彩る花と君への思い(錘里 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 貴方はパートナーと共に、不思議な雰囲気の漂う建物にきていた。
 というのも、年の瀬のこの時期、まだやり残したことはありませんか? などと問われたのが始まり。
 例えば、大切な人へ伝えていないことがあるとか。なんて。
 どこか確信めいた顔で言われて、思わず頷いてしまったのだ。
 とはいえ、別に他愛のないことだ。照れくさくて口には出せない日頃の感謝とか、もうちょっとこうして欲しいなんて要望だとか。
 問われた者の中には……あるいは問うた者の意志的には、愛の告白めいたものを連想するかもしれないが。
 それはともかくとして。それならとても良い場所があるんですよと勧められたのがここ。
 外見的には円形……正確にはドーナツ型の平屋。
 窓のない、レンガでちょっとした模様が描かれており、その上をびっしりと蔦が覆っている……不思議で、怪しくも見える場所。
 その外観を眺めていると、不意に声がかけられた。
「どうぞ、中へお入りください」
 スーツに近い、制服のようなものを着ている女性が促す。
 ここは一体、と当たり前の疑問を問えば、笑顔で答えてくれる。
「お連れ様に言いたいことが、あるのでしょう? その言葉の切欠を作る場所……とでも申しましょうか」
 顔を見合わせ、そっと逸らして。
 曖昧に返事をするばかりの貴方達に、女性は続ける。
「この建物は入り口が2つあります。必ず二人で別々の入り口から入ってください。内装は、変わりません」
 西と東に一つずつの入り口。入ってすぐの場所に個室があり、ガラスのテーブルがある。
 その上には、水が入っただけの花瓶と、花が六本、置かれているのだと言う。
 花の中から一本を選び、二人共が花瓶に入れると、右手側の扉が開く。順路だ。
 倣って進めば、半周歩いたところで扉にたどり着く。その先にあるのは、花が一輪挿された花瓶――パートナーが最初に入る個室だ。
「初めに選ぶのは、相手に伝えたい事を示す花。お連れ様はそれを見て、返答を紙に書くのです」
 それは短冊に似た長方形の紙。結わえるための輪があり、花や花瓶にかけることも出来る。
 しかし同時にそれは水に溶ける紙。花瓶の水に浸して秘することも、できるのだ。
 こちらも、二人共が添えた時点で再び右手側の扉が開く。もう半周を進めば、答えの添えられた花瓶と再会することとなる。
 水に溶ける紙も、急げば、溶ける前に見ることが出来るかもしれない。
「問は、たった六本の花から選ぶものですから。きっと曖昧で、回答に困るかもしれませんね」
 くすり、女性は笑う。それでいいのだと。
「言葉は、会ってこそ交わせるもの。ここを一周した後のお二人の、何かの切欠になれば、幸いですよ」
 そう言って、女性は微笑んだ。

解説

建物への入場料として、一組様につき300jr頂戴いたします

●プランについて
・西と東のどちらに入るか
・どの花を選ぶか(下記参照)
・紙になんと書くか(白紙OK)
・紙をどこに添えるか
 (花瓶に結わえる・花にかける・水に溶かす・畳んで花瓶の下にetc)
・紙を溶かした場合、パートナーがそれを読めるかどうか
以上を明記していただくようお願い致します
後は相手のことを思う感じの内容や、合流後の行動などお好きにどうぞ
語らう場として近所の喫茶店くらいまでなら移動は可能
※飲食店等の施設利用する場合は追加料金として200jr頂戴いたします

●花について
ガラステーブルの脇にバケツに一輪ずつ花が挿してあります
バケツには、大雑把にこういう意味合いで使うといいよ的なシールが貼ってあります。

1:チューリップ(愛情)
2:マリーゴールド(友情)
3:ポインセチア(祝福)
4:カンパニュラ(感謝)
5:ラベンダー(期待)
6:パンジー(願望)

各花の花言葉等を意識して選んでいただいても構いませんし、ぱっと見で好きな花を選んでも構いません
花を選んだ時点では書くものはありませんので、こういう意味だよ!と伝える手段はありません
ぐるっと一周した後に改めて「こういう意味だったけど分かった?」と問うのはOKです

なお、建物内は個室も含めて壁も床も天井も全て白一色です。
窓はなく、音もなく、それでも明るい空間となっておりますので、是非物思いにふけってください

ゲームマスターより

男子側のエピソードが試練じみているので、たまには綺麗なエピソードを出してみました
年末年始にかけて、思いを綴る機会は如何でしょう
文字数が嵩みそうなので、花は番号で書いて頂いても構いません

ダイスで選んでもいいし、
パートナーに似合う物を選んでもいいし、
色々込めて頂いてもいいし。
解説内の必要項を埋めて頂ければ、後はお好きにどうぞ!

なお、通常よりリザルト文字数のみが多いEXエピソードとなっておりますので、
アドリブが入る可能性が高いことを予めご了承くださいませ

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(レーゲン)

  ・西/4/白紙/花にかける

白一色…思いつくのはマシロ
一瞬足がすくみかけたが、大丈夫レーゲンは待ってくれる
ゆっくりでいいから歩こう

花は「感謝」
1本じゃ足りないくらいだよ

合流後
レーゲンからの返事、あの絵はお互い様って事?俺の方が一杯感謝しないといけないのに
ところでレーゲンの「祝福」、悪くは無いけどどうして?


…つまりマシロは、あの時俺を守ろうとしていたって事?
俺はそんなマシロを殺したって事?

