プロローグ
椿は読んでいた新聞をテーブルの上に置くと、はあっと深いため息をついた。
「どうしたんですか、椿?」
「ああ、ラウル」
トーストとコーヒーの載ったプレートを運んできたラウルに、椿が寄る。
「そんなことは私がするわ。貴方はゆっくりしていて」
「まだ心配してるんですか? この傷はもう治っていますよ?」
ラウルは、自分の右足を見下ろした。和装の下には、装具をつけている。ぎりぎり、切断を免れた足だ。任務で怪我をしたあのときは、もう使い物にならないと思ったけれど、日常生活ができるほどに回復した。それも、椿の献身的な看護があったお蔭だ。
「ラウル、私の大切な相棒」
椿はラウルの手をとって、彼を椅子へと座らせる。その手の甲には、否、その手の甲から肘上にかけては、消えない傷が残っている。ラウルは服に隠れて見えないその部分を、じっと見つめた。椿がひそやかに微笑む。
「貴方こそ、まだこれを気にしているの?」
「……だって、僕が守り切れなかったせいで、女性の肌にそんな大きな傷を」
「バカね、貴方って」
椿は、ラウルの頬に手を伸ばした。
「確かに私たちは、過去の任務で傷を負ったわ。もう、任務に出ることもできない。でも、生きている。私はそれだけで、十分よ」
椿はそう言って、ラウルの頬に口づけた。しかしその瞳の中にある憂いを、ラウルは見逃さない。どうしたんですか、とまた言って、椿の黒髪に手を這わせる。
椿は息をついた。
「つい先日の任務で、ウィンクルムが怪我をしたんですって。私たちのようなことに、ならなければいいんだけど……」
「そうですね……」
ラウルは呟き、はっと、何かに気付いた顔をする。
「良い案を思いつきました。僕たちで、新人ウィンクルムを指導してはどうでしょう。僕たちはもう戦うことはできません。でも、培った経験は確かなものだ」
「そう……そうね。ではこんなのはどうかしら? ウィンクルムは任務に出る前に、準備をしたり話し合いをしたりして、プランを立てるわよね? それでシミュレーションをして、アドバイスをするの。どんな任務も、まずはプランが大事だもの」
「それはいいですね。臨機応変な対応は、経験を積むうちにできるようになるでしょうし、やはり、何事も基本をしっかりしなければ」
椿とラウルは深くうなずきあい、受話器を手に取る。
「では早速、A.R.O.A.に連絡をしてみましょう……あ」
「どうしたんですか、椿」
「いいえ、最初はトランスのキスをするのが恥ずかしかったなあって、思い出したのよ。今はこんなに簡単にできるのにね」
椿はラウルの頬に、唇を寄せた。ラウルはくすくす笑いながら、椿の頬にキスを返す。
「それでは、トランスの練習もするようにしましょうか。いざ戦う、というときに、恥ずかしくてできないというのでは、困ってしまいますからね」
●ウィンクルムへの課題
【アドベンチャーエピソード(仮)】
とある山間の村に、デミ・ウルフ3匹が出没しました。
畑を荒らしているようです。
デミ・ウルフをすべて退治してください。
【条件】
・村まではA.R.O.A.がバスを出しますので、移動手段は考えなくて大丈夫です。
・戦う時間は昼間です。
・畑は戦うのに十分な広さがあり、近くに人家もありません。
・農作物はもう出荷できる状態ではありませんので、被害は考慮に入れなくて結構です。
【敵について】
・デミ・ウルフは野生の狼がデミ・オーガ化したものです。
・牙や爪で攻撃をしてきます。
・知能は高く、姑息な性格をしています。
上記エピソードに参加するつもりで、参加者同士話し合い、自分のプランを書き上げてください。
先輩ウィンクルム、椿(神人)とラウル(精霊)がアドバイスをします。
解説
講習会参加費として、ウィンクルムにつき300jrいただきます。
●神人のプラン(アクションプラン)に書いてほしいこと
【アドベンチャーエピソード(仮)】に関するプラン。
