プロローグ
●『永遠の幻想曲』
「た、大変です! ゲームにバグが発生しました!」
ゲーム開発会社『キング・プロジェクト』スタッフの緊迫した声が新作ゲームお披露目のクリスマスイベント会場に響く。その深刻さを帯びた声音に、ウィンクルムの片割れ――精霊たる貴方は身を固くした。貴方のパートナーである神人が、今まさにゲームのモニターをしているところなのだから。貴方は頭に現実世界とゲーム世界を繋ぐ大仰な装置を取り付けたパートナーへと視線を遣った。彼女が今意識を飛ばしているのは『永遠の幻想曲(えいえんのファンタジア)』という名前の、所謂乙女ゲームと呼ばれるジャンルのゲーム世界の中だ。貴方のパートナーは中世ファンタジー風世界のとある王国を支える神子となって、神子を守る騎士との疑似恋愛を体験している。世間はクリスマス一色だというのにモニター画面で見知らぬ男と仲睦まじく過ごすパートナーを眺めているというだけでも複雑な心境なのに、ゲームにバグが発生しただなんて。貴方はすぐに彼女を現実世界へと戻すようスタッフに要請した。しかし。
「そ、それが、何度も試みているんですが出来ないんです……! このバグは、正確に言うと騎士たちの反乱です。ゲーム世界の騎士たちが、神子役の女性たちをあちらの世界に留めようとしているんです……!」
今にも泣き出しそうな顔で、スタッフは何とかそう説明した。どうすれば彼女を現実世界へ連れ戻せるのかと、貴方はスタッフに詰め寄る。たどたどしくもその方法を説明するスタッフ。
「その……誰かがゲーム世界へと向かって、今は仮初めの恋愛に心を染めているモニターの女性たちの心を取り戻せば、騎士たちの力はもうモニターの皆さんには及びません。現実世界へ帰還することが出来ます」
それを聞いて、貴方は自分が行くとスタッフに宣言した。まがい物の騎士になど、大切なパートナーを渡すわけにはいかない。スタッフが貴方の意識をゲーム世界へ転送する準備をしている間、貴方はぱらりとゲームの説明書を捲った。『攻略対象キャラクター』というページには、5人の騎士の姿。
『○アラン
庶民の生まれながら、神子を守る騎士に幼い頃から憧れて騎士になった快活で一本気な青年。神子の傍に仕えるうちに、彼女をひとりの女性として愛するように。やや童顔のわんこ系イケメン。
「お前のことは俺が絶対守る!」
○シド
目つきも口も素行も悪い、騎士団の問題児。臆さずに自分に接してくる神子に次第に特別な感情を抱くように。独占欲の強いワイルド系イケメン。
「……テメーはオレのもんだ。誰にも渡さねぇ」
○エル
由緒正しい騎士の家系の生まれの、物腰柔らかな王子様系美青年。誰にも好かれる人柄ながら誰にも心を開けずにいたが、神子と出会い彼女に興味を持つように。神子以外には敬語で喋る。
「君のこと、もっと僕に教えてよ」
○ベルグ
騎士団随一の実力者で自信家。天上天下唯我独尊な、根っからの俺様系イケメン。放っておいても寄ってくる女性たちを疎ましく思っていたが、神子に初めての恋をしてしまい彼女の言動に翻弄されまくっている。
「神子よ、この俺様に守られること、光栄に思うんだな!」
○ジュノ
眉目秀麗な騎士団一のプレイボーイ。女性を口説くのが生き甲斐だったが、神子に生まれて初めて本気の一目惚れをし、彼女に夢中になっている。
「俺ってば、アンタのこと本気で好きになっちゃったみたいなんだわ」』
「すいません! 準備が出来ました!」
スタッフの声に、貴方は説明書から顔を上げた。
解説
●目的
精霊さんが『永遠の幻想曲』の世界から神人さんを連れ戻すのが目的です。
精霊さんの意識はゲーム世界の、彼女と騎士がちょうど一緒にいるところにまで転送されます。
リザルトは精霊さんがゲーム世界へ侵入したところからのスタートです。
●目的達成のために
