プラン
アクションプラン
楼城 簾 (フォロス・ミズノ) (白王 紅竜) |
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13 3人で忘年会も悪くないと思ってね レストランの紹介的にここが1番と思う ここでは紙鍋と熟成刺身が食べられるそうだし 酒を頼んだ後、一旦席を外したミズノさんが紅竜さんに会社から連絡があるという 報告関係の電話かもしれない 彼にはいつも負担を掛けている そう思ってたら、ミズノさんに声を掛けられ、そんなに見ていたのかと恥ずかしくなる が、ミズノさんがやけに突っかかる 「待ち遠しいとか… …やけに僕に突っかかるけど何なんだい?」 以前知った君の弱点を突き止めきれないでいると思っていたら、また押し倒された 首を絞めるのかと思ったら…キス!? 何故こんな事を? そう思っていたら、紅竜さんが戻ってきた その以後は普通に忘年会して終わったが、紅竜さんが珍しく苛立っている様な? ミズノさんがいない場所で理由を聞いたら、彼の言葉に絶句 しかも、お前ではなく『あなた』と… ミズノさんのキスも紅竜さんの言葉も…色々な事があり過ぎる忘年会だった |
リザルトノベル
街並はクリスマスシーズン一色。しかし、社会人のビジネスマンともなれば、そのような華やかな行事よりも予定の重心は忘年会へとシフトされるもの。
その日も、先の激戦を終えたウィンクルムではなく、日々歯車の回る一般社会人として、フォロス・ミズノはその責務を果たし夜を迎えた。
人目のつくところで、文字通り一息をつくような気質でもないフォロスは、穏やかな笑顔でいつも通りに会社を出て、自分の携帯を確認した。
今日は、その忘年会の一つとして、二週間以上前から同じ会社にて次期経営権を握るのではないかとまことしやかに囁かれる、己の神人──楼城 簾からの誘いの日。
会社の部署が違う為、退社の時間も異なる事から、現地となるレストラン、ホワイト・ヒル『ゆきのおと』へと、廉の後を追うようにフォロスも車で直接赴いた。
──建物以外の目立った明かりは無いにもかかわらず、辺りに積もった純白の雪自身が仄かに発光しているかのように光を反射し、その存在を主張している。
車を降りたフォロスは、その地面に人の踏み入れた様子もない淡く光る雪をしばし見つめて……軽く首を振り、心にふと差した思いを否定した。
……ない。その光景が、その雪景色の漂わす雰囲気が、自分の神人の気配と似ているなどと思ったとは。
まず、そう思うような情緒をフォロスは自ら持ち合わせているとは到底思ってもいない上──もし、そうであるならば、
自分は──その雪を踏み躙る者である、という強い自覚があったから。
フォロスは、それらの所感を一笑に付して忘れ去り、口元にその名残の笑みを微かに残して、レストランへと足を踏み入れた。
案内された座敷──瞬間、明らかな敵意を含んだ紅い眼光が、フォロスに向かい叩き付けられた。
「ああ。今ちょうど、紅竜さんと後どの位で着くのかを話していたところだったんだ」
ウィンクルムによる予約待遇との事で、予約時間は無制限とは聞いていたが。
到着時間はあまり変わらなかったのであろう、自分のコートをハンガーに掛けていた廉がこちらへと視線を向けた。
「──三人で、忘年会ですか」
「三人で忘年会も悪くないと思ってね」
かなり広い座敷席。中央にはまだ誰も席についていないテーブルが一つ。
しかし、先の視線は今話をしている廉ではない。
