プロローグ
●本はかくも雄弁に語る
『幸運のランプ』の力で彷徨えるバザー『バザー・イドラ』を訪れた貴方とパートナー。数多立ち並ぶ大小のテントの群れ、そのうちの一つに貴方たちは足を踏み入れる。そこでは、沢山の古い古い本たちが、じぃっとして貴方たちを待っていた。
『ようこそようこそ、いらっしゃい』
貴方たち以外は誰もいないはずのテントの中で、さやさやと声がする。
『怖がらなくていい』
『本は全て、人の子たちの友だ。故に君たちは、我々を恐れる必要はない』
さやさやさやさやと、耳に聞こえるのは囁き声と本の頁の擦れる音。それから、密やかで優しい笑い声。貴方たちに語り掛けるのは、本たちの声だった。
『ほら、手に取ってご覧』
『君が選んだ本は、今の君に必要な本』
『いつか此処で出会う君の為に、長い長い年月を待ち続けていた、君だけの物語』
声に誘われるようにして、貴方は目に留まった本をそっと手に取る。ずしりと重いその本は、古い本特有の甘いような香りがした。
『さあさあ、頁を開いて』
『そこには、今の君に必要なことが綴られている』
『けれどひとつだけ注意して』
『その本は読み終えれば煙のように消えてしまう』
『己が役目を全うしてね。だから、君はその物語を心の中にしか持ち帰ることは出来ない』
貴方はページを開く。物語が、始まる。
『ああ、それから』
思い出したように、本が言った。
『御代は1冊300ジェールとなっております、と主から託かっているよ』
解説
●このエピソードで出来ること
彷徨えるバザー『バザー・イドラ』の古い本だらけのテントにて、『最初にその本を手に取った人』にとって『今必要なこと』を物語の形で知ることが出来ます。
本はひとりで読むことは勿論、パートナーと一緒に読むことも可能です。
『今必要なこと』を知りそこにパートナーとの何らかのやり取りが発生することで、小さな幸せを発見し『幸せの灯火』を集めていただければ幸いです。
不思議な本のお値段は1冊300ジェール。
読み終えると煙のように消えてしまいますのでご注意くださいませ。
また、テントの外にはすっきりと甘いミントティーの屋台と2人掛けのベンチがございます。
テント内でやり取りを終える他、こちらにて一旦気持ちを落ち着かせてパートナーと話をすることも可能です。
ミントティーは1杯30ジェールとなっております。
●不思議な本について
概要につきましては、プロローグ及び『●このエピソードで出来ること』をご参照願えればと思います。
『今必要なこと』を物語の形で知ることが出来るという下りにつきましては、例えば、『必要:傍らの人の大切さを自覚すること』というようにプランにご記入いただけましたら、PC様方の描写を圧迫しない程度の短さで、それをテーマに組み込んだ物語を簡単に創作してリザルトにてその概要を描写いたします。
また、こんな物語にしてほしい! という特別な希望がございましたら、そちらもプランにご記入いただきましたら可能な限りで採用させていただきます。
●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなります。お気をつけくださいませ。
今回は特に、『今必要なこと』はプランに必ず入れ込んでください。
これがない場合、エピソードの性質上そのウィンクルム様の物語が成立しない可能性がございます。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
古い本には浪漫が溢れていると、そう思っています。
『今必要なこと』を必ずプランに入れ込んでくださいというのが絶対の注意点ですが、物語の囁く『今必要なこと』に気付くも気付かないも、物語を自分の心に仕舞うもパートナーと分かち合うも、本を読み終わった後にどう動き何を語るかも全て自由です。
余程救いがない場合を除き、切ない系のプラン等でも『幸せの灯火』は灯る=判定には響かないかと思います。
また、2人共が1冊ずつ本を手に取るというプランもアリとなっております。
