プロローグ
クリスマスを、ことごとく破壊しようとするダークニスの企み――ウィンクルム達は、次々と入ってくる事件の通報に、日々緊張していた。
「皆さん、クリスマス諦めてませんか?」
A.R.O.A.の受付女性職員は、依頼の一覧を眺めて浮かない顔のウィンクルムに、頬をふくらませる。
「だって、こんなときに……」
「こんなときだからこそ、ですよ!」
ぐっと両手を握りしめ、職員は大きな声で言い返した。
「オーガと戦うウチまでが、クリスマスどころじゃないなぁーみたいな顔してちゃダメッ! 絶対ダメ!
そんなの、ダークニスの思う壺じゃないですかっ」
確かにいま、サンタクロースは囚われの身だ。でも、サンタがいなくたって、暖かなクリスマスにできるはず。
「奴の企みなんて笑い飛ばせるような、楽しいクリスマスに、自分たちからしていきましょうよ」
と力説する職員に、言いたいことはわかるけれど……とウィンクルムは顔を見合わせた。
「でも、今何処に行っても、『黒き宿木の種』があるかもしれなくて、仕事モードになってしまいそうだよ」
精霊は眉をひそめる。
しかし、職員はめげない。笑顔をやめない。
「何言ってるんですか。絶対安全な場所があるでしょ」
「えっ?」
――どこだろう?
神人が考えこむが、答えが出てこない。
「もー、すぐそばにあるじゃないですか。本当に幸福の青い鳥って身近にあるものなんですって」
焦れったげな職員だが、ウィンクルムはとうとう自力では答えが見つからず、
「うー、降参。どこ?」
と白旗を揚げた。
すると職員は満面の笑みを浮かべて、弾んだ声で答えを教えてくれた。
「ふふっ、それはね、あなたの自宅ですよっ♪」
なるほど、確かにそれはすぐそばすぎて、気付かなかった。
確かにウィンクルムの自宅にまでは、オーガの魔の手は及ばない。
「A.R.O.A.本部周辺は政府の重要機関が多いですから、滅多なことでオーガに侵入されない結界的なものが張ってあります。
ここらへんも安全圏ですけどね」
本部の近くには、つい最近、超大型ショッピングモール『タブロス・モール』が出来たばかりだ。
ノースウッドのマルクトシュネーには劣るだろうが、自宅でのクリスマスパーティーに必要な物ならだいたい揃うだろうし、
相手へのプレゼントを買うにもよさそうだ。
パーティーの相談を始めたウィンクルムを見て、職員はホッとしたように微笑むと、助言をしてくれた。
「そうそう、あのモールの中央広場には、ガラスのツリーが設置されてるんです。
ツリーに願い事を書いた紙を吊るしましょうっていうイベントもやってるらしいですよ」
モールで買い物をして、あたたかな自宅でパーティー。そんなインドアなクリスマスもきっと素敵な思い出になるだろう。
プラン
アクションプラン
紫月 彩夢 (紫月 咲姫) (神崎 深珠) |
|
深珠さんのお家にお呼ばれ 咲姫と二人で来いってのも、なかなか色気の無い話よね …冗談よ。何よその微妙な顔 ほら、着いたわよ …深珠さんの、手料理? これはあたし、今後は作らない方がいいんじゃないかしら …だから冗談よ。何よ、今度は二人して変な顔しないで 見劣りしようと、喜んでもらえてるのを嬉しいとは思ってるんだから プレゼント交換しようって事で、それぞれにシルバーアクセの付いたチャーム 咲姫には薔薇の花 深珠さんには羽根飾り 意匠が凝ってて、可愛いの 咲姫からはリップクリーム 深珠さんからはコンパクトミラー …女子力高い…頑張って使いこなすわ 正直、咲姫と深珠さんが険悪にならなくてほっとしてる 酔った振りしつつちゃっかり観察 |
リザルトノベル
●おうちでディナー
『神崎 深珠』の家へと向かう道を『紫月 彩夢』と『紫月 咲姫』はてくてくと歩いていた。深珠の家で開かれるクリスマスのパーティーに、二人でお呼ばれしたのだ。
