リザルトノベル

●コース3 泳がなくてもいいじゃない!

 月明かりは優しく降り注いでいる。
「一緒に散歩に行かない?」
 鞘奈にそう言われた瞬間、ミラドアルドは自分の耳を疑った。
(明日は槍が降るかな……きっと)
 そんな事を思いながら、彼女の黒い瞳を見返す。
「いいですよ」
「え?」
「どうして驚くんです?」
「……別に。それじゃ、行きましょう」
 鞘奈は長い黒髪を揺らし、ミラドアルドを促した。
(断られるかと思ったけど意外。たまには、いいか)
 ホテルの外に出ると、夜風が気持ちよかった。
 目当てのヤシ林の中にある散歩コースは直ぐに見つかる。月明かりが、道しるべになっていたから。
 さくさくさく。
 砂浜を無言で歩く。
 月明かりの散歩道は静寂に満ちていて、二人の足音と、息遣い、波音だけが響いていた。
(無言だけど……いつものことね)
 隣を歩く
ミラドアルドも何も言わない。
(それがいい)
 沈黙は苦ではなく、それが心地良いと思う。彼がどう思っているかは知らないけれど──。
(何も喋らないほうが、彼女は楽しめる)
 ミリアルドは無言で歩く鞘奈の横顔をチラリと見遣った。
(僕もお喋りより、鞘奈とは無言の空気の方が心地良いしね)
 そう考えると、鞘奈との相性は悪くないのかもしれない、なんて。
「月明り、綺麗ね」
 不意に彼女の唇が動いた。ミリアルドは少し驚いてから、瞳を細める。
「月明りの道に佇む鞘奈はよく映える……って臭いかな」
「何を言い出すのよ、殴るわよ」
「ははは」
 穏やかな空気が、優しい月明かりと共に二人を包んでいた。


 繋いだ手が、温かい。
 リーリア=エスペリットは、ジャスティ=カレックと一緒に月明かりの散歩道を歩いていた。
 空には宝石のような星々が煌めいて、二つの月が、二人を見守るように照らしている。
 月光は夜道を明るく照らし、二人はゆっくりと光を辿るように砂浜を歩いていた。
 二人の手は、しっかりと繋がれている。
 自然と歩き出した時には、手を重ねていた。
(月明かり、優しい色……)
 リーリアは月を見上げてから、隣を歩くジャスティを見つめる。
 月の光に彼の長い銀色の髪が光って、とても綺麗だった。
(月明かりって、ジャスティみたい)
 優しくて綺麗で、何時だってリーリアを柔らかく包み込んでくれる。
(ドキドキする)
 彼と再会して、パートナーとなって、恋人として今一緒に歩いている事が、とても幸せで嬉しい。
「リーリア」
 鼓膜を震わせる優しい声にハッとすると、ジャスティがこちらを見て微笑んでいた。
「月夜の散歩がこんなに楽しいなんて、知らなかったです……」
 菫色の瞳を細め、彼はゆっくりと囁くように言う。
「何もかも新鮮に感じます。……きっとリーリアが傍に居てくれるから」
「ジャスティ……」
 ほんのりと彼女の頬が赤く染まった。
 月明かりを浴びた彼女は本当に綺麗で。艶やかな黒髪も、優しい紅の瞳も、すべてが愛おしい。
 胸が熱くなる。
「あのね、ジャスティ」
 頬を染めたまま、リーリアはジャスティを見上げて笑う。
「私もね、こうして一緒にいれる時間……とても幸せ」
 だからね。
「またデートしようね」
 ああ、もう本当に。
 ジャスティは込み上げる感情に、ほぅと息を吐き出した。
「勿論です」
 やっと一言そう返して、幸せに微笑み合う。
「あ……」
 不意に目を丸くしたリーリアが後ろを指差した。
 ジャスティが慌てて振り向けば、いつの間にか忍び寄っていた撮影カメラが二人をしっかりと映していた。


 月光に照らされると、どうしてか心が安らぐ。
「わぁ……すごく綺麗……!」
 ヤシ林の中、月光に照らされて光る道が続いていた。
「月が出ると光る道……不思議です」
 月泉 悠は驚きと感動に瞳を揺らし、サクサクと砂浜を踏み締め、月光を身体いっぱいに浴びる。
「ほう、こんな素晴らしい景色が見れるとは思ってませんでしたね……」
 彼女の後ろでは、パートナーであるエードラム=カイヴァントが、月明かりに浮かび上がる道と月とを見比べていた。
「のんびりと行きましょうか」
「はい!」
 エードラムの提案に大きく頷いて、二人は散歩道を歩き始めた。
 砂を踏み締める音、ヤシの木が揺れる音、遠くに聞こえる波の音。
 心地良いリズムに身を任せ、ゆっくりゆっくりと歩を進める。
 このリズムは、私とエードさんのリズムだ。そう思いながら、悠は口を開いた。
「エードさんと契約していろいろありましたけど……」
 エードの優しい眼差しがこちらを見ている。
「嬉しい事もあったしこんな景色も見れて……」
 悠は一歩二歩前へ出ると、エードラムを振り返り、月明かりを背に笑った。
「契約して本当によかった……!」
 彼女が眩しい。エードラムは月光を浴びて微笑む彼女から、視線を逸らせない己を感じていた。
「あの……これからも宜しくお願いします!」
 勢いよく悠が頭を下げる。実に彼女らしい。
「……改まって言われると少し照れくさいですね」
 頬を掻きながらそう返せば、悠はでもお礼を言っておきたくて……とはにかんだ。
 そんな様子もやっぱり彼女らしくて。
「こちらこそ、これからも宜しくお願いします」
 エードラムは手を差し出した。
 悠はエードラムの顔と手を今後に見た後、頬を赤く染めて、そっとその手を掴む。
 交わした握手は優しくて。
 月に照らされた悠の笑顔がとても綺麗で、エードラムは自然と微笑みを浮かべていた。
 後ろから撮影カメラが撮っていた事を、二人が気付くのはもう少し後の事。


