【指南】この手に再び戻るもの(白羽瀬 理宇 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

それはとても神秘的で美しい森だった。
季節は冬だというのに花々が溢れて蝶が遊び、七色の陽光が木々の隙間から降り注ぐ。
周りには自分達以外の人の気配が無いにも関わらず、時折、笑い声や楽の音が風に乗って聞こえてくるが、
少しも不気味だとか恐ろしいとか感じないのは、それら全てがとても心地良いものだからだろう。

そう、ここは永久の深森。
人間界と天界の狭間にある森なのだ。

元々あなたは紅月神社鎮守の森をパートナーと共に散策していたはずなのだが、
いつの間にやらこの森へと入り込んでしまっていたらしい。
ここが永久の深森と呼ばれる場所であるという事は分かっていないが、
今までいた鎮守の森とも違う雰囲気に「どこかに迷い込んでしまった」という感覚はある。

どうしたものかと考えるあなた達の前に、ヒラリヒラリと一羽の蝶が舞い出てきた。
瑠璃のような、翡翠のような、美しく輝く羽を持った、手のひらほどの大きさの蝶。
それがまるであなた達を誘うように、目の前を行ったり来たりする。
その仕草に惹かれてか、或いは何か心に訴えかけるものがあったのか、蝶の後を追うように歩き始めるあなた達。

しばらく光溢れる森の中を歩いたと思うと、ふとあるところに蝶が降り立った。

「……これ、は?」

蝶が羽を休めている『それ』
『それ』は、あなたがいつかどこかで失ったものだった。

そっと手を伸ばせば、蝶はそれをあなたに譲るように飛び立ち、森の中へと消えてゆくだろう。

『それ』は古びたペンダントだろうか、或いは忘れていた記憶だろうか。
『それ』を手にした時、あなたには驚きや戸惑いがあるかもしれない。
けれども『それ』は、きっとあなたに幸せな気持ちをもたらすだろう。

『それ』は永久の深森で宴会をしていた神様からのお年玉。
幸せそうに微笑むあなた達の姿を、初恋宮に新たにやってきた甕星香々屋姫が鏡から覗いておりましたとさ。

解説

●プランに書いていただきたいこと
・何を見つけるのか
・神人と精霊、どちらが失くしたものなのか
・どういった反応を示すのか

●失くしたものについて
装飾品や道具など形のあるものでも、記憶や昔はできていた特技など形の無いものでも構いません
形のあるものの場合は、蝶が羽を休めた場所に『それ』がありますが
形の無いものの場合は、蝶があなたの身体の一部に留まったり、蝶が光を放ち、その光の中から何かの光景が見えると思います
驚きや戸惑いがあっても構いませんが、このエピソードの最後には幸せな気持ちになれるようなものを見つけてください

●永久の深森
紅月神社鎮守の森を歩いていると偶然入り込んでしまう、人間界と天界の狭間にある美しい森です
お正月期間である現在は、東方の神々が集まって宴会をやっていますが、神様の姿は人間には見ることができません
笑い声や音楽などが聞こえてきます

●蝶
迷い込んできたあなた達に興味を持った一柱の神様が姿を変えて出てきたものです
お年玉として、失くしたものをあなたに届けてくれます

●紅月神社
タブロス周辺にある謎スポットの一つで異空間にありますが、ゲートである鳥居を通ることでいつでも行くことができます

●甕星香々屋姫
「初恋宮」に新しく着任した10歳の女神様です
「地上のカップルはけしからん!!」と息巻いてあなた達を観察していますので、
『共にあることの素晴らしさ』を見せてあげられるといいですね

●その他
永久の深森に入る際、何故か500Jrを落としてしまいました
どうやら神様達の酒代にされたようです

ゲームマスターより

新年あけましておめてぃめっと!

