【祝福】雨降亭へようこそ(櫻 茅子 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●不思議なお店
 タブロス北方にあるイベリン王家直轄領。豊かな自然に囲まれたその場所は、連日人々の明るい声で包まれていた。
 それも当たり前だろう。ハルモニアホールの完成、『ウェディング・ラブ・ハーモニー』の開催、神の祝福を受けた音楽や花々。ふらりと来ても楽しめて、ツアーやイベントもたくさん企画されているのだ、盛り上がらないわけがない。
 さて。
 しかし、どこもにぎやかかと聞かれるとそうではなかった。
 イベリン王家直轄領の片隅にぽつんと建つ、『雨降亭(あめふりてい)』がいい例だ。
 澄み渡った青空の下、あちこちから客引きの声が響く時間になっても入口は固く閉ざされている。時折訪れる観光客も、外観を見ると不思議そうに首をかしげて、去っていってしまう。人が集まらない雨降亭のまわりは、とても静かだ。
 ほんの少し離れたところでは、人々の笑い声であふれているのに。ここだけ時間の流れが違うかのようだ。
 だが、それは仕方がないことだった。
 雨降亭は、少し特殊な店だから。


●紫陽花に囲まれて
 雨降亭は、紫陽花に囲まれた小さな店だ。
 レンガの落ち着いた赤と窓枠に使われた緑の組み合わせが可愛らしいその店は、人通りの少ない道に面して建っている。
 だが、人が集まらない理由はそれだけではない。

 開店日が『雨が降る日』に限定されている。
 奇妙な飾り付けがされている。

 この二つが、大きな理由だった。特に後者は、雨降亭を知らない人間には妙に映るものなのだ。
 というのも、風鈴や金属の棒、コップ、ガラス玉……さまざまなものが、店のあらゆるところに下げられたり、置かれたりしているのである。
 パッと見ただけだと、ゴミ屋敷のように見えるかもしれない。だが、よく見れば色、柄、形をよく考えて配置されていることがわかる。
 奇妙な飾り付けが施された、小さな店。
 だが、雨が降る日――雨降亭の真価が発揮される日に来店すれば、その奇妙さも気にならなくなるだろう。


●雨降亭へようこそ
 からん。ちりん。コロン……。
 灰色の雲に覆われた空からしとしとと降る雨粒にあわせて、雨降亭から涼しげな音楽が聞こえてくる。
 子守唄のようにも聞こえるその音楽は、空から落ちた雨粒が雨降亭の飾りを伝い、奏でているものだ。

 ――雨降亭の名前の由来。そして雨の日にしか開かない理由は、ここにあった。

 雨が奏でる音楽を楽しみながら、ゆっくりとした時間を過ごす場所。
 雨降亭は、そんな想いから造られた店だ。
 一日として同じ演奏を聴くことができない、穏やかな時間が流れるちょっと特別な店。


 自然が奏でる、その日だけの特別な音楽は、無意識のうちに作っている心の膜をそっと洗い流してくれるだろう。いつもなら言えないような、素直な気持ちを言えるようになるかもしれない。
 店内に彩りを添えるのは、バラの花。だが、時間によって飾られる花は変わるらしい。神の祝福をうけた花々の香りは、気持ちを伝える後押しをしてくれるだろう。
 扉を開けると、パイの焼けるいい香りが鼻孔をくすぐる。
 出迎えるのは、初老の女性。上品に微笑み、静かな声音でこう告げる。
「いらっしゃいませ。ようこそ、雨降亭へ」

解説

●目的
『雨降亭』で食事をする。


●雨降亭(あめふりてい)について
雨の日だけ開店する、小さなお店です。
店長である女性の手作りパイと特製ハーブティーが楽しめます。

雨が降ると看板を出し、少数ながらお店の周辺にポスターが貼られます。
お店に入ると、祝福を受けた紫陽花が雨にあたって淡く輝く様子を、窓から見ることができます。
外に飾られたガラスや風鈴が雨粒の力を借りて音楽を奏でており、その音楽は普段なかなか伝えられない『素直な気持ち』を伝えたくするようです。
※効果には個人差があり、場合によっては伝えられないこともあります。