 ぼんやりと月の光に輝く道は、とてもとても綺麗。
「月の満ち欠けで道が変わるんですって」
 光に満ちた道を歩きながら、ニーナ・ルアルディはニコニコと隣を歩くパートナーを見上げた。
「ってことは、明日にはもう道は変わってるって事か」
 へぇとグレン・カーヴェルは、空に輝く二つの月を見遣る。
「迷っちゃいそうですよね」
 ニーナは無意識に、グレンと繋いでいる手に力を込めた。
 グレンの手は大きくて温かい。
「でも、手を繋いでくれているので安心です」
「……」
 嬉しそうに笑うニーナの横顔が月光に照らされて、不覚にも綺麗だなとグレンが思う。
「涼しい時間なら散歩もいいもんだな……」
 わざと話題を逸らして、グレンはそっとニーナの手を握り返した。
「ふふ……」
 繋いだ手が嬉しくて、ニーナの足は自然と軽くなる。
「オイ、あんまはしゃぐと転ぶぞー」
 スキップでもしそうな勢いのニーナに、グレンが注意する。
「大丈夫、転んだりなんてしな……」
 がくんと沈む身体を、グレンの力強い腕がしっかりと支える。
「……いと思ってました。抱きとめてくれてありがとうございます……」
 言った傍から転んでしまい、恥ずかしさで真っ赤になりながらニーナがお礼を言った。
「何となくこうなるって予想はしてたから平気だ」
 グレンは喉を鳴らして笑うと、柔らかいニーナの髪を撫でる。
「折角だし、もう少しくっついとくか」
「……え?……は、はい」
 悪戯っぽく耳元で囁けば、ニーナは耳まで赤くしながらも頷いて、ぎゅっとグレンの服を掴んできた。
 優しく彼女の背中を撫でながら、グレンは口元を上げる。
(撮影されてること思い出したら、こいつどんな反応するかな)
 先ほどから二人をしっかり映しているカメラを見遣り、グエンが笑った事をニーナは知らなかった。


 カプカプビーチは、明るい日の光でキラキラと輝いている。
「わっ、エミリオさん」
 視界に映ったものに、ミサ・フルールは興奮に声を上擦らせながら、パートナーの服の袖を引っ張った。
「カプカプだよ!」
「……本当だ」
 ミサが視線で示す先、岩の上で寛いでいた白い男の子が、こちらに気付き手を振っている。エミリオ・シュトルツは大きく瞬きした。
「行ってみよう、エミリオさん!」
 ミサはエミリオの手を引くと、白い男の子の元へと歩み寄った。
「初めまして!」
 ひょいと岩から降りてきたカプカプに、ミサは笑顔で挨拶する。
「エミリオさん、カプカプはね、神様の使いで、二人で抱きしめると良いことが起こるんだって!」
「へぇ……よろしくね」
 二人の挨拶ににこにこと男の子は微笑み、ミサとエミリオを交互に見た。
「エミリオさん」
 ミサはじっとエミリオを見上げる。
「……私、エミリオさんに抱きしめてもらいたいな……ダメ、かなぁ……」
「……っ」
 口元を手で覆い、エミリオの顔が朱に染まった。
「あんまり、かわいい事言わないで……」
 威力有り過ぎ。反則だから。
 ふーっと息を吐き出して、エミリオはミサを真っ直ぐに見返す。
「……ほら、おいで……?」
「うん……」
 エミリオが引き寄せると、ミサは彼の胸にすっぽりと収まった。
 優しい温かい体温。愛おしい温度。
「……お前がいてくれるからオレはオレでいられるんだ」
 栗色の髪を撫でて、耳元に唇を寄せて。溢れる想いが零れる。
「……世界の何よりもお前が好きだ……愛してる」
 エミリオの言葉は甘い鎖となって、ミサの全身を縛り付けた。優しく甘く、痺れる。
「……」
 ぽふ。
 抱きしめ合う二人に、カプカプ自らが両手を広げて抱き着いた。
 二人に幸あれ。そう言うように。
 抱き合う三人を、撮影カメラが温かく映し出していた。