三人でクリスマスパーティーという状況に、なんとなく複雑な心境になる咲姫。
(男ならクリスマスこそ頑張りなさいよと言うか、でも兄としては……)
うーん、と考えこんでしまう。
咲姫は妹の彩夢をかなり溺愛している……身も蓋もない言い方をすれば重度のシスコンだ。が、彩夢の幸せに関しては冷静で理知的な考えを持っていた。
もし彩夢が素敵な相手と仲良くなったとしても、咲姫は嫉妬にかられるつもりはない。兄として、彩夢の幸せを願っている。そして深珠が本当に彩夢に相応しい男性であるかどうか、しっかりと見極めなくては。
咲姫がそんなことを思いながら歩いていると、隣の彩夢がこんなことをサラリと言う。
「咲姫と二人で来いってのも、なかなか色気の無い話よね」
「……」
その言葉の意味を深く考える咲姫。
「……やっぱりまだ早いわ」
咲姫、急に真顔になる。
「……冗談よ。何よその微妙な顔」
真顔になった咲姫の気迫はすごかったが、さすがに家族である彩夢は対応に慣れている。軽くあしらう。
「ほら、着いたわよ」
歩いているうちに、深珠の家へと到着した。
室内では、深珠は二人がくるのを待っていた。
「彩夢だけ呼ぶとかそんな度胸のある事も出来ん」
そう独り言をこぼす。
しかし、適応した神人の彩夢だけでなく咲姫もパーティーに招待したのには、他の理由もあった。
深珠と咲姫は初対面ではないものの、契約してからはあまり会っていない。深珠にとって咲姫は、神人の兄であり、先に神人と契約していた精霊である。そして、今のところ個人的にやや苦手な人物。
だからこそ、深珠は咲姫を今日のパーティーに呼んだのだ。
「……そろそろちゃんと対面しておかないといけない気がしたと言うのも、ある」
深珠がふと時計を見る。
そろそろ二人が到着する時間だろうか。
と思うと同時に、来客をしらせるチャイムが鳴った。深珠は玄関へと向かう。
ドアを開ければ、紫月兄妹の姿があった。
「深珠さん、こんばんは。おじゃまします」
「……私もお邪魔するわね」
「……」
彩夢と咲姫で、口にした「邪魔」のニュアンスが微妙に違っていることに深珠は気づいた。
そんな咲姫に、深珠はつい喫茶店勤務で培った営業スマイルで当たり障りのない対応をしそうになるが、それは思いとどまる。彩夢から営業スマイル禁止令を出されていたということもあるが、なるべく本当の自分を見せて咲姫に向き合わなければ、意味がないような気がしたのだ。
無理に愛想の良い笑顔をつくろうことなく、自然体の表情で深珠は二人を招き入れた。
「二人ともいらっしゃい。とりあえずジュースと酒があるが、どちらを飲む? 簡単な軽食も用意してある」
「あたしお酒が良い」
「それなら私も」
「わかった」
深珠はパーティーの準備を整えてある部屋へと、彩夢と咲姫を案内した。
テーブルに並べられた料理の数々を見て、彩夢はしばし絶句して固まった。
「……深珠さんの、手料理?」
「神崎さん、料理もできるのね」
深珠は調理の基礎技術を習得していた。パーティー向けの軽食ということで、テーブルには華やかな手料理が多く並んでいる。基本的に家庭で簡単に作れるものがメインだが、どれも盛り付けがこっていてオシャレだ。
ウズラの卵、アボカド、プチトマトを使ったピンチョス。白、緑、赤のクリスマスカラーだ。
食べやすい一口サイズの唐揚げ。これだけだと見た目が少し地味なので、プリーツレタスやパセリを添えて彩る。
四角いサンドウィッチは白パンと黒パンの二種類。色合いの違いを活かして、市松模様を描くように配置されている。
カクテルサラダも美味しそうだ。茹でエビやサーモンがたくさん入っている。
ナタデココとダイスカットされた果物が、ガラスの器の中で楽しげに踊っている。フルーツポンチだ。
深珠の手料理をじーっと見ていた彩夢が、こんなことをこぼす。