その際は、ジェール消費は倍となりますのでお気を付けくださいませ。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
必要:今の自分を大事にすること 色々変わったな商品を扱ってるって噂は聞いてたが 自分に必要な物、か……おおよそ予測がつきそうだがな 何となく気恥ずかしいのもありイグニスとは別行動で それぞれ本を探す 終わったら外のベンチで待ち合わせな さて、と この辺りか……?(目についたものを手に取り読み進め) あぁ、そうきたか…… 外に出てミントティーを2つ買ってからベンチへ 悪い、待たせた で、どういう内容だった? ……お前それは……(言いかけてやめ) こういうのは自分で考えるもんだろ?(笑って) 俺の?……秘密だ はいはい今度な(わしゃ撫で) (気持ちをはっきり伝えろ、とか出るかと思ったが。 もう少し、素直になっていいんだよな?) |
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
必要な事『自分達が違う生物種だという自覚』 ラキアが本を選び、2人で読む。 薄々は気づいている。ラキアと自分は違う生き物だ。 だから生きていく時間は違うだろう。 そもそも時間感覚も違うはずだ。 でもさ。同じ生物種でも個々人で寿命も違うじゃん。 違う種族ならなおさら、その違いを大切にして、一緒に過ごしていけるように配慮できるさ。 別種族でも、家族として仲良く一生を共に過ごして行くものだってあるじゃん。 確かに、残される方になったら辛いかな、とは思う。 でも一緒に過ごす幸せな時間はかけがえのない物だし、それをもっと沢山重ねていきたいってオレは思うんだ。 先の事は不安に思うだけじゃなくて楽しい事を考えようぜ、と笑顔。 |
蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
最初にその本を手に取る フィンと一緒に本を読む 今必要な事:自分にとっての幸せを見つける ミントティーを買って、ベンチに座り、読んだ本の事をフィンと話す 本には『今必要な事』が書かれているというけれど…読み終わった今、俺にはその答えは良く分からない フィンは分かったか? そうだな、自分で考えるべきだ ヒントが欲しい フィンが本を読んで思った事を教えてくれるか? 無理にとは言わない 同じ本を読んだのに、こうも捉え方が違うとは… フィンはいつも俺が考えもしない事を言う その度俺は気付かされる 有難う 今なら分かるよ 俺に『今必要な事』 俺独りでは見つけるのは難しいけど 俺に無いものを持ってるフィンと居れば 見つけられる気がするんだ |
ハーケイン(シルフェレド)
◆必要な事 信頼する事を恐れない ◆心境 本は好きだ だがこんな本は勘弁してほしかった 信頼する事 信頼とはどういう事だ 俺は信頼という感情がよく分からない 今まで誰に対してもそう言った感情を持たなかった だからそんな俺を皆…… 俺にそんな感情があると言うなら、何故俺は今まで誰も信頼してこなかった 今まで俺が感じていた気持ちはなんだったと言うんだ ……シルフェレド、眉間の皺が凄いぞ 俺の顔の方が酷い?……そうかもな 心を揺さぶられるのは面倒だ 強い感情など、俺の身に余る ◆捕捉 信頼や愛情を向けられても自分からは返せない それが原因で人を深く傷付け傷付けられた過去がある 【わすれておしまい】でそれを指摘されナーバス気味 |
胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
バザーへ誘ったのは俺なのに浮かない気分だ 市場の何を見ても、彼の左手薬指が頭を過った 呼ばれた気がして戸惑いながらも本を開く (必要:思いをぶつける事) そうだよな…。一人で悩んでいても仕方がない 思い切って精霊さんに尋ねてみよう あの、精霊さん! 後悔してませんか?俺との契約 で、でも。貴方は既婚者、ですよね 平穏な生活を俺が壊してしまったのでは… 俺は神人となったからには 人々のために力を尽くすつもりです でも代償に誰かの幸せを奪うのは本意ではありません! 精霊さんの告白に唖然 悩んでたのが馬鹿みたいだ う…。やはり身を固めるべき年頃でしょうか もう二十一ですし …!はいっ! では改めて宜しくお願いします ジェフリーさん! |