●雨降亭のメニュー&店内の花について
パイと店内に飾られる花は、来店する時間によって変わります。

・10:00~13:00(朝)
 シロツメクサが飾られた店内で、アップルパイを食べることができます。
 雨降亭に飾られたシロツメクサを見ていると、約束をしたくなるようです。
 誘いたいけど誘えない、そんなもどかしい想いを抱えている人。
「ずっと一緒にいてほしい」と未来の約束をしたいけれどなかなか勇気が出ない人。
 そんな人たちにおすすめの時間です。

・13:00~16:00(昼)
 ゼラニウムが飾られた店内でパンプキンパイを食べることができます。
 ゼラニウムを見ていると、パートナーの尊敬しているところ、信頼しているところを伝えたくなるようです。
 素直になれない、感謝をなかなか伝えられない、そんな人におすすめの時間です。

・16:00~19:00(夕)
 バラが飾られた店内で、ストロベリーパイを食べることができます。
 香りも口も甘く染まるこの時間は、愛の言葉を伝えたくなるようです。
 愛を伝えたい、深めたい人におすすめの時間です。


●消費ジェールについて
食事代として『400ジェール』いただきます。


●余談
店長は基本お店の奥に控えているので、二人の会話が聞かれることはありません。

ゲームマスターより

閲覧ありがとうございます、櫻茅子です。
初めて男性側ハピネスにお邪魔します。

雨の日だけ開店する『雨降亭』で、神人と精霊、二人の時間を過ごしてみませんか? というお誘いです。
雨が奏でる音楽と、お店に飾られた花たちが、誰かの気持ちを伝えるお手伝いをしてくれればよいのですが……。
では、よろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)

  夕方に行こう。
ストロベリーパイがウマいよな。
いや、パイの事ばかり考えて訳じゃなくて。
「ラキアと一緒に居ると幸せを感じるなぁ、って」
と、思っていただけのつもりが何だか声に出てた!?

信頼とか未来の約束とかは結構言ってるつもりだ。
でも愛情を巧く伝えられているかは判らないからさー。
一緒に居るだけでほっこりと幸せなんだけれど。
言葉にしないと伝わらないってのもあるんだよな。
だからポロリと言っちゃったけど、ま、いっかー。
「だって愛してるのは本当の事だし?」にこっと笑顔。
愛している以外の言い方、思いつかないし。
「大好きだー、でもいいかも」
こうやって穏やかに幸せな時間を過ごすのがとても大切なひと時なんだぜ。





ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
 

服装は燕尾服
こんな所に店が
静かだし雰囲気も悪くない

パイが予想以上に美味しくて黙々と食べる
我に返り目を逸らす

花を見て今の心境を語る
俺は今まで協力者としてのお前と共に戦い此処まで来た
だが最近少し違う事に気付いた
ダリアの時…否、宿り木の時にはもう…
前にお前が必要だ、今後も俺を護れと言ったな?
今の俺はお前の力ではなく…恐らくサーシャだから、必要だ

もうお前は協力者じゃない
…この関係に名付けるなら
サーシャは?

俺もお前に告げる
俺は更に強くなる…ただしサーシャ、お前と共に

契約時とは違い生気ある瞳でサーシャの左手を取る

話が一段落したらホワイトデーの返しに懐中時計を渡す
デザイン等お任せ
香水の礼だ、深い意味はない



柳 大樹(クラウディオ)
 

