ある日、事故に出くわして(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「いやぁあああぁぁぁ?!」
 とある街で、少女の悲鳴が響き渡る。
 何事かと声の方向を振り向いた道行く人達は、皆、事故の瞬間とその後の流れる様な悲劇を目の当たりにする事となる。
 空気を切り裂くブレーキ音。それが鳴りやまぬうちに、一台の蒸気スクーターが大きな街路樹に盛大な音を立てて激突する。
 運転していた少女が放り出されて「えぅ!」と間抜けな声を出して地面に転がった時、スクーターの後ろの荷台に縛りつけられていた箱が、衝撃でずれてボトリと地面に落ちる。
「ああ!」
 地面から起き上がれないでいる少女はその光景を見て顔を青ざめさせる。
 そして、その少女の声にこたえる様に、落ちた箱の蓋が開いて両手に乗る位の白い毛玉がポーンと勢いよく飛び出してきた。
「あああ!」
 少女の声が大きくなる。しかし飛び出した毛玉はその声が予想外だったのか、驚いたようにぴょんと跳ねると、すぐに街の商店街の方へと転がるように走っていった。
「あああああ!!」
 走りゆく毛玉へと少女は手を伸ばして嘆いた。ちなみに地面に転がったまま。
「だ、大丈夫かい……?」
 手を伸ばしたまま固まっている少女に、通りすがりの人が声をかける。
「大丈夫ですが大丈夫じゃありません! 今すぐ捕まえなくちゃ……!」
 そうして身体を起こした少女は、その頭からだらりと血を流した。
「ちょっと! 動いちゃ駄目だよ! 医療隊呼ぶから!」
「でもあの子を捕まえないと大変なんです!」
「現在進行形で血塗れの人間の方が大変だけど?!」
 大丈夫です大丈夫ですと言いながら体を起こした少女は、周囲の人間の予想通り大丈夫ではなかったらしく「う?!」と呻くとふらりと揺れてまた地面に突っ伏した。
「だ、大丈夫ですぅ……!」
「どこが?!」
 そんなやり取りをしている間に、誰が呼んだのか、街の医療隊が到着して、少女を病院へと連れて行こうと準備を始めた。
「ほら、大人しくして!」
「う、ううぅ……! すみません! どなたかあの子を捕まえて下さい!」
 ようやく今の自分では駄目だと判断したのか、少女はガン! と勢いよく地面に頭を打ち付けて土下座をし、周囲の人間に訴え始めた。もちろん「そんな急激に頭を動かすな!」「というか地面に頭をぶつけるな!」と医療隊から叫ばれながら。
「あの子……ケセラの『しーちゃん』っていうんですけど、右足怪我してたのを治療して一週間ぶりに飼い主の家へ帰るところだったんです! 捕まえて街外れの喫茶店『花あらし』の店主夫婦へ連れて行ってあげて下さい!!」
 どうやら少女はペットショップ兼動物病院のスタッフだったらしい。よく見れば街路樹に激突した蒸気スクーターにも、動物が逃げ出した箱にも『動物専門 まるはち』と書かれている。
 そして少女が語った動物、ケセラとは、街中ではあまり見られないが、森の奥で見る事の出来る小動物だ。
 こぶし大の大きさの毛玉に、一回り小さい毛玉がくっついている。三角耳とつぶらな黒い瞳と小さな口がある大きな毛玉の方が身体で、小さな毛玉の方は尻尾。そんな見かけの生き物だ。色は様々だが、今回逃げたケセラは雪のように真っ白。
「あ! ケセラの特徴ご存知ですか?! 果物とかナッツとか主食にしてて、狭くて高いところが好きなんです!」
「分かった、分かったからあんたはこっち! 早くタンカーに乗って!」
「商店街の方に逃げたから果物屋さんとかにいると思います! 人の頭とか肩とかも好きなんですが、多分今びっくりしてるから落ち着く為に何か食べてると思います! ほら、人間も落ち着く為に水とかお茶を一杯飲んだりするじゃないですか! ね?! あぁそうだ、もし商品を齧ってたら『まるはち』に請求する様に言っておいてください!」
「ケセラと人間は同じなのか?! 仕事熱心なのはいいから、ほら!」
「『花あらし』の店主には「『まるはち』からです」って言えば通じますから! お願いします! お願いしま……あああ『花あらし』の果実大福、食べたかったぁぁあぁぁ!! いつも餌とかお届けするとタダで一個もらえるのにぃいいいぃぃ!!」
「食いものかよ!!」
「あんた結構余裕だな?!」
 ここで初めて涙をにじませる少女に、医療隊だけでなく、心配していた周囲の人間までツッコミを入れる。
 なおもだらだらと血を流す少女は、目の前で心配そうに少女を見ていた青年の肩をガシリと掴んだ。どうやら懇願する人間を絞り込んだらしい。
 掴まれた青年は思わず「ひぃ!」と声をあげる。青年は確かに心配していたが、血塗れで必死の形相の人間にしがみ付かれれば、誰だって反射的に怯えてしまうだろう。
「あの! 『しーちゃん』って呼べば反応してくれますから! 餌で釣れば余裕ですから! 怪我させないように優しく捕まえて下さい! それで『花あらし』へ連れて行って果実大福はきっと今の時期苺だずるいそれ貰うなんてずるい抹茶で一服とか最高なのにずるいずるいよろしくお願いします!!」
「頼む態度じゃないけど?!」
「いいからあんたは病院行け!!」
「わかりましたから離して下さい!!」
 顔を引きつらせて固まる青年をよそに、周囲の人間はしびれを切らしたように、少女をむりやり医療隊に引き渡す。
 医療隊にタンカーへ乗せられた少女は、最後まで青年に向かって訴えながら病院へと運ばれる。
「どうかお願いしますぅぅぅうううぅうううぅぅぅ!!」
 遠ざかる声に、青年は「……偶然というか運命というか……」と呻くように呟いた。

