【愛の鐘】宿り木の下でキスをする(紺一詠 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 柊のリース、樅のツリー、ジンジャーブレッドマン、キャンディケイン、ヘクセンハウス。クリスマスのデコレーションは数あれど、宿り木のオーナメントほど心躍るものはない。
 ――……宿り木の下を行くものよ。何人であれ、其処にて争うこと勿れ。赦さるるは愛満つる口づけのみ。
 金色の実と常緑の葉の茂る宿り木を、球状の籠のなかにレースやリボンとともに飾り付け、天井から吊したそれは、Kissing Ballとも呼ばれる。
『宿り木の下に佇む人には、キスをしてもよい。二人は永遠に幸せな恋人同士となるであろう』
 小さなおとぎばなしのような、こんな言い伝えが、Kissing Ballの名の由来だ。

 とあるクリスマスパーティーに招かれた、ウィンクルム達。
 表向きの招待の理由は、
「パーティー会場の料理に、ウィンクルムの手によって、メリー・ベルの魔法をかけてほしい」
 しかし、主催者と一般参加者の真意は、
「噂のウィンクルムと一緒に、パーティーを楽しみたい」
 と、なんともみみっちい好奇心のほうにあるようだ。しかも招待される側だのに、参加費もとられるというのだから、大人の付き合いとはずいぶんとしょっぱい。
 まあ、メリー・ベルの魔法が必要とされていることに偽りはない。安い相場で飲み食いできるとわりきれば、それほど悪くもないはなしか――ところが、ここに、ウィンクルム達を惑わせる事実が判明した。

 パーティー会場には、多くの宿り木が飾られているそうだ。

 ウィンクルムはとかく耳目を集めやすい。うかうかと宿り木の下に立てば、キスを申し込まれること必至。毅然と断るべきか、受け入れるべきか。
 いや、問題は自分ばかりでない。パートナーだ。当日は、彼のもとにも、口付けをねだるものが、きっと沢山あらわれるだろう。そいつらをどうやって蹴散らしてやろうか。それとも、そんなお節介は迷惑か。彼の唇が奪われるのを、指をくわえてみまもっていろというのか。
 いいや、そのどれでもなく――自分も彼にキスを求めようか。ぜんぶ宿り木のせいにして。或いは、自分が宿り木の下へ行き、彼からのキスを待っていようか。しかし、そのとき彼はほんとうに自分のところへ来てくれるのか。そもそも、キスぐらいでいったい何をたじろぐというのか、必要があれば、トランスをおこなう関係であるというのに。それとこれとはわけがちがう。自問する、では、どこのなにが違うのか――……。

 様々な思惑が、絡み、縺れて、ほどけぬまま、パーティーは当日を迎える。

「あと、うちには、ぱんつを贈りあうカップルは幸せになる系の言い伝えもあるんですが」
「いえ、そういうの必要ありませんから」

解説

キャンディケイン:ステッキのかたちのキャンディ。薄荷味が中心だが、他の味もある。
ジンジャーブレッドマン:男の子のかたちをした、生姜入りのクッキー。
ヘクセンハウス:ミニチュアサイズのお菓子の家。作り手のセンスの見せどころである。

↑見事に食べ物ばっかりですが、私の趣味です。

・宿り木の飾ってあるクリスマス・パーティーで、駆け引きを愉しみましょう、なかんじ。
・参加費お一人200jr、つまるところウィンクルム一組で400jr。
・ウィンクルム以外のパーティーの参加者は、男女あわせて30人くらい。立食パーティーです。
・宿り木の殆どは、食事の邪魔にならないよう、壁際に飾ってあります。デザインについての詳細は、ご想像におまかせします。
・ウィンクルムをナンパしてくる人々の詳細も、ご想像におまかせします。
・メリー・ベルの演奏については、特にプランに盛り込む必要はありません。おそらくリザルトは、パーティー本番中心に描写します。
・かといって、別にメリー・ベルについてのプランが、禁止ってわけでもないです。宿り木のほうを無視してくださっても大丈夫です。それとはまったく別に、食欲に走ってくださっても、大丈夫です。
・食欲に走る場合、パーティーの料理は通常のクリスマスパーティーのメニューを、想定してください。あと、↑のお菓子もあることにしましょう、私の趣味です。