今の神人さんには、ゲーム世界が現実世界のように、逆に現実世界は夢のように感じられています。
人によっては現実世界の記憶が曖昧だったりおぼろげだったりすることもあるかもしれません。
神人さんを現実世界へ連れ戻すためには、彼女の心を何らかの方法で現実へと引き戻す必要があります。
緊急事態ですので多少大胆な精霊さんの言動も採用されやすくはありますが、親密度等も参考にいたしますので絶対ではありません。
●5人の騎士
ゲームの攻略対象はプロローグに説明のある5人の騎士です。
神人さんはそのうちの1人と疑似恋愛をすることになります。
どの騎士が精霊さんのライバルとなるかは、会議室でご相談いただけますと幸いです。
どの騎士が精霊さんのライバルとなるのかを、必ずプランにてご指定くださいませ。
神人さんや精霊さんの言動に騎士がどう反応するか等も、プランにご記入いただけましたら可能な限りで採用させていただきます。
●プランについて
神人さんと騎士がどんなシチュエーションでいるところに精霊さんが飛び込むのか等ご指定いただけましたら、可能な限りリザルトに反映いたします。
シチュエーションその他のご指定ない部分はお任せとなりますことご了承くださいませ。
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは極端に描写が薄くなりますのでお気をつけくださいませ。
●消費ジェール
会場までの交通費2人で300ジェールをお支払いいただきますことをご了承くださいませ。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
ちょっと風変わりなクリスマスをお届けです。
『俺たちの冒険はここからだ!』に登場した『キング・プロジェクト』が出てきますが、ご参照いただかなくても問題ございません。
精霊さんと騎士が火花を散らすもよし、騎士を当て馬にするもよし。
ラブコメもシリアスも大歓迎、神人さんの奪還劇を自由に楽しんでいただければ幸いです。
基本的に騎士はあまり出しゃばらせないつもりですが、皆様のプラン次第で変動いたします。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
音無淺稀(フェルド・レーゲン)
【モニター理由】 ゲームなんてやった事ありませんでしたので ちょっと手を出してみるのもいいかもしれませんね フェルドさんも一緒にやってみませんか? どんなものかは私も判り兼ねますが… どんな事も経験あるのみ、ですよね 【ゲーム内行動】 …えっと、シドさん 私は普通に接してただけのような気がするのですが… 他の人だって、シドさんがどんな人か判れば きっと同じように接して下さると思いますよ? それに、私は神子という肩書がなければ誰にも相手にはされないような子です 両親にだって…あれ、なんでこんな、寂しい思い出が? 私は…ずっと一人ぼっちで…いえ、私は神子で…? ずっと、今まで相手にしてもらいたくて、頑張ってきて…(涙流しつつ |
夢路 希望(スノー・ラビット)
新作ゲームへの興味から参加 この会社のゲーム、気になってたんです 攻略対象:エル 長閑な花畑で一時の休息 お花の冠を作ったらエル様の頭へ乗せて …ふふ、とても似合ってます お礼にははにかみ笑顔 幸せに浸っていると 突然、誰かに手を引かれ …え、えっと…? どなたでしょうか 見覚えはあるような気がするのですが、思い出せません 突然の事に狼狽えながらも 彼の体温にドキドキと エル様がいるのに… 言葉の続きが聞きたい、と 赤い瞳から目が離せず …あれ? 私、確かゲームのモニターを …そう、だったんですか ユキが助けてくれたんですね (じゃあ、あれは私をゲームの世界から戻す為の…) あっ …心配かけてごめんなさい な、泣かないで(ハンカチを取り出し |
