【水魚】Quiet story(錘里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 海底都市アモルスィーから亀に乗って二時間。まるで地上のショッピングモールのような空間が広がるブルーサンクチュアリにて。
 通りの一角に、二枚貝の中に硝子の球体がぽつり。それはさながら真珠のようで。けれどそれは建物で。
 水で満たされ色とりどりの珊瑚が配置されているそれは、アクアリウムにも似ていた。
 その建物の前に、一人の人魚が佇み、訪れたウィンクルムに声をかけていた。
 曰く、この球体の中にて、参加型のダンスイベントが行われるそう。
 女性は裾がやたら長いマーメイドラインのドレスを着て、男性は腰巻を付けて、水の中を踊るように泳ぐのだと言う。
「中には緩やかな海流が流れているので、何もしなくてもちゃんとダンスしているように見えますからご安心ください」
 難しいステップは必要ない。ただ、海流の中でパートナーとはぐれると合流は難しいので、パートナーとは終始手を繋いだ状態で居て欲しいとのこと。
 社交ダンスのように密着して貰っても構わない。くるくると回ってみたりすれば、衣装の裾がひらりと美しく翻る事だろう。
「参加型として、中で踊る皆様にも楽しんで頂きますが、外で見ている方にも楽しんで頂けるように少しだけ意識して頂けると幸いです……あ、神人さん、ドレスの下には水着の着用をお願いします」
 微笑んだ人魚が差し出した衣装を受け取ったウィンクルムは、少し恥ずかしい気もするが面白そうだと早速着替えた。
 そこで、気が付いた。
 衣装を纏った神人の声が、出なくなってしまったことに。
 動揺する精霊に、人魚は意味ありげに微笑んで、彼の胸元に真っ白なコサージュを添える。
 そして、神人の髪に、ナイフによく似た形の髪飾りを添えた。
「お二人は、人魚姫と王子です」
 ――曰く。
 それは王子と王女が婚姻を結ぶ夜の事。
 人魚の姉たちが髪と引き換えに託したナイフ。王子の心臓を貫かねば、人魚姫は泡となって消えてしまう。
「ダンスの曲が終わるまでに、このコサージュに髪飾りを刺せば、コサージュが赤く染まり、王子の衣装が水に溶けて消えます」
 では、刺さなければ。
「人魚姫は泡となって消えてしまいます。……ドレスが、ですよ。ドレスが泡となって消えてしまうだけで、お体には影響ありませんのでご心配なく」
 外に出れば声も戻りますのでご安心を、と人魚は微笑む。
「どちらを選ぶのも皆様のご自由に」
 人魚姫を模していても、これは人魚姫ではないから。
 物語のお終いを決めるのは、貴方達だ。

解説

●消費ジェール
イベント参加料・衣装レンタル代として一組様600jr頂戴いたします

●衣装について
神人さんは水着の上からマーメイドラインのドレスを着ております
プランに衣装の詳細を記載して頂いても頂かなくても構いません
記載の無い場合でも着用しています。
記載ない場合、衣装系の描写無しになるか、
描写した方が良い雰囲気の場合は錘里が勝手にデザイン決めます
髪にナイフを模した髪飾りを付けています
(トレジャーアイテムのグランディスに近い形です。形だけです。それその物ではありません)

精霊さんは基本は私服にひらひらした腰巻となります
色はドレスとお揃いが基本ですが、希望あれば記載ください
王子様風の衣装の貸し出しも可能ですので希望の方はその旨記載ください
胸に白い花のコサージュを付けております。薔薇です

●曲の終わり
曲の終わりまでに髪飾りでコサージュを刺すと、コサージュが赤く染まり、腰巻が溶けて消えます
花弁が舞う感じで綺麗な演出となります
刺さなければ、神人のドレスが泡になって消えてしまいます
いずれも身体に影響はございません

●その他
神人さんは声が出ない状態です。精霊さんは喋れます
ダンスという形式ですが、しっかりしたダンスを披露しなくても大丈夫です

ゲームマスターより

女性側ではご無沙汰しております、錘里です。
あまり出没しない身なので、初めましての方多いかと思います。
GM紹介ページにささやかに傾向記載しておりますので参考程度にどうぞ

