USUIHON!(錘里 マスター) 【難易度:難しい】

プロローグ

 少女ロゼッタは悩んでいた。
 彼女には趣味があった。割と口に出して言うと大変かもしれない趣味が。
 その趣味は彼女に成功をもたらしたと言っても過言ではない。
 しかし、ロゼッタは悩んでいた。

 ロゼッタは意を決して一つの連絡先に通話を入れた。
 最近とても仲良くなった女性である。
 そしてその女性は同時に、A.R.O.A.の職員でもあった。
 スタイル抜群のモデルじみたイケメン美女の応答を待って、ロゼッタは己の悩みを打ち明けた。
 女性は親身に話を聞いてくれる。どうしたらいいか解決案を提示してくれる。
 だが、案を聞けば聞くほど、何かが違うと思ってしまっていた。
 長く話している内に、ロゼッタは今の自分に足りないものに気が付いた。
「萌えが足りない」
『だったらやっぱり、ウィンクルムの仕事を見学……』
「違うんです、私、最近自分の作品ばっかり書いてて、二次創作してないんです」
『……なるほど』
 それね、と。電話の向こうで弾んだ声が聞こえた。
 そうして、それなら、と。一つの提案を持ち掛けた。
 ロゼッタにとって、それは天啓にも等しかった。

 後日。ロゼッタとイケメン美女職員は、そろってA.R.O.A.の会議室に居た。
 そうして、呼び出しに応じたウィンクルムに、緊張した面持ちで告げたのだ。
「わ、私に、お二人のパロディ小説を書かせてくれませんか!」
 ロゼッタは名目上は同人作家であった。
 ジャンルは創作、そして小説。
 文庫本の厚みには程遠い、いわゆる薄い本を手掛けている。
 彼女の作品には多くのファンがいた。彼女の創作上のウィンクルムが活躍したり恋愛したりする物語のシリーズが特に人気だ。
 その登場人物は基本的に男性だ。
 繰り返そう、基本的に男性だ。
 そしてこちらも繰り返そう。活躍したり恋愛したりする物語だ。
 何が言いたいか判るな?
「あ、あの、私、年齢制限のあるものは書けないですけど……甘々もどろどろも殺伐も、メリバも死にネタも、リバでも大丈夫です!」
 何言ってるかちょっと判らなくても大丈夫。何とかするから。

解説

ロゼッタが薄い本を書きます
製本して大事に保管するので一組辺り400jr寄付してあげてください

プランに書く事
★パターン1
大雑把な内容、テーマ、カップリング、if設定など具体的に盛り込んでみる
★パターン2
全面的にお任せして、読んでみた反応、ロゼッタとの会話などを盛り込んでみる

1と2の間くらいでも大丈夫です
NGだけ記載して後はお任せ、とかでも大丈夫です
内容プランが少ないほど好き勝手やらかしますので予めご了承ください

【R18駄目絶対】でお願いします
R18-Gも含みます。良いですか、【R18駄目絶対】です
アクションプランには特にお気を付け下さい
錘里の過去アドエピ程度の流血描写は可
そう言う関係、な設定は可

他の方の話は基本的に読めない事としますが、
最初からグループ参加の場合などは読んでもいいんじゃないでしょうか
なお、グループ参加でも消費ジェールは変わりませんので予めご了承ください

ゲームマスターより

EXで錘里がやらかします。
大事な事なので何度でも言いますが【R18駄目絶対】でお願いしますね!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  未だ同人誌の詳細な内容は知らず素直に喜ぶ
俺たちをモデルに書いて貰えるなんて、何だか照れるね?
俄然やる気なラセルタさんに譲って、二人にお任せしようかな

ふふ、ラセルタさんも早速読みたいんでしょう?お先にどうぞ
唐突な提案に一瞬面食らうも何だかんだと丸め込まれつつ
ロゼッタさんが問題ないなら、と冊子持ち直し

順調に読み進めるも、雲行きの怪しい台詞に
時折二人へ物言いたげな視線送り

これは小説…フィクションの台詞なのに
俺の気持ちだとか、全てを見透かされているようで

火を噴く顔を咄嗟に冊子で隠し、最後の数行を前に口を噤む
(そんな顔して、本当に、貴方はずるい
伝えきれない想いを込めて、自分の台詞だけは彼の目を見て言おう


信城いつき(レーゲン)
  パロディ?
以前の悪夢の時みたいな、白鳥とか王子みたいな役になって、オーガ倒す話とかかな?


内容:
どーだっ!俺だって子供じゃないんだから!
……あれ、この後ってどうすればいいんだろ?

あ、あれ?何でこうなってるの?
わわわ、ごめんなさい調子に乗りすぎました(じたばた)


読了後:顔真っ赤にしてロゼッタと話す
……そんなに俺(レーゲンの事好きだって)顔に出てるの?
わわっ、な、なに?
(意識しすぎて、ちょっとした仕草にも反応してしまう)




柊崎 直香(ゼク=ファル)
  ★パターン2

ロゼッタ先生の新作にかかわれるならどんなお手伝いでも!
好き放題どうぞ!
掛け算のこだわりもないけど
僕、いいようにされるのはあまり好きじゃないかな
あとゼクを酷い目に遭わせないであげてね!
繊細な子だから過激な内容だとかわいそうかなって

ゼク、薄い本見たことなかったっけ
……ああ、未来を映し出す本とか適当に説明した気がする

そういえばゼクが女性と話してるとこって
ほとんど見たことなかったような。
意外と普通に会話できるんだね。挙動不審になるかと思ったよ
僕と初対面の時はあんなに……なんだい黒歴史だったかい

完成した本は僕が読んでからゼクに渡そう
繊細なゼクの心の平静のために言い訳を考えないといけないからね


月岡 尊(アルフレド=リィン)
  (これは人助け、人助け…)
脚組み腕組み目を瞑り平静を心掛け。
パロディと言うからには俺らの事を伝えればいいのか?

