一度殴ってみたかった!!(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ストレス、溜まってませんか? トラウマ、ありませんか?

「私、オーガ被害者の会、というものを主催しておりまして」
 あるA.R.O.A.支部で、イベント開催の告知に来た男が、温和な笑顔で言った。
「勿論、ウィンクルムの皆さんが日々努力してくださっているのは知っています。しかし、オーガの被害は出るものです」
 そこで、被害を受けた者同士で助け合おう、そういう目的で会は立ち上がった。
「そこで今度、ストレス解消とトラウマ払拭のイベントを考えていてですね」
 イベント会場には、実物大の色々な人形、つまりは殴ったり蹴ったり出来るものが用意されているのだという。
「我々一般の者は、デミ・オーガならともかく、オーガに対抗する手段がありません。それなのに被害は受ける。怒りや恐怖は溜まる一方です。だったらせめて、偽物でもいいからどこかにぶつけたいんですよ」
 結構好評で、定期的にやってるイベントなんですよ。
 男は少し得意気に笑った。
「そのイベントに、是非ウィンクルムの方にも来てほしいのです」
 三ヶ月前、とある村がオーガに襲われた。
 オーガそのものは既にウィンクルムの手によって退治されたが、その爪跡は余りにも大きすぎた。
 ウィンクルムが到着するまでに、村のほとんどは壊され、数十人の犠牲者が出ていた。
 生き残った村人達、特に子供達は心にも身体にも深い傷を負っていた。
 その人達に、A.R.O.A.がいれば、ウィンクルムがいれば大丈夫なのだと、その力を見せてほしい。安心させてほしい。
 男の依頼内容はそういったものだった。
「とはいっても、そんなに深刻なイベントじゃないんですよ。オーガとは関係ない日頃の仕事や人間関係のストレスをぶつけに来てる方も多いですし」
 前回のイベントでは「母ちゃんのバカヤロー!!」と叫びながら人形を殴った男が出た。
 それだけでも会場を笑わせたのだが、その直後、人形に男の顔写真を貼り付けて「この穀潰しが!!」と人形を蹴倒した女が現れ、さらにさっきの男がその女に土下座をするという、会場全体を爆笑の渦に巻き込んだ出来事もあった。
「はい! ということはこの馬鹿精霊の顔写真を貼り付けて殴り倒すってのもアリッすね?!」
「はい! じゃあこの阿呆神人の顔写真を貼り付けて切り倒すのもアリなんだな?!」
 話を聞いていたウィンクルム達の中から、とんでもない意見が飛び出した。
 説明をしていた男がひくりと頬を引きつらせ、A.R.O.A.職員達が頭を抱える。
「ま、まぁ、お二人がそれで納得されているなら……?」
「すみません、新人ウィンクルムの中にはまだ仲がよろしくない者もおりまして……」
 自身も新人の職員が申し訳なさそうに言うが、ふと何かに気付き真面目な顔で男に尋ねる。
「職場のムカつく先輩の顔を貼り付けて蹴るっていうのもアリで」
「誰の顔を貼り付けるつもりだお前は?」
「何でもありません!! 先輩万歳!!」
 そのままいたるところでギャーギャーと言い争いが始まった。
 おかしな方向に賑やかになってしまったA.R.O.A.支部を、『オーガ被害者の会』主催者の男は何処か達観した笑顔で見回し、騒いでいないA.R.O.A.支部の責任者らしき男を見つけると、さっさと本来の要件を果たすことにした。
「イベントには好きに参加していただいて構いませんが、オーガの人形を倒すパフォーマンス、こちらは必ず参加してほしいのです。出来ればトランス状態になって。よろしくお願いします」
「はい、了解しました。いや申し訳ない、ここの支部は今、ウィンクルムにも職員にも新人が多いもので」
 責任者は、ちょうどいい、と考えた。
 まだトランスに慣れていない者、戦闘に慣れていない者、そういう新人ウィンクルムにはいい練習になる。
 ウィンクルム同士、お互い思っている事を全て吐き出して、そして仲を深めるようにすればいい。
「ありがとうございます。子供達もきっと、安心出来るでしょう」
 そして、オーガの被害の爪痕を、自分達の使命の重さを、改めて知るいい機会になるだろう。