神人の行動も精霊の行動も、両方書いてください。
当然文字数が足りないと思います。実際に戦うわけではありませんので、箇条書きでも結構です。何をするかわかればいいです。ただし、大切なことは省かないようにしてください。
●精霊のプラン(ウィッシュプラン)に書いてほしいこと
トランスの練習についての描写(必須)
【アドベンチャーエピソード(仮)】に関する以外のことはこちらにまとめてください。
ゲームマスターより
ウィンクルムの皆さん、はじめまして。瀬田と申します。
先輩ウィンクルムの講習会です。
話の流れとしては、
みなさんのプランをもとに、『これがアドベンチャーエピソードだった場合のリザルト』描写。
(シミュレーションした場合として書きますので、実際に戦闘をするわけではありません)
↓
先輩ウィンクルムのアドバイス
↓
ウィンクルムごとにトランスの練習
となります。
実際の戦いはありませんので、お気軽にご参加ください。
また、アドバイスはあくまで最低限、あるいは一般的な内容であり「こうしたら任務がうまくいく」というものではありません。ご注意ください。
親密度については、後半のトランスの練習の行動をもとに判断します。
たとえ【アドベンチャーエピソード(仮)】で失敗をしたとしても、親密度の上昇には関係ありません。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ペディ・エラトマ(ガーバ・サジャーン)
畑に向かう直前にトランスを済ませます 精霊を外側に、背中合わせになるように陣形を組みます 時計回りにガーバ、上山さん、カナメさん、神楽音さんの順で、神人は精霊達の作る円の内側に入ります 私はガーバの後ろ側につきます ガーバはシャイニングアローを使用、攻撃を弾き返すことで相手の体力を削りたいと思います デミ・ウルフがバリアを突き抜けてきてしまったら、私がオーレリアさんと協力をして戦います また、その場合はガーバの背中を狙われないように、ガーバと背中合わせになるようにします 犬は鼻先が弱点なので狼も同じだと思うので顔を狙うようにします |
宮森 夜月(神楽音 朱鞠)
畑到着時にトランス。 バリアの陰からウルフがシャイニングアローに当たるように誘導。 シャイニングアローの死角からウルフが攻撃しようとしてきたら 夜月はソードで、朱鞠はマジックブックを飛ばして攻撃する。 朱鞠はシャイニングアローの持続時間に注意しつつ、 ウルフ討伐前にシャイニングアローが切れそうになければ 罰ゲームを使い切る。 ウルフ討伐前にシャイニングアローが切れそうであれば シャイニングアローが切れた後にウルフに攻撃される前に発動する。 夜月は基本的にはシャイニングアローの隙間の防御 弾かれたウルフ等を他の神人がウルフに攻撃するようであればそちらにも加勢して追加ダメージを狙う。 怪我をしたら上山に治療を頼む。 |
オーレリア・テンノージャ(カナメ・グッドフェロー)
仲間と相談した陣形で進む 神人を内側に背中合わせで精霊が守る体勢 カナメはガーバさんと対極の位置 畑へ到着直前にトランス 必ず共に無事に帰る約束 ◆神人 剣を抜き構えて警戒 仲間内では常に声を掛け合い注意を促し協力 特にデミウルフの視線や同行に注意 自らの技術が低いことは意識 バリアで体勢を崩した敵へ斬りかかる 出来れば首を斬りつけ留めを 或いは足~肩を狙い機動力を削ぐのを狙う 一撃入れたらすぐ引く(繰り返す ◆精霊 周囲警戒 ガーバさんと声を掛け合い 神人たちに攻撃が届かないように 隙のないように敵の攻撃を見極めて 『シャイニングアロー』活用 スキルで防ぎきれない時にはバリア 神人が狙われた時には声を上げ注意を引いて身代わり→バリア |
水瀬 夏織(上山 樹)