以前は上司と部下みたいな物。
少し前から相棒で……


<以下、脚色>
近頃は随分と距離も近付き。
今はそこに恋心が加わっている。
一度は告白済み。
返答の無かったその日以降、表向き以前と変わらず仕事している。

真面目で頑固、やや融通は利かない、
少々悲観的な現実主義者。
人と距離を置く性質だが、自分のトラウマも平然と受け止めたアルフレドを不意に意識。
が、無回答=断りと思い、以後想いは封じる事に。
傍に居られればそれでいい。
そう思っていたのに――



「作家ってのは凄いもんだな…」
あれだけでこんなに話が広がるとは…



新月・やよい(バルト)
  ●内容はおまかせ


●心情
男の、と聞いてジャンルには心当たり
でも読んだ事はないのでドキドキ
もちろん小説好きとして最後まで読むつもりです
いやとか、偏見とかは僕にはないですが…
いっしょに読むバルトの反応が、実は不安でしたり


●台詞とか
恋物語…!自分がモデルって恥ずかしいですね
しずかに出来てたらしています。でもどうしても…こう…!
てれてるのです!暴れてるんじゃないですってば

いつか僕達もこんな話みたいになったらどうします?
まさか。冗談ですよ。それに君は女性と並んだ方が絵になりますしね
すてきな本、書いて下さりありがとうございます

。。。あ、お礼に僕がロゼッタさんの小説を書くのはどうでしょう

…なんてね、言葉遊び



●あの日の続きを
 月岡 尊とアルフレド=リィンの姿を見たロゼッタが、カッ、と目を見開いた。
 二人はビビった。
(これは人助け、人助け……)
「ミコトさん……オレ、ヤな予感しかしないんスけど……」
 脚を組み腕を組み、伏せた瞳の奥で自己暗示に耽っている尊の袖を引いて、アルフレドは切々と訴える。
 ロゼッタが何を言っているのか、一ミリも理解できない。
 しかしこれは危険な案件だ。それだけはアルフレドの本能が訴えてきている。
 が、来てしまった上に相棒が人助けだから仕方ないよねモードに突入しているので、逃げようがない。
「パロディと言うからには俺らの事を伝えればいいのか?」
「あ、はい! 是非!」
 お互いの事を惚気あってもいいんですよとか聞こえた気がしたけど聞こえないふりをした。
「……言っとくけどオレ、萌えとやらも分かんねえぜ? それでもいいなら……」
 というわけで、セルフプレゼンテーション。
「以前は上司と部下みたいな物。少し前から相棒で……」
 ――もっとも、ロゼッタは二人を『知っている』ため、聞きながらでも妄想はフルスロットル回転中だ。
「小一時間お待ちいただけますでしょうか!」
 隣室に引き籠ったロゼッタの代わりに、イケメン美女がお茶とお菓子を出していく。
 いよいよもって良く分からない状況だったが、お菓子は美味しかった。



 月岡尊は実直な男だった。
 よく言えば真面目、悪く言えば頑固。融通の利かない点を、本人は自覚している節がある。
 やや悲観的な面がある現実主義者で、性格としてはクールの分類に入るだろう。
 人との距離は、起きがちだ。
 だけれど、己の相棒でもあるアルフレドにだけは、違った。
 ウィンクルムとしての責務を果たす中で、少しずつ、惹かれていくのを理解していた。
 これはきっと、恋心と言う奴だろう。意識した切欠は、己のトラウマを彼がすとんと受け止めてくれた事。
 そうして、思い違いの可能性を一つずつ排除して至った結論は、ある任務の終わりに形として紡がれた。
「アル、お前が好きだ」
 二人の関係性が形を変えたのは、ここからだった。
 尊の告白に、アルフレドはぽかんとしていた。
 尊がどれだけ待っても、アルフレドからの返事がない。
 沈黙に耐えられなくなって、尊の方から切り上げた話。
 そう、これはただの好意の主張に過ぎない、と。
 今更、改まって言う事ではない、そんな程度の感情だと。
 そう言っていつもみたいに静かに笑った尊の横顔が、アルフレドにはいつまでも焼き付いていた。

 アルフレド=リィンは単純な男だった。
 楽観的と言えば聞こえはいいが、頭を使うのは比較的苦手な体力担当である。
 考えが顔に出る判り易い性質だが、情にも厚い。
 色恋の話には、少し、鈍かった。
 だから、あの日、尊の告白に、応える事が出来なかった。
 ただ、実感がなかったのだ。好かれている。その意味を、読みあぐねていた。
 けれど尊が『今更』だと言い、それを裏付けるように以前と変わらない態度で接しているのだから、きっと、きっとそれでいいのだろう。
 尊に好意的に思われるのは素直に嬉しいし、相棒として傍に居られる時間は、心地よくすらある。
 嬉しさに、それが失われるのではないかという心配が過り始めた頃、だっただろうか。
 アルフレドは、不穏な夢に悩まされていた。
 己の思考が反映されているかのような夢は、いつだって尊をなくして目が覚める。
 魘されて跳ね起きた事だってある。
 不安が日に日に増していく中で、それは起こったのだ。
「ッ、ミコトさん……!」
 敵対組織による神人の拉致事件。調査をしていた尊もまた、それに巻き込まれた。
 敵の手中で意識失く項垂れている尊の姿に、アルフレドは激昂した。
「その人に、触るな!」
 握り締めた刃を閃かせる。
 衝き、立てる。
 執拗に、何度も。
 返り血なんかで穢れないように、庇うように抱きかかえて。
 荒い呼吸が収まる頃になって、ようやく瞼を震わせ目を開けた尊を見つめて、アルフレドは安堵の笑みを零した。
「良かった……」
「……ひどい、顔をしてるな」
 ぼんやりと見上げて、尊は小さく零す。
 苦笑がちで覇気の乏しい瞳に、アルフレドは唇を噛んでから、少しだけ声を荒げる。
「アンタが……ミコトさんがっ、居なく、なるんじゃないかって……」
「……もっと、まともな神人と組む機会になったかもしれないがな」
 月岡尊は、やや悲観的な所がある。
 それを助長させているのは、あの日の、アルフレドだった。
 実感がないまま、ただ先送りにしていた事を、その瞬間に理解して、悔いた。
「オレは、ミコトさんがいい!」
「断っておいて、か?」
「あれは! ただ、実感がなくて……」
 物理的な距離が引き離されたのを、何とか取り戻して。心が離れていきそうなのを、こんなにも繋ぎ止めたいと思っているのに。
 アルフレドには、それを成しうる言葉が、思いつかなかった。
「……ミコトさん!」
 広げた手のひらを、ずいと突きつける。
 瞳を瞬かせた尊に、焦れたように要求する。
「手。ハイタッチ!」
 任務成功を喜び合う相棒として。少し弱々しい掌が、ぱん、と重ねられた。
「一つ、区切りがついたんで、言おうと思ってる事があるスけど!」
「……まて」
「今更だと思うかも知れないっスけど」
「まて、だから待てって……」
 口を塞ごうと伸ばされた手を取って。真っ直ぐ、見つめて。
「ミコトさん、アンタが好きだ」
 あの日の尊と、同じように。
 はっきりと、告げた。
 硬直してじわじわと赤くなる尊をよそに、アルフレドは、やっと言ったと大きく息を吐いて、から。
「ミコトさんの気持ちは知ってるんで、とりあえずこのままじゃよごれまくるだけなんで……」
 にこりと、わらう。
「帰ったら、ちょっとは覚悟しといてくださいよ?」