基本的にアドリブの多いGMです
NGと書いてなければ何らかのアドリブが入る可能性が高いですので、
「アドリブOK」等の記載は不要です。逆にNGの場合はご記載頂けると幸いです

リザルトノベル

◆アクション・プラン

篠宮潤(ヒュリアス)

  最初は喋れないことにホッ
ぐいぐい精霊引いて。
他参加者さんの近くにくれば(お相手の雰囲気が許せば)手繋いで一緒にドレスひらめかせクルクルひらり

(ヒューリ、こういう所なら、泳ぐ楽しさ…味わえるかな)
たまに振り返ってニコッ

しかし
呼びかけたい時に声が出ないこと度々
次第にもどかしさ
(以前…本の中で、人魚姫を説得したことあった、けど…
そっか、こんな気持ち、だったのかな…)
名前呼べないだけでこんなに寂しくなるなんて
大好きな相手だったらどんなに…、と考え頬が熱くなりそうになって首ぷるぷる

音楽終わりそうなら髪飾りを手にとって
瞳きらきら訴え
一緒に散らせた方が外から見ても綺麗かな…と、誰かのタイミングに合わせ刺す



月野 輝(アルベルト)
  ■衣装
フリルが螺旋状に巻き付いたデザインのドレス
月明かりのような、白にほんのり黄みがかった色
水着はドレスと同色のモノキニ


声、出ない…
でも不思議と不安はないわね
アルがちゃんと手を掴んでてくれるから
この人の手があれば、私は絶対に大丈夫

だから今は、せっかく素敵なドレスなんだもの
人魚姫になりきって大切な人と楽しもうと思うの
言葉なんてなくても、一緒にいられるだけで嬉しい
そんな気持ち伝わるかしら

時々観客の方へ笑顔を向けて手を振って
この気持ちを少しでもお裾分け

もうじき音楽が終わる
例え真似事でもアルに剣を向けるなんてできない
それならいっそ…
人魚姫の気持ちがよく判る

アル!?何してっ

ほんとに、あなたはいつも……



かのん(天藍)
  声が出ない事に慌てる
天藍から説明を聞きほっと一息
何か困った事があれば服の袖を引っ張ってくれと言う天藍に頷く
改めて天藍が王子の衣装を着ている事に気付く
袖を引き口パクで似合いますねと
球体の中に入る前に、泳ぐ時絡まったりしないのかしらととかく長い裾を少し裾をつまみ上げる

ダンス
球体に入って天藍と手を繋ぎ二人で呼吸を合わせてターンを
外の見学者に意識向けると緊張するので天藍だけを見上げる

コサージュの扱いに少し困る
イベントだとは分かっているのですけれど
それでも天藍の心臓を貫くマネをする事に抵抗がある

天藍の手に導かれるままに刺す
腰巻きが溶けても繋いだ手の力強さは変わらずに天藍が傍にいることに安堵して身を寄せる



ひろの(ルシエロ=ザガン)
  衣装:黄色と緑のグラデ

似合いすぎて、本当に王子さまみたい。
……でも。ちょっと、貫禄ありすぎかも。
(恐々、そっと手を乗せる

(問いに頷く
ルシェは踊れるんだ。
任せれば良い、のかな。
ずっとは、少し恥ずかしい。(偶に目が泳ぐ

流されないように、手はしっかり握る。
!?(引き寄せられ驚く
そんなに喋らないから、大丈夫と思ってたけど。
声出ないの、不便。
ルシェのこと、呼べない。

(ルシェの手を押さえ、首を振る
嘘でも、やりたくない。
「やだ」(伝わるように、ゆっくりと口を動かす
(笑みを見て赤くなり、目を逸らす
まただ。(胸がドキドキ

「ルシェ」声、出せた。(喉に触れる
「踊るの、得意なの?」
そうなんだ。(今までを振り返り、納得



アマリリス(ヴェルナー)
  声も出なくなるなんて本格的ね

見ている人がいるといっても
見栄えよく踊るのは地上と勝手が違って難しいものね
言葉は喋れなくても伝わるだろうかと精霊の目を見つめてみる

…まあヴェルナーには伝わらないわよね
確かに得意ではないけれど苦手でもないの
わざと足を踏んだ事は幾度かあるけどここまで誤解されるなんてね
喋れないってもどかしいものね

