《strano》赤、あか、アカ(錘里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 君達はとある不思議な建物の前に居た。それは一つの噂を聞きつけての事。
 タブロス市内のどこかに、とてもとてもメルヘンな、お化け屋敷があると言う噂だ。
 噂を頼りに得た地図を追い、訪れたその場所の外観は、特に何の変哲もない建物だった。
 雰囲気的には……そう、コンサートホール。
 とにかく、ただの広そうな建物だった。
 どきどきしながら中に入った君達を迎えたのは、暗幕の中にぽつりと佇む受付。
 人の好い笑顔を湛えた女性店員がいらっしゃいませと声をかけてくる。
 ここがお化け屋敷だと聞いた。告げれば、店員はこくりと頷く。そうして、何かの入った籠を差し出してきた。
 それは器も取っ手もかけられている布まで、白黒灰色の見事なモノトーン。
 それと、もう一つ。
「皆様にはこれを付けて頂きます」
 差し出されたのは、真っ赤な布。
 そこで、察した。
 ここは、『赤ずきん』だ。
「順路のご案内はこちらのナビゲーター人形が行いますので従ってお進みください」
 手のひらで示されたのは、全長30センチほどの小さな赤ずきんの人形。
 ――こちらも、やはり白黒灰色のモノトーンで纏められており、頭巾だけが異様に赤かった。
 その人形が、ゆらゆらと揺れながら喋る。
『ようこそ、ようこそ、赤ずきんへ。赤ずきんへ! どうぞ奥へ。奥へ!』
 促されるまま、人形のとことこと歩く後についていくと、一枚の扉があった。
 開けば、光。明るい。受付よりも、数段明るい。けれど……。
 扉を開けた瞬間、音声アナウンスが響く。
『行ってらっしゃい、赤ずきん。寄り道しては駄目よ』
 ぱたん。
 閉められたのは、小屋の扉。振り返れば、山小屋のような建物が壁に描かれていた。
 勿論、そう、勿論。
 その世界の全ては、白と、黒と、灰色の、モノトーンで纏められていた。
『お進みください、お進みください!』
 赤ずきん人形が、ゆらゆら揺れながら促す。
 赤だけが異様に映える、長閑なモノクロの森を見つめて。

解説

●消費ジェール
入館料としてお一組様500jr頂きます

●プラン
赤ずきんとして真っ赤な頭巾をかぶり、
ナビゲーター人形と共に赤ずきんのストーリーを追い、めでたしめでたしを目指す仕様です

途中、何カ所かじわっと薄ら寒い恐怖を感じる部分があります
予想してこういうのくるかな、というプランを書いて頂いても構いませんが、
予想と外れてめちゃくちゃビビる事になるかもしれません
予想と合致した場合、意外と怖がらずに済むかもしれません

プランには、お化け屋敷が得意か否か
どういう会話、行動、反応をするかを書いて頂ければ幸いです
リタイアもありです。こういうのは無理!とか書いてあったら程々のところでお外にご案内します

●他
基本的にはウィンクルム一組ごとの行動となります
互いの同意を確認できれば他の組とも行動可能ですのでお気軽にどうぞ

ゲームマスターより

夏の間にやりたいメルヘンホラー《strano》シリーズでお届けいたします
錘里の仕様としては所謂正気度的な物を削る感じになります
発狂はしませんので発狂プランとかはご遠慮くださいませ

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  『メルヘン屋敷』と聞いてきたので若干蒼い顔
でも二人で行くなら多少頑張れるかも、って

無色の世界自体は何だか落ち着くし、嫌いじゃないんだ
ラセルタさんが好んで纏う色だからかな
目を惹く赤色にはどこか恐怖感じて目を逸らす

受け取った籠持ち担当
絶対に順路からは逸れない。前にも出ない
でも困っているのは見過ごせない、よ

童話の赤ずきんなら最後はハッピーエンドだと信じて進む
ラセルタの隣を死守し何かあった時は裾掴んで縋りつき
っ?!…ごめん大丈夫、すぐに落ち着くから(ふう

聴覚からの恐怖に弱いため物音と声には敏感
追い詰められると口数が増え息継ぎが無くなっていくぼやきタイプ
ううう押さない駆けない喋らない戻らない歌わない…!



アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  白黒に赤ってのは象徴的だし不安を駆り立てるものだよな

赤ずきんの分析や考察の中にはこういうのもある
白は無垢や純潔、黒は罪、赤は生命や血を象徴する
狼との出会いは性行為で赤ずきんは処女喪失の話だと…
ま、伝承時代にはずきんなんて被ってなかったんだけどな(笑

人形の道草はそっと抱えあげて「先に進もうか」
狼ともなるべく戦わずにかわして先に急ごう
籠を壊さないようにな

御婆や人形や籠の中身が化物でも、狼がオーガ想定でも、
ゲームだと知ってるから落着いて対処したい

変なこと言うなって(怖くなってくる
ふいに驚かされたら流石にドキドキするし

ランスの”咄嗟の反応”は慌てて制止
流石物理系魔法使い
ハンパないな(苦笑

*アドリブ歓迎



セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  お化け屋敷は得意だ!
というかあまりアレコレ考えないというか。
出たトコ勝負というか。
こんな雰囲気のお化け屋敷は初めて。
だから期待に胸膨らんで、ワクワクしちゃっているぜ!
やっぱアレか。狼が「ガオー」って襲ってくる恐怖か?

お化け屋敷だから、襲われた時うっかり反撃しないようにしなくちゃ。逮捕されちゃうからな。
でもラキアを護りたいので前に立って進むぜ。
ラキアは繊細だからきっと内心びくびくしているぞ。
俺が護るから安心してくれ(超笑顔。
森の中ではサバイバル知識やハンティング知識ががムクムクと脳裏をよぎる!
予想しない所から何か出てくるぞ、と警戒して進むぜ。
出たらキター!とわくわくする。

リタイアは絶対に無しで。




蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  お化け屋敷は苦手
素直に苦手と言えないまま、フィンとお化け屋敷に突入

赤ずきんて…確か、お婆さんのお見舞いに行く途中で、狼に騙されて寄り道している間に、お婆さんが食べられちゃうんだよな
狼に騙されなきゃいい?

そうか、結局は狼が退治されてハッピーエンドだもんな
その通りに進めば助かるとフィンの言葉に頷き
折角フィンが誘ってくれたんだ、頑張るぞ…!

花を摘む時も、花が何か言ったりしないか緊張

お婆さんの家に入ると…ああ、聞いた事ある問答
分かっていても膝が震える
最後の問い掛けで、無理だ!とフィンに抱き着く

ごめん…最後まで持たなくて…
フィンは最後まで行きたかったよな
でも、フィンまで食われると思ったら耐えられなかった



柳 大樹(クラウディオ)
  お化け屋敷は得意な方。
どっきり系が苦手。構えてないと肩がはねて半歩下がる。

赤いなあ。目立つ。
「クロちゃん。何かあっても攻撃とか駄目だからね」
一応、言っとかないと。

人形の喋り方、いい味出してるなあ。
そういえば、「赤頭巾の話は知ってんの?」
勉強熱心なことで。
何かありそうなのは、花畑と。
お婆ちゃんと、助けられるところかな。

(クラウを一瞥
これも、こいつは流すのかな。
「偶に見えた」(小さく呟く
でも、無くなってからは見てないな。(眼帯を軽く指でなぞる
「わかんないなら、別にいいよ」逆に安心した。

作り物なのは解ってるけど。
背筋がぞわっとするのは、生理的なもんだしどうしようもない。

「割とびっくりした」(安堵の息


●花畑
 赤い頭巾をかぶった柳 大樹は、傍らのクラウディオを見て、ふと、目立つと思った。
 じっと見つめてから、大樹は思い出したように告げる。
「クロちゃん。何かあっても攻撃とか駄目だからね」
「ああ」
 お化け屋敷が比較的得意な大樹とは違い、クラウディオはまさかの初めて。だが、流石にそのくらいは理解している、と頷く。
 それならいいけど、と告げた大樹は、足元でゆらゆらと揺れている人形を見下ろした。
 騒ぐような声は、明らかな機械音声。この喋り方もなかなかいい味を出しているなと思いながら、道を進み始める。
「そういえば、赤頭巾の話は知ってんの?」
「去年のトラオムオーガの出現時に、ある程度の童話に目を通した」
「なるほどね」
 勉強熱心な事で、と肩を竦めた大樹は、赤ずきんの話を思い起こす。
 物語の世界観通りで、何かがあるとすれば、寄り道先の花畑か、あるいは、おばあさんを助ける場面か。
 だんまりと思案する大樹を一瞥すれば、赤が視界に映る。
(お化け屋敷が恐怖を煽るのだと言うのなら。赤が連想するものは、血か?)
 血、そのものなら、見慣れているのだけれど。
(赤頭巾というならば、狼に襲われるのだろうか)
 思考を切り替えて、クラウディオは一つ頷く。
 何かあれば、いつもの通りだと。