ゲームマスターより

最後の最後でさりげなくぱんつをねじこむストロングスタイル

たとえ相手が宿り木の下にいなかったとしても、キスするほうが持ち込んだ宿り木を、相手の頭上にこっそりかざして……なんてウラ技もあるそうですよ、奥さん。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハティ(ブリンド)

  どこか借り物のようだったウィンクルムの立場をこんな風に直に感じるのは初めてで
これまた借り物の衣装が辛うじて背筋を伸ばさせている
黒のスーツに艶のあるボルドーのタイはリンのものだ
手にしたジュースより随分と大人びているように思えて、嫌でもリンとの年齢の違いを意識させる
それが寂しいとは思わないが、不安はある
リンはこういうジンクスが好きじゃないのは知ってるし
アンタがどこを見てたって本当は構わないんだ。ただ、
アンタは俺を誰かに紹介したがるが、リンより好きにならないといけない相手なら、俺は要らないから
思えば男同士、連れが居るからという断り方は果たして正しかったのかと考えなくもないが
……心当たり?


羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
 
華やかな社交の場に気後れ
他の客と談笑する彼の姿に思わず視線逸らし、場を抜け出す

会場の隅へ佇んで、小さな溜息
(…恋って、もっとふわふわした楽しいものだと思ってたな)
気持ちを自覚して、それでも今まで同じ関係を保てると信じていた
それが他人と話す姿を見て、こんなに胸が掻き立てられるなんて

立ち塞がる見慣れた人影に指摘受け、慌てて弁解を紡ぎ
近付いた顔を避けはせずに強く目を瞑る

宛がわれた物を口にし、嚥下して段々と火照りだす顔
彼は俺を心配してくれたのに
…何処か期待していたような自分が、とても恥ずかしくて申し訳なくて
俺は落ち着いてから戻るよ、先に行って?
大丈夫、ラセルタさんの事ならすぐに見つけられるから



栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
  …人が沢山いる所って落ち着かないよね…
うん分かった…なんでだめなの?

・ついて歩くが目新しい物が沢山で無意識に離れ

あれ?アルどこ行っちゃったんだろう
逸れるなって言ってたのに…
この垂れ下がってるのはなんだろうな…

・赤いリボンで括られた丸型の宿木を眺め
声を掛けた相手に驚きつつ逸話を聞き

…え?キス?へぇ…そうなんですね…

・怒気を含むアルに目を瞬かせ
壁から離れ様とする袖を引く

…キス、しないの?先約なんでしょ?
…ねぇアル…僕は確かに無知だけど…何も知らない子供ではないよ?
大切にされてるのは知ってるよ…でも、それで君が何かを耐える必要はない

ウィンクルムとしてだけじゃなく僕は君が好きだよ

後悔なんてしないよ…


ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
  服装はタキシード
モノクル

サーシャが持ってきたヘクセンハウスを見て睨む
無視して飴を舐めながら壁際へ
宿り木の伝説は知らず複数に言い寄られるが一刀両断

足早に違う壁際へ移動
人が居ない時を狙いサーシャに何故自分と同じ十字架を持っているか話そうとすると邪魔が入る
やたらしつこい黒髪長髪のナンパ男に辟易し追い払う
その男に対しては悪寒が走る

落ち着いた時に再度聞くが話が脱線
思わぬ行動に首押さえて赤面
本気で抵抗しなかった自分に動揺

ペアリングをしてるので雪の結晶が舞う

台詞
…何故俺がサーシャ相手に逃げるような真似を
お前はしないだろう、得な事がないからだ
信用はしているが信頼はしていない
マフラー貸せ!