今回は神様からのお年玉ということで、失くしたものを見つけてください。
大切なものでも、何でもないものでも、幸せになれるようなお話しにできたら良いと思っています。
落とした財布を見つけてコメディーに走るもよし、二人の思い出の品を見つけてしっとりするもよし、
皆様のプランを楽しみにお待ちしております。

今年も……いや、今年は、楽しいお話をお届けできるよう精進して参ります。
どうぞよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

篠宮潤(ヒュリアス)

  「こ、れ…」
見つけたのはありふれた家族写真。幼き頃亡くなった母も映っている物

「ヒューリ?えっと…写真も嬉しい、し…思い出、かな…家族と、の。
振り返ると、懐かしい、気持ち…」
どこか違和感ある質問。首傾げ

鞄から何かを取り出す
徐ろに精霊へ近寄り、手にはめた物で横顔モフッ(羊パペット※装備欄参照)
「…『元気?』」
大変棒読み腹話術。羊の手で相手の肩つんつん
「そ、の…縁起物、らしいから、神社来る、なら…
ご利益、感謝しようかなって、持ってきて、て…」ごにょ
笑い声にきょとん
後、ホッ
(どこか…寂しそうに見えた、けど…よかった)

帰り際、ふと振り返りまだいるかいないか、蝶へ向けて
「写真、ありがとう、だ…」
嬉しそうに



クロス(オルクス)
  失くしたもの
☆桜付十字架ネックレス
☆神人

心情
「ホントだ
まぁ歩いてれば元の道に戻れるか…
そうだな(微笑」

思い出
・7歳位に村の入口に傷だらけで倒れている男の子
・酷い傷だったので直ぐに家に連れ帰り手当
・半年程同居
・悪魔の羽をした耳に頬には逆さ十字架の刺青のマキナ
・名前はディオス
・気付くと姿無くネックレスと手紙が添えてあった

反応
「蝶々だ、綺麗…
えっ!?コレ、アイツからの!
コレ?俺のだよ
あの時に失くした筈なのに
違うよ
オルク落ち着け話すから
(話終了
さぁな、訳は聞いてねぇ
そういや昔ディオと契約の約束したな
ふふ嫉妬か?
何心配すんな
俺はオルクの恋人兼相棒
死ぬ迄一緒だよ(背伸びし額キス
約束のおまじない、だ(微笑」



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  すごく不思議なところに来てしまいましたね…綺麗でとても神秘的。
あの蝶々私達を案内してくれてるみたいですね…行先も決まっていませんし…ついて行ってみませんか?
(そっと手を取る)

あれ…私の髪に止まった?

『シャルルと出かけることができるようになったらボクと一緒にシャルルの行きたい場所にいっぱい行こう』

これはきっと私が忘れてた『約束』
それでもノグリエさんは約束を果たし続けてくれたんですね。
去年は色んな場所に連れて行ってくれました。きっと今年も。
「ノグリエさん約束、守ってくれてたんですね…ありがとうございます。今年も…いっぱいいろんな場所に行きましょうね」
大事な約束。今度は忘れたりしませんから。


出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
  いつの間にか変な所に迷い込んじゃった
でも綺麗ね、お賽銭奮発したおかげかしら
しばらく歩いていたら、蝶が何かに止まったのを見つけた
これ何かしら…?

手縫いの古いおくるみ
内側に自分の名前と両親の名前とおぼしきものが書かれた布が縫い付けられてる

あぁ、懐かしいな…
赤ん坊の頃これに包まれていた所を発見されたの
先生の話ではこれを持っていないと夜眠れなかったそうよ
やだ…何で涙なんか
どうして今まで忘れてたんだろう
あたしは要らない子だと思ってた…捨てられたんだって
でも違った
会いたい…父さんと母さんに会いたい

おくるみを抱きしめ座り込んで静かに泣く

いつか二人を弔いたい
そしてレムを紹介したいの
素敵なパートナーができたって



●知りたい過去

 歩いていた足を止め、周囲を見回す出石 香奈。
「いつの間にか変な所に迷い込んじゃった」
「道に迷った……わけではなさそうだが、一体どこなのだ?」
 レムレース・エーヴィヒカイトもまた、香奈と共に立ち止まり不思議そうに周りの木立に視線をめぐらせる。
 見慣れない場所ではあるし不可解な出来事でもあるが、嫌な気配などは一切ない。
 むしろその空気は優しく清涼で、真冬の寒ささえも和らいで感じるくらいであった。
「でも綺麗ね、お賽銭奮発したおかげかしら」
 特に緊張などの様子は見せず、むしろ少し楽しそうに香奈が言う。
 賽銭の額で待遇を変えられたのでは、実入りの良くない者はたまったものではないだろう、
 香奈の発言にそう思わなくもなかったが、レムレースが黙っていると二人の前に一羽の蝶が現れた。
 まるで薄く削られた瑠璃か瑪瑙がヒラヒラと風に舞っているのではないかと思えるような蝶。
「ついて行こう」
 香奈を促すレムレース。
 その蝶が不意に一本の木の根元、正確に表現するならば木の根元に置かれたものの上に降り立った。