俺の幸せがマシロの望み……
そうだね…いつだって俺が笑うと喜んでくれたね

笑おうとしたけど無理だった
レーゲンの考えも分ってるから…でも今は、少しの間寄りかからせて

ごめん……ごめんね(レーゲンとマシロに)


アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  *西から。花は「感謝」、溶けない位置に結ぶ


俺達は気持ちを口にしあう関係
だからこそ好きとか愛とかは恥かしくて躊躇われる

ランスの笑顔と愛してるよの声が脳裏にリフレイン
想像するだけで顔から火が(はあはあ

「正月に実家に帰ろうと誘ってくれて嬉しかった。”帰ろう”と行ってくれて嬉しかったよ」
これも絆の一つの側面
愛も友情も期待も…全部で俺達


◆返答
願望?
いつも言われているのは素直になれとか我慢するなとか嫁になれとか…(赤面
嫁は絶対嫌なので返答はこうだ
「そうさせるのもランスの役目なので頑張れ(爽やかな笑顔)」

◆互いに種明し
あってても外れてもお互い、「らしいな」と笑いあう
花を手にとるよ
お茶でもしていこうか(ふふ


柊崎 直香(ゼク=ファル)
  軽いノリで来てしまったよ
東からお邪魔

花言葉を確認してちょっと考え
チューリップを花瓶に。
扉なかなか開かないからゼク悩んでるのかな
花言葉気にするタイプだよね

ゼクが居た部屋へ移動
挿された花を見て『夕ごはんは絶対ハンバーグ!』
と書いた紙をテーブル上に置いとく。
そしてゼク遅すぎだよ

ゼクの書いた紙。
知ってたけど本当ロマンチストだよね
合流して帰りにくくなったんだけど
どこか行くの?……パフェ食べたい

僕の方の花、綺麗なポインセチアだったでしょ
花言葉もこだわったんだよ。“感謝”だって
いつもありがとうゼクさん
ハンバーグ作り手伝ってもいいよ

キミ、そんなに記憶力よかったっけ
言っておくけど料理も庭いじりも手伝わないからね


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  ・東
・カンパニュラ
・王冠と剣と金貨をイラストで。
「オレは3つともラキアに捧げる」と書く
・花瓶で端を少し押さえるように置く

花は、花言葉よりもカンパニュラの形で選んだ。
教会の鐘のようでラキアっぽいじゃん。ラキアに似合うぜ。
ラキアにはいつも助けてもらって感謝してる。
清楚とか何かそんな聖職者っぽい花言葉もあった気がするな。
そんな気持ちが伝わると良いな。

チューリップの伝説を以前ラキアに教えて貰ったのを思い出した。
それを思って返事書いた。
『少女に3人の騎士が求婚した。各々家宝の王冠、剣、黄金を少女に送ったが1人を選べなかった少女は花になった」ってさ。
オレはラキアに全部渡してもいいって、花を見て思ったから。


エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
  西

紙に: Che Dio la benedica.
(神の祝福がありますように)
花葉に掛け、少しずつ溶ける様に
相手に見える

彼が花の色形で優雅にものを伝えられるほど器用でないのは良くわかっていますよ
恐らく最初にあったバケツのシールの言葉そのままでしょう

花言葉は『感謝』…です、か
…彼がLBを選択してから、常にどこかで引け目を感じていました
少し勘違いだったかと疑り…そして、勘違いでも良いと

そんな彼へ…改めて
どうか、神がいるなら祝福を

案の定外を出れば文字が読めない精霊が飛び出してきました
いっそ清々しい彼の様子が愛おしくて
こそりと秘密を話すように伝えてから
彼の存在を確かめる様に、そっと初めて肩に手を触れてみます


●君へ送る言葉の数々
 特に強い思いのあるわけでもなく。
 至極軽いノリで、柊崎 直香はここにいた。
 東の個室で、直香はバケツを一つ一つ眺めて、ほんの少し思案顔。
 それから、さほど迷うでもなく、チューリップを手に取り花瓶に挿した。
 これでいいのかな、と首を傾げつつ、先へ進む扉に触れてみるが、開かない。
 パートナーのゼク=ファルが、西の個室で悩んでいるのだろうかと、直香は思案する。
(花言葉気にするタイプだよね)
 肩をすくめながら、まだかなー、と直香は扉を見上げていた。
 一方、ゼクは直香の予想通り、悩んでいた。
 バケツに貼られた花言葉は思考の手助けをするが、逆に意味を知ってしまうと直感でというわけにも行かなくなって。
 一通り眺めてはまた頭から眺め直し。花と花言葉を暗記してしまうほどに見返した後、ゼクが選んだのはパンジーだった。
 花瓶に挿した瞬間、自動扉がすぐさま開く。直香はもう選んだのかと気がついて、ゼクは一拍置いてから、道を進みだした。

 とことこと進んで辿り着いたのは、西の部屋。
 そこに設えられた花瓶を見て、直香はふむと再び思案顔を作る。
 そうして、さらさらと紙に何事かを書き、ひょいとテーブルの上に置いた。
 判りやすく見えるように置かれたそこに書かれていたのは、『夕ごはんは絶対ハンバーグ!』という一文。
 キミの願望が何かは知らないけれど。
 これは僕の願望で、とてもとても素直な願いだ。
 紙を手放しても、扉は開かない。
 またか、と溜息をついて、テーブルに寄り掛かる。
「遅すぎだよ」
 そんなに悩まなくったっていいじゃないか。
 退屈げな直香の様子などいざしらず。ゼクは東の個室にて、真顔になっていた。
 花瓶に挿さっている花は、誰が見たって分かる花。
 そして、ひどく覚えやすい花言葉を貼られていた花。
(……どういうつもりで……)
 『愛情』を、選んだというのだ。
 直香の考えていることがよく分からないのは今に始まったことではないが、意図が掴めない。
 じっと見つめて、悩みに悩んだ末、ゼクは白い短冊に文字を書き進める。
 『庭に此の花を植える。』
 紐を花の茎に結わえ、託して。
 またしても即座に開いた扉を見やってから、進んだ。

