聖夜にむけて
クリスマスは、世界中が待ち望むステキなお祭り。
世界中の子供がサンタに願い事をして、恋人や家族たちは親睦を深めるための暖かなパーティーを催す。
最も盛り上がるのは、もちろん、クリスマスの奇跡の原動力を宿すメリーツリーがあるスノーウッドの森だ。
クリスマスに関するものなら何でもある市『マルクトシュネー』が開かれ、森の中には様々な雪像が作り上げられる。
特に目玉なのは、スぺクルム王国時代に作られた由緒ある城をもとに作られた雪の城『ラインヴァイス城』である。
メリーツリーの傍に建築されるこの城は、中の荘厳な調度もすべて雪で出来ていて、人々はクリスマスの日に、城の中で舞踏会を楽しむのだ。
そして当然、このクリスマスで最も張り切る男がいる。彼こそはレッドニス・サンクロース――いわゆるサンタさんである。
「去年はなんだかんだと大変だったからな。今年こそ皆が心から楽しめるクリスマスになるといい」
そんな世界中が浮かれている中、一箇所だけ暗いままの地があった。
常夜の地、ギルティガルテンで昏い目をした男が呟く。
「兄さんの夢、人々の夢、この僕が踏み潰してあげよう。きっといい顔をするよね。いい絶望を見せてくれるよね」
彼の名前はダークニス・サンクロース。去年のクリスマスに、炎龍王を殺してギルティになった精霊だ。
「ヴェロニカは僕のことを、役立たずだ、無様だというけれど、今に見ていろ。絶望を吸い上げて、お前よりきっと強くなってやる……」
彼は立ち上がる。
「行こう、ヒヅキ。僕を要らないといった兄さんを使って、この世界を絶望に染めるんだ」
「……うん」
歩き出すダークニスに、鼻から下を黒い布で覆ったデミ・ギルティが付き従う。
見るものが見れば気づくだろう、彼はかつて紅月ノ神社にいた妖怪のヒヅキだと。
凄まじい瘴気に惹かれたヒヅキは、ダークニスが炎龍王を殺した瞬間を見てしまった。その時、彼は――凄まじい悪意に魅入られて、堕ちてしまったのだ。
宿り木
ラインヴァイス城の周囲に雪像を作ろうと、人々がせっせと作業をしている時、ザッと雪を蹴って二人の男が前に立つ。
「お疲れ様、みんな」
そう一見労うような言葉を掛けるダークニスは、歪んだ笑みを浮かべて、手に闇の力を浮かべていた。
彼らの頭にある角を見て、オーガだと気づいた人々は、口々に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
だが、ダークニスもヒヅキも彼らを追うことはない。
「良い城だ。僕の居城にはぴったりだ。……ヒヅキ」
「わかった」
ヒヅキは頷くなり、城の周りに結界石を設置した。城が禍々しい空気に包まれ、完全にギルティのものになっていく。
悠々と入城しようとするダークニス達を、静止する大きな声が森に響いた。
「……待て! ダークニス! 何するつもりだ!?」
振り返ったダークニスは、心底嬉しそうに笑った。
「ああ、兄さん。今、迎えに行こうと思ってたところなんだよ」
「何? ……うわっ!?」
そしてダークニスが放つ、奔流のごとき闇の茨にレッドニスは不意をつかれてあえなく捕まった。
――暗転。
青白い雪の城、そのホールの壁にレッドニスは、闇の茨でぐったりと磔になっていた。
「ぐ……」
レッドニスの力が茨によってグングンと吸い上げては、城の瘴気に変えられていく。
「あはは、良いザマだよ、兄さん」
ダークニスは、手をぐっと握る。拳からざらざらと黒い玉が溢れ出てきた。
「なん、だ、それは……」
「あれ、兄さん、まだ喋る余力があったの? これはね、兄さんの力と僕の力を混ぜて作った『黒き宿木の種』。これに寄生された者は尽く僕の下僕になるのさ」
「なっ!? やめろ……っ!! やめてくれ、ダークニスッ」
とんでもない悪事に加担させられている、と気づいたレッドニスは今更もがくが、駄目だ、全く茨はレッドニスを離してくれない。
「まったく無様だねえ、兄さん。兄さんが最も愛するクリスマスを、兄さんの力が台無しにしていくのを、そこで見ていてよ。僕がきっちり、クリスマスを潰してやるからさぁ!」
楽しげなダークニスを無表情に眺めるヒヅキは、ぼんやりと考えていた。
――あの種は、ダークニスを削って作っている。もしウィンクルムがあの種を尽く潰せば、あっという間にこの計画は終わってしまうだろう。
(僕が仕える主はみんな、死んでいく定めなんだ……。共に滅びる、それも楽しいよね。滅びは美しいんだ、みんなみんな焦土になればいい……あの鎮守の森のように……)
(プロローグ執筆:
あき缶 GM)