「これはあたし、今後は作らない方がいいんじゃないかしら」
「待て彩夢。俺は業務として出来るだけでプライベートではそんなに……」
慌てる深珠の声にかぶさるように、咲姫が悲鳴に似た声を出す。
「って、彩夢ちゃんの手料理は私の癒しなのに!」
彩夢の発言にうろたえる精霊二名を見て、彩夢はクールに返した。
「……だから冗談よ。何よ、今度は二人して変な顔しないで」
ホッと胸をなでおろす咲姫と、安堵の息をつく深珠。
「冗談……もう、本当に彩夢ちゃんの冗談は本気みたいなんだから……」
「……お前の冗談は、本気と判断が付かん」
くしくも同じタイミングで、同じような意味合いの言葉を口にした咲姫と深珠。両者、発言が被って少し気まずくなる。
だが、お互いの彩夢に対する印象が一致していたのは新鮮な発見だった。
「見劣りしようと、喜んでもらえてるのを嬉しいとは思ってるんだから」
普段はツンとした言動の多い彩夢が、珍しく素直な思いを吐露する。
「彩夢ちゃん!」
目をキラキラさせて、彩夢の言葉をジーンと噛み締めている咲姫。
軽くため息をつきながら、深珠は甘口のスパークリングワインを取り出した。ポンという軽快な音を立ててコルクが抜ける。
「良い香り。色もキレイね」
彩夢はグラスに注がれたワインを観察してみた。シュワシュワと繊細な気泡を作っている。その泡の動きが、スノードームの雪のようだと彩夢は思った。
「お料理もお酒も美味しそう。神崎さんありがとう」
咲姫はパーティーの主催者に穏やかに微笑んだ。
「ほら、今日は楽しく過ごしましょ。乾杯」
咲姫は優雅な仕草で、グラスを顔の高さまで持ち上げた。
「乾杯」
「乾杯」
はじめは咲姫との距離感がつかめず、深珠はややぎこちなく接していた。
しかし、パーティーの料理を取り分けたり、同じものを食べ、会話をするにうちに、少しずつ心の距離感が縮まっていく。
三人を包む空気は、だいぶ打ち解けた温かいものへと変わっていった。
●おうちで食後の時間
深珠の作った料理は、もうほとんど三人のお腹の中におさまっている。
食後の時間に、全員でプレゼントを交換し合う。
「じゃあ、あたしからね」
彩夢はこの日のために、シルバーアクセの付いたチャームを用意してきた。
「咲姫には薔薇の花」
「嬉しいっ、彩夢ちゃん! 私の宝物にするわね」
「深珠さんには羽根飾り。意匠が凝ってて、可愛いの」
「ありがとう、彩夢」
軽やかな羽根は、テンペストダンサーの深珠によく似合っている。
「はい、彩夢ちゃん。私からのプレゼントよ」
咲姫のプレゼントは、高級感のあるリップクリームだった。
「神崎さんも私の贈り物を受け取ってくれると嬉しいわ」
一瞬、深珠の顔に動揺が走る。
咲姫からいったいどんなプレゼントがくるのか、深珠にはまったく予想がつかなかった。それに加えて、深珠はまだ紫月家の事情を詳しく知らないため、咲姫本人に女装癖があるのだと誤解していた。
今日の咲姫のコーディネートも、チュール生地を使ったスカートとストッキングといったスタイルだった。
「神崎さんにはタイピンを」
実際咲姫から贈られたものは、さり気ないセンスが光る落ち着いたデザインのタイピンで、心のこもったプレゼントだった。
「紫月さん。……ありがとう」
素直に感謝をする深珠。
「こういうの、ちょっとほっこりする」
咲姫も、朗らかな笑みを浮かべる。
「気に入ってもらえると良いんだが」
深珠は彩夢にコンパクトミラーを贈った。
「紫月さんにはネックウォーマーを」
プレゼント選びの時に、深珠は大いに頭を悩ませた。咲姫へのプレゼントを男性物にすべきか、女性物にした方が良いのかと……。結局、男女どちらが使っても違和感のない色柄のネックウォーマーにした。
こうしてプレゼント交換は無事に終わったが、難しい表情をして贈り物を見つめている彩夢。