雨の音楽かー。
「こういうのを風流って言うんだよね?」(パイを食べつつ
ただの話題作りに深く考え込まれても困るんだけど。(呆れ

なんとなく入ったけど。
良いお店だよね。雰囲気が。(店内を見回し、外の紫陽花に目をやる
「光ってるのがさ、雨に喜んでるみたいに見える」(頬杖をつき、微笑

こいつにも大分慣れてきたけど。
慣れてきただけ。
根本的に考え方が違うんだろうなー、とは思う。
けど、そこまで考える余裕は俺にはまだないし。

「ま、保留だよね」色々と。
律儀に反応するのは、まあ。
気にかけてくれてるんだろうとは思う。

けど、それだけだ。
下手に踏み込んで来られるより、よっぽど良いけど。
なんだろう。少しもどかしい気も、してる。



月岡 尊(アルフレド=リィン)
  アルが俺を誘った理由…
どうにも今日は分からない。
あいつは、どうでもいい事はすぐ顔に出るくせに、肝心な事は上手いこと隠しやがる。
…それがわざわざ誘って来たという事は、言いたい事があるんだろう。
向こうが切り出すまで、俺からは何も言わない。
ただパイを食べ、珈琲を飲む。

…それが、唐突に何を言い出すのかと思えば…
なあ。俺はそんなに判り難いか?
そりゃあ始めは、不承不承だったがな。
今は悪くないと思ってるし、お前の事も信頼してる。
だから、つまらん心配するな。

「ほれ、出るぞ。一服したい」
立ち上がりがてら…照れ臭さが勝って、顔は見ずに。
「それに。花や雨音になぞ頼らんでも、お前の話なら聞いてやるさ」
相棒、なんだろ?


川内 國孝(四季 雅近)
  時間:昼

・店員からゼラニウムの事を聞き、四季の様子を伺う
・パンプキンパイを食べつつ、ゼラニウムへ四季の視線を誘う
…そんな話があるのか。
(ここは四季の本心を聞くチャンスか?)
(日頃の言動が本当かよく解らないし、良い機会かもしれない)
なぁ…あの花、ゼラニウムと言うらしいぞ。

・四季が全然変わらないのでインチキ話?と、思わず自分も見てしまい案の定暴露
・言い訳し墓穴を掘る
(…変わらない?店員の話はインチキだったんだろうか。(視線を向け)
…あんたの好意にはいつも感謝してる。(口が勝手に!?)
こんな俺には勿体ないくらいだ…。

あっ…こ、これは違っ!!ここのゼラニウムの花を見ると素直な事を…はっ!(しまった!)