解説

オーガの人形は良く出来ていますが、ただの張りぼてですので何も動きません。
好きなように攻撃できます。
パフォーマンス時にトランス状態になるかならないかは自由です。
けれど、必ず一組はなってください。勿論、全員でも構いません。

上手く子供達を安心させる事が出来たら、子供達から何か御礼があるかもしれません。


ゲームマスターより

日頃のストレスをぶつけるもよし、パートナーに普段言えない事を言うもよし。
やってみたい攻撃を試すのもよし、普段通りの攻撃で安定さを見せるのもよし。

楽しくイベントに参加してください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

高原 晃司(アイン=ストレイフ)

  俺もオーガに家族を殺された
正直オーガは憎いし自分の手で殺したいとも思う
でもそんな黒い感情をぶつけていいのだろうか?
そんな思いを…トランスに乗せてもいいのだろうか?

わかんねぇけど…それが仕事だったらやるしかないよな
トランスはすっげえええ恥ずかしいけど
いつかはやらなくちゃいけねぇんだよな
アインにも言われてる事だしな

「よ…よし…いくぞアイン…」
スペルを唱えて頬にキスをする

トランス後とは言えども俺の能力にそんな変わりはねぇが…
とりあえず激しく蹴ったり殴ったりするぜ!
ここで俺がやらなきゃ誰がやるんだ!
オーガに遭遇したけど結局は逃げ帰ったかつての経験が蘇る…

「俺はもう…負けたくねぇんだよ!!!」



アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  突然家族の命が奪われる辛さは痛いほど分かる
だから一念発起して参加を俺からランスに言ったんだ

一念発起なのはトランス化のキスが恥ずいからだよ!(言わせんな
恋人でもないのに(真っ赤

子供達に自己紹介した勢いでエイとキス

ランスが詠唱を始めたら俺は剣で切りかかる
「魔法が出来るまでは俺がアイツを守る。魔法が出来たら彼がトドメだよ」

ランスの魔法で人形が倒れたら
しゃがんで視線の高さを子供にあわせゆっくりと話す

俺達も1人じゃ戦えない
特殊な力を使う精霊がいて、精霊と一緒に戦う神人がいて、俺達に連絡したり他の人を避難させる人がいる

だから戦えるんだ
怖がらずに力をあわせるんだ

オーガを見たらどうしたらいいか、もうわかるよな



柊崎 直香(ゼク=ファル)
  無抵抗の相手に殴る蹴るの暴行を加えにきたよー
人形に貼る写真はゼクにばれないように(フェイクスキル)

子供たちにはあえて声掛けない方針
僕は年齢が近いけど明るくコンニチハって逆効果な気もして
その分行動で示す

オーガの人形を倒すときはトランス状態へ
厳かにスペルを唱えゼクの頬へ口付け
僕自身もボーンナイフを握り、ウィンクルムとしての戦闘を“魅せる”
たしかに僕も子供の範疇に含まれるかもしれない。
けど、弱いだけじゃないんだよ。
ゼクの魔法弾で敵を弱らせナイフでトドメ
オーガよこの僕を敵に回したこと後悔するがいい、と切り裂く!

ゼクの顔写真の貼られた人形を。

さすがに顔は避けてあげよう
まあ自分の魔法で炙っちゃった後だけど


鹿鳴館・リュウ・凛玖義(琥珀・アンブラー)
  これ、本当に人形?
それにしちゃあ、よく出来てるよねぇ?
フフ、これなら思いっきり殴れそう……なーんてね

会場の盛り上がりによっては、司会っぽくやりたいなぁ
まあ、無理ならいいんだけどね。
でも、子ども達もいる事だし、ちょっと実況風味でやりたいな。

トランスする事があったら
やっぱり琥珀ちゃんに一肌脱いで貰わなきゃ
心配ないって!
琥珀ちゃんが恥ずかしがらないよう
インスパイアスペル唱えて
上がらないようにおまじないかけとくから!
だから頑張れよ?琥珀!
まあ、子ども達が喜んでくれるかどうかは心配さ

