プラン
アクションプラン
向坂 咲裟 (カルラス・エスクリヴァ) (ギャレロ・ガルロ) |
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6 今日は皆でスケートよ ワタシ、スケート初めてなの 二人はどうかしら? そう、皆初めてなのね じゃあ初心者同士頑張りましょう? カルラスさんと一緒に転んだら…何故だか楽しい気分になると思うの ふふ、カルラスさんでも転んじゃうのね 助けてくれてありがとう 椅子は支えになるのね ええ、やってみましょう 先ずはワタシが座ってカルラスさんに押してもらうわ あら、すいすい滑れるのね 質問には振り返って顔を見て返事したいわ ええ、カルラスさんが押してくれているもの 次はワタシ ギャレロ、椅子に座ってくれるかしら? …ちょっと重いけれど、その位が安定感あるみたい スピードはちょっと無理ね カルラスさんに頼んでね わあ、ギャレロ早いわ うふふ、楽しそう 最後に皆で普通に滑ってみるわ まだぎこちないけれど…これはきっと脱初心者ね…! うふふ、とっても楽しいわ 去年も楽しかったけれど、不思議ね もっともっと楽しいと感じるの ギャレロ…ええ、ええ!きっとそうね! |
リザルトノベル
向坂 咲裟がその事実を知ったのは、ちょうどシューズの紐を結び終えたときのことだった。
「もしかして、全員経験がないの?」
意外、というように目を丸くする。
丁寧に紐を蝶結びにして、カルラス・エスクリヴァは顔を上げた。
「そういえば一度もやったことはないな。ウィンタースポーツには縁がなくてな……特にスケートは」
カルラスが視線を向けたとき、ギャレロ・ガルロはスケートシューズを履こうとすらせず、持ち上げたりひっくり返したりして、靴底についたブレード部分をためつすがめつしていた。
「スケート……? なんだそれ知らねぇ。こいつでチャンバラでもするのか?」
どうもギャレロは、刀の検分でもしている気分のようだ。
「いや、この靴で氷の上を滑るのさ」
カルラスが言うと、「ジョーダンだろ?」とギャレロは笑い出した。
「こんな細っこいもんが靴についてるんじゃ、満足に立つこともできねぇ。おまけに氷の上? 尖ったこいつでがしがしやって、氷が割れたらどうすんだ?」
「そう言われると、ちょっとワタシも自信ないのよね。なにせ初挑戦だもの。まあ、氷は分厚いらしいから割れないと思うけど」
つかまり立ちから歩行へ移り始めた赤ちゃんのように、膝を震わせ立ち上がり、よろよろと咲裟は歩き出す。シルクのように透明感のある金髪は、頭の後ろで軽く束ねてシニヨンにしていた。
「じゃあ、初心者グループで頑張りましょう?」
おそるおそる振り返る咲裟の仕草に雛鳥を連想し、カルラスは軽い笑みを浮かべていた。
「そうだな。初心者同士頑張るか」
馴れぬスケート靴なれど、なんとかカルラスは、真っ直ぐ歩いてリンクに向かう。
「マジで行くのか?」
ぎょっとした様子でギャレロは、いささか慌て気味に靴を履き替えた。
「ま、いっちょやってみっか」
足早に、カ、カ、カ、カ、とやや爪先立ちでふたりを追うのである。
ここはグリックレイク、ノースガルド『古代の森』の中にある静かな湖だ。
すでに陽は落ちている。日頃ならこの場所は、夜の訪れとともに一寸先もおぼつかぬ暗闇と化すのだが、この時期ばかりは特別に、鮮やかにライトアップされていた。といっても真昼のような明るさではない。月世界かと見まがうような、幻想的なほの明るい光景なのだった。白を基調とした穏やかな照明が、厚く張った泉の氷を、白銀の皿のように見せている。
「手すりがあるのね」
臨時に立てられた鉄製の外枠に咲裟は触れた。毛糸の手袋ごしでも、そのひんやりとした感触が伝わってくる。
ためらうかと見えた咲裟だったが、実際のところはすぐに、カシャ、と冷たい音を立てて両足を氷に下ろしていた。
「勇気があるね。私は今、遺言状をどこにしまったのか思い出そうとしているところさ」
などとカルラスは咲裟を笑わせ、自分もそろそろと銀盤に降り立った。手すりをつかんだまま進もうとするも、なかなか上手くいかない。
「これは、思った以上に滑るな……」
と、チェロの弦が切れたときのように深刻な顔をしたのだが、大袈裟ね、と笑うような余裕は咲裟にはなかった。なぜなら彼女も、滑るばかりで言うことを聞かぬ足元に対し、同じく深刻な顔をしていたからである。
「確か、スケートの基本はペンギンのような歩きかたをすることだって聞いたわ」
言うなり咲裟は、果敢にも手すりから手を離し、腰をかがめ両足で八の字を作ると、そろりそろりとリンクを進み始めたのである。確かに滑る。滑るが、体重を両足にしっかり乗せているせいかちゃんと前に進んだ……!