 すっぱぁん。
 良い音立てて紙束が閉じられた。出来上がりを印刷して軽く本の形にしたものを、尊に渡していたのだ。
「あ、ミコトさん、読み終わりました?」
「まぁ、大体は……」
 目の前には、にこにこしているロゼッタが居る。
 ぶっちゃけ全部読んでもらわなくても自分とパートナーのいちゃラブ本を読むとか言う羞恥プレイに晒されている尊を見ているだけでとても美味しいとかそんな事を思っている顔だ。
 ちなみに、アルフレドは「活字苦手なんで!」の一点張りで拒否している。
「作家ってのは凄いもんだな……」
 さらっとしたセルフプレゼンテーションでここまで広げられるとは思わなかった、と、どこか重い調子で語る尊。
 なお、ラストで閉じたため読み切れて居ないが、まだまだハグがせーいっぱいだったというオチがあったりする。
(ウィンクルムである以上、あの状況がないとも言い切れないが……)
 ちらり、感想を聞きたいようなやめておいた方が良いようなという顔でそわそわしているアルフレドを盗み見て。
(……当分先であることを願いたいな)
 違う未来が待っている事も、期待したいと思う尊であった。

●君に足るべく
「パロディ?」
 そう聞いて、信城いつきの脳内に過ったのは、いつぞやロゼッタが捕らわれた悪夢の話だった。
 あの時は確か、白鳥の湖のエンディング後を好き勝手に妄想していた気がする。
 それでオーガを倒したんだよなー。なんてことを思い返しながら、のほほんと構えているいつきに、レーゲンは少しだけ真顔になった。
 『あんな感じの』パロディ小説となると、内容は概ねお察しください状態である。
 いつきはあまり気付いていないようだが……それはそれで、どうなるのかがとても気になるレーゲンであった。