 少し懐かしい景色は変わらない顔で、明るく出迎えてくれる。
「カプカプビーチも久しぶりだなぁ」
 日向 悠夜は、陽の光に瞳を細め、広がる砂浜を見渡した。
 白い砂浜と、青い海と。髪を撫でる潮風が心地良い。
「悠夜さん、有難う」
 背後から掛けられた優しい声に悠夜が振り向けば、降矢 弓弦が眩しそうに彼女を見ていた。
「弓弦さん?」
 何が?と小首を傾げる彼女に歩み寄り、弓弦は微笑む。
「テレビの撮影、断ってくれて助かった」
 パチパチと瞬きし、悠夜は微笑みを返した。
「弓弦とゆっくり過ごしたかったんだ」
 それには撮影は無い方が良い。
「僕も……悠夜さんとゆっくり過ごしたい」
「ふふ、歩こっか」
 二人は笑い合うと、浜辺をのんびりと歩き始める。
 歩きながら、隣に並んだ弓弦の手が悠夜の手に触れて、ゆっくりと包み込んだ。
 無言で繋がれた手に、悠夜の心臓が大きく跳ねる。
 ドキドキする。でも、とても嬉しい。
 ふわりと悠夜が微笑む横顔が、太陽の光に照らされて。
 弓弦も気付けば微笑んでいた。彼女の手を握る手に、ぎゅっと力が入る。
 暫くお互いの体温を感じながら浜辺を歩いていると、前方で水辺で遊ぶ小さな男の子が視界に入った。
「悠夜さん」
「あれって……カプカプさま?」
 白い男の子に、二人は手を繋いだまま駆け寄る。
 やって来た二人に、カプカプは遊ぶ手を止めて、にっこり微笑んで二人を見上げた。そして両手を広げる。
「抱き締めてもいい……って事かな?」
「そうだよね!」
 弓弦が首を傾け、悠夜が尋ねると、カプカプは大きく一つ頷いた。
 悠夜と弓弦は顔を見合わせ、一緒に優しくカプカプを抱き締める。
「幸せになろうね!」
「……ああ、幸せに」
 交わされる温かな言葉に、カプカプは満面の笑みを浮かべたのだった。


 大きな樽や錨が飾られている店内は、ミステリアスで洒落っ気に満ちている。
「海賊のお店……どのような所かと思っていましたけれど、素敵な所ですね」
 奥のテーブル席に座り、リヴィエラはおっとりと微笑んだ。
 彼女が微笑むだけで、周囲の空気が柔らかく変わる──ロジェは瞳を細めて彼女を見つめる。
「リヴィー、何を頼む?」
 メニューを差し出せば、彼女は迷うように口元に指を当てた。少し悩んだ後、
「ピッツァが美味しそうです」
 にっこりと微笑む。
「飲み物はどうしようか」
 ロジェの指が、オリジナルカクテルを指差した。
「これならノンアルコールだ。これにしようか」
「はい!」
 ロジェが手を上げ注文してから暫し待つと、二人の前に出来立てのシーフードとチーズ、バジルソースのピッツァと、鮮やかな色のカクテルが並んだ。
 二人で手を合わせてから、熱々のピッツァを早速頂く事にする。
「リヴィー、熱いから気を付けて。俺が取り分けるから」
 ロジェはいち早くリヴィエラを制止し、自らピッツァを食べやすい大きさに切り分ける。
 それから、一口サイズに切ったものを、彼女の口元へ差し出した。
「え? ロジェ?」
「恥ずかがる事はない。口を開けろ」
 微笑み促すロジェに、リヴィエラはほんのり頬を染めながら、ゆっくりと口を開けた。
 口の中に、ジューシィな味がじわっと広がる。
「とっても美味しいです」
 ゆっくり味わってから、リヴィエラが微笑んだ。きっとロジェが食べさせてくれた分、美味しさは増している。
「幸せ……」
 うっとり瞳を細める彼女を優しく見つめ、ロジェは次のピッツァを彼女に食べさせるべく、手を伸ばした。
 仲良く食べさせ合いをする二人の様子は、撮影カメラがじっと映し出していたのだった。


 昼間のムーングロウは、明るい陽射しの中、静かでひっそりとしている。
 クロスはゆっくりと砂を踏み締めて歩きながら、背後を付いてくる撮影隊が気になっていた。
「クー、たまにはのんびり散歩も良いな」
 隣で、オルクスが大きく息を吸って、うーんと伸びをする。
 シャツが捲れて彼の逞しい腹筋が晒されると、クロスは眉間に皺が寄る己を感じた。
「あぁ……でも」
 さり気なく、オルクスとカメラの間に入りながら、クロスは眉を下げる。
「撮影とか恥ずかしいんだが……」
(俺の格好良いオルクが映るのは良い……と思ってたけど、でもやっぱ嫌だな……)
 不特定多数に、画面越しとはいえ、じっくりとオルクスを見られる。想像するとチクリと胸が痛んだ。
 浮かない顔の彼女に、オルクスがふっと微笑む。
「まぁ良いじゃね、仕事だと思えば」
 リラックス、リラックス。
 ポンポンと肩を叩けば、少しだけクロスの身体の強張りが解けた。
(本当はオレのクーを全国に映すのは嫌だけどな……)
 こちらを見て微笑むクロスは、太陽の光にキラキラ光って、本当に綺麗で可愛い。
 独占欲が湧き上がるのを押さえ付けながら、オルクスは話題を変える事にする。
「そういや、この散歩道って、夜は月明かりで道が輝くらしいぞ」
「そうなのか?」
 足元を見つめ、クロスが目を丸くする。今は全く平凡な砂浜だ。全く想像が出来ない。
「なら、今夜にでも行かない?」
 思わずそう誘えば、
「あぁ、行くか!」
 ニカッとオルクスが笑う。大好きな笑顔だ。クロスの胸に嬉しい気持ちがじわっと広がる。
「サンキュ」
 トンと砂を蹴って、クロスは彼の胸へと飛び込んだ。
「約束、な」
 胸元に手を置いて微笑んで見上げる。
「当たり前だっつーの」
 眩しそうにオルクスが瞳を細め、クロスを優しく抱き寄せた。
 ゆっくりと唇が重なって、愛しい想いを伝え合う。
 ぎゅっと抱き締められながら、クロスは頬が熱くなるのを感じた。だって、今の様子もカメラに映っているに違いなかったから。