「やった! できました! ペンギンウォークね」
わずか数十センチの滑走だったとはいえ、振り返って咲裟は会心の笑みを見せた。
普段より笑っている――カルラスは思う。咲裟がこんな風に、はしゃいでいるのは珍しい。
ところが咲裟の快進撃は続かなかった。勢いよく振り向いたせいか足から注意がそれ、彼女はぐらりと上半身のバランスを崩したのである。
「あっ」
両腕が中を泳ぐ。足が勝手に前に進む。視界は氷上から一転、夜空の星へと……。
いけない、転ぶ――!
と思いきや咲裟の背を、さっとかばう腕があった。
カルラスだった。彼は反射的に、手すりから離れ飛び出したのだった。
うまくキャッチできた、と確信した瞬間、カルラスも見事にバランスを崩して、ふたりはもつれ合うようにどっと転んだ。カルラスが尻餅をつき、その上に咲裟が覆い被さるような格好だ。そろって氷に手を突いていた。
「いたた……お嬢さん、怪我はないか?」
大丈夫、と告げて咲裟はほんのりと頬を染め微笑む。
「ふふ、カルラスさんでも転んじゃうこともあるのね」
「ははは、驚いたのかい?」
「転ばないイメージがあるからね……助けてくれてありがとう」
「ああ、どういたしまして」
ふたりの視線が混じり合った。
しかしそれはごく、短い時間で途切れることになる。
「ハハハハ! なるほど! スケートってそうやって遊ぶものなのか!」
これを見てギャレロが嬉しそうに、ぴょんとリンクに飛び降り自分から、ずざーっとスライディングして咲裟とカルラスの間に割り込んだのだった。
「オレも混ぜてくれ!」
と言って頭を、ちょうどカルラスのお腹に乗せるようにする。
「おいおい……真似してどうする? これは悪い例だよ」
「おしくらまんじゅうが?」
「おしくらまんじゅう!?」
咲裟は吹き出してしまった。なるほどギャレロには、そう見えたに違いない。
「練習用の椅子を借りてきた」
全員で、手すりづたいにリンクを2周ほどしたのち、カルラスが持ってきたのは鉄製のソリのような椅子だった。パイプ椅子状で歩行具にも似ている。車椅子のように、背には持ち手が付いていた。
「これを支えにして練習するらしい。こうしたものがあれば、コツがつかめるかもしれないな」
「へえ。サカサ、ちょっとやってみてくれねぇ?」
ギャレロは椅子に近づいて、コツンコツンとこれを叩いている。
「そうね。試してみるわ」
「よし、咲裟、手はその位置に……よし。私が押そう」
咲裟が椅子に腰を下ろし、多少不安定ながらもカルラスが背後からこれを押した。
サンタクロースのソリとまではいかないものの、しょりしょりと音を立て、それなりにスムーズに椅子は滑り始めた。咲裟は座ったまま両足を下ろして、氷上をなめらかに行く感覚を味わうのである。
「あら、すいすい滑れるのね」
「……手すりにつかまるよりも、滑れている気がするな」
押す側のカルラスとしても、安定しているから足運びの練習になる。慣れてきたのでいくらかスピードを増した。