 いつきには年上の想い人が居た。その人はとても優しくて頼もしい、兄のような人だ。
 兄のような人、であって、兄ではない。
 だと言うのに、その人はいつまでたっても、兄のような人のまま。
 自分を何かと子ども扱いしてくるのだと、いつきは密かに憤慨していた。
 本当は、もっと触れ合いたい。
 スキンシップじゃなくて、もっと、こいびとどうしが触れ合うような。
 期待をするだけではきっと、駄目なのだろう。まずは自分がいつまでも子供ではない事を、主張しなければならない。
(俺だって……)
 一人の男として、彼が――レーゲンが、好きなのだから。
 夜半、レーゲンの部屋を訪ねたいつきは、ベッドの上に座るレーゲンを、じっと見つめた。
 きょとんとした顔は、けれどどこか思いつめたようないつきを見つけて、少し顰められる。
「いつき? どうか、したの?」
 もう寝ようと思ってたんだけど、話しなら聞けるよ、と。優しく微笑んだレーゲンが、ぽん、と自分の傍らで手のひらを弾ませる。
 隣においでよ。その微笑と誘いは、いつきにとっては心地よく嬉しいものだけれど。
 だけれど、そうじゃないんだ。
 つかつかとレーゲンに歩み寄ったいつきは、歩む勢いのままレーゲンの肩に触れ、掴んで、そのままベッドに押し倒す。
 さらりとした青い髪が、シーツの上で広がる。
 自分の影が落ちたレーゲンの表情が、ポカンと驚いた様子になっているのを見て、いつきはふふん、と笑った。
「どーだっ! 俺だって子供じゃないんだから!」
 これで少しは自分の事を意識してくれるようになるだろう、と、笑顔を浮かべたいつきだが、ふと、真顔になった。
(……あれ、この後ってどうすればいいんだろ?)
 映画や漫画などでたまに見るラブシーンというやつを目標にしたつもりであったが、いつきはそこまで恋愛要素の強い作品に強くない。
 フィーリングでここまで来てみたが、この先、なんて、考えてもいなかった。
 そして、そんないつきの思考回路を、レーゲンはそれとなく把握していた。
(あんまり、深く考えないで行動に出ちゃったんだろうな……)
 ふふ、と。零れそうな笑みを、口元をそっと押さえて隠して、ちらり、難しい顔をし始めたいつきを盗み見る。
(微笑ましいなって言ったら、怒るよね)
 子供じゃないんだ、と。主張してきたこの愛らしい青年に。
 それならば、と。悪戯を嗾けても、許されるのではなかろうか。
「いつき」
 ふわ、と。手のひらでいつきの頬に触れ、視線を呼ぶ。
 目が合った瞬間、にこりと微笑んで、突っ張った状態の片肘を、かくん、と折る。
「うわっ!?」
 バランスを崩してレーゲンの上に雪崩れたはずのいつきは、しかしくるりと視界が反転するのに、気が付いた。
「……あれ?」
 さらり、レーゲンの青い髪が、肩から零れて、頬に触れてくる。
 指の感覚とは違う、くすぐったい心地。そろりと見上げたレーゲンは、とても穏やかに微笑んでいた。
「こういうこと、したかったの?」
 兄のような人の微笑は、言葉は、仕草は、いつだってとても穏やかで優しい。
 だけれど今は、何だか違う人に見えた。
 兄のようではない、ただの、男の人に。
(あ、あれ? 何でこうなってるの?)
 急に心臓が脈打って、頬が熱くなってくる。
「わわわ、ごめんなさい調子に乗りすぎました」
 じたばたしても、レーゲンは放してくれない。ただにこにこと微笑んで見つめてくるだけ。
 こういうこと、って、どういうことだろう。そんな事を思っているのに、聞くのが怖かった。
 肩は特別強く押さえつけられているわけではないのに、縫い止められたように動けなくて。レーゲンの服の袖に、きゅ、と縋るような指を絡ませる。
 緊張と、期待と、動揺と。色んな物が混ざり合ったいつきは、くるくると表情を変えて、目まで回してしまいそうな勢いだった。
 それが、可愛らしくて楽しくて。
(つい、調子に乗ってしまいそう)
 くす、と。笑みを零して、赤くなった頬に指の背を這わせる。
 びくっ、と大げさに震えたいつきが、ぎゅぅ、と固く瞳を伏せて、ほんの少し震えるから。
 レーゲンは、苦笑して、同じ指でさらりと前髪を梳いた。
「いつき」
 優しい声が、耳元で聞こえて。けれど唇が掠められたような感覚はすぐに離れて、代わりに前髪を避けた額に、柔らかく触れる熱。
「驚かせてごめんね。ちょっとお返ししただけ」
 くすくすと笑って小首を傾げたレーゲンは、いつもの、兄のような人の顔だった。
 ほっとしたように、全身の力を抜いて。いつきは、口付けられた額を、前髪を整えるふりをして触れた。
 あんな顔をする人だなんて、知らなかった。
 だけれど、それは、嫌な顔じゃなくて。
(次、は……)
 きっと、あの顔のレーゲンに、認めてもらうんだ。



 部屋は特別暑いわけでもなかったが、いつきの顔は真っ赤だった。
「……そんなに俺、顔に出てるの?」
 レーゲンの事が、好きだと。
 にこにことしているロゼッタは、頷くでもなく首を振るでもなく、意味ありげに微笑んでいるばかりだったけれど。
「このいつきは、ずいぶん積極的だよね」
 実際はなかなかそうはいかないけど。とは、飲み込んで。
 レーゲンは、そわそわと落ち着きのないいつきを微笑ましげに見つめて、ふと、その髪にゴミが引っ掛かっているのを見つけ、手を伸ばした。
「わわっ、な、なに?」
 大げさにびくついたいつきに、レーゲンは手元のゴミを見せながら苦笑する。
「落ち着いて、いつき。ちょっと髪の毛のゴミとっただけだよ」
「そ、そっか、ありがと」
 あんなのを見た後だから、だろう。ちょっとした仕草にさえ、反応してしまう。
 落ち着いて。レーゲンの言葉を反芻して、すーはー深呼吸を繰り返すいつきを横目に、レーゲンは取り上げたゴミを手元で遊ばせながら、また、苦笑した。
(本音は、もっといっぱい触れたいけどね……)
 本のように、それこそ、こいびとどうしらしいことを。
 だが、今はこれで良い。いつきが隣で笑ってくれるのが、ただ幸せだった。
 このままずっと、一緒に居られるなら。今は、短絡的な期待なんていらないのだ。

●君に言えないことがある
 ロゼッタのざっくりとした活動履歴を聞いて、新月・やよいは気が付いてしまった。
 いわゆるこれは、べーこんでれたすなあれでそれだと。
 ジャンルに心当たりはあったが、読んだことの無い代物。どきどきしてしまうのは、怖いもの見たさの心地か。
「もちろん小説好きとして最後まで読むつもりです。いやとか、偏見とかは僕にはないですが……」
 ちら、と、パートナーのバルトを盗み見る。彼の反応は、内容以上に怖いものがある。
「その、どういうジャンル、なんだ? 小説なら俺も読みたいんだが……」
 びーえる、と言われてもいまいちピンと来ないバルト。ロゼッタとやよいは理解しているようで、会話を聞いても疎外感がある。
「読めば、判ると思いますよ」
「そう言う物、か……」
 というわけで、早速出来上がったものを二人で読んでみることにしたのであった。