──同じく、並んでコートを掛けている契約精霊である白王 紅竜が、明確な敵意では無いが、隠しもしない警戒の眼差しをこちらへと向けていた。
同席している間、その視線が厳しくなる事はあっても和らぐ事はないだろう。
「(気に入らない……)」
──そして理解する。
恐らく相手も同じ事を考えている事だろう、と。
「ごゆっくり」
和装を細やかに着こなした女性が、運んできた飲み物と料理の注文を承って部屋から下がる。
「コウリュウさんは、アルコールでなくとも?」
フォロスの言葉に廉が改めて目を向ければ、二人の手元には日本酒の白磁酒器があるのに対し、紅竜の目の前には、改めて注文時と違わない、日本茶の淹れられた湯飲みが置かれている。
「廉さんの平時の護衛も請け負っている。酒は不要だ」
素っ気なく返す紅竜に、廉が見ていないのを視線で確認した上でフォロスは僅かに目蓋を下げる。
「(可愛げらしい隙も無ければ、本当にどこまでも邪魔だ)」
口にしたい心を抑えるフォロスの傍らで。
その様子に気付く事のない廉が、無意識であろうその視線を、フォロス同様に対面に座した紅竜に向けて話し始めた。
「ここではさっき注文した、紙鍋と熟成刺身が食べられるそうだから料理人の腕は確かだね。レストランの紹介的にも、ここが1番だと思う」
「……紙鍋と、熟成刺身とは。名前は聞いた事はあるが」
「うん、それは──」
話題の合間、ふとフォロスが一声掛けて、携帯電話を共に席を立った。紅竜が僅かにその目の先で後を追うのを目にしつつも、廉はそれ以上気にする事なく話を続けた。
紅竜さんと、このような話をするのは、楽しい……廉は、何とはなしにそう思い──
「コウリュウさん、会社から連絡がある様ですよ」
しかし、それは携帯電話を片手にして戻ってきたフォロスに遮られた。
「……私に?」
「ええ、折り返し掛けて欲しいと言伝を受けました」
それを受けた紅竜は、一瞬怪訝そうに眉を顰めたが、実際に何かあったのかも知れないと思い直す。
そして、自分の携帯電話に着信が無い事に、一層の違和感を抱きながらも、廉に話を区切った事に軽い謝罪を置いてその場を離れた。
そして、その場には残された廉と、戻ってきたフォロスの二人のみ──
「……」
本来ならば仕事時間外。その時間に必要とされる連絡だ。紅竜の電話に、廉は自分の、護衛に関する報告関連の電話かと思い至る。
「(……彼には、いつも負担を掛けている)」
一気に廉の気持ちが重たくなった。その呵責の重さに目を伏せる。
「随分名残惜しそうですね?」
その様子を目にしていたフォロスが、廉の思考を遮断させるかのように声を掛けた。
「え──?」
驚いた様子で、その廉の顔に一気に朱が差す──まだ酒も入っていないというのに。
「そんなことは……!」
言い訳らしく告げる廉にフォロスは思う。
何とわかりやすい事だろう……この様子では、きっと気付いていないに違いない。
紅竜が部屋を出てから、廉がずっとそちらにしか意識を向けていない事も。
実際に──紅竜が出てから、今までフォロスとは一度も会話をしていない事も。
「そんなにコウリュウさんが待ち遠しいですか?」
言葉半ばに立ち上がる。分かり切った答えなど待つつもりもない。
テーブルの反対側へ座る、廉の隣へ腰を下ろす。
しかし、その不可思議な様子を伺いつつも、フォロスへ向ける廉の様子に怯えの色はまるでなく。
「待ち遠しいとか……
……やけに僕に突っかかるけど何なんだい?」
それが、一際、癪に障った。
連絡ならば、こちらの携帯に直接取れば良いものを。