風が咲裟の頬を撫でる。冷たい風だ。けれども白くて、キラキラとしているように感じる。目には見えないはずなのに、風の中に雪の結晶が、入り混じっているのがわかる気がした。
「どうだお嬢さん、怖くはないか?」
カルラスが呼びかける。
「ええ」
咲裟は振り返って応じた。
「カルラスさんが押してくれているもの」
カルラスは、黙って微笑んだ。
「いいないいな! 次オレの番な、オレオレ!!」
ギャレロは懸命に椅子のあとを追ってくる。さすが適応力があるようだ。いつの間にかギャレロは、かなり滑ることができるようになっていた。
椅子が止まると、咲裟は立って椅子の背後に回った。カルラスと位置を変わって、
「ギャレロ、椅子に座ってくれるかしら?」
と呼びかける。
「よーし!」
どしんとギャレロは座って、押して押してと声を上げた。カルラスがやろうかと言うも咲裟は首を振る。
「やってみたいの」
「準備いいぞ! サカサ! はじめてくれ!」
無邪気に両手を挙げて、ゴー、とギャレロは告げた。彼は、咲裟に何かしてもらうということが嬉しくて仕方がないのだ。
咲裟が力を込めると、するすると椅子は滑り始めた。
「……ちょっと重いけれど、そのくらいが安定感あるみたい」
椅子を経験する前よりずっと上手く足運びができているように思う。
「なぁサカサ! もっと早くならねぇか!?」
ギャレロはきゃっきゃと声を上げている。その様子は、スーパーマーケットでカートに乗せてもらった幼児さながらだ。
半周ほどしたところで、
「さあ、今度はカルラスの番だ!」
と言うから椅子を押せという話かと思いきや、ギャレロはカルラスをぐいぐいと引いて椅子に向けた。
「もしかして私が座るのか?」
「おう!」
「てっきり押してほしいのかと思った」
「押すのも楽しそうだ」
仕方なく椅子に落ち着くも、カルラスはどうも、嫌な予感がしてならなかった。
「お手柔らかに頼むよ」
「オーケー、手加減はしないぜ!」
お手柔らかに、という言葉の意味はだな――とカルラスが言う暇すら与えられない。
「ハハハハ! 全力全開!!」
その言葉通り、怒濤の勢いでギャレロは駆け出したのである!
「お、おい!」
ロケットスタート! いつの間に体得したのかスピードスケートの選手さながらに、ギャレロはスケート靴で氷盤を蹴った。耳を聾する滑走音!
「おいおいおい!」
剃刀のごとき風で髪が後方になびく。
氷の細かな粒が吹き上げられ顔に当たる。
目の前の光景がぐんぐん、ぐんぐんと迫る。
速度は上がる一方だ。風も氷も勢いを増すばかり。
思わずカルラスは絶叫する!
「おい! ギャレロ!」
「ハハハハ! 楽しいな!!」
でもギャレロは聞いていない!
「速い! 止まれ!!」
「はやい!!! はやいぜ!!!!」
弾丸列車か彗星か、爆走する椅子は白い閃光となりスケートリンクを駆け抜けた!