 君を見つめる瞳に、少しの熱が加わったのはいつからだっただろう。
 にゃあ、と段ボールの中で可愛らしく鳴く三毛猫と向かい合いながら、はぁ、とやよいは溜息をついた。
 言ってしまえば楽な事なのだろう、これは。だが、そうもいかない事なのだ。これは。
 えい。と、三毛猫がやよいの揺らしている猫じゃらしに前足を出してくる。捕まえようとして、失敗する。
 なんだか、そのさまに自分が少しだけ重なった。
「いつか、捕まえられればいいんですけど」
 こんな風に、夢中で手を伸ばして、視線の先にいるばかりのあの人を、捕まえられたなら。
(とか言って、手を伸ばす事も、していないのだけど)
 がんばっては、いるつもりだ。きちんと自分を認識して貰う所から始めて、少しずつ良好な関係を築いてきている。
 あっさりとした、ライトな関係性。要するに、ただの友人だ。溜息も零れよう。
 るーるるるー、なんて、黄昏た心地に浸っていたやよいの背に、足音が向けられた。
 こつり、響く歩調は、独特ではないのに、とても覚えのある音。
「のこりものでも、持って来てくれました?」
「まだ固形のものを食べるには早いだろう」
「まぁ……確かにミルクくらいが丁度良いみたいですけど……」
 届きそうで届かない位置で揺れている猫じゃらしに背伸びして前足を伸ばす三毛猫は、ほんの小さな子猫。
 かわいらしく、くりっとした瞳に見つめられて和んでいるけれど、少し前からここにいる、捨て猫だった。
「なんでうちはペット禁止なんでしょうね……」
 くるくると猫じゃらしを回しながら残念そうに呟くやよい。きっとこれで、物悲しげな雰囲気は子猫への憐憫として受け取られただろう。
 てい、てい、と猫じゃらしと格闘している子猫を見つめ、やよいはようやく背後を――バルトを振り返る。
「もう少し遊んだら、本格的に里親探しに行きたいんですけど、いいですか?」
「いいですかって……元々一人で行く気だったわけでもないだろ」
 いきなりの頼み事にも嫌な顔をしないで付き合ってくれる彼は、優しい人だ。
「ただでとは言いませんよ。夕飯にバルトさんの好きな物おごりますから」
 だから、いつだってやよいはそれに甘えている。
 のらりくらりと自分の気持ちを誤魔化して、ただあるがままの日常に満足している振りをしている。
 小さな棘が心を刺して、ねぇいつになったら、なんて囁いてくるけれど。
 さぁいつだろうねと、自嘲する。
 なんでもいいんだ。傍に居られるのなら。
(恋しいんだ。君が)
 心の内側だけでの告白は、にゃぁと鳴く声に掻き消されるまでもなく、ただ静かに埋もれていく。



「こ、ここまでが限界でした……」
 なにが?
 首を傾げつつも、ページをめくればさらに恋愛要素が満載の物語展開が繰り広げられていた。
 二人で一緒の冊子を持ちながら読み進めていたやよいだが、あんまりにも甘い展開が繰り広げられていて、じたばたとしだした。
「恋物語……! 自分がモデルって恥ずかしいですね」
「おい、新月動くなって」
 やよいが身悶えする度に、バルトは困ったように眉を寄せる。ちっとも集中できないではないかと。
 だが、主に自分モデルの登場人物が切ない片恋に心揺れているのを見ると、恥ずかしいのは仕様がない話だ。
「しずかに出来てたらしています。でもどうしても……こう……!」
 俄かに距離が近づく段階に入って、やよいは居た堪れない心地に思わず紙面を手のひらで隠す。ひゃああとか聞こえてきた。
「わかったから暴れるな。そして隠すな。俺にも読ませろ」
「てれてるのです! 暴れてるんじゃないですってば」
 耳まで真っ赤になっているやよいの横顔を見て、バルトは仕様がないなと小さく吐息をつく。
 持つのは自分が請け負って、やよいは隣から覗き見ては悶絶するばかりになった。
 そしてとうとう告白するのか、というシーンに至って、バルトははた、と気が付いた。
「……男、同士?」
 真顔になっていた。てっきり、やよいを女性化したパロディだと思っていたのに。
 え、今更? という顔をしたやよいをちらりと見たバルトは、動揺した顔で。
 やよいは、急に冷静になって、小さく、笑った。
 ぱらり、手の止まったバルトの代わりに、言葉なく続きをめくる。
 めくる。
 めくる。
 そのまま、ラストまで読み終えてから、ひょいと本を取り上げ、ロゼッタに返却するやよい。
 そうして、にこにこと柔らかな笑顔で、バルトを振り返った。
「いつか僕達もこんな話みたいになったらどうします?」
 友人付き合いから、恋に発展するようなことが、あったなら。
「いや、無いだろ」
 軽い調子の問いかけに、バルトは眉をひそめて即答した。
 小説が現実になんて、あるわけがない。半分は、そんな意味で。
 貴方が女なら、期待を覚えたかもしれないという意味が、もう半分で。
「それとも新月は……男が好きなのか?」
 訝るような目をしてしまったのは、笑うやよいの心内が読み取れなかったから。
「まさか。冗談ですよ。それに君は女性と並んだ方が絵になりますしね」
 くす、と笑って。今度は再びロゼッタに向き直った。
「すてきな本、書いて下さりありがとうございます」
 微笑んだやよいに、ロゼッタはご協力ありがとうございましたとぺこり、礼をした。
「……あ、お礼に僕がロゼッタさんの小説を書くのはどうでしょう」
「どうせなら次の新刊にゲストとして寄稿して頂きたいです」
 腐女子ゆるぎない。
 ささやかな会話に、また少しの疎外感を感じながら、バルトはふと、いつもと違う、どこか違和感を禁じ得ないやよいの笑顔を思い起こして。
 その、口にした言葉を、思い返した。
 ――恋しています。
 気付いた、それは。他愛ない言葉遊びのようなものだった。
(……誰、に?)
 だけれど、やよいが誰かに恋をしていると言う事にも、気が付いてしまった。
(誰が、好きなんだ?)
 人当たりの良い顔でロゼッタと話すやよいの顔が、先程の物語に重なった。
 誰かへ、言えないような思いを抱えているのだろうか。
 その事が、気になって落ち着かない。
(――何故だろう)
 寂しいと、思うのは。