妙に気味の悪い違和感に駆られながら、紅竜は急ぎ歩いて店を出る。少しの距離を置いて、そのまま会社に電話を繋ぎ、掛けて来た担当者に電話を宛てた。
しかし、その返答は。
『いえ、私は掛けておりませんが……?』
──紅竜の深紅の瞳が見開かれた。
ほぼ一言の詫びで通話を切り、今まで歩いて来た道を走る。
「(あの男……!!)」
思考を巡らせるまでもない、謀られたのだと、全てのものが告げていた。
近づいてくる瞳を、廉はただ見つめていた。
ブラウンと、ヘーゼルの、虹彩異色のその瞳。
廉は、過去。夏祭りにて、そこに彼の弱点を見た。
「(未だに、自分はその彼の弱みを突き止められないでいる)」
だが悠長に思案に浸る廉に対し、状況は前回と同じようには味方をしなかった。
「私は──自分の獲物に手出しされるのが我慢ならないだけですよ」
「──!?」
フォロスの言葉と、廉の視界が瞬間、天井へと切り替わるのは、ほぼ同時だった。
仰向けの世界で、フォロスの上半身が目に映る。
何を──と、問い掛けるまもなく首筋にあてがわれたフォロスの両手。
僅かに込められた力、圧迫される喉。
「……っ!!」
その瞬間──フォロスは見た。
とっさに向けられた切り裂くように睨み付けられる眼光と、自分の手に鋭く立てられたその爪を。
「(それでこそ、私の獲物……)」
体重を掛けるように身を寄せれば必然的に首が絞まる。その苦しさの浮かぶ顔を目に、フォロスは廉の唇に丁寧すぎるまでの口付けをした。
「──!!」
苦辛の浮ぶ廉の顔。
しかし、その中で……確かに、苦しさとは異なる紅が差すのをフォロスが確認した──瞬間、
襖が弾ける音。
そして、立て続けに絶句するほど乱暴に、フォロスは廉から引き離された。
「忘年会で行う事とは思えんな」
フォロスの襟首を片腕で掴み引き剥がした先で、廉が呆然と紅竜を見ている。
二人の口付けを見た瞬間。紅竜の頭に響いた、太い縄が一瞬にして引きちぎられるような音。引き離したのは、条件反射にも近かった。
「冗談ですよ。
ウィンクルムとしての交流です」
「──!」
フォロスの言葉に、紅竜自身にも何を言い掛けたのかは分からない。ただ、明らかに余りにも芳しくないこの状況に更に手を加えようとしたところで、
注文していた、料理の届く音がした。
料理は届いた。テーブルに置かれた紙鍋は、原理を知れども燃えないその光景に風情を伝えるに十分であり、他の料理も飾るに遜色のないものばかり。
そうして、忘年会が開かれた──
ただ……その部屋の空気を忘年会と呼んで良いのならば。
元凶とも言えるフォロスは、ごく普通に料理を楽しんでいたが、それを目にする紅竜にはそのような精神的余裕はどこにもなかった。
改めて実感した。フォロスは紅竜にとって『廉とは似て非なるクズである』と。人道的には廉も大概だが、フォロスはそれはもう目に入れるのも不愉快なほどに度を超して見えるのだ。
廉の勧めで口にした熟成刺身の味が分からない。だが、廉が紅竜を気に掛ける雰囲気を感じて。初めて、紅竜は無言で箸を進めていた己に気付く。
「(判っている)」
深く息を吸い込むが、吐くにはあまりに、
「(──私は、今苛立っている)」
忘年会を終えて。
フォロスとは帰途の方角が異なると聞き、自宅までの警護を目的としている紅竜は、廉と共にその場でフォロスと別れて車を拾った。
車内からも気配で感じる、余裕の表情で笑みを浮かべて見送るフォロスの姿に、早く消えれば良いと強く思っていた矢先──
「紅竜さん。ずっと……何をそんなに苛立っているのかな?