カルラスは命の危険を感じ椅子のパイプ部を握りしめているのだが、咲裟の目に映るのはもっぱら、楽しそうにしているギャレロばかりなのである。だから彼女は、
「わあ、ギャレロ早いわ」
と、眩しいように目を細めているのだった。
「うふふ、楽しそう」
「ギャレロ……ちゃんと人の話を聞く習慣を身につけてくれ。頼むから」
げっそりした様子で椅子から降りたカルラスは、するすると滑ってギャレロの肩に手を置いた。短くも鮮烈な体験のおかげか、彼もそれなりにスケートを体得したようだ。
「今聞いてる」
「いや、滑っている間の話だ。正直、死ぬかと思った……」
するとギャレロはようやく事情を理解したのか、
「ごめん」
と軽くではあるが頭を下げた。
「でも、楽しかった」
しかしケロリとしてそう言い加えたので、
「……まあ、わかればいい」
カルラスは溜息をつくほかなかった。
「じゃあ手すりにてをつかずに一周してみない?」
もう咲裟もペンギンではない。つっかえつっかえながら、滑ってカルラスとギャレロのそばまでやってきた。
「一周でも十周でもやるぞ!」
言うそばからもう、ギャレロはぐるぐるとふたりの周囲を滑走している。生まれて初めてスケートをやった人間とはとても思えない巧みさだ。
「十周は勘弁だが、楽しくできそうだな」
カルラスは恭しく一礼して咲裟に手を差し出した。
「お手を拝借願えるかな?」
「喜んで」
咲裟はしっかりとカルラスの手をとった。
「オレもオレも!」
ギャレロが、咲裟の空いたほうの手をつかむ。
「みんなで滑ろう!」
これはきっと脱初心者ね、と咲裟は思った。もう考えなくても足は左右、リズミカルに前に出るようになっている。鏡のような氷の上を、すうっと心地よく滑っていく。
うふふ、とまた咲裟は笑っていた。
「とっても楽しいわ。去年も楽しかったけれど、不思議ね、もっともっと楽しいと感じるの」
「もっともっと楽しい……」
とオウム返しして、ギャレロは空にも届けと星を見上げて言った。
「じゃあ来年はもっともっともっと楽しいな!!」
「ええ、ええ! きっとそうね!」
咲裟とギャレロのやりとりを聞いて、
「ああ……確かに、楽しかったな」
いい一年だった、とカルラスは呟いた。
「これからも……か」
三人ならんで滑るその先に、待っている未来はきっと明るい、そんな風にカルラスは思うのである。
どれくらい時間が経っただろうか、何度か回っているうちに、ギャレロがくしゃっとくしゃみをした。
「ちょっと寒くなってきたかもしれないな」
カルラスは、咲裟とギャレロに呼びかけた。
「さあ、汗が冷える前に暖かい場所に移動するぞ」
そうしましょう、と応えてリンクから上がり、一度だけ咲裟はグリックレイクを振り返った。
――ありがとう。
心の中でそっと告げる。
この時間を提供してくれた湖に、奇蹟のような冬に、そして、かけがえのないふたりの精霊たちに。
そうして彼女は、束ねていた髪をゆっくりとほどいたのだった。
メリークリスマス。
「もしかして、全員経験がないの?」
意外、というように目を丸くする。
丁寧に紐を蝶結びにして、カルラス・エスクリヴァは顔を上げた。
「そういえば一度もやったことはないな。ウィンタースポーツには縁がなくてな……特にスケートは」
カルラスが視線を向けたとき、ギャレロ・ガルロはスケートシューズを履こうとすらせず、持ち上げたりひっくり返したりして、靴底についたブレード部分をためつすがめつしていた。