 月明かりに照らされる道は、不思議な色。
(月明かりの中歩くのって新鮮)
 ロア・ディヒラーは、ぼんやり輝く道の上を不思議な気持ちで歩いていた。
 照明の明かりではない、何処か神聖で温かい光。
 クレドリックは、足元の光を見つめるロアの横顔を見ていた。
 月明かりに照らされるの彼女は、とても神聖で、得難い存在のように感じる。
 儚げで、このまま居なくなってしまいそうな……。
 胸を叩く不安に、クレドリックは唇を開いた。
「ロア」
「なぁに? クレちゃん」
 菫色のロアの瞳がこちらを向けば、不安が少し薄らぐ。
 彼女は確かに自分を見ている。隣に居る。触れられる距離に、居る──。
 気付けば口を開いていた。
「手を繋いでも構わないかね……?」
 ロアは彼の言葉に大きく瞬きしてから、微笑んだ。
「いいよ、月明かりだけじゃ心細いかなって思ってた」
 ふわりと差し出された細い指を、ロアは壊れ物に触れるようにして握り、手を繋ぐ。
「月明かりが照らす場所から外れれば、闇に包まれるのだろうな」
 手を繋いで歩きながら、ロアがぽつりを呟いた。
「そうだね、この道の外は真っ暗みたい」
 ざわざわとヤシの木が風に揺れる。木々の間は漆黒の闇が広がっていた。
「しかし……ロアとなら」
 ぎゅっと握る手に力が入る。
「ロアとなら何処へでも行こうではないか」
 ロアはクレドリックを見上げた。
 月明かりに照らされた彼の瞳には、強い銀の光。
(クレちゃん、なんでそんなに私の事信用してるのか分かんないけど──)
「私もクレちゃんとなら大丈夫な気がするんだ」
 にっこりと微笑むロアに、クレドリックは息を飲んだ。
 ずっと一緒に居たい。離れたくない。
 祈りのように願いながら、月を仰ぐ。
 月の光が、二人を導くように、優しく煌めいていた。
 歩く二人を、撮影カメラが静かに見守っている。


 ムーングロウは、昼間はただのヤシの木の林だ。
(夜、道ができるのは。
 ヤシの木の背が、高いからかな)
 ひろのはぼんやりと大きなヤシの木を見上げた。風に揺れる葉が涼しげだ。
「青い空にヤシの木は映えるな。目に優しい」
 隣で聞こえた声に、ひろのは顔を上げる。ルシエロ=ザガンのワインレッドの髪が、潮風に靡いていた。
(……ルシェにも、青い空とヤシの木が映える、な……)
 心の声は口に出さず、ひろのはそうだねと頷く。
 明るい陽射しの中、のんびりとした時間が過ぎる。
(それにしても、人目は避けるだろうとは思ったが、昼のムーングロウとは)
 飽きる事なく、景色を眺めているひろのの横顔を盗み見て、ルシエロは小さく口元を上げる。
(特に何も無いな)
 ひろのとルシエロ以外、今は人影は無かった。皆、ゴールドビーチやカプカプビーチの方に行っているのだろう。
 聞こえてくる波音も静かで、ここだけ時が止まっているかのようだ。
「泳がなくて、良いの?」
 海の方向に視線を向けていたら、ひろのがくいっと服の袖を引いてきた。首を傾ける彼女は、少し心配げな眼差し。
 

泳ぐのも良いが。
「オマエの隣に居るのが不満か?」
 ルシエロは長い髪を揺らして、ひろのを見下ろす。タンジャリンオレンジの瞳が陽の光に煌めいた。
 焦げ茶の瞳を見開いて、ひろのは彼を見上げる。
 答えなんて考えるまでも無かった。ふるふると陽の光に茶色がかってみえる黒髪を揺らし首を振る。
 ルシエロの目が細められた。
「ヒロノが居なければ来た意味が無い」
 ルシエロの言葉は、彼自身と一緒で、キラキラと輝くよう。
 ほんのりと明かりを灯してくれる。
 うん、とひろのは頷く。
「一緒は嬉しい」
 小さな呟きは、ルシエロの胸を熱くさせた。
 彼女だけが与えてくれる、この感情。
「オレもだ」
 長い指が伸びて、ひろのの髪を優しく撫でる。
 その指の温かさと、彼の微笑みに、ひろのはゆっくりと微笑みを返したのだった。