曲の終盤に差し掛かったら髪飾り手に取る
精霊に向かって微笑んだあと躊躇いなくコサージュに刺す

終了後外に出る
まあ、イベントですもの(なので刺した
実際だったら……どうするのかしら

贅沢ね、二択といっているのに
でも、そういう考え方は嫌いじゃないわ
わたくしはハッピーエンドの方が好きよ



●無声の姫
 足元まで隠れる裾の長いドレスは、マーメイドライン。
 黄色と緑のグラデーションがひらりと翻る様は、さながら人魚のようで。
「――私と踊っていただけますか?」
 白地を金で縁取った、王子のような衣装で。長い髪の左側に編み込みを加え、右サイドで一纏めにしたルシエロ=ザガンはひろのに手を差し出し、優雅に微笑んだ。
(似合いすぎて、本当に王子さまみたい)
 所作の一つ一つが丁寧で、知らず胸が高鳴るひろのは、でも、と少しだけ、変わらない表情の裏側で思う。
(ちょっと、貫禄ありすぎかも)
 まるで、本当の王子様のようで。
 すこし、遠く見える。分不相応ではなかろうかと思う気持ちが、手に手を重ねる指先を、少しだけ震わせた。

 一方では、精霊の腕をぐいぐいと引く篠宮潤の姿があった。
 声を出すことができない状況は、口下手な潤にとってはささやかながら安堵の元で。にこにこと表情で語りながらヒュリアスを球体の中へと導く。
 そこかしこから聞こえてくる『ダンス』の単語に、聞いていなかったヒュリアスは恨めし気に潤の顔を見るが、楽しそうな雰囲気を見つけると、ついつい黙ってしまう。
(仕方ない、か)
 彼女が楽しそうな顔をしているのは、望ましい事なのだから。

 更衣室から会場となる球体まで。裾の長いドレスで歩きづらいだろうと、かのんをエスコートする天藍は、こちらもまた王子風の衣装を着ている。
 人魚姫と王子という事であればそれらしい方が良いだろうから、ドレスが映える衣装を、と。
 選ばれた衣装は、天藍に良く似合っていた。
 ちら、とそれを見て、つん、と彼の服の袖を引いたかのんは、視線が向くのを待ってから、唇だけで言葉を紡ぐ。
 似合いますね、と。
 それを見て、つい先ほどまで声の出ない事に狼狽えていた彼女がイベントを楽しめる程に落ち着いた事も安堵しつつ、天藍もまた微笑んだ。
「かのんも、よく似合ってる」

 微笑みあって海流に身を任せる二人を見送ってから、アマリリスは、じ、とヴェルナーを見つめてみた。
 地上と違って、水中のダンスは勝手が違うだろう。見栄え良く踊るのは難しそうだ、という意思をこめて。
 見つめ返してくるヴェルナーは、その瞳から思考を窺おうとするが、今一つ掴めない。
「今回は水の中ですからダンスが得意でなくても大丈夫そうです。よかったですね」
 にこりと微笑んで告げた言葉は、不正解だった。
 別にアマリリスはダンスが不得意な訳ではない。
 わざと足を踏んだこともあったけれど、それはそれ。得意と言う事も出来ないなりに、踊れるのだ。
(まあ、ヴェルナーには伝わらないわよね……)
 人魚姫のごとく、声が出なくなるなんて本格的だと思うけれど。
 けれど、もどかしいものだと、思う。