 羽瀬川 千代は混乱していた。自分はメルヘン屋敷に来たはずだったのに、蓋を開けてみればこの世界観。
 隣ではラセルタ=ブラドッツが興味を湛えた顔で周囲を見渡しているし、引き返せる空気ではない。
 進むしかないのを覚悟して、千代は一つ深呼吸する。
 正直、怖い。表情も青い。だけれど、ラセルタと一緒ならば、頑張れる気がしていた。
「さて、行くぞ、千代」
「う、うん」
 おっかなびっくり。きりきりとネジの回る音を立てる人形の後をついて、二人は進みだした。
 千代の目に映る世界はどこまでも無色だった。
 黒と白と灰色。そのカラーリングは、どちらかと言えば落ち着くし、嫌いではない。
(ラセルタさんが好んで纏う色だからかな……)
 ちらり、傍らを見れば、飛び込んでくるのは彼の纏う赤い頭巾。
 びくり、と小さく肩を震わせたのは、その赤が、この世界の中で異様に目につくせいだろうか。
 つぃ、と目を逸らして、千代は籠の取っ手を軽く握り締めて前を向いた。

「――というわけで、伝承時代にはずきんなんて被ってなかったんだけどな」
「マジか!」
 赤ずきんの世界観についての講釈を述べるアキ・セイジに、ヴェルトール・ランスは驚いた声を上げる。
 タイトルにさえなっている赤ずきんが実は被っていなかったと聞けば、それは驚くものだろう。
 なるほどなぁ、と感心しきりのランスに和んだ顔をして、セイジは改めてその場の空間を見渡した。
「白黒に赤ってのは象徴的だし不安を駆り立てるものだよな」
「確かに、変わったお化け屋敷だよなあ」
 全部機械仕掛けなのだろうか。ネジの音を立てて進む人形を追いながら、それにしてもとランスは肩を竦める。
「さっきの考察ってなんか色々後付すぎね?」
「童話の考察なんてそう言うものだろ」
「そりゃそーか」
 会話をしていると、何かが向こうから歩み寄ってくるのに気が付いた。
 それは、どう見ても狼で。赤ずきん人形は立ち止まって狼を見上げた。
『おばあさんの家へ? 偉いなぁ。それならお花を摘んで行ってあげるといいんじゃないかい?』
 機械音声に、赤ずきん人形が飛び跳ねて応える。そうして、寄り道をしようとするのを、セイジがそっと抱え上げる。
「先に進もうか」
「セイジ?」
「籠を壊したくないからな、なるべく戦わずに躱して先を急ぎたい」
 セイジの腕の中で、赤ずきん人形が叫んでいるが、構わずに進んでいくセイジ。
 もう一度肩を竦めてランスは後を追う。多分これ、そんな奴じゃないって思いつつ、なんだかんだ彼のおかげで怖い思いをせずに進めているのだ。
(それなら……)
 逆にセイジを怖がらせてしがみついてきたりなんて役得を楽しむべきではなかろうか。

