ティルサマンス~咲かない桜~(雨鬥 露芽 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ


「今日は良い天気だったね」

そこは、街外れの小さなお店。
春の夕陽が零れるガーデンで、優しそうな男が声をかける。
男の視線の先には誰もおらず、葉も花もついていない桜の木が一本佇んでいるだけだった。

「今日のお客さんは、どんな人だったのかな」

男の問いかけに、サァ――と静かに枝が揺れる。

「そうか、楽しかったね」

男は小さく微笑んだ。



それは日本家屋にも見える外観。
しかし店内は北欧風になっており、木造りの白い椅子や机が数人分並べられている。
奥に設置されたカウンターも4名程しか座るスペースがなく、全体的にこじんまりとした造りだ。

昼の数時間だけという短い営業時間だが
自家製のパンの食べ放題と浅煎りのコーヒーを売りにしている小さな喫茶店『ティルサマンス』。
有名とまではいかないが、隠れ家的な存在で、ささやかな人気がある。

この店をたった一人で経営しているのが、ガーデンにいるブロードという男だ。
ブロードは桜に声をかけ続ける。

「まだ、かかりそうかい?」

少しの静けさの後、一言「そうか」と寂しそうな顔。
ブロードは、昔を思い出していた。



ブロードには、将来を約束していたフィーカという女性がいた。
この『ティルサマンス』も、フィーカと二人で始めた店だった。
当時は昼のみではなく、朝から夕方まで、二人で喫茶店を繁盛させていた。

フィーカは桜が好きだった。
それを知ったブロードは、喫茶店を始めると同時に庭に桜を植えた。
ブロードのその優しさに、フィーカはとても喜んだ。
翌年、桜は満開に咲いた。
毎年毎年、春になる度に満開に咲き続けた。
そのおかげか『綺麗な桜が咲くお店』と、春には客足も増えていた。

――しかし、開店から数年経ったある日のこと。
フィーカとブロードは大喧嘩をした。
きっかけは些細なことだった。
だが、二人の心に大きな溝ができた。
その年、桜は半分ほどしか咲かなかった。
フィーカとブロードはそれに気付かなかった。
気付くと桜は、春の終わりを告げていた。

二人の会話は、喧嘩を境に少しずつ無くなっていった。
それに伴うように桜の花は咲かなくなっていった。

客足も減り、店が静かになっていく。
味が変わったわけでもない。
接客が変わったわけでもない。
たけど確実に、客は少なくなっていた。

そしてとうとう、誰も来なくなった。
桜は葉すらつけなくなった。

最後には、フィーカもいなくなった。

「この桜がもう一度咲いた時――」

一つだけ言葉を残し、フィーカはどこかへ行ってしまった。
ブロードは、一人だけ残されたその場所で、呆然と立ち尽くしていた。



何もかもを失くしたブロードは、店を畳んで遠くへ行こうとした。

だが、そんなブロードの耳にかすかな声が聞こえた。
――行かないで――と。
閉じた店には誰がいるはずもなく、ブロードは何度も辺りを見渡した。
そして、咲かなくなった桜が目に留まった。

――もう一度咲くから――

消え入りそうな、風の音とも間違えてしまいそうな小さな声。
それは確かに桜の木から聞こえた。

ブロードは、残されたのが自分だけではないことに気付いた。
そして、ずっと一緒に生きていたことに。

ただ咲いていたわけじゃない。
ただ立っているわけじゃない。
共に生きて、共に何かを感じていたのだ。
フィーカとブロードが過ごしたこの数年間を、客で賑わっていたこの喫茶店を、桜は見続けていたのだ。

「すまない……」

自分で植えた桜を気にかける事すらも忘れていたブロードは、沢山のことを思い出し涙した。
勝手だった自分を嫌悪し、色々なことを見失ってた自分に後悔した。
そんなブロードを、桜は責めなかった。

