「あなたから離れることなんてできない」(瀬田一稀 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 1月某日、お昼過ぎの商店街。

「この『ドキドキ福袋』って何が入ってるんだろうね?」
 リアはそう言って、興味深げに赤い袋を見つめた。ドキドキ福袋、貴女と彼の恋を応援します――なんとも安っぽい謳い文句だが、恋する乙女としては、気になるところだ。
「どうせ大したものじゃねえだろ。もう時期が時期だし、売れ残りだ」
 レオは、ほら行くぞ、とリアの手を引く。
「うん、でも……」
「あーもう、仕方ねえな。そんなに気になるなら買ってやるよ。ろくなもん入ってなくても、がっかりするなよ」
「え? ほんと? ありがとう! レオ、大好き!」
 リアはレオに抱き付き、広い胸に顔を押し付けた。途端、彼の眉間にしわが寄る
「ばっか、こんな道端でなにしてるんだよ! ったく、二人っきりの時はくっついてこねえくせに……どうせなら家で抱き付いて来いっ」

 そんなこんなで買ってきた福袋である。
 リアは自宅でレオと二人、それを開けたのだが。
「なっ……!」
「ちょっとこれ、『福』袋じゃないし」
 じゃらりと取り出したそれは、いわゆる手錠……だろうか。それにしては、輪をつなぐ鎖が長い気がする。
「こんなの、全然ドキドキしないじゃない!」
 リアはご立腹で、他の品々をあさっているが。
「あとは、これしか入ってなかった……」
「って、なんだそれ?」
「首輪型チョーカーって、タグが付いてる。男女兼用だって。でも使えないよね」
 はあ、とため息をつくリアに、リオはにやりと口角を上げた。
「それはどうだろうな? 例えばこの手錠をベッドの柵に通して、お前の手にはめれば…足でもいいな。そうすれば、お前はもう逃げられない」
「や、やだ、やめてよ?」
「チョーカーも、似合いそうだよな」
「ちょ、ちょっとお」
 リアは高い声を上げた。嫌だと相手の胸をぐいと押しても、彼は動かない。じりじりと近づき、リアの細い足首を持ち上げ……。

 ――ガチャン。

「さて、あとはお前を抱き上げて、ベッドに運べばオーケイだ」
「もう、ぜったいやだ! やだったらやだ!」
 リアはレオが伸ばしてくる腕を叩き、自分に繋がっていない、もう片方の輪っかを手に掴む。
「それならいっそ、えいっ!」
「ちょ、何するんだお前!」
 レオは自らの足にはめられた、銀の輪っかの呆然と見つめた。
「へへ、これでおあいこ」
「じゃねえだろ! もう、さっさと鍵出せよ!」
「はいはい、鍵ね……。え?」
 福袋の中を探って、リアは青ざめる。
「……ないんだけど」
「は?」
「鍵! ないんだけど!」

 レシートを頼りに、買った店に問い合わせをすると、謝罪祭りが始まった。
「すみません、メーカー側のミスで、同梱されていなかったようで……ええ、明日にはご自宅にお届けします。すみません、最速で明日なんです。メーカーに取りに行っても、一日で戻って来られる距離ではないものですから……ええ、明日には必ず!」

解説

【趣旨】
神人の右足と、精霊の左足が鎖で繋がってしまいました。
鍵が届く明日の朝まで、これで過ごしてください。

【道具】
鎖の長さは60センチ。
輪っか部分にはファーが付いていますので、長時間はめていても痛くはありません。
無駄に素晴らしい技術で作られており、鎖を切ったり、輪っかを壊したりするのは不可能です。

チョーカーは男女兼用の首輪型。色は赤です。色や太さ等、こだわりがあれば指定してください。

【福袋の価格】
福袋はひとつ300Jrです。

【プランについて】
さすがに1日まるっと描写だと大変ですので、日常のワンシーンでお願いします。
例えば食事シーン、ソファでくつろぐシーン、などの1シーンです。
皆さんの良識と全年齢であるという前提に基づいたシーンを選んでくださいね。