やはり、ミズノさんの──」
車が走り始めてすぐ、廉が躊躇いがちに問い掛けた。
廉の言葉も途中で止まる出来事──
もう、フォロスの気配はない。
紅竜は僅かに、廉にこちらを気に留めさせていた事への罪悪感で胸を痛めながら。先程からずっと訴えかける己の本心に言葉を探し、確かめるように言葉を紡いだ。
「ウィンクルムや護衛としては無関係かもしれないが、私個人としてあの光景に腹が立った」
「……!」
後部座席の隣に座る廉の顔全体が、一瞬にして紅で染めたかのように赤くなった。
そして、紅竜はあの出来事の最中で、自制という言葉を忘れた意味を、理由を……探り当てた覚悟の上で──告げる。
「簾さん、『あなた』が思う以上に私は生身の男だ」
「……っ」
──言葉を失い、廉は息を呑んだ。
廉も、その言葉の意味を察せない程にまで鈍い訳ではない。
廉は思案する。
もしかして『生身の男』だから、紅竜は『あの光景そのもの』が許せなかったのか。
──違う──
そういう思い込みすら出来ない程の、決定的な一言を、今確かに紅竜は告げている。
「(僕、を……お前ではなく『あなた』と…)」
そう──今まで、廉は紅竜から『あなた』と呼ばれた事など一度も無い。
「……」
車内に、沈黙が降りた。
それ以上、紅竜は語ろうとしない。
「(ミズノさんのキスも紅竜さんの言葉も…色々な事があり過ぎる忘年会だった)」
心と意思の間で、不思議な浮遊感がある事を理解しながら、廉は自己の思いを括る。
静かに、車は廉の自宅前で停車した。
二人の乗る車を見送り、フォロスはすぐに自分のタクシーを拾おうとはせず、しばし一面の雪景色である情景に目をやり、その場に立ち止まった。
雪──来る時に思い浮かんだ、神人の雰囲気を思い出す。
沸き立つのは、紅竜しか見ていない廉を、押し倒したその情景。
あの瞬間、フォロスは確かに廉に対して……その息苦しさだけではない赤の『色』に染まったその頬に、神人の全てを奪い取るに足る陥落の兆しを見い出した。
「(まだ──コウリュウさんが全てを占めていない)」
細まった瞳に、薄暗い微笑が宿る。
そして、廉の自宅の玄関前にて。
「ここまでで。今日もありがとう」
紅竜は今日の礼を告げる廉の姿を目に、改めて車内での感情を思い返していた。
泥と言えば泥に無礼であろう、心に毒沼を持つこの男は──恋愛方面では何よりも、そう新雪の如くどこまでも無垢であり。
「(そして、護衛の対象以上に可愛いと……私個人が思っているから)」
その言葉に、いまだ慣れそうにない微笑を浮かべて。
「私の獲物は返して貰いましょうか」
一方は、地面に積もったけがれ一つない雪を、己の片足で踏み躙り。
「(あの男から絶対に護り抜いてやる──
……私の、新雪)」
一方は、想うあまりにその手を引いて、相手を自分の胸に抱き留めた。
雪──それに重ねられた神人の周囲が、加速度的に動いていく中で、
今……廉だけが、未だそれに気付かないでいる──
その日も、先の激戦を終えたウィンクルムではなく、日々歯車の回る一般社会人として、フォロス・ミズノはその責務を果たし夜を迎えた。
人目のつくところで、文字通り一息をつくような気質でもないフォロスは、穏やかな笑顔でいつも通りに会社を出て、自分の携帯を確認した。
今日は、その忘年会の一つとして、二週間以上前から同じ会社にて次期経営権を握るのではないかとまことしやかに囁かれる、己の神人──楼城 簾からの誘いの日。
会社の部署が違う為、退社の時間も異なる事から、現地となるレストラン、ホワイト・ヒル『ゆきのおと』へと、廉の後を追うようにフォロスも車で直接赴いた。
──建物以外の目立った明かりは無いにもかかわらず、辺りに積もった純白の雪自身が仄かに発光しているかのように光を反射し、その存在を主張している。
車を降りたフォロスは、その地面に人の踏み入れた様子もない淡く光る雪をしばし見つめて……軽く首を振り、心にふと差した思いを否定した。
……ない。その光景が、その雪景色の漂わす雰囲気が、自分の神人の気配と似ているなどと思ったとは。
