天空塔の借物絵本(錘里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 タブロス市内の高層ビルが立ち並ぶその場所に、周囲のどのビルよりも高く聳えるビルがあった。
 屋上をはじめとする高層域には空中庭園や温室を備える憩いの場であるその場所は『天空塔』と呼ばれている。
 その、天空塔において、一般の立ち入りを禁止している区域がある。
 天空塔という高尚な名を呼んだ所以は、高く聳えるビルの構造だけにあらず。
 さまざまなアーティストが、天空塔に『作業場』を構え、世に送り出すための作品の構想を練っているのである。

「――と、言うわけで、皆さんに、絵を描いて欲しいんです」
 天空塔に作業場を構える一人の女性が、そう告げた。
 彼女は絵本作家である。淡い色と、ふうわりと柔らかで可愛らしい画風で綴る、子供も大人も楽しめる物語の作り手だ。
 最近の人気シリーズはメルヘンな動物達の物語だという。
 そんな彼女が、ちょっとした不注意で利き手を痛めてしまったのだそう。
 と言っても、作家生命にかかわるような重大なものではない。なんでも自宅の方で飼っているリスと仔馬に構い倒してちょっと捻ったのだとか。
 大事を取って、一週間ばかりは、筆を執るのを控えた方が良いという、それだけの話。
 だが、例え一週間と言えど、彼女の絵本に対する創作意欲が抑えられるのは、堪えられなかったのだ。
「皆さんに描いて貰った絵にですね、物語を付けたいんです」
 一人につき、一枚。それを繋ぎ合わせて一つの物語に纏める。
「字を書く事もできないから、私の即興紙芝居になってしまうのですが……」
 それでも良ければ、皆さんの絵を私に預けて欲しい。
 ミントグリーンの髪をさらりと零し、小首を傾げて。如何だろうかと彼女は微笑んだ。

解説

★プランについて
どんな絵を描くかをお書きください
また、絵を描くに当たってのやり取りや心情などもあると良いと思います
パートナー同士に限り、絵についての感想も可です
他参加者様の絵についての感想は、ざっくりとなら可
(自分が下手なので、みんな上手だなーと感心する。など)

物語の内容についての指定はできません
どんな物語になるかな、こんな物語だったらいいな、などの想像は可とします
物語の内容についての感想も、書かれても反映できません

★絵について
サイズはA3の画用紙内容は特に縛りは指定ありません
画材についても特に指定はありませんが、用意してあるのは色鉛筆だけです
他の画材を使う場合は【一つにつき50jrで購入】した形をとります
また、会議室等で事前に絵の内容を打ち合わせるのはご遠慮ください
(パートナー同士で合わせるのは可とします)
天空塔の中での作業なので、外に出ての写生等はご遠慮ください
(天空塔内部の温室や空中庭園で花を描く等は可とします)

★費用について
天空塔の入場料として一組辺り300jr頂戴いたします
その他費用は上記の通り、画材の追加で発生します

ゲームマスターより

可愛らしい絵を描く絵本作家さんの創作意欲を満たしてあげてください
特に彼女の好みに合わせる必要はないので、お好きなものをどうぞ

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)

  絵心は無いけどさ。
ラキアが花を描くだろうからオレはそうじゃない方向で。
真心込めて描けばきっと何とかなると信じるぜ!

色鉛筆を借りて、猫を描く。
チャトラにしよう。尻尾ピン!と立ててご機嫌。
そう言えば、以前ショコランドで見たあめつむりも可愛かった。殻がポップな彩りでさ。
猫の視線の先に、あめつむりを描いてみよう。
うん、悪くない。
殻のおかげで判り易いのが良いよな!
何匹か描くぜ。殻の色でバリエーションが出せるな。
背景は草むらっぽく緑を広く塗って。
雰囲気が大事。
草の中から黒い尻尾も1本、ピン!と立てて。
狐のしっぽも立ててみようかな。
茶色で太めに。しっぽの先は白。
ピンクのウサミミも入れよう。
結構楽しいなこれ。



蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  何が描けるか、何を描こうか…
視界に入るのはフィンの青い瞳