ゲームマスターより

ご覧いただきありがとうございます。

一応コメディに分類してますが、ロマンス希望、等書いていただければ、そちらにもってくようにいたします。
瀬田の傾向と対策はマスターページをごらんください。
マスターお任せの場合は☆マークをどうぞ。
ただその場合は、何が起きても大丈夫くらいの覚悟を決めてくださいね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リゼット(アンリ)

 

細かくないわよ!
どうしてくれるのよこの足!
はぁ、なんでこんなことに…

ドキドキなこと?
こんなときにしなくちゃいけない話なの?
な、なによ…珍しくまじめな顔して

(内容を聞いて無言でアンリの腹に腰の入ったいいパンチ
ドキドキっていうから何かと思えば!ばっかじゃないの!?
大体「王子様」だっていうんならそういうのはしない方向でいくべきよ!

うっ…私もなんだか…
な、なんでもない!

いいわやりましょう
普通にしてたら頭がそのことばかり考えちゃう

りんご
ライト…

バカ犬ぅぅぅ!
ストレートに言わないでよ!

嫌!行きたいけど嫌よ!
こら!下ろしなさい!
うちの天井は綺麗よーっ!

こんな辱めを受けたのは初めてだわ…
もうお嫁にいけない…


油屋。(サマエル)
  (精霊自宅)

ぎゃーっ! 足枷と首輪つけられたーー!?
サマエルの馬鹿ぁ!!明日まで何もかも一緒なんて耐えられ……

まぁ何とかなるか 何事も前向きに考えよう!

とりあえずお腹空いたので冷蔵庫漁る アンタも一緒に来て

お、生卵発見 ご飯炊いてTKGに決定だね
えー知らないの?ならご馳走してあげる
柴漬けあれば最高だったけど贅沢は言うまい

ベーコンとウインナーは焼くだけ
レタスがあったから洗って市販のドレッシングだばー

最後はTKG ご飯の上に卵をどーん!ほい完成

ごはん硬くて思わず笑う サマエル炊くの下手だね
美味しいんだよこれ、まぁ騙されたと思って食べてみなって

お、良いね!楽しみにしてるよ



Elly Schwarz(Curt)
  前提
・エリーにとって人生初の福袋
・それ故に起きた事態に深く落ち込んでる
福袋を買う機会なんて今までになかったんです。
今年はお小遣いに余裕があると思って購入したのに…。

・他は何とかした、残るは就寝
・お互い背を向けてベッドに入ったが、彼女は寝つけず
・彼の表情が気になり、思わず彼の眉間を触る
(お、同じ…ベッド…)首を横に振り振り
そ、それでは…寝ましょう、か!
(って、寝れるわけ無いですー!

寝ちゃったんですね…凄い。
よく見ると眉間にシワが…いつもなんでしょうか?)!?
お、起こしちゃいました?って、へ!?

・冷静を装うが
驚きましたが、大丈夫です。
…ですから頭を上げて下さい。(うぅ…ドキドキが止まりません…!)



エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
  心情
困った状況ですがせっかくなので楽しんじゃいましょう!
あなたから離れることなんてできないのですからね。

行動
不気味な自宅の庭で二人三脚。失敗しても七転び八起きです!
立ち止まり、話をします。
足枷は明日には解けますが、ウィンクルムの関係は続きます。戦いで私が足手まといになったこともありましたよね。
ラダさんの人生にとって私との縁が、制限や負担だけではなく、安息や歓喜でもあってほしい。そう願っています。
仮に、仮にですよ。神人である私が精霊であるあなたを異性として好きだと明言したら。その言葉はさぞかし重い枷となるのでしょうね。
足枷は外せませんが首輪が外れないか試してみましょうか。ラダさんは、自由ですよ。



●それは自由の名のもとに

「あららぁ……」
 エリー・アッシェンは自らの足元を見つめ呟いた。白い足首にはまった小さな輪。本来は銀色のそれにはファーが付いており、痛みはない。ないが。
「ウヒャァ……困ったねえ、エリー」
 輪についた鎖は、太い足首へと繋がっている。ラダ・ブッチャーだ。彼が動くと、エリーの足がぐいと引かれた。がしゃりと金属の音が響く。
 二人は庭に立ち尽くした。鍵はない。鎖の長さはわずか60センチ。これで明日まで凄さなくはならない。