●ここから始まる物語
(バザーへ誘ったのは俺なのに……)
浮かない気分だと、胡白眼は糸のように細い目を仄か伏せた。きらきらしい市場の何を見ても、脳裏を掠めるのはパートナー精霊であるジェフリー・ブラックモアの左手、その薬指に填まった銀のリングの輝きばかり。知らずその口から零れ落ちたため息に、一方のジェフリーは猫の耳をぴくりとさせた。ゆるり、青と灰緑の視線を白眼へと遣れば、そこには浮かない顔の男がひとり。どうしたものかと、ジェフリーは口元に緩く笑みを乗せたままで思案する。
(さて……何か思いつめた顔してるけど声をかけていいもんか)
契約してから、まだ日が浅い。相手のことを知らぬが故に、どう動けば良いのか測りかねた。本のテントにふらりと足を踏み入れたのは、丁度そんなことがあった後である。
(……本に、呼ばれた気がする)
本達が沈黙した後で、白眼は戸惑いながらも1冊の本を手に取り、そっとその頁を捲った。それは、天使に出会った少年の物語。少年は天使に問う。君は何者なのか、どうして自分の前に現れたのか、何故そんなにも美しいのか。胸に湧く想いを真っ直ぐに言葉にする少年へと、天使はやがて少しずつ心を開いていく――。
(そう、だよな……)
白眼はそこに、思いをぶつけることの大切さを見出す。それでいいというように、本はふわりとバザーの空気の中に溶け消えた。
(一人で悩んでいても仕方がない。思い切って精霊さんに尋ねてみよう)
こく、と小さく頷いて思い決め、白眼はジェフリーへと向き直る。
「あの、精霊さん!」
「うん? 何です?」
「その……後悔してませんか? 俺との契約」
真っ直ぐにパートナーの目を見て心にわだかまっていた問いを零せば、ジェフリーは常からの笑みの中に僅か怪訝そうな色を滲ませた。
「後悔? ですか? 神人が見つかったのは、むしろ嬉しく思ってますよ」
オーガ駆除を通して世間の役に立てるんだからと、静かに付け足すジェフリー。「で、でも」と白眼は食い下がった。
「貴方は既婚者、ですよね。平穏な生活を俺が壊してしまったのでは……」
「へ? ……ああ」
ちらり、白眼の視線は自然とジェフリーの銀の指輪へと注がれる。その視線の意味するところに気付いて、
(アー……。眉間の皺の原因はこいつかぁ)
と、ジェフリーはやっと得心した。口を開こうとして、でもそれは、白眼の声に遮られる。
「俺は神人となったからには人々のために力を尽くすつもりです。でも代償に誰かの幸せを奪うのは本意ではありません!」
どこまでも真摯な言葉に、ジェフリーは思わずくつくつと笑い声を漏らした。そうして、銀の指輪を白眼の目前に掲げる。
「エー、女房とは数年前に別れまして。未練はないが、長い年月着けてたもんだから、ないと落ち着かなくてねぇ」
答えになってますか? と目で問えば、予想外の答えに唖然としていた白眼は、
「……悩んでたのが馬鹿みたいだ」
と、照れ臭そうに小さく笑った。
「というか、そっちこそ良かったんですか? 家庭があってもおかしくない歳でしょ」
自分よりも幾らか年上に見えるパートナーへと、ジェフリーが問う。白眼が、「う……」と痛い所を突かれたような声を漏らした。
「やはり……身を固めるべき年頃なのでしょうか。もう21ですし」
「……にじゅういち」
参ったなぁと頭を掻く白眼をまじまじと眺めて、小さく彼の言葉を繰り返したきりジェフリーは言葉を失う。その様子に、白眼が不思議そうに首を傾げた。
「精霊さん?」
「ああいや……俺たち、もっと会話が必要みたいだ。まずは名前で呼び合うとこから始めてみようか……エート……フーくん?」
「……! はいっ! では改めて宜しくお願いします、ジェフリーさん!」