俺が描くのは…青空だ
使うのは水彩絵の具(+50jr)
何処までも澄んだ明るい青
見上げると元気になれる青
太陽の光が煌めいて
白い雲が、動物や食べ物の形に見えたりして
その中を一羽の鳥が飛んでいる様子
俺の脳裏に浮かぶとびっきりの青い空を描こう

出来た絵をフィンと見せ合う
同じ空というテーマ
打ち合わせた訳じゃないのに嬉しいかも

以前『夜空に輝く俺の愛おしい星』と表現された事を思い出して顔が熱く

そんな所まで一緒じゃなくてもいいのに…フィンをイメージしたとか、鳥は俺だとか口が裂けても言えない

話題を逸らそうと、他の参加者の絵を見せて貰う
皆上手だな
個性が出て面白い



フレディ・フットマン(フロックス・フォスター)
  心情
…僕、絵本読んだことないんだよね
絵は家にいるときよく描いてたけど
オジさんは絵本読むのかな…?

行動
オジさんに相談しよう
…ごめんなさい、読んだことなくて想像つかない…
じゃあ温室に行ってお花探すね
ヒマワリがいいかな

ヒマワリを描くよ
うん…絵本は大人になってから知ったし読む機会もなかったよ
(不要な子に与える物はないし…
オジさんは?…ママ先生?(ママって…名前じゃないよね

絵が出来たら見せるね
(…渋い顔してる
…借せ?うん、終ったら見せて欲しいな

(オジさんも描いてくれたんだ
これ、蝶…?
…オジさんはロマンチストだね
お話も可愛い?感じになりそうって思った
…素敵なお話に、なったらいいね…

お話は静かに聴いて拍手



鳥飼(鴉)
  「はい」(笑顔で肯定
「皆さんがどんな絵を描いて、どんな物語ができあがるのか。すっごく楽しみなんです」

とりあえず、黒い色鉛筆でデフォルメのカラスを中央に一羽描いて。そうだ。
嘴に枝つきのマスカットを、くわえさせてと。
後は……。頭に銀冠をつけてみましょう。
(なんとか何か判るレベルの画力

「鴉さんは何を描いたんですか?」
「鴉さん上手ですね」(目を瞬く
上手いと思いますけど。
ただ少し、中に踏み込ませない感じが鴉さんに似た絵です。

「一羽だけじゃ寂しいと思って、色々付け足してみました」(楽しげに笑う
でも冠より首飾りの方が合ってたかも知れないです。
他の絵と合わせて、どんな話になるか楽しみですね。

鴉さん?(小首傾げ



明智珠樹(千亞)
  天空塔…良い眺めですね…!
私も創作意欲が…!!(ハァハァ)

千亞さん全裸画は立派に芸術だと…(蹴られ)

●絵心
描き慣れている。
ふんどしのデザイン画を作成以降、絵を描くように
(絵画は記憶喪失前の趣味。そのことは無自覚)