 声の出ない事に、幾ばくかの動揺を覚えるのは、月野 輝も同じだった。
 月明かりによく似たほんのりと淡い黄色に、くるりと螺旋状にあしらわれたフリル。
 長い裾と相まって、それはまるで水中を泳ぐ魚のように、ひらりと棚引く。
 緩やかな流れの海流に身を投げ出しながらも、輝には不思議と不安がなかった。
 むしろ、怪訝な顔をしていたのはアルベルトの方で。
「輝、この手を絶対に放さないように」
 そう言って振り返ったアルベルトは、真っ直ぐに見つめてくる輝の、清々しく楽しそうな、どこか嬉しそうにも見える顔を見つけて、思わず苦笑した。
「言うまでもなかったな。大丈夫、絶対に放さないから」
 ダンスはそれほど得意でもない。輝も、アルベルトも。
 だけれど、この手が繋がっている限り、大切な人の傍にいる限り、何の、不安もない。
「せっかくだし楽しもうか」
 輝も願っていたその言葉に、大きく頷けば。曲が、始まった。

●水中舞踏会
「ダンスは初めてか」
 小さな声での問いかけに、ひろのはこくりと頷いた。
 だろうな、と胸中で呟いてから、ルシエロはひろのの体をそっと支えた。
「オレだけ見ていろ。リードしてやる」
 微笑むルシエロに、ひろのはまた素直に頷いた。
 ……けれど、ずっとこの姿勢というのも、近すぎて。目が泳ぐ。
 そんなひろのには気づかずに、ルシエロは地上と同じように顔を上げて背筋を正す。
 曲に合わせてステップを踏むようなことはないが、海流を見極めながら、ひろののドレスが美しく広がるように計らった。
 一方のひろのも、流されないようにとルシエロの手をしっかり握っていたが、それだけで精一杯で。
 ちらと視線を落としたルシエロが、おもむろにひろのを抱き寄せた。
「離れ過ぎだ」
「!?」
 唐突な密着に、ひろのの心臓が跳ねる。
 赤面し、ルシェ、と彼を呼ぼうとして、その喉が音を紡げない事を思い出した。
 鼓動が、すぅ、と収まる程の落胆を、ひろのは自覚していた。
(そんなに喋らないから、大丈夫だと思っていたけど……)
 これでは、伝えたい事すら、伝えられない。
(声出ないの、不便)
 目の前の精霊の名前さえ、呼べないのだから。

 手を取り、向かい合って。曲を待つ間と、曲の始まりの内は、海流に身を任せていたかのんと天藍。
 すぅー、と流れて行った体が、くるり、球体の壁際で急に反転した流れに乗ってターンを決める。
 その瞬間、今までは視界の外だった観客の様子が目に入ってしまって、かのんは思わず、繋いだ天藍の手に力を入れていた。
「……大丈夫か?」
 窺うような問いに、こくりと頷きを返すかのん。
 これがイベントで、見られていると言う事を思い出して、少し戸惑っただけだと。声には出せないけれど、肩を竦める所作と苦笑で示してみる。
 判らないなりに思案して、天藍はかのんを安心させるように、にこり、微笑んだ。
 それで、幾らか気持ちが和らいだけれど。外の観客を視界に収めてしまうと、また緊張が加速してしまう。
 すぅ、はぁ。呼吸を整えて、かのんは目の前の精霊の顔だけを見上げることにした。
 難しい事はしなくてもいいと言っていた人魚の言葉通り、海流に乗って揺蕩うばかりだけれど、時折、目が合った天藍と微笑みあって、くるりとターンをする。
 手を繋ぎ、向かい合った二人のドレスと腰布が、ふわりと柔らかな円を描いて広がれば、球体の外が歓声に沸いたが、中には声は届かない。
 息を合わせて、くるくると。目が回るくらいにターンするのは、少し楽しかった。
 いつしか笑顔で踊る二人が、するり、海流に乗って他の組とすれ違う。