嬉しそうに笑みを向ける白眼へと絶やさぬままの気だるげな笑みを返して、ジェフリーは思う。
(後悔だなんてとんでもない。君と出会う日を待ってたのさ)
銀の指輪が、ジェフリーの想いに応じるように鈍く底から光った。
●自分を見つめる物語
「本が喋った!」
「色々変わった商品を扱ってるって噂は聞いてたが……」
本達のさざめきが収まると、イグニス=アルデバランは子供のように声を上げ、初瀬=秀も感嘆混じりのため息を漏らした。
「今の自分に必要な物語、ですか! 面白いですね、今後の参考に是非!」
未だ興奮冷めやらぬ様子でイグニスが自分の方を振り返ったのに、秀は曖昧な笑みを返す。
(自分に必要な物、か……おおよそ予測がつきそうだがな)
なんて予感があり、それが何とはなしに気恥ずかしくも感じられて。「それじゃあ別々に探すか」と秀はイグニスの言葉に応じた。イグニスがしゅんと尻尾を垂れる。
「え……別々、ですか?」
「そう、別々だ。それぞれに必要な物は違うだろ、多分」
「それは……そうかもしれないですけど……」
「よし。じゃあ終わったら外のベンチで待ち合わせな」
とにもかくにも、イグニスがこの言葉にお利口さんの返事をしたので、2人はそれぞれに、本の山の中に自分の物語を探し始めた。
「どれにしましょうか……よし、この子にしましょう!」
一旦本を探し始めたらもうそれに夢中になって、イグニスは声を弾ませて1冊の本を選び出しぱらぱらとページを捲る。それは台風みたいな金色兎の物語。兎は元気いっぱい色んなことに挑戦しては、服を汚したり怪我をしたりしてお母さん兎を心配させる。「うーん」と、イグニスはちょっと難しい顔をした。
「こう、ずばっと描いてあるわけじゃないんですね。どういう意味のお話なんでしょう?」
首を傾げるも、本はそれ以上は語らない。イグニスはパタンと本を閉じた。
「後で秀様に聞いて……あ!」
閉じた傍から本は魔法のように消えてしまい、後にはちらちらと光の粒が舞うばかり。
「さて、と」
一方の秀も、テントの中、自分の本を探す。
「この辺りか……?」
目についた本を手に取って、慎重に読み進める秀。それは銀色の狼の一生を描いた物語だった。子供から大人になり、やがて年老いて。老狼は静かに語る。失ったものは多く、けれど得たものもまた多い。今の自分を、何も憂うことはない、と。本が空気に溶け消えていくのを見送りながら、秀は知らず息を吐く。
「あぁ、そうきたか……」
今の自分自身を受け入れ愛せよと、銀の狼が笑った気がした。
「あ、秀様!」
外のベンチで足をぶらぶらさせていたイグニスが、秀に気付いて嬉しそうに手をぶんぶんと振る。ミントティーのカップを両手に持って、秀は彼の元へと急いだ。
「悪い、待たせた」
「いかがでしたかー……わ、ミントティー! ありがとうございますー」
秀が差し出したカップを、イグニスは幸せ笑顔で受け取って。その傍らに腰を下ろして、ミントティーを美味しそうに口に運ぶイグニスへと秀は問いを零した。
「で、どういう内容だった?」
「私ですか?」
イグニスは身ぶり手ぶりを交えて、自分が手に取った本の内容を秀に語る。秀の口からくっと笑い声が漏れた。
「それはまた、随分と落ち着きのない兎だな」
「一体どういう意味なんでしょうね?」
「どうって……お前それは……」
言い掛けて、秀は途中で言葉を切る。そうして笑った。
「こういうのは自分で考えるもんだろ?」
「あ、なんですか秀様その笑顔! というか秀様の方はどうだったんですか!」
「俺の? ……秘密だ」
「えー教えて下さいーずるい!」
拗ねたように唇を尖らせるイグニスの頭を、「はいはい今度な」と秀はわしゃわしゃと撫でる。むう、とイグニスが唸った。
「何だかごまかされてる気がします……」
口ではそう言いながらも、イグニスの尻尾はご機嫌そうにゆらゆらと揺れていて。銀の目を色付き眼鏡の向こうに細めて、秀はそっと心を飛ばす。
(気持ちをはっきり伝えろ、とか出るかと思ったが。……もう少し、素直になっていいんだよな?)