●新たな一歩を
 その日は、朝から雨が降っていた。そのせいだろう、いつもなら賑わいを見せるイベリンの地は落ち着いた空気に包まれている。
 雨の中、燕尾服に身を包んだ『ヴァレリアーノ・アレンスキー』と『アレクサンドル』は、ふんわりと煌めく紫陽花を見つけ足を止めた。アレクサンドルの動きにあわせて、臙脂色のリボンで結われた髪が舞う。
「こんな所に店が」
 奇妙な飾り付けが施された店だった。よく見ると、雨粒がその飾りを伝い涼やかな音を立てていて――それらは、心地良いメロディへと変化している。
 興味をひかれたヴァレリアーノは、アレクサンドルを伴い店へと入った。
 出迎えた店員は二人を席へ案内すると、この店――雨降亭が雨の日だけ開くということ、聞こえる音楽は雨が奏でているものであること、そしてメニューについて説明をし、奥へと下がる。朝に出しているという、アップルパイの用意をするためだろう。
「自然が奏でる音楽か」
(静かだし雰囲気も悪くない)
 それからほどなくして、アップルパイが運ばれてきた。いい香りだ。ヴァレリアーノは早速食べはじめる。
「む」
 予想以上のおいしさに、ついつい言葉を忘れて食べることに専念する。と。
「ついてるぞ」
「な……」
 アレクサンドルの指が、ヴァレリアーノの口元をぬぐった。そしてそのまま、指についたパイを自身の口に運ぶ。
 そこでようやく、ヴァレリアーノはアレクサンドルが自分を見て微笑を浮かべていることに気が付いた。我にかえったヴァレリアーノが目をそらすと、店内を彩るシロツメクサがとびこんできた。
 気まずさが漂う店内を、穏やかな音楽が包む。
 そんな空間を打ち破るように、ヴァレリアーノは口を開いた。――目は、シロツメクサを向いたままだが。
「俺は今まで協力者としてのお前と共に戦い此処まで来た。だが最近少し違う事に気付いた。ダリアの時……否、宿り木の時にはもう……」
 白く可憐な花々に背を押されるように、ヴァレリアーノは語る。
「前にお前が必要だ、今後も俺を護れと言ったな?」
 そして――アレクサンドルをまっすぐに見つめた。幼いはずの彼の瞳は、年不相応の確かな決意が浮かんでいる。
「今の俺はお前の力ではなく……恐らくサーシャだから、必要だ」
 その言葉に、アレクサンドルは深く息をついた。
 当初は利害一致したアーノを利用していた。力や殺戮を欲した。敵を殺すという合理的な理由、盾前が欲しかった。それだけだった。
 だが――今は?
 己に問う。
「我は契約当初からアーノを護る為に傍に居た。我の神人故に」
 そして、ぽつりと。自分が抱く想いを零す。
「汝と一緒に居る時間は確かに我に安らぎを与えた。この感情に正直我自身も驚いている。……汝が初めてなのだよ」
「もうお前は協力者じゃない。……この関係に名付けるなら」
 数秒の間を置いて、アレクサンドルは言う。
「……相棒、これがパートナーか」
「サーシャは?」
 ヴァレリアーノの問いの続きは、言われずとも理解していた。協力者ではなく、相棒、パートナーとして、自分を認められるかと。彼はそう問うている。
「では汝に告げる」
 自身の左手を差し出し、問う。
 ――我の手を取るか?
「俺は更に強くなる……ただしサーシャ、お前と共に」
 それが、アレクサンドルの……ヴァレリアーノの答えだった。
 生気ある瞳でアレクサンドルを見つめ、手を取る。契約時とはまるで違うその瞳にも驚きだが――自身が、これほど素直に気持ちを告げられたことにも驚いていた。
 と、ヴァレリアーノは懐中時計を取り出した。落ち着いた金色の、アンティーク調のものだ。蓋にはクラウンをモチーフにした細やかな装飾が施され、時計本体と同じ色の鎖がついている。何事だとアレクサンドルが無言で促すと、懐中時計をずいと差し出された。
「香水の礼だ、深い意味はない」
 ……ホワイトデーの礼ということか。
 アレクサンドルは納得し、受け取った。たしかな質量を持ったそれは、決して安くなかっただろう。自分のことを考えながら買ったのだと思うと、自然と笑みが浮かんだ。
 当初の計画とは違った方向に行ったが、ヴァレリアーノを手中に収められ、満ち足りた気持ちになる。
 ヴァレリアーノは立ち上がり、店を出た。雨がやむ気配は、ない。
 アレクサンドルは傘を開き、一足先に軒先を出た。そして、「アーノ」と。相棒を、自身の傘に入るよう促す。
 ヴァレリアーノは迷うようなそぶりを見せたが、断ることはなく――降り続ける雨の中、一つ傘の下で、二人は歩き出すのだった。