●描
「好きなものを描け、と言われると……なかなか難しいですね……ふむ」
周りをキョロキョロ見渡し、色鉛筆でサラサラっと描き始める。
楽しそうに、穏やかな表情で

●絵
絵本作家さん&その場にいるウィンクルム達を全員描いた絵
忠実な描写ではなく、各組が笑い合っている
(フロックスさんと鴉さんは静かな笑み)
背景は天空塔内

明智はいない

千亞の絵に
「ふふ、千亞さんの好きなもの絵に私が…!
 光栄ですね、ふふ」



●皆でお絵かき
 天空塔、その一室。開けた窓に張り付いて、千亞は感嘆の声を上げた。
「凄い景色……こんな素敵な作業場だと、色んなアイディア浮かびそう……!」
「天空塔…良い眺めですね……! 私も創作意欲が……!!」
 隣で同じ景色を見ているはずの明智珠樹が、何故だかハァハァしだしたのを見て、千亞はじとりと視線を向ける。
「いいか、珠樹。頼むから公序良俗に反するなよ……! 天空塔に出禁になるのは御免だからなっ」
「おや、千亞さん全裸画は立派に芸術だと……」
「紙芝居にできないだろド変態ッ!」
 言い切る前に、華麗なる跳び蹴りが炸裂する。
 見慣れた者にはいつもの光景。初めて見る絵本作家の彼女も、くすくすと楽しげに笑っていた。
 そんな彼女にそっと駆け寄って、千亞はにこりと微笑んだ。
「大事に至らなくて安心したけど、早く手が治りますように」
「ありがとう、今日はどうぞ宜しくお願いしますね」
 賑やかなやり取りの後、それぞれに色鉛筆と紙を配り終えたところで、作業開始だ。
(何が描けるか、何を描こうか……)
 悩む顔で眉を寄せていた蒼崎 海十は、購入した水彩絵の具の筆を遊ばせながら、ちら、と隣を見た。
 並んで座ったフィン・ブラーシュもまた、思案の合間にそんな海十の様子に気付いたのか、視線を合わせて微笑んでくる。
 途端、海十の中に明確なイメージが湧いた。
 先程までの難しい顔はどこへやら。にこりと微笑み返して、海十は楽しげに絵具の色を選び始めた。
 それを見て、フィンもまた、頭の中に浮かんでいる映像に合う色を、指先で探す。
(絵心は全くないんだけども……)
 描きたいと思うものは、もう決まっていた。
「どんな物語が出来るのか楽しみだよ」
 色鉛筆を手に取って、ラキア・ジェイドバインは楽しげに紙の上で滑らせる。
 ここにあれを、ここにはこれを……そんな大まかなイメージを立てている隣では、気合を入れた様子のセイリュー・グラシアの姿。
「真心込めて描けばきっと何とかなる!」
 絵心はないが、なくたって。
 傍らのラキアは、きっと自身の好きな花を描くだろう。だからセイリューは、それ以外のものをメインに書くつもりだった。
 頭の中に浮かぶのは、最近見かけた、生き物たち。
 にゃあ、と鳴く声を思い起こしながら、セイリューは勢いよく描きはじめた。
 作業に夢中で静かだけれど、ふんわりと温かい心地がする場を眺めて、フロックス・フォスターは懐かしさに耽っていた。
(昔ママ先生に読んでもらった……懐かしい)
 幼い頃の思い出を手繰っていると、つん、と遠慮がちに服の袖が引かれる。
「オジさん……」
「ん?」
「……ごめんなさい、絵本って、読んだことなくて想像つかない……」
 おずおずと進言したのは、フレディ・フットマン。見た目16歳の少年からの、絵本を読んだことがないと言う言葉に、フロックスは目を丸くした。
「読んだことないだぁ?!」
 予想外過ぎて驚くフロックスに、フレディは申し訳なさそうに頷いた。
 自分より年下な分絵本などには詳しそうだと勝手に思っていた当てが外れたフロックスは、困ったように頬を掻いて、唸る。
「予想外だ…花とか虫はどうだ」
「じゃあ温室に行ってお花探すね」
 こくりと頷き、とことこと歩き出したフレディを見やって、フロックスも後を追った。
「主殿、ご機嫌ですね」
「はい」
 にこにこ。鳥飼は笑顔で顔を上げ、声をかけてきた鴉を見やる。
「皆さんがどんな絵を描いて、どんな物語ができあがるのか。すっごく楽しみなんです」
 打ち合わせの無い即興紙芝居。出来上がってくる絵によって内容が変わるそれは、全く想像がつかないものだ。
 思い馳せるだけで、楽しみになってくる。
「そうですか」
 見るからにご機嫌な鳥飼の、そんな理由に、鴉は、実に彼らしいと思った。
 素直に楽しむ鳥飼の表情が、思案するように変わるのを見届けて、鴉もまた、何を描こうかと思案に暮れながら、色鉛筆を手に取った。