 少女の選択眼は正しかったのかもしれない。
 しがみ付かれた青年は、対オーガを目的とした組織、A.R.O.A.の職員だった。
 そして青年は今から、パートナーとの親睦を深める為のお茶会に参加する予定のウィンクルム達を、会場である『花あらし』まで案内するところだったのだ。

「目的地は一緒ですし、ちょっと皆さんにお願いするとしましょう」

解説

『まるはち』スタッフの少女の願いを叶えて、ケセラを優しく捕まえ、飼い主である喫茶店『花あらし』店主夫婦へと届けてあげて下さい。
願いを叶えれば、街外れの静かな喫茶店『花あらし』で果実大福のサービスを受ける事が出来ます。
ただし、ケセラに怪我をさせると、果実大福のサービスは受けられません。
もちろん、辿り着いた『花あらし』で果実大福以外を楽しむことも可能です。

喫茶店『花あらし』のメニュー
・果実大福 50ジェール
・冷やし善哉果実入り 55ジェール
・花蜜団子3本セット 30ジェール
・抹茶 40ジェール
・玄米茶 40ジェール
・ほうじ茶 40ジェール

ゲームマスターより

偶然事故に出くわした事がきっかけの、冒険未満のお出かけお茶会。
仲良くでも喧嘩しながらでも、協力して迷子のケセラを無事保護し、静かなお店でのんびりと甘味とお茶を味わってください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セラフィム・ロイス(火山 タイガ)

  「…すごいな。ーて、お前もかよ!
はあ、ほっとけないし縁か」
本で見たケセラも見たいし、体に悪いってペット飼えなかった分…触れたいな

「すみません。しーちゃんの毛布などありますか?好物とか」
先に主人に会い
車に乗らないので落ち着かせるためと告げ、愛用の毛布とキャリーケースを借りる
※無理そうなら購入

「調子は?
…おいで。美味しいよ」
餌でひき
遠く、段々近くへケースに誘導。逃亡防止(毛布餌入り
「大丈夫…柔らかい」
驚き、ほぐれて微笑

■お店
「お菓子は逃げないから味わって食えって」
花蜜団子、緑茶、お土産を頼む
緑茶を飲み物憂げ

触れる物に気付き
「!別に、寂しくなんか」
(…ありがとう)
撫で悪態をつき

※ウィッシュ『』はセラ



ノクト・フィーリ(ミティス・クロノクロア)
  ヴァレリアーノさんも言ってるし、果物屋さんに向かってみようかな。
果物屋さんに『しーちゃん』がいたら、呼びかけてみるよ。

あと、果物屋さんに行くとき、街の人たちに『しーちゃん』を見なかったか尋ねるつもりだよ。
雪みたいに真っ白で、ふわふわのケセラだって説明したらわかりやすいかな?