 セイリュー・グラシアは基本的にあまり考えないタイプだ。自覚済みである。
 そしてラキア・ジェイドバインは先の事をアレコレ考えて心配が先立つタイプだ。
 要するに、この精神的にじわっと来るタイプのお化け屋敷は、ラキアとはある意味で相性が良く、悪い。
 お化け屋敷のタイプとしても目新しいこの仕様に、セイリューはわくわくとした顔をしているが、ラキアは若干蒼褪めていた。
「やっぱアレか。狼が「ガオー」って襲ってくる恐怖か?」
「う、多分、そうだろうね……」
 狼だけではなく、森の動物たちも驚かしに来そうな気がしているから、ラキアはきょろきょろと辺りを落ち着きなく見渡している。
「お化け屋敷だから、襲われた時うっかり反撃しないようにしなくちゃ。逮捕されちゃうからな」
「はは、さすがに逮捕まではいかないだろうけど……怒られるのも後味悪いしね」
 楽しさで瞳がキラキラしているセイリューを、幽霊が全く怖くないタイプなんだろうな、と改めて見やったラキアは、ふと、前から歩いてくる狼の姿にびくりとする。
 お、と期待した顔をして、咄嗟にラキアの前に出たセイリューだったが、彼の期待に反して、狼は花を摘んでいくと良いとだけ言い残して立ち去ってしまった。
 足元の赤ずきん人形は、淡々と横道に逸れていく。
 きっとこれが順路なのだろう。腹を括って、二人は人形の後をついていった。

 その空間を眺めて、蒼崎 海十は後悔した。
 お化け屋敷は、苦手の部類なのだ。だが、苦手と言えないままここまで来てしまった。
 何せフィン・ブラーシュが、好奇心一杯の顔で誘ってくるものだから、つい、二つ返事をしてしまったのだ。
 いかにも何か起こりそうな空間が、じわじわと恐怖を煽ってくる。
 フィンには気取られ無いように深呼吸をして、きゅ、と拳を握った海十は、赤ずきん人形に従って進んでいく。
 それを、ちらりと見やったフィンは、かすかに思案する間を挟んでから、苦笑した。
(もしかしなくても海十、こういうの苦手だったのかな?)
 フィンは職業柄、こういう場所には積極的に立ち入り、じっくりと観察していきたいタイプなのだが、付きあわせた海十には悪い事をしたかもしれない。
 だが、ついてきてくれた海十の優しさに、胸の奥が暖まる思いを噛み締めて、隣に並んだ。
(俺が守ってあげなきゃね。それにしても、赤ずきん海十は可愛いな)
 そうして暫く並んで歩いていると、前方から狼が歩み寄ってきて、お花畑へと誘導して去っていった。
 警戒しながら見送った海十は、フィンを見やって首を傾げる。
「赤ずきんて……確か」
 物語を思い起こす。寄り道している内におばあさんが食べられてしまうのなら、狼に騙されなければいいのだろうかと。
「うーん、狼は赤ずきんとお婆さんと両方食べる為に一計を案じた訳だから……」
 騙されないと、逆に何があるか。
 足元で跳ねるようにきりきりと動き回る赤ずきん人形も、花畑へ行くように指示している。
「そうか、結局は狼が退治されてハッピーエンドだもんな」
 その通りに進めばハッピーエンドが待っているだろうという希望に表情を明るくして、海十は素直に赤ずきん人形の後へと続く。
 やがてたどり着いたのは、黒と白と灰色の花畑。
『お花! お花!』
 ぴょん、と。跳ねながら、赤ずきん人形が花畑を横切って行く。
 すると、人形が通った後の花だけが、じわじわと赤く染まっていった。
 それはまるで、点々と残る、血の足跡のようで――。
 慌てたように、赤くなった花に視線を落とす海十。
 フィンと共に屈んで、じっと花を見つめた。
「海十?」
「いや、花を摘めばいいんだろうけど、摘む時にも、花が何か言ったりしないかと……」
「あはは、花が喋ったりするのは王道かも」
 努めて明るく笑って、フィンは海十の手をぎゅっと握り、微笑みかけた。
 伝わる体温に安堵したように表情を綻ばせた海十は、意を決して花を摘んだ。
 花は、何も言わなかった。
 けれど、ぽたり、何かが滴った。
 鮮烈な赤は、どろりとした何かに変わって、摘み取った海十の指先を滑り、ぼたぼた、落ちていく。
 己の手の中で起こっている光景に、海十は血の気が引くのを感じていた。