――もう一度、二人の笑う姿を見たいから――

桜の優しい言葉に、ブロードはフィーカを待つと約束し
フィーカのいなくなった喫茶店を、一人で続けていくことにした。



桜が満開だった時、ブロードとフィーカはお互いを大切に思い、優しさと信頼を築いていた。
そして、お互いの信頼を失っていくと共に、桜は咲かなくなっていった。
そのことから、もう一度桜が咲くためには、絆と優しさが必要なのだとブロードは考えた。

ブロードはガーデンの机を一つだけにし、向かい合わせる形で椅子を二つ置いた。
そしてそこに案内する客は『お互いを想い合っていそうな男女のペア』だけにした。

ブロードはただ待つだけでなく、自身の腕も磨いた。
店に来た客が、自分のパンを食べて幸せにならなくては意味がない。
美味しくない料理を出して、二人の空気を険悪にさせるわけにはいかないと
今まで以上に美味しいパンを作るように心掛け、客の笑顔を引き出せるように精一杯パンを作った。

そんなブロードの努力が実を結び、店は再び賑わうようになった。



「さぁ、もう陽も落ちる。明日の準備をしなくてはね」

ブロードは店内へと戻り、キッチンで準備を始める。
明日も明後日も、店が終われば、また桜に語りかける。
毎日毎日、ブロードは桜へと声をかけ、その日の出来事を聞き続ける。

もう一度、桜が元気になるように。
もう一度、繰り返さないように。
もう一度、フィーカを愛して受け止められるように。

ただ、フィーカが帰って来ると信じて――

解説

【PC状況】
注文済み。
座って待っている状態で開始。

■目的
二人の会話で桜に元気を与えよう

■費用
パン食べ放題とケーキ、コーヒーのセットで1000Jr.
オプションを付ける場合は追加費用がかかる為、明記必須

■概要
喫茶店に来た貴方達は、ガーデンの席に案内されました。
店員は30代半ばの店主一人のみ。
店内には他の客もいますが、窓が閉まっているのでガーデンからだとよく見えません。
逆に店内からもガーデンの客は見えづらく、怒鳴ったり叫んだりしない限りは音も聞こえません。

一組ごとの食事になり、同時ではないです。
案内されるのは男女の一組のみの為
他のプレイヤーと一緒に食べることは難しいです。
他の方から口コミを受けた等の協力は、両者同意のもとであれば可能です。


●セットメニュー
この店唯一のメニュー

・パン食べ放題
特にシナモンロールは独特で、清涼感のある芳香があり、人気。
他にもデニッシュやクロワッサン、くるみパンなど色々あり
机の上のバスケットに入っています。
焼き上がると店主が持ってきて、定期的に追加されます。

・ケーキ
ショートケーキ、チョコやチーズケーキ、モンブランなどのメジャーなものは揃ってます。
他にも季節のタルトやパイなど。
一つだけ選んで注文。
※指定がない場合、こちらで決めてしまいます。

・浅煎りコーヒー
苦味よりも酸味と香りを楽しめます。
ブラックがおすすめ。
ミルクや砂糖がどうしても欲しい場合は言えば出してくれます。


●オプション
追加料金がかかる

・サンドイッチ 200Jr.
具はレタスとハム
バゲットタイプ

・クッキー 150Jr.
5枚

・果物 300Jr.
いちご、キウイ、ミカンの盛り合わせ


●桜について
二人の愛情を感じて育ったためか、店主とだけ会話ができる不思議な桜。

料理を運んできた店主に桜の事を尋ねると、絆が必要だと教えてくれます。
尋ねずに二人の会話を続けてももちろん良いです。
とにかく二人共楽しんでいることが大事。


ゲームマスターより

二作目です。
春なので桜です。
でも咲いてないですね。

お日様の下で、春の暖かい空気を感じながら楽しい食事をしていただけたらと思います。
美味しいパンと、飲みやすいコーヒー、ケーキもついてます。

あ、店内からガーデンの客は見えませんが、桜の木は見えていますよ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

篠宮潤(ヒュリアス)

  ・会話中もパン追加の度もりもり美味しそうに食べてる
・季節のタルト

●パン見た瞬間お腹が鳴る
「うっ…だって、美味しく食べたく、て…」
すかせてきたのバレる
ほ、ほら!立派な木、だねっ
(あ、れ?桜、かな…咲いて、ない…元気無さ、そう…?)

