●星見の鍾乳洞にて

「……なんてツッコもうか悩むよ」
「どうかしましたか、エリアスさん」
「ん？　なんだエリアス」

　本来夜空など見えない洞窟内に、小さな流れ星が飛び交っている。
『エンゲージ・ボタル』と呼ばれる小さな生き物たちによる演出である。
足元にも控えめに瞬いて見えるは夢想花たち。
洞窟内の他の場所ほど日が差し込まないここでは、鮮やかすぎる発光を抑え一際星のように控えめな淡い光を揺らしている。
自然が織りなすプラネタリウムなるこの地は、きっと本来静かに眺め思い等を馳せる場所なのだろう。
ゆえに、
エリアスは物申さずにはいられなかった。着いた早々、アイリス・ケリー と ラルク・ラエビガータ によって目の前でいそいそと準備される食べ物やお酒の数々に。

「君達二人だけじゃなくて俺もここにいるのは……まあいいよそこは。
　何で君達はこんな幻想的な場所で酒盛りをしようとしてるのかな」
「いい景色を見るなら美味しいものも一緒に食べた方が幸せじゃないですか」
「月見や花見にも酒はお約束なんだから、別にいいだろ」

　……実は似た者同士なのか？
息ピッタリに我が道を述べる二人を見やっては、エリアスのこめかみが僅か痛んだ。

「……君達に真っ当な答えを期待した俺がバカだったよ」

　なにかもんだいが？　と見つめてくる二つの視線が早々にエリアスを諦めさせる。
そんなエリアスを気にも留めず、問題ないならとばかりに紙袋からそれぞれ物を取り出す２人。

「私が用意したのはエッグタルト、サンドイッチ等の手軽に食べれる物と紅茶」
「俺の持参品は赤と白のワイン二種類とチーズ、以上。お前は両刀使いだろ？　なら呑めるよな？」

　まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったエリアス、当然何も持ち合わせておらず
理不尽な罪悪感に駆られれば真面目に二人より動き回って、この地で一番眺めが良さそうな場所を探せば
夢想花で出来た椅子などをセッティングする。
そこへさりげなく、ほぼ断定的な自身へ向けられた問いかけに顔を上げて首を傾げた。

「俺は君に呑めるって話したことがあったっけ？」
「んなもん、酒飲みの勘に決まってるだろ」
「……ああ、なるほど。辛党の同類探しの勘は妙に当たるからね……」

　特に驚くこともなく納得したエリアスの後方では、『勘で分かるものなんですね』と感心するアイリスが。
そちらを一瞥しラルクは彼女へも声を放つ。

「アイリス、アンタは呑むな。ロクなことにならん」
「呑みませんよ。酔って醜態を晒したくはありませんから」

　『ロクなことにならん』。それはまた酒飲みゆえのカンなのか、彼と二人きりでお酒を呑んだ事があるのか、アイリスへのその言葉にはやや複雑そうな表情を浮かべたエリアスに気付くも、その変化に愉快そうな笑みを向けただけでその事についてはそれ以上ラルクは語らなかった。
準備完了したなら始めましょうか、とのアイリスの言葉を合図に、鍾乳洞での星見酒が開始されるのだった。

●星と月とその向こう

　カップやお皿を配るところまでは済ますと、『各自取ればいいですよね』　と飲み物を注いだり食べ物を取分けたりの作業を放棄し
早々に自分の分だけエッグタルトを取って美味しそうに頬張るアイリス。
元々自分の分は自分で注ぐ気だったラルクは、ひたすらワインを減らしている。
アイリス持参のサンドイッチに手をつけ、『美味しいよ。手作りかい？』 『まさか。ちゃんと美味しいのを選んで買ってきました』 といまいち噛み合わなく会話終了しているのはエリアス。
傍目にはとても平和な３人の、夜空に挟まれたピクニック風景。