PL
アドリブ捏造大歓迎



●1
「馬子にも衣装ってな。なんとか見られるようになったじゃねえか」
「アンタの孫になった覚えは、ない」
 わざとがましくまぜっかえすハティを、ブリンドは睨み返す。いつもならば二言、三言、応戦してやるところだが、そこはマキナらしく現況を優先させたといおうか、これ以上諍いを演じても遅刻の原因になるだけだと判断した、ブリンド。実力行使に打って出る。
 即ち、ブリンドは抜き打ちでハティの襟元を引っ張り、パーティ会場に向かって歩き出したのだ。
「おい、引っ張んなよ。スーツが伸びるだろ」
「俺のスーツを俺がどうしようが、俺の勝手じゃねえか」
 そのとおりであるから、ハティは口を噤む。その隙を突いてブリンドは畳み掛ける、挑発を。
「悔しかったら、自分に似合うスーツを自分で選べるぐらいの大人に、なってみせりゃいいだけだろ」
 言外に、おまえは子どもだと断言され――しかし、反証を捻り出せないまま、気が付けば、ハティ、会場のど真ん中に放り込まれていた。
「俺、歌ったよな?」
 メリー・ベルを振り、ブリンドと一緒に声を揃えて、クリスマス・ソングを、他のウィンクルムと一緒に。想像するだにぞっとしないが……しかし、終わらせてしまったようだ。不安になってブリンドを見遣るが(口惜しいことに、一瞬で見付けてしまった)、彼は素知らぬふうで、パーティのゲストと会話に興じている。
 だからハティも好きにする。
 口を湿らせるべく手近なジュースを手に取ると、ハティ、会場の一角に向かった。そこには、金色の枠に縁取られた豪奢な姿見が、据え置かれている。
 己の全身を鏡に写す、ハティ。自己陶酔の趣味はない。ブリンドの趣味を、パーティという正式の現場において、改めて把捉したくなっただけだ。
 ダークスーツ。一歩まちがえれば野暮なビジネスツールになりかねないそれに、静かに艶めくボルドーのタイが、柔らかなニュアンスを与えている。
「……黒猫みたいだな」
 少々無理を推して背筋を伸ばす己の鏡像を、ハティ、そんなふうに評した。詰まるところは借りてきた猫、意にそぐわぬリボンを首に巻かれ、不承不承、飼われているような。
 鏡面の傍らには、ブリンドの有り様も、左右反対の現実となって見える。彼のパープルストライプのスーツにブラック・タイ。
 日毎に差し替える眼鏡のフレームの、本日の色合いは、やはりボルドー。ハティの差し色に合わせた、と、したり顔でそんなことも言っていた。
「差し色ってなんだよ。色がナイフみたいに刺すのかよ、物騒だろ」
 ナンセンスな独り言であったが、耳に留めた客がいた。おもしろいわね、と、声をかけられる。それが呼び水となったか、ハティの周囲に、三々五々と人が集まる。
 普段ポーカーフェイスをつらぬくハティだが、人付き合いができないわけではない。所詮借りてきた猫だからと開き直ってしまえば、そういうふうにふるまえる。
 ふいと目が合うブリンドは、対岸の火事のごとく、知らん顔だ。まだ不満かよ、と、ハティはむっとする。そりゃまあ『大人』のアンタにゃ俺なんて、卵の殻を背負ったままのひよこも同然だろうけど。
 ウィンクルムという悪縁で連なっているとはいえ、ハティはブリンドの深意まで察知することはできない。知らん顔と評されたブリンドが、内心、己のわだかまりを上手く分類できていないことを。
 ――……後で笑ってやろうと思ったのに、意外と面白くねえ。
 道徳的でも禁欲主義でもないと自負するブリンド、それなりの経験はこなしている。だから、ハティだって好きにすればいいと考えていたのに。
「おい、」
 だのに、遮りたくなる。欲望か、衝動か。迂闊にもブリンドが呼び掛けると、ハティはむしろ助かったといいたげな、頼りない視線を寄越した。ブリンドは辛うじて内心の躊躇いを隠すことに成功する。
「パーティで、なんて面ぁしてんだ」
「好きでもない相手に草々こびへつらえるほど、人間ができてないんだよ」
 ましてや場所が場所だ、と、ハティが視線を止めた先の宙ぶらりん、宿り木。
「気付いてたのか」
 馬鹿にするな、と、ハティはブリンドに抗議する。が、その声に然程の躍起さはみられない。澱むような無言をはさみ、
「……リンがこういうジンクスが好きじゃないのは、知ってるし」
 重く呟く。視線は外す。
「リンより好きにならないといけない相手なら、俺は要らないから」
 独り言。故意に掛け違えたボタンのように、伝わることを前提としない。
 ――……こいつがこんなこと言ってるのは俺しか知らねえからだ。
 そう思っても、けれど、ブリンドもまた本心を口に出来ず、声にしたのは別の一言。
「そのうち、どっかの女に刺されるんじゃねえか」
「あ? また差し色の話かよ」
「テメーにしちゃ上等なジョークだな」
 たいへんよくできました。称賛する代わりに、ブリンドはハティのタイを引く。ハティ一人分の抵抗を、ブリンドは肩で抱き止めた。