 戻ってきたその場所には、チューリップに短冊。
 そっと指で掬いあげて、直香はそこに書かれた文字を見る。
 そうして、庭に植えられたチューリップが子供が口ずさむ歌のようにゆらゆら風に揺れるさまを想像して、ほんの少し眉を寄せた。
「知ってたけど本当ロマンチストだよね」
 確かめたなら、踵を返して扉を抜けて、やぁやぁお疲れ、なんて来た時と同じ軽いノリで合流して帰ればいいだけなのだけれど。
 ロマンチストな彼と顔を合わせてこの花の球根を買って帰るなんて、なんだか、とても。
「……甘いものが食べたいなあ」
 複雑な甘ったるさよりは、舌を楽しませてくれる甘さの方が、よっぽど心地の良いものだ。
 そうと決まればそろそろ行かなければ。
 ゼクを待たせるなんて、そんなの不自然過ぎる。
 当のゼクはと言えば、直香の書いた紙を拾い上げて、こちらも眉を寄せていた。
「……ハンバーグ?」
 何故こんな返答になったのだろう。
 花瓶に挿したパンジーと短冊を見比べる。どれだけ見ても繋がらない。
(夕飯の献立要素あったか?)
 パンジーの花が持つ意味は『願望』。ゼクが直香に対して何かしらの願望を抱いていることは伝わったらしいが、どう解釈したというのか。
 悩んで、思いついたのは朝の出来事。野菜が好きではない直香は、朝食のサラダを残していた。
 その窘めに、夕食は野菜尽くしにすると言った気がする。
(好き嫌いするなという願望と取られたのか?)
 腑に落ちない点はあるが、ここで悩んでいても仕方がない。
 首を一つ傾げてから、ゼクは踵を返した。
 扉を潜って道を行けば、直香が退屈そうな顔で待っている。
 ゼクってば遅い、なんて、特に何を意識させるでもなく意識しているでもない様子の直香を見つめ、帰路を促した。
「寄り道するが」
「どこか行くの?」
「……行きたいところが、あるのか?」
「……パフェ食べたい」
 ハンバーグに加えてパフェもねだるか。そんな台詞がゼクの顔に一瞬書かれたが、特に異を唱えるでもなく、喫茶店へ赴くこととなる。
 直香希望の甘いパフェがテーブルに運ばれ、嬉しそうに笑った直香がパクパクと食べ始める。
 暫くはそれを眺めていたゼクは、ごく自然な流れで、切り出した。
「お前が選んだ花だが……」
「うん、僕の方の花、綺麗なポインセチアだったでしょ」
 ぱくり。生クリームのかかったチョコの塊を口にしながら、直香がにこやかに笑う。
「花言葉もこだわったんだよ。『感謝』だって」
 にこにこと、穏やかな顔で直香が笑う。
「いつもありがとうゼクさん。ハンバーグ作り手伝ってもいいよ」
 とびきり愛らしく、はにかんだ直香を、ゼクはただひたすら、怪訝な顔で見つめていた。
(ポインセチア?)
 違う。あんな分かりやすい花を間違えるはずはない。
(花言葉も違う)
 悩んだ分染み付いた記憶。
 直香が花瓶に挿したのはチューリップで、『愛情』の意味を持つ花だった。
 間違いない。
 間違いはない、けれど。
(相変わらず、こいつは……)
 つまりはそういうことなのだ。
「もういい」
 少し乱暴に、ゼクが席を立つ。そうして、空っぽになったパフェにスプーンを突っ込んだ直香の手を強引に引く。
「ちょっと、ゼク?」
「花屋へ行くぞ。花言葉こだわったんだろ」
 ポインセチア。それは『祝福』の意味を持つ花。
 『感謝』。それはカンパニュラの花が持つ意味。
「ポインセチア、カンパニュラ――チューリップ。すべて意味、受け取ったからな」
 きっぱりと告げるゼクに、直香は瞳を丸くする。
「キミ、そんなに記憶力よかったっけ」
 知らなくったって、良かったのに。
 判りやすくて情熱的な花と言葉に誤魔化されていれば、良かったのに。
「言っておくけど料理も庭いじりも手伝わないからね」
 引かれる手を振りほどくことも出来ないまま、直香が少し尖らせた唇で告げたのは、ささやかな悔しさの現れだったのかもしれない。