八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
「面白い女だな、気に入ったぜ」 そんなことを言われてからベルグさんと共に過ごす日々が始まりました そしていつしか私も彼に惹かれていき… ある月の夜、湖の畔に連れ出されました そこに現れた黒衣の少年 何だか見覚えが…? バカって…アスカ君ひどい! えっ…アスカく…ん? そうだ、思い出した 一緒に戦ったのも、色んな所に出かけたのも つらい過去を話してくれたのも こうして私の手を取って契約してくれたのも… 全部アスカ君だ 私の真の騎士はこの人だ 帰ろう、アスカ君 まさかゲームに閉じ込められるなんて アスカ君、助けてくれてありがとう うん、どこにも行かないよ 私のパートナーはアスカ君だから これからもよろしくね、騎士様 手を握り返して微笑む |
吉坂心優音(五十嵐晃太)
両人アドリブ可 アラン シチュ ・花畑の小高い丘での一時 ・花冠作り頭に乗せると騎士が可愛いと言う ・騎士に悩みあるなら頼って欲しいと言われ「一緒に戦いたい、守られるだけは嫌だ、自分のせいで皆が怪我する姿見たくない」と言うと抱き締められながら『気持ちは分かるけど心優音に傷ついて欲しくない、俺はお前の事が…』と言いかける ・告白寸前で現れた晃太に驚く ・敵だと思い騎士が守りながら攻撃 ・晃太の説得中、騎士は妨害 (幼馴染?恋人?約束…) 『聞いちゃダメだ!コイツは敵だ!』 「敵……(徐々に記憶思い出し)違うっ!この人は敵じゃ無い! 晃ちゃん!(ギュッ 迎えに来てくれて有難う やっぱり晃ちゃんはあたしの騎士様だよ(微笑」 |
ジェシカ(ルイス)
相手:ジュノ 公園を2人で散歩中 なんか忘れてる気がするけど…なんだったかしら まあ今はデートだしこっちに集中しないと 相手が相手だし緊張してるみたい 耳当たりのいい事を言われて悪い気はしないわ でも褒められられてないからかもしれないけど…なぜかしら 楽しいはずなのに場違いな感じが拭えないわ 放置できない言葉を聞いた気がして振り返り なに?今何か言わなかったと詰め寄る すごい自然に行え相手が戸惑ってるが少し気が楽に どっちかって言われたらそりゃあ… …いや、正直どっちも微妙 でも、私が自分らしくいられるのは貴方といた時のような気がするわ じゃあどんな人がいいか? 熊とタイマンはって勝てる人とかが理想よ 格好いいと思わない? |
●アランルート
小高い丘一面に、シロツメクサの花が咲いている。吉坂心優音は編み上げたばかりの花冠をそっと自分の頭に乗せた。神子である心優音を守る騎士――アランが、ふわりと笑みを零す。
「可愛い。良く似合ってる」
心優音が「ありがとう」と言葉を返せば、騎士は真摯な面持ちでそっと心優音の手を取った。
「心優音……何か悩みがあるんじゃないか? 俺のこと、もっと頼って欲しいんだ」
驚きに僅か目を瞠る心優音。表には出していないつもりだった心の曇りを見抜かれていたことに、心優音の心はふわりと温かくなる。だが、心中穏やかでない者もいた。草影にこっそりと隠れて2人の様子を窺っていた心優音の真のパートナー、五十嵐晃太である。
(あいつ何勝手にみゆの手ぇ握ってんねん! それにそういうんは俺の台詞や!)
やきもきする晃太を余所に、心優音はアランへと自らの心の内を語り始める。
「あたし……一緒に戦いたい。守られるだけは嫌だ、自分のせいで皆が怪我する姿は見たくない……」
「心優音……」
愛おしげに心優音のことを抱き締めるアラン。
「気持ちは分かるけど、心優音に傷ついて欲しくないんだ。俺、お前のことが……」
花畑を満たす甘いムード。だがしかし、その先の言葉を紡ぐことは、晃太が許さない。
(って、俺のみゆに手ぇ出すなや! しかもみゆに告白ぅ? 誰がさせっか!)
