《贄》aconit(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 気がついたら真っ暗な空間の中に一人きりだった。
 夜なのだろうか。それにしても暗すぎる。空を仰いでもひたすらに真っ黒で、月の輝きも星の瞬きも無い。
 足下に生えている花々だけははっきりと見える。青々と茂る葉の中で鶏冠に似た紫色の花が、今が盛りとばかりに咲いている。
 不可思議な真っ暗な空間。地面に広がる花だけが鮮明だ。
 今まで何をしていただろう。どうして此処にいるのだろう。そもそも此処はどこだろう。
 疑問は幾つも湧いて出てくるが、何もわからない。
 ふと、手に何かを持っている事に気付く。
 美術館にでも飾られていそうな、片手で扱える美しい装飾の施された、ナイフ。
 自分のものではないナイフに疑問を覚えながら、ふと顔を上げた、次の瞬間。

 ―――どうして生きているのだろう。

 湧き上がる純粋な問い。
 だってそうだろう? 目の前にいる、この存在は。
 ―――倒した筈なのに。
 ―――守れなかったのに。
 ―――殺された筈なのに。
 ―――見捨ててしまったのに。
 ―――いずれ消す筈なのに。
 ―――こんなにも嫌っているのに。
 だから、死んでいる筈なのに。
 どうして生きているのだろう。
 ……通常ならばありえない光景。倒した筈のオーガが、もしくは死に別れた身内が、或いは助けられなかった仲間が、離れたい存在が、自分の方へと近づいてくる。ありえない姿で近づいてくる。
 頭が混乱する。死んだ筈だ。死ぬべき存在だ。こんなのはおかしい。どうにかしなければ。自分が死に追いやればいい。無理だ。やりたくない。いいや出来る。殺せる。そうだ、殺すべきだ。自分が、このナイフで、何としても。
 殺さなければ。殺せばいいんだ。さぁ、殺そう!
 既にまともな思考は失われていた。
 迫りくる存在にちっぽけなナイフで立ち向かう。
 叫んでいたのは自分か、殺すべき相手か、それとも両方か。
 何度目かの攻撃はついに殺すべき相手の心臓を貫き。
 そこで、視界も意識も、急激に晴れる。
「え……」
 さっきまでの飢えたような殺意は無くなり、ありえない存在もいなくなり。
 代わりにいたのは、胸に美しいナイフを刺されて倒れる、自分のパートナー。

 どうしてこうなったのだろう。
 隣にいたパートナーは、急に自分を見なくなり、手にしたナイフに気付いたと思ったら、もう正気ではなくなっていた。
 何が起こったのかわからないが、刺されたのは事実。
 紫の花の中に倒れこむ。覗き込んでくるパートナーの目はちゃんと自分を捉えていた。
 ああ、正気に戻ったようだ。
 その代償が自分の死だとは、思わなかったけれど。


 ここはフィヨルネイジャが見せる夢の中。
 あなた達は夢だと気付かないまま、片方は死を迎え、片方はそれを看取る事となる。

解説

●夢について
 神人か精霊、どちらかが何故か「殺さなければ!」という強迫観念に襲われ、幻覚幻聴に捕らわれています。
 なので、パートナーを認識できません。会話もできません。
 その状態でパートナーの胸へと深く刺してしまいます。
 刺すのと同時に正気に戻りますが、刺された方は数分で必ず死んでしまいます。
 この流れは絶対です。
 ただし、幻覚幻聴としてあらわれるのがパートナーならば、食い違いがあってもパートナーを認識できるし会話もできます。

●プランについて
・殺すのが神人ならアクションプラン、精霊ならウィッシュプランに『○』を書いてください。
・どんな幻覚幻聴が「殺さなければ!」と思わせるのか、正気を失ったパートナーにどう向かい合うのか、胸を刺して正気を取り戻した後の別れはどんなものかを書いてください

●この夢見る前はフィヨルネイジャ観光をちゃんとやってたんだよちくしょう夢から覚めたらまた観光してやる!
・500Jrいただきます


ゲームマスターより

こーやGM主催の連動企画《贄》の一つです。

暗闇に咲いている花はトリカブトです。紫色の花は美しく、けれど根の方に毒を持っています。
フランス語でaconitというトリカブト、その花言葉は『あなたは私に死を与えた』です。
どうぞ美しい毒の夢をお楽しみください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  おかしいなって思ったら、刺されて
…呆気ないや

いやぁ、あの人の気持ちが良く判る
桐華は、生きてよね
そんで、今度は全うな神人に恵まれるようにね

…仕様がないなぁ、桐華さんは
最期の最期で、本当、酷い話
…じゃあ、こうしよう
俺は君を恨むよ
恨んで、君の傍でずっと恨み言を囁こう

はは、俺はあの人みたいにはなれないね
精々全うな神人に恵まれると良い
それでも俺は変わらず君の心に居座ってあげる
俺への罪悪感とその子への好意の間で揺らいで、苦しんでよ
呪いだよ、これは
君が幸せな絶望を、味わってくれますように

それが嫌なら、キスをして
未練なんて、残さず殺して
…あれ、僕ら恋人同士じゃなかったっけ?
うそだよ、じょうだん
忘れて、いいよ?



羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  胸騒ぎを覚え振り向けば空を切るナイフ
…どう、したの?ラセルタさん、ねえ…!
諦めず何度も名前を呼び正気に戻そうと試みる
一縷の望みを賭け相手の胸に飛び込み

抱き起こされ自分が倒れたと知る
良かった…戻らなかったら、どうしようかと
安堵と共に走る鋭い痛みに意識が眩む

きっと俺は助からないだろう
後悔は無い。けれど気に掛かるのは彼の事
胸が張り裂ける程熱いのに身体は次第に凍えていく
もっと強く、抱き締めてくれる…?

…ラセルタさん、お願いがあるんだ
孤児院の皆を、俺の代わりに見守って欲しい
そっと手を伸ばす。もう、顔も満足に見えないけれど
降り注ぐ優しい雨を、拭いたくて

ありがとう

(貴方に死なんて与えない。俺が、持っていくよ



柊崎 直香(ゼク=ファル)
  仕方ないなあ。

普段から気にしてるけど
もうちょっと背丈や厚み付けとくべきだったよね
この体格差じゃキミを止めるのは無理だもの。
逃げ足なら勝算あったか
まあ
でも
あんな顔したキミを置いていけなかったから。
本当に、仕方ないなあ。

任務上死と隣り合わせなこともあるから
まったく予想してなかったわけじゃないけど
この死に方は避けたかったかな
だって、キミは優しいから

ゼク。

大丈夫だよ。

あまり喋れないけど、それだけは伝えたい
こわいゆめは、もうおわったんでしょう?
ぼくのこれを、また、こわいゆめにしないで
ゆめからさめたゆめなんて、わらえないし

ああ、もう眠いな
今朝だって、キミに無理やり起こされたんだもの
おやすみなさい
また
いつか


ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
 

司祭服

幻覚:両親を殺したオーガ
死んでなかった
いつもおれの目の前に居た
今度こそトドメをささなければ
あれ以上被害を出さない為に
Месть умершего родителя…!

自身の十字架を握りサーシャの十字架ごと何度も貫く
刺殺後は普段着に変化
護るどころか自分の手で殺した事が余計トラウマ

只の契約者から相棒になった者さえ見誤る始末
慣れ合わずずっと独りでいれば良かった
何も求めなければ
何も得なければ

…おれがいなければ誰も死なずに済んだ?
誰も護れない力などいらない

声無き悲鳴上げる
衝動的に自分も死のうとしてサーシャに止められる
行き場の無い感情に精神崩壊寸前
血と香水の香りが充満
パンジーの栞は消失


台詞
Лгун



天原 秋乃(イチカ・ククル)
 
精霊の姿が倒したはずのオーガにみえて混乱
倒したはずなのに、なんでまだ動いてる?なぜこちらをみている?
…イチカはどこにいった?いや、今そんなことどうでもいい
このままオーガを放っておくわけにはいかない
みんなを守るために俺が倒さなければ…殺さなければ!
半狂乱の状態で対象にナイフを突き刺す

正気に戻ったら目の前で倒れるイチカに驚愕
……俺がやったのか……?
信じたくないけど、突き刺した感覚は手に残っている
……なんでこいつは笑ってる?
色々と理解できなくて混乱

息をひきとるイチカの姿を看取って泣いたところで夢から醒める

イチカを殺したことが怖くて泣いたのか、イチカがいなくなることが悲しかったのか…よくわからない


■狂気の幕は静かに下り
 死んでなかった。
 司祭服を着た『ヴァレリアーノ・アレンスキー』は、目の前に現れた存在を確認すると、無意識に自分の十字架を握り締めていた。
 何故。どうして此処に。
 そんな疑問よりも怒りと憎悪から殺意が湧き上がる。
 ―――今度こそトドメをささなければ。
 ヴァレリアーノは十字架を握る手とは逆の手に、いつの間にか持っていた緻密な装飾の施されたナイフを強く握る。
 ―――あれ以上被害を出さない為に、今度こそ!
 疑問は既になかった。ただ殺意だけしかなかった。
 ヴァレリアーノはナイフを振るう。
 倒すべき存在へ向けてナイフを振るう。
 目の前の存在、両親を殺したオーガに向けて。
 ヴァレリアーノは口の中で言葉を噛み殺しながらオーガを刺し殺していく。
(死んでしまった両親)
(殺された)
(殺されてしまった)
(これは、復讐だ)
 そして正当な行為だ。
 振るうナイフに乗せられた感情がオーガを黙らせるのか、断末魔もあげずにオーガは倒れる。それでもまだ動いている。
 ヴァレリアーノは何度も何度もオーガを刺す。貫く。十字架を握り締めながら。
 ガツリ、と、不意に肉を貫く感触から硬質な何かを削る感触に変わった。
「……え」
 ヴァレリアーノの動きが止まる。
 自分の服はいつもの普段着だった。
 両親を殺したオーガはいなかった。
 けれど、ナイフは本物だった。
 そして、刺していたのは相棒である『アレクサンドル』だった。
 彼の十字架ごと貫いて、彼の命を奪っていた。