●未だ、告げるには
「俺たちをモデルに書いて貰えるなんて、何だか照れるね?」
 羽瀬川 千代はいまだに知らなかった。二度ばかりロゼッタの悪夢(彼女にとってはある意味幸せな夢)に巻き込まれながらも、まだ、気付いていなかった。ロゼッタの書く話の内容を。
 とても純粋な気持ちで、ロゼッタと打ち合わせに勤しむラセルタ=ブラドッツを、やる気だなぁ、なんて顔で見つめていた。
 そんな千代の認識度は勿論承知の上で来ているのがラセルタという男である。
 好き勝手書いてくれて構わないと力強く頷いた上で、一つ、提案をしたのだ。
「甘ったるく身もだえるような台詞と展開を希望する」
 理由を添えれば、ロゼッタの瞳が輝いて、やはり力強く頷かれた。
 そうして小一時間、お茶とお菓子と談笑で時間を潰した二人の前に、ささっと差し出された薄い冊子を、千代は嬉しそうな笑顔で受け取る。
 ちゃんとした本になってる、と感心したようにぱらぱらとめくってみた千代は、中身には目を通さないまま、ラセルタに差し出した。
「ふふ、ラセルタさんも早速読みたいんでしょう? お先にどうぞ」
「千代が読んでくれ」
「うん?」
 千代、が。
 先に、という意味でもないようなニュアンスに、意味を図りあぐねて首を傾げる千代。
 対しラセルタは、こくりと頷いて、千代に朗読を促した。
「俺様と千代がモデルだろう? 視点は千代にして貰った。千代の声で聴きたい」
 極めたフェイクスキルは千代相手でもぬかりない。何もこんなところで発揮しなくても良いとは思うが、使える物は須らく使うのがラセルタである。
 強い要望にもっともらしい理由を添えられては、千代とて断る理由も無くて。
「ロゼッタさんが問題ないなら……」
「あ、ぜひお願いします」
 あっさりと促されて、千代はそれなら、と冊子を持ち直し、本を開いた。
 題材は、貴族に仕える青年のお話――。



 朝ですよ、起きて下さい。二人の一日は千代の台詞から始まる。
 人里離れた山の中、だだっ広いばかりで人の気配の薄い屋敷にて。
 もぞりと蠢く布団の傍を横切り、カーテンを開けば、チチチと軽やかに歌う小鳥の声と共に差し込む日差し。
「坊っちゃん、起きて下さい」
 日差しを遮るように布団を被り直したのを見つけて、千代はつかつかと歩み寄ると、小首を傾げて声をかける。
「……その呼び方はやめろと言ったはずだが」
「坊っちゃんがきちんと起きて下さるのなら」
 しれっとした顔で言う千代に、観念したのか。屋敷の主であるラセルタはぼんやりとした頭を軽く揺すりながら起き上り、ゆるりとした調子で身支度を整える。
 ラセルタには、特にやることがあるわけではない。ただ、屋敷に膨大に所蔵されている書籍を、隅から隅まで読み漁る事が日課である。
 対する千代は、一人きりの使用人として、料理や洗濯、大きな屋敷の清掃に明け暮れる毎日だ。
 二人の出会いはとてもささやかなものだった。一人きりで過ごしていたラセルタの下、旅人の風体をした千代が訪ねて来たのだ。
 その日は強い雨風が吹き荒れており、どうか一晩ご容赦願えないだろうかとの嘆願に、ラセルタが承知した。
 その一晩の間に、ラセルタは久方ぶりの人の気配に寂しさを思い出し、千代は行く当てのない事を打ち明けた。
 ここで暮らせばいい。それならば貴方に仕えます。
 それから、長く。一人と一人は、二人で過ごしてきた。
 コン、ココン。日が中天に高く昇る頃、書庫の扉が小突かれる。
「ラセルタさん、お昼ご飯の支度が出来たよ」
 本の世界に浸っていたラセルタは、千代の扉越しのそんな声に、現実に連れ戻される。
「判った、すぐに行く」
 朝起きてから朝食を済ませるまで。昼食の時間。夕食から眠るまでの時間。
 ラセルタと千代が接触するのはこの時間だけ。後は、一人と一人の時間。
 千代はそれを何ら不思議に思わず、ただ世話になる身としてラセルタの好きなようにさせていた。
 ――ある、冬の日までは。
 その日は大雪で、屋敷中が冴え冴えと冷えていた。
 暖炉に薪を足しながら、千代は時計を振り返る。そろそろ夕食の時間だ。
 足早に書庫へ向かう千代の足音が、こつこつ、嫌に大きく響く。
 何だか胸騒ぎを掻き立てる音。書庫の前で、千代はいつも通りに扉を小突く。
 返事が、無い。
 もう一度小突く。やはり返事がない。
 千代は少し躊躇った後に、そっと書庫の扉を開いた。ラセルタに言われたわけではない。けれど何となく、千代はその場所に立ち入るのを控えていた。
 暗がりにぽつりと灯るランタンの灯り。薄らと見える夥しい蔵書の数。くるりと一度だけ見渡してから、千代は真っ直ぐ、奥へと歩み入る。
 さっきまで響いていた足音が、何かに吸い込まれたように消えていて。無音の中に、千代の息を呑む音が、唐突に響いた。
 どこかで薄らと感じていた気がする。
 ランタンの灯りの下で、美貌の悪魔が、瞳を伏せて眠っているのを、見つけてしまった。