堪らず草影からとび出した晃太の姿に、目を丸くする心優音。そんな心優音を、アランが守るように背に隠す。すらりと抜かれる、神子を守護するための剣。
「誰だお前は!」
「俺は心優音の幼馴染で恋人や! あんさん、誰のもんに手ぇ出してんねん!」
突然の闖入者の言葉に、動揺する心優音。瞳を不安に揺らす心優音へと、晃太はアランに向けたものとはうってかわった、柔らかい声音で呼び掛ける。
「みゆ迎えにきたで。俺と一緒に帰ろ?」
「誰……? 帰る……?」
「心優音、聞いちゃ駄目だ! 戯言を……心優音には幼馴染も恋人もいない!」
「あんさんには関係無い、そこを退きや」
「断る! 俺は心優音の騎士だ。易々と神子を渡すか! はぁぁ!」
言うや否や斬り掛かってきたアランの鋭い一撃を、晃太は精霊の身体能力を生かしてするりと避けた。その口から、思わずといった調子で小さくチッ! と舌打ちが漏れる。
「まどろっこしい! みゆ! 思い出せ! 心優音のことは俺が護る、俺のことは心優音が護る。一緒に困難を乗り越えていこう……俺らが契約した時約束したもんや!」
その言葉は、心優音の心をぐらりと揺らした。
(幼馴染? 恋人? 約束……)
どれも、『神子』としての自分の記憶にはないものだ。だけれども、目の前の青年の語る言葉は心優音の胸に確かな響きを持って突き刺さる。もう少し。もう少しで、何かを思い出せそうな……。
「耳を貸すな、心優音! コイツは敵だ!」
「敵……」
違う、と心優音は思う。記憶の靄が晴れていく。真実は、今はもう心優音の胸の中に。
「違うっ! この人は敵じゃ無い!」
晃ちゃん! と大切なパートナーの名前を呼んで、心優音はアランの横をすり抜けて晃太の元へと駆け出した。自分の胸へととび込んできた心優音を、晃太はしっかりと受け止める。本当に大切なものの温もりを確かめるように、心優音は晃太へとぎゅっと抱きついた。
「晃ちゃん、迎えにきてくれてありがとう」
「迎えにいくん当たり前や、みゆ」
「やっぱり晃ちゃんはあたしの騎士様だよ」
ふんわりとした微笑を晃太へと向ける心優音。そんな心優音を胸に抱いたままで、晃太はどこまでも鋭く真っ直ぐに、アランのことを見据えた。
「みゆは俺のもんや、誰にも渡さんで……」
世界が輪郭を失っていく。心優音が神子ではなくなったから、神人たる『吉坂心優音』へと戻ったからだ。互いに互いの温もりを感じながら、2人は現実世界へと帰還した。
●シドルート
「ゲームなんてやったことありませんでしたので、ちょっと手を出してみるのもいいかもしれませんね」
ゲーム世界に取り込まれる前、音無淺稀はそうフェルド・レーゲンへと微笑み掛けた。
「フェルドさんも一緒にやってみませんか?」
「……ねぇ、オトナシ。ゲームってどういうもの?」
「ええと、どんなものかは私も判り兼ねますが……でもどんなことも経験あるのみ、ですよね」
そう言って笑っていた彼女がこちら側へと戻ってこれなくなったことを知って、フェルドは表情の薄いそのかんばせに、僅か厳しいような色を乗せた。
(オトナシ閉じ込められちゃった? しかもゲームのキャラクターがオトナシを引きとめてるの?)
きゅっと引き結ばれる、幼さの残る口元。
「じゃあ、僕が連れて帰らなきゃ……だね」
そうしてフェルドは、淺稀の待つゲーム世界へと旅立った。
「なァ、神子」
神殿の廊下で、淺稀は自分を守るはずの騎士――シドによって壁際に追い詰められていた。突然の出来事におろおろとする淺稀を至近距離から見遣って、シドは問いを零す。
「何でテメーは、オレを怖がらない?」
そんな彼の瞳を、淺稀は真っ直ぐに見つめる。近すぎる距離に胸がドキドキするけれど――彼のことを放ってはおけないから。
「……えっと、シドさん。私は普通に接してただけのような気がするのですが……」
「普通?」
「はい。他の人だって、シドさんがどんな人か判ればきっと同じように接して下さると思いますよ?」
ふわり微笑んで淺稀が言えば、シドはため息を漏らして少し笑った。
「神子、テメーは優しすぎる」
「そんなこと……私は神子という肩書きがなければ誰にも相手にはされないような子です」
「馬鹿なこと言うな。皆がテメーのことを愛してる、腹が立つほどにな」
「でも私は両親にだって……あれ? 何でこんな、寂しい思い出が?」
頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分はとても恵まれた存在のはずなのに、悲しい記憶が頭にこびりついているのは何故? 目の前の騎士の抱く寂しさが、自分のことのように解るのは一体どうして?