●本当の気持ち
 朝からやまない雨のせいで、昼だというのに薄暗かった。
 あちこちにできた水溜りを避けながら歩いていた『川内 國孝』は、『四季 雅近』の「お?」という声に足を止めた。
「どうした?」
「いや、興味深い店を見つけてな」
 雅近が見つめる先には、雨粒をうけ淡く輝く紫陽花に囲まれた店があった。店先には風鈴やガラスの棒などが飾られていて、たしかに「興味深い」と言えるかもしれない。
 看板を覗いた二人は、この店の名前が雨降亭ということ、雨の日だけ開店することを知る。
 タイミングよく店を知ることができたのも何かの縁だろう、という雅近の主張を受け入れ、二人は雨降亭の扉を開けた。
 からんからん。
 軽やかな鈴の音に迎え入れられる。
「ほほう……」
 店に足を踏み入れるなり、雅近は興味津々といったように店内を見回しはじめた。注意しようと國孝は口を開くが、言葉にするよりも早く「ふふ」と落ち着きのある笑い声が聞こえ、口をつぐむ。声の方へ顔を向けると、初老の女性が笑顔を浮かべて立っていた。雨降亭の店員だろう。
「ご自由にしていただいて構いませんよ。席は……今は空いているので、お好きなところにお座りください。うふふ、今、店内に飾られているゼラニウムの花は、見つめているとパートナーの尊敬しているところや信頼しているところを伝えたくなるんです。お二人に、いい影響が出ればいいのですが」
(……そんな話があるのか。ここは四季の本心を聞くチャンスか?)
 國孝はちらりと雅近をうかがった。相変わらず、意識は店内へと向いているようだ。今の話も聞こえていないだろう。
「では、パイをお運びするまで、少々お待ちください」
 女性は悪戯っぽく笑ってそう言うと、奥へと消えていく。
 國孝は、日頃の言動が本当かよくわからないし良い機会かもしれないと考えながら、雅近を促し席へと着いた。少し待つと、パンプキンパイが運ばれてくる。
 國孝がパイを手にとると、雅近も真似するように手にとった。雅近は、横文字系は苦手だ。だが、國孝が食べている姿を見てパイを食べてみようと思ったのだ。
「なぁ……あの花、ゼラニウムと言うらしいぞ」
「ぜらにうむ……?」
 しかし話を振られ、視線を動かす。すると、つい先ほどまで見ていた赤や濃いピンクの花々が視界に映った。
「ゼラニウム……とな。綺麗な花だな、横文字は苦手だがこの花もこの菓子にも好感が持てる。國孝と見る世界は本当に掛け替えの無いものだ。いつも感謝してるぞ」
 ……雅近の言動は、いつもと全く変わりがない。
(……変わらない? 店員の話はインチキだったんだろうか)
 國孝もゼラニウムへと目を向けた。
「……あんたの好意にはいつも感謝してる」
 そう口にして、國孝はハッと口を押さえる。
(口が勝手に!?)
 雅近を見ると、驚いたように目を丸くしている。それも当たり前だろう、いきなり感謝の言葉を伝えられたのだから。
 ゼラニウムから慌てて目を離し、これ以上何も言うまいと固く口を閉ざす――なんて、うまくいくわけがなく。
「こんな俺には勿体ないくらいだ……」
(國孝がこのような事を…!?)
 衝撃のあまり固まっている雅近に、國孝は必至に言い訳をした。
「あっ……こ、これは違っ!! ここのゼラニウムの花を見ると素直な事を……はっ!」
 そこまで言って、國孝はまたしてもぐっと唇をかむ。(しまった!)
 これ以上ぼろを出してなるものか、と必死になる國孝は愛らしい。雅近の頬は自然と緩む。
「はは、この花の効果だったのか。それはなんにしても本心……だと受け止めても良いのだろう? 今、お前が言っていたのだぞ?」
 頬を赤くする國孝に、雅近はますます笑みを深める。
(全く……國孝は愛い奴だなぁ)
 不器用で、自分を卑下しがちな大切な人。そんな彼のいじらしい姿を見せられて、たまらない気持ちになる。
 今日、ここに来れてよかった。
 現実逃避するようにパイを頬ばる國孝を見ながら、雅近はほくほくと暖かな気持ちになる。
 外から聞こえる雨の音楽も、自分たちを祝福してくれているような、そんな温かなものになっているように思えるのだった。

●改めまして、相棒
(オレ、思った事はすぐ表に出るタイプなんだけどなー……)
『アルフレド=リィン』は、しとしとと降る雨を眺めながらひとりごちた。そして、隣を歩く『月岡 尊』をちらりと伺う。
(何でだろ。この人相手だと、調子狂う)
 でもこの壁を取っ払わなけりゃ、本当の『相棒』になんてなれねえだろ。
 そう思ったアルフレドは、不思議な力を宿した音楽が鳴るという店・雨降亭へと彼を誘った。今は丁度、雨降亭へと向かっている途中だった。
 アルフレドにとって、月岡はあまり付き合ったことのないタイプの人間だ。だが、いつまでもぎこちないままでいるのは嫌だった。これからはウィンクルムとして、苦楽を共にすることになるのだから。