結局、祭りは終わっても本物のオーガとは、まだ戦うんだ
僕自身もこの先、被害者の人達の為にもっと強くならなきゃね



■今日の目的
 晴れ渡る青空の下、オーガ被害者の会主催『さよなら! ストレス・トラウマ!!』は開催された。
 会場となった広場は、まるでお祭りのような賑やかさだ。
 人形を殴るのは勿論、強さを競うパンチングマシーン大会も行われ、屋台も多く、ピクニック気分で来ている家族連れや恋人もいるようだった。
「楽しい雰囲気を味わってもらうのも目的でして」
 人によっては、外に出たくない、人がいるところが怖い、と、心を捻じ曲げられた人も多い。そんな人達に、もう大丈夫なんだと、安心していいんだと思ってもらいたくて、敢えてお祭りのような雰囲気を出しているのだという。
 だから勿論、会場には楽しそうに参加している人とは別に、怯えていたり、暗い顔をしていたり、無表情でいたりしていたりする人達も見られる。そんな人達の為のカウンセリング所や休憩所も充実している。
 好評で定期的に行っているというのも頷ける。そんなイベントだった。
 会場を簡単に案内しながら、広場の奥に設置されたステージの裏へと案内した主催の男は、改めて集まったウィンクルム達に挨拶する。
「皆さん、今日はよろしくお願いします」

■打ち合わせ
「無抵抗の相手に殴る蹴るの暴行を加えにきたよー」
 手を上げて会場スタッフ達に挨拶するのは『柊崎直香』で、その横で溜息を吐いたのは『ゼク=ファル』だ。
 けれど特に諌めることもせず、ゼクは警備担当達と話を進める。
「魔法を使う予定なんだが、ステージに近づきすぎないよう注意してくれないか?」
「はい、わかりました。他に何か注意事項のある方はいらっしゃいますか?」
「あ、俺も魔法使う」
 手を上げたのは『アキ・セイジ』の相棒の『ヴェルトール・ランス』だ。
「よろしくな、ゼク。ちなみに何の魔法?」
「こっちこそ。魔法は『乙女の恋心』だ」
 地味だけど全力でやればまぁ見れるだろ。
 その発言を聞き逃さなかったのは、勿論、直香だ。
「え? 何で地味? ぼわーって燃やすんじゃないの? 全力でやったら危ないんじゃないの?」
「いや、あれは別に火は出ないぞ。エネルギー照射して対象の体の中心を加熱するんだ」
「え?! だってラミア退治の時……ッあ?! そういえばラミアが勝手に弾かれたみたいに倒れただけで燃えてなかった?! うわ、ゼクしょぼい!!」
「あのなぁ……ッ」
 本日二度目の溜息を吐くゼクを笑いながら見ていたランスは、警備担当達に「俺のはちょっと派手だし威力絞る予定だけど、やっぱりあんま近づかせないでくれ」と話を進める。

■裏舞台の更に裏
 その間に、セイジは自分達以外のウィンクルム達を観察するように見ていた。
(……色々な関係性があるんだよな)
 からかうような直香と仕方なしに面倒を見ているようなゼク。相棒と言うよりは、気ままな御曹司に振り回されている付き人のように見える。
 対して、今日攻撃する予定のオーガとデミ・オーガの人形、というか張りぼてをしげしげと見ている『鹿鳴館・リュウ・凛玖義』と、その横ではしゃいでいるようにも見えるのは『琥珀・アンブラー』は。
「これ、本当に人形? それにしちゃあ、よく出来てるよねぇ?」
「りく、この人形すごい! はく、やっつけたい!」
「フフ、これなら思いっきり殴れそう……なーんてね」
 楽しげに話している二人は、まるで親子のような年齢差だ。
 最近、いや、ランスに抱きしめられてからずっと、セイジは距離感が上手くつかめない。自分達の関係がよくわからない。
(俺達は今、皆にどんな風に見られているのか……いや、今日はその事を考えるのは止めだ)
 突然家族の命が奪われる辛さは、セイジにも痛いほど分かる。
 だから一念発起して参加する旨をランスに言ったのだ。
 大丈夫だ、と。もう安心していいんだ、と。
 傷ついた人達に、傷ついた子供達に勇気と元気を与える為に。
 ちなみに一念発起の理由は、トランス化のキスが恥ずかしいというたったそれだけの、だが重要な理由だ。