「私は……ずっと一人ぼっちで……いえ、私は神子で……?」
「おい、神子?!」
錯乱する淺稀の肩をシドが揺する。と、その時。
「そこ、どいて」
幼い、けれど凛とした声に騎士が振り向いた。立っていたのはフェルドだ。
「何だテメーは?」
「オトナシを迎えにきた。どんな騎士でも、どんなにオトナシを想っていたとしても、オトナシの過去を無かったことにしてそのまま浚おうとするのは絶対に許さない」
フェルドにキッ! と見据えられて、シドがその瞳に怒りの色を乗せる。けれど、フェルドは一歩も引かない。
「今までのオトナシを全て否定してまで手に入れようとする幸せなんて、僕は認める訳にはいかないから。だから、どいて。お前じゃ、力不足。どうしてもって言うなら、僕も相手になるけど?」
シドを睨み付けるフェルドの眼差しが、益々鋭くなる。
「……架空の人物に取られる訳にはいかないんだ。だって、オトナシは僕のパートナーだし。それに、僕はオトナシを一番必要としてるから」
記憶の氾濫に呆然としていた淺稀の目が、フェルドの言葉に見開かれる。その目元に、涙が滲んだ。
(今は……フェルドさんがいる。自分を必要としてくれる人が、私にはいるんでした)
記憶が、今はっきりと淺稀の元に戻ってくる。フェルドの存在が、淺稀の心を温める。ふと顔を上げれば、フェルドとシドは一触即発の状態だった。
「やめてください!」
淺稀の声に、2人の動きが止まる。そうして淺稀は、溢れる涙に声を詰まらせながら、フェルドへと言葉を掛けた。
「フェルドさん……私、ずっと、今まで相手にしてもらいたくて、頑張ってきて……」
その先は声にならなかったけれど、フェルドは淺稀の意を汲んだように言葉を紡ぐ。
「もう一度言う。僕にはオトナシが必要なんだ。帰ろう、オトナシ」
言葉を返す代わりに、淺稀は頬に涙を伝わせながらこくりと一つ頷いた。
●エルルート
「希望。もういいよ、目を開けて」
自分を守る優しい騎士――エルに促されるままに夢路 希望が目を開ければ、彼女の瞳に映るは一面の花畑。希望の唇から感嘆のため息が漏れた。
「どう、かな?」
「すごく、素敵です……」
良かった、とエルが顔を綻ばせる。ずっと君をここへ連れてきたかったんだ、と。長閑な花畑で、2人は一時の休息を楽しむ。編み上げた花冠をそっとエルの頭へと乗せる希望。
「……ふふ、とても似合ってます、エル様」
ありがとう、とエルが表情を柔らかくする。何だかくすぐったくて、希望ははにかんだような笑みを零した。
(幸せ、です)
そんなことを思う希望の腕を、不意に誰かが掴む。そうしてそのまま、希望は『誰か』の腕の中へ。顔を上げた希望の瞳に映ったのは、兎の耳と尻尾を持った、雪のように白い青年だった。
「……え、えっと……?」
狼狽する希望を縋るように抱き締めたままで、青年――スノー・ラビットは、その鮮やかな赤の瞳を真っ直ぐにエルへと向ける。
「ノゾミさんを返して」
零すのは、いつもより少し低い声。騎士に笑顔を向ける希望を見ていたら、胸が苦しくて堪らなくて、気付いたらもう手を伸ばしていた。エルの表情が強張る。
「貴方に神子を渡すわけにはいきません。その手を離してください」
「嫌だ」
短く、けれどもはっきりとスノーはエルにそう返した。何を言われたって、この手を離すつもりはないのだ。
(渡さない。エルにも、誰にも)
一方、静かに火花を散らす2人の間で希望は困惑していた。
(どなたでしょうか……見覚えはあるような気がするのですが、思い出せません……)
思い出せないけれど――触れた彼の温もりに、胸がドキドキするのは何故だろう? ふと、希望を抱き締めていた彼の腕が緩む。希望の頬に触れた彼の手は、酷く優しかった。視線と視線が絡み合う。希望の瞳を掬うように見つめて、スノーは目元を柔らかくした。気持ちが、胸の奥から溢れ出す。心に満ちていく。
(この気持ちが何なのか、最近、やっと気付けた)
だから今、想いを紡ごう。
「僕、ノゾミさんのことが――」
希望は、スノーの赤の瞳に吸い込まれそうな心地を覚えながら、その目に見入っていた。
(目が離せません……エル様がいるのに……)
言葉の続きが聞きたい、と強く思ったその瞬間。世界が、光の中に溶けていった。
「……あれ?」
次に気がつくと、希望はモニター用の椅子に腰掛けていた。機械音がして、頭部に取り付けていたゲーム装置が遠ざかっていく。隣の椅子にはスノーが座っていた。希望へと視線を遣って、スノーは仄か微笑む。
(……最後まで言い切る前に戻ってきたみたい)
残念なような、ほっとしたような。複雑な想いを抱えるスノーへと、困ったような顔を向ける希望。気になっていた会社の新作ゲームに興味を持ってモニターに参加した。そのはずなのに、一体何が起こったのだろう?