 それは白っぽい布のように見えた。
 興味を持った香奈が手を伸ばすと、蝶はまるでそれを香奈へと譲るかのように羽ばたき、今度はあっという間に森の木々の中へと消えていってしまう。
「これ何かしら……?」
 蝶を見送っていた視線を、手にとった布へと戻す香奈。
 白く柔らかなガーゼ生地の周りにコットンのレースが縫いつけられた、90cm四方ほどの大きさの布。
「これは……!?」
 それは一枚の古びたおくるみだった。
 生地も装飾のレースも、すっかりくたびれて張りを失ってはいるものの、人の手で一針一針紡がれた縫い目は少しも綻びてはいない。
 おくるみの内側を見てみれば、名札のような布が縫い付けられている。
 丁寧な字で綴られた香奈の名前。そして更に両親の名前とおぼしきものも記されていた。
「あぁ、懐かしいな……。赤ん坊の頃これに包まれていた所を発見されたの」
 駅のコインロッカーの中にいたという香奈。
 夏物の産着1枚と、このおくるみ。それだけが、暗くて狭い四角い空間で泣き声を上げる赤ん坊の香奈を慰めるものだった。
「先生の話ではこれを持っていないと夜眠れなかったそうよ」
 懐かしむように表面を撫で、幼い子供がするのと同じ仕草で香奈はおくるみに頬を寄せた。
 透明なしずくが一つ二つと香奈の目から転がり出し、おくるみに吸い込まれてゆく。
「やだ……何で涙なんか」
 自嘲するように呟かれた言葉は崩落の合図だった。
 膝から力が抜け地面にへたり込んだまま、香奈はおくるみを抱きしめて涙を流す。
 そんな香奈の隣に腰を下ろしたレムレースは、ただ黙って香奈の頭を撫で続けていた。
「どうして今まで忘れてたんだろう。あたしは要らない子だと思ってた……捨てられたんだって」
 感情の昂ぶりに震える香奈の指が、愛おしい誰かを撫でるように、おくるみの内側に縫い付けられた名札の上を何度も行き来する。
「でも違った」
 丁寧な文字、丁寧な縫い目。これが愛情でなければ一体何だというのだ。そのことにレムレースは心中密かに安堵する。
「お前もきっと愛されていたんだな。これを見ればわかる」
「会いたい……父さんと母さんに会いたい」
 香奈のそんな言葉にレムレースが静かに、だが力強く頷いた。
「これはきっと手がかりにもなってくれるだろう」
 レムレースと香奈、二人で香奈の出生について調査していたが、まだ何も掴めていなかったのである。
 この手縫いのおくるみは、香奈に愛されていたことを思い出させるだけでなく、香奈を両親へと繋げる手助けもしてくれるに違いなかった。
「それに要らないなどということはない。お前は俺のパートナーなのだから、いてくれなくては困る」
 レムレースらしい朴訥な言葉に、香奈は涙目のまま小さく笑いをもらした。

「落ち着いたか?」
 涙ぬ濡れた顔を拭いながら立ち上がる香奈と、それに手を貸すレムレース。
 小さく礼を言った香奈がおくるみに目を落としながら言う。
「いつか二人を弔いたい。そしてレムを紹介したいの、素敵なパートナーができたって」
「弔いか……分かった、約束しよう。その時まで、いやそれからも香奈と共にいる」
 お前は俺の、そして俺はお前のパートナーなのだから。
「二人で探そう」
 その言葉に香奈が頷きを返した時だった。
 不意に周囲の景色が揺らぎ、まるで二人を包んでいたスクリーンが落下して外の様子が見えてくるように風景が切り替わる。
「戻った……ようだな」
 レムレースの言葉通り、そこは紅月神社鎮守の森の中であった。
 まるで夢のような出来事だったが、今の香奈の腕の中にはおくるみがしっかりと抱かれている。
 二人、並んで帰り道を歩きながらレムレースは密かに自問した。
(自分が知りたいから香奈の過去を探しているのかもしれない)
 過去を知りたがっている香奈のため、ではなく香奈の過去を知りたいと思う自分のため。
 友人としてそれが正しいのか否かは分からなかったが、香奈の事をもっと知りたいとレムレースは思った。