 あ、と。かのん達が近づくのに気が付いた潤は、しかし二人の雰囲気を邪魔しないように、笑顔で見送る。
 そうしてまた、ぐいぐいと己の精霊の手を引くようにして、魚のように海流を泳ぐ。
「ウル? そう引っ張らんでも……」
(ヒューリ、こういう所なら、泳ぐ楽しさ……味わえるかな)
 ちらり、手を繋いだヒュリアスを振り返って、にこ、と楽しげに微笑む潤。
 その顔が、大丈夫だから、と勇気づけるようにも見えて、ヒュリアスは首を傾げた。
(……何か、泳げないと誤解されているような……)
 もしかしなくてもそうなのだろう。ダンスと言えば男性側がリードするのが多分普通のはずなのに、積極的にヒュリアスを引いているのは潤の方なのだから。
 だが、例え誤解があったとしても、潤が楽しんでいるのならば、ヒュリアスが何かを言う必要はない。
 彼女がしたいように、そしてその手を離さないように、暫しの遊泳を楽しんだ。
 と。不意に、潤の引く力が弱まったのに、気付く。
「……どうかしたのかね?」
 すぃと傍らに近寄って、窺う。その顔は、つい先ほどまで楽しげだったはずなのに、どこか曇って見える。
 ヒュリアスはほんの少し思案してから、ぐい、と潤を引き寄せ、覗き込んだ。
「楽しむのだろう?」
 引き続けて貰ったお返しというように、くるり、潤の体を回転させる。
 ひらりと裾の広がったドレスが落ち着くのを待ってから、ぱちくりとした潤は、はにかむように微笑んだ。
(ヒューリ)
 呼びかけたいけれど、声が出ない。
 楽しい? 怖くない? 聞きたいことは一杯ある、のに。
(以前……本の中で、人魚姫を説得したことあった、けど……そっか、こんな気持ち、だったのかな……)
 名前を呼べないだけで、こんなに寂しくなるなんて。
 それが、大好きな相手だったらどんなに……。
 考えかけた潤だが、頬が熱くなりそうになって、首を振って誤魔化した。
 その目が、不意にまた、人魚と王子の姿を捉えた。

 ぱ、と。観客の方へ向けて降っていた手を取られて、輝は驚いたように顔を上げる。
 そこには、悪戯気な顔をした潤の姿があって、取られた手をぐいと引かれ、くるりと体が回った。
 当然、手を繋いでいるアルベルトとヒュリアスも巻き込んで、だ。
 海流を跨いでの大回転は、大きな花を咲かせたようで、歓声も一層増した。
 一度のターンで満足気に手を離した潤は、そのまま別の海流に乗って離れて行ってしまう。
 急な接触にどきどきとしたままの輝と、一瞬肝の冷えたアルベルトだが、不意にお互い顔を見合わせて、笑う。
 再び輝を抱き寄せて、アルベルトはくるりと回って見せる。
 いつか見た社交ダンスを思い出しながら、輝を優しくリードするように。
 二人だけだって、その腰と足元に咲く花のような布は、優雅に舞う。
 その美しさに魅せられたような観客の姿を捉えれば、輝は改めて手を振り、アルベルトもそれに合わせて笑みと共にぺこりと礼をする。
 手を振り返してくれる少女が居たり、拍手をしてくれるカップルが居たり、観客も様々だったが、誰も彼もが楽しんでくれているようだった。
(この気持ちを少しでもお裾分けできたらって思ったけど……)
 楽しい、が伝わって、笑顔が広がるのは、嬉しい。
 与えた笑顔に、また喜びを返されたように。輝はアルベルトを見上げ、にこり、嬉しそうに微笑んだ。

 ひらり、裾が翻るのを視界の端で捉えて、ヴェルナーは出来るだけアマリリスをリードしようと努める。
 アマリリスがダンスが不得意と思い込んでいる彼なりの気遣いであるのは理解しているため、アマリリスも特に自ら何をするでもない。
 海流任せで、向かい合ってゆらゆら。時折、他のグループを真似て少し回ってみたり。
 その過程で、アマリリスはヴェルナーのコサージュを、見つめていた。
 この花は、目印でしかなくて、『物語』として刺し貫かなければならないのは『王子』の胸、心の臓。
 己が泡となって消えるか。
 王子を刺して生き延びるか。
 声を失くした『人魚』として、曲の終わる頃には選ばなければいけない結末は、きっとどちらも残酷なもの。
 それでも、アマリリスの中では、もう、決まっていたけれど。