『しーちゃん』を捕まえるときは、寄って来たところを抱き上げるようにするよ。びっくりさせないように、優しくね。
それで、捕まえたらセラフィムさんが用意してくれるキャリーケースに入れるよっ。

高いところにのぼってたりしたら危ないから、はやく見つけてあげなきゃ。



ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
  サーシャと仲を深める時間があるなら鍛練に当てたいが依頼は別だ
優しく捕獲…逆に難しいな

武器は護身用含め渋々置いていく
服装も普段と違う服

ケセラが居る可能性が高い果物屋に行く
名を呼ぶのはノクトに任せる

逃げた場合は果物屋でケセラが好む果物を買い誘き寄せる
路地裏など狭くて高い場所に目をこらす
捕獲時はケセラが自ら手中に飛び込びこむよう誘導
落ち着かせる為、網等は使わない
ケセラが果物等勝手に食べてたら『まるはち』に請求する様伝える

無事依頼達成したら花蜜団子と玄米茶を味わう
サーシャに自分の団子は絶対渡さない
完治した少女が花あらしに来たら果実大福を渡し労わるよう店主に頼む


台詞
…вкусно
何ふざけた事を言っている


■ケセラ捕獲隊、結成
 A.R.O.A.の職員の青年は、事の次第をお茶会に参加する予定のウィンクルム達に説明する。
 話に聞いた少女の様子に『セラフィム・ロイス』は半ば呆れながら感嘆の息を吐いた。
「……すごいな」
 仕事への責任感はともかく、怪我をしながらもの食べ物への執着は彼にはいまいち理解できない。
「果実大福! よっしゃ任された!」
「て、お前もかよ!」
 しかし、彼のパートナーである『火山タイガ』はよく理解できるらしく、興奮して依頼を引き受けた。
「はぁ、ほっとけないし縁か」
 溜息交じりに了承したセラフィムは、逃げたケセラの方に意識を向けていた。
(昔、本で見たことがある。本物のケセラ見たいし、体に悪いってペット飼えなかった分……触れたいな)

「高いところに登ってたりしたら危ないから、早く見つけてあげなきゃ。ね!」
 むんっと気合を入れてパートナーに話しかけるのは『ノクト・フィーリ』だ。
 話しかけられた『ミティス・クロノクロア』は、ノクトの素直さと優しさに微笑みながら頷いた。
「そうだね、早く見つけてあげよう。そして、ゆっくりとお茶にしようね」
「うん!」
 ノクトもまた微笑んで返事をした。


「お茶会の前に一仕事片づけますかね」
「では武器を」
「置いて行こう」
「護身用だけでも」
「ケセラが傷つくだろう」
 そんなやり取りをしているのは『ヴァレリアーノ・アレンスキー』とパートナーである『アレクサンドル』だ。
「怪我をさせず、優しく捕まえて、という依頼だよ」
 戦闘用の服で来ようとしたヴァレリアーノに、お茶会なのだから、と説得して年相応な服装を着て来てもらったが、どうしても戦闘を頭に入れて考えてしまうヴァレリアーノは武器も持ってきていた。
「……サーシャと仲を深める時間があるなら鍛練に当てたいが、依頼は別だ」
 諦めて呟くヴァレリアーノを宥めるようにアレクサンドルは苦笑する。
「偶にはこういう依頼も良いのだよ」
「優しく捕獲……逆に難しいな」
 普段とは違う依頼に戸惑いながら、ヴァレリアーノはアレクサンドルの言った通り、武器は護身用含め渋々A.R.O.A.支部へ預けて動き出した。


■捕獲作戦、開始
「びっくりしてるなら、落ち着かせないと一苦労だろうな」
 集まった仲間達と一通りの自己紹介を終えると、早速セラフィムが捕まえる為の意見を出した。
「落ち着かせる、ねぇ。落ち着くには~……いつも寝る枕や毛布あると安心するよな。好きなもんとか!」
 答えたのはパートナーのタイガだ。それに対して皆頷くと、セラフィムもまた頷く。
「そうか。じゃあ僕行ってくる。タイガは万が一に備えて待機」
「え?! 何で?!」
「運動神経いいだろ。キャッチとか期待してる」
「任せろ!!」
 期待してる、という言葉に思わず喜んで反応してしまったタイガがはっと気がついた時には、セラフィムはA.R.O.A.職員と共に『花あらし』へと歩き出していた。
「じゃあ、セラフィムさんが毛布とか持ってきてくれてる間に、しーちゃんを見つけよう!」
 置いてかれたタイガを励ますようノクトが殊更元気に声をあげると、ヴァレリアーノが続く。
「まず商店街の果物屋だ。そこにいる可能性が高いし、行きながら路地裏とかの狭くて高い場所も見よう」
「行きながら街の人にも見てないか聞いてみようか。しーちゃんって呼びながら歩いた方がいいかな」
「……わかった、それは、ノクトに任せる」
 少し眉根を寄せてヴァレリアーノは言う。ノクトは素直に「うん! ミティスもお願いね」と横に立つミティスにふる。
 ヴァレリアーノの僅かな表情の変化を見逃さなかったのは、やはりというか、パートナーのアレクサンドルだ。
「名前を呼んで歩くのは恥ずかしいかね」
「黙れ」
 間髪入れずに返すヴァレリアーノに、アレクサンドルは小さく笑った。
 そしてその場にいる全員が商店街へと進み始めた。