●2
 ドルチェのようだと感じた。
 球状の容れ物のなか、深紅のリボンを取り合わせた、飴色の実を。
 いつかこんな焼き菓子を、アルに作ってもらったね。そう考えたときには、足が動いた、栗花落 雨佳。近くで目を凝らせば、菓子の名を思い付きそうな気がしたのだ。アルことアルヴァード=ヴィスナーに「壁際には絶対に近付くな」と念を押されたことなど、すっかり失念していた。
 いや、もしかすると、雨佳はつむじを曲げていたのかもしれない。大海に投じられた一滴から生まれる水沫ぐらいには。「はぐれるな」と人に指図しながら、アルヴァード、訳すら教えてくれなかったのだから。
『はぐれても壁際には行かないように。分かったか?』
『分かった……なんでだめなの?』
『なんでもだ』
 自分は悪くない、彼が勝手に行方をくらましたのだ。実際、雨佳が首を巡らしても、アルヴァードは何処にも見当たらないではないか。
 が、実のところ、これは雨佳の主観である。何処にも、と、強く言い切れるほど、雨佳はきちんと周囲を窺ったわけではない。気疲れが昂じ、それどころではなかった。
 アルヴァードはアルヴァードで、彼なりの言い分があった。立食形式のように個人の判断にまかされた会食では、きっと雨佳は、みずから食をとろうとはしないだろう。だから、アルヴァード、雨佳の分までサーブしようとする。
「雨佳。とりあえず適当に、冷菜をみつくろってきたから……」
 料理人の習い性を発揮させた、まったく『適当』ではない一皿を仕上げたときには、そこそこの時間が経っており、雨佳の姿は見当たらず。
「あの馬鹿……っ」
 然程おおきい会場ではなかったから、すぐさま雨佳の居場所に勘付く。と、天を仰ぎたくなる、アルヴァード。
 こうなってほしくない、と、アルヴァードが想定していたうちでも最も低次元のシナリオに、雨佳は巻き込まれていた。宿り木の下、身形のととのった男に言い寄られているよう、しかも、その男は壁という障碍を巧みに用い、雨佳の逃げ場所を封じている。
「キス? へぇ……そうなんですね……」
 だのに、雨佳はその男に微笑みかける。赤い、紅い唇を和らげて。生理的反射となんら変わらぬ、形式上の笑みだと分かっていても――だからこそ、といってもいい――アルヴァードにとって気分のいいものではない。
 皿を片手でキープしたまま、アルヴァードは大股で雨佳のもとへ歩み寄る。雨佳と雨佳を口説こうとしていた男のあいだに、もう片方の腕を入れる。怒気といおうか、敵意といおうか、アルヴァードの身体から、滾々として尽きぬ、ぴりぴりした激情。
「悪いな。先約だ」
 余ったほうの腕で、壁から雨佳をしゃくいとる。
「はぐれるなって言ったよな? 行くぞ」
 夢から醒めたように、やおらまたたきする雨佳。彼の仕種を了承だと解したアルヴァードは彼を伴い、一歩、二歩、と。だが、そこまでだ。袖を引かれて、アルヴァードは振り返る。
 雨佳の口辺が歪んでいる、不満気に、ほんとうに、少しだけど。
「あの人から聞いたよ。アルはどうして教えてくれなかったの」
「なにを」
「宿り木の話」
「……あ、ああ」
 アルヴァードは辟易ろいだ。少女趣味にすぎる言い伝えが極まり悪かっただけなのだが、申し開きすることすらやはり極まり悪く、おのずと返辞は要領を得ない。
 二人の感情の向きは、入れ違う。つい先刻まで荒れ気味であったはアルヴァードであったのに、留め金を外されたのは、雨佳のほうで、
「キス、しないの? 先約なんでしょ?」
 アルヴァードが発音すら避けていたその言葉を、躊躇いもせず、言い切った。
 そのあとは、口の中が渇くほどの沈黙。先に耐えきれなくなったアルヴァード、悲鳴じみた長息をつく。
「なぁ雨佳、あまり俺を翻弄しないでくれ」
 悲鳴じみた、泣き言じみた、うわごとじみた、詮ずる所そのどれでもないアルヴァードの肉声。
「俺がお前をどういう風にみてるか、どういう風にしたいかとか、お前は分かっちゃいないだろ……」
「アル、それじゃあさっきと同じじゃない」
 しかし、雨佳は宿り木の伝説を隠蔽したのと同じだと、雨佳は言う。幾分語調をまるくして、続ける。
「僕は確かに無知だけど……何も知らない子供ではないよ?」
 よちよち歩きの赤子も同然かもしれないが、ちゃんと二本の足で歩いているのだ。時に迷い道へ入り込み、時に壁に遮られ、それでも。
 アルヴァードは目を伏せる。腹の底から、言葉を探り、
「……俺はお前を大切にしたいんだよ」
 絞り出す。雨佳、アルヴァードの頬を包むように己の手を添える。
「大切にされてるのは知ってるよ。でも、それで君が何かを耐える必要はない」
 雨佳の手に従うように、アルヴァードは首を傾ける。ゆっくりと落ちていく、紅の待つところへ。唇を。
「……あとで後悔しても知らないからな」
 それはいったいどちらの心持ちだろう――……、
 ――……が、気付いてしまう。
 冷菜の皿は未だアルヴァードの片手にそのままだ。雨佳も気付く、美味しそうだね、と、とても自然に笑う。一緒に食べよう?
「ああっ! やれ喰え、ほら喰え、どんと喰え!」
 アルヴァードは捨て鉢に、青菜をフォークで突く。いつもの餌付けを開始した。