(わ……普通の人じゃなかったんだ……)
 どきどきしながら、千代は続きを読み進めていく。
 人ならざるラセルタとの邂逅。しかし物語の千代は、それに動じることは無かった。
 物語のラセルタが、まるで千代に害そうとするかのように振る舞っても、千代は穏やかに微笑んでいた。
 それどころか、むしろ――。
「『俺はラセルタさんの傍に居』……そ、『傍に居たいだけだよ』……」
 あからさまな程の好意。薄暗がりの中で、半身悪魔と化したラセルタに覆い被されながらそんな事を言う『千代』に、思わず噛んでしまった。
 あ、そう言えば恋愛したりするって言ってた気がする、と思い出したが、まさか自分たちモデルでそんな展開になるとは思っていなかった。
 ちら、と、冊子越しに二人へ物言いたげな視線を送るが、ロゼッタはにこやかにしているし、ラセルタは真剣な顔で頷き、続きを促してくる。
 『ラセルタ』が語る。あの日『千代』を見初めた事を。
 真っ直ぐに紡がれる好意の言葉は、現実のラセルタそのものに思えて、千代はどうしても脳内で彼の声を過らせてしまう。
「『俺だってずっと』……あな、『貴方に焦がれてい』……た、よっ」
 その美しい瞳に見据えられて、何度心を跳ねさせたことか。
 一日の中で傍にいられる時間が、どれほど心地いいことか。
「『こうして触れ合ったのは、初めてだけど……だからこそ、ラセルタさんの体温が』……」
 いとしい。
 その言葉に、かぁ、と頬が急速に染まる。
「い、『愛しい』……」
 これは小説で、作り話で、フィクションの台詞だ。
 それなのに、千代の気持ちをまるで見透かしたように、伝えたいと思っている言葉が羅列される。
 秘めると決めたはずの想いが、じわりと、胸の奥で疼く。
 甘美な色を増す物語も、いよいよ最後のページ。意を決して捲った所で、千代は硬直した。
 ――あいしてる。
 目に飛び込んだ台詞に、千代は火を噴く顔を咄嗟に冊子で隠して、黙り込んでしまった。
 それを、見て。甘い言葉を恥じらいながらも紡ぐ千代の声に満足気に浸っていたラセルタは、そっと手を伸ばし、冊子に触れる。
 頑なではない手から冊子を抜き取り、机の上に広げて。ちらと内容に目を通してから、囁きかけた。
「『千代』」
 促すような声は、台詞だけれど。脳内で再生されていたのと同じトーン。
 真摯な眼差しは、物語の中だって、現実だって、変わらない。
(そんな顔して、本当に、貴方はずるい)
 強烈な視線ながら、強いるわけではなく、どこか甘くねだるようなその顔に、千代は封じた想いの蓋を、ほんの少しだけ開いた。
「愛してるよ、ラセルタさん」
 伝えきれない想いを、声に言葉に籠めて。最後の台詞は、ラセルタの目を見て告げた。
 ほんの少しの余韻を残して、ふわり、ラセルタが微笑んで千代の頭を撫でた。
「やはり千代に読んで貰って正解だった」
 頬を染めたまま、気恥ずかしげに俯く千代から、ロゼッタへと振り返り、ラセルタは物語の感想を告げる。
 紡がれる甘い言葉と恥じらう姿が見れて、ラセルタはとても満足だった。
 ――本当に?
(本当に、満足だろうか?)
 千代の本当の想いは、知らぬと言うのに。
 『千代』を求める『ラセルタ』は、やはり、どこまでもフィクションの物語で。
 では、現実は?
 少しの引っ掛かりが、ちくり、ラセルタの胸を刺したような、そんな気がした。

●君と在る日常
 柊崎 直香の瞳は輝いていた。少なくとも、ゼク=ファルには活き活きしているように見えていた。
 そしてゼクはそんな直香の目を見て早々に『パロディ小説』やら『薄い本』やらよく判らない単語の追及を避ける事を選んだ。
「ロゼッタ先生の新作にかかわれるならどんなお手伝いでも!」
「いいんですか!」
「好き放題どうぞ!」
 直香より活き活きとした目をしているロゼッタが何か獣じみて見えるんだと言えば、きっとゼク以外からも同意の声が上がるだろう。
「掛け算のこだわりもないけど、僕、いいようにされるのはあまり好きじゃないかな」
「はい、了解しました!」
「あとゼクを酷い目に遭わせないであげてね! 繊細な子だから過激な内容だとかわいそうかなって」
 繊細って言った瞬間にロゼッタが「えっ」って顔をした気がしたがきっと気のせいだ。
 そしてゼクをちらっと見てから、「繊細かぁ」って何か妄想的な物が迸った若干えげつない顔をした気がするのも気のせいだ。
 何を言っているのか良く分かっていないゼクは、既に悟りの境地だ。
 凝った装丁のため値が張るんだろう。なるほど。
 繊細とはまた新手の言い回しで皮肉が来たな。まぁいい。
「それより俺を酷い目に遭わせていないと思ってるのか」
 ツッコミが追い付かない以上はピンポイントに絞るしかない。え、そこ? というような直香の顔が振り返ってきた。
「ゼク、薄い本見たことなかったっけ? ……ああ、未来を映し出す本とか適当に説明した気がする」
「何だって?」
「何でもない」
 コントじみたやり取りを経て、こほん、と咳払い一つで気を取り直したゼクは、にこにこと楽しげなロゼッタを改めて見やった。
「失礼した。俺達をモデルに小説を書くという認識でよいだろうか」
「え、はい、大体そんな感じです」
「こいつ自身にはいろいろ注文はあるが、俺からも特に希望はない。創作活動の役に立つのならどう実験してくれても構わない」
 直香を示しながら告げた台詞に、ロゼッタはこくこくと頷いてから、びっと敬礼一つ残して隣室に引き籠る。
 出されたお茶をすすりながら、直香は少しだけ意外そうな顔でゼクを見やる。
 そう言えば、ゼクが女性と話してるところなんて、直香の記憶には殆どない事を、思い出す。
「意外と普通に会話できるんだね。挙動不審になるかと思ったよ」
「会話ぐらいできる」
「僕と初対面の時はあんなに……」
「お前との顔合わせの時のことは忘れろ」
「なんだい、黒歴史だったかい」
「……外見に騙されたんだ」
 遮るような言葉に続いた唸るような台詞に、直香は少しだけ満足気な顔をして笑う。
 さぁ、こんな僕達の物語を、彼女はどんな風に綴ると言うのだろう。