「すみませーん、ちょっとお尋ねしたいんですが」
 商店街についてすぐ、ノクトは道端で屯していた若者達に声をかけた。
「さっき、ここを真っ白なケセラが通りませんでしたか?」
「ケセラ?」
「はい。雪みたいに真っ白で、ふわふわの……毛玉?」
「毛玉?!」
「毛玉です!」
「あ! オレ毛玉見た!」
「それ! どこに行きましたか?」
「商店街の奥に走ってったよ」
 言いながら指差した方向には、果物屋がある。
 ウィンクルム達は顔を見合わせた。
 そして辿り着いた果物屋では、そこの店主が腕を組んで店の中の一点を睨んでいた。
 ウィンクルム達がその視線を追えば。
「いた!」
 店に入ってすぐ横にある大きな飾り棚。その上に白い毛玉が毛を逆立たせて震えている。
「しーちゃん、もう大丈夫だよー!」
「しーちゃん、落ち着いてください」
 ノクトとミティスが声をかけると、震えていた毛玉がピクリと反応してひょこりと顔を向けた。
「あ、こっち見た! しーちゃん、おいでおいで!」
 声をかければかけるほど、ケセラは興味を示して下をのぞき見る。
 その間に、ヴァレリアーノとアレクサンドルが果物屋の店主に事情を説明する。
「さっき苺齧ってんの見て怒鳴っちまったからなぁ、余計怯えてるだろうなぁ」
 降りてこないケセラに困っていた店主は、頭をがりがりとかきながらぼやく。
「すまない、その代金は『まるはち』に請求してくれて構わない」
「そうか! じゃあこの残りもやるよ」
 あからさまに笑顔になった店主は、ケセラに食べられた苺のパックをヴァレリアーノに渡す。
「これを餌に誘い込めるな」
「どうするのかね」
 問いかけに、しかしヴァレリアーノはじっとアレクサンドルを見つめ返した。
「アーノ?」
「背が高いな」
「ん?」
 ヴァレリアーノはにやりと笑う。


 一方、喫茶『花あらし』では。
「すみません。『まるはち』の代理の者ですが」
「おや、どうしましたか?」
 店主である初老の人の良さそうな男は、不思議そうにセラフィムに応える。
「お預かりしていたケセラが興奮していて車に乗らないので、落ち着かせる為に愛用品をお借りしたいのです。例えば毛布等ありますか? あと、好物とか」
「ああ、なるほど! いやご迷惑おかけします」
 そう言うと店主は店の奥へ行き、大きな籠を持って戻ってきた。
「この籠に入れれば落ち着きますので、すみませんがよろしくお願いします」
「ありがとうございます」
 渡された籠は人間の赤ちゃんが納まる位の大きさだった。普段からの寝床なのだろう、柔らかそうな毛布が敷き詰められていた。
(これなら落ち着いてくれそうだな)
 セラフィムは籠に納まるケセラを想像して微笑んだ。