●「ヒューリ、普段自分で作ってる、の?」
「せ…生活感ない、部屋だなって、前に思ったけ、ど」
きっちりしてそうな私生活と思ったら意外と適当でビックリ

●ブラック飲み慣れず一口目むせる
「ごふっ。ち、違っ…あ!ほら、ケーキと一緒だと、美味しい、よっ」
ほらヒューリだって、…ぷ。あはは!

帰り間際店員に尋ね
「そ、か…」
きっと綺麗、だろう…ね(心の目で咲いてる姿想像)
隣りへもニコッ


リオ・クライン(アモン・イシュタール)
  まだ花は咲いていないのか?
桜は見たことがないから楽しみにしていたのだがな・・・。
この季節は花見というものをするのだろう?

季節のタルト

<行動>
・食べ放題は初めてなので、戸惑いながらも楽しんでいく
「本当にいくらでも食べてもいいのだろうか・・・?」
「んむっ、このシナモンロール絶品だぞ!」
・コーヒーは最初ブラックで飲んでみるが、ちょっと慣れないためミルクと砂糖追加
・「う、うるさい!子供扱いをするな!」
・「もっと女性らしくといっても、うむ・・・」
「え、えっと・・・もうすっかり暖かくなったわね」
「こんな素敵なひと時には美味しいケーキとコーヒーがぴったりなのだわ・・・」(久々なのでたどたどしい)

アドリブOK



上巳 桃(斑雪)
  ふにゃー春は眠くなっちゃうねー(いつもだ
でも、ウィンクルムのお仕事と関係ない、はーちゃんとの外出は久しぶりだしー
なるべく起きて…むにゃ( -_-)o

折角だからパンは全種類食べたいな
はーちゃん、半分こしよう
ケーキねぇ…苺のムースはありますか?
これも分けよっか
珈琲はブラックで、眠気覚まし…zzz…

はーちゃん、苦いの駄目だもんね
はい、私のケーキもっと食べていいよ

私は咲かない桜も嫌いじゃないな
夏は緑が綺麗で
秋は真っ赤な葉っぱが綺麗で
冬は茶色の枝と白い雪が綺麗で

『ティルサマンス』って『一緒に』とかいう意味だっけ?
はーちゃんと一緒ならウィンクルムするのも、きっとなんとかなるよ
桜が咲いたらまた見に来ようね



瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  こ、これはデートとかいうアレでしょうか。
2人だけの特別席っぽい所へ通されたので、少しびっくりです。
コーヒーはブラックで。ケーキはお任せで。パンは色々戴きます。
え、誕生日。
そう言えば、そうだっけ。
すっかり忘れててました。
桜色の、ミュラーさんの両手に包み込まれる位の小箱を差し出されて。
貰う時に、少し彼の手が触れて、どきどき。
「あけても、いい?」
上目づかいで聞いてみたら笑顔を返してくれたの。
桜の花を模したとても可愛いペンダント。
「わ、可愛い」って私もつい笑顔になっちゃったわ。
これを選んでくれた理由がとても幻想的で素敵。
ミュラーさんも桜に護られますように、とこっそり願うの。
「とても嬉しい、ありがとう」



春の匂いと咲かない桜。
ブロードはいつものように声をかける。

桜にとって、特別な二人組が訪れることがあった。
それは特別な結びつきを感じる二人組。

桜は、彼らに力を貰った。

そんな彼らを、桜は思い返す。
彼らの絆を感じるために。


●瑞希&フェルン
それはある春の日の、ぎこちない二人。
といっても、ぎこちないのは黒髪の少女、瀬谷瑞希の方だけであり
エメラルドグリーンの髪を持つフェルン・ミュラーは至って冷静であった。

