今はやめだ。
 何でも答えてくれそうな状態の彼に問うなんて、ずるいから。
 代わりに、いばらはほんの少しだけ、正身に身を寄せた。
(寂しがり屋さんが元に戻るまで寄り添っているのです)
 それくらいは、きっと許されるだろう、と。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月05日
出発日 03月11日 00:00
予定納品日 03月21日

参加者

会議室

  • [4]ハティ

    2016/03/10-23:59 

  • [3]葵田 正身

    2016/03/10-22:08 

    葵田と申します。精霊は、いばら、と。
    宜しくお願い致します。

    ……炬燵でぬくぬくと歓談中、だった筈なのですが。
    精霊を困らせてしまったかもしれないと、若干反省中です。
    いえ、特段何か仕出かした訳では無いようですが。

    兎も角、楽しい時間が過ごせます事を。

  • [2]エルド・Y・ルーク

    2016/03/08-14:35 

  • [1]エルド・Y・ルーク

    2016/03/08-14:35 

    エルド・Y・ルークと精霊のディナスと申します。

    今回は、精霊が絶叫するシーンですので、皆様の目にはそれほど不親切な事にはならないよう心掛けたいと思われます。
    それでは、どうか宜しくお願いしますよ。


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