 しばらく歩き、二人は雨降亭へと辿り着いた。
 奇妙にも見える飾り付けがされたその店に入ると、穏やかな笑みを浮かべる店員に出迎えられ、席に案内される。
 店内にはゼラニウムの花が飾られていて、落ち着いた印象をうける。
「ツキオカさん。煙草は禁止っスからね」
 いつものように、冗談ぽくアルフレドはくぎを刺した。だが、肝心な事はなかなか言い出せない。
 不自然に落ちた沈黙を、雨が奏でる音楽が包む。
 月岡はどこか様子がおかしいアルフレドを見て、小さくため息をついた。 
(アルが俺を誘った理由……どうにも今日は分からない)
 どうでもいい事はすぐ顔に出るくせに、肝心な事は上手いこと隠しやがる。
 内心悪態にも似た呟きをもらすも、「だが」と思い直す。
(……それがわざわざ誘って来たという事は、言いたい事があるんだろう)
 向こうが切り出すまで、俺からは何も言わない。
 そう決めた月岡は、パンプキンパイを黙々と食べる。珈琲と飲みたいところだが、この店で出しているのはハーブティーとのことなので、残念に思いながらも爽やかな香りを楽しんでいた。
 からん、しゃん。
 店内には、不規則に鳴る涼しげな音楽と、時折聞こえる物音しか聞こえない。
 そんな空間に耐えかねたアルフレドは「……ああ、もう!」とうなると、月岡をまっすぐに見据え、口を開いた。
「俺は、パートナーがツキオカさんで良かった!」
 突然の告白に、月岡は驚いたようにアルフレドを見返す。だが、アルフレドはとまらない。
「互いに全然違うからこそ、互いに無い所を補い合える。それに一緒にいて、楽しいんです。ツキオカさんが望んで神人になったんじゃねえって知ってるけど……」
 だんだんと小さくなる声に、月岡はふ、と。肩から力が抜けるような感覚になる。
(……唐突に何を言い出すのかと思えば……)
 言いたいことがあるんだろうと予想していた。だが、こんなことを言われるとは。
「なあ。俺はそんなに判り難いか?」
 月岡の言葉に、アルフレドはおそるおそる頷いた。相変わらず素直な奴だ。少々腹立たしくも思いながら、月岡は続ける。
「そりゃあ始めは、不承不承だったがな。今は悪くないと思ってるし、お前の事も信頼してる。だから、つまらん心配するな」
 月岡はそう言うと最後の一口となったパイを口へと放り込み、「ほれ、出るぞ。一服したい」と立ち上がった。
 そして、まっすぐに気持ちを伝えてくれたアルフレドに、はっきりと自分の気持ちを伝えなければと口を開く。
 ……照れ臭さが勝ったせいで、アルの顔は見れなかったけれど。
「それに。花や雨音になぞ頼らんでも、お前の話なら聞いてやるさ」
 ――相棒、なんだろ?
 静かに、けれどはっきりとそう口にして、月岡は店に背を向けた。
 伝えられた言葉に、アルフレドはぽかんとした。
 だが、いつか消えてしまいそうに見えていたその人が、珍しく嬉しい事を言ってくれたと自覚して。
「……なんだ」
 自然と、笑顔が浮かんできた。心がぽかぽかと温かい。
「あ、ここは俺に奢らせてくださいよ!」
 さっさと会計を済ませようとする月岡に気付いたアルフレドは、嬉しそうな笑顔のまま、こう言った。
 店内に響く音楽が、どこか明るいものになったのは――きっと、気のせいだろう。