●君が描く世界
 黒い色鉛筆が描くのは、鳥。
 可愛らしくデフォルメされたそれに、鳥飼は思いついたようにマスカットを咥えさせる。
 それから、もう一つ何かないかと小首を傾げてから、寂しげな頭に銀冠を付けた。
 黒の鳥は、カラス。
 傍らのパートナーと、同じ名の付く鳥だ。
 出来た、と満足気な顔をした鳥飼は、ちらちら、鴉の方を見やり、やがて色鉛筆が置かれ一息つくのを見届けると、訊ねた。
「鴉さんは何を描いたんですか?」
「見たければどうぞ」
 どうせ後で見ることになるのですがね、と付け加えられたが、鳥飼ははにかんだように笑うだけ。
 そうして、す、と差し出された絵を、嬉しそうに覗き込む。
 そこに描かれていたのは、青空と、草原。
 随分と綺麗な風景画の右端に、黄色い百合の花が一輪佇んでいた。
「鴉さん上手ですね」
「この程度で上手と言われては、画家の立つ瀬がありませんよ」
 並程度だと肩を竦める鴉に、鳥飼は首を傾げる。
 画家の描く絵は、確かに美しくて整っていて、不思議な力がある絵、だろう。
 だけれど、詳しい知識もなく、絵心があるわけでもない鳥飼にとっては、鴉の絵は、確かに上手いと感じる物だったのだ。
 自分の書いた、辛うじてカラスと判る程度の絵と見比べれば、流石の鴉も鳥飼の言い分を納得するだろう。
 ただ、上手いと思うと、同時に。
(中に踏み込ませない感じが、鴉さんに似た絵です)
 殺風景の中に、黄色い百合だなんて。
 けれどそれは口にも顔にも出さずに、鳥飼は自分の書いた絵を代わりにと見せる。
 それを見た鴉が、かすかに目を瞠る。
「……カラス、ですか」
「一羽だけじゃ寂しいと思って、色々足してみました」
 やっぱり鴉さんの絵と比べると、見劣りしますね。とか。
 冠より首飾りの方が合ってたかも知れないです。とか。
 他の絵と合わせて、どんな話になるか楽しみですね。とか。
 二枚の絵を並べて、にこにこと嬉しそうに、楽しそうにしている鳥飼を、鴉は瞳を細めて見つめ、すぃと視線を背けた。
(何故こうも、真っ直ぐな……)
 鴉は、この紙に『好きなもの』を描くと認識していた。
 唐突には思いつかなかったから、脳裏をよぎった景色を描いたけれど。
 けれど、鳥飼の絵は、カラスで。
 それではまるで……いや、好意的な感情は、随分前から知っていた。
 率直な意味合いだけの好意は、媚びる態度とは違った、純粋なそれ。
 それを、悪くないと思っている自分自身に、鴉はほんの少し戸惑っていた。
「鴉さん?」
 左手で顔を覆っている鴉を、小首を傾げて不思議そうな顔で見やった鳥飼に、返すのは小さな溜息。
(私も絆されたものですね)
 自嘲じみた笑みと共に、何かがほぐれる感覚が浮かぶ。
 黄色の百合が持つ偽りの言葉は、余程自分に合っていると思うけれど。
 それとは対照的な飾らない美の言葉は、まるで――。