●神人 畑に向かう直前にトランス状態になる。 トランス状態になったら右手にガーバ・エラトマペアを、左手にグッドフェロー・テンノージャペアを見る形で神楽音・宮森ペアを背後に円形の背中あわせに位置を取って畑に入る。 上山さんの斜め後ろに控えて、上山さんのバリアにぶつかった敵に向かって剣を当てる予定。…ちょっと怖いですが。 上山さんが危険になったら、自分の身を投げ打ってでも守る。 ●精霊 敵が襲いかかってきたら、バリアを張って身を守ってほしい。 他の精霊や神人が怪我をしたら、怪我の度合いの大きい方から優先して『ファストエイド』を使用してほしい。 ほんの少しで良いので私の事も気にかけてくれたら嬉しい。 |
●まずはシミュレーション
「神人は内側に、精霊は外側に! 円形の陣を組みましょう!」
ベティ・エラトマは普段は大きな声を出さない。穏やかで安定した時間を過ごすことをなにより好んでいるからだ。しかし任務に出れば、そんなことは言ってもいられなかった。見通しの良い畑には、ここを荒らしたデミ・ウルフが三匹、うなり声を上げているのだ。
「ベティ、無理をするなよ」
円の外、つまりは敵がいるほうを睨み付けながら、相棒ガーバ・サジャーンが言ってくれる。ベティはうなずき、彼の後ろについた。隣には、水瀬 夏織がいる。
夏織もまた、ベティと同様に相棒である精霊の斜め後ろに控えていた。
「上山さんのバリアーに当たった敵を狙いますね」
夏織は淡々と告げたが、武器をとる手はこわばっていた。上山 樹はマジックワンドを握ることで、彼女に答える。初めての任務である。何を言ってもその不安をぬぐうことはできないだろうことはわかっていた。
本来ならば前衛に出ることが少ないだろう、ライフビショップの多いメンバーである。どのウィンクルムも攻撃方法は似通ってくる。オーレリア・テンノージャは剣を握り締め、カナメ・グッドフェローの後ろ――とはいっても、ほぼ隣ではあるのだが――で、敵を見つめていた。小さなカナメだけを前面に出すのは、避けたかったのだ。
ふわふわと狐の尻尾を揺らしているのは、神楽音 朱鞠。トリックスターの彼は、他の二人のシャイニング・アローおよび、マジックワンドによるバリアーが切れてしまったら、力を発動させる予定だ。ちらりと背中越しに目を向ければ、宮森 夜月がウィンクルムソードを握っている。
参加者の職業や経験を考えるに、一撃必殺は難しく、耐久戦が予想された。陣を崩し、神人を危険にさらすようなことはあってはならない。傷を回復できる者はいるが、スキル発動の回数は限られているし、なにより誰にも、怪我はして欲しくない。
敵と睨みあう。それぞれが、息をつめて武器を握る。
そして緊張で胸が苦しくなったころ。
デミ・ウルフが向かってきた。
爪先で地面をえぐりながら向かってくる狼たち。それは最初三匹まとめて一直線であったが、そのうちに三方に別れた。
「来るぞっ!」
ガーバは叫んだ。すぐに体の周りに光輪を発動させる。真後ろに待機するカナメもまた、同じように、光の輪を生んだ。樹は杖を構え、朱鞠は動かない。狼が狙っていたのは、ライフビショップの三名だったからだ。
一気に距離を詰める敵に、一同は緊張を募らせた。しかしこの光輪があれば、杖のバリアーがあれば、敵の攻撃を跳ね返せるはずだ。
「ガウッ!」
一匹の前脚が伸ばされ、別の二匹の口が開かれる。尖った爪と牙が、精霊を狙う。
「カナメさんっ!」
オーレリアは彼の前へ足を踏み出しかけたが、それでは光輪の意味がなくなると、すぐにその足を戻した。ここは小さなカナメの後ろにいるしかない。
大丈夫、僕は前にも、皆を守ったんだから。
カナメは目を見開き、向かってくる敵を睨み付けた。爪が光輪に当たり、敵が弾き飛ばされる。
「オリィさん!」
オーレリアは握りしめた件で、転がった敵の鼻先を切った。それは小さな傷だった。敵が立ち上がるより前に、またカナメの後ろに戻る。
「ベティ、大人しくしていろよ」