●彼岸より、あなたへ
 西の入り口から足を踏み入れたそこは、白くて、白くて。
 信城いつきは、目の前に広がる白に、一瞬、足がすくむ。
 踏み込むのを躊躇うのは、いつきがその色に、かつて失くした大切な存在を重ねるゆえに。
 その存在を失くした経緯と理由は、最近まで忘れていたけれど、思い出した。
 いつきが殺したのだと、思い出してしまった。
 だから、ただ純粋に、怖かった。
 けれど――。
(大丈夫。レーゲンは待ってくれる)
 顔を上げて、白の中に踏み込んだ。
(ゆっくりでいいから、歩こう)
 消化しきれずにいる過去とも、向き合って。
 そっと部屋を見渡したいつきは、花の入れられたバケツを一つ一つ確かめる。
 そうして、迷うことなく一本の花を手にとった。
「1本じゃ足りないくらいだよ」
 釣鐘型の青紫。『感謝』を湛えたカンパニュラを、いつきは丁寧に花瓶に挿す。
 開く扉の先も真っ白で、無機質に明るい。
 だけれどいつきは、震えることも臆することもせずに、その道を進んでいった。
 東の入り口から立ち入ったレーゲンは、ガラスのテーブルに乗せられた花瓶をじっと見つめて、一度瞳を伏せる。
「そろそろ話す時期なのかな」
 隠していた、出来れば隠し続けていたかった、いつきの過去。
 それはいつきを苦しめ、傷つける出来事だったからこそ、彼は記憶を無くしたのだ。
 無闇に突きたい内容では、ない。
 だが、いつきは記憶を取り戻した。
 受け止めようと努力している。
 それを否定し、蓋をしてしまうことなんて、レーゲンには出来なかった。
 瞳を開いて、レーゲンは花の入れられたバケツを振り返る。
 レーゲンもまた、選ぶ花に迷いはなかった。
 どこまでも白いこの場所で、摘み取られるのは真っ赤なポインセチア。
 命を賭していつきを守ろうとした白い犬から贈られ続けていた『祝福』。
 寄り添うことのできなくなった『彼』の代わりに、レーゲンはそっと、花瓶に挿した。
 扉が開いて、導かれる。
 くるり、反転するように辿り着いたその場所で、レーゲンはカンパニュラの花を見つけ、顔を綻ばせる。
 手にした紙には、目の前にある花と同じ物を、描いて。
 紐を花瓶の口に結わえて、ふわり、微笑む。
 一方で、いつきは白の中の赤に、瞳を瞬かせた。
「……『祝福』……?」
 どういう意味だろう。見つめても見つめても答えが見つからなくて、いつきは結局、紙に何も書くことが出来ないまま、硝子の上に置き去りにするのであった。
 くるり、また反転。
 白紙の紙を拾ったレーゲンは微笑ましげに微笑んで。
 カンパニュラの描かれた紙に触れて、いつきはまた首を傾げる。
 一人で考えたって仕方がない。踵を返して施設を抜けたいつきは、レーゲンの元へと足早に合流した。
「おかえり、いつき」
「……うん、ただいま」
 穏やかに微笑むレーゲンをちらりと見て、いつきはほんの少し、身構える。
 だけれど、言葉を飲み込むことはせず、思い切って尋ねた。
「あの絵はお互い様って事?」
「いつきは、私の傍に居てくれる。傍に居させてくれる。だろう?」
「俺の方こそ!」
 感謝をしなければいけないのは俺の方なのに、と、いつきの眉がかすかに下がる。
 ずっと見守り続けてくれたレーゲンに、それこそ両手一杯に『感謝』を抱えたって足りないくらいだというのに。
(……あれ?)
 気持ちは伝わっているよ、ありがとう、と優しく微笑むレーゲンは、『感謝』の絵を描いたけれど。
 花瓶に挿したのは、『祝福』だったはずだ。
 意図を掴みあぐねて白紙で返してしまった言葉に、いつきは改めて首を傾げ、問うた。
「レーゲンの『祝福』、悪くは無いけどどうして?」
 うん、と。その問いを受け止めるレーゲン。
 ほんの少し影を帯びて見える笑顔が、静かに、語り始めた。
「あれは、マシロからだよ」
 レーゲンの口が紡ぐのは、いつきの知らない話。
 デミオーガの強襲、瘴気の影響で狂った白い犬からレーゲンを護るために引き金を引いたいつきは、その時の記憶と共に意識を失くした。
 その、後の話。
 いつきが撃った犬はまだ生きていた。
 生きて、血の匂いに当てられて家の中へと侵入してきたデミオーガを、排除した。
 多勢に無勢、傷を追った白い犬が不利なのは明らかで、いつその命の灯が尽きるともしれなかった。
 それでも、犬は必死に食らいついた。
 いつきがいる、道具入れの置かれた部屋の扉だけは、一匹たりとも潜らせなかった。
 レーゲンもまた必死に抵抗し、デミオーガを駆逐して。ようやくの鎮静が成った時、村は悲惨な状態で、当然いつきの家も凄惨だったけれど。
 その犬が最後まで立ち続けたその部屋だけは、無事だった。
「瘴気でデミ化して、五感が狂っても……『いつきを守る』事は、忘れてなかったんだよ」
 レーゲンの言葉に偽りがないことは、自然と感じ取れた。
 だからこそ、いつきは愕然とした。
「……つまりマシロは、あの時俺を守ろうとしていたって事?」
「そうだよ」
「俺は、そんなマシロを殺したって事?」
「……いつき」
 あぁ、やはり。レーゲンは、静かな表情を保っていられず、苦悶するように眉を寄せた。
 知れば、いつきはきっと己を責めるだろう。そう思ったからこそ、口にすることに躊躇いを覚えていた。
 だが、知って欲しかった。いつきの大切な存在は、あの瞬間だって、変わらず、いつきを大切に思っていたのだという真実を。
「いつき」
 努めて優しく、レーゲンはいつきに告げる。
「この先、心の傷を利用してくる敵もいると思う」
 傷を抉って、動揺させて、都合のいい解釈で操ろうとする敵がいるかもしれない。
「その時は惑わされないで……マシロはいつきを守りたかった、いつきの幸せが彼の望みなんだよ」
「俺の幸せがマシロの望み……」
 大きく見開かれた瞳が、揺れる。
 脳裏に、幸せだった日々が思い浮かぶ。ちゃんと思い出せている。そうだ、『彼』はいつだって。
「いつだって俺が笑うと喜んでくれたね」
 心から幸せを願われていたことを、疑いようなんてなかった。
 だけど、だけれど。
「……ごめん、今は……」
 笑えなかった。無理にでも笑おうとしたけれど、出来なかった。
 『彼』に引き金を引いた事実も、『彼』を失った事実も、何も何も、変わらないのだ。
 そのことを悲しまないまま、笑うことなんて出来なかった。
「ごめん……ごめんね」
 レーゲンに寄り掛かり、滲んだ声で繰り返すいつきを、レーゲンは優しく抱きしめる。
 傷をつけた。それでも伝えておきたかった。
 後は、信じて支え続けるだけだ。
 いつきがまた笑えるようになることを。
 心から、幸せになれることを。
「ゆっくりで、いいから」
 未来を、歩んでくれることを。