「吸うぞ？」
「どうぞ」

　ひと心地ついて、二人が嫌がら無いとは知っていつつ、一応の煙管吸う許可をラルクが尋ねた頃。
紅茶のカップを膝の上に置いて、ぽつりとアイリスが呟いた。

「……それにしても綺麗ですね」

　ラルクとエリアスは視線をアイリスへ向ける。
飛び交うホタルと咲き誇る花々を見つめてから、言葉が紡がれる。

「地上の星に踊る星。恋慕石柱が月の代わりでしょうか」
「綺麗っつうのは否定しねぇが、詩人みたいな表現だな」
「地上の星が夢想花、踊る星が蛍か。俺は好きな喩えだけど」

　精霊二人から各々らしい感想を受け止めて。
――　ラルクさんの煙管から出る煙は星雲のようですよ、とは言わないでおきましょうか。

「少女趣味すぎた気はしますけど、たまには良しとしてください」
「俺の趣味ではないな。んな表現は隠語として使うので充分だ」

　まぁ隠語として使ったとて不本意だろうがな、と肩をすくめるラルクには『ですよね』　と頷くに留めてから、
膝の上から天然テーブルなる石の上にカップを置いて、アイリスはつと立ち上がった。

「折角ですから、ちょっと月を見てきますね」
「おー、行ってこい行ってこい」

　気にせず喩え言葉を使って歩き出そうとするアイリスに、とくに構う事せずあっさりと送り出すラルク。
エリアスはそんな二人を交互に見つめて。

「……一人で？　いや、別にいいんだけど」
「間近で見てみたいんです」
「分かった。星の明かりがあるとはいえ、足元気を付けて」

　一瞬の間。ちらり、ラルクが視線だけ動かす。
すぐに続いたエリアスの言葉を背中で受け答えし、アイリスは手近な月の下へ、白より黄色味がかった恋慕石柱を選んで歩いて行った。
軽い足音が遠のいてから、チーズに手を伸ばしたついでのようにラルクが口を開く。

「……で、お前は何に安心したんだ？」
「バレてたか」

　ほんの微か、逡巡した時に感じた視線は気のせいじゃ無かったようだと、エリアスは苦笑いを浮かべた。
そして隠すことなく言葉をつく。

「いや、あの子が君と一緒でって言わなかったからね」
「はっ、随分過保護な保護者サマだな」
「そんなことないよ」

　彼女の中でラルクの存在が如何に強いものか、それなりに理解しているつもりだった。
アイリスが、自分らしくありたいと思えるようになったのも彼のおかげなのだろう。
その事についてはエリアスにとっも、願ってもない変化だ。しかし、今日この場所でアイリスを見て驚いたことがある。
長い間緑の瞳を作っていた彼女が、本来の色である赤を晒していたのだ。
それだけならエリアスは単純に喜ばしいと思っただろう。
しかして……その瞳の真横に揺れる真紅のピアスが目に入った。
まるで赤い瞳に戻ったアイリス自身を捉えたかのように、あまりに同じ色を称えていた。
エリアスは感じ取る。それはおそらく彼女が選んだものでは無いことを。とても危険な傾向を。
言わずもがな、彼女をそちらへ手招いているのはこの男だと……。

「君については心配しても足りないくらいだ」

　ラルクの視線に胸中の思いを含めた言の葉を、エリアスは真っ直ぐに言い放った。

「あの子が君をどう思ってるかは分かってるけどね」

　ウィンクルムとしてのただのパートナーというだけなら、アイリスは己の変化を良しとしなかっただろう。
それだけ彼女の中で姉の存在は大きい。エリアスにとってこれ以上ない程痛感していることだった。
誰にも、姉のパートナーであったエリアスさえも踏み込ませなかった境界。ラルクがそれを超えようとしているのだ。
そしてアイリスは、それを拒絶するどころか許して受け入れている。
エリアスはアイリスの、ラルクへの特別な思いに気付くほか無かった。

　逆に全くと言って言いほど感情や意図が読めないのはラルクである。
アイリスを自分が望む方向とは違うところへ連れていこうとしているのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
だけれど何故、どうして、彼はそんなことをするのか……。
エリアスはラルクの真意が垣間見えないかと、じっ と表情を窺った。