●キミはオレのもの

「あ?オレ達いつの間にか迷ったか?」
 周囲に目を走らせつつ首を傾げるオルクス・シュヴェルツェ。
「ホントだ。まぁ歩いてれば元の道に戻れるか……」
 軽く肩を竦め、クロス・テネブラエはのんびりとそう返す。
 その言葉に小さく笑ったオルクスが微笑みながらクロスに手を差し伸べた。
「クーの言う通りだな。戻れる迄散歩デートだな」
「そうだな」
 オルクスの手を取り歩き出すクロス。
 オーガ討伐もない新年の一日。恋人同士でゆっくりと過ごすのも良いものだ。

 何気ない会話を交わしながら歩いていた二人だったが、不意にクロスが宙を仰いで足を止めた。
「蝶々だ、綺麗……」
 二人の眼前を舞う、碧とも翠ともつかぬ神秘的な色合いの蝶。
 まるで夢の中のように不思議な色彩を放つ森の中にも蝶がいたことにオルクスは少し驚く。
「へぇ、こんな所にも蝶々がいるんだな。しかも……」
 蝶の羽の色とクロスの髪の色が少し似ている……とオルクスは思った。
「綺麗だ……」
「そうだな」
 蝶の羽だけを見ながらクロスが頷いた。
 
 歩く二人から離れず舞っていた蝶が、不意に引き寄せられるように二人の数歩先の地面に降り立った。
 いや、正しく表現するならば『地面に置かれた何か』の上だ。
「ん?あれは、ネックレス……?ってクー!?いきなり走るな!」
 突然駆け出したクロスに、繋いだままの手を強く引っ張られてオルクスが叫ぶ。
 オルクスの訴えを完全に無視して、クロスは地面に置かれたネックレスへと急いだ。
「えっ!?コレ、アイツからの!」
 近づいたことにより、ネックレスの全容がよりはっきりと見えるようになる。
 それは桜の花で装飾された十字架だった。驚きと共にクロスは地面の上のネックレスを拾い上げる。
「コレはクーのなのか?」
「コレ?俺のだよ。あの時に失くした筈なのに」
 手に乗せたネックレスを懐かしげに見つめるクロスに、オルクスが詰め寄る。
「アイツってネーベルか?」
 ネーベルというのはクロスの幼馴染だった男性の名前だ。
「違うよ」
「良かった、違ったのか…」
 クロスの否定の言葉に、オルクスはあからさまにほっとした表情を浮かべる。
 自分以外の男から贈られたものにクロスがそれほどの思いを向けるというのは、オルクスの心を乱すのに十分な材料だった。
「じゃぁ誰から貰ったんだ?妹のクロノスからか?親からか?」
「オルク落ち着け話すから」
 矢継ぎ早に問うオルクスを、クロスが軽く手を挙げて制止する。
「すまん、聞き過ぎた……」
 肩を落とすオルクス。安心させるようにオルクスに微笑みかけると、クロスは話をはじめた。

 それはクロスが7歳くらいの時の事だったという。
「村の入り口にマキナの男の子が倒れてたんだよ。傷だらけでさ」
「へぇクーの村にマキナの男の子が……。オーガに襲われたのか?」
「さぁな、訳は聞いてねぇ」
 理由までは分からなかったが、満身創痍の少年はクロスの家に運び込まれて手当てを受けたそうだ。
 ディオスと名乗った少年。
 彼の頬には、子供には不似合いな逆さ十字架の刺青が施されていた。
「それと……」
 ディオスの耳は、まるで悪魔の羽のように見えたんだ……そう言おうとしてクロスは口を噤む。
 マキナの耳は機械のような形だ。それ以外はあり得ない。
 だからそれはまだ幼かった自分の記憶違いか、或いは子供の頃は知らなかった機械の形状を『悪魔の羽』だと思ったのだろう。
「それと?」
「いや……何でもない」
 首を振り、クロスは話を先へと進めた。
 怪我の療養も含め、結局ディオスは半年ほどをクロスの家で過ごしたのだが、ある日、急に姿を消して二度とクロスの前に現れることは無かった。
「その時に残されてたのが、手紙とこのネックレスだったんだ」