「美味しいパンとケーキを食べに行こう」

フェルンから誘われてやってきた喫茶店。
案内されたのは他の客の姿が見えない、特別にも感じる外の席。
まるでデートのような雰囲気に、瑞希は緊張している様子だった。

「お待たせ致しました」

ブロードが二人の机に、大きな苺のショートケーキと、コーヒーを二つずつ並べ
バスケットに焼きたてのパンを置いて「ごゆっくりどうぞ」と立ち去る。
ブロードの姿が見えなくなると、フェルンが何かを取り出し、ふっと微笑んだ。

「誕生日おめでとう」

突然の言葉に瑞希がきょとんとする。
今日の日付は4月8日――
瑞希がこの世に生まれた特別な日だった。

フェルンに両手で差し出されたのは小さな箱。
桜色のラッピングに包まれたそれに瑞希が手を伸ばすと、小さくお互いの手が触れる。
その体温に、どきどきと鳴る鼓動を感じながら
瑞希は「あけても、いい?」と上目遣いでフェルンに尋ねた。

フェルンは、ふわりと優しい笑みを返す。

「せっかくだから、桜の木の下で渡したくて」

箱に入っていたのは、桜の形をしたペンダント。
可愛らしいそのプレゼントに瑞希は「わ、可愛い」と笑顔になる。

「ミズキの誕生日には毎年綺麗な桜の花が色々な所で見られるだろ。
 誕生日を教えてくれているみたいだなって、思わないか?」

フェルンの言葉に、サァ――と優しい風が吹く。
それは青く、そして春の匂いを纏いながら、瑞希の胸に辿り着く。

「そんな桜の花がいつもミズキと一緒に居られるように」

ペンダントに込められた想いを語るフェルン。
「桜の花がミズキを護ってくれるかもしれないぞ」と笑いかける。

隣にあるのは、絆を求める咲かない桜。
それを知ってか知らずか、フェルンは小さな祈りを捧げる。

――彼女に怖い思いはさせたくない――

そして、フェルンの優しさに触れた彼女も。

「とても嬉しい……」

喜びと、そして感謝の気持ちを込めて「ありがとう」とフェルンに伝える。
その後ろで願うのは、フェルンへの想い。

――ミュラーさんも桜に護られますように――

焼きたてのパンと爽やかなコーヒーの香りに包まれて
甘いケーキを口にしながら、二人は特別な日を祝う。

桜の形のペンダントに込められた、お互いへの大切な想い。
特別な力は何もない。
ただ、その願いだけは、君に届くといい。

そんな二人の思いやりに、桜は幸せを感じていた。


●潤&ヒュリアス
ぐ~~~!

ブロードがパンをバスケットに入れた時、それは突然鳴り響いた。
どうやらその正体は、その席に座って料理を待っていた篠宮潤のお腹の音らしい。
ヒュリアスが驚いたように潤を見つめると
潤がどきまぎとした様子で「うっ……」と声をあげる。

「だって、美味しく食べたく、て……」

どうやら美味しく食べようとお腹を空かせてやって来たようだ。
そんな潤の言動に、ブロードは微笑みながら「それではごゆっくり」と立ち去る。

潤はさっそくバスケットからパンを取り出して食べ始めた。
口に広がる香ばしさと甘味を感じて、美味しそうな笑顔を見せる。
それを見ていたヒュリアスは(女性とは食にやたらと意欲のあるものなのだろうかね……)と訝しげな表情。

(それとも神人が特に、なのだろうか)と神人に対しての偏見を加えながら潤を見続けていると
その視線に気づいた潤が慌てて、誤魔化すように「ほ、ほら!」と何かを指差す。

「立派な木、だねっ」

潤に言われてそれを見上げる。
そこには花も葉もついてない大きな木が立っていた。

「確かに立派な木だな」

ヒュリアスがそう返すと、潤はふと気付いた。

(あ、れ?桜、かな……)

それは、この季節に花をつけるはずの木。
しかし、そこにある木は蕾も芽もついておらず、咲く気配もない。
ただそこに佇むその木に、潤は違和感を感じる。

(咲いて、ない……。元気無さ、そう……?)