 温室に立ち入り、向日葵を見つけたフレディは、しゃがみ込んでスケッチを始める。
 そんなフレディの傍らに立ち、フロックスは言葉を探すように視線を巡らせる。
「本当に、読んだことないのか」
「うん……絵本は大人になってから知ったし、読む機会もなかったよ」
 淡々とした言葉だが、少し寂しさが滲んでいるように聞こえる。
 不要な子に与える物はない。地下に閉じ込められていた過去に記憶を馳せると、目の前にある向日葵が、凄く色褪せたものに見えてしまう。
 ぱちり、瞬き一つで思考を切り替えて、フレディは一度隣のフロックスを見上げた。
「オジさんは?」
「俺はママ先せ……あー気にすんな、ガキの頃読んだだけだ」
 絵本を知らず、読む機会すらない幼少期だなんて、と、フレディの生活環境に眉を寄せていたフロックスは、不意の問いに思わず零れた単語を飲み込んで、肩を竦める。
 ママ先生? とフレディが小首を傾げていたが、見えない振りだ。
 フロックスがそれ以上の追及を避けるようにするものだから、暫し見つめていたフレディも、気には止めずに紙に視線を戻す。
 向日葵が、色を取り戻したのを、安堵と嬉しさを交えたような目で見つめながら、描いていった。
 やがて完成した絵をじっと見つめてから、フレディはフロックスにそれを見せる。
 同じようにじっと見つめたフロックスは、また、眉を寄せた。
(……渋い顔してる)
 下手だったかな。視線を絵に戻せば、視界の端にフロックスの手が伸びてきた。
「ちょっと貸せ」
「……貸せ? うん、終わったら見せて欲しいな」
 瞳をぱちくりと瞬かせてから差し出したフレディから色鉛筆も受け取って、フロックスは向日葵の周りに、蝶を二匹描き足す。
 フレディの絵に比べれば、やや……どころかかなり見劣りはしたが、蝶だとは、分かる絵だった。
「これ、蝶……?」
 確かめるような台詞に頬を掻き、フロックスはまぁなんだ、と切り出す。
「関係ができて刺激が生まれ初めて物語になる。この二匹も色んな解釈が出来るだろ?」
 例えば、友人、兄妹、夫婦。
 相棒、なんてパターンもある。
「俺達ウィンクルムみたいにな」
 じっとフロックスを見つめ、そんな話を聞いていたフレディは、不意に、小さく笑った。
「……オジさんはロマンチストだね」
 そうして、もう一度絵を見つめる。
「お話も可愛い? 感じになりそうって思った」
「……はぁぁ、三十路の男にロマンチストとか可愛いとか言うな」
 率直なフレディの言葉に、くすぐったげに首の後ろを掻いたフロックスは、一度時間を確かめてから、元の部屋へと促した。
「……素敵なお話に、なったらいいね……」
 完成した絵を抱えて戻るフレディの小さな呟きに相槌を返しながら、フロックスは思う。
 これが、フレディにとって初めての絵本となるのだから。
 暖かな話であれば良い、と。

 水彩絵の具が驚くほどスムーズに紙の上を滑る。
 海十の筆先が淀みなく描くのは、澄み渡る青空。
 明るく、見上げると元気になれるその色が、紙を彩る。
 青空が抱くのは煌めく太陽。そして真白な雲。
 まるで食べ物や動物の形に見える雲を幾つも描いて、それから、そんな空をつぃと横切る鳥を一羽。
 随分と集中していたことに、最後のひと塗りを仕上げてから気が付いた。
「できた……」
 紙の上に現れたのは、海十の脳裏に浮かぶ、飛び切り美しい青空。
 対するフィンが描くのは、深い漆黒色。
 星が瞬き、月が照る、夜空。
 その光は鮮烈なほど眩く、しかし雲に隠れていとも容易く霞んでしまう。
 強くて優しい光を孕んだ夜空。
 フィンにとって、目の離せないその情景は、すぐ傍らにいつでもあるものだった。
 青空は、フィンの瞳。
 夜空は、海十の瞳。
 完成した絵を見せあった二人は、同じ空というテーマを選んだことに、目を丸くしてから、笑い合った。
「打ち合わせしたわけじゃないのにな」
 くすくすと笑った海十は、フィンの絵をまじまじと見つめる。
 綺麗なグラデーションが掛った夜空に浮かぶ丸い月には、兎の王子様のシルエットが描かれていた。
「王子様は意地っ張りで寂しがり屋でね。地上の兎は、彼を笑顔にしたくて、作った料理を沢山籠に詰めて、空飛ぶ傘で王子様の元へ向かうんだ」
「それは、優しい物語だな」
 優しい声で語られる物語に、海十はふわりと暖かな心地になる。
 だけれど、だけれどそれ以上に。
(前にフィンは、俺を『夜空に輝く俺の愛おしい星』と表現した……)
 もしも、もしもこの空が、その表れだとしたら。
 そんな風に思うのは、海十自身も、青空にフィンを空想したから。
 全てを包み込む青を舞う鳥は、自分をイメージした、何てことは、口が裂けても言えないけれど。
「あ、なぁ、他の皆もできたみたいだな。ちょっと見せてもらわないか?」
 顔が熱くなるのを誤魔化すように、談笑に映っている様子のウィンクルム達を見渡して言う海十。
 フィンもフィンで、ついつい顔がニヤけそうになるのを手でさりげなく隠して誤魔化していた物だから、渡りに船だった。
「皆上手だな。個性が出て面白い」
「そうだね、それぞれの色が出てる」
 眺めながら、でも、やっぱり、とフィンは思う。
(俺は海十の色が一番好きだな)
 青空を描いた海十は、覚えているだろうか。以前、詠う花に、フィンを青空に例えた和歌を託したことを。
 フィンが海十を思って夜空を描いたのと同じように、海十も、フィンを思ってこの色を選んだのだとしたら……。
(こんな所も一緒だなんて)
 あぁ、やっぱりニヤけるのを抑えられそうもない。