向かってくる敵を光輪で跳ね返しながら、ガーバは言った。耐久戦は、攻撃力がどうとか言うよりは、気力の勝負だ。続く緊張感に耐え切れず、ミスを犯したら負け。万が一この陣の中に敵が入ってしまったら、元も子もない。
ベティはそんなことがあっても敵に向かうだろうが……剣を持つことに慣れない女性が、満足に戦えるわけがない。さっき狼の鼻を切ったときだって、ずいぶん、怯えた顔をしていた。剣は手に、切った感触が残るから。
「わかっているわ、ガーバ」
ベティは足を動かさず、剣を握り直した。戦い慣れている彼に逆らうつもりは毛頭ない。
樹のバリアーによって怯んだ敵に、夏織は剣を向けた。しかし、バリアに当たった角度の問題だろうか。敵はそんなに弱っていないようだった。また向かって来てくれてもう一度バリアーにぶつかってくれればとは思うが、そこまで知能が低くもないようだ。樹は黙って、敵を睨み付けている。
このままでは、埒があかない。
夏織は考える。読書が趣味だった。でもこんなときにどうしたらいいのか……戦いに関する本など、読んだことはない。だから、いくら知恵を巡らせても、最善の方法がわからない。
「……あの狼、動かぬな」
「え?」
「バリアーに飛ばされてから、向かって来ていない」
朱鞠に言われ、夜月は樹の前にいる敵を見た。向かってこない敵をただ待てば、能力発動の時間が終わってしまう可能性もある。
「ハンマーを飛ばすか」
「でも……攻撃は使う回数が限られているのに」
「先を案じて現状動かぬよりは、今動いて、先が変わるほうがいいとは思わないかね」
朱鞠の言葉に、夜月は返す言葉がない。確かに、とは思う。でもこれは、一人では到底決められない――。
※
「皆さん、どうかしら?」
A.R.O.A.本部内の一室。集まったウィンクルムを前に、椿はそう声をかけた。
目の前のホワイトボードには、ウィンクルムが考えた陣形がかかれており、デミ・ウルフの絵柄のついた磁石がくっついている。
「神人を守るような陣形にしたのは、とても良いことだと思うわ。正直に言えば、経験の浅い神人は、純戦ではほとんど使い物にならないもの」
「僕たちも最初はそうでした」
ラウルは並ぶウィンクルムの顔を見やった。神人の中には釈然としない表情をしている者もいるが、深くうなずく者もいる。
「それに、任務前にしっかりとトランスをしているところも良かったわね。万が一これを忘れてしまうと、スキルが発動できないから」
「今回厳しかった面といえば、言っても仕方のないことではあるのですが、戦う専門の方がいなかったということでしょうか。でもあのままバリアーで跳ね返して攻撃、というパターンを続けていれば、いずれは勝てたとは思いますよ」
ラウルの言葉に、一同がほっと安心したような顔をする。そこでカナメが、ふわっと小さく欠伸をした。
「お勉強つまんない……」
「こらこら。ちゃんと無事に依頼をこなすためには必要なことですよ」
オーレリアが言い、椿が笑う。
「カナメくんが退屈しているようだから、あとは超特急にするわね。まず、狼の鼻を狙うっていうのは、いいと思うの。弱点ですからね。大抵の生き物は眉間も弱いわ」
「デミ・ウルフがバリアーを抜けてしまったら、という案が出されていたのもよかったですね。戦いの場では、想定外のことが起こり得るものですから」
大切なことは、経験が少ないことを自覚すること。そして自らを過小評価も過大評価もせずに、臆せずに戦うことだと、先輩ウィンクルムはまとめた。
「私たちは、万が一にもあなた達に怪我をして欲しくないの。身を挺して庇うことが必要な時もある。でも、決して、命を無駄にしないでね。……ということで、休憩を挟んで、トランスの練習をしましょう」
●未来を見据えて、勇気のキス
ベティはうつむいた。正面にはガーバが立っている。見上げる長身の彼は、平然とした表情。しかし自分は、とても落ち着いてなどいられない。伏せた瞳を上げる勇気が持てないのは、この頬が赤く染まっているだろうことを知っているからだ。