「あの、ユキ。私、確かゲームのモニターを……」
まだ状況が飲み込めていない希望へと、スノーはそっと笑み掛ける。
「ゲームにバグが起こったんだ。それで、僕がノゾミさんを迎えに」
「……そう、だったんですか。ユキが助けてくれたんですね」
ありがとうございますと礼の言葉を伝えながら、希望は胸に燻ぶるような感情が沈むのを感じていた。
(じゃあ、あれは私をゲームの世界から戻す為の……)
僅か俯いた希望の耳に、
「戻ってきてくれて、本当に、よかった」
とスノーが呟くのが聞こえた。その声は途切れ途切れで、細かく震え掠れていて。はっとして顔を上げれば、スノーはぽろぽろと、その赤の瞳から涙を零していた。
「あっ……心配かけてごめんなさい。な、泣かないで」
差し出されるハンカチを彼女の手ごと掴んで、その確かな温もりにスノーは安堵する。気が緩んだのだろうか、涙を止めることが出来なかった。
「ごめっ……ありがとう、ノゾミさん」
この温もりをぎゅっと胸に抱き寄せたいと、そんな衝動をスノーは胸の内に持て余した。
●ベルグルート
「面白い女だな、気に入ったぜ」
唯我独尊の騎士――ベルグと共に過ごす日々の始まりは確かそんな言葉からだったと、八神 伊万里は夜の湖畔で思う。神子たる伊万里を、ここまで連れ出したのは勿論ベルグだ。
「見ろ、神子。月が綺麗だ」
自分だけが知っているベルグの子供のような笑顔を、愛おしいと思う。いつからか、伊万里も彼に惹かれるようになっていた。
「……神子」
見つめ合う2人。丁度ゲーム世界へと転送されたアスカ・ベルウィレッジは、ベルグが伊万里の顎をくいと持ち上げるのを目撃し赤の瞳を見開いた。乙女ゲームというだけでも複雑だというのに、バグで伊万里が閉じ込められて、しかもこの状況だ。
「待てっ! 俺の伊万里から離れろ!」
ゲームなんかに伊万里を奪われてたまるか! と声を張るアスカ。突如目の前に現れた黒衣の少年の姿に伊万里は目を瞠り、ベルグはそんな伊万里を背に庇うようにしてアスカの前に立つ。
「何だお前は? この俺様の目の前で、『俺の伊万里』だと? 上等じゃねぇか」
不敵な笑みを口元に浮かべ、アスカを睨み据える騎士。その背に守られながらアスカのことを見遣って、伊万里はことりと首を傾げる。
(何だか見覚えが……?)
ちり、と胸を掠めるものがあった。けれど今の伊万里には、その感情の正体を掴むことができない。アスカが叫んだ。
「アンタが伊万里の何を知ってるっていうんだ!」
「何?」
「コイツはくそ真面目で融通きかないし、不器用で絵は下手だし頭いいくせに鈍感バカだし……」
つらつらと言い連ねるアスカ。思わずといった調子で、伊万里の口から言葉がとび出す。
「バカって……アスカ君ひどい!」
言ってしまった後で、口をついた言葉の懐かしい響きに、伊万里は碧の瞳を丸くして口元を抑えた。胸に満ちる、この想いは何だろう。
「……でも俺のために泣いてくれた。優しくて暖かい、大切なパートナーなんだ」
アスカの視線が、柔らかなものとなって伊万里へと真っ直ぐに注がれる。
「頼む、俺を思い出してくれ……」
アスカの瞳に揺らぐ光が、伊万里の心をも揺らした。
(アスカく……ん?)
