●師走の神社 タブロス近郊にある、名も知れぬ小山。 そんな小山ちょちょいと切り開き造られた長あい石段。 そこをえっちらおっちら上りますれば綺麗な朱色の鳥居が見えまする。 ただ、鳥居の向こう側にあるはずの社も何もなく、 どこにも続かぬ寂れた参道に、ぴゅうぴゅうと寒い風が吹いておるだけでございます。 では、この鳥居は何を隔てるものぞ? 見るだけではとんとわかりませぬ。 くぐってみればわかりましょうぞ。 ちらちらと視界を遮る粉雪を掻き分けて鳥居をくぐりぬけると、 そこは人外魔境、妖怪たちの住まう世界。 出店を脇に携えた活気溢れる参道。 その石畳の道の続きに見ゆる美しい拝殿。 ここは月の女神を祀る、異界の神域。 紅月ノ神社。 久方ぶりの出番でございます。 ●期待の新神 紅月ノ神社の本殿の前に、黒髪おかっぱの小さな妖狐がちょこんと立っていた。 この神社の宮司であり、妖狐一族の長であるテンコである。 テンコは紅月ノ神社が祀る神の一柱、 見えぬ月の女神であるムスビヨミより、頼まれごとを受けていた。 宮司であるテンコがそれを断るわけもなく、今に至る。 テンコは待っていた。 新しく『初恋宮』におさまる新神を。 ムスビヨミは愛を司る女神である。 そんな彼女の眷属神は1ジェールクジの神様などなど八百万の数ほどいるが、やはり愛や恋を司る神霊が多い。 その中でも取り分け力を持つ神を『宮(きゅう)』という領域に区分した。 区分専任になった神々は万能性を失ったが、一点において他の追随を許さぬほど力を得、その道に迷える者を導き大活躍しているらしい。 その内の一つが『初恋宮』である。 なんでもそこの神が代替わりしたらしい。 その補佐役としてテンコが選ばれたのであった。 待ち惚けるテンコはちらりと空を見やった。 日時もムスビヨミからの指定通り。 そろそろ来る頃である。 初恋を司る新たな神、『甕星香々屋姫(みかぼしかがやひめ)』が。 ●風紀委員(神) 季節柄感じていた寒さが更に増した気がした。 その冷たさはどこか澄んだ冷たさである。 惹かれ合う二人、ウィンクルムたちにしか見えぬ月より一柱の女神が地上へと舞い降りたのだ。 その女神はテンコと同じく小さな姿をしていた。 和風な人形のような容姿であり、 銀縁眼鏡とその奥に見えるきりりと釣り上がった眼が印象に残る。 この少女が、甕星香々屋姫(みかぼしかがやひめ)である。 「これはこれは、お初お目にかかります。わたしは――」 「ああ、そういうのは結構です。全部調べてきましたので」 テンコの挨拶を遮って姫は冷たく言い放った。 なんとも厳しい女神様だ。 見た目にそぐわずきっちりとした神様なのだろう。 前任の神は少々ゆるりとした神だったのでテンコは意外に思った。 しかして女神は、耳まで真っ赤に染めながらわなわなと震えていた。 「そう全部調べて知っています。この地上の風紀が乱れていることを!! 人前でいちゃいちゃするばかりか、白昼堂々、せ、せせせ接吻まで! 地上の恋人たちは破廉恥極まりません! 恋愛無法地帯です! ……よって、テンコさん、あなたにはこの計画を手伝っていただきますよ」 ひとしきり叫んですっきりしたのか、姫はテンコの胸に分厚い紙の束を押し付けた。 表紙には綺麗な筆字で『人間界風紀粛清大作戦』と書かれている。 「あの甕星香々屋姫様? これはいったい……」 「簡単な事です。 人前で接吻したり、いちゃついたりしては駄目です! 二人だけで食事したり、映画を見に行くのも駄目です! そんな単純なことを守っていただくための計画書です。 着任早々の大仕事……ですが、やりがいがありますね!」 姫の銀縁眼鏡がきらりと凛々しく輝いく。 ぱらぱらと計画書を捲るテンコは冷や汗が止まらない。 だって、映画館や遊園地やらデートスポットを封鎖するとか書いてあるんですもの。 顔色の悪いテンコの様子を見て、姫はテンコの肩を優しく叩く。 「安心してくださいテンコさん。すでに手は打ってあります。 今頃私の部下がタブロスの施設を封鎖している頃でしょう」 初恋を司る女神は微笑んだ。 テンコは泣いた。 ●清く正しい交際 娯楽施設に突如として出現した二種の怪異。 片や人に襲いかかることはなく、施設入り口にいるだけ。 かと思いきや、通せんぼをしたりする。 片や監視するかのようにくっついて回り、時たま邪魔をする。 その対象は、どちらもカップルであった。 