 セイジが心を落ち着かせている時、逆に落ち着かない気持ちになっている者もいた。
(家族を殺された俺にしてみれば、正直オーガは憎いし自分の手で殺したいとも思う。でもそんな黒い感情をぶつけていいのだろうか? そんな思いを……トランスに乗せてもいいのだろうか?)
 うーん、と悩むのは『高原 晃司』だ。
「いいと思いますけどね。世の中綺麗事より結果ですよ」
 悩んでいるのをさっくりと終わらせるのは、パートナーの『アイン=ストレイフ』だ。
「……俺の心読んだのかよ」
 悔しさと照れ臭さから口を尖らせる晃司に、アインは苦笑して答える。
「トランスを躊躇っていたのはそれが原因でしょう。晃司という人間を知っていれば心を読むまでもなくわかる事ですよ」
 そもそも読めませんが。とアインは涼しい顔で言う。
「……別に、それだけで躊躇ってたわけじゃねぇし」
「恥ずかしいんですよね」
「そうだよちくしょー!!」
 何故、オーガに対抗する唯一のトランスが、神人から精霊への頬へのキスなのか。それがどうしても納得できない。
 納得できない、が。
「……トランスはすっげえええ恥ずかしいけど、いつかはやらなくちゃいけねぇんだよな」
「オーガを倒すには、そうですね」
 そもそも、アインがこのイベントに誘ったのは、晃司が恥ずかしがって全くトランスをしないから、いい機会だと思ったからだ。
 ネイチャーやデミ・オーガ相手ならば何とかなる。だが、それがオーガとなると話は別なのだ。
「……ここにいるのは、ウィンクルムが四組と、あとは普通の人達でしょう」
「え?」
「例えば今この瞬間、オーガがこの広場を襲撃したとして、晃司は何をしますか」
 晃司の顔つきが変わる。
 いつオーガと遭ってしまうかわからない。
 この世界はそういう場所なのだ。
 それを、晃司はよく知っている筈だ。
 決心のついた顔つきになった晃司に、アインは微笑みかける。
「晃司、キスだと思わなければいいんです。これは訓練だとそう思うと楽ですよ」
「そうだよな、訓練、うん、訓練……」
 はぁ、と晃司は大きく息を吐いた。


 用意された人形はオーガが三体、デミ・ワイルドドックが二十一体。
 二回に分けてパフォーマンスを行おうという話になり、まずは凛玖義と琥珀、直香とゼク、この二組が一体のオーガと七体のデミ・ワイルドドックを相手取る事となった。


■前半戦
「みんなの前、トランスするの? 恥ずかしいよぅ」
 柔らかそうな頬を膨らませてすねる琥珀に、凛玖義が「心配ないって!」と頭をくしゃくしゃ撫でる。
「琥珀ちゃんが恥ずかしがらないよう、インスパイアスペル唱えて上がらないようにおまじないかけとくから!」
「う~……本当……?」
「本当本当! だから頑張れよ? 琥珀!」
「うん!」
 笑顔で答える琥珀に、凛玖義はもう一度くしゃくしゃと頭を撫でる。
 そして、ステージの準備が出来たのを横目で見て、先にトランス状態へと入ろうとする。

「活きがれ! 生命の血潮!」

 威勢良くインスパイアスペルを唱えると、頭を撫でながら頬にキスをし、そのまま淡く輝きだした琥珀をギュウッと抱きしめる。
「り、りくぅ、苦しいよぉ!」
「よーし、これで琥珀ちゃんはあがりません!」
「え~?!」
 おまじないとはとても言えない乱暴な抱擁に琥珀は騙されたような気分になったが、実際妙に落ち着いてしまったからもう何も言えない。
「さぁて! やっちまおうか、琥珀ちゃん!」
「うん!」
 トランス状態に入っている二人がステージに出ると、パラパラと拍手が起こる。人はそれなりに集まっているのだが、まだ注目は薄い。
 そんな観客を気にせず、二人は真っ直ぐ張りぼてに向かっていった。
 すぅ、と琥珀が息を吸う。
 そして。
「やぁぁぁッ!!」
 叫んだ声は空気を震わせた。
 ただの叫びではない。そこまで大きな声ではない。にもかかわらず、会場中がただ一点、琥珀に目を奪われる。空気の震えと共に伝わってくる強制的な力。
 ―――『アプローチ』
 ロイヤルナイトのスキルの一つ。
(周りの存在を自分にひきつける技ってのは、戦いの場じゃ囮とかで使われるけど、こういう場じゃ……)
「一気に主役だねぇ、琥珀ちゃんってば!」
 考えていた内容の最後だけを口にして、凛玖義はデミ・ワイルドドックの張りぼてを一つ、思い切り蹴り上げた。
「さぁ! 僕らが来たからにはもう安心だ! よぉく見るといい、ウィンクルム達の強さを!!」
 まるで司会のように高らかと宣言をする。
 その横で、注目を浴びた琥珀がショートソードで勢いよくデミ・ワイルドドック達を切り捨てていく。