●ただひたすらな想いを
 西の部屋も、東の部屋も。その造りは全く変わらない。
 白くて、一方通行の扉が二つあって、ガラステーブルが置かれていて、花瓶が備えられ、バケツが六つ並んでいる。
 違うものといえば、そこに立つ人物だろうか。
 西に立ち入ったのはエルド・Y・ルーク。
 東に立ち入ったのはディナス・フォーシス。
 二人はぐるりと見渡した部屋の中、バケツに貼られた花言葉を順に眺めて、それから花を選んだ。
 その瞬間、同じ造りだった部屋の情景が、変わる。
 西の花瓶に挿されたのは真っ赤なポインセチア。
 一方東の花瓶に挿されたのは、青紫のカンパニュラ。
 奇しくもその花はほぼ同じタイミングで挿されたため、特に間を置くことなく、二人はそれぞれの選んだ花と対面することとなる。

「ふむ、カンパニュラですか……」
 ディナスの選んだ花を見て、エルドは顎髭を撫でて思案する。
 そうして思い起こすのは、彼の人となり。
 ディナスという男は、物腰柔らかで上品に見える見た目とはやや反して、直情的で機微には疎い。
 花の色形、それぞれが持つ幾つもの言葉なんて、きっと知らないだろう。
 そうやって含んだ意図を持って選べるほど器用ではないことをよくわかっているエルドは、素直にバケツに貼ってあったシールを思い出す。
 目に見える指針。それこそが、ディナスの伝えたい言葉だろうと理解して。
「花言葉は『感謝』……です、か」
 ふむ、と。エルドはまた呟く。
 ディナスという男を、エルドはそれなりに理解していたつもりで居た。
 しかし、選んだ言葉を意外だと思った。その程度には、思い違いがあったらしい。
 エルドは少しだけ首を傾げる。ディナスは、悔いているわけではないのだろうかと。
 見るからに老人であり紛うことなき老体であるエルドとの契約時、ディナスはその姿を見てライフビショップとしての道を歩むことを決意した。
 実際は、恰幅よく見えるエルドの肉体は隆々と未だ衰えない筋肉に覆われており、ぶっちゃけそんな必死こいて守るほどでもなかった。
 だが、偽るつもりは全く無かったとはいえ、ディナスに『守らなければならない』と認識させてしまったことを、エルドはずっと引け目に感じていた。
 自分ではなく、もっと若く屈強な神人と契約が成っていたなら、ディナスは生来の気性を余すことなく発揮し、前線で獅子奮迅の活躍をしていただろうに。
「少なからず恨んで、いると。思っていましたが」
 それは、違うのだろうか。
 それとも、カンパニュラに違う意味を込めたのだろうか。
 エルドはもう一度首を傾げた。考えてもわからないことだった。
 だから、素直に受け取ることにした。
 少なからず、『感謝』されているのだと。
 うん、と。今度は頷いたエルドは、紙にさらさらと筆を走らせる。
 『Che Dio la benedica.』
(どうか、神がいるなら――)
 他人のために己を抑えられる優しい青年に、祝福を。
 祈るように眼前に掲げたその紙を、エルドは花に括る。
 そうして、そっと紙の先端を水に浸した。
 水に溶ける紙は、花瓶の水を吸って、じわり、その繊維を綻ばせ、綴られた文字を滲ませる。
 少しずつ、少しずつ、溶けていく。
 それをじっと見つめていると、右手側の扉が開いた。エルドは促されるまま、白い道を歩いて行った。