まず、そう思うような情緒をフォロスは自ら持ち合わせているとは到底思ってもいない上──もし、そうであるならば、
自分は──その雪を踏み躙る者である、という強い自覚があったから。
フォロスは、それらの所感を一笑に付して忘れ去り、口元にその名残の笑みを微かに残して、レストランへと足を踏み入れた。
案内された座敷──瞬間、明らかな敵意を含んだ紅い眼光が、フォロスに向かい叩き付けられた。
「ああ。今ちょうど、紅竜さんと後どの位で着くのかを話していたところだったんだ」
ウィンクルムによる予約待遇との事で、予約時間は無制限とは聞いていたが。
到着時間はあまり変わらなかったのであろう、自分のコートをハンガーに掛けていた廉がこちらへと視線を向けた。
「──三人で、忘年会ですか」
「三人で忘年会も悪くないと思ってね」
かなり広い座敷席。中央にはまだ誰も席についていないテーブルが一つ。
しかし、先の視線は今話をしている廉ではない。
──同じく、並んでコートを掛けている契約精霊である白王 紅竜が、明確な敵意では無いが、隠しもしない警戒の眼差しをこちらへと向けていた。
同席している間、その視線が厳しくなる事はあっても和らぐ事はないだろう。
「(気に入らない……)」
──そして理解する。
恐らく相手も同じ事を考えている事だろう、と。
「ごゆっくり」
和装を細やかに着こなした女性が、運んできた飲み物と料理の注文を承って部屋から下がる。
「コウリュウさんは、アルコールでなくとも?」
フォロスの言葉に廉が改めて目を向ければ、二人の手元には日本酒の白磁酒器があるのに対し、紅竜の目の前には、改めて注文時と違わない、日本茶の淹れられた湯飲みが置かれている。
「廉さんの平時の護衛も請け負っている。酒は不要だ」
素っ気なく返す紅竜に、廉が見ていないのを視線で確認した上でフォロスは僅かに目蓋を下げる。
「(可愛げらしい隙も無ければ、本当にどこまでも邪魔だ)」
口にしたい心を抑えるフォロスの傍らで。
その様子に気付く事のない廉が、無意識であろうその視線を、フォロス同様に対面に座した紅竜に向けて話し始めた。
「ここではさっき注文した、紙鍋と熟成刺身が食べられるそうだから料理人の腕は確かだね。レストランの紹介的にも、ここが1番だと思う」
「……紙鍋と、熟成刺身とは。名前は聞いた事はあるが」
「うん、それは──」
話題の合間、ふとフォロスが一声掛けて、携帯電話を共に席を立った。紅竜が僅かにその目の先で後を追うのを目にしつつも、廉はそれ以上気にする事なく話を続けた。
紅竜さんと、このような話をするのは、楽しい……廉は、何とはなしにそう思い──
「コウリュウさん、会社から連絡がある様ですよ」
しかし、それは携帯電話を片手にして戻ってきたフォロスに遮られた。
「……私に?」
「ええ、折り返し掛けて欲しいと言伝を受けました」
それを受けた紅竜は、一瞬怪訝そうに眉を顰めたが、実際に何かあったのかも知れないと思い直す。
そして、自分の携帯電話に着信が無い事に、一層の違和感を抱きながらも、廉に話を区切った事に軽い謝罪を置いてその場を離れた。
そして、その場には残された廉と、戻ってきたフォロスの二人のみ──
「……」
本来ならば仕事時間外。その時間に必要とされる連絡だ。紅竜の電話に、廉は自分の、護衛に関する報告関連の電話かと思い至る。
「(……彼には、いつも負担を掛けている)」
一気に廉の気持ちが重たくなった。その呵責の重さに目を伏せる。
「随分名残惜しそうですね?」
その様子を目にしていたフォロスが、廉の思考を遮断させるかのように声を掛けた。
「え──?」
驚いた様子で、その廉の顔に一気に朱が差す──まだ酒も入っていないというのに。
「そんなことは……!」
言い訳らしく告げる廉にフォロスは思う。
何とわかりやすい事だろう……この様子では、きっと気付いていないに違いない。
紅竜が部屋を出てから、廉がずっとそちらにしか意識を向けていない事も。
実際に──紅竜が出てから、今までフォロスとは一度も会話をしていない事も。