手の中にまだ残っているあの本の重みに、それでいいと背中を押されたような心地がした。
●2人で探す物語
「本には『今必要なこと』が書かれているというけれど……読み終わった今、俺にはその答えは良く分からない」
テントの外に出てベンチに腰を下ろし、甘く涼やかなミントティーを口に運んで。蒼崎 海十は、息をひとつ吐くとそう言葉零した。テントの中で彼が選び取ったのは、樹を育てる少年の物語。時に悩み、苦しみ、それでも少年は懸命に樹を育てる。やがて樹には果実が実り――少年がそれをそっと両手に包み込んで、そこで物語はお終いだった。幻のように消えた本の重みがまだ手のひらに残っていて、けれどそれの伝えたかったことを掴み切れずに胸にもやもやしたものがわだかまっている。
「そうか、海十は分からなかったか」
傍らに座っているフィン・ブラーシュが、ミントティーのカップを両手に包み込んで柔らかく言った。そんな彼へと視線を遣って、海十は問いを一つ。
「フィンは分かったか?」
「うん、俺は分かる気がするよ」
けど、とフィンは青の眼差しで、包み込むように海十を見つめる。
「それは海十自身で見つけるべきものだ。答えは海十の中に」
とん、と軽く海十の胸に触れるフィン。答えはここにある、と伝えるように。海十はこくりと頷いた。
「そうだな、自分で考えるべきだ」
返る言葉に、フィンは目元を和らげる。そんなフィンに見守られながら考えて考えて考えて――海十はやがて、長い息を吐くと、少し困ったような顔をフィンへと向けた。
「ヒントが欲しい。フィンが本を読んで思ったことを教えてくれるか? 無理にとは言わない」
「ああ、いいよ。海十が考えを纏めるの、手伝おう」
悪戯っぽいウインクひとつ、フィンは海十の頼みに諾の返事をする。そうして、海十の頭と心を解きほぐすように、優しく、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「主人公の生き方が不器用だったよね。けれど、共感出来る」
「共感? 何でだ?」
問いに、フィンはそっと微笑む。静かな声で語ることは。
「誰かの為に生きるって、簡単じゃないと思うよ。誰だって、自分が一番大事だから」
けど、とフィンは静かに語る。
「……他人に依存した生き方とも言える。そこに『自分』があるのか? 難しいね。依存なのか、愛情なのか……」
俺は愛情であって欲しいと思うけど、とフィンは小さく付け足した。
(嘗て俺が兄に対してそうだったように)
と、胸に密かに思う。そんなフィンの隣で、海十が唸った。
「同じ本を読んだのに、こうも捉え方が違うとは……」
海十の視線が、フィンに真っ直ぐに注がれる。
「フィンはいつも俺が考えもしないことを言う。その度俺は気付かされる」
有難う、と海十は言った。
「今なら分かるよ。俺に『今必要なこと』」
「そう、良かった」
にっこりとしたフィンの瞳をしかと見つめて、海十はどこまでも真摯に言葉を続ける。
「俺独りでは見つけるのは難しいけど、俺に無いものを持ってるフィンと居れば見つけられる気がするんだ」
眩しいような言葉に、フィンは思わず目を細めた。そして、少し笑う。
「……本当にさ、海十って、プロポーズみたいな言葉を簡単に言うよね」
「フィン、俺は真面目に……」
「冗談だって! ……一緒に探そう、俺も探している最中だから」
フィンの言葉に、海十は仄か表情を柔らかくした。樹の為の生を、自分の為の生に変えられるように。この手にやがて、果実を得ることが出来るように。
(フィンとなら、それが不可能じゃないような気がする)
胸のもやもやは、フィンと言葉を交わすうちにいつの間にか消えていた。
●問うて揺さぶる物語
自らの欲望は強く深いと、シルフェレドは認識している。
(例えば……そう、あの不遜の仮面を暴きたい)
金の視線を、悩みながら本を選んでいるハーケインへと投げて、シルフェレドは薄く笑んだ。ハーケインを暴く、それが現在の欲望。自分の感情は全て欲望から来るものだと、シルフェレドは思っている。
(利己的な快楽主義、だろうな。それも承知だ)
知った上で、シルフェレドは人の心を慮らず欲望に忠実であることを良しとする。以前は自分の在り方を異常だと隠していたけれど、あるきっかけが彼の心持ちをそういうふうに変えた。