「ちょっとこれは負けてられないよね」
 一歩遅れてステージに出た直香は感心するように呟いてから、くるりと後ろにいたゼクへ向き直りにっこりと笑う。
「子供たちはかっこいいヒーローをお望みだ」
 何をすればいいか、わかってるよね?
 無言の圧力に、ゼクは諦めた様に無言で行動に移る。
 直香の前で片膝をつき、頭を垂れる。
 それはまるで、姫に忠誠を誓う騎士のようで。
 琥珀に注目していた観客達の中でも、直香達の近くにいる者は気付いて注目する。
 そんな中、直香は優雅に微笑んでそっとゼクの頭の上に手をかざす。高貴な者が祝福を与えているような仕草をとりながら、厳かにインスパイアスペルを唱える。

「スペルに依りて叶えよ。事、総て、成る」

 よく通るその声が響き終わると同時にゼクが顔を上げ、直香はゆっくりとその頬に口付けをした。
 そして二人の身体を淡いオーラが包む。
 輝きを放ちながら、ゼクは素早く立ち上がると、エンドウィザードの武器である杖のマジックスタッフを構え、琥珀が倒していくデミ・ワイルドドックの中央に立っているオーガへ向けてスキルを発動させる。
 ―――『乙女の恋心』
 放たれたエナジーは強く大きい。ステージから距離を置いている筈の観客にまで、瞬間的に突風と熱が襲ってきた。
 オーガの張りぼてがぐにゃりと歪む。
 観客からそう見えるほど、圧倒的な熱がオーガにぶつかっていた。
 それを見届けた直香がボーンナイフを片手にオーガへと走り寄る。
「オーガよ! この僕を敵に回したこと後悔するがいい!!」
 強い意志で言い放ち、直香はナイフでオーガの首を切り裂き落とす。
 それとほぼ同時に、琥珀が最後の一体のデミ・ワイルドドックを切り捨て終わる。
 オーガの首がころんと転がり観客席に落ちる。
 途端、ワッと歓声と拍手が鳴り響いた。

 仕事を終えた直香と琥珀が、笑顔で顔を見合わせる。そんな二人へゼクも近づく。
「どうですか! 小さい神人も、小さい精霊も! 十分な力を持ってオーガ達を退治していく! この確かな力! 皆さん、どうか安心して下さい!!」
 凛玖義がこの場を締め括るように声を張り上げる。観客のほとんどはその言葉に深く頷きながら拍手を更に大きくする。
 しかし、一部の観客はさわさわと訝しげにこちらを見てくる。
 何事かとゼクがステージの端まで移動すると、そこには。
 切られたオーガの首を持って、困ったようにこちらを見ている少年少女達。
 そのオーガの顔の部分に貼られているのは、間違いなく自分、ゼクの写真。
「……………………直香?」
 自分の写真から目を離さないまま、ゼクはいっそ清々しいほどの笑顔になって相棒の名を呼ぶ。
 呼ばれた本人は、さっきまでの厳かさをあっさりと捨て去って。
『テヘッ☆』と言わんばかりにパチリと片目を瞑ってぺろりと小さく舌を出す。
「拳の届く高さに顔が、というせっかくの機会に、つい」
「直香ぁッ!!!!」
 そしてステージ上で追いかけっこが始まる。
「あんなのいつ貼ったんだ?!」
「最初にー! ばれずに済んだなんて、僕のフェイクスキルすごーい!」
「お前なぁ!!」
 さっきまでの歓声と拍手が消えて笑い声ばかりが聞こえるようになった。そんなステージを凛玖義は生暖かい笑顔で見守ってから、くるりと観客に向き直って言った。
「笑いも提供します!!」
 ウィンクルムにそんな役目はない。