 大きな樽には無数の穴。
「ヒャッハー! どれにしようかなぁ?」
 ラダ・ブッチャーは小剣を構え、樽に空く穴達を吟味した。
 樽の上には、ガイコツの海賊がすっぽりはまって、頭だけが出ている。。
 穴の中のどれかに仕掛けがあり、小剣を刺すとガイコツ海賊が空を飛ぶという遊具だ。
「これに決めた!」
 ザンッ!
 ラダが小剣を突き刺せば、ぽーんとガイコツ海賊のぬいぐるみが飛んだ。
「頂きましたわ」
 にっこり笑ってエリー・アッシェンが見事キャッチすると、海賊の格好をした店員達から、『やるなぁ姉ちゃん!』と声が上がる。
 テレビ撮影カメラもばっちりその瞬間を映していた。
「チームプレイの勝利かな?」
「うふふ、そうですわね」
 二人は顔を見合わせて笑うと、カウンター席に腰を下ろした。
「海賊は男のロマンだよねぇ、ヒャッハー!」
 飾られている海賊旗や錨に瞳を輝かせるラダを見つめ、エリーは瞳を細める。
(ラダさん、喜んでますね)
「ジョリー・ロジャーが飲みたいな」
 メニューを眺めれば、ラダはカクテルの一つを指差した。
 ラムをベースに、バナナ・リキュールとレモン・ジュースを入れたトロピカルなカクテルだ。
 カウンターの中、『船長』の名札を付けた海賊姿の店員が、あいよと白い歯を見せる。
「カクテルですか……」
 一方エリーはメニューを眺め、考え込むように耳元の髪を指先で掻き上げる。
「エリーはお酒飲めないの?」
「酔う感覚が苦手でお酒はあまり……」
 ラダの問い掛けにやんわりと微笑み、でも……とエリーは続けた。
「酒場でお酒を飲まないと、ミルクを出されて笑われるかも」
「そこでミルクを出すのは西部劇の酒場ぐらいだよぉ」
 ラダは可笑しげに笑うと、エリーの手元のメニューを一枚捲る。
「ノンアルコールでキレイなカクテルもあるよ。どう?」
 彼が指差す先、オレンジが夏らしい綺麗なカクテルの写真が視界に映った。
「では、サマー・デライトを」
 『船長』が再びあいよ!と威勢よく笑う。
 二つの夏色のカクテルが二人の前に並んだ。橙色がグラスの中で鮮やかに揺れる。
「海賊旗と夏の喜びに乾杯」
「乾杯!」
 軽くグラスを合わせて、ゆっくりとカクテルを味わえば、南国の味がした。
「うふふ……、美味しいです」
「美味しいねぇ!」
 弾ける笑顔と、美味しいカクテルと。二人の夜は始まったばかりだった。


 カプカプビーチは、明るい陽射しと爽やかな風に包まれている。
「いい天気でよかったね、テディ」
 白い砂を踏み締めて、ルンは辺りを見渡した。
「ってか熱ぃな。まぁ、水は気持ち良いぜ」
 テヤンは波打ち際を足首まで水に浸かりながら、楽しそうに笑う。
「お、綺麗な貝」
「どれどれ」
 足を止めたテヤンが拾い上げた大きな貝殻を、ルンは覗き込む。とても綺麗な櫻色。
「やるぜ」
 見惚れていると、ぐいとテヤンに貝を押し付けられ、ルンは微笑んだ。
「ありがと、テディ」
 二人はゆっくりと並んで再び歩き出す。
「ねぇ、カプカプって本当に見つかるの?」 
 周囲を見渡しながら、ルンが首と傾けた。二人はカプカプを探しながら歩いているのだ。
「さぁな。カップルだったら向こうから寄ってくるんだろーけど……ん?」
 そこまで言って、テヤンは大きく瞬きする。歩む足を止めると、すっと前を指差した。
「何か変なのがいる」
 テヤンの指差す先──波打ち際に佇む白い男の子が居る。
「……って言っている傍から、本当に見つけちゃった!」
 ルンは嬉しそうにぴょんと飛び跳ねる。
「何か変なのがいるかと思ったら、これがカプカプってヤツか」
 へぇとテヤンが感心していると、ルンがテヤンの手を掴んだ。
「テディー! 撮影するわよ。あれを二人で挟んで抱きしめるから!」

「あぁ!? 挟んで、だ、抱きしめる!?」
 ぐいぐい引っ張られながら、テヤンの顔が赤くなる。
「ほらほら、テディ!」
「わーったよ!」
 テディと一緒にカプカプの前まで駆け寄ると、ルンはにっこりとカプカプを見つめ挨拶した。
「よろしくね。抱き締めてもいい? あと写真も」
 カプカプは笑顔で頷く。
 テヤンは砂浜に三脚を立て、カメラをセッティングする。
「じゃあ、撮るからな!」
「テディ、早く!」
 タイマーをセットしてテヤンが走る。
 カシャッ!
 カプカプを両脇から抱き締める二人が、綺麗に写真に収まった。
 そしてその様子は、撮影カメラによってもしっかりと映されていたのであった。