(私は欲望の生き物だ。しかし、満たされないものがある)
それを埋めることができるなら自分はかつてない悦楽に浸れるだろうと、シルフェレドは『今必要なこと』を教えるという本を迷うことなく手に取った。出会ったのは、恋人へ捧げる最高の贈り物を探す旅人の物語。長い旅路の末に、男は気付く。捧ぐべきものは、この胸の内にこそあったのだと。それは、何に偽ることもない真実の心。己が本心。予想外の本の囁きに、シルフェレドは形の良い眉を顰めた。
(己の本心を見つけ出せ、というのか。だが、私の本心とはなんだ。何に対する本心だ)
それが分かれば満たされるのかと胸の内で問いを重ねるも、本は既に幻想的なバザーの空気に溶け消えて答えない。ずぶり、シルフェレドは思案の底に沈んだ。
一方、シルフェレドより少し遅れて本を手に取ったハーケインは、
(本は好きだ。だが、こんな本は……)
勘弁してほしかったと、その目元を険しくした。彼が選んだ本に綴られていたのは、孤独な人魚の物語。貝のように固く心を閉じていた彼女は、人間の青年と出会い、彼の想いに触れることで、少しずつ心を溶かしていく。そうして彼女は最後には、彼の手に触れるのだ。恐れを断ち切り、彼を信じて。けれど、ハーケインには分からない。
(信頼とはどういうことだ)
その感情は、ハーケインにとっては掴みどころのない、蜃気楼のようなものだった。今まで、誰に対してもそういった感情を抱いたことはない。頭が疼いた。
(何で、あの夢を思い出す……!)
鈍く痛む頭を抑えて、ハーケインは苛立ちに唇を噛む。過去の傷を無慈悲に抉ったあの夢は、覚めてなおハーケインを刺して止まない。今まで生きてきた中で、信頼や愛情を向けられたこともあった。けれどハーケインは、それに返す術を持たなかったのだ。
(だからそんな俺を皆……)
信頼を知らぬことが原因で、ハーケインは深く人を傷付けたし、自身もまた酷く傷付いた。けれどハーケインの本は、信頼することを恐れるなと語る。
(俺にそんな感情があるというなら、何故俺は今まで誰も信頼してこなかった)
今まで俺が感じていた気持ちはなんだったというんだと、ハーケインは無意識に胸の辺りを強く握り締め、長い長い息を吐いた。そうしてふと、向かい側に立つシルフェレドへとアメジストの視線を向ける。そこには、らしくなく憔悴したようなパートナーの顔。思わず、声を掛ける。
「……シルフェレド、眉間の皺が凄いぞ」
声を掛けられて、シルフェレドは初めてハーケインの存在を思い出し、今という時間の流れの中に戻ってきたようだった。取り繕うように口元に薄く蠱惑的な笑みを乗せ、
「お前の方が酷い顔だ」
と応じたシルフェレドに、「……そうかもな」とハーケインはぽつりと返す。シルフェレドが緩く笑った。
「どうやらお互い難問を目にしてしまったようだな」
「……心を揺さぶられるのは面倒だ。強い感情など、俺の身に余る」
シルフェレドの言葉に、そう応えて。ハーケインは、テントの中に疲れたようなため息を落とした。
●認めて進む物語
「これが……今の俺に必要なもの……」
自分が選んだ本が光の粒になって消えるのを見送りながら、ラキア・ジェイドバインは呆然として呟いた。ラキアの本を共に読んだセイリュー・グラシアも、朗らかな笑顔の似合うその顔にごく真摯な表情を湛えている。彼らに与えられたのは、人形に恋をした少年の物語。1人と1体は愛し合い、手に手を携えて時を歩むが――やがて少年は大人になり、年老いて。美しいままの人形の姿に、彼は気付くのだ。自分達は違う種族なのだ、と。
(薄々は気づいている。ラキアと自分は違う生き物だ)
だから生きていく時間は違うだろう、とセイリューは思う。その傍らで、ラキアがぽつりと呟いた。
「……違う生き物だってことはお互いの生きる時間が違うってこと」
その声が纏う切なげな色を感じ取って、セイリューはラキアのかんばせへと視線を投げる。視線に気付いたラキアが、仄か伏せていた顔をふっとセイリューへと向けた。
「俺には、人間の方が生き急いでいるように思える。人間はファータ程ゆったりとした時間感覚では生きていないような気がするんだ」
そう言ってラキアは寂しそうに笑う。
「それに、同種でも寿命は違う。なら、別種族ならその乖離はもっと大きいかもしれない」