 よし、と意気込んだセイリューは、まず真っ先に猫を描いた。
 茶色のトラネコ。ピン! と立てた尻尾はご機嫌の証。
 猫一匹では寂しいものだから、視線の先には以前に見た生き物を。
(うん、悪くない)
 ショコランドで見かけたポップな生き物、あめつむり。
 カラフルなキャンディの殻は、多少絵が崩れてもそれと判り易くてありがたい。
 描きはじめると楽しくて、色んな色のあめつむりを配置しだすセイリュー。
 あぁそうだ、きっと彼らが居るのは草むらだろう。
 背の高い草の中になら、他の動物もいるかもしれない。
 黒い尻尾がご機嫌に。狐の尻尾もふりふりと。
(茶色で太めに。しっぽの先は白……っと)
 もう一つ、微妙な隙間にピンクの兎耳。
「結構楽しいなこれ」
 すっかり賑やかになった紙を見つめ、セイリューもご機嫌に呟く。
 そんなセイリューの絵を、ちらっと覗いて、ラキアは笑みを零した。
(頑張ってるね)
 微笑ましさを抱いたまま、ラキアもまた紙に向かう。
 脳裡に過ったのは、ぴょこんと揺れる兎の耳。
(千亞さんがいるし、ピンクの兎を描こう)
 ショコランドにも、そんな生き物がいたなぁ、とか。セイリューの描いた兎もピンクだし、とか。
 考えながらも、手は止まらない。
 背景は、森の中。穏やかに立ち並ぶ木々と、地面の近くには夏の花を幾つも。
 ミントグリーンの髪がふと脳裏をよぎって、これまたショコランドで見かけたミントなリスも追加。
 それから、カラスが枝で一休み。
 黒猫と茶トラが百合の傍で遊ぶ姿も。
 百合の花は動物に与えるには不向きだが、絵の中なら、自由だ。
 ラキアの紙の中にもまた、セイリューと同じように、色々な動物がいた。
 平和な森で仲良く過ごしている光景を思い描いて、脳裡のまま、紙に……写し込みたかったが、なかなか画力という物が、足りなくて。
(うーん、植物は描けるけど、動物はなかなか……)
 少ししょんぼりしたラキアだが、最終的にとても賑やかになった紙に、ほっこりと笑みをこぼす。
(故郷の森も沢山動物が集まっていたね)
 あぁ、なんだか懐かしい。
 これが、どんな物語になるのだろう。
 不意に顔を見合わせた二人は、同じ思いに心馳せながら、笑い合った。

