■All I want for Christmas is…

　呼び鈴に気付いて玄関まで行ってみれば、そこに立っていたのは『天原　秋乃』のよく知る精霊『イチカ・ククル』だった。
　いつも通りの笑顔のイチカは、その両手に沢山の荷物を持っていた。紙袋からこぼれて見えるそれはどれも浮かれた空気を満喫させる為のもので。
　確かにA.R.O.A.からクリスマスを楽しんで下さいというお達しが出てる事は知っていた。それを聞いてこの精霊がやたらと乗り気だった事も。
　けれどまさか本当に自宅パーティーをするとは思っていなかったのだ。
　だからこそ秋乃は、唐突に家へとやってきたイチカに目を丸くしてからすぐにいぶかしげにイチカを見て、挨拶もなしに疑問をぶつけた。
「なんで？」
　いきなりそれかぁ、と秋乃のそっけなさにイチカは笑って、けれど押し入っていく。
「まあまあ、どうせ一人でしょ？　僕と一緒にパーティーしようよ♪」
「……どうせ一人、は余計だ」
「お邪魔しまーす」
「待った、まだやるとは……！」
　止める間もなくイチカは鼻歌混じりに奥へと進む。
　秋乃は楽しげな後姿を見て大きく溜息をつき、それでも追い出そうとはせず玄関を閉めて自分も奥へと戻っていった。


「色々持ってきたなぁ」
「なんか楽しくなってきちゃって」
　紙袋から出てくるのはオーナメント、ガーランド、ペーパークラフトにクラッカー、お菓子に食材。その他、いかにもクリスマスらしいけど何にどう使うのかわからないような雑貨まで。
　おおよそどんなクリスマスパーティーであっても必要そうなものはすべて揃っていた。むしろ多すぎて余る位だろう。
「色々と選ぶ楽しさってあるよねー」
　これなんてどう？　とイチカが笑いながら髭めがねをつける。思いがけない着用に秋乃は思わず声に出して笑ってしまう。
「ね、必要そうなものは色々そろえてきたから、一緒に飾り付けしよう」
「はいはい。そのかわりあんたそれずっと付けてろよ」
「え、気に入っちゃったの？　あきのんも付けてくれたらいいよ？」
「いやだ。あと、あきのん言うな」
　軽口を叩きあいながらも、二人は時に笑いながら、時に頭を捻りながら部屋の飾り付けをしていく。
　さっきまでは秋乃の生活感溢れていた部屋が、次第に楽しげな会場へと変わっていく。
　二人で好き勝手に飾り付けていくからかまるで統一性が無いが、それが余計に何処もかしこも弾けた感じのパーティーらしさを醸しだしていた。
「さぁ来ました主役！　クリスマスツリー！」
　壁や天井、机や椅子、そして床までも飾り終わった後、じゃん、と言いながらイチカがクリスマスツリーを取り出して机に置いた。
　机の上におけるくらいの小さめのツリーに、今度は二人で一緒に飾りつけようとオーナメントを吟味する。
「どれにする？　赤と金のやつ？　青と銀の奴？　それとも木製の？　陶器の？　なんなら全部いっとく？」
「全部は多すぎるし本当にわけがわからない事になるだろ……うわ、キャラもののオーナメントまである」
「じゃあ秋乃はどのオーナメント使うか選んでて。僕は先にツリーの先端に星を飾っちゃうからさ」
　そのオーナメントで飾るにしても、一番上は星。これは決まっている。
　だからイチカは先にやってしまおうとしたのだが。
「ん、ツリーの星は一番最後に飾るものじゃないのか？」
「え、ツリーの星を飾る順番に決まりなんてあるの？」
　二人が顔を見合わせて動きを止める。
「確かそうだったような気が、するような……？」
「しっかり！　思い出して！」
　んー、と小首を傾げる秋乃に応援を贈るが、ふと色々なオーナメントの中に紙が入ってる事にイチカは気付く。
　それは効率のいい飾り付け方を記した紙。要は説明書だ。
「あ、すごい、秋乃正解。なんかねー、先に電飾とかライトでー、次に大きいオーナメント、で最後にバランスを見ながら星を飾るといいみたい」
「へー、そうなのか」
「秋乃が言い出したんだよ？！」
「いや、なんか意味合い的に最後だったような気が……？」
「何それ！　しっかり！　思い出して！」
　ケラケラ笑いながらツリーは飾られていく。ピカピカ光る電飾に、シンプルな木彫りのオーナメントを選んで、そして最後に先端へ輝く星を。
「導きの星なんだっけ？」
　秋乃がバランスを見ているとイチカがぽつりと零す。
「そうらしいな」
　遠い昔に賢者を導いたとされる星。それを飾って祝う自分達は何処へ導かれるのだろうか。
「ん、こんなもんか」
　秋乃は出来上がったパーティー会場とツリーを満足気に見る。
「後は料理かなー」
「そうだな、何買ってきたんだ？」
「あのね、飾りつけはたくさん買ってきたんだけど、食べ物買うの忘れちゃったんだよね」
「……」
「……」
　沈黙。
「オードブルとか」
「ない」
「ターキーとか」
「ない」
「ケーキとか」
「ない」
「……」
「……」
　沈黙。からの、イチカに注がれる秋乃の呆れた目。
「というわけで、秋乃、何か作ってよ。僕より料理上手でしょ？」
「……はぁ、仕方ないか」
　パーティーの準備をしてきたと言うのだからご馳走にありつけるかと思ったのに。期待はずれの溜息をついて、それでも何も無いなんて悲しい事態を避ける為に秋乃は料理に取り掛かる。
　カナッペやピンチョスなど、軽くつまめる料理を適当に作っていく。
　そんなに本格的な凝った料理ではない。けれど秋乃が作っている様子をイチカは嬉しそうに眺めている。
「わーい、秋乃の手料理～♪」
　笑顔で言われた言葉に、まさかはじめから手料理を狙っていたのでは？　と疑念がチラリ。
（いや、考えすぎか）
　というか、考えすぎだと思いたい。