 アレクサンドルは出会った時を思い出す。
 今のヴァレリアーノは、アレクサンドルと初めて出会った時と同じ眼をしていた。
「アーノ?!」
 アレクサンドルの呼びかけにヴァレリアーノは答えない。見た事もないナイフを握り締め、反対の手では十字架を握り締め、アレクサンドルに向けてナイフを振るってくる。
(敵と思われてるのか全く迷いがない)
 同じような状況は既に経験したことがある。
 ―――トライシオンダリア。
 奇妙な寄生植物にとりつかれたヴァレリアーノが、やはり今のようにアレクサンドルへ攻撃をしてきた。
 見たところその体に花は咲いていない。という事は同じことが原因ではないだろう。では何か。それがわからない。
 アレクサンドルはダリアの時とは違い素手で押さえ込もうとする。原因がわからないがゆえの判断。
 何度か攻撃を避け、押さえ込もうと手を伸ばし、けれどそのうち、アレクサンドルの中で奇妙な違和感と、抗いがたい感情が顔を出す。
 ―――あの時と向けられる感情が違う気がする。
 今のヴァレリアーノは、自分へ向かいながらも自分とは違う何かに、深く、もっと確固たる敵意と憎悪を向けている。
 アレクサンドルの口端が、知らず僅かに釣りあがる。
 ヴァレリアーノの真っ直ぐな狂気が、アレクサンドルを静かに狂喜させる。
 殺したいのなら殺すといい。
 我は全てを享受する。
 果たしてこの身を犠牲にすれば正気に戻るのか。それは賭けではあったが。
(殺されてやる気はなかったが、汝になら一度死すも一興か)
 ナイフが向けられる。
 アレクサンドルは自分の十字架ごと自分の身を貫くナイフを、微笑みながら見ていた。

「サーシャ!」
 ヴァレリアーノの声を横たわったまま聞いた。
 本当は、別の未来をアレクサンドルは密かに思い描いていた。誰にも言えない未来を。
 けれど、この結果もいいだろう。
 心情の変化で戸惑う愚かな己が晒される前に、十一歳の少年が自身の幕を閉じた。
 アレクサンドルは自嘲する。
 自分の体裁を守る為に、全てを背負わせ押しつけて、それで安堵する狡猾な自分を滑稽に思い、静かに自嘲する。
 そんなアレクサンドルには気付かず、ヴァレリアーノは顔面を蒼白にさせて、ガタガタと体を震わせいた。
「傍で汝を護る約束を破ってすまなか…たのだよ」
 ヴァレリアーノはふるふると小さく首を振る。
 約束を破らせてしまったのは自分だ。
 自分の手で相棒を殺してしまった。
 その事実がヴァレリアーノを追い詰めている。
 自分に何が起きたのかわからない。異常な状態だったのだろう。だとしても。
 ウィンクルムという絆を重ねてきたのに、只の契約者から相棒になったのに、そんな存在さえ見誤る始末。
 慣れ合わず、ずっと独りでいれば良かったのだ。
 何も求めなければ。
 何も得なければ。
 そうすれば。いや、そもそも。
「……おれがいなければ誰も死なずに済んだ?」
 普段の冷めた様子は何処にもなく、途方に暮れたような子供の声で呟いた。
 ―――誰も護れない力などいらない
 衝動的に握り締めたナイフを自分に向けて勢いよく誘うと振りかぶる。が、もうすぐ命が消えるアレクサンドルに服を引かれて止められる。
 何故、と問うよりも早く、アレクサンドルが笑顔のまま、諭すように告げる。
「隣人を愛せよ、汝の敵を憎め」
 悪いのはヴァレリアーノではないと、ヴァレリアーノを異常にさせた何かが悪いのだと。微笑みながら。
 ヴァレリアーノは拒絶をするように首を横に振る。何度も横に振る。けれどもうナイフを自分に向けられない。アレクサンドルが止めたから。けれど自分を許せない。愛するなど、出来ない。
 そんな精神が崩壊する寸前のヴァレリアーノを見て、アレクサンドルは満足そうに眼を細めた。
 己の存在を刻みたい。
 その最後の狙いは、成功したようだ、と。
 そう満足して、意識を手放した。
「サーシャ」
 呼んでも、もう何も答えないし動かない。
 その場にはただ血と香水の香りが、そして死が充満していた。
「……Лгун」
 嘘つき、と呟いた。
 それを受け取る相手はいない。
 カチリ、不自然に機械的な音が一度鳴った。
 見ればアレクサンドルの持っていた懐中時計が、ヴァレリアーノが渡した懐中時計が針を止めていた。
 それを何故かごく自然の事のように見つめながら、思う。
 きっとパンジーの栞も消えている。
 ヴァレリアーノとアレクサンドルの関係は、静かに幕を下ろしたのだ。