 最初はちょっとしたノリだったのだ。
 正月だからと福袋を購入したら、中身はまさかのファー付き足枷と首輪。
「ヒャッハー! これでホラー映画の監禁シーンが再現できるねえ!」
 ラダは真っ先に自分の首に首輪をつけて、足枷を手に取った。
「監禁……なぜそのシーンを」
 思いはしても、ラダが楽しそうだから否定はしない。エリーはシーンの再現に熱中するラダに、以降のことはすべて任せた。
 がっしゃんとはめられた足枷。監禁ならば本来ファーはないのだが、それはまあ、愛嬌ということで。
 ……というところで、鍵がないことに気付いたのだ。
「エリー……ごめんよぉ」
 自分がこの状況を作り出したことを落ち込むラダの肩を、エリーが叩く。
「困った状況ですが、せっかくなので楽しんじゃいましょう」
 落ち込んでいても仕方がないと、足を繋いだまま、二人で庭を歩き回った。壁に絡まるつたや、庭を這う茎。あまり日が当たらずほの暗い庭では、転ばないようにするだけでも大変だ。
「あ、……転び、ま」
「ないよぉ。大丈夫」
 がくりと崩れそうになったエリーの体に腕を伸ばし、ラダが支える。
「足が片方繋がってるだけなのに、うまくいかないもんだねえ」
「ラダさん、そんな勢いよく進んだら……」
「わっ! アヒャヒャ!」
 先に転んだラダの体重をエリーが支えられるはずはなく、二人は庭の上に尻もちをついた。でもそれが、愉快なのはどうしてだろう。
「失敗しても、七転び八起きです!」
「ボク、だんだんコツをつかんできたよぉ。ボクとエリーの体格差や、歩幅の違い。呼吸の合わせ方……」
 そう言うと、ラダはエリーの手を引いて立ち上がった。庭をゆっくりと一周。今度は転ばずに、なんとか歩ききる事ができた。
 立ち止まり、エリーはラダを見上げた。かしゃかしゃと聞こえていた足枷の音がやみ、ラダは不思議そうにエリーを見下ろす。
「ラダさん……この足枷は明日には解けますが、ウィンクルムの関係は続きます。戦いで私が足手まといになったこともありましたよね」
「……そんな頃もあったねえ。でも今は違うよお」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ラダさんの人生にとって私との縁が、制限や負担だけではなく、安息や歓喜でもあってほしい……私は、そう願っています」
 そこでエリーはふっと息を吐いた。ゆっくり目を伏せるエリーの姿に、ラダは唇を噛みしめる。この雰囲気はもしやと、背筋をつっと汗が流れた。
 もし……もし、エリーに愛の告白をされたら。毅然と断らなくちゃいけない。あいまいなごまかしは残酷だよねぇ。
 エリーはラダの視線を感じながら、いや、感じているからこそ、顔を上げることができない。
 仮に、仮にですよ。神人である私が、精霊であるラダさんを異性として好きだと明言したら。
 そこで、エリーは体を震わせた。告白の言葉はきっと、ラダにとってさぞかし、重い枷となるだろうと感じだからだ。制限や負担になりたくないと思っている今、自分の思いを彼に伝えることはできない。自分で言った通り、ウィンクルムの関係は続く。それならばいっそ……。
 エリーは顔を上げ、ラダの首に手を伸ばした。白く細い指先で、真っ赤な首輪に触れる。
「足枷は外せませんが、首輪は外れますよね」
 かちゃかちゃと小さな音を立てて、ラダの首から、細い所有の証を外す。それを手に持ち、薄く笑った。
「ラダさんは、自由ですよ」
「え……」
 ラダは首に手で触れた。さっきまであったものがない。
 ――自由って、こんなに寒いものだっけ?
 ひゅるりと、風が吹き抜ける。それはエリーの髪をさらい、白い額をのぞかせた。
 いつも陰気な顔のエリー。でも、こんな目……。
 気付けばラダは、エリーの手を握っていた。
「エリー、家の中に移動だよぉ! このままここにいたら、風邪をひいちゃう」
 エリーの足が、ラダの足に引っ張られる。
「ほらエリー、二人三脚だよぉ。二人一緒じゃなくちゃ動けないんだから」
「……そうですね」
 エリーはゆっくりと足を動かした。ラダが歩幅を合わせてくれる。
 ――ありがとう、ラダさん。
 ウィンクルムの関係は続く。二人の自由の名のもとに。