 ヴァレリアーノが立てた作戦は実にシンプルだった。
 アレクサンドルの右手に苺を持たせ、腕を伸ばしてケセラに近づける。ケセラが手に乗ったら、ミティスがアレクサンドルの頭に苺を置く。ケセラが頭に移動したら今度は肩に。
 一気に下へ降ろそうとするより、少しずつ自主的に降りてきてもらった方が、ケセラも落ち着くし逃げないだろう。
 ミティスが餌を置く役目になったのは、アレクサンドルの次に身長が高いからだ。
「……他にもやり方が……まぁ、アーノの提案だ、受け入れよう」
 諦めたように溜息をつくアレクサンドルに、ヴァレリアーノは機嫌が良さそうだ。
「手に乗っても掴むな。そんな事をしたらまた動揺してしまうからな」
「わかっているとも」
「それじゃあ始めよう。ミティス、餌の用意はいいか?」
「大丈夫ですよ」
「ノクトは呼び掛けを、タイガはケセラがもし落ちたら受け止めてくれ」
「うん!」
「おう!」
 そして作戦が実行される。
 アレクサンドルが苺を一つ右手に乗せ、ケセラがいる飾り棚の上へと伸ばす。
「しーちゃん、おいで。怖くないよ」
 ノクトが優しく言うと、一度じっとノクトを見つめてから、ケセラは恐る恐るアレクサンドルの右手へ降り、そこにある苺を食べ始める。
 それを確認しながら、ミティスはアレクサンドルの頭に苺を置く。するとすぐに、右手から頭へと降りてきた。
「いい子だねー、しーちゃん。もうちょっと」
「怖くないぞー、落ちちゃってもオレが受け止めるぞー」
 ノクトとタイガの言葉がわかるのか、ケセラは頭の上で苺を齧りながらもチラチラと周囲を見回す。
 そして今度は左肩に苺が置かれる。
 途端、ケセラが肩へと飛び降りた。
「あ!」
 ノクトとミティスがほぼ同時に声をあげる。置いた苺にケセラの足が当たって落ちたのだ。
「危ない!」
 ケセラは落ちた苺を追って一歩飛び出した。何も無い空中へ。
 しかし、そこには予期していたタイガが両手を出して待っていた。
 ―――ぽふん。
 そんな音が聞こえそうな動きで、ケセラはタイガの両手に落ちてきた。
「ナイスキャッチ!」
 ノクトがほっとしながら言ってケセラを覗き込み、思わず小さく笑ってしまう。
「しーちゃん、目ぇまん丸にして驚いてる!」
 ケセラはよくわかっていないのか、毛を逆立てたまま目を丸くし、タイガの手の中で固まっていた。
「捕まえたぜ、しーちゃん!」
 タイガがにっと笑う。
「タイガ!」
 そこへ籠を持ったセラフィムがやってきた。
「調子は?」
「今捕まえたとこ!」
 パートナーの返事と、その両手の中にいるケセラを確認して、セラフィムもほっと息をつく。
「……おいで。美味しいよ」
 セラフィムが籠の中の毛布をめくって呼ぶ。そこにはケセラの普段の餌である蜜漬けナッツが転がっていた。
「ほら、しーちゃん。もう安心だよ」
 ノクトが優しくケセラを抱き上げ、静かに籠に入れる。
 籠に入って我に返ったケセラは、自分の寝床を確認するように籠の中をぐるぐる歩き回る。
 そしてようやく安心したのか、逆立てていた毛をふんわりと弛ませ座り込み、カシカシとナッツを食べ始めた。
「大丈夫」
 もうびっくりする事は無いよ、とセラフィムはケセラの頭を撫でる。
 ケセラは気持ち良さそうに目を細め、優しい手にすりっと顔を寄せた。
 予期せぬその動きにセラフィムは驚くが、何度も擦り寄ってくるケセラにふっと微笑む。
「……柔らかい」
 初めて触れるその温かさと柔らかさに、セラフィムは静かに感動する。
「―――もきゅぅ」
 細く高い、幸せそうな鳴き声が、その場に響いた。