トランスって、キス以外に方法がないのかしら。
これをしなければ、オーガに有効な攻撃ができないことは聞いている。でもだからといって、任務の度にキスしなくちゃいけないなんて。
少しばかり顎を上げて、上目づかいでガーバを見る。やっぱり彼は、動じている様子はない。
戦い慣れている彼だもの。必要ならば仕方がないって感じかしら。
それならば、自分だけ恥ずかしがっていても意味がない。
必要なことなのだからと言い聞かせ、ベティは今度こそ顔を上げた。
「ラルフ・ダアーコド」
つま先で立つベティに気付き、ガーバはそっと腰をかがめた。頬に吐息を感じたかと思った直後、ゆっくりと肌に唇が触れる。
ベティの幼い頃を知っている。だから恥ずかしいと思わなかった。あの時の子供がそのまま大きくなったようなイメージを、今だ持っていると知ったら、ベティはなんと思うだろうか。
「本番だったら、照れてなんかいられないのよね」
体を離し、相変わらずの伏し目で呟くベティに、ガーバが告げる。
「必要なことだ。恥ずかしがる必要はない」
なんて真面目なの。予想通りよ。
ガーバの言葉に、ベティは苦笑した。あっさりとした物言いの裏に、彼の優しさがあることは知っている。
――だって彼は、この自分を守れるように、努力をしてくれている。
それを知ったからこそ、自分も何か頑張って、前に進みたいと思った。
でも、何をしたらいいかわからない。そんなときに見つけたのが、この講座だったのだ。
「……待っていて、ガーバ」
顔を上げぬまま、吐息のような声で囁く。
今はまだあなたの足手まといだけれど、いつかきっと役に立つようになるわ。
トランスのキスで照れなくなって、あなたを助けるから。
ベティの声が聞こえていないガーバは、先程のシミュレーションを思いだしていた。
今はまだ、一撃必殺の技を持たない自分だ、ベティを危険な目に合わせずにいられる方法を、探さなくてはならない。
今二人の視線は同じ方向を見つめてはいない。しかし考えているのは、相棒とともにある未来のことだ。
●簡単じゃない! 頬と唇を借りたキス
「トランスか、頬に口づければいいのだろう?」
朱鞠の台詞に、夜月の頬がかっと染まる。
確かに方法は、朱鞠の言う通りだ。それは夜月も理解している。
でも、理解と感情は違うっていうか……! そこのところ、朱鞠はわからないのかな。……って、ないからそんな簡単に言ってくるのか。
ひとりがくりと肩を落として、細く息を吐く。
「ほら、宮森。唇を出せ」
朱鞠が言うのに、今度は頭まで垂れてしまった。
「そんなに軽く言わないでよ」
「宮森こそ、なにを考え込んでいる? 簡単なことではないか。そなたはただ、唇を差し出すだけでいい」
「さ、差し出すって……」
はいどうぞ、これを使ってくださいと。そういうつもりでいろと言うのか。
それはそれで相当恥ずかしいというか、微妙というか。
夜月は大きな緑の瞳を、瞬かせた。しかしやらないわけにはいかない。
ぎゅっと目を瞑り、覚悟を決めて顎を上向かせる。こうしていればきっとあとは、朱鞠が上手にやってくれる。そう、私の唇が、朱鞠の頬に……。
「って、やっぱ駄目っ!」
夜月は勢いよく、首を回した。
「……だから、何をそんなに気にしているのかね」
まったく、という台詞とともに、顎に朱鞠の指が伸びる。
「……えっ?」
「頬に口づけくらい、大した問題ではないのだよ」
朱鞠はその指に力を込めて、夜月の細い顎を持ち上げた。
「ほら、さっさとスペルを言うのだ。それとも忘れてしまったか?」
「覚えてるよ! ……灯せ、狐火」
上等、と呟き、朱鞠は身を屈めた。夜月の唇に、自らの頬を押し当てる。
柔らかく温かい感触。成功だ。
「これでよし」
朱鞠は夜月から体を離した。
「簡単だと、納得したかね?」
しかし見下ろした先の夜月の顔は、恐ろしいほど赤くなっている。
「ちょ、いきなり、なにするのよ!」