●それは抑えがたい欲求

「なぜ互いの足につけたか。こまけえことはいい」
 アンリの言葉に、リゼットははっと顔を上げた。
「細かくないわよ! どうしてくれるよ、この足! はぁ、なんでこんなことに」
 一気に言って、思いきり深いため息をつく。できることならこの足枷をつける前に、いや、福袋を買う前に時間を戻したいくらいだ。しかしそんなリゼットの思いは露知らず、あるいは無視して。アンリは真顔で、リゼットに告げる。
「それよりここで、この福袋の名にふさわしいドキドキなことを打ち明けようと思う」
「ドキドキなこと? こんなときにしなくちゃいけない話なの?」
「ああ……言うか言うまいか悩んだんだが、俺もそろそろ我慢の限界っつーか」
 そこでアンリは言葉を切った。並んで立っていた距離をずいと縮め、リゼットの顔を覗き込む。
「なあリズ、俺さ……」
「な、なによ……珍しく真面目な顔をして」
 アンリの瞳に魅入られて、リゼットは思わず身を引いた。頬が染まるのは仕方がない。だって性格はどうであれ、この顔は好みなのである。
 アンリはここまできても迷っているようだったが、いよいよ口を開いた。アンリの形の良い唇が音を紡ぐまでの時間。それはまるでスローモーションのように、リゼットには見えた。こんな真剣な顔で何を言おうとしているの。限界って何が。リゼットの頭の中をぐるぐるめぐるフレーズは、アンリの言葉に一気に止まる。
「俺、すげートイレ行きてぇんだけど」
 直後、アンリの腹に、リゼットの拳がめり込んだ。

「いってえな!」
「ドキドキって言うから、何かと思えば! ばっかじゃないの!?」
「だってドキドキすんだろ? この家のトイレ広いから一緒に入るしか……ってまた殴んな! 生理現象なんだから、しょーがねえだろ?」
「は? 『王子様』だって言うんなら、そういうのはしない方向で行くべきよ!」
「いや、王子だって出すもん出すだろ」
 ばかばか、もうやだ。リゼットは羞恥だか怒りだかで真っ赤な顔を両手で覆い隠した。さっきの一瞬のときめきは何だったの。そうよアンリは顔だけが綺麗な男だったわ。トイレって、そんな……うぅ、私もなんだか……ううん、なんでもないわ!
 自分にきつく言い聞かせ、リゼットは顔から手を離す。困惑しきったアンリが仕方ねえと提案してくれたのは、幸運だったかもしれない。
「しりとりでもして気を紛らわそうぜ」
 さっきアンリが言った通り、彼が望むのは生理現象に関することだから、これが時間稼ぎにしかならないことはリゼットにもわかる。しかしそれでもなるべく先延ばしにしたい。
「いいわ、やりましょう。普通にしてたら、頭がその事ばかり考えちゃうもの」
「じゃあいくぞ。まずは、しりとり」
「りんご」
「ゴリラ」
「ラ……ライト」
「ト……ト……トイレ」
「バ、バカ犬ぅぅぅ! ストレートに言わないでよ!」
 リゼットは叫んだ。両手を握りしめて、思いきり叫んだ。しかしアンリは「うるせええっ」とリゼット以上に大きな声で叫び返す。
「やめだやめだァ! ああもう無理! 我慢できねえ! お前も行きたいだろ? 腹くくっていこうぜ! 一瞬だ一瞬!」
「嫌! 行きたいけど嫌よ!」
「おま、逃げようとすんなっ! いてえだろうが!」
 無理やりアンリから離れようとしたリゼットのせいで、足枷の鎖がぴんとはった。当然アンリの足は、リゼットに引っ張られる。足枷の輪にはファーが付いているとはいえ、それなりに刺激はある。
 それでもリゼットは、嫌だ嫌だと言いながら逃げようとした。
「ああもう、仕方ねえな!」
 アンリはリゼットの腰に手を回すと、ぐいっと腕の上に抱え上げた。いわゆる子供の縦抱き、子供抱っこである。
「こら、下ろしなさい!」
「大丈夫だって、天井の染み数えてる間に終わる!」
「うちの天井は綺麗よーっ!」
 家中に響き渡る少女の高い声。しかし悲しきかな、彼女はトイレへ連行されて行く。