●決断
 さらり、纏まった髪を少し巻き込んで、外された髪飾りはナイフのごとき白銀。
 真っ直ぐにヴェルナーの瞳を見つめたアマリリスは、にこり、微笑んだ。
 目が合った瞬間まで、どちらを選ぶだろうと思案していたヴェルナーは、アマリリスの笑顔に仄かに目を丸くして、直後に感じた胸元への刺激に、そっと視線を降ろした。
 はらり、白の薔薇が赤く染まって、王子を模した腰巻が、水中に零れ舞う。
 痛みはない胸だけれど、深く突き刺すかのようにこめられた力は、伝わった。
 躊躇の無い一突き、だけれど。
 その手が、ほんの一瞬、コサージュの前で止まったように感じたのは、ヴェルナーだけだった。

 曲の終盤に至っても、輝が髪飾りを手にする様子は見られなかった。
「輝?」
 刺さないのか。促すような問いかけにも、輝は首を横に振るだけ。
 たとえ真似事でも、アルベルトに刃を突き立てるような真似は、したくなかった。
 それなら、いっそ――。
 思いに、輝の口元がかすか、物憂げな笑みを作る。
(人魚姫の気持ちが良く判る)
 きっと彼女も、自分が泡となって消えることになろうとも、出来なかったのだ。
 と、名を告げる事さえ叶わなかった彼女の一途な想いに感情を馳せていた輝の髪から、髪飾りが引き抜かれた。
「……!?」
 顔を上げた輝が見たのは、自ら『ナイフ』を手に取り、己の胸に――コサージュに突き立てようとするアルベルトの姿。
(アル!? 何してっ……)
 声が、出ない。伸ばそうとする手もすり抜けて、コサージュに吸い込まれていく髪飾りを、輝は呆然とした顔で見つめていた。
 はらはらと水中に溶けていく腰巻の花びらの向こうで、アルベルトの笑みが映る。
「姫の命は何に変えても守るべきものだから」
 その命だって大切なのに。とか。
 そんな簡単に。とか。
 言いたいことは、色々頭をよぎる。
(ほんとに、あなたはいつも……)
 不安じみた感情と、くすぐったいような嬉しさと。相反する感情がないまぜになった輝は、何も言えないままのもどかしさに促されるように、アルベルトの手を引いて会場を後にした。

 かのんは、躊躇っていた。
 これがイベントである事は判っている。だけれど、天藍の胸元に添えられたコサージュに、ナイフに見立てた髪飾り。
 それは、つまり。天藍の胸を刺すと言う事だ。
(そんなこと……)
 したいとは、思えなかった。
 かすかに瞳を伏せ、ほんの少しだけ視線を落とすかのん。
 そんな彼女の顔をそっと窺い見た天藍は、そこに困ったような表情が浮かんでいる事に気が付く。
 きっと、優しい彼女は、例えイベントとはいえ、人魚姫と王子という位置づけで王子を犠牲にする行動に躊躇っているのだろう。
(俺的には、かのんの水着を晒す事の方が問題なんだが……)
 かのんに見えない位置で苦笑して、天藍は片手を髪飾りへと伸ばした。
 勿論、もう片手は繋いだまま。
 そうして手にした髪飾りを、そっとかのんの手に握らせた。
 顔を上げたかのんと目が合う。安心させるように微笑んで、天藍はかのんの手に自らの手を添え、コサージュへと導く。
 とん、と。触れるだけの衝撃。その刹那、水中でふわりと広がっていた天藍の腰巻が花弁となって水に溶けた。
 海流の流れに乗って会場を舞う花弁と共にゆるやかに流れながらも、天藍の手は、変わらぬ力でかのんの手を握り締めてくれている。
 変わらぬ笑みに、かのんもまた、微笑んで。
 天藍に身を寄せて、余韻に浸るように、海流に身を任せていた。