「いきなりではなかろう。最初から、トランスの練習をすると言っていたではないか」
「そ、そうだけど! でもそういうんじゃなくて!」
「それではわからんぞ、宮森」
「朱鞠には、デリカシーってものがないの!?」
夜月が叫ぶ。朱鞠はそんな夜月を眺め、くすくすと笑っていた。
●初めての、ためらいのキス
これが初めての『トランス状態』なので、しっかりやらねばなりません。
ですが、上山さんは私などに口づけられて、大丈夫なのでしょうか。
夏織は、正面に立つ樹を見上げ……ることはできず、胸のあたりに視線を向けた。樹とは常日頃、深い話をしているわけではない。人当たりがよく社交的な彼ではあるが、正直考えていることはよくわからなかったりもする。
もしかしたら、上山さんが想い慕っている方がいるかもしれませんし……。その方がこんなところを見て誤解でもしてしまったら、申し訳ないですよね。事前に、私達はウィンクルムで、頬にキスをするのはどうしても必要な事だと伝えておいてもらった方がいいでしょうか。
ぐるぐると、いろいろなことが頭を巡る。そのうちに、目頭が熱くなってきた。まさか泣いて困らせてはいけないと、うつむき、ぎゅっと唇を結ぶ。
樹はそんな夏織を黙って見下ろしていた。夏織の顔は髪が隠していて見えないし、おかげで何を考えているかはまったくわからない。(いや、見えていてもわからないかもしれないが)ただどうして、他のウィンクルムのようにトランスの練習をしないのか、とは思っている。
「水瀬」
どうしたものかと呼びかければ、夏織の肩がびくりと揺れた。
「僕はただ、名前を呼んだだけなんだけどね」
「は、はい。そうですね。もちろんです」
「……実は僕のこと、怖いとか?」
「まさかそんな!」
夏織はぱっと顔を上げた。樹の視界に入った夏織の瞳。それがちょっと赤い気がするのは。
……気のせい、だよね。
「トランス、するんだよね?」
ほら、と樹が腰を折ってくれる。それに「ありがとうございます」と告げて、きちんとしなければ、と自分に言い聞かせる。
「い、陰と陽、光と闇……」
「表と裏、対の名のもとに」
途中からは、樹の声も重なった。それに背を押され、夏織は目を閉じる。
――トランスの、キスを。
樹の頬に、唇で触れた。
あたたかいオーラが、二人を包む。
「これが、トランス……」
「うん、悪くないね」
樹は腕を上げたり肩を覗いたりして、体の調子を確認しているようだ。
「なんか、違った感じとかするんですか? 力がみなぎってくるというか……」
「さあ、どうだろう? でもこれを水瀬以外の人間とはできないというのは、不思議な感じではあるね」
「そ、そうですか……」
ここで先ほど考えていた、樹の想い人の話を言うべきだろうか。夏織は口を開きかけた。でも、と口をつぐんだのは、樹がもう一度「悪くないね」と言ったからだ。
悪くないなら、それでいいです。
夏織はうつむき、静かに安堵の息を漏らした。
●穏やかに、慈愛と安らぎのキス
「カナメさん、今度はトランスの練習ですよ」
「え~? 僕たちしたことあるし、練習しなくても大丈夫だよ」
カナメはいやいや、と首を振った。
「それにさっきお勉強もしたし……。それより僕、オリィさんと遊びたいな」
「おや、それも楽しそうですね。でも……」
オーレリアは、カナメの小さな頭に手を置いた。子供の髪は、どうしてこんなに滑らかなのだろう。指の間をするにける感触は、まるで絹のようだ。
カナメの髪を梳きながら、オーレリアは小さな相棒を呼ぶ。
「ねえ、カナメさん。トランスをするときのインスパイアスペルは覚えていますか?」
「覚えてるよ! 僕がオリィさんに一番言ってほしい言葉だもん」
「では、うまくトランスできたら――」
そこまで言うと、カナメはにっこり、満面の笑みを見せた。大きな瞳がきらきらと期待に輝いている。
「わかった! 僕やるよ!」
「それでは」