 そして、数分後。
 リゼットは、ドアを閉めたトイレの前で脱力していた。さっきまでトイレの中で大声を上げていたので喉が痛い。両耳を両手でガードだけでは色々恐ろしかったのだ。なんていうか、音を消す機械の導入が必要かもしれない。ああ、それにしても。
「こんな辱めを受けたのは初めてだわ……」
「なんかスゲーマニアックな経験したよな……」
「経験とか言わないで! もうお嫁に行けないわよ」
「行き遅れたら貰ってやるよ」
「は!? 嫌よっ! 誰があんたなんかと!」

 ケンカ勃発。その後は足枷の鍵が届くまで、二人が生理現象を我慢し続けたのは言うまでもない。

●それは平和な約束

 がちゃりとはまった足枷。鎖で繋がれた足と足。そして鍵がないという事実。そのどれもが、油屋。を混乱させるには十分だった。それなのに、さらに首にまで、である。
「ぎゃーっ! 足枷と首輪つけられたー!?」
 がしゃがしゃと乱暴に足を動かすも、当然ファーのついた輪っかは外れない。サマエルは、暴れる油屋。を見下ろし、ほくそ笑む。
「嬉しい……明日まではずっと一緒だ、フフフ。さぁ、何をしようか」
 大きな手に頭を撫でられて、心地よいと感じる余裕は油屋。にはない。
「サマエルの馬鹿ぁ!! 明日まで何もかも一緒なんて耐えられ……」
 ない、と叫ぼうとしたところで、腹部がぐううっと悲しい声をあげた。時刻を見れば、そろそろ食事の時間である。腹が減っては戦はできぬ、騒ぐ力も生まれない。それに相手はサマエルだ。自分に害を加えるとは考えられない。
「まぁ何とかなるか。何事も前向きに考えよう」
 油屋。は自らに言い聞かせ、すっくと立ち上がった。長身のサマエルを見上げる。
「とりあえずお腹すいたから冷蔵庫漁る。アンタも一緒に来て」
「冷蔵庫? 大したものは入ってないと思うが」
 そう言いながらも、サマエルは油屋。の後についてきた。ここはサマエルの家なのに、先導するのが油屋。というのはどういうことかと思ったが、何にせよ空腹には勝てはしない。
「えっと……」
 扉を開けて、中身を物色。
「お、生卵発見。これは、ご飯炊いてTKGに決定だね」
「……TKG? 何だそれは」
 腰をかがめたまま、油屋。の隣で、サマエルは首を傾げた。油屋。が驚く。
「えー、知らないの? ならご馳走してあげる。柴漬けがあれば最高なんだけど……ないみたいだね。まあ贅沢は言わないよ」
 そこで油屋。は冷蔵庫の扉を閉じた。

 といだ米が炊けるのを待つ間、サマエルは必死で知識をかき集めていた。得意の政治に関する事ではない。そんなものより大事なものが、今はあるのだ。
 いつもうまくいかない料理。そんなものだと思っていたが、せっかく油屋。がいるのだ。少しでもマシなものを出したいではないか。
「冷蔵庫にあったのは、ベーコンとウインナーと……」
「ってなにぶつぶつ言ってるの?」
 油屋。に聞かれ「食事のことだ」と短く返す。
「食事の事? 大丈夫、TKGは美味しいから!」
「……それだけではと思ってな」
「そう? じゃあベーコンとかウインナー、適当に焼く?」