じっとその木を見つめていると、ヒュリアスに食べないのかと尋ねられ
潤は慌てて食べかけのパンを口に運ぶ。

「ヒューリ、普段自分で作ってる、の?」
「俺かね?滅多に作らんな」

パンをつまみながらそう答えると、潤が少し驚いた表情をする。

「せ……生活感ない、部屋だなって、前に思ったけ、ど」

部屋のことを言われ、ヒュリアスは以前風邪を引いた時のことを思い返した。

(そういえばうっかり風邪なぞひいた時に部屋に入れたのだった、な……)

きょとんとする潤を見て、そこまで驚かれるようなことだろうかと考えるヒュリアス。
一方で潤は、きっちりしていそうなイメージとは真逆の生活を聞いて
ちゃんと食べていないのではないかと心配になる。

「ウルよ……人の皿にパンを足すな……」

ヒュリアスの皿にバスケットからパンを移すと、ヒュリアスが困ったような顔をする。

「ちゃんと、食べない、と」

そう告げながら潤はコーヒーに手を伸ばした。
今までほとんど飲んだこともないブラックのコーヒー。
おもむろに含んだ一口目に、思わず潤は「ごふっ」とむせる。
そんな様子を見たヒュリアスが「……お子様舌というものだったのかね?」と意地悪な言葉。

「ち、違っ……」

潤は慌てて否定しながら、自分が注文していた季節のタルトを口に運ぶ。
その甘さは口の中で溶けて、コーヒーの深みと程良く混ざり合い、潤を落ち着かせた。

「あ!ほら、ケーキと一緒だと、美味しい、よっ」

そうして笑みを浮かべる潤。
段々と打ち解けてきたことを実感させるその反応に、ヒュリアスは思わず潤を見つめる。
そのまま手元にあったコーヒーを手に取るが
ぼーっとしたまま飲み込んだコーヒーは気管へと入ってしまい
潤に続くように、ヒュリアスもごほごほと咽始めた。

「ほらヒューリだって」

潤に指摘されたヒュリアスは、呼吸を整えながら「俺のは不可抗力だ……」と眉をひそめる。
そんなヒュリアスに、潤は吹き出し、そして声をあげて笑った。

その声に、ヒュリアスが思わず目を見開く。
潤が笑い声をあげることは、ヒュリアスにとってとても珍しいことだった。

温かい春の日差し。
潤の楽しそうな笑い声に包まれて、ヒュリアスは無意識に優しい微笑みを向けていた。


沢山のパン、そしてコーヒーとケーキを満喫した二人。
潤は会計のためにやってきたブロードに、気になっていた桜の木について尋ねる。
そして返ってきた答えに「そ、か……」と切なそうに桜を見る。

何も纏わず、風にそよぐ桜の木。
思い浮かべ、そして重ねるのは、その桜の咲く姿。

(きっと綺麗、だろう……ね)

潤は視線を隣へ向けて、にこりと優しい笑みを零す。
いつか桜に訪れる春の日を、心の中で感じながら――


●リオ&アモン
「まだ花は咲いてないのか?」

注文を終えたリオ・クラインは、ふと立ちそびえる隣の木へと視線を移した。
春ともなれば咲くだろうと楽しみにしていたその桜は咲いておらず
リオは少しだけ残念そうな表情をする。

「この季節は花見というものをするのだろう?」

リオの言葉に「花見ねぇ……」と呟くのは
共にこの喫茶店にやってきたアモン・イシュタール。

「まぁ、もう春だしな」と退屈そうに見上げる桜の木。
どうやら今年は咲く様子もないようだ。

「お待たせしました」

二人で木を見上げていると
ブロードがケーキとコーヒー、そして焼きたてのパンを運んできた。
二人の前に季節のタルトとチーズケーキを並べ、コーヒーを置くと
一緒に持ってきたパンをバスケットへ移していく。

甘酸っぱいベリーのソースと大きな苺が乗った季節のタルト。
オーブンできつね色に焼きあげられた、濃厚なチーズケーキ。
そしてバスケットへと移された香ばしい匂いのパン。