 潤の手元で、髪飾りの先端がくるりと回る。
 ナイフの柄をしっかりと握り、じっ、とヒュリアスを見つめる潤の瞳は、きらきらと煌めいていた。
 そんな顔に真正面から見つめられたヒュリアスは、彼女の顔が楽しげに戻っていた事への安堵と同時に、たまに見る表情になっているのに気が付いた。
「………刺したいのだな?」
 確かめるような問いにこくりと頷いた潤は、その視線を周囲へ向けている。
 そうして、自分と同じように自ら髪飾りを手に取ったアマリリスの姿を見つけて、ぱっと表情を明るくした。
 潤の顔には、好奇心が満ちていた。
 未知の場所を探索する時にも同じ顔をしている。
 新鮮な発見に楽しさを見出す所は子供のようにも思えるが、そんな、どこか子供じみた潤の顔に、ヒュリアスは滅法弱かった。
(やれやれ……ウルのこの顔に勝てなくなってきたな……何故だろうかね)
 アマリリスをよく見てタイミングを合わせて、ヒュリアスの胸元に――そこにあるコサージュに、髪飾りの切っ先を押し込む。
 二か所で同時に舞った花びらに、球体の外で見ている観客が歓声を上げるのが表情で見て取れた。
 花弁の向こうにそんな顔をいくつも見つけたヒュリアスは、くす、と小さく笑みを零してから潤の顔を見る。
 舞い踊る花弁を見つめて、見渡して。感嘆する潤。
 その顔が、何かの同意を求めるようにヒュリアスを振り返るのを見て、彼もまた、笑みを浮かべる。
「あぁ、綺麗だな」
 ヒュリアスが見つめた先の表情は、瞳に煌めいていた物が広がったように、きらきらと眩しく見えた。

 ひろのの水着姿を晒す気はない。
 当然のように、ルシエロはひろのの髪から『ナイフ』を取り、ひろのに握らせる。
 だが、それを見て大きく目を見開いたひろのは、髪飾りを握り締めて、ふるりと首を横に振った。
「ヒロノ?」
 早くしないと曲が終わる。促すように添えられる手に手を重ねて、抑えて。切ない瞳で、ひろのはルシエロを見上げた。
 やだ。
 ゆっくりと、はっきりと。声がなくても伝わるように紡ぐ唇に、ルシエロは一瞬瞠目したが、すぐに、緩く笑みを浮かべた。
「……可愛いヤツだ」
 微笑まれたひろのは、頬を朱に染めて、視線を背ける。
 どきどきする胸元を抑えるように、もう一度、髪飾りを握り締めて。
 やがて曲が終わると同時、周囲に舞う花弁の中に、ふわりと柔らかな泡が踊る。
 その泡が収まるのを待たずに、ルシエロはひろのを抱えるようにして、するりと球体の出入り口へと向かっていった。

●きみの声
「ルシェ」
 球体の外に足を付けた瞬間、ぱ、と見上げたひろのが待ち侘びたように呼びかける。
 するりと、なんの弊害もなく紡がれた声に安堵してから、更衣室へと足早に戻ろうとするルシエロの傍ら、その顔を見上げて問う。
「踊るの、得意なの?」
 確かめるように喉に触れたりしながら小首を傾げるひろのを横目に見て、あぁ、と思い出したように呟くルシエロ。
「言ってなかったか。名ばかりの古く続く貴族の出だ」
 今は家を離れているからあまり関係はない。二十の頃だっただろうか。
「嗜む程度には踊れる」
 なんでもない事のように紡がれる生い立ちを聞いて、ひろのは、胸中に納得が湧くのを感じた。
「そうなんだ」
 だから、彼はこんなにもきらきらと王子様のように見えるのか、と。

 どうして。コサージュを刺すことを選んだアマリリスに、その理由を問うだけのつもりでヴェルナーは尋ねた。
「まあ、イベントですもの」
 花弁の方が見栄えも良いだろうし、人魚姫が王子を刺すと言うのも劇的だ。
 至極単純な事だと言うように告げたアマリリスに、なるほど、と呟いたヴェルナー。
 ちらり、そんな彼を横目に見て、アマリリスは話の延長のように、何気なく呟く。
「実際だったら……どうするのかしら」
 刺すことを選ぶのか。消えることを選ぶのか。
 それはきっと、その時になってみないと判らない答えだ。
 けれどヴェルナーは、一度だけ瞳を瞬かせてから、難しい顔で思案する。
「刺されるのも困りますが、そうでないと人魚は泡になってしまいますし……」
 悩む。たっぷりの時間をかけて。
 そうして思案を繰り返した末、難しい顔のまま、ぽつり、ヴェルナーは呟く。
「どちらにも助かって欲しいです」
 小さな声に、すたすたと更衣室へ向かっていたアマリリスの足が止まる。
「贅沢ね、二択といっているのに」
 振り返る瞳は、ほんの少し、冷たく見える。
 どちらかを選んで、どちらかを切り捨てる。それしか、選べないのだ。
 ……でも。
「そういう考え方は嫌いじゃないわ。わたくしはハッピーエンドの方が好きよ」
 柔らかく微笑んで踵を返したアマリリスの背を追い、ヴェルナーはほっと安堵の息を吐く。
 嫌いではないと、そう言ってくれた事に安心する。
 だが、今後。形は違えど、決断を迫られる時が来るかもしれないと言う現実に、安堵が不安に塗りつぶされる。
(後悔だけはしないよう、生きられれば)
 どちらを選んでもくいの無いように。
 願わくば、どちらも助かるハッピーエンドを、選べるように。



