(イラスト:神田珊瑚 IL


リチェルカーレの『ひと夏の想い出の一ページ』
桂木京介 GM

プラン

アクションプラン

リチェルカーレ
(シリウス)
②花降る丘で

本当に人がいないのに目をぱちくり

屋台の辺りにはあんなに人がいたのに…

言われた意味がわからず 不思議そうに首を傾げ
嫌がっているのではと思われているのに気づき 笑顔で首を振る

シリウスがいるからいい
それに見て!この空をわたしたちだけで独り占めなんて すごい贅沢!

翡翠の双眸が柔らかく細められるのにどきりと

ふたり並んで芝生に座り花火を見上げる

ええ 花火は大好き
故郷でも花火大会があってね
家族でよく行ったわ
あの光が拾えるんじゃないかって 空に手を伸ばしたりして…

笑う彼に 遠慮がちに尋ねる

…シリウスの 小さい時は?

顔色が青ざめたのに 焦って彼の手を握る
ごめんなさい 言いたくなかったら…

思い出せないという言葉に眉を下げる
脂汗の浮いた頭をそっと抱き寄せ

…ごめんなさい 
でもね 優しい思い出もあると思ったの
話してもいいと思ったら わたしに教えて?
小さなあなたや お父さんやお母さんのこと
わたしも知りたい

腕の中 小さく頷く気配を感じ

リザルトノベル

 花降る丘とは上手く言ったものだ。
 星灯りの下、そこは一面の花畑。
 燃えるようなサルビアの赤がある。
 心安らぐキンシバイの黄蘗(きはだ)色がある。
 空の星が染めたような、白いペンタスの花弁がある。
 そしてこの季節を象徴する、立派な黄金のヒマワリがある。
 これらすべてが夏の夜の、コバルトブルー混じりの影に覆われているのだった。
 リチェルカーレとシリウスは、今、この場所にふたりきりだ。

 まるで魔法を見ているようだ。リチェルカーレは目をぱちくりとするばかりである。
 彼女はシリウスと、屋台のならぶメイン会場を通り抜けてきた。会場は熱気に満ち、間断なく太鼓や囃子による生命のリズムが刻まれていた。人出のほうも順調で、この場所にいる限り、つい声が大きくなりがちだった。
 言い換えれば、ずっと真夏の正午が続いているような賑わいだったのだ。太陽が沈むのをやめ、このあたりに腰を落ち着けたのかと錯覚するほどに。
 ところがこの花降る丘に入ると、だんだんと賑わいの声は遠くなり、やがて天の川の流れる音すら聞こえそうなほどの、しっとりとした静寂が訪れていた。
「屋台の辺りにはあんなに人がいたのに……」
 気がつけば周囲に人は見えない。見回しても同じだ。この惑星がシリウスと、自分だけのものになったような気がする。
 シリウスは甚平で懐手して、湿り気を帯びた涼やかな風に吹かれていたが、リチェルカーレの言葉を聞くとぽつりと言った。
「……向こうの、人が多い方に行くか?」
 えっ、とリチェルカーレは振り向き、印象派画家が描く貴婦人のように小首をかしげた。
 どういう意味だろう――疑問だ。彼女には、彼の言葉の意味がはかりかねた。
 一方でシリウスも、彼女の反応には戸惑っている。
 ――人がいない暗い場所は落ち着かないかもしれない、と思って言っただけなのだが……?
 とはいっても彼の場合、内心の困惑がその端麗な相貌を乱すことはない。表情は冷然と呼びたくなるほど落ち着き払ったもので、眉をしかめたり苦笑いを浮かべることもなかった。ただ、その澄んだ翡翠色の目に、わずかな濁りが差す程度だ。
 疑問と、戸惑い。
 似て非なるものを抱き合ったまま、間に無限の星空を挟んで、リチェルカーレとシリウスは数瞬、無言で向き合う。
 やがて――ああ、とリチェルカーレは合点がいった。
 嫌がっているのでは、と彼に思われているのだろう。
 まさか、という意を込めリチェルカーレは茉莉花のような笑顔で首を振った。
「シリウスがいるから、いい」
 と告げる。
 なんと無邪気に――。
 瞳からたちまち曇りが消え、シリウスにしては珍しいことだが、彼は目を見開いてしまっている。
 なんと無邪気に……殺し文句を口にするのだ、リチェは。
 しかも、不意打ちのように咲いたその笑顔の、純粋ゆえのあどけなさ、美しさ。
「それに見て! この空をわたしたちだけで独り占めなんて すごい贅沢!」
 両腕を翼のようにいっぱいに拡げ、リチェルカーレは声を上げた。
 ――かなわない。
 シリウスは思う。
 リチェにはかなわない。これだけ親しくなっても、まだ彼女には、彼を驚かせる種がいくらでもある。
 降参だ、というようにシリウスは顔をほころばせていた。
 ――間違いなく俺は、リチェ以外の女に心を動かすことはないだろう。
 自信があった。
 彼の双眸がやわらかく細められるのを見て、リチェルカーレのほうも胸に、短剣が突き刺さったような思いに駆られている。
 ――あっ、笑った……。
 それは彼女を傷つける短剣ではない。
 彼に夢中になる呪文のかけられた、小さなハート型をした短剣だ。