 懐かしさの余韻に浸りつつネックレスを眺めているクロスの隣で、オルクスは一人首を傾げる。
(ディオスって聞いた事ある名だ……気のせいか?)
 しかしそんな思考もクロスの次の言葉により、木っ端微塵に吹き飛ばされた。
「そういや昔ディオと契約の約束したな」
「ってはぁ!?契約!?オレは認めん!」
 尻尾の銀色の毛並みをぶわっと逆立てて怒鳴るオルクス。
「それに!クーはオレの、だし……」
 勢いで怒鳴ってしまったものの恥ずかしさに襲われて、オルクスの声が段々と小さくなる。
 そんなオルクスの様子に嬉しさの混ざる優しい微笑みを向けてクロスが言った。
「ふふ嫉妬か?」
「嫉妬で悪いかコノヤロー」
「何心配すんな。俺はオルクの恋人兼相棒」
 嫉妬を示したことをからかうように指摘されて、オルクスはむすっとした顔でうなずく。
 そんなオルクスを見てクスリと笑ったクロスが、不意に背伸びをした。
「死ぬ迄一緒だよ」
 そしてうつむき加減となっていたオルクスの鼻先にキスをする。
 本当は額にしたかったのだが、背伸びをしただけでは届かなかったのだ。
 トランスで慣れている頬へのキスとは違う口づけに、真っ赤な顔で頷くオルクス。
「約束のおまじない、だ」
 死が二人を分かつまで、真心を尽くすことを。


●忘れない約束

「おや、雰囲気の違う場所に迷い込んでしまったみたいですね。それでも嫌な感じはないので大丈夫でしょう」
 いつも通りにニコニコと細められた目で周囲を見回しながら言うノグリエ・オルト。
「すごく不思議なところに来てしまいましたね……綺麗でとても神秘的」
 興奮からか白い頬を染めてシャルル・アンデルセンが頷く。
 バラのようなその色合いに惹かれたのだろうか、一羽の蝶が二人の目の前をヒラヒラと飛びまわる。
「蝶が……まるで誘ってるようだ」
 ポツリと呟くノグリエ。
 その言葉の通り、瑠璃とも翡翠ともつかぬ色合いの蝶は、二人に対し常に一定の距離を取りながら飛んでいた。
「あの蝶々私達を案内してくれてるみたいですね……。行先も決まっていませんし……ついて行ってみませんか?」
 蝶から目を離さぬまま、ノグリエの手をそっと取って歩き出すシャルル。
(おや、シャルルから手を引いてくれるなんて珍しいですね……)
 繋がれた手とシャルルの白い後ろ髪を順に見て、ノグリエは一人微笑みを浮かべる。
(たぶん蝶に夢中なんだろうけれど)
 それでもシャルルが自分から誘ってくれるというのは、ノグリエにとってはお年玉でも貰った気分だった。
 やがて森の中の少しだけ開けた場所。
 七色に輝く木漏れ日がまるでスポットライトのように降りてくる場所まで来ると、蝶が不意にその動きを変えた。
 一定した高さを安定した速さで進むのをやめ、ふわりと二人の上方にまで舞い上がる。
 そして……。
「あれ……私の髪に止まった?」
 蝶の行き先を目で追おうとして果たせず、微かな感触から蝶の位置を知ってシャルルが上目遣いのままに動きを止めた。
 蝶は、シャルルがいつも身に付けている羽の髪飾りの近くに降り立ったのである。
 その様は、まるで揃いで作られたもう一つの髪飾りのようにも見えた。
 美しい、生きた髪飾りを頭に乗せたシャルルを見下ろしつつ、その様子にノグリエはそっと笑みを漏らす。