 米が炊け、蒸らす間に、油屋。はフライパンを取り出した。
 じゅうじゅうと肉の焼けるいい匂い。フライパンは少し放置で、レタスを洗う。それをサマエルは、隣で見ている。
 二人の間は鎖の長さの60センチ。触れあう場所はないから、普段ならば相手の動きを感じることはない。しかし今は、繋がっている。
 油屋。が動くと、小さな金属音とともに、彼女の体が作った振動が、サマエルに伝わるのだ。隣を見ずとも、油屋。がそこにいことがわかる。それはサマエルの心を安心させた。
「……が、動きにくいな」
 ――早瀬は気にならないのだろうか。

 食卓に並んだ物は、焼いたベーコンにウインター、ちぎったレタス、そして湯気の立つ白米である。
 湯気を上げる白米の上に、油屋。は箸でといた卵をかけた。とろりと混じる、白と黄。そこに一筋しょうゆを垂らして。
「ほい完成、TKG!」
「これが……」
 差し出された茶碗を受け取ったサマエルは、油屋。を真似して、卵ののった米を箸でかき混ぜた。生卵を食べる習慣がないサマエルからしたら、狂気の品に見えなくもない。ためらう一瞬のうちに、油屋。が言う。
「まあ騙されたと思って食べてみなって」
 ぱくりと一口、口に入れる。
「……なかなか、美味いじゃないか」
「でしょ?」
 しかし油屋。は、そう言いながら、TKGを食べても「美味い」とは言わなかった。そのかわり、苦笑してサマエルを見る。
「ご飯かたいよ。サマエル、炊くの下手だね」
「貴様こそ、人のことを言える立場ではない」
 焦げたベーコンを食べながら、サマエルは笑う。でも確かに、今日は水の分量を間違えてかもしれない。きっと、隣に油屋。がいたからだ。
 TKGを咀嚼しながら、呟く。
「……次は上手く炊けるようにする」
「お、いいね! 楽しみにしてるよ」
 破顔した油屋。を見て、サマエルは思う。彼女といる時間の全てが幸せだ。
 ――この人を、ずっと繋ぎとめておけたらいいのに。

●それは幸せな夢への入口

 背後で動く気配を感じるたびに、Elly Schwarzは身を硬くした。相手に触れてはならないと、背筋をまっすぐに伸ばし、息まで詰めている。こんなことなら、初福袋の中身に落胆していたときの方が気が楽だった。
 ……クルトさんは、この状況をどう思っているのでしょうか。
 背中越し。振り返って聞きたくはある。でも、その勇気はない。
 エリーはついに目を瞑った。

 その反対で、Curtもまた、背中を強く意識していた。同じ場所に住んでいるとはいえ、寝室は当然別だ。まして一緒のベッドなど、入ったこともない。
 女と寝ることは、初めてではない。だが、エリーはただの『女』とは違う。
 ため息をつきたいが、つけば相手に聞こえてしまう。そして聞こえれば、エリーはその理由を考え込むだろう。
 何とも言えない想いを抱えたまま、クルトは目を閉じた。
 ことの発端は、つい数時間前のことだ。


「福袋を買う機会なんて、今までになかったんです……」
 震える手で、中身の入っていない袋を握りしめて。エリーはぽつりと呟いた。
「今年はお小遣いに余裕があると思って購入したのに……」
 そこではあ、と深いため息。クルトはそんな彼女にかける言葉が見つからなかった。ただ思うのは、中身がわからないというのは、怖いということだ。
 足首にはまっている輪と、繋がる鎖、そしてエリーの細い足首を見る。
 エリーの福袋初体験が、この中身だったこともそれなりに気の毒ではあるが、クルトにとって問題なのは、こうして繋がったまま明日の朝まで過ごすことだ。
 エリーは気付かないのか? 俺を男として見ていないことはないと思うが。……といっても、露骨に避けられても厄介だ。
 さてどうしたものか、とクルトは困惑する。翌朝までの時間は、まだまだ残されている。