それをじっと見つめていたリオは
ブロードが立ち去ると同時に「本当にいくらでも食べていいのだろうか……?」と呟く。

「そりゃいいだろ。食べ放題なんだから」

食べ放題の経験がないリオは、アモンの返事に戸惑いながらもバスケットへと手を伸ばす。
皿に取ったシナモンロールにナイフを入れて一口サイズにロールをはがすと
そのまま口に運んでいく。

「んむっ、このシナモンロール絶品だぞ!」

口に含んだシナモンロールからは、清涼感のある香り。
そしてしっとりとして柔らかい生地と、上にかけられたアイシングが口の中で溶けていく。
リオは思わず絶賛し、二口目、三口目と、次々に口へ運ぶ。

「おいおい、あんまりはしゃぐな」

そんなリオを宥めるながら、アモンもチーズケーキにフォークを入れる。
シナモンロールを堪能したリオは、続いてコーヒーに手を伸ばした。
試しにとブラックのまま飲んでみるものの、どうやらその味に慣れないらしい。
コーヒーを置いて口直しにタルトを食べ
焼き上がったパンを追加しにやってきたブロードに声をかける。

「なんだ?お嬢様にはまだブラックは早かったかなー」

そのやりとりを見たアモンはにやにやと笑ってリオを見る。

「う、うるさい!子供扱いをするな!」

たじろぐリオを見て、ふんと笑うと
アモンはコーヒーを味わいながらチーズケーキにフォークを入れる。
リオは、ミルクと砂糖をブロードに持ってきてもらうと
それをコーヒーに加えて、自分に合った味へと変える。
ようやく飲みやすくなった、とコーヒーを口に運ぶが
それは「思ったんだがよ」というアモンの言葉に制された。

「お嬢様、その喋り方なんとかなんねぇの?」

アモンの言葉に「む」と訝しげな声をあげ「なんだ急に」とコーヒーに口をつけず、机に置く。
アモンはその様子を見ながら、フォークに刺さったチーズケーキを口に放り投げて一言。

「なんか聞いてて息苦しい感じがする」
「い、息苦し……」

アモンの突然の告白にショックを受ける。
自分が無意識の内に相手に息苦しさを感じさせていたとは、さすがに悲しいものがある。
とはいえ、どうにかと言われてもリオは何も思いつかない。

「もうちょっと女の子らしくできねぇ?」

アモンの発言に「女性らしくといっても……」と考えるリオ。
「昔みたいに……」と付け加えられた言葉に「昔?」と聞き返すと
アモンは、ハッとしたような表情で「いや、なんでもねぇ」と言葉を取り消す。

アモンが思い返すのは、随分昔に見かけた少女のこと。
そしてその面影がリオと重なる不思議な感覚。

(別にどうでもいいし、気にするような事でもねぇだろ)

チラつくそれを振り払うよう、アモンは頭を振る。
リオはそれに気付かず頭を抱えて「うむ……」と唸る。
そうしてうんうんと考え込んだかと思うと、もごもごと口を開いた。

「え、えっと……、もうすっかり暖かくなったわね」

その言葉にアモンがぽかんとする。
久しく使っていなかった女の子らしい口調。
女性らしくと意識してみるものの、どこかたどたどしく、ぎこちない。
アモンは黙って聞いているが、どこか口元がひくついてしまう。
しかしリオは言葉を紡ぐのに必死で気付かない。

「こんな素敵なひと時には、美味しいケーキとコーヒーがぴったりなのだわ……」

そう言ってコーヒーを一口。
そんなリオに、アモンはとうとう我慢ができなくなったのか「くっ」と吹き出すように笑う。

「やっぱ無理にやらんでもいいわ」

そう言いながら、アモンの笑いは止まらない。
先程のぎこちないリオを思い出しては笑い、終いには体を震わせる。

「キ、キミがやれと言ったんだろう!」

あまりにも笑うアモンに、リオは顔を赤らめて不服を申し立てる。
ところがアモンは聞いているのか聞いていないのか、笑い声が止む様子はない。
リオも反論を続けるが、どこかそれは楽しそうで。