 次の瞬間、蝶の羽が木漏れ日を反射したのかとノグリエは思った。
 しかしそれは違った。
 蝶の羽そのものが、蒼とも翠ともつかぬ深い色の光を放ったのである。
 まるで炎色反応のように蝶は輝き、消えていった。
「……消えてしまいましたね」
 驚きに、半ば呆然としたようなノグリエの言葉は、しかしシャルルの耳には届いていない。
 何故なら、その時シャルルはノグリエ以上の驚きの中にいたのだ。

『シャルルと出かけることができるようになったら、ボクと一緒にシャルルの行きたい場所にいっぱい行こう』
 シャルルの耳の中によみがえるノグリエの声。
 それはシャルルが忘れていたノグリエとの約束だった。
 どれほど大切な約束だったのだろう、そして何故自分は今までそれを忘れていたのだろう。
 これまでも、そして今も。ずっと自分の隣に立ち続けてくれているノグリエの顔を見上げるシャルル。
 例え私が約束を忘れてしまっていても……。
「それでもノグリエさんは約束を果たし続けてくれたんですね」
 その言葉だけで、ノグリエにはシャルルの中に起こった変化が何であったか分かったようであった。
 約束を思い出した様子のシャルルに、いつもニコニコと目を細めているノグリエがめずらしく目を見開く。
 少し新鮮なノグリエの驚いた顔に微笑みを返して、シャルルは言った。
「去年は色んな場所に連れて行ってくれました」
 ノグリエは、思いついたり興味を持ったことを数多く語ることはしないけれど、きっと今年もまた色々な場所へとシャルルを誘ってくれるのだろう。
「あの時の君はそれが果たされるなんて半分も思ってなかったみたいだけど」
 シャルルを連れ出したのは、シャルルのためというよりも自分のため。
 いつもの笑顔に戻ってノグリエは言う。
「キミが幸せになるためにというよりはボクが幸せになるために……いろんな場所に行ったね」
「ノグリエさん約束、守ってくれてたんですね……ありがとうございます」
 約束を忘れてしまったのは、もしかしたらその頃はまだノグリエがしてくれる約束を信じていなかったからなのかもしれない。
 それでも約束を忘れるという、普通なら失礼な行為をしてしまっているシャルルに対し、ノグリエはをきちんと約束を果たしてくれた。
「今年も……いっぱいいろんな場所に行きましょうね」
 ニコリと笑いながら言うシャルル。
「また新しく約束を更新できるなんてそれ以上の幸せなんてなんてないよ」
 あまりわがままは言わないシャルルからのお願いに、ノグリエは微笑みを深くする。
「行きたい場所があるのなら何処にだってお連れしますよお姫様?」
 今日、蝶を見た時のようにまた手を引いてくれるのなら。
 そんなノグリエの答えに、シャルルが頷いた。
「大事な約束。今度は忘れたりしませんから」


●笑顔のキミ

 ごくありふれた家族写真も、見る者と見る時によっては深い感慨をもたらすことがある。
「こ、れ……」
 驚きに震える指で地面に置かれた家族写真を拾い上げる篠宮潤。
 何の不安も屈託もない笑顔を向けている幼い潤、現在よりもだいぶ若く髪にもボリュームのある父。
 そして何よりも潤の心に響いたのが、優しい微笑みを浮かべながら小さな潤を抱く、今は亡き母親の姿であった。
 食い入るように写真を見つめている潤。しかし、その傍らに立つヒュリアスには潤の胸に湧きあがるものを理解することができないらしい。
 愛しむように写真の中の母親の頬を指で撫でる潤と、潤が手にした写真を交互に眺めながら不思議そうに首を傾げた。
「写真が見つかり嬉しいのかね?それとも、写真というのは見ると特別な感情湧く物なのかね……?」
「ヒューリ?」
 ヒュリアスが理解できなかったものが何なのか、にわかには理解し損ねた潤が、ヒュリアスがするのとよく似た仕草で首を傾げる。
「えっと……写真も嬉しい、し。思い出、かな……家族と、の」
 写真に映るものを見ることで、ぞれを撮影した当時を振り返って懐かしい気持ちになるのだと潤はヒュリアスに説明した。
 それでもやはりヒュリアスには潤の感慨を理解することができないようで、無表情に潤の言葉を聞いている。
 やがてヒュリアスは、幸せそうな表情でじっと写真を見つめている潤に背を向けて、少し離れた場所に腰を下ろした。
 潤の感動を邪魔したくなかったという思いに加え、
 もし潤の気持ちを理解してやる事ができるならば、側にいて共に感想を言い合ったりすることも可能なのだが、それのできない自分では側に居ても意味がないと思ったからである。
「分からん、な……」
 流れるように落ちてくる七色の木漏れ日を受け止めるように広げた手の平を見つめて、ヒュリアスはポツリと呟いた。
 ヒュリアスは自分が写真に撮られることも好まない。画像として己の姿を残されることに抵抗があるのである。
 あのような笑顔で写真に写り、そしてそれを見て幸せそうな笑みを浮かべる、それはヒュリアスには経験のない感情であった。
(まだ……俺には足りんようだ……)
 今の自分は、ピースが欠けた未完成のパズルの絵のようだと、ヒュリアスは一人自嘲気味な笑みを浮かべた。