 エルドの選んだ花を見て、ディナスは眉を寄せた。
 赤いポインセチアは、エルドがディナスへと選ぶには少し違和感のある選択。
「……祭事以外で、ミスターが僕に赤の花を選ぶとは思えません」
 ディナスもまた、エルドのことは少なからず理解していると思っている。
 彼には自分より長く生きた分の豊富な経験がある。知識がある。情緒がある。
 選んだ花に意味が無いなんて、ありえないのだ。
 色には、きっと意味は無い。なら、花言葉だろうか。
 思い至ったまでは良かったが、ディナスは肝心の花言葉を忘れていた。
「先ほど見た花言葉……思い出してください僕の頭!」
 いくらなんでもさっき見たばかりだろう、と脳内で叱責し、うんうん唸ったディナスは閃くように一つの答えを導き出す。
「『祝福』……」
 ぽつり、呟いた言葉に、ディナスは時間をかけて眉を寄せた。
 癪だった。
 他のどの言葉でもなく、その言葉を選ばれたことが。
「どこまでも僕はあなたの子供ですね」
 それがただ、癪だった。
 だが、それでも良かった。それでも、ディナスがエルドに選んだ花は変わらず、抱く感情もまた変わらない。
 だから、重ねてやるのだ。
 『Many thanks to you.』
 あなたに心から感謝します。
 あなたという相方へ、ただひたすらに、感謝を込めて。
 綴った紙は、しかし今更告げるでもないことだ。一瞥だけして、花瓶の中に浸した。
 瞬間、扉が開く。はっとしたように、ディナスは駆け出す。
 あのミスターのことだ、きっと水に溶かしている。
 時間をかけすぎてしまっただろうか。急げば間に合うだろうか。
 白くて明るい廊下を、ディナスは一目散に駆けた。長く感じる半円を駆け抜けて戻ってきたその場所には、花に掛けられた紙が一枚。
 よかった、まだ溶けていない。安堵の息を漏らし、エルドの書いた紙の内容を確かめようと手にとって。
「……溶ける以前に……この文字読めません!」
 何語だ!
 カッとなったように、ディナスは花から紙を引っ手繰ると、外に飛び出した。
 そこには既にエルドの姿があり、それを見止めるや、ディナスは駆け寄る。
「ミスター! 何語ですかこれ、全く読めないじゃないですか!」
 包み隠さぬディナスの言い分に、エルドは顔を綻ばせる。
 本当に、彼はいつだって真っ直ぐで、いっそ清々しいくらい。
 そんな彼の様子が愛おしくて、エルドは噛みつかんばかりに文句を言うディナスをそっと宥めると、こそり、内緒話をするように囁いた。
 ――神の祝福がありますように。
 心からの願いを込めて囁くと、エルドはそのまま、ディナスの肩に手を置く。
 形がある。温度がある。驚いたのか、少し震えた。掌から伝わる情報は、ディナスという存在を認識させてくれる。
 この青年が、己のパートナーなのだと、エルドは改めて確かめる。
 そんなエルドの手に、ディナスが覚えたのは少しの安心だった。
 望まれている。求められている。例えそれが庇護の感情を含むものだとしても、それが、嬉しかった。
 エルドの手の上に、右手を重ねて瞳を閉じるディナス。
 重ねた掌から感じるのは温もりで。
 優しい温度が、互いに互いの喜びを伝え合うかのようだった。

●そこに在る『当たり前』
 アキ・セイジは西の個室にて、備えられた花と花言葉を一つ一つ眺めて、思案した。
 彼とパートナーのヴェルトール・ランスは、気持ちを口にしあう関係。伝えて置かなければならない大切な気持ちは、直接、告げた。
 だからこそ、こんな風に花に封じて何て乙女じみた形で改めて愛とか伝えるのは、恥ずかしくて躊躇われた。
 ランスという男は感情を真っ直ぐに伝えてくる奴で、こと、セイジへの好意には幸せそうな笑顔を添えて告げてくる。
 愛してるよ。その言葉を聞いたのは一度や二度でもなくて、その幾つもを思い起こすかのように、脳内でランスの声が繰り返す。
 ばばばっ、と手で想像を掻き消すように振って、セイジは危うくガラステーブルに突っ伏しそうになるのをなんとか堪えた。
「くっ、想像するだけで顔から火が……」
 本当に火が出てしまいそうなほどに真っ赤に火照った頬をぺちりと叩いて、セイジはバケツを振り返る。
 その視線が、真っ直ぐ、『感謝』のシールを見つめた。
 途端、転げまわって悶絶しそうなほどだった羞恥心が、すぅ、と収まるのを感じる。
 歩み寄って、そっと、優しく取り上げたのは、青紫のカンパニュラ。
 優しい色をしているその花を見つめていると、また、ランスの声が脳裏をよぎる。
 それは直接的な愛の告白ではなくて。
 正月に、実家に帰ろうと誘ってくれた時の台詞。
「……嬉しかったよ」
 今は対の部屋にいるランスへ囁くように、花にそっと思いを語る。
 そう、セイジは嬉しかったのだ。
 ランスの実家に、『帰ろう』と言ってくれたことが。
 赤の他人でしかないはずの自分を、そんな風に受け入れてくれるランスが、愛おしかった。
 取り上げた時と同じように、そっと、優しく花瓶に挿せば、右手側の扉が開く。
 セイジはその先に続く白い道を見据えて、晴れやかな気持ちで踏み出した。
(これも絆の一つの側面)
 愛も友情も、期待も願望も。全部全部、自分たちの関係を彩るもの。
 さぁ、その中からランスに特別に選ばれた花は、一体なんだろう?

 東の個室にて、ランスもまた、一つひとつの言葉を眺めて、うぅん、と悩んだ。
「愛してるぜとか反応可愛いなあとかは言いまくってるからな俺」
 へら、と軽い調子で笑う。
 自分の感情を包み隠して秘めておくなど出来ないのがランスである。
 何より、こうして自分が真っ直ぐに伝えることでセイジがそんな言葉に慣れれば、彼の方から「好きだ」と言ってくれるかもしれない。
 愛してくれているのはよくわかっているが、やはり言葉でも聞きたいと思ってしまうものなのだ。
「それに可愛いから困らせてやりたくなるし」
 ふふっ、と堪え切れない笑みが溢れる。からかうつもりではないのだけれど、真っ赤になったり動揺したりするセイジは可愛いのだ。
 からかうつもりはなくったって、そんな反応を楽しんでしまうのは仕方のないことである。
 窘めるように控えめに、ペチッ、と叩いてくるのがまた可愛い。
 本気の拒絶ではなくただの照れ隠しなのがよく分かるから、避けようと思えば避けられるものも、毎回必ず受けてしまう。
「愛が激しいぜ」
 ふふふ。にこにこからにやにやになりつつある顔で可愛いセイジの姿をいくつも思い起こしたランスだが、程々のところで現実へ戻ってきた。
 そうして手にとったのは、パンジーの花だった。
「毎朝おはようのキスをしてください」
 『願望』を、祈りのように捧げる。
 届くと良いな。西に居るセイジへと思い馳せて、ランスは花瓶にパンジーを挿す。
 開いた扉をくぐって、悠々と、セイジの選んだ花を確かめに行くのであった。