■あなたを一人残し続ける事を許してください
 無様な存在が目の前にいた。
 それはいつか見たマントゥール教団員の男。もっと言ってしまえば、パートナーを失い狂った精霊、終わってしまったウィンクルムの片割れの成れの果て。
 自分とは違う存在。
 壊れた笑みでかつてと同じように短剣を振りかざす相手を見て、『ラセルタ=ブラドッツ』が真っ先に考えたのは自分のパートナーである『羽瀬川 千代』の事だった。
(あの短剣が千代を傷付ける前に、確実な死を与えなければ)
 何故甦ったかなどは知らない。知る必要もない。
 目の前に屠るべき存在がいて、自分はその存在を屠ることが出来るだけの力を持っている。
 その事実だけ分かればいい。
「代替すら失った姿は滑稽で笑えるな」
 ラセルタは動き出す。いつの間にか手に持っていたのは、自分のものではない美しい装飾のナイフ。
 その事に何の疑問も持たず、ラセルタは相手を追い詰める。
 逃げ続ける相手を追い詰め、そして捕まえてその胸元へとナイフを突き刺す。
 ―――終わった。
 高揚した達成感を味わっていると、その全てが冷める現実に視界が切り替わる。
 自分が刺したのはかつての敵、マントゥール教団員の男、ではなく。
 自分のたった一人のパートナーで大切な恋人の、千代だった。

 足元には綺麗な花。けれど空は何もなくて真っ暗で、辺りには花以外何もない。
 気がつけばそんなところにいた。自分一人だったら心細かったかもしれないが、隣にラセルタがいたあまり慌ててはいなかった。
 何処へ行けばいいのだろう。そう思って辺りを見回していた時、妙な胸騒ぎを覚えた。
「ラセルタさ……?!」
 胸騒ぎに押される様にラセルタの方を振り向けば、飛び込んできたのは空を切るナイフ。
 ラセルタが、自分を攻撃してきたのだ。
「……どう、したの? ラセルタさん、ねえ……!」
 問いながらも千代は後じさりする。ラセルタが本気で殺そうとしているのが、正気を失った目をしているのが分かったからだ。
「ラセルタさん! しっかりして!」
 千代は逃げる。逃げながらも何度も名前を呼びかける。正気に戻って欲しいと祈りながら。けれどそれは一向に叶いそうもなかった。
 どうすれば戻るのか。考えて考えて、そして出した答えは、出来れば拒絶したいものだった。だが、それ以外に今は何も思いつかない。
(俺を殺そうと必死になってるなら……)
 千代は逃げることをやめてラセルタに向き合う。ラセルタの胸へと飛び込む。
 ラセルタは千代を逃がすまいと捕らえる。
(俺を殺せば、それで元に戻る?)
 一縷の望みを賭け、千代は胸に走る衝撃を受け止めた。