 しばらく写真に気を取られていた潤。
 ふと顔を上げると、傍らにいたはずのヒュリアスが少し離れたところでこちらに背を向けて座っていることに気づいた。
 何となくではあるが、その背中が落ち込んでいるように見える。
「……」
 そして潤は、何を思ったのか鞄の中から何か白くてモコモコとしたものを取り出した。
 ミトンのようにも見えなくもない、可愛らしい羊のパペット。
 それを手にはめ、潤はヒュリアスの後からゆっくりと近づくと……。

 モフン。
 
 ヒュリアスの横っ面に白い羊が抱きついた。
 存外心地良かった柔らかな感触と、視線の先に飛び込んできた予想外の白い物体。そして潤の突然の行動にヒュリアスは目を点にする。
「……『元気?』」
 腹話術っぽく作った、それでいて平坦な潤の声。
 世の中には棒読みという言葉があるが、それが棒なら、今の潤の声は長さ80cmほどもある長くて真っ直ぐな麺棒のようだ。
 ツンツンと肩をつついてくる丸くて白くてもふっとした羊の手。
「……まず、何故こんな物を持っているのかね……」
 頭の中に様々な『何故』が渦巻いてはいたが、とりあえずヒュリアスはそんな事を訊ねてみる。
「そ、の……縁起物、らしいから、神社来る、なら……ご利益、感謝しようかなって、持ってきて、て……」
 いや、聞きたかったのは何故羊のパペットを自分の顔に押し付けてきたのか……なのだが。
 そう突っ込みを入れようとしたヒュリアスだったが、口から飛び出したのは全く別の音声だった。
「ふ、はははは……っ」
 予想外のものと潤の行動に自分でも驚くほどびっくりした自分自身。そしてどこかズレた潤の励まし。
 それらがあまりにも可笑しく、そして嬉しくて、自覚すらないままに笑い声となったのである。
 今まで一度も耳にしたことのないヒュリアスの笑い声を耳にして、きょとんと目を見開く潤。
 けれども、すぐにほっとした様子の笑顔を見せた。
(どこか……寂しそうに見えた、けど……よかった)
 何だか分からないが、とにかくヒュリアスを元気付けることには成功したらしい。
「もう一度、見てもいいかね……?」
 未だ笑いの余韻を残したまま、潤の持つ写真を指して尋ねるヒュリアス。
 潤の気持ちはまだ分からずとも……きっと、一緒に見ることに何かの意味があるのだろう。

 やがていつの間にか森の景色が変わり、二人は帰路につく。
 鎮守の森を出る直前、後ろを振り返った潤がポツリと言った。
「写真、ありがとう、だ……」
 思い出の品を再び自分の手元に戻してくれたこと、そしてヒュリアスの笑い声を聞かせてくれたこと。
 とても嬉しい出来事だった。
 鎮守の森の木々の中、まるで応えるように蝶の羽がキラリと輝いて消えていった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 白羽瀬 理宇
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 01月05日
出発日 01月12日 00:00
予定納品日 01月22日

参加者

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