■後半戦
「前半組、盛り上げすぎだろ……」
 ステージ裏で苦笑する晃司に、アインは「そうですね」と同意しながら晃司をじっと見る。
 その視線から逃れるように顔を逸らしていた晃司だが、もう自分達の時間だとスタッフから言われれば、ちらりと相棒の顔を覗き見てしまう。
 一度深呼吸をして、改めて相棒の前に立つ。
「よ……よし……いくぞアイン……」
 声は上擦っていたが、目は強く光っていた。

「覚醒の誓いを今ここに」

 戦う意思を込めて囁かれたインスパイアスペル。
 晃司が自然と背伸びをするタイミングで、アインもまたは自然と身を屈め、その頬にキスを受けた。
 そして互いにオーラに包まれ、新たにオーガ二体、それぞれの周りにデミ・ワイルドドック七体ずつが設置されたステージへと進む。
 ……トランス後とは言えども、俺の能力にそんな変わりはねぇ。
 覚悟を決めた晃司は自分に出来る事を考えて決める。
「ウィンクルム、高原 晃司! 相棒のアイン=ストレイフ! とりあえず俺は激しく蹴ったり殴ったりするぜ!」
 観客に宣言し、ぱん! と掌に拳を叩きつけてオーガへと走る。
 ここにいる何人かの観客。彼らと同じように、晃司もオーガに家族を殺された。
 オーガに遭遇したけど結局は逃げ帰った事がある。
 あの時の弱さを、あの時の恐怖を、俺は否定出来ない。どうしたって『あの時の俺』には無理だったのだ。
 だけど、そんな自分が嫌で、そして今は頼りになる相棒がいて、心強い仲間がいる。守るべき存在がいる。
 ―――ここで俺がやらなきゃ、誰がやるんだ!
「俺はもう……負けたくねぇんだよ!!!」
 あの時の弱さを、恐怖を、乗り越えてそして、強さにする為に。
 晃司は全体重を乗せてオーガに殴りかかった。

「ほら、もう高原もアインもトランスしてパフォーマンスに移ってるぞ」
 ニコニコと笑いながら腕を広げているランスを、セイジはぎりぎりと歯を噛みしめながら睨みつけるが、顔が赤くなっているので対して迫力はない。
「別に、腕を広げる必要はないだろうが……!」
 素直にランスのもとへ行くのが悔しいが、確かにもうステージにあがっている仲間がいるのだ。自分達もトランスして出るべきだ。
「う、腕を下ろせ!」
「はいはーい」
「真面目に!」
「わかってるって」
 ようやく腕を下ろしたランスの前に立つと、一回息を吐いて肩の力を抜く。
「それでいいんだよ」
 不意に、ランスがからかいの無い声で言った。
「子供達にあんま怖い顔を見せるなって」
 ちらりをランスが視線を動かす。観客席の一番前には、今までのパフォーマンスに夢中になっている子供たちが、じっとセイジ達を見ている。
 この子達に伝えたい事が、セイジにはあった。
 それは自分の過去にも触れそうで、つい顔が強張ってしまいそうになるが、怖がらせたいわけじゃない。そんな事が伝えたいんじゃない。
 セイジは子供達に微笑む。
「ウィンクルムのアキ・セイジと相棒のヴェルトール・ランスだ。オーガをやっつけるから、見てて欲しい」
 簡単な自己紹介をして、素早くインスパイアスペルを口にする。

「コンタクト」

 そして言い終わるか終らないかの瞬間に、かすめるように頬へキスをした。
 オーラを纏いながら、ランスは詠唱に入り、セイジは「魔法が出来るまでは俺がアイツを守る。魔法が出来たら彼がトドメだよ」とやや早口で説明すると、デミ・ワイルドドックに切りかかった。