 草の薫り、花の芳り。
 昼間の熱を吸った草が、手指の下でやわらかい。
 互いの体温が感じられるほどの距離。
 ふたりは並んで丘に腰を下ろし、空を見上げていた。
 花火が上がりはじめていた。ぽつ、ぽつ、と、湖に落ちる雨だれの波紋のような光が、夜空にひらいていく。
 赤い花火、黄色い花火、白い花火、黄金色の花火……。
 光が輝くたび、「すごい」「きれい」と、リチェルカーレは幼い子どものように歓声を上げた。彼女の大きな瞳に、鏡のように光が映り込んでいる。
 香水をするタイプではなかったはずだが、リチェルカーレからうっすらと、フローラル系の香りがするのをシリウスは感じていた。普段は意識していなかったからだろう。こういった状況でないと、味わえない感覚だ。
 その甘い空気を吸うようにして、
「花火、好きなんだな」
 と彼は告げた。
「ええ、花火は大好き」
 嬉しそうに彼女は応じる。
「故郷でも花火大会があってね。家族でよく行ったわ。あの光が拾えるんじゃないかって、空に手を伸ばしたりして……」
 言いながらリチェルカーレは、無意識のうちに空に、白い掌を向けているのだった。
 まるで、「成長した今ならできるよ!」とでも言わんばかりの様子ではないか。
 いけない――と思うがもう彼は抑えられない。
 シリウスは、肩を震わせて笑っていた。
 どうもリチェルカーレといると、一般的なマキナの例から外れてしまうらしい。マキナというのは大抵、やすやすと感情を示すことのない種族なのだが。
 リチェルカーレは笑われても気にしなかった。いやむしろ、素直に気持ちを表してくれるシリウスを好もしく思った。
 同時に――今なら訊けるかも――という淡い期待が彼女のなかに出てきた。同じくらいかすかな不安も、あるにはあるのだが。
 躊躇はした。けれどもついに、針穴に糸を通すときのように注意しいしい、リチェルカーレは遠慮がちに彼に尋ねていた。
「……シリウスの、小さいときは?」
 口に出したそのときにはもう、後悔が勝っていた。
 この状況で訊くべきではなかったかと思う。もしかしたら自分は、カードで作られた塔の、足場の一枚を抜いてしまったのではないか。
 シリウスは沈黙していた。
 息をすることすら忘れたように微動だにしない。
 いや実際、彼の呼吸は止まっていた。
 脳に酸素のゆかぬ状態でシリウスは、記憶の扉を封じていた太い鎖が、はじけ飛ぶ音を聞いていた。

 柔らかな母の笑顔 大きかった父の手のひら
 穏やかで優しかった世界
 ……それが崩れたあの赤い日。

 開け放たれた扉の向こうから、魍魎のように黒い記憶が流れ込んでくる。
 顔のない魍魎たちが、その節くれだった手を伸ばし、自分の首を絞めてくるようにシリウスは感じていた。
 窒息しそうだ……!
 喘ぐように顔を覆わんとした彼の手に、温かいものが触れた。
「リチェ……!」
 それこそシリウスが、このとき求めていた唯一にして絶対のものだ。
 リチェルカーレの右手が彼の左手をつかみ、彼女の左手が彼の右手の甲をさすっている。
 目を開けたシリウスは、彼女の青空色の瞳が自分を見つめているのを知った。
 心配そうにのぞき込んでいる。悪夢にうなされた子猫を、優しく両腕で抱く母猫のような目だ。
「……ごめんなさい。でもね。優しい思い出もあると思ったの」
 哀しみをたたえた灰色のプールに、リチェルカーレは首まで浸かっていた。シリウスの苦しみを、分かち合えないという哀しみだった。
「いや、いいんだ」
 シリウスは首を振った。どうしてリチェルカーレが謝る必要がある? そう思っている。
 彼は落ち着きを取り戻していた。息苦しさはもうない。魍魎を感じることも。動悸も鎮まっている。
 シリウスはうなずいた。
 たったひとりの相手と、心に決めた女性なのだ。
 何よりも誰よりも大切な、彼女はリチェルカーレなのだ。
 ためらいを捨て、彼は乾いた唇を開いた。
「………普通の子どもだったと思う。笑って泣いて……」
 しかしまだ、恐怖があった。
 これ以上過去を思いだそうとすれば、またあの発作のような状態に復してしまうのではないか――そんな恐怖が。
 自衛反応なのだろうか、このとき彼は、己の記憶の扉にふたたび閂が下ろされ、錠前と鎖で封印されたのを感じている。
 だから今は、
「……悪い。上手く思い出せない」
 と言うのが精一杯だった。
 普段は自分を護ってくれる騎士であり、頼もしいシリウスが、このときばかりは、生まれたての子鹿のようにリチェルカーレには見えた。震えながら立ち上がろうとしている子鹿が、なんとか、みずからの足で駆け出すすべを見つけようとしているかのように。
 いとおしさで胸が一杯になり、シリウスを支えるようにして、リチェルカーレは中腰で彼の体を抱きしめていた。
 決して力は込めない。そこにあるのは、硝子細工のように壊れやすい魂なのだから。
「話してもいいと思ったら、わたしに教えて? 小さなあなたや、お父さんやお母さんのこと……わたしも知りたい」
 シリウスは、抱きしめられたまま目を伏せた。リチェルカーレの香りに包まれているように思う。
 腕の中、小さくうなずく気配をリチェルカーレは感じた。

 そんなふたりを、ひときわ大きな花火が音もなく照らし出す。




依頼結果:大成功

エピソード情報
リザルト筆記GM 桂木京介 GM 参加者一覧
エピソードの種類 ハピネスエピソード
神人:リチェルカーレ
精霊:シリウス
対象神人 個別
ジャンル イベント
タイプ イベント
難易度 特殊
報酬 特殊
出発日 2016年8月18日
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