依頼結果:大成功
MVP
名前:篠宮潤
呼び名:ウル
  名前:ヒュリアス
呼び名:ヒューリ

 

名前:月野 輝
呼び名:輝
  名前:アルベルト
呼び名:アル

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: ルシヴィオ  )


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月21日
出発日 07月27日 00:00
予定納品日 08月06日

参加者

会議室

  • [8]ひろの

    2015/07/26-23:43 

  • [7]篠宮潤

    2015/07/25-21:38 

  • [6]篠宮潤

    2015/07/25-21:38 

    ヒュリアス:
    ………………………………
    ………ウルよ…
    (アルベルト氏と天藍氏の『ダンス』の単語に、たっっぷりの間)
    (後、ぎぎぎ…な感じに神人へ視線)

    潤:
    ………;;;;
    (聞こえないフリして、輝さんに照れ笑い浮かべたり、かのんさんに慌てて駆け寄ろうとしたり。
     だってヒューリ、『ダンス』って言ったら、来てくれない気がして……!;)
    (とにもかくにも、誤魔化すように改めて見渡して心の声で、)

  • [5]アマリリス

    2015/07/25-02:12 

  • [4]かのん

    2015/07/25-00:59 

    かのん:(見知った方々なのでほっとしつつ、ぺこりとお辞儀)
    (潤さんと輝さんの所に行きたいなと思いつつ、ドレスの裾自分で踏んでつんのめる)

    天藍:ああ、久し振りだな。よろしく頼む
    ダンスに関しては素人だが、なんとかなるんだろ、たぶん
    俺達もそうだが、外で見てる人達も楽しめると良いよな
    って、かのん足下気を付けろ(隣でバランス崩した神人の体支えつつ)

  • [3]月野 輝

    2015/07/24-23:35 

    輝:(ぺこりと頭下げた後、潤さんへ走り寄り頭なでなで)

    アルベルト:
    おや、顔見知りばかりですね。皆さん、どうぞよろしくお願いします。
    いつもなら輝が挨拶するんですけど…例に漏れず声が出ないようですので。
    泳ぐのはともかく、私はダンスはそれほど得意ではないのですが……
    まあ、適当に流れに身を任せてても何とかなるようですし、皆さんで楽しめれば良いですね(にっこり)

    ところで輝。
    潤さんは、一応君より年上だと思うんだがね(撫でてるのを見て苦笑)

  • [2]篠宮潤

    2015/07/24-23:07 

    潤:(ぱくぱくぱくっ…)(ペコペコペコッ)
    (金魚の如く口を開いたり閉じたりしながら、ご挨拶のお辞儀)

    ヒュリアス:
    神人の篠宮潤と、精霊のヒュリアスだ。顔見知りばかりだろうかね、よろしく頼む。
    元々喋り倒す方ではないうちの神人が、話さなくていい、とここぞとばかりに活き活き泳ぎ回ることに専念し
    皆にぶつからんよう、注意しておこう。
    …どうしてか、俺が泳げんと勘違いされとるようで、ひたすら引っ張られ振り回されそうだが…
    (どうしたものか、と溜め息)

  • [1]ひろの

    2015/07/24-22:09 


PAGE TOP