「咲姫からはリップクリーム。深珠さんからはコンパクトミラー。……女子力高い……頑張って使いこなすわ」
そう決意する。
(三人でパーティーだなんて、あたしもどうなることかと思ったけど……)
横目で咲姫と深珠の様子をうかがえば、料理の感想やプレゼントの話題で雑談している。
(正直、咲姫と深珠さんが険悪にならなくてほっとしてる)
目を閉じ、ぼーっと静かにしている彩夢に、二人が気づく。
「大丈夫、彩夢ちゃん? 顔が少し赤いみたいだけど」
「ディナーの時にスパークリングワインを飲んだからな。少し水を飲むと良い」
咲姫は優しく気遣い、深珠は冷たい水を持ってきてくれた。
「酔いが覚めるまで、そこのソファで休んだらどうだ?」
そう言った後で深珠は咲姫の視線に気づき、邪念はないと懸命にアピールしておいた。
「うん、そうする。深珠さん。ちょっと休ませてもらうね」
そう言って、彩夢はソファにぽすんとその身を預けた。
彩夢はソファにもたれかかって静かにしている。
「……さて」
咲姫は深珠へ、その赤い瞳を向けた。
「彩夢ちゃんがうとうとしてる間に、神崎さんにお話しましょ」
「……」
パーティーで少し打ち解けたものの、いざこんな風に改めて話をしようと言われると、プレッシャーで身を固くしてしまう深珠。
「彩夢とは上手くいってる? 契約精霊として、ね」
質問をしている咲姫にも一抹の不安があった。
(勿論プライベートもって言いたいけど……まだ少し複雑な心地)
二人の恋愛感情にまつわる質問は、今日のところは咲姫の心の中にしまっておくことにする。
深珠は途切れ途切れに答える。咲姫は別に脅すような素振りはしていないのだが、威圧感を放っているのも事実だ。
「……彩夢とは、これから仲良くしたいと、思っている……います」
緊張で声がかすれてしまうが、深珠の言葉に偽りはない。
だから深珠は、不確かなことも正直に告げた。
「俺に、どこまで寄り添えるのかは、分からないけど」
わからない。
彩夢が時々見せる無鉄砲さや兄である咲姫に対する辛辣な態度は、A.R.O.A.の報告書を通して知っている。その内容に正直、深珠は眉をひそめた。
喫茶店の従業員として知っているつもりになっていた彩夢の人柄と、報告書を通して見た彩夢の人柄にはギャップがあった。
自分が思っていたのと違う。それは彩夢に対する興味へと繋がった。
彩夢のことをもっと知りたいが、彼女の考えていることが時々理解できないことがある。
(俺のことをどう思っているのか……も含めて)
今はまだ、彩夢のことがよくわからない。
「そう……」
でもこれから彩夢と仲良くしていきたいと、深珠はハッキリとそう言った。
咲姫が深珠の顔を見る。柔らかな笑顔で告げる。
「こんな兄妹だけど、今後も宜しくね」
裏や含みなどはない、誠実な友好の言葉だった。
深珠は虚を衝かれたように、目を瞬かせた。
「あ、いえ……」
緊張のせいで視線が泳ぎそうになるが、深珠はきちんと咲姫の目を見て言った。
「こちらこそ、宜しくお願い、します」
酔ってソファで寝ているはずの彩夢の口元に、満足そうな笑みが浮かんだ。
実は彩夢は最初から起きていて、寝たフリをして二人のやりとりをちゃっかり観察していたのだ。お互いの会話に集中していた咲姫と深珠は、このタヌキ寝入りに気づくことはなかった。
咲姫と深珠が、精霊同士として親睦と理解を深められたこと。
それが彩夢にとって一番嬉しいクリスマスプレゼントになったのかもしれない。
『神崎 深珠』の家へと向かう道を『紫月 彩夢』と『紫月 咲姫』はてくてくと歩いていた。深珠の家で開かれるクリスマスのパーティーに、二人でお呼ばれしたのだ。
三人でクリスマスパーティーという状況に、なんとなく複雑な心境になる咲姫。