 絵は、描き慣れていた。
 以前ふんどしのデザイン画を作った時から、絵を描くようになったから。
 それにしては手慣れているのを、珠樹本人は特に自覚はしていない。
「好きなものを描け、と言われると……なかなか難しいですね……ふむ」
 迷ったのは、ほんの少しの間。きょろきょろと周囲を見渡して、ふわりとした笑みを口元に浮かべると、サラサラ、淀みなく手を動かす。
 一人、二人、三人……淀みなく、珠樹は人の姿を描いていく。
 それはただの人ではなく、その場に居合わせた、仲間の姿。
 各々がパートナーと笑い合っている姿は、描いている珠樹自身も穏やかな心地になるもので。
 背景に天空塔を描き足して、珠樹は満足げに色鉛筆を戻した。
 一方で千亞は、何を描くかと悩んだ顔で未だ白い紙を前にしていた。
 描くよりは見る方が好きで、自慢じゃないが上手くはない。見れる絵ぐらいには出来るとは思うが、描ける物の範囲は、そんなに広くはない。
(ちゃんと話になるような絵を……でも皆が何書くかわからないから難しいな……)
 後で即興紙芝居となる、と聞くと、やはり落書きのように気楽にはいかない。
 かといってみんなの絵を覗きに回るわけにもいかず。うーん、と一頻り唸った千亞は、不意に紙に視線を落として、その手に黄色い色鉛筆を取った。
 描くのは、紙一杯、大きなプリンの絵。
 悩んだって仕方がないのだ。素直に、好きなものを描こう。
 紙のサイズも小さいものではなく、塗り込むのはなかなか大変だったが、なかなか美味しそうに書けたと思う。
 一先ず、と息を吐いたところで、千亞はそろりと珠樹の絵を覗き込んだ。
(珠樹……見せられるもの描いてるのかな……)
 全裸画なんてものはさすがに描かないだろうが、念のため、念のため……。
(あ……意外と上手)
 珠樹が描くウィンクルムの絵は、それぞれの特徴が出ていて、どれが誰なのかもすぐに判る。
 満面笑顔の中でも、フロックスや鴉などが穏やかな笑みである辺りも良く見ていると思う。
 だけど。
(珠樹が居ない……)
 気付いた千亞は、かすかに頬を膨らませた。
 十人分の人型、皆がパートナーと一緒の中だと言うのに、千亞は、今日会ったばかりの絵本作家の彼女の隣。
 彼女の隣が不満な訳ではないが、それだけでは、足りないのだ。
 頬を膨らませたまま、千亞は再び色鉛筆を手に取り、描きはじめる。
 それは、人の姿。
 珠樹に見える、笑顔の人物だった。
「おや」
 不意に、珠樹の声がした。
「ふふ、千亞さんの好きなもの絵に私が……! 光栄ですね、ふふ」
 にこにこと笑っている珠樹の台詞に、千亞は真っ赤になって、絵を隠すようにしながら顔を背けた。
「か、勘違いするな」
 この辺が物足りなかったから。そしたらたまたまお前がいたから。
 小さな言い訳を重ねる千亞に、珠樹は穏やかに微笑んでいた。

●ささやかな物語
 青い空、白い雲。くるりと回る鳥の影。
 そんな晴れた朝、茶トラはいつもの仲間たちとのんびりと過ごしていました。
 あめつむりたちが日陰を求めてうろうろお散歩。草むらの影では、そんな彼らを見守るように、幾つもの動物の影。
 大きな欠伸を一つして、茶トラは自分も散歩に出かけました。
 行き先は向日葵畑。幾つもの黄色の中、一際背の高い向日葵の周りでは、双子の蝶々が楽しそうに踊っています。
 それを見上げていた茶トラも、楽しい気分に誘われるように、くるくる、踊り始めました。
 そこへ、黒い羽根を降らせるようにして、一羽のカラスが降りたちました。
「茶トラ、茶トラ。楽しそうなところすまないが、探し物に出ておくれ」
 銀冠を被ったカラスの王様。探し物は、一体なぁに?
 茶トラはとことこと歩き出します。王様の探し物を求めて。
 森の中に入り、集まっていた動物たちに尋ねます。
 首を傾げる動物たちの中、カラスの子供が言いました。
「王様は、月の王子様に届ける物を探しているんだよ」
 甘い物が大好きな月の王子様。なるほど、と頷いた茶トラは、また歩き出します。
 やがてたどり着いたのは、広い草原。
 茶トラは草原に佇む黄色百合を見上げて尋ねました。
「ユリさん、甘い物を知らないかい?」
「知っているよ、これなんかどうかな」
 ぽたり、黄色百合から零れた蜜が、たちまちの内に大きなプリンに変わったのです。
 だけど、あれれ? プリンには妖精がくっついていました。
「その子は迷子になってしまったの。おうちに送ってくれたら、茶トラにプリンをあげるよ」
 それは大変だ。茶トラは妖精を頭の上に乗せると、また歩き出します。
 青い空を眺めて歌を歌いながら。やがて辿りついたのは、天高く聳える塔の前。
 そこには沢山の人が笑い合っています。
 妖精は、あ、と声を上げると、兎の少年の元へ飛んでいきました。
 無事におうちに帰れたね。見送った茶トラは、約束通りプリンを受け取って引き返します。
 辺りはすっかり夜。暗くなった道に、ゆらりゆらり、浮かぶ傘。
「茶トラ、茶トラ、王様の探し物は見つかった?」
 傘に揺られた白兎に、茶トラはプリンを差し出しました。
「あぁ良かった! これで王子も喜んでくれる」
 ふわり、傘が兎を連れて天高く飛んでいきます。
 月に佇む兎の王子様の元へ、温かな料理と甘いお菓子を持って。
 見送った茶トラは、急に寂しくなりました。
 外真っ暗。お月様が心配そうに茶トラと見つめています。
 早くおうちに帰ろう。
 駆けて行った茶トラは、森を横切り、やがていつもの草むらへ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 茶トラのささやかな冒険は、ここで、おしまい。