「スケート……? なんだそれ知らねぇ。こいつでチャンバラでもするのか?」
どうもギャレロは、刀の検分でもしている気分のようだ。
「いや、この靴で氷の上を滑るのさ」
カルラスが言うと、「ジョーダンだろ?」とギャレロは笑い出した。
「こんな細っこいもんが靴についてるんじゃ、満足に立つこともできねぇ。おまけに氷の上? 尖ったこいつでがしがしやって、氷が割れたらどうすんだ?」
「そう言われると、ちょっとワタシも自信ないのよね。なにせ初挑戦だもの。まあ、氷は分厚いらしいから割れないと思うけど」
つかまり立ちから歩行へ移り始めた赤ちゃんのように、膝を震わせ立ち上がり、よろよろと咲裟は歩き出す。シルクのように透明感のある金髪は、頭の後ろで軽く束ねてシニヨンにしていた。
「じゃあ、初心者グループで頑張りましょう?」
おそるおそる振り返る咲裟の仕草に雛鳥を連想し、カルラスは軽い笑みを浮かべていた。
「そうだな。初心者同士頑張るか」
馴れぬスケート靴なれど、なんとかカルラスは、真っ直ぐ歩いてリンクに向かう。
「マジで行くのか?」
ぎょっとした様子でギャレロは、いささか慌て気味に靴を履き替えた。
「ま、いっちょやってみっか」
足早に、カ、カ、カ、カ、とやや爪先立ちでふたりを追うのである。
ここはグリックレイク、ノースガルド『古代の森』の中にある静かな湖だ。
すでに陽は落ちている。日頃ならこの場所は、夜の訪れとともに一寸先もおぼつかぬ暗闇と化すのだが、この時期ばかりは特別に、鮮やかにライトアップされていた。といっても真昼のような明るさではない。月世界かと見まがうような、幻想的なほの明るい光景なのだった。白を基調とした穏やかな照明が、厚く張った泉の氷を、白銀の皿のように見せている。
「手すりがあるのね」
臨時に立てられた鉄製の外枠に咲裟は触れた。毛糸の手袋ごしでも、そのひんやりとした感触が伝わってくる。
ためらうかと見えた咲裟だったが、実際のところはすぐに、カシャ、と冷たい音を立てて両足を氷に下ろしていた。
「勇気があるね。私は今、遺言状をどこにしまったのか思い出そうとしているところさ」
などとカルラスは咲裟を笑わせ、自分もそろそろと銀盤に降り立った。手すりをつかんだまま進もうとするも、なかなか上手くいかない。
「これは、思った以上に滑るな……」
と、チェロの弦が切れたときのように深刻な顔をしたのだが、大袈裟ね、と笑うような余裕は咲裟にはなかった。なぜなら彼女も、滑るばかりで言うことを聞かぬ足元に対し、同じく深刻な顔をしていたからである。
「確か、スケートの基本はペンギンのような歩きかたをすることだって聞いたわ」
言うなり咲裟は、果敢にも手すりから手を離し、腰をかがめ両足で八の字を作ると、そろりそろりとリンクを進み始めたのである。確かに滑る。滑るが、体重を両足にしっかり乗せているせいかちゃんと前に進んだ……!
「やった! できました! ペンギンウォークね」
わずか数十センチの滑走だったとはいえ、振り返って咲裟は会心の笑みを見せた。
普段より笑っている――カルラスは思う。咲裟がこんな風に、はしゃいでいるのは珍しい。
ところが咲裟の快進撃は続かなかった。勢いよく振り向いたせいか足から注意がそれ、彼女はぐらりと上半身のバランスを崩したのである。
「あっ」
両腕が中を泳ぐ。足が勝手に前に進む。視界は氷上から一転、夜空の星へと……。
いけない、転ぶ――!