「そんなにコウリュウさんが待ち遠しいですか?」
言葉半ばに立ち上がる。分かり切った答えなど待つつもりもない。
テーブルの反対側へ座る、廉の隣へ腰を下ろす。
しかし、その不可思議な様子を伺いつつも、フォロスへ向ける廉の様子に怯えの色はまるでなく。
「待ち遠しいとか……
……やけに僕に突っかかるけど何なんだい?」
それが、一際、癪に障った。
連絡ならば、こちらの携帯に直接取れば良いものを。
妙に気味の悪い違和感に駆られながら、紅竜は急ぎ歩いて店を出る。少しの距離を置いて、そのまま会社に電話を繋ぎ、掛けて来た担当者に電話を宛てた。
しかし、その返答は。
『いえ、私は掛けておりませんが……?』
──紅竜の深紅の瞳が見開かれた。
ほぼ一言の詫びで通話を切り、今まで歩いて来た道を走る。
「(あの男……!!)」
思考を巡らせるまでもない、謀られたのだと、全てのものが告げていた。
近づいてくる瞳を、廉はただ見つめていた。
ブラウンと、ヘーゼルの、虹彩異色のその瞳。
廉は、過去。夏祭りにて、そこに彼の弱点を見た。
「(未だに、自分はその彼の弱みを突き止められないでいる)」
だが悠長に思案に浸る廉に対し、状況は前回と同じようには味方をしなかった。
「私は──自分の獲物に手出しされるのが我慢ならないだけですよ」
「──!?」
フォロスの言葉と、廉の視界が瞬間、天井へと切り替わるのは、ほぼ同時だった。
仰向けの世界で、フォロスの上半身が目に映る。
何を──と、問い掛けるまもなく首筋にあてがわれたフォロスの両手。
僅かに込められた力、圧迫される喉。
「……っ!!」
その瞬間──フォロスは見た。
とっさに向けられた切り裂くように睨み付けられる眼光と、自分の手に鋭く立てられたその爪を。
「(それでこそ、私の獲物……)」
体重を掛けるように身を寄せれば必然的に首が絞まる。その苦しさの浮かぶ顔を目に、フォロスは廉の唇に丁寧すぎるまでの口付けをした。
「──!!」
苦辛の浮ぶ廉の顔。
しかし、その中で……確かに、苦しさとは異なる紅が差すのをフォロスが確認した──瞬間、
襖が弾ける音。
そして、立て続けに絶句するほど乱暴に、フォロスは廉から引き離された。
「忘年会で行う事とは思えんな」
フォロスの襟首を片腕で掴み引き剥がした先で、廉が呆然と紅竜を見ている。
二人の口付けを見た瞬間。紅竜の頭に響いた、太い縄が一瞬にして引きちぎられるような音。引き離したのは、条件反射にも近かった。
「冗談ですよ。
ウィンクルムとしての交流です」
「──!」
フォロスの言葉に、紅竜自身にも何を言い掛けたのかは分からない。ただ、明らかに余りにも芳しくないこの状況に更に手を加えようとしたところで、
注文していた、料理の届く音がした。
料理は届いた。テーブルに置かれた紙鍋は、原理を知れども燃えないその光景に風情を伝えるに十分であり、他の料理も飾るに遜色のないものばかり。
そうして、忘年会が開かれた──
ただ……その部屋の空気を忘年会と呼んで良いのならば。
元凶とも言えるフォロスは、ごく普通に料理を楽しんでいたが、それを目にする紅竜にはそのような精神的余裕はどこにもなかった。
改めて実感した。フォロスは紅竜にとって『廉とは似て非なるクズである』と。人道的には廉も大概だが、フォロスはそれはもう目に入れるのも不愉快なほどに度を超して見えるのだ。
廉の勧めで口にした熟成刺身の味が分からない。だが、廉が紅竜を気に掛ける雰囲気を感じて。初めて、紅竜は無言で箸を進めていた己に気付く。
「(判っている)」
深く息を吸い込むが、吐くにはあまりに、
「(──私は、今苛立っている)」
忘年会を終えて。
フォロスとは帰途の方角が異なると聞き、自宅までの警護を目的としている紅竜は、廉と共にその場でフォロスと別れて車を拾った。
車内からも気配で感じる、余裕の表情で笑みを浮かべて見送るフォロスの姿に、早く消えれば良いと強く思っていた矢先──
「紅竜さん。ずっと……何をそんなに苛立っているのかな?