 憐れな存在が目の前にいた。
 ラセルタは倒れた千代を抱え起こす。その胸元には目を惹く鈍色。さっきまで自分が持っていたナイフ。そしてその鈍色からにじみ出る赤色。
(俺様が刺した? そんな馬鹿な!)
 倒したのは千代ではなかった。かつて倒した敵だ。ああ、けれど冷静になれば分かるではないか。死んだものが甦ることなどない、と。ならばさっき見たものは幻だ。
 ―――何故さっきの幻の正体を探ろうとしなかったのか!
「ラセルタ、さん……?」
「千代!」
 抱き起こされた千代は、一度辛そうに顔を顰めてから、ラセルタの顔を見た。
 その眼は確かに自分を見ていて、ひどく動揺はしているけれど、正気に戻ったことがよく分かった。
(良かった……戻らなかったら、どうしようかと)
 安堵と共に胸に鋭い痛みに走り意識が眩む。
 ―――きっと俺は助からないだろう。
 千代は自分でも驚くほど冷静に判断できた。
 後悔は無い。自分で選び下した決断だ。ラセルタを元に戻すことに成功したのなら、自分のとった行動は間違っていなかった。だから、後悔は無い。
 無いけれど、けれど気に掛かるのは、この先残されるラセルタの事だ。
 どうすればいいだろうと考える間にも、胸は熱く呼吸は苦しく、それなのに身体は次第に凍えていくのが分かった。
 ああ、もう時間が無い。
「もっと強く、抱き締めてくれる……?」
 零した小さな願いに、ラセルタは抱く力を強める。ラセルタにしても段々と冷たくなる身体が恐ろしく怖かったのだ。
「……ラセルタさん、お願いがあるんだ」
 ラセルタはその言葉に身を乗り出す。どんな願いだって言えばいい。どんな願いだって叶える。そう思いながら千代の次の言葉を待てば。
「孤児院の皆を、俺の代わりに見守って欲しい」
 出てきたのは、ありふれた、けれど千代らしい言葉。
「何故、俺様を責めない?」
 思わず詰るような口調で言ってしまう。違う。そんなことが言いたいんじゃない。
「こんな時まで千代は他人の事ばかりだ。漸くお前を、想うという事が理解出来たような気がしたのに」
 こんな事が言いたいんじゃない。もっと何か、伝えなければいけない事がある筈なのに、今は何も出てこない。何も浮かばない。ただ迫り来る喪失に恐怖している。
 恐怖して、涙を流し続けている。
 千代がゆっくりと、震える腕をあげてラセルタの頬に触れる。
 もう千代にはラセルタの顔も満足に見えていない。ラセルタの表情もよく分からない。それでも、自分の降り注ぐ優しい雨は肌で分かったから、それを拭いたくて頬に触れる。
 残った力では拭う事も出来ずただ添える事しか出来なかったが、ラセルタがその手を強く握り締めた。
「ラセルタさん、お願い」
 もう一度懇願すれば、ラセルタは「必ず」と短く答えた。
 その答えを聞いて、千代は安心したように微笑む。
 ラセルタは約束を違えるような事はしない。だから、これで大丈夫だ。
「ありがとう」
 ラセルタはその最期の瞬間まで瞬きもせず見つめていた。
 千代の金色の目から光が消えていく。命が消えていく。
 それをしっかりと目に焼き付けてから、ラセルタは千代の瞼をそっと閉ざした。
 もうその眼は開かない。美しい金の目は自分を見ない。その事が分かってしまった。それでも、分かってなおラセルタの口から零れる願いは一つ。
「……逝くな……ッ」
 千代の生だけだった。
 けれどもう戻らない。死者が生き返る事は絶対にない。
 千代が亡くなった今、側に居る約束が叶わなくなった時には死を選ぶ筈だったのに、それすらも千代に奪われた。
 ……千代の最期の願いは、叶えなければ。
 絶望の中でそれだけを考えながら、ラセルタは千代の亡骸を抱き続けた。

(貴方に死なんて与えない。俺が、持っていくよ)


■呪わない呪いを、あなたに
 いつからこいつはここにいたのか。
『叶』の前には何度か遭遇した人型のオーガ。人を馬鹿にしたような、いや、人を玩具にしか見ていないような笑みを浮かべてこちらを見ている。
 それは叶が殺したがってる敵。何故か分からないが今ここにいる。自分の手には頼りないナイフ。
(じゃあ……殺さなきゃ)
『桐華』は躊躇わずにそう決めた。
 敵う相手ではない、この状況はおかしい。頭のどこかが冷静に警告するのに、この後すべき事はもう決まっていた。
 そしてその通りに実行する。
 びっくりするほど容易く相手は捕まり、びっくりするほど呆気なく相手の胸にナイフを刺す事が出来た。
 ナイフが刺した相手が、叶だった事にすぐ気がつくのだけれど。

 おかしいな、とは思ったのだ。
 隣に立っている桐華の動きが止まり、自分が呼びかけても目の前で手を振っても何も反応が無い。
 そして、いつの間にか見たことの無い綺麗なナイフを握っていた。
 だから、おかしいな、と、そう思ったのだけれど。
 全ては遅すぎた。
 おかしいと思った次の瞬間には、桐華が素早い動きで叶を捕まえてそのナイフで胸を刺してきたのだ。
(……呆気ないや)
 痛いとか何でとかを思うよりも、自分の死がこんなにも容易く訪れた事に肩透かしを食らった気分を味わいながら、叶はずるりと崩れ落ちて花の中に倒れこんだ。