「精々頑張って止めて見な」

　エリアスからの試すような言葉や視線が言わんとすることを、全て見透かしたようにラルクは笑った。

「あの女が、俺の為なら死ねるって言うまでがリミットだ」
「……俺は、あの子が自滅しようとするのを黙ってみてるつもりはないよ」

　意外そうにエリアスは瞬きをする。ラルクが真意はともかく、まともに返答するとは思っていなかったのだろう。
そうして、推測が確信に変われば一度深く息を吐いて、エリアスも己が望みを口にした。決して譲れぬ願いを込めて。
――　こわしたい。
――　まもりたい。
相反する思いが初めて正面からぶつかるのだった。

　一方、星々を縫うように歩いて、アイリスは一つの恋慕石柱の前に立っていた。
（薄い黄色の石柱……本当に月みたい）
触れる事はせずにただ石柱に赤い視線をそそぐ。まるで石柱の向こう、遥か遠くを見つめるように。
――　……エリアスさんに来てもらって正解でした。二人だったら、壊されたいと願ってたでしょうから。
月へ連れていってしまった。断ることもできたのに。
そうした自分が全く後悔していないことにも気付いてから、賭けている最中だというのに油断することが増えた気がする。
ラルクらしくないと思っていたのに、あっさりとアイリスの花を受け取ってしまったのがまさにそれだ。
よもや、同じテを短期間の内に彼が使ってくるとは思わないけれど、それでもこの美しい景色の中で不意を突かれたらその身を委ねてしまったかもしれない。
――　まだ賭けに負けるわけにはいかないんです。
ふわり。金木犀の香りが鼻先をくすぐった。つけていた香水の事を思い出す。
月になりたいわけじゃない。……月の、その先を見たいと思った。負ければそれは叶わぬだろう。
自分が完全に壊れれば、きっと彼は興味を失くすであろう、と。
両の目を閉じると瞼を通した月の光が優しく感じられた。月の先へ行った時、光はこのくらいになるのだろうか……。
考えるにはまだ早すぎる、と苦笑いを小さく浮かべてアイリスは瞳を開けた。

　恋慕石柱を挟んでふと振り返ると、ラルクとエリアスが何か会話しているのが見える。
――　エリアスさんをストッパー代わりに連れてきたのは、ルール違反だったでしょうか……。
正確には、ストッパーになったと気付いたのはたまたまだった。何故彼も誘ったのかは、アイリス自身にもハッキリとは分からない。
亡き姉以外で、今や唯一自分を心配する人。そうされて嫌では無かったと皮肉にも感じてしまった人。
どこかでこうなる予感があったのかもしれない。
そこまで考えてから、ラルクは全く意に介さないふうであったのを思い出して、二人の賭けに支障はまだ無さそうだとアイリスはそっと安堵した。
縫ってきた道を戻っていく。

「何を話していたんですか？」
「なんだ、気になるのか？」
「……少し。お二人で話しているのは珍しい光景な気がしたもので」
「他愛もない雑談だよ」

　楽しそうに問うラルクと、いつもの微笑みを浮かべるエリアス。
心なし二人の距離が狭まったような……いや、逆、だろうか……。アイリスは不思議そうに視線をやるもそれ以上は追及するのをやめる。
紅茶を淹れ直し始めたアイリスに、エリアスは内心安堵した。
何を、どう願おうと自由だとそうこの子からは言われているけれど……それはこの子が望んでいることではないと知っている。
今、彼女とラルクとの何事かの交錯する思いに、自分が割って入ったと分かったら彼女はどう思うだろうか。
エリアスはまだアイリスに悟られたくなかった。
ラルクに至っては、エリアスがアイリスに会話の内容を伝えなかったことで彼の内心が読めた気がし、さてどう利用したものかと思案する。
（自分とこの女との賭けだが、どう転ぶか分からんスパイスが混じるのもまた一興だろうか）
赤ワインに仄かに映り込む月色の光を見れば口の端を上げた。

　３人のそれぞれの願いと思惑は、賭けという形は変わらぬものの新たな星の光を月に映し出したのかもしれない　――。

依頼結果：大成功

＞＞＞煉界のディスメソロジア
キャラクターコンバート！

＞＞＞ファンレターキャンペーン開催中！

＞＞＞チュートリアル漫画むーびー公開！

＞＞＞4thアニバーサリー！情報告知！