と思いきや咲裟の背を、さっとかばう腕があった。
カルラスだった。彼は反射的に、手すりから離れ飛び出したのだった。
うまくキャッチできた、と確信した瞬間、カルラスも見事にバランスを崩して、ふたりはもつれ合うようにどっと転んだ。カルラスが尻餅をつき、その上に咲裟が覆い被さるような格好だ。そろって氷に手を突いていた。
「いたた……お嬢さん、怪我はないか?」
大丈夫、と告げて咲裟はほんのりと頬を染め微笑む。
「ふふ、カルラスさんでも転んじゃうこともあるのね」
「ははは、驚いたのかい?」
「転ばないイメージがあるからね……助けてくれてありがとう」
「ああ、どういたしまして」
ふたりの視線が混じり合った。
しかしそれはごく、短い時間で途切れることになる。
「ハハハハ! なるほど! スケートってそうやって遊ぶものなのか!」
これを見てギャレロが嬉しそうに、ぴょんとリンクに飛び降り自分から、ずざーっとスライディングして咲裟とカルラスの間に割り込んだのだった。
「オレも混ぜてくれ!」
と言って頭を、ちょうどカルラスのお腹に乗せるようにする。
「おいおい……真似してどうする? これは悪い例だよ」
「おしくらまんじゅうが?」
「おしくらまんじゅう!?」
咲裟は吹き出してしまった。なるほどギャレロには、そう見えたに違いない。
「練習用の椅子を借りてきた」
全員で、手すりづたいにリンクを2周ほどしたのち、カルラスが持ってきたのは鉄製のソリのような椅子だった。パイプ椅子状で歩行具にも似ている。車椅子のように、背には持ち手が付いていた。
「これを支えにして練習するらしい。こうしたものがあれば、コツがつかめるかもしれないな」
「へえ。サカサ、ちょっとやってみてくれねぇ?」
ギャレロは椅子に近づいて、コツンコツンとこれを叩いている。
「そうね。試してみるわ」
「よし、咲裟、手はその位置に……よし。私が押そう」
咲裟が椅子に腰を下ろし、多少不安定ながらもカルラスが背後からこれを押した。
サンタクロースのソリとまではいかないものの、しょりしょりと音を立て、それなりにスムーズに椅子は滑り始めた。咲裟は座ったまま両足を下ろして、氷上をなめらかに行く感覚を味わうのである。
「あら、すいすい滑れるのね」
「……手すりにつかまるよりも、滑れている気がするな」
押す側のカルラスとしても、安定しているから足運びの練習になる。慣れてきたのでいくらかスピードを増した。
風が咲裟の頬を撫でる。冷たい風だ。けれども白くて、キラキラとしているように感じる。目には見えないはずなのに、風の中に雪の結晶が、入り混じっているのがわかる気がした。
「どうだお嬢さん、怖くはないか?」
カルラスが呼びかける。
「ええ」
咲裟は振り返って応じた。
「カルラスさんが押してくれているもの」
カルラスは、黙って微笑んだ。
「いいないいな! 次オレの番な、オレオレ!!」
ギャレロは懸命に椅子のあとを追ってくる。さすが適応力があるようだ。いつの間にかギャレロは、かなり滑ることができるようになっていた。
椅子が止まると、咲裟は立って椅子の背後に回った。カルラスと位置を変わって、
「ギャレロ、椅子に座ってくれるかしら?」
と呼びかける。
「よーし!」
どしんとギャレロは座って、押して押してと声を上げた。カルラスがやろうかと言うも咲裟は首を振る。
「やってみたいの」
「準備いいぞ! サカサ! はじめてくれ!」
無邪気に両手を挙げて、ゴー、とギャレロは告げた。彼は、咲裟に何かしてもらうということが嬉しくて仕方がないのだ。
咲裟が力を込めると、するすると椅子は滑り始めた。
「……ちょっと重いけれど、そのくらいが安定感あるみたい」
椅子を経験する前よりずっと上手く足運びができているように思う。
「なぁサカサ! もっと早くならねぇか!?」
ギャレロはきゃっきゃと声を上げている。その様子は、スーパーマーケットでカートに乗せてもらった幼児さながらだ。
半周ほどしたところで、
「さあ、今度はカルラスの番だ!」
と言うから椅子を押せという話かと思いきや、ギャレロはカルラスをぐいぐいと引いて椅子に向けた。
「もしかして私が座るのか?」
「おう!」
「てっきり押してほしいのかと思った」
「押すのも楽しそうだ」
仕方なく椅子に落ち着くも、カルラスはどうも、嫌な予感がしてならなかった。
「お手柔らかに頼むよ」
「オーケー、手加減はしないぜ!」
お手柔らかに、という言葉の意味はだな――とカルラスが言う暇すら与えられない。
「ハハハハ! 全力全開!!」
その言葉通り、怒濤の勢いでギャレロは駆け出したのである!
「お、おい!」
ロケットスタート! いつの間に体得したのかスピードスケートの選手さながらに、ギャレロはスケート靴で氷盤を蹴った。耳を聾する滑走音!