寿命が違えば時間感覚だって益々違うよね、とラキアは続けた。感じる時間の違い。それは、セイリューの思っていたこととよく似ていたけれど。
「でもさ、ラキアが言うように同じ生物種でも個々人で寿命も違うじゃん。違う種族ならなおさら、その違いを大切にして一緒に過ごしていけるように配慮できるさ!」
セイリューはラキアへと真っ直ぐに言葉を差し出した。その想いはどこまでも揺るぎない。緑の目を僅か瞠るラキア。
「別種族でも、家族として仲良く一生を共に過ごしていくものだってあるじゃん」
殊更に明るい笑みを、セイリューはラキアへと向ける。ラキアは眩しそうに目を細めて、それからちょっとだけ泣き出しそうな声で言った。
「全く同じように変化が訪れる訳じゃないんだよ? そして、どちらかが早く死ぬんだ」
恐らくはセイリューの方が、とはラキアは口にはしなかったけれど。セイリューには、ラキアの抱える想いが分かるような気がした。だから、伝える。
「確かに、残される方になったら辛いかな、とは思う。でも一緒に過ごす幸せな時間はかけがえのないものだし、それをもっと沢山重ねていきたいってオレは思うんだ」
「セイリュー……」
ラキアが、きゅっと唇を引き結ぶ。
(……一緒に過ごすうち、人間とファータの感覚のズレが、自分達の関係を疎遠へと導いていくんじゃないかと思うと、怖い)
そして。
(いつか置いて逝かれるんじゃないか、って)
そのことが、ただひたすらに不安だった。けれど、ラキアの胸にわだかまる想いを溶かそうとするみたいに、セイリューは笑う。太陽のように明るく、あたたかく。
「先のことは不安に思うだけじゃなくてさ、楽しいことを考えようぜ」
その笑顔に救われるような心地がして、釣られたみたいにラキアもそっと笑みを零した。そうして、思う。
(色んなことが怖くなるのは、不安なのは。セイリューを失いたくないから、だね)
だから今は、傍らの温もりを大切に。テントの中の本達が、さやさやとさざめきながら2人のことを見守っていた。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:胡白眼 呼び名:フーくん |
名前:ジェフリー・ブラックモア 呼び名:ジェフリーさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 03月10日 |
出発日 | 03月16日 00:00 |
予定納品日 | 03月26日 |
参加者
- 初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
- 蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
- ハーケイン(シルフェレド)
- 胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
会議室
-
2015/03/15-23:16
-
2015/03/15-23:16
ご挨拶が遅くなりました。蒼崎海十です。パートナーはフィン。
白眼さんは初めまして。
ハーケインさん、セイリューさん、初瀬さん、今回も宜しくお願いします。
本当だ、初瀬さんとは、最近ご一緒になることが多いですね(微笑)
俺が本を開いて、フィンと一緒に読む予定です。
どんな物語が読めるのか、楽しみです。
皆さんの物語も楽しみにしています。 -
2015/03/15-22:39
初瀬と相方イグニスだ。
白眼は初めましてだな。
海十は何だか最近よく一緒になる気が……
それぞれに、いい物語があるように。
よろしくな。 -
2015/03/15-00:16
セイリュー・グラシアと精霊ラキアだ。
胡さんは初めまして!
他の皆も、今回もまたヨロシク!
皆、素敵な時間を過ごせるといいな! -
2015/03/14-23:07
胡白眼(ふぅ・ぱいいぇん)と申します。
今回は精霊さんと親睦を深めに…、けれど正直自信がないんです。
というより気乗りしないと…いうか…(ごにょごにょ)
古書が悩みを晴らすきっかけを与えてくれることを祈ります。 -
2015/03/14-18:38
ハーケインとシルフェレドだ。
細かいところは決まっていないが、よろしく頼む。 -
2015/03/14-01:46