 とりあえず入浴は諦めた。トイレはいろいろ問題ではあったが、背中を向けて目を閉じ耳を塞いで、何とかした。鎖の長さがもう少し長ければドアの前で待機でよかったのにと思わないでもなかったが、短いものは短いのだから仕方がない。
 そのうちエリーは初福袋のショックから立ち直り、クルトを意識し始めた。
 ――クルトさんと、距離が近すぎます。
 しかし緊張しているのはクルトも同じ。
 ――これから同じベッドで寝るんだぞ。
 どうしよう。どうしたらいい。ふたりは顔を見合わせて、共に足に視線を落とし、寝室方面に目をやった。
「そ、それでは……寝ましょうか!」
 先に言ったのはエリーで。
「……そ、うだな」
 同意をしたのはクルトである。


 すうすうと、背後から寝息が聞こえ、エリーは思わず振り返った。
「クルトさん、寝ちゃったんですね……すごい」
 自然と声が漏れ、焦って唇を手で覆う。しかしクルトは目を覚ます様子がない。それをいいことに見入っていると、眉間にしわが刻まれていることに気付いた。
 このしわ、いつもなんでしょうか。
 何とか伸びないものかと、指先ですっと撫ぜる。そこでクルトの目が開いた。
「お、起こしちゃいました?」
 謝るつもりで口を開くと。
「って、へ?」
 腕を引かれた。
 気づけばクルトの胸の中。ゆるく抱かれて、呼吸が止まる。
「ク、クルト、さん……?」
「エリー……?」
 名を呼ばれ、クルトはぼんやりと腕の中に視線を向けた。
 なんでエリーがここにいる? 夢か? どうせ夢ならと小柄な体をきつく抱けば、小さな唇から吐息が漏れた。その音に、いっきに意識が覚醒する。
 ゆ、夢じゃねえ!
「わ、悪い!」
 とっさに小柄な体から手を離し、髪に隠れて見えない顔から視線を逸らす。
「状況を忘れていた……俺としたことが……」
 エリーの体がふるりと震えた。
「驚きましたが、大丈夫です。……ですから、顔を上げてください」
 声だけはしっかりしなくちゃ。言いながら、エリーはここが暗闇でよかったと思った。これならきっと、紅潮した頬も、潤んだ瞳もクルトには見えないだろう。この早鐘のような鼓動だって、聞こえないに決まっている。
「怖がらせたよな、すまなかった」
 クルトはエリーの背中に手を置いた。それはエリーに触れるか触れないかの距離だ。驚かせまいとしてくれるクルトの優しさに、エリーの体から、ふっと力が抜けていく。
 この優しいクルトさんがパートナーでよかった。
 安堵は睡魔を連れて来て、耐えられずエリーはそっと目を閉じる。
「……なんか眠くなっちゃいました。おやすみなさい、クルトさん」
 クルトはエリーの体温を感じながら、今度こそ細く息を吐いた。しかしこれは、ため息ではない。彼女がここにいることに対する喜びだ。
「おやすみ、エリー。また明日」



依頼結果:大成功
MVP
名前:リゼット
呼び名:リズ
  名前:アンリ
呼び名:アンリ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 01月10日
出発日 01月17日 00:00
予定納品日 01月27日

参加者

会議室

  • [4]エリー・アッシェン

    2015/01/13-00:48 

    うふふ……、苗字がアッシェンで黒髪な方のエリーでございます。
    油屋。さん、リゼットさん、Ellyさん、お久しぶりです!

    しかし、精霊と足首で繋がってしまうとは……。うふぅ……、困った事態ですね。
    いえ、前向きに考えましょう! これは、二人三脚を極めるチャンスだと!

  • [3]リゼット

    2015/01/13-00:44 

    おいっす。えらいことになっちまったが
    まあ明日になりゃなんとかなるんだし、おとなしくしてようぜ。
    それはそれとしてトイレに行きたいんだが…

  • こんばんわ。Elly Schwarzです。
    お久しぶりの方ばかりで、またお会いできて嬉しいです!

    しかし困った状況ですね……。
    初めての福袋の中身が、まさかこのようなものだとは……。(深く落ち込んでいるようだ。

  • [1]油屋。

    2015/01/13-00:21 

    油屋。:

    こんちはー!油屋。だよっ!!
    皆お久しぶりだねっ また会えてうれしいよ……こんな状況でなければ!

    サマエル:

    イケメンと手錠で繋がれるなんて美味しい展開じゃないか。何故そう嫌な顔をする?

    油屋。:

    (ジト目)


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