オーレリアはカナメの髪から手を離し、その前にしゃがみこんだ。
「We’ll all have tea」
目の前の少年がお気に入りの、そして自分も楽しみにしている時間もたらしてくれるフレーズを唇にのせて、カナメの頬にキスを落とす。
二人の体をオーラが覆い、トランスは完成だ。その中で、オーレリアは唐突に、胸が切なくなるような気持ちに襲われた。たまらなく、この子が愛おしい。あまりの無邪気さに、時折呆れてしまいそうになるけれど、それでもやはり、守りたいと思うほどに。
それなのに……この子に怖い思いをさせて、危険な場に連れて行ってしまって……。大丈夫かしら。私は、止めさせた方が良いのでしょうか。
――それは、ウィンクルムとしての活動ができない、ということにはつながるけれど。
頬からわずかに唇を離したのみで考えていると、不意にカナメがこちらを向いた。
「オリィさん、どうしたの?」
「……え? ごめんなさいね。どうもしませんよ」
「でもなんか、考えてたでしょ?」
カナメはオーレリアの両頬に、小さな手を置いた。
「僕もオリィさんにお返しするね!」
可愛らしい唇の温度を片頬に感じ、オーレリアは一瞬目を見開いた。しかしそれはすぐ、微笑みの形に変わっていく。
「これでお勉強は終わったよね? ねえオリィさん? お菓子は? 僕オリィさんのお茶、早く飲みたいな。オリィさん『お茶にしましょう』って言ったもんね!」
「ええ、もちろんお家に用意してありますよ」
「やったあ!」
カナメがオーレリアの、しわのある手を握る。オーレリアはゆっくりと立ち上がった。
今は何より、この子の笑顔を見ていたいと思った。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | シリアス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 01月13日 |
出発日 | 01月21日 00:00 |
予定納品日 | 01月31日 |
参加者
- ペディ・エラトマ(ガーバ・サジャーン)
- 宮森 夜月(神楽音 朱鞠)
- オーレリア・テンノージャ(カナメ・グッドフェロー)
- 水瀬 夏織(上山 樹)
会議室
-
2015/01/20-01:38
遅くなっちゃってごめんね
ペディさんまとめありがとうございます。
罰ゲーム了解です。お願いしておくね。
じゃあ私は、デミ・ワイルドドッグの出方を見つつ、
神人の誰かがワイルドドッグに攻撃をしたら
追撃で加ダメージできるようにしてみようかな
1人じゃ浅くても、2人ならうまくいくかもしれないよね
-
2015/01/20-01:00
お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。
宮森さん、水瀬さんも、初めまして。どうぞよろしくお願いいたしますね。
ペディさん、陣形案とまとめをありがとうございます。
とてもわかりやすくて、助かります。
見通しがいいということは敵の奇襲も心配しなくてよさそうで、少し安心ですね。
そうそう…私がデミ・ワイルドドッグへ攻撃した時には、まだ浅かったようでして
とどめはは他の精霊さんに刺して貰うことになりました。
…やはり、神人の力では不足なのかしら。
とはいえ、何もしないわけにもいきませんからね。頑張りませんと。
私個人的には、この時と同じ『バリアで弾かれ体勢を崩した相手に剣で攻撃』を。
カナメさんが『バリアを張りつつ、敵の攻撃をシャイニングアローで跳ね返す』…と言うことになるかと思います。 -
2015/01/19-22:22
宮森さんと水瀬さんもはじめまして。
そろそろ時間的に色々まとめたほうがよさそうですね。
カナメさん、ガーバ→シャイニングアロー
上山さん→ファストエイド
神楽音さん→罰ゲーム
をセットしつつ、精霊を外側に神人を内側にして背中合わせの陣形でいいでしょうか?