●3
 いよいよ熱さを増す人いきれに気後れしていたのは、羽瀬川 千代も同じである。早々に壁際に待避した。
 例えばこれが小児の集まりであったなら、千代とて訳なく捌いていたろう。ラセルタ=ブラドッツならば、そちらのほうがよっぽど大変だ、と、綺麗な眉を顰めるかもしれないが――いや、そんな暇はないか、と、千代は思い直す。
 ラセルタは、身に付いた礼法を遺憾なく発揮し、優雅な振る舞いでパーティのゲスト達と渡り合っている。少なからず不遜な所作を交えても厭味にならず、強気な言辞も彼の気品を相乗させるばかり。
 それはなにより、千代が天から承知の事実だのに。ラセルタをとても遠い場所から見ている自分。
 ラセルタは、けして千代を置いてけぼりにしたわけではない。時折、気に掛けるふうなアイコンタクトを千代へ送っていること、千代も十分承知していたし、そのたび「俺はこうしてるほうが気楽だから」と、小さく通信を返した。
 ラセルタはただごく自然に、収まるべき器に身を置いているだけだ。じゃ、俺にかまってる暇なんか、あるわけない。千代は己を納得させる。
 貴族の血を行使するラセルタを眺めることは、嫌いではない、たぶん。けれども、喉笛に引っ掛かる、なにか。棘のように。
 ささやかな自棄の果て、千代は手近なドリンクに手を伸ばした。香りも聞かず口にする。こんな場のドリンクだから殆どが酒類だろうという、当然の事実はすっかり忘却していた。
 ふわりと、気分が上昇する。平生の千代ならば、アルコールの作用に即刻思い至っただろうが、そのときの彼は、それをパーティのせいだと考えた。
 ラセルタを遠見しているからだと考えた。
 ――……恋って、もっとふわふわした楽しいものだと思ってたな。
 上気した心持ちで、なおも考える。
 子どもじゃないから。ウィンクルムだから。己の深層を自覚しようと自分さえ変わらなければ、平行線の関係でいられる。そう信じていたのに。
 気管を傷める棘を、千代は、飲み込むことも吐き出すことできないままで、
「この俺様を放って、宿り木で人待ちとはな」
 何処まで此の痛みを引き摺ってゆけばいいのか――……空ろな思考を、だが、見慣れた人影が遮る。
「ラセルタさん?」
「それとも、俺様の他に約束でもしたのか」
 あの中に、と、ラセルタの仄めかす方向に目をやり、千代はぎょっとする。ラセルタが連れてきたのか、結構な量の人垣に遠巻きにされているではないか。
「そ、そんなことないよ」
 千代は、気付いていない。彼等は当初、千代を目的として集まったことを。それをラセルタが牽制して追い払ったことを。
 わざと居たわけではないだろうが、悪戯の一つもせねばなるまい――ラセルタの秘める揶揄は、なんとなくだけれども察してしまったものだから、言葉じりまでふわふわする。
「さ、目を閉じろ。千代」
 頤を掴まれ、彼の真意も糺せないまま、言われたとおりにする。何も見えなくなる、ラセルタの顔すらも。
 触れられている。それを覚える機能だけが、別のところで生きている。
 しかし、接触の官能を裏切ったのはやはり別の接触だった。
 千代の口舌を封じるようにあてがわれた、小麦粉と生姜の風味。擂り餌を与えられた雛鳥よろしく、わけもわからず飲み下した直後に、正体を悟る。ジンジャーブレッドマンだ。
 千代に介抱されたほうが、そいつも喜ぶだろう、と、からかうような薄笑いつくって、ラセルタは言う。
「先程からまだ何も食べていなかっただろう? 美味いぞ」
「ありがとう」
 おとなしく受け入れて、ふと合点する。あんなにしつこかった喉のいがみが消えていた。ジンジャーブレッドマンが食道を通過したせいだろうか、
「ラセルタさん」
 ――……そうじゃなくて、
「なんだ」
「ほんとうに、ありがとう」
「……そんなに気に入ったのか?」
 二重の礼をかえって訝しむラセルタ、千代はくすりと微笑んだ。
 そうじゃないけれど、教えてあげない。これぐらいの意趣返しは許されるはずだ、だって、頬が熱い。体の有りっ丈が熱い。そんなふうにしたのはラセルタだけど、ネタばらしなんかしてあげない。
 浮き上がる微熱を逃すべく、千代は忍び笑いを続ける。塩気の薄い涙が、目縁にほのかに滲む。
「俺は落ち着いてから戻るよ、先に行って?」
 ラセルタさんのことならすぐに見つけられるから。
 訝しみながらも、ラセルタはそれ以上追求しようとはしなかった。先刻よりずっと荒っぽく千代の輪郭を片手で持ち上げる、そして、唇を掠める、いや、啄ばむように、二箇所。
 ラセルタの弁明は端的だった。
「菓子の欠片がついていた」
 早く来い、と、ラセルタは背中を向ける。
 千代はすぐには追わなかった。落ち着いてから、と、告げたとおり、落ち着くのを待っていたら、結構な時間がかかってしまった。頬を抑える。
「……嘘吐き」
 涙が掬いとられている。
 そこは、泣くための場所だのに。