■お届けに参りました
「あらまぁ、ありがとうございます!」
 喫茶『花あらし』に着くと、穏やかな雰囲気の初老の女性が、ウィンクルム達を迎えた。
「ホラお前、はやく席に通してさしあげて。それからお菓子を」
「はい。じゃあ皆さんどうぞ!」
 店主に促されて、女性―恐らくは奥さんなのだろう―は日当たりのいい大人数用の席へと案内する。
「この子、うちの看板ケセラなの。よかったらご一緒させてくださいね」
 そう言って、ケセラも籠ごと近くの大きな椅子へ置いた。
「喜んで!」
 ノクトが嬉しそうに答えると、ケセラは籠から顔を出してウィンクルム達を興味深そうに見つめだした。
「どうぞ、こちらの果実大福はお礼です。今の時期は苺の大福となります」
「足りないようでしたらこちらもどうぞ」
 こっちはただじゃありませんが、と、悪戯っぽく笑う店主からメニューを渡さる。
「大福が結構大きいから食べ物はもういいかな。ぼく、ほうじ茶が飲みたいなぁ。ミティスは?」
「では同じものを」
 ノクトとミティスは追加でほうじ茶を注文する。
「セラ! 花蜜団子ってうまそう!」
「確かに……すみません、これ一つ。あと抹茶を二つ」
 セラフィムとタイガは花蜜団子に抹茶を。
「……確かに美味しそうだ。花蜜団子をもう一つ。それと玄米茶を」
「抹茶も一つお願いする」
 ヴァレリアーノとアレクサンドルは同じく花蜜団子と、玄米茶と抹茶を。
 それぞれ注文するそばから、どんどんお茶は運ばれる。
 かくして、花蜜団子はともかく、それぞれの前に果実大福とお茶が揃った。
「皆さん、ありがとうございました。どうぞごゆっくり」
 店主のねぎらいの言葉で、お茶会が始まった。
「いっただきまーす!」
 はじめに動き出したのはタイガだ。
 待ちきれなかったのか、既に手に持っていた果実大福にがぶりと齧りついた。
「うめえ! おっさんいい仕事してる!」
「お菓子は逃げないから味わって食えって」
 はしゃぐタイガにセラフィムは呆れながら抹茶を一口ふくむ。爽やかな香りとじんわりとした苦味が、慌しかった今までを落ち着かせてくれるようだった。
「美味しい~! ミティス、これ美味しいよ!」
 ノクトは果実大福の美味しさにうっとりとしている。
「皮はもっちりして、中の餡子は甘さ控えめなのに苺はすっごく甘い!」
「うん、これはいいね。結構大きいけど軽く食べられそうだよ」
 ほうじ茶にも合うなぁ、と、ミティスの顔も自然と笑みの形を作っている。
「おや、アーノのお茶に茶柱が立っているね」
「茶柱?」
 果実大福を堪能しているヴァレリアーノにアレクサンドルは話しかける。
「そう、ほらご覧。縁起が良いのだよ」
「ふん、そうか」
 依頼も無事にこなし、美味しいものを食べ、その上でのこの現象。
 戦闘狂といっても差し支えないようなヴァレリアーノも、この瞬間は年相応の少年らしい得意げな表情を見せた。
 そんな反応を肴に、アレクサンドルは抹茶のほろ苦さを楽しんだ。
「お待たせしました、花蜜団子です」
「待ってましたー!!」
「だから落ち着けって。ったく」
 運ばれてきた団子に歓喜の声をあげたのはタイガだ。それを諌めるセラフィムの声も何処か柔らかい。
 と、その時、ケセラが籠からぴょんと飛び出し、ミティスの膝の上に乗って丸くなる。
 どうやら、何度も名前を呼んだノクトと、置いただけとはいえ苺をくれたミティス、この二人に懐いたようだった。
「かーわいー! またケセラ絡みの依頼があったらいいなぁ、今度はもっと遊びたい」
「きゅー」
「鳴き声も可愛いー!」
 ノクトが全身を撫でまわすと、くすぐったそうに逃げてミティスの身体を登って右肩へと辿り着く。そこで「もきゅう」と一鳴きしてミティスの頬に擦り寄った。
「んー……しーちゃんおいで!」
 少し口を尖らせたノクトがひょいとケセラを抱くと、「ヴァレリアーノさん、あんまり触ってないよね。ほらほら、セラフィムさんも!」とヴァレリアーノとセラフィムの方へと席を立つ。


「あれはやきもちかね」
 アレクサンドルが空いたミティスの横に座って話しかける。
「まさか」
 苦笑してミティスは答える。
 自分達は家族のような関係だ。ミティスはそう思ってるが、もしやきもちだったらと考えると、すこしくすぐったい気持ちになった。
「汝の神人はいつも素直そうなのだよ」
「はい、とても。ノクトの長所でしょうね。素直で、とても優しいんです」
 誇らしげに言うミティスにアレクサンドルは肩をすくめる。
「我の神人も少しは見習ってほしいものだ」
 今回、少しばかり少年らしさを見せてくれたが。
 そういうアレクサンドルは、しかしとても楽しそうだ。今もケセラに戸惑い、仲間達に構われているヴァレリアーノを、目を細めて見守っている。
「本当に、いい依頼だったのだよ」
 言って、この時間を味わうように抹茶を飲んだ。
「オレ達にとってもいい依頼だったぜ」
 そこに加わったのは、たった今まで神人達とはしゃいでいたタイガだ。
「ケセラに触れたし、こんな風に仲間が出来たし」
 今までセラが体験できなかった世界だ。見られなかった世界だ。そこに、一緒に行けたことが嬉しい。
 笑いながらセラフィムを見守るタイガは、見かけよりも大人びて見えた。
「お二人とも、パートナーが大事なんですね」
 ミティスが言うと、アレクサンドルとタイガが同時に「当然だ」と答えた。
 瞬間、三人とも目を瞬かせて、けれどすぐに声をあげて笑いあった。
「何笑ってるの?」
 精霊達の笑い声に気付いた神人達が、それぞれのパートナーのところへ戻ってくる。