シャイニングアローで全員がカバーできるよう、
ガーバとカナメさんが隣り合わないようにして、時計回りにガーバ、上山さん、カナメさん、神楽音さんという順に並ぶのがいいと思います。
きっと畑に向かう直前にトランスを済ませておいたほうがいいでしょうね。
シュミレーションの後にトランスの練習があるとのことですが、少し恥ずかしいですね。 -
2015/01/18-20:33
エラトマさんの背中合わせで陣形を組むというのは、とても良い案だと思います。
敵は知能が高いようですし、どこから襲ってくるか分かりませんから。
分断されて個別に攻撃を受けてしまったら危険ですし。
宮森さんと神楽音さんが加わってくださったことで攻撃力が増しましたね。
ですが、能動的に攻撃できるのが神楽音さんだけなのでいざという時敵を牽制できる回数が多くなる『罰ゲーム』を使用して頂いた方が良いのではないかと思います。
とはいえ、威力の高い攻撃がないのは心細いでしょうか…?
テンノージャさんが仰る通り攻撃手段が少ないことと、まだ私たちが『ファストエイド』しか使えない事もあるので上山さんを回復役にして頂けないかな、と思っています。
ですが、『ファストエイド』も2回までしか使えませんので何とも言えませんが…。
まだまだ経験の浅い者の意見なので、皆さんに良案が有ればそちらを優先してくださいね。 -
2015/01/18-12:47
三人ともはじめまして!宮森夜月です。
出足が遅くなっちゃってごめんね。
出発までまだあと3日あるからセーフだよね…?
よろしくお願いします!
ええと、メンバー的に朱鞠は前衛な感じだね。
スキルは今「罰ゲーム」を付けてるけど
「パぺマぺ」もあるって言ってる。
威力が高いのはパぺマぺだけど一回しか使えない、
罰ゲームは威力は落ちるけど二回使えるかな。 -
2015/01/17-22:30
はじめましてオーレリアさん。私はペディ・エラトマといいます。どうぞペディと呼んでください。
それから、こちらがパートナーのガーバ・サジャーンです。
よろしくお願いします。
丁寧にありがとうございます。
まだ…全然分かっていないものですから…。
(慣れていないためうんうんと唸りつつ)
今のところ、精霊は全員ライフビショップみたいですね。
デミ・ウルフが3匹。
場所は畑ということですし、季節も冬ですから、背の高い植物もなくて身を隠せるものはないでしょうし…
私達が姿を現したとしたら、3匹が取り囲んでくるような気がします。
今のところ、こちらも3組しかいませんから、精霊を外側に、みんなで背中合わせになったほうが良いかもしれません。
2人が『シャイニングアロー』もう一人が『ファストエイド』というのはどうでしょうか?
オーレリアさんが攻撃をしてダメージを与えたんですか?
(年齢的なものでびっくり)
私、戦ったこととかなくて。私でもガーバの手助けができればいいんですが。 -
2015/01/17-22:23
初め、まして。水瀬 夏織と申します。
私も上山さんもウィンクルムになりたてで、こちらの講座が初めての任務となります。
足を引っ張ってしまうやもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
サジャーンさん、グッドフェローさん、それに上山さんもライフビショップなのですよね。
実は、上山さんも私も新米なので『ファストエイド』を使うだけで精一杯の状態です。
私たち、こと上山さんは回復要員、ということにして頂けるとありがたいのですが…。
拙いですが、私も剣をふるいますし、なんとかこれで頑張らせて頂けるとありがたいです。 -
2015/01/17-20:19
こんばんは、初めまして。オーレリアと申します。
こちらの講座、受けるのは私たちふたりになるのかと思って
少しはらはらしてしまっていました。
精霊のカナメさんともども、今回はどうぞよろしくお願いしますね。
…ウィンクルムとして指名を果たす為に、カナメさんたちにも怪我をさせないためにも
しっかりとお勉強しないといけませんね…。
カナメさんとガーバさんは、お二人ともライフビショップでお揃いですよね。
『シャイニングアロー』で攻撃を跳ね返すのが、主な攻撃手段になりますかしら。
それと一応、カナメさんのバリアで勢いを失った相手でしたら
私のつたない剣でも、傷をつけられることは確認してありますの。
けれど…攻撃手段が少ないからこそ、片方はファストエイドを使えるようにしておいた方がいいでしょうか。
悩むところですねえ…