(男ならクリスマスこそ頑張りなさいよと言うか、でも兄としては……)
うーん、と考えこんでしまう。
咲姫は妹の彩夢をかなり溺愛している……身も蓋もない言い方をすれば重度のシスコンだ。が、彩夢の幸せに関しては冷静で理知的な考えを持っていた。
もし彩夢が素敵な相手と仲良くなったとしても、咲姫は嫉妬にかられるつもりはない。兄として、彩夢の幸せを願っている。そして深珠が本当に彩夢に相応しい男性であるかどうか、しっかりと見極めなくては。
咲姫がそんなことを思いながら歩いていると、隣の彩夢がこんなことをサラリと言う。
「咲姫と二人で来いってのも、なかなか色気の無い話よね」
「……」
その言葉の意味を深く考える咲姫。
「……やっぱりまだ早いわ」
咲姫、急に真顔になる。
「……冗談よ。何よその微妙な顔」
真顔になった咲姫の気迫はすごかったが、さすがに家族である彩夢は対応に慣れている。軽くあしらう。
「ほら、着いたわよ」
歩いているうちに、深珠の家へと到着した。
室内では、深珠は二人がくるのを待っていた。
「彩夢だけ呼ぶとかそんな度胸のある事も出来ん」
そう独り言をこぼす。
しかし、適応した神人の彩夢だけでなく咲姫もパーティーに招待したのには、他の理由もあった。
深珠と咲姫は初対面ではないものの、契約してからはあまり会っていない。深珠にとって咲姫は、神人の兄であり、先に神人と契約していた精霊である。そして、今のところ個人的にやや苦手な人物。
だからこそ、深珠は咲姫を今日のパーティーに呼んだのだ。
「……そろそろちゃんと対面しておかないといけない気がしたと言うのも、ある」
深珠がふと時計を見る。
そろそろ二人が到着する時間だろうか。
と思うと同時に、来客をしらせるチャイムが鳴った。深珠は玄関へと向かう。
ドアを開ければ、紫月兄妹の姿があった。
「深珠さん、こんばんは。おじゃまします」
「……私もお邪魔するわね」
「……」
彩夢と咲姫で、口にした「邪魔」のニュアンスが微妙に違っていることに深珠は気づいた。
そんな咲姫に、深珠はつい喫茶店勤務で培った営業スマイルで当たり障りのない対応をしそうになるが、それは思いとどまる。彩夢から営業スマイル禁止令を出されていたということもあるが、なるべく本当の自分を見せて咲姫に向き合わなければ、意味がないような気がしたのだ。
無理に愛想の良い笑顔をつくろうことなく、自然体の表情で深珠は二人を招き入れた。
「二人ともいらっしゃい。とりあえずジュースと酒があるが、どちらを飲む? 簡単な軽食も用意してある」
「あたしお酒が良い」
「それなら私も」
「わかった」
深珠はパーティーの準備を整えてある部屋へと、彩夢と咲姫を案内した。
テーブルに並べられた料理の数々を見て、彩夢はしばし絶句して固まった。
「……深珠さんの、手料理?」
「神崎さん、料理もできるのね」
深珠は調理の基礎技術を習得していた。パーティー向けの軽食ということで、テーブルには華やかな手料理が多く並んでいる。基本的に家庭で簡単に作れるものがメインだが、どれも盛り付けがこっていてオシャレだ。
ウズラの卵、アボカド、プチトマトを使ったピンチョス。白、緑、赤のクリスマスカラーだ。
食べやすい一口サイズの唐揚げ。これだけだと見た目が少し地味なので、プリーツレタスやパセリを添えて彩る。
四角いサンドウィッチは白パンと黒パンの二種類。色合いの違いを活かして、市松模様を描くように配置されている。
カクテルサラダも美味しそうだ。茹でエビやサーモンがたくさん入っている。
ナタデココとダイスカットされた果物が、ガラスの器の中で楽しげに踊っている。フルーツポンチだ。
深珠の手料理をじーっと見ていた彩夢が、こんなことをこぼす。
「これはあたし、今後は作らない方がいいんじゃないかしら」
「待て彩夢。俺は業務として出来るだけでプライベートではそんなに……」