 明るい空が海に映って、キラキラと輝いている。
「此処は、静かな場だな」
 白く長い髪を揺らして、逆月は心地良さそうに瞳を細めた。
 カプカプビーチは、静かで明るい空気に満ちている。
「ここ、神様がいるんだってさ」
 眩しい海を見遣って、豊村 刹那も瞳を細めた。
「神様?」
 逆月は隣を歩く刹那を見つめる。
「ああ。小さい男の子の姿で、恋人と二人で抱き締めると良い事が起こるとか」
 のどかな空気の中、小さな神様は恋人達の様子をこっそり見ては、姿を現す。今も何処かで。
(神、か)
 逆月は紅い瞳を僅かに伏せた。
 思い出すのは、今はもうない村。
 蛇神様の化身と崇められた日々。枯葉舞う季節に、突如それは終わりを告げて──。
 無意識に左脇腹を撫でる。痛みはもう無い筈の傷痕。
「慕われているのだな。その神は」
 ぽつり口を出た言葉に、刹那の視線を感じる。
「でなくば、抱き締めるなぞするまい」
 そう言った逆月が、何処となく儚く見えて、刹那は無意識に彼を手を伸ばして……。
「おっ、と、!?」
 砂に足を取られてグラリと身体が傾く。
 けれど、倒れ込む事は無かった。逆月が身体を支えてくれたから。触れられた箇所が、熱を持つようだった。
「大丈夫か? 刹那」
 真近に聞こえた声に、沸騰するように羞恥が刹那を駆け抜ける。
「もう大丈夫だから離れようか!?」
「……」
 逆月は無言で刹那を見つめる。
 触れると、随分と狼狽える刹那。耳まで赤い。
(面白くはあるが、何故だろうか)
 分からないけれど、唯一つ確かなのは、逆月はこの状況が嫌ではなく、寧ろ嬉しいという事。
「♪」
 見つめる白い男の子と、撮影カメラに二人が気付くのは、少し後の事だった。
 白い男の子を二人で抱き締める様子も撮影される事になるとは、今はまだ知らない。


 海賊の酒場というこの場所は、賑やかで活気ある空気に満ちていた。
 カラン。
 いつもの格好で酒場に来たハガネは、琥珀色が満ちるグラスを揺らした。
「……」
 ハガネの手元のグラスを見つめ、フリオ・クルーエルは手に持ったサンドイッチを齧る。
 ハガネはグラスを持ち上げると、琥珀色を喉を鳴らして飲み干した。
 美味しいのかどうかは、彼女の表情からは読み取れない。
「おかわり」
 けれど、カウンターに空のグラスを置いてそう言うくらいなんだから、きっと美味しいに違いない。
「坊主、さっきから何だ?」
 ハガネの青い瞳がこちらを見据え、フリオはごっくんとサンドイッチを飲み込んだ。
「べっつにー」
 オレンジジュースのストローに口を付ければ、甘酸っぱい美味しさが口の中に広がる。
(折角海に来てるのに泳がないのは勿体無いけど、酒場の雰囲気は面白い)
 普段知らない大人の雰囲気は、フリオに取って刺激的で何だかワクワクした。
 飲んでいるのはジュースだけど、大人の仲間入りをしたような……背伸びした気分。
「坊主はあたしに付き合ってないで泳ぎに行けば良いだろう」
 ハガネは小さく息を吐いた。傷だらけの体を晒す気は無い。
「一人じゃつまんないよ」
 半眼で見てくるハガネに即座にそう返して、フリオは美味しそうにサンドイッチを頬張る。
 ふんわり卵のサンドイッチに、ハムときゅうりのサンドイッチ。鶏ハムとクリームチーズのサンドイッチに、ツナサンドもある。
「子連れじゃ酔えもしない」
 フリオの様子を眺め、おかわりのグラスを受け取りぐいと呷ると、
「一切れ寄越しな」
 ハガネの指が、フリオの皿からサンドイッチを攫った。
「あ! オレのツナサンド取った!」
「欲しけりゃ、追加でオーダーしな」
「だったら代わりに、ハガネの飲んでるの一口くれよ!」
 フリオから飛び出た言葉に、ハガネは眉を上げる。
「お前に酒はまだ早い」
「えー」
 みるみるフリオの眉が八の字に曲がった。ハガネは微かに口元を上げる。
「……それまでお互い生きてたら考えてやるよ」
 ツナサンドを齧るハガネの横顔を見つめ、フリオが微笑んだ。
「大人になったら一緒に飲もう!」


 月明かりの散歩道に、静かな足音が響く。
 ざくざく。少し遅れてざくざく。
「落ち着きませんか?」
 前を歩いていたアイリス・ケリーが、栗色の長い髪を揺らし振り返った。
 白い月の明かりに照らされる彼女の口元には、笑み。
「まぁ、カメラがあるしな」
 ラルク・ラエビガータは、肩を竦めてそれに答えた。
 一瞬、ピタッと背後の足音が止まる。カメラと照明を持った撮影スタッフが恐縮そうにしているのが、アイリスの瞳に映った。
 クスリとアイリスが笑みを零す。
「ラルクさん」
 そして差し出された彼女の細い指に、ラルクはカーマインの瞳を瞬かせた。
「撮影には協力しませんと」
 にっこりとエメラルドグリーンの瞳を細め、アイリスが小首を傾げる。
「撮影班の要望に応えようってことか」
 ラルクはニヤリと笑みを返し、彼女の手を恭しく取る。カメラの視線を背中に感じながら、ラルクはぐいっとアイリスを引き寄せた。
「……あら?」
 ラルクの腕に腕を絡める格好になって、アイリスがパチパチと瞬きする。
「逆襲ですか?」
「逆襲だな」
 見上げた視線の先、月明かりに日に焼けた金の髪が輝いた。
 見下ろしてくる眼差しには、悪戯っ子のような笑み。
「たまにはアンタを負かさないと、俺の立場が無い」
「ふふっ」
 アイリスは肩を揺らし、声を上げて笑った。ラルクも釣られるように笑みを零す。
 静かな夜。綺麗な月明かり。月明かりが示す、柔らかな道。二人の笑い声が響いた。
「んじゃ行きますか、女王様」
 笑いながら、ラルクがアイリスをリードする。
「ええ」
 アイリスが微笑んで、二人はぼんやり光る夜道を寄り添って歩く。
 撮影カメラがその後ろを、ゆっくりゆっくりと付いて行った。