「おいおいおい!」
剃刀のごとき風で髪が後方になびく。
氷の細かな粒が吹き上げられ顔に当たる。
目の前の光景がぐんぐん、ぐんぐんと迫る。
速度は上がる一方だ。風も氷も勢いを増すばかり。
思わずカルラスは絶叫する!
「おい! ギャレロ!」
「ハハハハ! 楽しいな!!」
でもギャレロは聞いていない!
「速い! 止まれ!!」
「はやい!!! はやいぜ!!!!」
弾丸列車か彗星か、爆走する椅子は白い閃光となりスケートリンクを駆け抜けた!
カルラスは命の危険を感じ椅子のパイプ部を握りしめているのだが、咲裟の目に映るのはもっぱら、楽しそうにしているギャレロばかりなのである。だから彼女は、
「わあ、ギャレロ早いわ」
と、眩しいように目を細めているのだった。
「うふふ、楽しそう」
「ギャレロ……ちゃんと人の話を聞く習慣を身につけてくれ。頼むから」
げっそりした様子で椅子から降りたカルラスは、するすると滑ってギャレロの肩に手を置いた。短くも鮮烈な体験のおかげか、彼もそれなりにスケートを体得したようだ。
「今聞いてる」
「いや、滑っている間の話だ。正直、死ぬかと思った……」
するとギャレロはようやく事情を理解したのか、
「ごめん」
と軽くではあるが頭を下げた。
「でも、楽しかった」
しかしケロリとしてそう言い加えたので、
「……まあ、わかればいい」
カルラスは溜息をつくほかなかった。
「じゃあ手すりにてをつかずに一周してみない?」
もう咲裟もペンギンではない。つっかえつっかえながら、滑ってカルラスとギャレロのそばまでやってきた。
「一周でも十周でもやるぞ!」
言うそばからもう、ギャレロはぐるぐるとふたりの周囲を滑走している。生まれて初めてスケートをやった人間とはとても思えない巧みさだ。
「十周は勘弁だが、楽しくできそうだな」
カルラスは恭しく一礼して咲裟に手を差し出した。
「お手を拝借願えるかな?」
「喜んで」
咲裟はしっかりとカルラスの手をとった。
「オレもオレも!」
ギャレロが、咲裟の空いたほうの手をつかむ。
「みんなで滑ろう!」
これはきっと脱初心者ね、と咲裟は思った。もう考えなくても足は左右、リズミカルに前に出るようになっている。鏡のような氷の上を、すうっと心地よく滑っていく。
うふふ、とまた咲裟は笑っていた。
「とっても楽しいわ。去年も楽しかったけれど、不思議ね、もっともっと楽しいと感じるの」
「もっともっと楽しい……」
とオウム返しして、ギャレロは空にも届けと星を見上げて言った。
「じゃあ来年はもっともっともっと楽しいな!!」
「ええ、ええ! きっとそうね!」
咲裟とギャレロのやりとりを聞いて、
「ああ……確かに、楽しかったな」
いい一年だった、とカルラスは呟いた。
「これからも……か」
三人ならんで滑るその先に、待っている未来はきっと明るい、そんな風にカルラスは思うのである。
どれくらい時間が経っただろうか、何度か回っているうちに、ギャレロがくしゃっとくしゃみをした。
「ちょっと寒くなってきたかもしれないな」
カルラスは、咲裟とギャレロに呼びかけた。
「さあ、汗が冷える前に暖かい場所に移動するぞ」
そうしましょう、と応えてリンクから上がり、一度だけ咲裟はグリックレイクを振り返った。
――ありがとう。
心の中でそっと告げる。
この時間を提供してくれた湖に、奇蹟のような冬に、そして、かけがえのないふたりの精霊たちに。
そうして彼女は、束ねていた髪をゆっくりとほどいたのだった。
メリークリスマス。
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 桂木京介 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | なし |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年12月18日 |