●覆われた心
 雨のせいで、昼だというのに空は暗く、重かった。
『クラウディオ』とイベリンの地を歩いていた『柳 大樹』は、小さく聞こえる音楽に気付き足を止めた。
 ちりん、かろん、しゃん。
「あそこか」
 音の出どころは、雨降亭と書かれた看板がたつ小さな店だった。淡く輝く紫陽花に囲まれたその店は、風鈴やガラスの棒、コップ等で飾り付けられている。この飾りを雨粒が伝うと、音楽が鳴る仕組みになっているようだ。
 興味をひかれた二人は、店へと足を踏み入れる。
 席へ案内されて少し経つと、鮮やかなオレンジが食欲をそそるパンプキンパイと、ハーブティーが運ばれてきた。
「雨の音楽かー。こういうのを風流って言うんだよね?」
 パイを食べながら大樹がそう呟くと、クラウディオは首をかしげた。
「風流……?」
 侘び寂というものだっただろうか。意識した事も無いが。
 考えこむクラウディオに、大樹は呆れるしかなかった。
 ただの話題作りに深く考え込まれても困るんだけど。そう思いながら、クラウディオから視線を外し、店内を見回した。
(なんとなく入ったけど。良いお店だよね。雰囲気が)
 そう思いながら、窓から見える紫陽花に目を止める。雨粒をうけた紫陽花は、ぽわりと温かな光を放っている。
「光ってるのがさ、雨に喜んでるみたいに見える」
 頬杖をつき微笑を浮かべる大樹に、クラウディオは「大樹の言い分はわからないが」と口を開いた。
「紫陽花は植物。適度な水分補給は必要ではあるだろう。生きている限り、どんなものもそこは変わらない」
 大樹の笑みを眺めながら、クラウディオはふと気付く。
 以前に比べ、大樹の精神は落ち着いているように思う。小さく笑みを浮かべる事も増えてきた。
(何があったのかは判らないが、良い傾向なのだろう)
 紫陽花から目を離さず、クラウディオの言葉を聞いていた大樹はまた、「こいつにも大分慣れてきたけど」と思う。
(慣れてきただけ。根本的に考え方が違うんだろうなー、とは思う。けど、そこまで考える余裕は俺にはまだないし)
 そこまで考えて、「ま、保留だよね」色々と、と小さく呟いた。と、その呟きが聞こえたらしいクラウディオがこちらを見る。だが、話すつもりはない。気にするなというように片手を振って答える。
 その反応を見ながら、クラウディオは今までの大樹の行動を思い出した。
(此方の反応を見るように、態と何かをする事が大樹にはある)
 どのような反応を求めているのかは判らない。何がしたいのかも解らない。だが、不快とは思わない。よく解らないが、嫌ではない。
 なら、いいのではないか。
 そう結論付けたクラウディオとは対照的に、大樹も何も言わず考え込んでいた。
(律儀に反応するのは、まあ。気にかけてくれてるんだろうとは思う)
 けど、それだけだ。下手に踏み込んで来られるより、よっぽど良いけど。
(なんだろう。少しもどかしい気も、してる)
 相反する気持ちに、大樹はどこか落ち着かない心地になるものの――この状況を、どうにかしたいとは思わなかった。
 このままでいいのだと。
 ゼラニウムの花も、雨の音楽も。
 どこか寂しそうに聞こえるのは、気付かないふりをした