 桐華は呆然としていた。
 刺したのはオーガの筈だ。叶ではなかった。それは間違いない。
 けれど、実際にナイフを刺されて倒れているのは叶だ。
 桐華は自分でも驚くほど早く、理不尽な現状を理解した。
 一目見たその状況に、時間が無い、という事だけは分かったからだ。
 叶はもうすぐ死ぬ。自分が刺したせいで。
 それが分かっているのに、いや、分かってしまえば不思議と動揺は無かった。
「いやぁ、あの人の気持ちが良く判る」
 桐華が叶を支えるように抱き起こせば、叶はゲホリと血を吐きながら、それでも何処かおどけたように言った。
「桐華は、生きてよね」
 おどけながらも真剣に、桐華への別れを言い始める。
「そんで、今度は全うな神人に恵まれるようにね」
 俺みたいな神人に当たらないといいね、と言えば、桐華が一度口を開きかけて閉じ、けれど心を決めたように話し出した。
「……叶。酷い事を、言ってもいいか」
「なぁに? 怖いなぁ」
 何を言われるんだろう、と先を促せば、桐華は最後の告白をする。
「お前が、どうせいつか死ぬのなら、いつだって、死にたがるのなら、今こうしてこの手に掛けられたことを、俺は喜んでいる」
 叶は告げられた内容に目を丸くする。
「お前の最期を与えるのが俺で、心底喜んでいる」
 桐華の眼に歪みや揺れはない。真実だ。本当のことを話しているのだ、と叶は分かった。
「……仕様がないなぁ、桐華さんは」
 言いながらも、困った様にだけれど、叶ははにかむように微笑んだ。
「最期の最期で、本当、酷い話……じゃあ、こうしよう」
 そして叶は桐華の告白に返事をする。
「俺は君を恨むよ」
 桐華はそれをじっと見つめながら受け止めた。
「恨んで、君の傍でずっと恨み言を囁こう」
 君が幸せを掴もうとしても、誰かと寄り添っても、絶えず俺が隣で恨み言を囁くよ、ざまぁみろ。
「はは、俺はあの人みたいにはなれないね……精々全うな神人に恵まれると良い。それでも俺は変わらず君の心に居座ってあげる。俺への罪悪感とその子への好意の間で揺らいで、苦しんでよ」
 掠れた声で叶は喋り続ける。桐華はそれを聞き逃すまいと受け止める。
「呪いだよ、これは。君が幸せな絶望を、味わってくれますように」
 ああ、そんな呪いなら歓迎だ。
 口にはせず、けれど桐華が静かに笑んだ事で叶は桐華の気持ちを読み取った。
 だから、それを打ち消す言葉も贈ることにした。
「それが嫌なら、キスをして。未練なんて、残さず殺して」
 今度は桐華が目を丸くする。
「……なんで、キス」
 小さく驚いた桐華を見てしてやったりと叶は口端を弱々しくあげる。
「……あれ、僕ら恋人同士じゃなかったっけ?」
 重ねて言えば、桐華の顔がなんとも言えないように歪んだ。
「うそだよ、じょうだん」
 だから、呪いを解いていく。
「今わの際で、恋人、だなんて……酷いのはどっちだ」
 桐華の声は微かに震えていて、それに気付いた叶が目を揺らした。
「しねぇよ」
 はっきりとした拒絶の声を聞いて、叶はおどけた様子を消して、静かに、そっと微笑んだ。
「忘れて、いいよ?」
 呪いなんて、残さないから。
 忘れていいよ。忘れて、そして幸せになってよ。
「忘れるかよ」
 もう一度、はっきりとした拒絶。
 その声に、叶は説明のしがたい想いに湧き上がり満たしていくのを感じた。
 感じながら、意識が遠ざかっていった。
「叶、恨めよ。呪えよ」
 叶の眼が閉じられていく。桐華の声に聞き入るように、そっと。
「お前が満たされるまで、幾らでも」
 叶の細い呼吸が止まっていく。桐華の腕の中で沈むように、そっと。
 桐華の最後の声が届いたかは分からない。
 完全に動きを止めた叶を抱きしめて、鼓動が止まるのを確かめて。
 そうして死を実感したら、桐華は急に泣けてきた。
 もういない。ここに叶はいない。自分の手の届かないところへ行ってしまった。追いかける事は、出来ない。後は、追えない。
 何故なら叶の最期の言葉は、全て桐華が生きることを前提としていたのだ。
 当たり前のように、それこそ呪うように、選択肢を一つ削っていった。
 ―――俺が生きることを前提に死んだ叶を、裏切れない。
 頬に流れる涙を拭う事もせず、桐華はそれでも歪な達成感に一人浸っていた。


■世界の終わりの孤独な朝焼け
『ゼク=ファル』は目の前の存在に凍り付いていた。
 見た事のある人物。知っている人物。
 けれど、もういない筈の人物。
(―――なんで)
 ゼクの混乱も余所に、その存在は微笑みながら近づいてくる。
 それは、髪の長い女で。
 いつも微笑んでいて、俺への好意を隠さず。
『―――』
 名前を呼ばれる。そうだ、この声だ。
 この声で、言ったのだ。
 いつか、俺の左手に証が浮かぶ。その“訪れるべき未来”の時まで、想わせて欲しいと。
 この微笑みで、この声で、口にして。
(なんで……ッ)
 だけど。
 その願いに対する返しを、俺はしていない。
 何故なら、俺に、応えさせる、前に。
『―――』
 この存在は。
 殺さ、れ。