「花蜜団子、美味しそうだったね。やっぱり頼めばよかったかなぁ」
 ノクトはまだ温かいほうじ茶を飲みながら言った。
 濃い緑色の皿に置かれた三本の桜色の焼き団子には、金色の蜜がかけられ、さらに蜜漬けの花が飾られていた。
 見ているだけでも綺麗な甘味は、食べた人間に言わせれば見かけを裏切らない美味しさだったという。
「また来ればいいんじゃないかな。今度は、二人で」
 何気なく交わされた未来の約束に、ノクトは照れくさそうに微笑みながら、「うん」と答えた。
「しーちゃん、また来るね!」
 顔を摺り寄せてケセラに挨拶をする。
 ふと考えて、小さな声で、誰にも聞こえないほどの声で言う。
「ミティスはぼくのパートナーなんだからね。しーちゃんもあんまりべったりしちゃ駄目だよ」
「ノクト?」
 何をしているのかとミティスが首を傾げ、何を言われたかわからないケセラが「もきゅう?」と鳴く。
 ノクトはそんな一人と一匹の様子を楽しそうに笑って、
「何でもない!」
 と、元気に言った。


「……вкусно」
 恐らく無意識だろう、二本目の花蜜団子を食べながらぽろっと『美味しい』という意味の言葉を呟いたのはヴァレリアーノだ。
 アレクサンドルはそんなヴァレリアーノを見て微笑んでいる。
「何だ?」
 視線に気付いたヴァレリアーノがきゅっと顔を引き締めて問うが、アレクサンドルはどこ吹く風だ。
「アーノ、ここはあーんする場面では?」
「何ふざけた事を言っている」
 険しい顔でアレクサンドルを睨みつける。
 そんな変わりようさえもアレクサンドルには微笑ましい。
「……冗談です」
 言いながらくすくすと笑うと、ヴァレリアーノは団子の皿をアレクサンドルから遠ざけて抱え込む。
「サーシャには絶対渡さない」
「残念なことなのだよ。だがまぁ、思う存分堪能するといい。けれど、それほどまでならお土産として買おうかね」
 何気なく言ったら、ヴァレリアーノはピクリと反応して目を輝かせた。
 けれどすぐに我に返り、「好きにしろ」と冷静さを装って言った。
「では店主、土産を頼みたいのだが」
 笑いながら声をかけると、思い出したようにヴァレリアーノがこちらを向いた。
「そういえば『まるはち』のスタッフが仕事を全う出来ない事を悔やんでいた。今度ここへ来たら、果実大福を渡して労わってもらえないか」
 無理ならいいが、と言うヴァレリアーノに、けれど店主は「ああ!」と納得したように頷いた。
「いつもお世話になってる子だからね、勿論。気を遣ってくれてありがとうね」
 店主はニコニコしながら言って、早速土産の準備を始めた。
「……何だ?」
 やたらと温かい視線を感じて、ヴァレリアーノはさっきと同じ言葉を口にする。
「いや、アーノが我のパートナーでよかったと思っただけなのだよ」
「黙れ」
 今日二度目の似たようなやり取りに、ヴァレリアーノはほんの少しだけ頬を赤らめた。


 果実大福も花蜜団子も存分に味わって、これで締めとばかりにセラフィムは抹茶を味わっていた。
 けれど、その様子は何処か物憂げだ。
 それに気付いたタイガが、それとなく自身の尻尾を動かしてセラフィムの手に触れる。
「タイガ?」
「寂しい?」
「! 別に、寂しくなんか」
 ぎくりとした。
 本の中でしか見られなかったものに触れ、関わらなかった人達と話し。
 それは望んでいた筈なのに、いや、望んでいたからこそ、終わりが近づくと胸にぽかりと穴が開く。
「……オレだって、しーちゃんには負けるけど毛玉もってるし。代わりと言っちゃなんだけど撫でてもいいぜ」
 タイガはそっぽを向いたまま耳や尻尾をぴょこぴょこ動かす。
 それは一方的な同情ではなく、純粋な思いやりだった。だから、セラフィムは素直に受け止める事が出来た。
「……いいんだ?」
「おう」
「そういえば触った事なかった」
 付き合いはそれなりにあるのに、初めての事にどちらもむずむずした気持ちになる。
「……どう?」
「ケセラとは違って……ぷっ……タイガ面白いよ。その顔」
「くすぐってーの!」
 真面目な顔がところどころ引きつり妙に赤くなっている。
 そんなパートナーを見てセラフィムはただ笑う。
(……ありがとう)
 今はまだ口に出して言えない言葉は、心の中でそっと呟いた。
「果実大福、買って帰るか」
「おう!!」
 口に出せたのはそんなありきたりな、いつもの会話だった。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 03月19日
出発日 03月26日 00:00
予定納品日 04月05日