依頼結果:成功
MVP
名前:セイリュー・グラシア
呼び名:セイリュー
  名前:ラキア・ジェイドバイン
呼び名:ラキア

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月04日
出発日 08月10日 00:00
予定納品日 08月20日

参加者

会議室

  • [12]明智珠樹

    2015/08/09-23:31 

  • [11]明智珠樹

    2015/08/09-23:31 

    明智「ふふ、私の隣の兎っ子の濡れ透けどころかその白い身体に似合わぬマ…」

    黙れド変態(蹴り)

    お会いするのは重なる時は重なるけど、ご無沙汰な時は全然会わないですよね、
    不思議ですっ。
    僕も絵心に自信はないですけど、皆さんが描く絵、凄く楽しみですっ。
    天空塔も初めてだから凄く楽しみっ(ウキウキ)

    どうか良き一日になりますように!

  • セイリュー・グラシアと精霊ラキアだ。
    プランは提出できてるぜ。
    俺達も絵心全くないから、大丈夫!

    そっか、明智さんとは1か月ぶりかも。
    きっと明智さんらしい視点で色々と描かれているのでは。
    皆の絵から、
    どんな物語が紡ぎだされてくるのか。
    スゴくすごく楽しみ。期待して、正座待機!

  • 俺んとこもプラン出来た、俺の画力には期待しないでもらいたいところだ…
    前後したが初めて同行する人はよろしくな。

    絵本でどうやって公序良俗を違反するのか激しく気になったが
    機会があれば聴けるだろうか。

  • [8]蒼崎 海十

    2015/08/09-00:49 

  • [7]明智珠樹

    2015/08/08-14:45 

  • [6]明智珠樹

    2015/08/08-14:17 

    改めまして、こんにちは。
    明智珠樹と申します。隣のピンクの兎っ子は千亞さんです。

    セイリューさんご両人は「全身全霊愛」以来、
    海十さんご両人は「泡沫の星彩」以来、
    鳥飼さんご両人は「七色食堂」以来ですね。

    そしてフレディさんとフロックスさんははじめまして、ですね…!!
    可愛らしい&ダンディなお二人がどんな絵を描かれるのか…楽しみです、ふふ。
    何卒よろしくお願いいたします…!

    とりあえず、千亞さんから「公序良俗に反するな!」と
    それはそれはキツくキツく、ご褒美を通り越した範疇で
    申しつけられておりますのでご安心ください…!

    皆様がどのようなものを描き、そして可愛らしい絵本作家様により
    どのような世界が描かれるのか…楽しみです、ふふ!

  • [5]蒼崎 海十

    2015/08/08-00:33 

  • [4]蒼崎 海十

    2015/08/08-00:33 

    蒼崎海十です。
    パートナーはフィン。
    皆様、宜しくお願いいたします!

    俺も絵は得意という訳ではないんですが、精いっぱい頑張りたいなと…!(ぐっ

    どんな物語になるか、皆さんの絵と一緒に楽しみです…!

  • [3]鳥飼

    2015/08/07-16:49 

    こんにちは。
    僕のことは鳥飼と呼んでくださいね。
    こちらは鴉さんです。(隣を手で示し
    よろしくお願いします。

    絵は得意ではないんですけど。
    どんな絵本になるか楽しみです。(わくわく

  • こ、こんにちわ…フレディ・フットマン、です…
    オジさん共々、よろしくお願いします

  • [1]明智珠樹

    2015/08/07-10:03 


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