 ―――どうして生きているのだろう。

 仕方ないなあ、と『柊崎 直香』は思った。
 気がついたら真っ暗な空間で、足元の花はやたらと綺麗だけど有毒植物で、首を傾げながら隣を見れば、ゼクがいなかった。
 そのまま首を捻って斜め後ろを見れば、ゼクは立ちすくんでいた。
 不審に思った直香が近づいて目の前に立てば、ゼクがここではないどこかを見て、見開いて、体を強張らせていた。
「ゼク、どうしたの?」
 そう尋ねた。その次の瞬間。
 ゼクが手に持ったナイフで直香に切りかかってきた。
「?!」
 驚きながらも素早く避ける。避けるが、ゼクの攻撃も止まらない。二回、三回と攻撃をしてきて、そして直香は避けながらゼクの顔を見た。
 見てしまった。
 だから思ったのだ。
 仕方ないなあ、と。
(もうちょっと背丈や厚み付けとくべきだったよね)
 普段から気にしてる事を、今更改めて悔やんだり。
(この体格差じゃキミを止めるのは無理だもの。逃げ足なら勝算あったか。まあ、でも)
 でも、その選択肢は自然と消去していた。
 何故ならゼクの顔を見てしまったから。
(あんな顔したキミを置いていけなかったから)
 直香は動きを止めてゼクにつかまる。
 ゼクは直香の肩を強く掴みながら、芸術品のように美しくけれど凶器であるナイフを振り下ろす。
 ナイフが、直香の胸に、刺さる。
 ―――本当に、仕方ないなあ。

 任務上、死と隣り合わせなこともあるから、まったく予想してなかったわけじゃないけど、この死に方は避けたかったかな。
 だって、キミは優しいから。
 だからね、ゼク……
「ゼク」
 生きている筈のない人物を消せば、現れたのは生きている筈の人物で、けれど自分の所為で死に掛けていた。
「直香」
 どうして生きているのか。
 その『どうして』を消す為にとった行動は、訪れた未来、今さえも壊す結果をもたらしていた。
 それなのに、壊された直香は穏やかにゼクを見ていた。
 ゼクが自分を見ている。自分ではない何かを見て、怯えていた、さっきまでのゼクはいない。
 その事に直香は安心した。
 安心して、静かに言った。
「大丈夫だよ」
 どうして今出てくる言葉がそれなんだ。
 罵って欲しい。
 怯えていい。
 恨むべきだ。
 お前は口が達者なんだ。得意だろう。もっとこの場に相応しい、お前をさした俺に相応しい言葉がある筈だ。お前はそれを吐き出せる筈だ。
 否。
 そういう態度が上面だけなのを、俺はもう……知っている。
 だからこそ、この状況で俺の心配なんかする。
 直香の呼吸はもう浅い。命の時間はあと僅かだ。それを直香本人も分かっている。
 分かっているからこそ、あまり喋れなくとも、伝えたかったのだ。大丈夫だと。
 ―――何を見たかはわからないけど大丈夫だよ、ねぇ、もうだいじょうぶだから。
 こわいゆめは、もうおわったんでしょう?
 ぼくのこれを、また、こわいゆめにしないで。
 ゆめからさめたゆめなんて、わらえないし。
(ちゃんと、言えたかな)
 伝わったかな、伝わって欲しいな、と直香は暗くなる視界の中で考える。
 言葉はちゃんと伝わっていた。けれどゼクは受け止めきれずにいた。
 目の前で起きた現実を、受け止め切れずにいた。
(直香、お前を失うことが、こんなに、こわくて)
 なぜまやかしに囚われたのか。
 まやかしを振り払う為に何故こんなナイフを使ったのか。
 あの過去よりも今を、その先を……彼女よりも直香を選んだはずなのに、なぜ。
「ああ、もう眠いな」
 直香がいつもと比べたら小さすぎる声で言う。
 その眼は瞼により閉じられかけていた。
「目を閉じるな」
 その瞼を閉じたら、きっとそれが最後だ。最期になってしまう。
 けれど直香は小さく笑うのだ。いつもより力ない笑みで、いつもより弱い声で、いつもと変わらない言い回しをするのだ。
「今朝だって、キミに無理やり起こされたんだもの」
「お前朝弱いんだから起きないだろ」
 だからゼクも同じようにいつもの調子で返してしまう。けれど底には二つの意味が含まれている。
 寝ないでくれ。眼を閉じないでくれ。
 そんなゼクの願いも虚しく、直香は微笑んで、微笑んだままで。
「おやすみなさい」
 また、いつか。
 なんて、いつもと同じように、いつもと違うおやすみの挨拶を残して、眠りについてしまった。
 ―――いつか、とは、いつだ。
 お前がいない、いつか、なんて、迎えたくないんだ。
 直香、お前がいない朝なんて。
 どれほどゼクが願っても、直香が死んでしまった今、ゼクに訪れるのは一人きりの朝だけなのだ。


■優しい世界が待っている
 そんな馬鹿な、と『天原 秋乃』は驚愕する。
 倒した筈だ。自分達が既に倒したオーガが、けれど今目の前に存在している。
 存在しているどころか、まだ動き、そして秋乃の方を見ている。見て、捕食する為にずるりと動き出している。
 ぞくりと背筋が凍る。
(……イチカはどこにいった?)
 いる筈のパートナー『イチカ・ククル』がいない。いる筈の者がいなくていない筈の存在がいる。その違和感に、常ならば気付ける筈なのに。
(いや、今そんなことどうでもいい)
 今の秋乃はその違和感を無視してしまう。
(このままオーガを放っておくわけにはいかない)
 トランスしなければオーガは倒せない。そんな事実すら忘れ。
(みんなを守るために俺が倒さなければ……俺が、俺が殺さなければ!)
 自分では制御できない殺意に操られるように、それがさも当然のことかのように、見た事もないナイフを馴染んだ武器のように握りしめ、半狂乱の状態でオーガに向けて突き刺しにいった。