「かんぱーい！」
　ベタな三角帽子を被った二人は、カチンと鳴らしたグラスを傾け、出来上がった料理をつまんでいく。
「美味しい！」
「ん、上出来」
　さくりとした食感のクラッカーに乗ったチーズとトマト。ベーコンで巻かれたブロッコリー。そんなものを賑やかになった部屋の、いや、パーティー会場の中でつまめば、これはまさしくクリスマスパーティーで。
（何だかんだで楽しかったな）
　飾りつけも料理も、笑いながらやって、出来上がった空間で、やっぱり笑いながら料理を食べて。
　はじめはまさか本当にやるなんて、と面倒臭がっていたけれど、結果はどうだ。まさかこんなに楽しむだなんて。
（こんなクリスマスもいいかな）
　楽しそうに笑うイチカを見て、ふと秋乃は思い出す。一つ、用意していたものがあった事を。
「これ」
「えー、何？」
　何の気負いもなしに秋乃が差し出せば、イチカも何の気負いもなしに受け取る。
「次会う時に渡すつもりだった。……クリスマスだし」
　プレゼント。
　片手におさまる小さな箱を見て、イチカは一度目を丸くして、けれどすぐに「開けていい？」と言って返事を待たずに包装紙を剥いていく。
　そうして出てきたのは、上品な黒い箱に入った、革製のブレスレット。
「あんたに似合うと思った、ただそれだけ。意味なんかない」
　そう、別にそこに深い想いが込められているわけではない。
　クリスマスだから。似合いそうなものを見つけたから。そんな理由で渡すのもいいだろう。
「……ブレスレット、かぁ」
　イチカは突然贈られたものを愛おしげに見つめながら、一度刻み付けるように目を伏せる。
　イチカは知っている。輪になっているものをプレゼントする意味を。
『貴方を束縛したい』
『独占したい』
『繋ぎ止めたい』
　それらが、輪になっているものをプレゼントする時に込められる意味。
　もしも、秋乃が知っていたとして。
　そういう意味を込めていたのだとしたら……。
（……ふふ、秋乃がそんなこと知るわけないか）
　イチカはパッと目を開け、そして秋乃に笑顔を向ける。
「ありがと、あきのん」
「あきのん言うなっての」
　言いながらも、秋乃の顔も何処か楽しげだった。

依頼結果：大成功

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