そんな二人の明るい声は、まるで春の陽気のように温かい風を巻き起こす。

それは桜に届いたのだろう。
咲かない桜は、小さく揺れた。


●桃&斑雪
「ふにゃー春は眠くなっちゃうねー」

温かな陽気に包まれて料理を待つ間、上巳桃はうとうとしていた。
桃にとって眠気と戦うのはいつものことなのだが、どうやら彼女にとっては違うらしい。
あまりの温かさに今にも寝てしまいそうな桃だったが
パートナーである斑雪との、仕事以外での外出が久々のため
桃はなるべく起きていようと心がける。

「お待たせいたしました」

そこにブロードが運んできたのは、桃の頼んだ苺のムースと、斑雪の頼んだチーズケーキ、そして焼き上がったパン。
斑雪の前には、程良い温かさにしたコーヒーと、多めの砂糖とミルクが入った白い陶器が一つずつ置かれる。

これらの物は注文の時
斑雪が「コーヒーにはミルクと砂糖をたっぷり」「熱過ぎるのはダメで……」と付け加えたためだ。
そんな多い注文にも関わらず、しっかりと届けてくれたブロードに、斑雪が申し訳なさそうに謝る。

「はーちゃん、苦いの駄目だもんね」

桃の言葉に、斑雪は頷く。

「でも、コーヒーを残したくないんです……」
「ありがとうございます」

ブロードは斑雪の嬉しい発言を聞いて、思わず口元に笑みが浮かぶ。

「お客様が美味しく召し上がれるのが一番の形ですよ」

にこりと笑うブロードに、曇っていた斑雪の表情が晴れていく。
それを確認したブロードは「ごゆっくりお楽しみください」と一礼して立ち去って行った。

パンの種類を見た桃は「はーちゃん、半分こしよう」と皿に取り分ける。
斑雪も「半分こ了解ですっ」と嬉しそうに笑い、同じくパンを取っていく。
――二人で分け合えば、色々な種類を楽しめる。
そう考えてのことだった。

「ケーキも分けよっか」
「はい!」

沢山の味を共有していく桃と斑雪。
チーズケーキと苺のムースを半分にして、お互いの皿を移動する。

鮮やかな色をした苺のムースを口に含んだ桃は、その濃厚な甘さに斑雪を見る。
斑雪はコーヒーの味を確認しながら砂糖とミルクをせっせと足していて
自分に合うバランスを探しているようだった。
味を確認しては、甘さを求めてケーキを食べていく。
斑雪の皿からはどんどんとケーキが減っていっていた。

「はい」

桃は自分のムースを切り取り、斑雪の皿に移す。

「私のケーキ、もっと食べていいよ」
「ありがとうございます!」

桃の厚意に、まるで飼い主に尻尾を振るような喜びを見せる斑雪。
桃はそれを見ながら、斑雪に貰った半分のチーズケーキへとフォークを入れる。


やっと目的の甘さに辿り着いた斑雪は
落ち着いたように周りを見渡してふと気付いた。

「あの木って何でしょう。咲いてないですけど……」

そう言われ、桃もその木を見上げる。

「桜らしいよ」

自分達の隣で立っている大きな木。
桃は何気なく聞いた話を思い出す。

「色々あって、咲かないんだって」

斑雪は、それを聞いて寂しそうな表情をする。

「拙者、主様の名前の桃の花も好きですけど、満開の桜も好きです」

そう言って、咲かない桜を見る。
どうしたらこの桜は咲くのだろうかと、一生懸命考えながら。

「おじいさんが灰を撒いたら枯れ木に花が咲いたというお話を聞いたことがありますが
 それじゃあ駄目でしょうか」

どこかで聞いたことのある昔話を思い出し、それを桃に伝える。
本当に桜に咲いてほしいのだろうと思っての言葉だったのだろう。
しかし、それはおとぎ話の中だけである。
黙っている桃を見て、自分でも気付いたのか「駄目ですね」と落胆する。