知らず、伊万里はアスカの元へと一歩を踏み出す。そんな伊万里を止める術を、騎士は持たない。伸ばされたアスカの手が、伊万里の手に重なった。その手をぐいと引いて伊万里をベルグから引き剥し、契約の儀さながらに膝をついて、伊万里の手の甲に口づけを落とすアスカ。
「……そうだ、思い出した」
伊万里の瞳が、晴れた。
「一緒に戦ったのも、色んな所に出かけたのも、つらい過去を話してくれたのも、こうして私の手を取って契約してくれたのも……全部アスカ君だ」
記憶が、色鮮やかなものとなって伊万里の前に立ち現れる。その口元に、ふわりと笑みが浮かんだ。ああ、私の真の騎士はこの人だ、と。
「帰ろう、アスカ君」
その言葉を合図にしたかのように、世界に光が満ち溢れた。
「伊万里!」
気付けば、そこは現実世界、モニター用の椅子の上だった。目覚めるや否やがばりと身を起こして、アスカはすぐ隣の椅子に腰掛けているはずの伊万里の方を振り向いた。同じく目を覚ました伊万里が、優しい眼差しでアスカを見つめる。
「アスカ君、助けてくれてありがとう」
まさかゲームに閉じ込められるなんてと苦笑する伊万里の両手を、ぎゅっと握るアスカ。
「よかった……戻ってきてくれて」
「うん、ごめんね、心配かけて」
「もう俺を置いてどこかに行くな……約束するまで離さない」
どこか子供じみたようなアスカの言葉は、けれどどこまでも真剣で。伊万里はそのかんばせに微笑みを乗せて、彼の手を握り返した。
「うん、どこにも行かないよ。私のパートナーはアスカ君だから」
だから。
「これからもよろしくね、騎士様」
向けられた笑みに、ぎゅうとなるアスカの胸。伊万里への想いがどんどん強くなっていくのを、アスカは自覚する。誰にも渡したくないと、そんな想いが胸を掠めた。
●ジュノルート
色とりどりの花が咲き誇る公園。騎士ジュノの隣を歩きながら、ジェシカは心内で首を傾げていた。
(なんか忘れてる気がするけど……なんだったかしら)
思案に沈むジェシカを、ジュノの声が日の光射す公園へと呼び戻す。
「神子?」
「へ? あ、な、何かしら?」
「俺といる時は俺のことだけ考えててくれよ。寂しいだろ?」
言って、ジュノは整ったかんばせに笑みを乗せた。そうして、そっとジェシカの指に指を絡める。
(っと、いけない! 今はデートだしこっちに集中しないと)
繋がれた手を握り返すジェシカ。手の温もりが伝えるのは幾らかの緊張だ。ジュノが、ふっと笑みを零した。
「神子。ちょっと笑ってみてくれねぇ?」
「え……こ、こう?」
「ん、それで良し。やっぱアンタの笑った顔、好きだわ」
「ふふ、悪い気はしないわ」
そう返したジェシカだけれど――胸には僅かな違和が差して。耳障りの良い甘い言葉が、不快なわけではないけれど。
(褒められ慣れてないからかもしれないけど……なぜかしら? 楽しいはずなのに場違いな感じが拭えないわ)
どこか落ち着かない気持ちを持て余すジェシカ。一方で、ルイスもまたゲーム世界へと転送されていた。
(今度は僕が助ける番だよね。待っててジェシカ)
公園の茂みの中。ぎゅっと手を握り締めるルイスだが、すぐにはジェシカの姿が見つからずきょろきょろと周りを見回す。
「あれ……?」
青の双眸が、男と共に歩いてくる少女の姿を見留めた。彼女らが通りすぎるその瞬間、可愛らしく着飾ったその姿に、幼馴染みの面影を見出すルイスだが――。
「……ジェシカ?」
その姿は、普通に女の子らしい……というか可愛い、と思う。もしかして。
「……現実では口ばっかりで行動に移してない?」
思わずぽつりと呟けば、ジェシカがくるりとルイスの方を振り返った。視線が合わさった途端、ばちりと火花すら散ったようで。
(あ、拙い……)
知らずじりと後ずさったルイスへと、騎士さえも置き去りにしてずんずんと近づいてくるジェシカ。ずずいとルイスに詰め寄って言うことには。
「なに? 今何か言わなかった?」
「ええと、言ったけど言ってないというか……」
「あらそう? 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたんだけど?」
ルイスは戸惑うばかりだが、ジェシカは胸のつかえが取れたような心地がしていた。するすると自然に言葉が出てくる。そんなジェシカに気圧されながら、ルイスはジェシカを追ってきた騎士へとちらり視線を遣った。ケチの付けようのないようなイケメンが、いぶかしむように自分を見ている。
(え? この人から取り戻すの?)