 晃司がオーガを一体、拳と脚で壊していく間、辺りにいるデミ・ワイルドドックはアインが素早く銃を抜いて曲撃ちで、若しくはアクロバットな動きも交えながら壊していく。
「ラストォ!!」
 デミ・ワイルドドックがあらかた片付いたタイミングで、晃司が叫んでボロボロになったオーガの張りぼてを蹴りあげた。
「では派手にいきますか」
 宙に浮いたオーガをアインは両手打ちで連射する。
 銃弾を受けて下手な花火よりもバラバラになっていく。
 オーガの張りぼてがステージ上に落ちた時、それはもはや原形を留めていなかった。
 おお~! という驚きと歓声が起こる中、ステージ上の一角で鳥の鳴き声が響き始める。
 いや、鳥ではない。
 鳥によく似た、摩擦音だ。
 ランスの持つマジックスタッフ、ダークブルーの前に、小さな太陽を思わせる荷電したプラズマ球が出現している。
 ―――『カナリアの囀り』
「全員伏せろぉ!!」
 ランスの声にデミ・ワイルドドックを倒しきったセイジが、横跳びに逃げて伏せ、晃司とアインも出来るだけ遠のいて伏せる。
 ランスがダークブルーを振れば、プラズマ球は真っ直ぐに残った一体のオーガへと飛んでいく。カナリアの鳴き声に似た音を立てながら。
 そして空間に鳴り響く強烈な破裂音。
 観客とステージ上の人間がそろそろと頭をあげれば、ステージ上にあった筈のオーガの人形は、多少の焦げた欠片だけを残して消えうせていた。
 数瞬の静寂の後、会場は万雷の拍手で埋まった。

■これから
 ステージを降りたウィンクルム達を、観客もスタッフも主催者も、誰もが拍手で迎えた。
 そしてそこには、パフォーマンスが始まる前は虚ろな顔をしていた子供達が、目を輝かせてたり、若しくは涙で顔を濡らしたりして待っていた。
「あ、の……」
 子供たちの代表のような子が一歩前に出ると、深々とお辞儀をした。
「ありがとう、ございました」
 ―――きっともう、怖い夢は見ない。
 そう言った子供達を、支援している大人達が慰めていく。
「……結局、祭りは終わっても本物のオーガとは、まだ戦うんだ。僕自身もこの先、被害者の人達の為にもっと強くならなきゃね 」
 凛玖義が琥珀の頭を撫でながら言った言葉に、誰ともなしに静かに頷いた。

「そういえば、お前は子供達に明るく声をかけるかと思ってたぞ」
 ずっとステージ裏にいて子供達と接触しなかった直香に気付いたゼクは、意外に思って尋ねてみた。
「んー? あえて声掛けない方針。僕は年齢が近いけど明るくコンニチハって逆効果な気もして」
 その分行動で示したから。
 そういう直香の表情からは、普段とは違う感情が出ていたが、ゼクにはそれがまだ読み取れなかった。
「……そうだな」
 いつか、読み取れるかもしれない。
 そう思いながら、二人分の帰り支度を始めた。

「あの」
 セイジ達が帰り支度をしている中、数人の子供が話しかけてきた。
「オーガがまた出たら、今度は助けてくれる?」
 その言葉の意味に、セイジは胸が締め付けられる。
 今ここで生きていても、この子達は『助けてもらえなかった』のだ。間に合わなかったのだ。それほどに色々と失ったのだ。
「……勿論だよ」
 セイジは何とか笑顔を作りながら答える。
「助けてくれなくていいよ、オレも戦いたい!」
「えー、私やだよ」
「お前はいいんだよ! オレは戦いたいの!」
 すっかりウィンクルムに憧れたらしい少年と、まだ怖がってる少女が騒ぐ。
 元気な様子にセイジは苦笑しながら、子供たちの視線の高さに合わせてしゃがむ。
「俺達も1人じゃ戦えない。特殊な力を使う精霊がいて、精霊と一緒に戦う神人がいて、俺達に連絡したり他の人を避難させる人がいる。だから戦えるんだ。怖がらずに力をあわせるんだ」
「オレも! 怖がらないよ!」
「嘘つきなさいよ!」
 口喧嘩が始まりそうな勢いに苦笑する。
「オーガを見たらどうしたらいいか、もうわかるよな?」
 セイジの問いに子供達は答えようとして、でも正しいかわからず言い淀む。
「まず俺達に連絡しよう。他の人を安全な所に避難させるのも大切だな。あと、時には”逃げること”も大事だ」
 答えを教えると、戦いたいと言っていた子は不満げな声をあげた。
「戦うなら、その為には体を沢山鍛えて強くならないとな」
 そして頭を撫でる。
 くすぐったそうに笑う笑顔は、どこにでもいる子供の笑顔だった。