●穏やかに愛を告げる
 夕方に差し掛かり、あたりがすっかり薄暗くなった頃。
「ここが雨降亭か」
 しとしと、と雨が降る中、『セイリュー・グラシア』は『ラキア・ジェイドバイン』と共に奇妙な飾り付けが施された店へ訪れていた。
 周囲に咲いた紫陽花は淡く輝き、雨粒は飾りを伝って、どこか安らぎを覚える音楽を奏でている。
「花の配置も見事だし……ガーデニングの参考にさせてもらいたいほど、いいお店だね」
「な」
 セイリューとラキアは笑いあうと、早速店の中へと入る。
 案内された席に座り待っている間も、心地よい音楽が耳を優しく刺激する。楽器とは違った音色には不思議な魅力があり、セイリューもラキアも、ほっと体から力が抜けるのがわかった。
 ラキアは窓の外に広がる紫陽花を眺めながら、ふと頬を緩める。
(夕暮れの薄闇がより雨の音の風情を際立たせてくれる気がする。雨に濡れた紫陽花がとても綺麗で……本当に、紫陽花には雨が似合うね)
 祝福をうけた今だからこそ見ることができる、煌めく紫陽花。ほうと見惚れていると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。そして艶やかな赤が魅惑的なストロベリーパイと、爽やかな色と香りが特徴的なハーブティーが運ばれてくる。
「わー、すごいな!」
 セイリューは歓声をあげると、早速、カットされたパイを口に運ぶ。瞬間、ほどよい甘みと酸味で満たされ、満面の笑顔を浮かべた。
「ウマいなー」
 ハーブティーに手を伸ばしながら、ラキアは本当に美味しそうにパイを食べるセイリューを眺めていた。彼の笑顔は、こちらまで明るくする力がある。
 と、セイリューはラキアに見られていることに気付いた。パイの事ばかり考えていると思われているのかもしれない。だけど、そういうわけじゃなくて――
「ラキアと一緒に居ると幸せを感じるなぁ、って」
「え?」
 突然の言葉に、ラキアが驚いたように目を丸くした。セイリューも思わず、口元をおさえる。
 ――思っていただけのつもりが、なんだか声に出てた!?
 焦ったけれど、でも、とセイリューは思う。
 オレは、信頼とか未来の約束とかは、結構言っているつもりだ。でも、愛情を巧く伝えられているかは判らない。
 ラキアと一緒に居るだけで、ほっこりと幸せなんだけれど……言葉にしないと伝わらないってのもある。
(ポロリと言っちゃったけど、ま、いっかー)
 気を取り直したセイリューは、にこっと笑ってこう続けた。
「愛してる人と一緒にいたら幸せって思うのは、普通だろ?」
「あ、あい……?」
 困惑するラキアを気にせず、セイリューは更に続ける。
「だって愛してるのは本当の事だし?」
 愛している以外の言い方は思いつかない。あ、でも。
「大好きだー、でもいいかも」
 雨の音楽と一緒に伝えられた言葉に、ラキアは苦笑を浮かべた。
(考えてる事が口に出ちゃう事がセイリューは時々あるから。きっとまたそれだ)
 そして、かつてのことを思い出す。
(街中でも『愛してる』って宣言したりとか。内心嬉しくても反応に困るんだよね)
 ――だけど、そう、『嬉しい』のだ。
「俺もセイリューの事とっても大好きだよ」
 そして、ラキアも笑顔を浮かべ。
「愛してる、もね」

 こうやって、穏やかに。
 一緒に過ごす優しい時間は、とても大切で――幸せを感じて。 

 二人はほっこりと、暖かな気持ちになりながら、雨が奏でる音楽の中過ごすのだった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 櫻 茅子
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月09日
出発日 06月17日 00:00
予定納品日 06月27日

参加者

会議室

  • [7]川内 國孝

    2015/06/16-00:00 

  • セイリュー・グラシアと精霊ラキアだ。
    オレ達も時間帯はまだ検討中さ。
    すれ違う事があるかな?
    皆、今回もヨロシク!

  • [5]月岡 尊

    2015/06/13-23:26 

    どうも。月岡尊という。こっちはツレのアルフレド。
    柳たちとは先日ぶりだな。ヴァレリアーノたちと川内たちとはお初となるか。
    何卒、よしなに願う。

    雨の日が待ち遠しくなる店のようで、面白いな。
    いつ、どう伺おうか。今から考えるのもまた、楽しみだ。

  • [4]川内 國孝

    2015/06/13-20:16 

    雅近:

    うむ。尊は初めましてだな。
    ヴァレリアーノ達は和歌以来、大樹達は雨降り岬以来だな。また会えて嬉しいぞ!(微笑
    改めて俺は四季 雅近。神人は川内 國孝だ。まぁ、よろしく頼む。

    イベリンは面白い店が多く見られるなぁ。今から楽しみで仕方ないぞ!
    ……さて、時間帯はどうしようか。

  • ヴァレリアーノ・アレンスキーだ。
    行く時間はまだ決めていないが、大樹ともしすれ違うことがあればその時は宜しく。

  • [1]柳 大樹

    2015/06/12-20:27 

    柳大樹でーす。よろしくー。(右手をひらっと振る

    雨降亭かあ。
    なんか面白そうなお店だね。


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