●4
 数種のヘクセンハウスのなかから、何故アレクサンドルはそれを選んだのか。
 これみよがしの動機を口にしてやる情けは、持ち合わせておらぬ。モノクルの下の、結晶めいた紫の瞳、ヴァレリアーノ・アレンスキーはアレクサンドルを睨みあげる。果たしてアレクサンドル、取って付けたような薄い笑みで受け流す。
 アレクサンドルが取り上げ、ヴァレリアーノの前に置いたヘクセンハウスは、全体がショコラでコーティングされていた。アラザンで彩られた飾りを、引き立たせるためだろう――いたいけな煌めきの、銀の十字架。教会の雛形であることは、一目で知れる。
 ヘクセンハウスの教会には、真冬に何処から調達してきたものだか、新鮮なベリーもある。ラズベリーレッドの瑞々しい色合いは、アレクサンドルの髪を結わうリボンにも似ており、彼が口許に運ぶワインにも似ており、それを嗜む朱唇の一部のようでもあり、しかも、彼の朱唇は憎らしくこんな言葉を刻む。
「存分に味わい給え」
 と、
 アレクサンドル、折り取ったヘクセンハウスの十字架を、ヴァレリアーノへ差し出しながら。
 罪なき甘いキャンディケイン、だけ、を手にして、ヴァレリアーノは早々に退散を決め込んだ。飴を頬張れば、奥歯のほうから、がりり、と、厭な響きを味わう。投げ出すようにして、タキシードに包んだ身を会場の壁に預けた。
 菓子を口にしているとは思えぬような、そんな無邪気な行為が似つかわしい年齢とは思えぬような、凄味を帯びた表情で、ヴァレリアーノは飴をねぶる。
 忠義な精霊がそうするように、 アレクサンドルはヴァレリアーノは追った。そして、小高いところに目を留め、形だけはすばらしい朱唇を、甘い毒でも含んだように歪ませる。
「愉快な場所を陣取ったものだ」
 発問を封じるが如く「そこで休むといい」と、アレクサンドル、己のマフラーをヴァレリアーノに巻いた。すこし絞める。
 アレクサンドルの首筋で、銀の十字架がちかり、と、揺らめく。
 ヴァレリアーノが声を出そうとすると、アレクサンドルは何処までヴァレリアーノの思惑をはぐらかすつもりか、するりとその場から消える。
 そして再び、ヴァレリアーノはひとりだ。が、その身は不思議と忙しかった。パーティの客が誰某となくヴァレリアーノに話し掛けてくる、そのたびに、ヴァレリアーノは撥ねつけるけれど、内心、どうして『他人』が寄ってくるものやら、訝しむ。愛想どころか、けんもほろろのあしらいだのに。
 宿り木の伝説を知らないのか、と、一人の精霊らしき男が、ヴァレリアーノに真相を教えたので、得心いった。彼がいなければ、ヴァレリアーノ、頭上のオーナメントを仰ぐことすらなかったかもしれない。
 が、ヴァレリアーノ、頭を下げるつもりには到底なれなかった。軽佻浮薄な物言いに、虫酸が走る。濡烏色の長い髪も、忌まわしい予感をもたらすばかり。彼を撒くのに躍起になり、そのあいだのアレクサンドルを等閑にしていた。
 だから、ヴァレリアーノは知らない。
 汝らには希少価値が見出せない、と、アレクサンドルが周囲の群小を追い払ったこと。ヴァレリアーノと『彼』との遣り取りを側目に眺めていたこと。
「運命からは逃れられぬよ」