 トラウマを克服する方法の一つに、その辛さを再現する、というものがある。
 再現して改めて打ち勝つ、若しくは客観視する。そうして終わった事だと心を整理させるのだ。
 再現して打ち勝ったのは。客観視したのは。既に過去のものだと整理させたのは。
 オーガによる被害を受けた子供は。
 それが本当は誰だったのかは、本人にすら分からない。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 04月09日
出発日 04月16日 00:00
予定納品日 04月26日

参加者

会議室

  • それもそうか……。
    じゃあ、今回はその方向で。

  • [8]アキ・セイジ

    2014/04/15-17:15 

    この残り時間でヒーローショーのすりあわせまでは厳しいと思う
    各自が自由でいいんじゃないかな

    またの機会があったときには是非ショー形式もやってみたいな

  • そしたらアレかな?
    皆で渡れば怖くないじゃないけど、
    いっそ開き直って皆トランスして、ヒーローショーみたいに披露しちゃう?

    具体的には、登場する前にね、
    主催者かMC役の人に、キャッチコピーとウィンクルムの名前を呼んでもらうんだ。
    それから、トランス入って、オーガ人形に攻撃する感じさ。

    子供達が楽しむかどうかは、わかんないけど、欠伸されるよりはイイんじゃない?

    キャッチコピーや演出は、自分で決めてもいいし、
    主催者と話しあって決めてもいいよ、任せる。

  • [6]高原 晃司

    2014/04/15-02:50 

    っとっとっと挨拶おくれちまってすまねぇ!
    よろしく頼むな!

    俺もちょっとトランスが慣れなくてな…少しでも慣れるべきだってアインに言われて参加した
    ぶっちゃけ俺達は銃撃とかそこら辺になりそうなんだが大丈夫なんかなー
    俺はひたすら前に出てボカボカなぐるのみだぜ!

  • [5]柊崎 直香

    2014/04/14-22:27 

    要はかっこよく! オーガ(仮)を倒す! ところを見せればいいんだよね。
    威力抑えてもそれらしく見えるようにとかいちおう考えておくけど、
    事前に主催者さんと打ち合わせの上、って添えとくねー。

    ふっふっふー。市民の皆々様に希望と安心をお届けする大事なお仕事ですよん。
    迷ってるひともトランス状態になっちゃえばいいと思うよー?

  • [4]アキ・セイジ

    2014/04/14-08:45 

    以前の依頼を共にした人がいるのはなんとなく安心できるな。
    今回もよろしく頼むよ。

    相棒が子供好きなものでそれに付き合って何かやってると思う。

    トランス?
    …いやあ、どうするかな(うーん
    (PL:と、ノリ気ではないですが、なんだかんだいって発動させることになると思います)

    >魔法職の件
    魔法職はそこが困り物だよな。俺のところもそうだ。
    一工夫要りそうだよな。

  • 大丈夫だとは思うけど、
    周りの人には大きく離れておくように声かけた方がいいかなぁ。
    威力あると思うから、一般人ふっとばしちゃうんじゃない?

  • [2]柊崎 直香

    2014/04/13-21:12 

    殴りにきましたよ。
    2ばーん、クキザキ・タダカです。よろしくね。

    僕のところは今のところトランス状態になるつもりだよー。
    ただ精霊が魔法職だから、攻撃はどうしようかなと考えてる。
    魔法弾放っちゃっても危なくない?
    まあ、僕だけ殴りにいってもいいんだけど。

  • 一番、投稿失礼するよ。
    晃司君、直香君は、お初かな。
    アキ君はデミ・ベアーの時、どうも。

    皆、ストレス解消したいとか好き勝手すると思うんだけど、
    トランスするかしないかはどう考えてる?

    だって、少なくとも一組はなって下さいって言うモンだから……。
    まあ、皆でやれば怖くないだろうけど。


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