「願望?」
「感謝……」
 それぞれの部屋で、それぞれの花を見つけたのはほぼ同時のこと。
 首を傾げたセイジは、その姿勢のままで思案に暮れる。
 それらしいことは、ランスの口から直接聞いている。いつも言われているのは素直になれとか我慢するなとか嫁になれとか……とここまで考えて、再び赤面。
 本当に、ランスという男は物の伝え方が真っ直ぐで困る!
 困る理由が照れてしまうからとかそういうことなのはさておいて。
「嫁は絶対に嫌だからな」
 認め合ったパートナーだとて、それとこれとは話が別なのだ。
 ふん、と鼻を鳴らして、セイジは紙につらつらと文字を綴り始める。
 『そうさせるのもランスの役目なので頑張れ』
 括弧書きで、爽やかな笑顔と付け足して、セイジは一度満足気に紙を眺めると、花瓶に結わえた。
 水に濡れて溶けてしまわないように、きちんと場所を選んで。
 一方のランスは、目に止まった『感謝』の花に、セイジらしいなと納得する。
 しかし、改まって感謝されるようなことはあっただろうかと思案する。
 別段特別なことをした覚えもない。ならばセイジもまた特別な事を含まずに、ただ単純に、今年一年ありがとう、とかそういう意図を込めているのかもしれない。
 それもまた、律儀なセイジらしい。
 ふふ、と微笑ましげに笑って、ランスは鼻歌を歌い出しそうな調子で筆を走らせた。
 『俺こそ感謝しまくってるんだからお互い様だぜ!』
 さらさらと書き上げて、よし、と一つ頷いたランスは、その紙を花瓶の前に畳んでおいた。
 再び開く、右手側の扉。
 くるりと回って、元の位置。
 花瓶の花と、添えられた紙をそれぞれに確かめて、二人は施設の外で合流した。

「さて、種明かしと行こうか」
「俺の『願望』は毎朝おはようのキスをしてくださいってことだな」
「却下だな」
「なんでだよ! 俺が頑張ればそうしてくれるって返答だったじゃないか!」
「そんな具体的な中身だとは思わなかったんだよ!」
 言ってから、セイジは「いや……」と言葉を濁す。
「まぁ、そうだな、大体似たような事は予想してたし……間違っては、いないけど」
 ぼそぼそと告げるセイジに、これは脈ありか? とランスはこっそりと期待をする。
 明日から早速、なんていうとまた喚かれるので、今はこの可愛らしいセイジを堪能するにとどめておこう。
 ふふっ、と小さく笑ってから、ランスはセイジの『感謝』の意味について尋ねた。
 おはようのキスについてがうやむやになったのにホッとしたのか、あるいは『感謝』に込めた感情を思い返したのか。セイジの顔が、ふわりと嬉しそうに綻ぶ。
「ランス、正月に実家に『帰ろう』って誘ってくれただろ? あれが、嬉しかったんだ」
 セイジの言葉に、ランスは瞳をパチクリと瞬かせた。
 そうして、何だ、そんなことかとランスも笑った。
「あそこはもうセイジの家だろ。嫁は大事にスルぜっ」
「所構わず抱きつくな!」
 ぎゅ、と抱きしめればすぐさま、ペチッ! と、セイジの窘めがランスの額を打つ。
 そんなセイジの様子に、えーっ、と残念そうな声を出しつつも、ランスの表情は幸せそうだった。
 ランスにとってはもう当たり前だったことを、嬉しい、と受け止めてくれたセイジの『感謝』も。
 至極素直な願いを込めたランスの『願望』も。
 らしい、と思う。
 そう思えることが、幸せだった。
「お茶でもしていこうか」
 笑い合って、寄り道して。
 また一つ深くなった絆を感じながら、二人は同じ帰路につくのであった。

●染み付く、染み入る、染み渡る
 セイリュー・グラシアがその花を選んだのは、その形ゆえだった。
 東の個室。ズラッと並んだバケツを眺めて、少しだけ思案したけれど、セイリューはあまりそれらの言葉に興味を覚えなかった。
 カンパニュラの釣鐘型の花が、パートナーに似合うと思った。
 それが、何よりだった。
「教会の鐘みたいで、ラキアっぽいな」
 うん、と一つ頷いたセイリューは、それから改めて、空になったバケツに貼られたシールを確かめる。
 カンパニュラの花言葉は、『感謝』。それもぴったりだと思った。
 彼にはいつも助けてもらっているのだ。感謝しないわけがない。
 それに、確か……。
「清楚とか何かそんな聖職者っぽい花言葉もあった気がするな」
 ならばますますぴったりではないかと、セイリューは大きく頷いて花瓶に花を挿した。
 すると、扉が音もなく開いた。
「さすがラキア、早いな」
 感心したように、セイリューは笑みを湛えて扉をくぐる。
 パートナーであるラキア・ジェイドバインは、植物に詳しい人だ。庭一杯の花はいつだって美しく、活き活きと咲いている。
 そんな彼は、バケツのシールを見なくたって、色んな意味を含んだ花を選べるだろう。
 そんな風に思案して、セイリューは少しだけ誇らしい気持ちになる。
 だって、そんな彼に教えてもらっていたからこそ、今こうして花には全く詳しくないセイリューにも、『ラキアっぽい』花を選ぶことが出来たのだから。
「やっぱり色々と、ラキアのおかげだな」
 抱いた感謝も、カンパニュラを見てラキアを連想したことも。
 彼に、伝わればいい。