ものすごーく不安になるルイス。「ちょっと!」とジェシカが口を尖らせた。
「私の話ちゃんと聞きなさいよ!」
「……ねえ、僕と彼のどっちがいい?」
「へ?」
唐突すぎる問いにジェシカが面食らった顔になるのを見て、ルイスは「しまった」と思う。勝つ方法が思いつかなくて、思わず。
(勝ち目のない条件、だよね……)
不安顔で俯くルイス。そんなルイスとジュノを交互に見て、ジェシカが答えることには。
「どっちかって言われたらそりゃあ…………いや、正直どっちも微妙」
神子! とジュノが焦ったような声を出すのを無視して、ジェシカは「でも」とルイスの手を取った。顔を上げるルイス。
「私が自分らしくいられるのは貴方といた時のような気がするわ」
「ジェシカ……?」
「喋ってるうちに思い出したわ。ほら、さっさと帰るわよ」
状況を飲み込めないルイスにジェシカは快活な笑顔を向ける。世界が、白く輝き解け出した。
「……ねえ、ジェシカ」
「なに?」
「それじゃあジェシカは、一体どんな人がいいの?」
「そうね、熊とタイマンはって勝てる人とかが理想よ」
寸分の迷いもなくそう言い切って、「格好いいと思わない?」とジェシカは明るく笑う。
「ああ、うん……格好いいとは、思うよ」
溶けていく世界の中で、ジェシカらしい答えだとルイスは密かに苦笑を漏らした。
依頼結果:成功
MVP:
名前:夢路 希望 呼び名:ノゾミさん |
名前:スノー・ラビット 呼び名:スノーくん |
名前:八神 伊万里 呼び名:伊万里 |
名前:アスカ・ベルウィレッジ 呼び名:アスカ君 |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 12月15日 |
出発日 | 12月22日 00:00 |
予定納品日 | 01月01日 |
参加者
会議室
-
2014/12/21-23:59
-
2014/12/21-23:47
-
2014/12/21-11:32
まとめありがと。
私もそれで大丈夫よ。 -
2014/12/20-00:55
伊万里さん振り分けありがとうございます!
私もそれで大丈夫です。
それでは、シドさんに対してのプランを練ってこよう(握り拳 -
2014/12/19-22:25
まとめ、ありがとうございます。
私の方も大丈夫です。 -
2014/12/19-20:04
心優音:
振り分けありがとうございます~!
あたしはそれで大丈夫ですよ~♪ -
2014/12/19-10:54
全員分の希望が出ましたね。一応、まとめておきます。
※敬称略
アラン:心優音
シド:淺稀
エル:希望
ベルグ:伊万里
ジュノ:ジェシカ
という振り分けで大丈夫でしょうか。
OKならこれをもとにプランを作成しますね。 -
2014/12/19-01:57
ジェシカよ。よろしくね!
なんか大変な事になったわね…。
それじゃあ私はジュノにしとくわね。
これで被りなしのはず。 -
2014/12/18-20:16
夢路希望、です。
初めましての方もお久しぶりの方も、宜しくお願いします。
キング・プロジェクトの新作ゲームが体験できると聞いて、参加したのですが
……大変なことになっているみたいですね。
攻略キャラは……エルが気になっています。
もし他に希望する方がいらっしゃいましたら、別のキャラでも大丈夫です。 -
2014/12/18-12:29
-
2014/12/18-12:29
心優音:
音無さん、レーゲンさんは初めまして!
他の方々はお久しぶりです!
今回もよろしくお願いします☆
前回の報告書を見て楽しそうだなぁって思い参加したら…
まさかこんな事になるなんてぇ…
騎士様はアランくんが良いかなぁと考えてます!
もし被ったら変更も考えるので遠慮なく言って下さいね♪
では皆さん改めて… -
2014/12/18-09:32
八神伊万里です。皆さん、今回もよろしくお願いします。
キング・プロジェクトのゲームは前回も参加して面白かったのでまた参加してみたのですが
何だか大変なことになっていますね…
騎士様は、私もベルグさんが気になっていますが
他の方の意見も聞いてみて、変更も考えますね。 -
2014/12/18-03:28
皆さま、こちらでは初めましてになりそうですね。
音無淺稀と言います。
ただゲームをした事無かったのでモニターとして参加しただけだったんですが…
大仰な事に巻き込まれちゃったみたいですね(困
騎士様は掲示板で相談して~との事で…
個人的にはシドさんかベルグさんがいいかな?と思ってましたが
重なるようなら他の方でも大丈夫です。
皆さん宜しくお願いしますね(丁寧にぺこり