●おばあさんの家
「いやー、いきなり来られるとさすがにびっくりするね」
 花から零れた赤い液体の、どろりとした感触の残る手を軽く払いながら、大樹は軽い調子で言う。
 その様子が、怖がっているようには、見えなくて。
「大樹はお化け屋敷に慣れているのか」
 特に他意のない問いに、しかし、大樹は言葉を濁し、ちらりとクラウディオを一瞥した。
(これも、こいつは流すのかな)
 薄らとした望みのような感情に唆されるように、ぽつり、大樹は零す。
「偶に見えた」
 でも、無くなってからは見てないな、と、軽く眼帯を指でなぞった。
 その所作と、言動が、クラウディオの中では噛みあわない。不思議そうに、首を傾げるだけ。
「見えたとは」
「わかんないなら、別にいいよ」
 理解をしていない様子のクラウディオの態度が、なんだか安心した。
 大樹は何を言っていたのだろう、と、クラウディオはほんの少し考えるが、大樹がそれ以上話す気がないのなら、詮索すべきことでもないのだろうと割り切る。
 一呼吸。それで気持ちを切り替えたクラウディオは、改めてその空間を見渡す。
 白黒灰色に、赤。極端な色合いは、不安定で。
 さらに響く音さえ、少なくて。
 この色合いの中での静寂は、緊迫感を齎す。
(平時に精神負荷を掛ける意図が解らない。平穏が故にだろうか)
 考えても仕方のない話だ。これは、娯楽なのだから。
「ついた、かな」
 辿りついたのは、色の無い小屋。
 ここで何が起こるのか。さて、と意気込んで、大樹は小屋の扉を開ける。
 そこは、部屋だった。
 壁際にベッドがあり、椅子があり、暖炉があり、簡単な流し場が備えてある、いわゆるワンルーム的な部屋だった。
 間違いなく、部屋だった。
 けれどそれは、赤かった。
 壁も、窓も、天井も、床も、家具も、重ねられた器に溜まる水さえも、全て、赤い絵の具を撒き散らかしたように、不均一に染まっていた。
 赤いだけで綺麗に整えられている部屋の真ん中に、異物が転がる。
 それは、まるで何かを、なにか、例えば人だった物を、食い散らかした後のような――。
「ッ……!」
 作り物だと分かっていても、この空間とその異物には、流石に背筋を凍らされた。
 びくりと肩を跳ねさせて半歩下がった大樹の前に、クラウディオが庇い出る。
「大樹、大丈夫か」
 その背中は黒くて、赤い物を被っていたけれど。
 いつもの、背中だった。
「割とびっくりした」
 その背に、大樹は安堵を覚えて息を吐いた。

 真っ赤に染まった部屋を見つめた海十は半分意識が飛んでいるようだった。
 赤ずきん人形が、くるりと回って部屋の中に促してくる。
「だ、大丈夫……?」
「だ、だいじょうぶ……」
 鸚鵡返しに応え、海十は恐る恐る部屋の中に踏み出した。
 ぬちゃり。足元で、嫌な感覚。這い上がってくるようなおぞましい感覚が、海十の足を震わせた。
 時間をかけて、海十はベッドに近づく。
 この異様な光景の中でも平然と横たわる何かに、語り掛ける。
「おばあ、さん……?」
 尋ねる声に反応するように、もぞもぞと何かが動く。
『赤ずきんかい?』
『そうよ、おばあさん! でも、おばあさんのお耳はどうしてそんなに大きいの?』
 機械音声同士の問答が始まる。赤ずきんでは定番のやり取り。
 大きな耳を、手を、瞳を、指摘されては淡々と応えていく何かの正体は、『赤ずきん』を知る者にはすぐに知れる。
 だけれど、それは、何かが起こる兆しでもあって。
(飲み込まれても、狩人さんが来てくれるから大丈夫なはずだけど……)
 ぎゅ、と。海十の手を握りながら、フィンは身構える。
『おばあさんの口は、どうしてそんなに――』
「ッ、無理だ!」
 かたかたと膝を震わせていた海十が、とうとう音を上げてフィンに抱き付いた。
 途端、ぴたりと制止する赤ずきん人形。
 くるりと踵を返して、背景の一部の前で立った。
 お帰りはこちらから。機械音声ではない人の声。それを聞いて、ほっと安堵したように出口を抜けた海十は、申し訳なさそうにフィンを振り返った。
「ごめん…最後まで持たなくて……フィンは最後まで行きたかったよな」
 でも、と言葉を濁す。
「フィンまで食われると思ったら耐えられなかった」
 たとえ飲み込まれたとしても、助かるシーンがあるのだろうけれど。
 だけれどそれでも、海十が想ってくれた事が、フィンは素直に嬉しくて、ふわりと笑みを零した。
「ありがとう。無理に付きあわせて、ごめん」
 そうして仲良く帰路に着く。今度は明るくて楽しい所にしようと、笑い合いながら。