「私は、咲かない桜も嫌いじゃないな」

何かできないかと模索する斑雪に、桃は言う。

――夏は緑が綺麗で
秋は真っ赤な葉っぱが綺麗で
冬は茶色の枝と白い雪が綺麗で――

そんな桃の話を聞いて、斑雪の目がきらきらする。
斑雪の瞳には、桃が描いた景色が映っているようだった。

「だから、この桜が咲ける日がくるまで、のんびり待とう」

パンを味わいながら、マイペースに笑う桃に
斑雪が自分の発言を思い出してハッとする。

――主様の名前の桃の花も好きですけど――

恥ずかしい言い方をしたのでは、と考え込んでいると
桃が「『ティルサマンス』ってさ」と、この喫茶店の名前を口にする。

「『ティルサマンス』ですか?」
「うん。『ティルサマンス』って、『一緒に』とかいう意味なんだって」

それは桃が母親から聞いた言葉だった。
しかしそんなことは知らない斑雪は「主様、外国語分かるんですか!?」と
さっきの考え事など飛んでいってしまったように目を輝かせる。

「凄いです!さすが主様です!」

ぴょんぴょんと跳ねるように桃を褒める斑雪。
桃はそんな斑雪を見ながらデニッシュを半分に切って斑雪の皿に置く。

「はーちゃんと一緒ならウィンクルムするのも、きっとなんとかなるよ」

こうして二人で分け合えるから。
二人で、色んな世界を共有できるから。

「桜が咲いたら、また見に来ようね」

半分に分けたケーキやパン。
二人で沢山のものを分け合って
同じものを共有して
同じ場所で、同じ景色の中で
二人一緒に。

「はい!もちろんです!」

桃と分け合ったデニッシュを手に取って、斑雪は嬉しそうに返事をした。


●その桜が笑う時
「それはきっと、ウィンクルムだね」

ウィンクルム――
ブロードの言葉を、私は幾度も反芻した。
彼らの絆は特別で、とても温かく、そして優しい。

「彼らを見ていると、何だか僕も力を貰える気がするよ。」

ブロードは笑う。

私は、彼らの絆に、まるで春の訪れのような、温かい、優しい心を感じた。
そして強くある、お互いへの信頼。
この優しさを、あなたにも、彼女にも届けたい。

「来年は――」

彼らへの感謝の気持ちと一緒に
二人に込めた私の形を、来年こそ、見せるために。

そんな小さな小さな優しい気持ちは、
小さく小さく、確かに芽吹く。

その温かい春の匂いに、きっと、フィーカは気付いてくれるから。

その時は、みんなで一緒にまた――



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雨鬥 露芽
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 03月27日
出発日 04月06日 00:00
予定納品日 04月16日

参加者

会議室

  • [7]瀬谷 瑞希

    2015/04/05-22:24 

    瀬谷瑞希です。
    篠宮さんはまたよろしくお願いします。
    リオさんと上巳さんは初めまして。

    プランは出せました。
    皆さんが素敵なひとときを過ごせますように。

  • [6]リオ・クライン

    2015/04/04-21:20 

    桃、久しぶり。
    瑞希は初めまして。
    潤さんは・・・ここでは初めましてだな。

    私は桜を見たことがないのだが・・・咲いているところを見てみたかったな。

  • [5]リオ・クライン

    2015/04/04-21:17 

  • [4]上巳 桃

    2015/04/03-22:41 

    わーい、潤ちゃんひさしぶりー(*・ω・)ノ
    リオさんも久々だー。
    瀬谷さんも、よろしくー。といっても、お店では一緒になれないみたいだけど。

    なわけで、プランは出しました♪

  • [3]篠宮潤

    2015/03/31-20:28 

  • [2]篠宮潤

    2015/03/31-20:28 

    わっ、桃さ、ん、お久しぶり、だ!(嬉しそうに)
    瀬谷さん、椿の庭園で、は、お会いした、ね。またよろしく、だ。
    リオさ、ん、討伐隊でお世話になった、から、初めまして、な感じしない、ね(照れ笑い)

    お店で、は、みんなとご一緒、は、出来ないみたい、で、少し寂しいけ、ど…
    桜、見ながらのお茶、とっても楽しみ、だ。

  • [1]上巳 桃

    2015/03/31-00:41 


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