 の蕭やかな独白は、ワインの一雫へ。アレクサンドル手のグラスを丹念に巡らしていると、
「サーシャ、」
 氷の形相で、ヴァレリアーノがアレクサンドルを呼びつけた。
「逃げるな、話がある」
「逃げたおぼえはないがね。アーノこそ思い当たる節があるのではないか」
 ヴァレリアーノの白いまなじりが情動にかっと染まる。
 アレクサンドルがヴァレリアーノのマフラーを絞めようとしたとき、少しだけ、あの思いは。先に姿を晦ましたのは、アレクサンドルだったというだけで、もしかすると……、
「サーシャ、ごまかすな。俺は……」
 その首のクロスについて尋ねたい、と、言い終えるか終えないかのうちに、アレクサンドルが利き手を閃かした。と、ヴァレリアーノのマフラーが取り除かれ、むきだしの喉首に走る、圧迫。
「我の質問にも答えてもらおうか」
「んっ!?」
「逃げるかね」
「……俺は、」
 ヴァレリアーノは首をあげる。口を開きかければ、苦しい喘ぎがこぼれて、しかし、それは中途で塞がる。無防備となった素肌を濡らす、ヴァレリアーノのものとは異なる、息差し、大人の。
 ヴァレリアーノが本能的に身を引けば、真白い風花が、二、三片、散る。
「愛い反応で、充分得したのだよ」
 、アレクサンドルは片笑みつつ、臈長けた食指を、ヴァレリアーノの鬱血に向ける。
「これで変な輩も寄ってこまい、それを見せられればだが」
「……マフラーを貸せ!」
 ヴァレリアーノはアレクサンドルから彼のマフラーを奪い、歩き出す。
 逃げてはいない、体を冷やしたかっただけだ。会場の窓から眺めれば、はらはらと舞う、外は雪。触れたい、と思う、雪より白い肌で、雪に。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 紺一詠
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 12月21日
出発日 12月27日 00:00
予定納品日 01月06日

参加者

会議室

  • [4]栗花落 雨佳

    2014/12/26-20:44 

  • [3]栗花落 雨佳

    2014/12/26-20:44 

    栗花落雨佳とアルヴァード・ヴィスナーです。

    ふふ、パーティーですか…あまり人の多い所は得意じゃないんですが、頑張ってベル鳴らしますよ(両手にベル持ってシャンシャン)

    あの壁にぶら下がっているのはなんでしょうね…?

    アル『行くなよ!?(引き留めて)』

  • 我はアレクサンドル。
    ハティ達とはお初にお目にかかることになるかね。
    折角のクリスマスパーティー、故に我も今宵はゆっくり愉しむ事にしよう。
    もしパーティーで会ったら宜しく頼むのだよ。

  • [1]ハティ

    2014/12/25-10:56 

    ハティとブリンドだ。こういう場は初めてだが、ウィンクルムがどのように見られているのか、社会勉強も兼ねて。
    不慣れだと思うがよろしく頼む。


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