 明るいヤシの木林は、のんびりと散歩するには最適の場所だ。
 少し遠く聞こえる波音は耳に心地良いし、ヤシの木の影に隠れれば、日差しを避ける事も出来る。
「波音が音楽みたいです」
 菫 離々は、潮風におさげ髪を揺らしながら、のんびりと白い砂を踏み締め歩いていた。
「本当は『シャーク船長』を覗きたかったのですが」
「酒場はお嬢の年齢的にまだ少し早いですから」
 蓮は真面目な顔でそう言った。隣を歩く離々のペースに合わせている為、彼の歩みは小刻みだ。
 もし、仮に彼女を酒場に連れていったとして、それが彼女のお父様にバレて……もとい、知られてしまったら。今回は特にテレビ撮影という罠がある。
 余り想像したくない。
 離々がふと歩みを止めて、じぃっと蓮を見上げてきた。
 眼鏡越しの綺麗な翠に、蓮はドキッとしながら直立不動となる。
「ハチさんが海賊姿、凄く似合いそうなので
……酒場の雰囲気にぴったりだと思ったんです」
 にっこりと離々が微笑んだ。
「海賊要素?」
 はてと蓮は首を傾げ、片目を覆う眼帯に触れる。
「眼帯ですかね」
 にこにこしたまま、離々は蓮へ手を差し伸べた。
「有り金全部置いていきな」
「!」
 一瞬で、蓮はその場に土下座していた。
「……なんて」
 冗談です、と離々が続ける前に、彼女の足元には、蓮の財布やら身に着けていた時計やら、兎に角金目の物がどさっと置かれている。
「ハイ、これが俺の全財産です!」
 ハハーッと離々を拝む勢いで、土下座したまま砂に頭を押し付ける蓮。
 離々が笑顔のまま、首を傾ける。
「いいね! いいね!」
 パッと照明が当たるのに、蓮はチラッと顔を上げた。何時の間に来ていたのか、撮影スタッフがカメラで二人を映している。
「アッ! よりによってここ撮るとか!」
 蓮はわたわたしつつも、土下座は崩さない。
「羞恥プレイありがとうござ……じゃない!」
 咄嗟に口を出た言葉に、違うんデス!と蓮は首を振る。
 見上げれば、こちらを見下ろす離々の瞳が、とても冷たく感じた。堪らず蓮は再び頭を砂へ擦り付ける。
「アアお嬢! そんな目で見ないでくださいありがとうございます!ありがとうございます!」
 この羞恥プレイがお茶の間に放送されて、ムーングロウで羞恥プレイごっこが流行るのは、また後日の事。


 白い水着が太陽の下、少し眩しい。
 ワンピース風の水着に身を包んだ名生 佳代は、軽い足取りで砂浜を歩く。
「……きれいな景色だな」
 佳代の水着姿をなるべく視線に入れないように。
 佳代の隣を歩く花木 宏介は、眼鏡をくいっと上げながら、透明な海を見遣った。
 景色が綺麗だと思う気持ちは嘘ではない。
 太陽にキラキラ輝く海も砂浜も、青い空も目に優しい。
「宏介、景色もいーけど、ちゃんと神様を探すんだしぃ!」
 おさげ髪を揺らして、佳代はぴっと人差し指を立てた。
「幸運をもたらす神様なんだってぇ。会ってみたいんだしぃ!」
 反射的に彼女の方を見た宏介は、慌てて視線を逸らしながら、コホンと咳払いする。
(水着姿はだから、視線のやり場に困るんだ)
 初めて水着姿を見る訳ではないけれども、だからといって慣れたりは出来なかった。
(幸運、か。
 今の俺達は幸運なんだか不幸なんだか)
 宏介は考えを振り払うように、緩く首を振って佳代を見る。
「しかし……本当に見つかるのか? カップルなら兎も角……」
「宏介、あそこあそこ!」
 目を丸くした佳代が、言葉を遮り宏介の後ろを指差す。肩越しに振り返って、瞬きした。
 白い男の子が、こちらに手を振っている。
 佳代と宏介は顔を見合わせると、白い男の子──カプカプへ駆け寄った。
「会えて嬉しいんだしぃ!」
「まさか本当に会えるとは……」
 カプカプは二人をにこにこと見上げる。
「うちらもお願いしてみよっかぁ」
 佳代がそう言い、二人でぎゅっとカプカプを抱き締めた。
「素敵な王子様に出会えますように!」
「あー……、なら一つ。
佳代の目が良くなりますように。
ついでに佳代が大人しく清楚になりますように」
 出来れば、2つ目の願いを優先して欲しいかな。
 そう続ければ、佳代が目を丸くしてから、顔を赤くさせた。
「……自分の願いを言えしぃ!? 余計なお世話!ってゆーか2つも願い事、多過ぎるしぃ!!」
「あーうるさいうるさい」
 カプカプを挟んで言い合いをする二人を、いつの間にか現れた撮影カメラが、微笑ましく映していた。