「秋乃?!」
 隣にいた秋乃の様子がおかしい。
 そう思った次の瞬間には、秋乃はイチカを攻撃し始めた。
 ひどく焦っているようなその表情に何度も名前を呼びかけるが、その声は聞こえていないようで、動きを改める様子はない。
「秋乃、僕だよ。落ち着いて!」
 どれだけの言葉を重ねても変わらない。
 どうすればいいのか、と次の動きを考えた時、不意に足元の植物を変に踏んでバランスを崩した。
「ッ!」
 倒れて、すぐ起き上がろうとして、けれど顔を上げた時に飛び込んできたのは、ナイフを片手に迫ってくる自分のパートナーの秋乃。
 何故かスッと、覚悟を決める事ができた。
(僕は秋乃に殺されてしまうのか)
 死を向かえることを、すんなりと受け入れてしまった。
 秋乃がナイフを振り下ろす。
 ナイフが自分の胸へと沈む。
 痛い。熱い。苦しい。痛い。
 痛い。

 気がついたら、胸から血を流しているイチカがいた。横たわっていた。
「……俺がやったのか……?」
 呆然としながら呟く。信じたくないが、突き刺したその感覚はしっかりと手に残っていた。
 げほり、一度咳き込んで、イチカが苦しそうに眼を開く。
「イチカ」
 現状を受け入れられないままただ名前を呼べば、イチカもまた状況に合わない笑顔を浮かべた。
「……なんで」
 秋乃の口から零れた問いは、全てに対する問いだった。
 何故此処にいるのか、何故自分はあんな事になったのか、何故イチカはこんな事になったのか、何故……。
 何故、イチカは今、死を迎えるこの状況で、死をもたらしたであろう自分に微笑んでいるのか。
 そんな秋乃に微笑みかけながら、イチカの心は死後へと飛んでいた。
 何故なら、死ねば『あの子』に会えるかもしれないから。
 死に別れてしまった、イチカの大切な人。恋人。
 期待に満ちたその世界へ導いたのは秋乃。
(秋乃に刺されて、看取られて、それで迎える最期だなんて……なんて幸せな最期だろう)
 イチカはそう思って微笑んでいたのだ。心の底から、そう思って。嬉しくて。
「僕のこと忘れないでね」
 このまま目を閉じたらあの子のところへいけるかな? そんな事を思いながら、けれど一つだけ心残りがある。
(……でも秋乃とはお別れになるんだね)
 生者は生者の世界へ。死者は死者の世界へ。その二つの世界は交わることはない。
(あの子にあえるかもしれないのは嬉しいけど、秋乃とお別れは少しだけさびしい気もするな……)
 それだけが、心残りだ。
 その心残りを置き去りにして、秋乃を置き去りにして、イチカは静かに眠りについた。
(……なんでこいつは笑ってる?)
 秋乃には何もかも分からない。
 どうしてこんな事になったんだろう。
 何も理解できない。何も納得できない。何も受け入れられない。
 こんな世界じゃなかった筈だ。自分達が生きてきたのは、こんな理不尽に何かを押し付けられ、何かを奪われ、何かを失う世界ではなかった筈だ。
 けれど現実は揺ぎ無く横たわる。
 イチカはもう二度と目覚めない。自分の手で殺したのだから。そこに自分の意思がなかったとしても、殺してしまったのだから。
 何もかも理解できないまま、秋乃は静かに涙を流し続ける。
 眠るイチカの微笑みも、秋乃にはどうしても理解できなかった。
 自分の流れ出る涙のその意味も。

■フィヨルネイジャの夢の果て
 秋乃は眼を覚ます。
 涙は、流していなかった。
 息を引き取るイチカを看取って泣いていた、それは夢だった。すべて、フィヨルネイジャの見せた残酷な夢。
「……よかった」
 長く細く息を吐き出しながら体を起こせば、秋乃の横でイチカもまた眼を覚まそうとしていた。
 夢の中で、泣いていた。
 何も分からずに、ただ自分が起こしてしまった事だけを見せ付けられて、どうしようもない状況で一人涙を流していた。
 けれど、その涙の意味は。
 イチカを殺したことが怖かったからか、それともイチカがいなくなることが悲しかったからか。
「起きろよ、イチカ」
 呼びかけに、現実のイチカは眠たげに眼をこする。
 その動きにほっと安堵しながら、秋乃は自分の流した涙の意味を考える。
 今はまだ……よくわからないけれど。

 全ては夢。けれど現実の片鱗。
 夢の中で見つけた自分の心の底を、隠していた感情を、押し殺した想いを。
 この後の現実で、どう抱えていくのか。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 元義くじら  )


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月09日
出発日 08月16日 00:00
予定納品日 08月26日

参加者

会議室


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