『おばあさんの口は、どうしてそんなに大きいの?』
 異物の転がる赤い部屋の中で、妙に整えられたベッドに向かって機械音声が問いかける。
 ――それはね。
 たっぷりとした間に喉が鳴る。セイジはここに来るまでに恐怖心と緊張が高まっていた。
 それもこれも、ランスが道程の間、意味ありげに足を止めてみたり、声を潜めて話し出したりするから。
 テイルス特有の獣耳をぴくりとさせて周囲を探る姿は、まるで実戦の時のようで、嫌でもぐっと緊張感が高まってしまうのだ。
 そこへ、不安げに眉を顰めて、「一寸様子が変じゃねぇか?」なんて言われては、背に冷たいものが這うのも致し方ない。
 変な事言うな、と、窘めるようにして咎めるが、「いや、だって今、何か寒気が……」と食い下がるランス。
 二人がだまれば、辺りの静かさが急に強調されて、赤ずきん人形のゼンマイの音さえも、異様に聞こえてしまう。
 そこへきての、この赤い部屋。
 怖がるなという方が、無理だった。
(落ちつけ、落ちつけ俺……)
 これはゲームだ。作り物だ。言い聞かせるセイジの様子がありありと判るランスは、ちらりと横目に見て、内心楽しげに笑う。
(セイジはいつも冷静だから崩したくなる俺は小悪魔さ)
 バレてしまっては怖がらなくなってしまうから、にやけ顔はきっちり封印。
『お前を、食べるためさ!』
 次の瞬間、がばっ、と襲い掛かろうとして来る狼に、セイジはびくりとして後ずさり、ランスは、何故か突っ込んだ。
「ちょ、ランス!?」
 大きく振り被って攻撃……の、直前で、慌てて引き留めるセイジ。
「待てランス! 流石に攻撃は駄目だ!」
 自称物理系魔法使いは剣士並みに鍛えているのだ。そんな物を『咄嗟の反応』で振り回してしまえば加減が効かない。
 その結果が器物損壊ならまだいい。下手をすれば傷害になりかねない。そんな事をランスにさせるわけにはいかない!
 しがみついて何とか抑えさせたセイジだが、狼が迫ってきているのは変わらなくて。
 思わず身構えた瞬間、足元に居た赤ずきん人形が、ぴょん、と跳ねた。
 飛び込む。狼の、口の中に。
 ばきん。
 赤ずきん人形から、部屋や頭巾と同じ色の何かが、吹き出した。
『逃げて下さい! 逃げて下さい! にげて、逃げて、にげて逃げてニゲてにげ――』
 ごきん。
 ひたすら、ひたすら繰り返された音は、狼が二度口を閉じた瞬間、途絶えた。
 
 ――俺が護るから安心してくれ!
(安心なんて、無理だー!)
 ラキア、魂の叫び。
 セイリューが護ってくれるなら大丈夫だと、花畑の怪奇も赤い部屋も蒼褪めながら乗り切ってきたラキアだったが、流石にこれは、えぐかった。
「来たー!」
「喜んでないで逃げようよセイリュー!?」
 森を歩く最中も、花畑での出来事も、赤い部屋も、どれもこれも「良く出来ているなー」とか「おおー!」なんて台詞で片付けられてしまった。
 セイリューは本気で恐怖を感じないタイプなのかとそわそわしていたラキアの予感はかなり当たっていた。
 ぎゅううぅっと掴んでいた服の裾を引き、セイリューを連れて慌てて小屋を飛び出すラキアは、辛うじて悲鳴を上げずにいた。
 が、心臓はバクバク言っているし、何だか視界が滲んで見えて、これではセイリューの驚く顔を見られないではないか。
(……セイリュー、驚くのかな)
 小屋から距離を取りながら、むむむと眉を顰めて思案したラキアは、ふと、視界に何かが映るのを見つけた。
 白い小道に、ぺたり、赤い何か。
 それは一定の時間と幅を開けて、徐々にこちらに近づいてくる……足跡。
 後ろからは狼がべちゃべちゃと嫌な音を立てながら迫ってくるのが判ったのだが、目の前の光景に釘付けになってしまったラキアには、ひたひたと静かな足音だけが響いていた。
 得体のしれない何かの接近に、流石のセイリューも警戒したような顔でラキアの前に庇い立つ。
 その背に縋るラキアは、怖いと思いながらも、目を離せずにいた。
 安心感と恐怖がごっちゃになっていて、頭が真っ白になりそうだ。
 しかし、足音は何をするでもなく通り過ぎていく。
 二人の足元にも、赤い跡を残して。
 そうして、足跡が迫る狼に到達した瞬間。
 ――ぱぁん!
 狼の躰が、風船のように、弾けた。
 ぱたぱたと赤い液体をまき散らして消えた狼の残骸から、ずるりと赤い線が伸びる。
 指先で引いたような線が、何かを描く。
 それは、文字で。
 ――はやくおかえり。
 順路を示すような矢印が最後に掠れた色で描かれるのを、セイリューは呆然と眺めていて。
 ラキアは、窺い見た横目に、彼のそんな顔をようやく見つけたのであった。