慌てる深珠の声にかぶさるように、咲姫が悲鳴に似た声を出す。
「って、彩夢ちゃんの手料理は私の癒しなのに!」
彩夢の発言にうろたえる精霊二名を見て、彩夢はクールに返した。
「……だから冗談よ。何よ、今度は二人して変な顔しないで」
ホッと胸をなでおろす咲姫と、安堵の息をつく深珠。
「冗談……もう、本当に彩夢ちゃんの冗談は本気みたいなんだから……」
「……お前の冗談は、本気と判断が付かん」
くしくも同じタイミングで、同じような意味合いの言葉を口にした咲姫と深珠。両者、発言が被って少し気まずくなる。
だが、お互いの彩夢に対する印象が一致していたのは新鮮な発見だった。
「見劣りしようと、喜んでもらえてるのを嬉しいとは思ってるんだから」
普段はツンとした言動の多い彩夢が、珍しく素直な思いを吐露する。
「彩夢ちゃん!」
目をキラキラさせて、彩夢の言葉をジーンと噛み締めている咲姫。
軽くため息をつきながら、深珠は甘口のスパークリングワインを取り出した。ポンという軽快な音を立ててコルクが抜ける。
「良い香り。色もキレイね」
彩夢はグラスに注がれたワインを観察してみた。シュワシュワと繊細な気泡を作っている。その泡の動きが、スノードームの雪のようだと彩夢は思った。
「お料理もお酒も美味しそう。神崎さんありがとう」
咲姫はパーティーの主催者に穏やかに微笑んだ。
「ほら、今日は楽しく過ごしましょ。乾杯」
咲姫は優雅な仕草で、グラスを顔の高さまで持ち上げた。
「乾杯」
「乾杯」
はじめは咲姫との距離感がつかめず、深珠はややぎこちなく接していた。
しかし、パーティーの料理を取り分けたり、同じものを食べ、会話をするにうちに、少しずつ心の距離感が縮まっていく。
三人を包む空気は、だいぶ打ち解けた温かいものへと変わっていった。
●おうちで食後の時間
深珠の作った料理は、もうほとんど三人のお腹の中におさまっている。
食後の時間に、全員でプレゼントを交換し合う。
「じゃあ、あたしからね」
彩夢はこの日のために、シルバーアクセの付いたチャームを用意してきた。
「咲姫には薔薇の花」
「嬉しいっ、彩夢ちゃん! 私の宝物にするわね」
「深珠さんには羽根飾り。意匠が凝ってて、可愛いの」
「ありがとう、彩夢」
軽やかな羽根は、テンペストダンサーの深珠によく似合っている。
「はい、彩夢ちゃん。私からのプレゼントよ」
咲姫のプレゼントは、高級感のあるリップクリームだった。
「神崎さんも私の贈り物を受け取ってくれると嬉しいわ」
一瞬、深珠の顔に動揺が走る。
咲姫からいったいどんなプレゼントがくるのか、深珠にはまったく予想がつかなかった。それに加えて、深珠はまだ紫月家の事情を詳しく知らないため、咲姫本人に女装癖があるのだと誤解していた。
今日の咲姫のコーディネートも、チュール生地を使ったスカートとストッキングといったスタイルだった。
「神崎さんにはタイピンを」
実際咲姫から贈られたものは、さり気ないセンスが光る落ち着いたデザインのタイピンで、心のこもったプレゼントだった。
「紫月さん。……ありがとう」
素直に感謝をする深珠。
「こういうの、ちょっとほっこりする」
咲姫も、朗らかな笑みを浮かべる。
「気に入ってもらえると良いんだが」
深珠は彩夢にコンパクトミラーを贈った。
「紫月さんにはネックウォーマーを」
プレゼント選びの時に、深珠は大いに頭を悩ませた。咲姫へのプレゼントを男性物にすべきか、女性物にした方が良いのかと……。結局、男女どちらが使っても違和感のない色柄のネックウォーマーにした。
こうしてプレゼント交換は無事に終わったが、難しい表情をして贈り物を見つめている彩夢。
「咲姫からはリップクリーム。深珠さんからはコンパクトミラー。……女子力高い……頑張って使いこなすわ」