そんな珍事件の対処にA.R.O.A.は追われていた。 カップルが巻き込まれる事件にウィンクルムたちが巻き込まれない訳がない。 たまの休日を謳歌していたウィンクルムからの怒りの報告だったり、 せっかくのデートが……という悲しげな報告だったり。 彼らのフォローやケアもA.R.O.A.の仕事である。 いち早く原因を突き止めねばならないだろう。 そんな慌ただしいA.R.O.A.の一角でずびずばと泣きじゃくる妖狐がいた。 というかテンコだった。 「すまぬ、みんな~すまぬのじゃ~!」 わたしが止められないばっかりに、とここに来てからずっと泣いている。 要領を得ないテンコの言葉に、応対する職員も困り顔だ。 テンコが泣き止めば更に困ることになるのだが、それにはまだ時間がかかりそうである。 ■期間中関連エピソードのタイトルの頭に【指南】と【開放】が付きます。 ・【指南】について デートをして恋愛の素晴らしさについて、女神さま(監視役の童子)に分かってもらうのが目的のエピソードです。 新任の女神様の勘違いで、騒動が発生してしまいました。 いろいろ良くわかっていない幼い女神様に、恋の素晴らしさを教えてげましょう。 まずは良い見本から……。 ・【開放】について 迷惑な塞の神をやっつけて、デート会場を解放しよう! というのがメインのエピソードです。 人の恋路を邪魔する輩に喝を入れてやりましょう。
甕星香々屋姫(みかぼしかがやひめ) | |
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天界の「初恋宮」(はつこいぐう)に新しく新任した女神様です。 年齢:10才 お勉強ができて几帳面、自称「天界の風紀委員」です。 なんだか、最初から大張りきりですが、本の知識ばかりで、まだ初恋も知りません。 大人ぶってますが、まだまだお子様? |
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テンコ様 | |
神社の宮司にして妖狐一族の長でもあるのが、この子狐です。 年齢:8才 先代が早世したため、長を継いだ黒髪おかっぱの男の子です。 変身の術が未熟で、しっぽも耳も出っぱなしで、引っ込められません。 今回は、天界より香々屋姫様の補佐役に抜擢されたのですが……。 |
青雪(きよゆき) | |
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妖狐たちの頼れるリーダー格。人間の年齢にして27歳。 青年期は先代の宮司(テンコ様の親)のもとに仕えていたため、実務の多くを任されている。 |
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シバ | |
テンコ様の幼馴染で今年10歳の妖狐。 若干ながら年上であることを気にし始めて、お兄ちゃん気取りをしたい年頃。 普段はテンコ様と一緒に遊び、悪さをしては周りに怒られている。 |
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カニク | |
青雪が事務関係を担う一方で、現場を取りまとめている妖狐。人間の年齢にして27歳。 持ち前の明るく気前のよい性格のためか、妖怪や人間、分け隔てなく交友が広い。 |
■紅月神社鎮守の森 過去、炎龍王の率いる妖怪軍団の本拠地になっていた場所。現在は時空の歪みもなく清浄な空気が流れています。 苔むした自然石の石畳の道が続く、森で、散歩するにはもってこいの場所です。 小さな小神たちの祠が、点在し、場合によってはちょっとした悩み事など相談相手になってくれる神様もいるかもしれません。 ■永久の深森 上記の鎮守の森を歩いていると、偶然入り込んでしまう、人間界と天界の狭間にある森です。 現在、お正月期間中(ほぼ1月中全般)東方の神々が集まって宴会(忘年会+新宴会)をやっています。 森のあちこちで、数柱から数百柱の神々が、宴会の真っ最中なのですが、残念ながら人間には見えません。 ときより、笑い声や音楽などが聞こえますが、人間の目からみると神秘的で美しい森です。 ■初恋宮 初恋の出会いとドキドキを司っている天界のお役所です。 甕星香々屋姫(みかぼしかがやひめ)が女神として新任しました。