参加者

会議室

  • [10]セラフィム・ロイス

    2014/03/24-23:36 

    なるほど。把握した。やさしくで網など道具は使わずにだな
    キャリーケースの件もありがとう

    そうだな。駄目な場合はケースに餌トラップなのも考えていたが・・・
    最終手段か、通すなら無しがいいか。わかった。

    ケース+愛用の毛布入れる等、さきに主人に接触して用意してこようと思うよ
    (事情はごまかして)
    安心材料に落ち着いてもらうためにね。あ、知識はタイガや本の受け売りだ

  • 俺も素手で抱きかかえる方向で考えていた。
    網などの道具は使わないつもりだ。
    ノクトが言う流れで問題ないだろう。
    あとキャリーケースの準備に関しては了解だ。感謝だ、セラフィム。

  • [8]ノクト・フィーリ

    2014/03/24-19:44 

    うんうん。

    やさしく捕まえる…、うーん、慣れてもらって寄って来たところを抱き上げる感じで?かな?
    捕まえるとき道具つかって怪我させちゃったらいけないしねっ

    じゃあ、捕まえられたらセラフィムさんのキャリーケースに入れるってことでいいかなあ。

  • [7]セラフィム・ロイス

    2014/03/23-23:40 

    僕も協力したい。
    みつけたら『しーちゃん』に声かけぐらいはするけど
    ノクト任せようか。聞くのもいいと思うよ

    僕は果実屋からケセラの好物をきけないか試すつもり
    【やさしく捕まえて】とMSのにあるけど・・・
    具体的にどうやって捕まえる?

    餌で懐いて素手で・・・でいい?複数案だしとく?
    あ。もし素手でなら二人にまかせたい
    あとキャリーケースを用意しておこうと思うよ。再逃亡防止のためにも

  • ではケセラの名を呼ぶのはノクトに任せる。
    あと道行く人にケセラのことを聞くのも良いと思う。
    白い毛玉との事だからきっと目につくだろうしな。

  • [4]ノクト・フィーリ

    2014/03/23-19:01 

    あ、あと道にいる人に『しーちゃん』見なかったか聞くのもいいかも。
    って思ったんだけどどうかなあ。

  • [3]ノクト・フィーリ

    2014/03/23-17:23 

    ノクトだよー。よろしくねっ

    んー、セラフィムさんは動物なれないみたいだし、じゃあぼくが『しーちゃん』を呼びながら歩いて行こうかなあ。

    高いところにいたら危ないから、怪我しないようにはやく保護してあげないとね。

  • 二人とも初対面だな。
    ヴァレリアーノ・アレンスキーだ。宜しく。

    ケセラを捕獲し店主夫婦に届けろとの事だが、
    俺は優しく捕獲するのには慣れてない。
    なので出来れば協力して捕まえたい。

    果物屋にいる可能性が高いらしいから、そこへ行ってみるのがいいと思う。
    居たらケセラの名を呼んで呼び寄せたりな。
    ケセラの名を呼ぶのは他の人に任せたい。
    …決して恥ずかしい訳ではない。

    逃げた場合は果物屋で果物(今の季節なら苺か)を買い誘き寄せるなど。
    セラフィムのケセラを安心させる案は良案だな。
    狭くて高い所を好むとの事だから、路地裏の電線等に居るかもしれない。

    また、もし店の物を勝手に食べていたら『まるはち』に請求する様には言っておく。

  • [1]セラフィム・ロイス

    2014/03/22-03:40 

    どうもセラフィムだ
    タイガは捕まえるのに躍起みたいだけど・・・どうしようね

    僕は動物になれてないのもあって
    餌の木の実をおいて少しずつ距離を近くして安心させるつもり
    (「そこをきゅっと麻袋で捕まえてー(もが)」)
    は置いといて、いい作戦があれば協力したいとは思ってるかな。連携もいいと思うし


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