そう決意する。
(三人でパーティーだなんて、あたしもどうなることかと思ったけど……)
横目で咲姫と深珠の様子をうかがえば、料理の感想やプレゼントの話題で雑談している。
(正直、咲姫と深珠さんが険悪にならなくてほっとしてる)
目を閉じ、ぼーっと静かにしている彩夢に、二人が気づく。
「大丈夫、彩夢ちゃん? 顔が少し赤いみたいだけど」
「ディナーの時にスパークリングワインを飲んだからな。少し水を飲むと良い」
咲姫は優しく気遣い、深珠は冷たい水を持ってきてくれた。
「酔いが覚めるまで、そこのソファで休んだらどうだ?」
そう言った後で深珠は咲姫の視線に気づき、邪念はないと懸命にアピールしておいた。
「うん、そうする。深珠さん。ちょっと休ませてもらうね」
そう言って、彩夢はソファにぽすんとその身を預けた。
彩夢はソファにもたれかかって静かにしている。
「……さて」
咲姫は深珠へ、その赤い瞳を向けた。
「彩夢ちゃんがうとうとしてる間に、神崎さんにお話しましょ」
「……」
パーティーで少し打ち解けたものの、いざこんな風に改めて話をしようと言われると、プレッシャーで身を固くしてしまう深珠。
「彩夢とは上手くいってる? 契約精霊として、ね」
質問をしている咲姫にも一抹の不安があった。
(勿論プライベートもって言いたいけど……まだ少し複雑な心地)
二人の恋愛感情にまつわる質問は、今日のところは咲姫の心の中にしまっておくことにする。
深珠は途切れ途切れに答える。咲姫は別に脅すような素振りはしていないのだが、威圧感を放っているのも事実だ。
「……彩夢とは、これから仲良くしたいと、思っている……います」
緊張で声がかすれてしまうが、深珠の言葉に偽りはない。
だから深珠は、不確かなことも正直に告げた。
「俺に、どこまで寄り添えるのかは、分からないけど」
わからない。
彩夢が時々見せる無鉄砲さや兄である咲姫に対する辛辣な態度は、A.R.O.A.の報告書を通して知っている。その内容に正直、深珠は眉をひそめた。
喫茶店の従業員として知っているつもりになっていた彩夢の人柄と、報告書を通して見た彩夢の人柄にはギャップがあった。
自分が思っていたのと違う。それは彩夢に対する興味へと繋がった。
彩夢のことをもっと知りたいが、彼女の考えていることが時々理解できないことがある。
(俺のことをどう思っているのか……も含めて)
今はまだ、彩夢のことがよくわからない。
「そう……」
でもこれから彩夢と仲良くしていきたいと、深珠はハッキリとそう言った。
咲姫が深珠の顔を見る。柔らかな笑顔で告げる。
「こんな兄妹だけど、今後も宜しくね」
裏や含みなどはない、誠実な友好の言葉だった。
深珠は虚を衝かれたように、目を瞬かせた。
「あ、いえ……」
緊張のせいで視線が泳ぎそうになるが、深珠はきちんと咲姫の目を見て言った。
「こちらこそ、宜しくお願い、します」
酔ってソファで寝ているはずの彩夢の口元に、満足そうな笑みが浮かんだ。
実は彩夢は最初から起きていて、寝たフリをして二人のやりとりをちゃっかり観察していたのだ。お互いの会話に集中していた咲姫と深珠は、このタヌキ寝入りに気づくことはなかった。
咲姫と深珠が、精霊同士として親睦と理解を深められたこと。
それが彩夢にとって一番嬉しいクリスマスプレゼントになったのかもしれない。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 山内ヤト GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | あき缶 GM |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2015年12月2日 |