やはり、ミズノさんの──」
車が走り始めてすぐ、廉が躊躇いがちに問い掛けた。
廉の言葉も途中で止まる出来事──
もう、フォロスの気配はない。
紅竜は僅かに、廉にこちらを気に留めさせていた事への罪悪感で胸を痛めながら。先程からずっと訴えかける己の本心に言葉を探し、確かめるように言葉を紡いだ。
「ウィンクルムや護衛としては無関係かもしれないが、私個人としてあの光景に腹が立った」
「……!」
後部座席の隣に座る廉の顔全体が、一瞬にして紅で染めたかのように赤くなった。
そして、紅竜はあの出来事の最中で、自制という言葉を忘れた意味を、理由を……探り当てた覚悟の上で──告げる。
「簾さん、『あなた』が思う以上に私は生身の男だ」
「……っ」
──言葉を失い、廉は息を呑んだ。
廉も、その言葉の意味を察せない程にまで鈍い訳ではない。
廉は思案する。
もしかして『生身の男』だから、紅竜は『あの光景そのもの』が許せなかったのか。
──違う──
そういう思い込みすら出来ない程の、決定的な一言を、今確かに紅竜は告げている。
「(僕、を……お前ではなく『あなた』と…)」
そう──今まで、廉は紅竜から『あなた』と呼ばれた事など一度も無い。
「……」
車内に、沈黙が降りた。
それ以上、紅竜は語ろうとしない。
「(ミズノさんのキスも紅竜さんの言葉も…色々な事があり過ぎる忘年会だった)」
心と意思の間で、不思議な浮遊感がある事を理解しながら、廉は自己の思いを括る。
静かに、車は廉の自宅前で停車した。
二人の乗る車を見送り、フォロスはすぐに自分のタクシーを拾おうとはせず、しばし一面の雪景色である情景に目をやり、その場に立ち止まった。
雪──来る時に思い浮かんだ、神人の雰囲気を思い出す。
沸き立つのは、紅竜しか見ていない廉を、押し倒したその情景。
あの瞬間、フォロスは確かに廉に対して……その息苦しさだけではない赤の『色』に染まったその頬に、神人の全てを奪い取るに足る陥落の兆しを見い出した。
「(まだ──コウリュウさんが全てを占めていない)」
細まった瞳に、薄暗い微笑が宿る。
そして、廉の自宅の玄関前にて。
「ここまでで。今日もありがとう」
紅竜は今日の礼を告げる廉の姿を目に、改めて車内での感情を思い返していた。
泥と言えば泥に無礼であろう、心に毒沼を持つこの男は──恋愛方面では何よりも、そう新雪の如くどこまでも無垢であり。
「(そして、護衛の対象以上に可愛いと……私個人が思っているから)」
その言葉に、いまだ慣れそうにない微笑を浮かべて。
「私の獲物は返して貰いましょうか」
一方は、地面に積もったけがれ一つない雪を、己の片足で踏み躙り。
「(あの男から絶対に護り抜いてやる──
……私の、新雪)」
一方は、想うあまりにその手を引いて、相手を自分の胸に抱き留めた。
雪──それに重ねられた神人の周囲が、加速度的に動いていく中で、
今……廉だけが、未だそれに気付かないでいる──
依頼結果:大成功
エピソード情報 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リザルト筆記GM | 三月 奏 GM | 参加者一覧 | ||||||
プロローグ筆記GM | なし |
|
エピソードの種類 | ハピネスエピソード | ||||
対象神人 | 個別 | |||||||
ジャンル | イベント | |||||||
タイプ | イベント | |||||||
難易度 | 特殊 | |||||||
報酬 | 特殊 | |||||||
出発日 | 2016年12月18日 |