 西の個室では、綺麗に咲いた花を一つずつ確かめたラキアが、最後にそっとチューリップに手を伸ばす。
 色も選べれば一番良かったのだけれど、残念ながらそこにあったのは、愛情という言葉をより強く連想させる、ピンク色のチューリップ一輪。
「紫だったら一番良かったんだけどな」
 少し残念そうに呟くラキア。紫色のチューリップには、『不滅の愛』や『王者の風・気高さ』なんて花言葉もあって、セイリューに伝えたい言葉としてはぴったりだったのだ。
 もっとも、そこまでを説明する気はなかったのだから、ある意味では、結果オーライかもしれない。
 肩を竦めて、ラキアは改めて花瓶に花を挿す。
 扉はまだ開かない。セイリューはどんな風に悩んで花を選んでくれるのだろうとほんの少しの思案を浮かべて、ラキアは静かな時間を過ごした。
 程なくして扉が開けば、続く白の道。
 どんな花を選んだのだろう。わくわくとしながら、ラキアはセイリューの居た場所へと歩を進めた。
 辿り着いたそこにあったのは、ガラステーブルに置かれた花瓶と、カンパニュラの花。
 なるほど、と一つ頷いて、ラキアはじっとその花を見つめた。
「花が可愛いからカンパニュラを選んだってのも、あるのかな」
 つん、と青紫の釣鐘型を小突いて、ふふ、と微笑ましげにラキアは笑う。
 きっとセイリューのことだ。含まれた言葉も鑑みたのだろうが、見た目という第一印象も大事にしたに違いない。
 それでも、ぱっと見で選んだ花がカンパニュラだということが、ラキアには嬉しかった。
 カンパニュラは好きな花だ。『誠実』という花言葉を含むから。
「流石にそこまでは考えてないだろうけど……セイリューらしい花でもあるよね」
 嬉しそうに笑って、ラキアはゆっくりと花を堪能してから、紙とペンを手にとった。
「感謝の気持ちは判っているとちゃんと伝えてあげないとね」
 バケツに貼られていた『感謝』のシール。一番に伝えてくるならきっとそれだろうから。
 さらさらと綺麗な字で、ラキアは『こちらこそ感謝してるよ。君と一緒に居ると楽しい』と書く。
 それを、花瓶の口にそっと添えるように結わえた。

 ラキアの選んだチューリップを見て、セイリューは瞳をぱちくりと瞬かせた。
 チューリップには『愛情』と書かれていた記憶がある。花に詳しいラキアのことだから、それを無視することはしないだろう。
 だからきっと、愛を告げられていて。
 それ意外にもきっと意味があって。
 それはきっと、セイリューが想像するまでもなく、とても良い意味なのだろう。
 ならば何も思い悩む必要はない。セイリューは紙とペンに手を伸ばすと、脳裏に浮かんだままの言葉を書く。
 正しくは、言葉と、絵。
 王冠、剣、金貨の3つを紙に書き込んだその横に、『オレは3つともラキアに捧げる』と書いたのだ。
 それはチューリップに纏わる一つの伝説。
 昔少女に三人の騎士が求婚した。各々家宝の王冠、剣、黄金を少女に贈った。
 しかし少女は一人を選ぶことは出来ず、花となってしまったのだ。
 それはどこか悲しいお話。だけれど、騎士はその花を三人で仲良く育てたという、優しいお話。
 一緒にチューリップを植えた際に、ラキアに聞いた話だ。
 ラキアとチューリップを重ねて思い出すのはこの話で。
 セイリューは、ラキアにならば一つと言わず全部渡したって良いと、思っていた。
 書き上げた紙の端を、セイリューは花瓶を重しに押さえる。
 そうしてまたくるりとした道を進んで戻ってきたそこには、カンパニュラの花に添えられた『こちらこそ』の台詞。
 綺麗な字も、選んだ言葉も、ラキアらしいと、嬉しい気持ちになりながら、セイリューは施設を出るのであった。

 一方、ラキアは。
 戻ってきてみれば、チューリップに添えられていたのはイラスト混じりの短冊で。
 その内容は、以前に教えた話のもので。
 目を、丸くした。
「覚えていてくれたなんて……」
 セイリューはいつだってラキアの話を楽しそうに聞いてくれる。
 だけど、元々の興味が強い話題ではないから、そんなに覚えていなくても仕方がないと思っていた。
 思っていたけれど、そうではなかったなんて。
 こんな嬉しいサプライズがあろうか!
 こみ上げてくる嬉しさのまま、ラキアは施設を抜け、セイリューの元へ向かう。
 あのチューリップはセイリューをイメージして選んだんだ。
 秋の頃の話を覚えていてくれたなんて嬉しいな。
 伝えたい事が色々ある。
 笑顔で迎えてくれたセイリューに、ラキアは綻んだ顔のまま、語りかける。
「あのね、セイリュー」
 君と話したいことが、まだまだたくさんあるんだ!



依頼結果:成功
MVP
名前:柊崎 直香
呼び名:直香
  名前:ゼク=ファル
呼び名:ゼク

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 12月27日
出発日 01月01日 00:00
予定納品日 01月11日

参加者

会議室


PAGE TOP