 程よくお菓子とお茶が尽きた頃に、勢いよく飛び出してきたロゼッタに差し出された冊子を、直香は笑顔で受け取ると、手のひらでゼクを制する。
「とりあえず僕が先に読むよ」
 ぱらりと開いた冊子には、文字列が並んでいる。以前、彼女から受け取った冊子は真っ白だった。
 直香からゼクへと手渡したそれの内容は、聞いていた通り渡した方の直香が左で渡された方のゼクが右の、思ったよりもコメディタッチの内容だった。
 だけれど、今は。あの時よりも、距離が近づいたような遠のいたような。
 自分でも良く分からないままの関係性は、一体、どんな風に――。

 それは突然の事だった。
 歩く視界に不意に影が差した違和感に顔を上げたゼク目掛けて、人が、降ってきたのだ。
「ッ――!?」
 驚愕に硬直したからだが、咄嗟に取った行動は、それを受け止める事。
 とはいえ降ってきた人間一人を易々と受け止めるのは容易な事ではなく、半ば敷かれるようにして何とか、と言った形だった。
「大丈夫、か……?」
 怪我の有無を確かめるような問いに、顔を上げて見つめてきたのは大きな金色の瞳。
 それが一瞬、感情的な物を一切削ぎ落したような昏い色をして見えた、けれど。
「わぁ、お兄さんは命の恩人だ!」
 両手を広げて歓喜するさまに、違和感じみた一瞬の感覚はすぐに掻き消えていた。
「ありがとうお兄さん、僕は直香って言うんだ。お兄さんは?」
「ゼク、だ……」
「ゼクお兄さん! 本当にありがとう、お陰で僕は助かった! 今後ともどうぞヨロシク」
 ぱっ、とゼクの上から退いて、たたっと駆け出して行ったのは、ほんの小さな、少年だった。
 強烈過ぎる出会いに嵐のような別れ。何だったんだと瞳をぱちくりさせたゼクは、身を起こして体の埃を払ってから、ふと思い起こす。
(そう言えば怪我は……なさそう、か)
 無事なら何よりだと、口元だけで呟いて、そのまま日常に戻ったつもりだった。
 しかしそれは、それこそが非日常の始まりだった。
 ――今後ともどうぞヨロシク。
 去り際に残した台詞の意味を示すように、いつもと同じ道を歩くゼクの前に、直香は再び現れたのだ。
 初めに見つけたのは、無邪気に遊ぶ子供というよりは、気ままに歩む猫のように、住宅街の塀の上をふらふらと歩いている姿。
 その次には、細いガードレールの上でぷるぷると爪先立ちをしている姿。
 遊び盛りの子供が少しのスリルを求めるような、見ている方はじわじわと不安を煽られるような、そんな姿ばかり。
 そこへゼクが声をかければ、直香は微笑んでひょいと身軽に道路に降りては、何処か満足気に駆けていく。
(一度、注意した方が良いか……)
 構って貰うのを楽しんでいるようにも見えるだけに、どう言ったものかと頭を悩ませるが、危ない事は程々にしろと、きちんと言わねばなるまい。
 次に逢った時には、ビシッと。心に決めて、視線が無意識に直香を探す日々を数日経た、ある日。
 遊び場を変えたのだろうかと少しの諦めを過らせ、肩を竦めたゼクが、ふと、空を仰ぐように視線を上げた、その時だった。
 三階建てほどのアパートの屋上。フェンスの上を、ふらりと歩く直香の姿を見つけたのは。
 目を剥いたゼクを、直香が一度振り返った。
 そうして、笑った。
 ――気がした、刹那。直香の体が、宙に投げ出される。
 持っていた物を全て放り出して駆けたゼクが、自身を覆うような影を、両手を広げて仰ぎ見たところへ、どさり。
 突然の邂逅と同様に、半ば敷くようにして、直香が降ってきた。
「……ゼクお兄さん、大丈夫?」
 口元に笑みを湛えた金色が訪ねてくるのを、じとり、睨むように見据えて、ゼクは体を起こすと、衝撃に眩んだ頭を緩く振った。
 見上げてくる金色を見つめて、零すのは、溜息。
「危ない事は、程々にしろ」
 ぽふん。整えるように、髪を撫でて。
「いつも、俺が居るとは限らないだろう」
 そう、言った。
 大きく、大きく、直香の瞳が見開かれて、それから、破顔した。
「それもそうだね」



 凄い振り回しようだ。
 だけれど、この『直香』が『ゼク』へ寄せている信頼は、あまりにも絶大だ。
 強烈な出会いのせいだろう。そうだ、きっとそうに違いない。
「ロゼッタ先生的に、僕とゼクって何なんだろうね?」
「言ってもいいんですか?」
 ちらとゼクを見たロゼッタの視線を追うように、直香もちらりとゼクを見て。
 はい。と冊子を手渡して読ませている内に、こそこそと席を離れた。
 訝るでもなく見送って、ゼクは冊子を開く。インパクトの強い出会いと再会、それから続くのは、好意を寄せる『直香』を受け入れていく『ゼク』の、ごく平凡な日常生活だった。
 ゼク自身は、直香からのまともな好意らしいものを把握した覚えは少ないが、他人の目には、そう見えていると言う事だろうか。
(これじゃ、まるで……)
「依存してるみたい」
 肩を竦めた直香に、ロゼッタは少し首を傾げた。
「どちらかというと、『当たり前』を体現している感じでイメージしてますよ」
 複雑な駆け引きじみたものはあるのだろうけれど。二人が二人であることと、二人で在ることを、当たり前として紡いでいる。
 そんな、印象。
 ふーん、と。曖昧な返事を返して、直香はからりと笑った。
「もっといかにもBLな感じのが来るかと思って身構えてたや!」
「可能性は無限大ですから機会があれば是非!」
 部屋の隅できゃいきゃいはしゃいでいる様子の二人を、ちらりと見て。
 ゼクは、ただ静かに冊子を閉じるのであった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:新月・やよい
呼び名:新月
  名前:バルト
呼び名:バルト

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 芋園缶  )


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 難しい
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月29日
出発日 07月05日 00:00
予定納品日 07月15日

参加者

会議室


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