 満点の星、浮かぶ二つの月。
 足元には、月明かりの道が続いている。
「ミュラーさん、見てください。星が手に届きそうなくらい、近く見えます」
 月明かりの散歩道を歩きながら、瀬谷 瑞希は夜空に手を伸ばした。
 掴めそうな程に近く、星々は瞬いている。
「ああ、本当に綺麗だ」
 フェルン・ミュラーは、輝く彼女の黒い瞳と彼女が見上げる夜空を見遣り、微笑んだ。
「意識して星空を見上げる事が無かったね。タブロスでは、街の明かりでこんなに星は見えないから」
「都会では見られない自然の宝石箱、ですね」
 瑞希は瞳を細め、優しい星の光に笑みを浮かべる。
「夜空の深い闇が星の輝きを引きたてて、とても素敵」
(ミズキも、とても綺麗だ)
 ミュラーは瑞希から目が離せなかった。
 月と星の明かりに照らされた彼女は、いつもより大人びて見えて。
 結い上げられた黒髪と、黒い瞳が、優しく光って──何よりも眩しい。
「ミュラーさん、あれが七夕の『おりひめ』と『ひこぼし』です。星座で言えば、こと座のベガとわし座のアルタイルですね」
 瑞希の指が、夜空の星を指差した。
「はくちょう座のデネブと合わせて、天の川を跨ぐ『夏の大三角』の完成です」
 指で三角を辿ってみせて、瑞希は微笑む。
「この三角形に囲まれた部分にも星座があって──例えば、こぎつね座」
 つっと星座を指で描いた。
「タブロスでは街の明かりでよく見えないんですが、ここでは良く見えます」
「星座とは、こんなにも色々あるのだね」
 感心しながら、ミュラーは赤色が鮮やかな星を指差した。
「あの綺麗な赤い星は?」
「さそり座のアンタレスですね。さそりの心臓部に位置します。赤い星として代表的な一等星です。表面温度が低いから赤く見えるんですよ」
 瑞希は楽しそうに笑っている。
少し科学な切り口がミズキらしいと、ミュラーは思う。
(そんな君が可愛いよ)
 囁いたら、どんな顔をするだろう?
「自然の雄大さを感じますね。空へ吸い込まれそうです」
 二人きりの天体観測を、撮影カメラは静かに見守っていた。


 二つの月が、大きく明るく地上を照らしている。
「月、綺麗ですね……」
 エヴァ・シュッツェは、ほぅと吐息を吐きだして、夜空に浮かぶ月を見上げた。
 月光は何処か神聖な輝きで、夜空と、そして足元の道を照らし輝かせている。
「ラルスもそう思いませんか?」
 微笑んで傍らの義兄を見上げれば、彼も月を見上げていた。とても高い位置にある彼の顔は良く見えないけれど、月を見ているのは分かる。
「そうだな、実物の方が断然綺麗だ」
 そう呟くように言ったラルス・ツェペリンの脳裏には、読み掛けの本に挟んだ栞。
 栞には月が描かれていて、綺麗でお気に入りだった。
 けれど、その月よりも実際に今視界に映す月の美しさは、息を呑むとはこういう事かと、彼は思う。
 月に魅入る義兄に、エヴァはそっと微笑んだ。
(来て良かったです。お散歩も悪くないですね)
 二人は月を見ながら、ゆっくりと白い砂を踏み締めて歩き出す。
(あれ?)
 月明かりが映す二人の影に、エヴァは小さく瞬きした。
(そういえばラルスが髪の毛を結っていない……)
 歩く度、ふわりと髪が潮風に揺れ、足元の影も揺れる。
「夜は髪を結いたくないから、解いた」
 じっと影を見ていると、ラルスが不意に口を開いて、そんな露骨に見てしまっただろうかと、少しエヴァは恥ずかしくなった。
 ざざぁ……!
 一際大きな風が吹いて、ヤシの木々が一斉に揺れる。
 黒い影が一斉に動くような感覚に、エヴァは少し怖さを覚えた。
 月明かりの道は明るいけれど、一歩外に出てしまったら、闇に包まれてしまう。
(ちょっと怖いな……)
 明かりの外に出ないようにしないと。
 広がる闇をチラリと見遣り、月明かりの優しい道へ視線を戻す。
 その時、頭上から小さく舌打ちするような音が聞こえた。
 ぐいっ。
「え?」
 腕を掴まれた。
 エヴァの身体が、ラルスの傍へ引き寄せられる。
「迷子になられたら困る。傍に居ろ。離れるな」
 聞こえてきたラルスの声に、気遣う優しさを感じて、エヴァは瞳を細めた。
 彼に寄り添い、月明かりの道を歩く。
 二人を、優しい月明かりが包んでいた。



シナリオ:雪花菜 凛 GM


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