 小屋の扉を開けた時点からの怒涛の赤色責めからの赤文字の案内に、千代の理性的な部分は完膚なきまでに崩されていた。
「押さない駆けない喋らない戻らない歌わない……!」
 小さく小さく自制の言葉を繰り返し言い聞かせている千代を、ラセルタは興味深げに眺めている。
 千代は、こういう類の物が苦手らしい。こと、聴覚から影響してくる物には敏感だった。
 ゆえに、花畑の時などは、ぱくぱくと口を開閉させつつも、「ごめん大丈夫、すぐ落ち着くから」と大きく深呼吸して落ち着く事が出来た千代だが、狼の出現以降は動揺が目立った。
 道中もずっと不安げに掴んでいたラセルタの服には、今やくっきりと皺が残っている。
 ラセルタはラセルタで、自分好みの雰囲気と、作りこまれた数々の装置に感心しきりで、驚いたように目を見張る場面は幾度か見られるものの、動揺には至らない。
 赤ずきん人形の台詞に被せるようにして、「おおか……おばあさんは何故、口が大きいのだ?」なんて聞きだすラセルタの傍らで、千代はじわじわせまる恐怖と格闘していたというのに。
「もう、これで終わりかな……」
 ぽつりと呟いた千代に、ラセルタはくつりと笑い、蒼褪めた様子の千代を優しく撫でてやる。
 とん、と頭を引き寄せるようにして、耳元に唇を寄せると、穏やかな声で、囁く。
「大丈夫か、千代」
 名を呼ぶ声は、意図して甘く。
 頭を寄せた手で、背筋をそっと撫でて。
 びくりと肩を跳ねさせる千代に、またくつりと笑った。
 吊り橋効果とはよく言ったもので、脅かしの連続にすっかり鼓動が早まった千代は、ラセルタが傍にいる安心感も相まってか、するりと胸中にラセルタを許容する。
 ぎゅっと掴んでいた服を離して、苦笑がちに微笑もうとする千代の手を、ラセルタの手が、掬い上げた。
「おまじないを、しただろう? 幸せな結末に辿り着く為のな」
 それは、花から零れた赤い液体で汚れた時にされたこと。
 あの時、ラセルタは千代の手の甲にそっと口付け、同じ台詞を吐いたのだ。
 それを思い出して、千代はふと柔らかく微笑むと、恐る恐るではあるが赤文字と矢印を見て、そっと顔を上げる。
「出口、あっちみたいだ――」
『オススミクダサイ!』
 ぴしり。千代の笑顔が凍る。
 機械音声の、それも飛び切り抑揚に欠けた声は、千代の手元から聞こえてきた。
 ぎこちなく視線を降ろした先には、入口で渡された籠。
 ぷちん。丈夫な造りをしていたはずの籠の取っ手が切れて、中身が零れ落ちる。
 血のように赤い色のワイン。
 鮮烈な赤を乗せた苺のタルト。
 それから、一際重量感のある音を立てて零れたのは。
『オススミクダサイ!』
 折れて歪んで赤く染まった、赤ずきん人形によく似た、異物。
 その辺りから、千代の記憶は綺麗に吹き飛んでいた。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル サスペンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月07日
出発日 08月13日 00:00
予定納品日 08月23日

参加者

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