プロローグ
ひらり、ふわり。花告げ鳥の舞う庭園に、今宵も花衣は可憐に舞う。
だけれど、その夜は少し特別な催しの兆し。
庭園の管理人は、淡い桜色の花衣をそっとしまい込んで、代わりに華やかな暖色系の纏を広げ、微笑んだ。
「花告げ鳥という鳥がいるのは、ご存知ですか?」
ミラクル・トラベル・カンパニーの社員が、ゆったりとした口調で話す。
花告げ鳥とは、ふっくらとした羽毛に包まれた、まぁるい手のひらサイズの小鳥。
その毛の中に、花びらを隠し持ち、主食である花の蜜のお礼に、そっと花びらを置いて行くのだそう。
花告げ鳥の花びらは、大切な誰かとの関係を示すともいわれており、通常は季節の花々を愛でながら、広い袖口に少量だけの蜜を仕込んだ桜色の浴衣、花衣を翻して花告げ鳥を誘うのだけれど。
「今回は、夜の催しなので、あまり花告げ鳥の活動は活発ではないんです。その為、この催しで使う纏には、蜜が仕込まれておらず、鳥を誘う仕様にはなってません」
ごく稀に、蜜ではない甘い雰囲気に誘われてくることもあるそうだが、あまり期待はしない方が良いようだ。
ところで、先ほどから社員の口にしている『催し』とは、なんだろう。
「ハロウィンの催しです。普段は閉園している夜に、庭園の遊歩道に花告げ鳥をイメージした丸い形のランプが灯されるんです」
これくらいの大きさ、と手で表したのは、バレーボールくらいのサイズだ。
ゆらゆらと揺れながら色を変える炎。それは主に暖色系で、温かな色をしているそう。
「灯りの灯った夜の庭園では、同じように暖色系の少し厚手の纏を着るのですが……管理人の方は、『花天使』と呼んでいます」
花纏と同じ、羽織のような形状の纏に付けられた何ともロマンチックな響きには、由来がある。
空の高くなる季節、大切な人との縁を紡ぐ花告げ鳥の元へ、天使がそっと感謝を述べに来るのだと。
そうして天使は、これからも変わらず努めて欲しいと願い、一つの約束を残して去るのだと言う。
「来年も、また来るね。という約束です」
天使はそれを必ず守り、毎年毎年、欠かさずに訪れるのだと、言う。
その話にあやかり、ハロウィンの季節に合わせ、花告げ鳥を模した灯りの道を、『天使』を纏った人々が散歩するのだと言う。
「これだけでも、結構楽しめると思うんですがね、この催しのメインは、そこじゃないんです」
ふわり。実際に取り出した『花天使』を纏い、くるり、社員は背を見せる。
と、そこには、背の位置から下へ、ふんわりとした細いリボン状のものが垂れ下がっていた。
「これは、天使の羽をイメージした物なんです。あ、羽にしては貧相だと思ったでしょう? これ、実はちょっと引っ張るだけで簡単に取れるようになってるんですよ」
試しに、と促され、ぴん、と先端を引けば、翼から羽根が零れるように、ふわり、紐が離れる。
そうして、やたらと軽い手元の紐を眺めると、文字が書かれている事に気が付いた。
『今年もまだまだ素敵なツアーをご案内しますね!』
「それは、約束です」
戯れるように袖を翻し、ふうわりと現れては密やかに去っていく天使へ、縋るように伸ばした指先に絡む羽根。
綴られた約束は、天使との再会を示すそれその物だ。
「参加される方は、『花天使』に一つ、約束事を書いてください。大切な誰かへ向けた物を、推奨します。それを、パートナーさんは追いかけて、そっと摘まみ取るんです」
口にできない誓いを綴り、戯れの指に摘まませても良い。
また明日も遊ぼうね。そんな可愛らしい約束を綴りあっても良い。
果たす気のない約束を綴って、掴もうとする指をすり抜け逃げても、構わない。
「纏と約束の行方は、皆さんの思うままに」
それでは、夜の庭園でお会いしましょうね、と。コンダクターはふうわり、はにかんだ。
解説
『花天使』を纏って、夜の庭園のお散歩
費用は花天使のレンタル代が一着200jr(二人分400jr)となります。
受付で花天使を受け取った後は、パートナーとは別々の入口、あるいは別々の時間(5分刻み)を選択して庭園に入ることになります
パートナーを探す所からのスタートです。
『花天使』の『羽根』に当たる細いリボン状の紐に、約束事を一つ書いてください。
約束の内容はパートナーへ向けた物を推奨します。
また、果たせないものでも構いません。
ただし、『羽根』を『残した』以上は、果たす努力をする義務が生じるのが暗黙の了解です。
プランには、約束の内容と、相手がそれを手にすることができるか否かをお書き下さい
【注意事項】
・飲酒喫煙は禁止します
・懐中電灯の使用は禁止します
・食べ物は禁止ではありませんが非推奨。暖かい飲み物のみ、庭園内で販売(50jr)しています
※拙作『花纏』と同じ場所という設定ですが、特に知らなくても大丈夫です。
季節の花が沢山咲いている広い庭園、遊歩道があって、この季節は丸いランプが灯っている。で認識として十分です。
※花告げ鳥は基本的に出て来ませんが、花占いをして欲しいと言う方は、ウィッシュプランの方にお書き添えください
ゲームマスターより
出す出す詐欺過ぎたハピエピがようやく出ました
しっとりとした夜の庭園をお楽しみくださいませ
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハティ(ブリンド)
互いに花天使を借りて別の入り口へ 約束は「我が剣は汝の隣に」 故郷にあった誓い文句でな、以前いた自警団のものの一つだ そして我が盾は汝の前に。戦友を必ず守るという誓いだ リンの手を取り言葉にしながら、そっと背に手を伸ばす 故郷を出たのだから他の方法で約束できればと思っていた 離れかけた思考を物理的に埋められてぽかんと凝視してしまう 誓いを誓いで返されるのは初めてだ それに、その これは羽を取ろうとして、別に誓いの時に抱きしめる必要はないんだ 落ち着けよ舌の根が乾かない内から 知らず手にしていた羽の文字を見て、笑いを堪えるのに苦労する 俺のこと無謀だって言うけど、アンタも大概だよな ありがとうリン 聞こえてないだろうけど |
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
瞬く暖色の光を辿って庭園の奥へ 一人で歩く時間がどこか落ち着かず、無意識にペース速め 見慣れた後姿に安堵の溜息、気付かれないよう足を止め (……いつも驚かされてばかりだし、たまには仕返し、したいな 足早に近付いて風に舞う紐へ勢い良く手を伸ばす っ、ラセルタさんはいつも余裕で、ずるい(視線逸らし 俺の約束は【伝えた言葉を嘘にしない】 彼に伝えてきた言葉一つ一つに誠実でありたいから 勿論、今後伝える言葉も嘘にしない心積もりだけれど 相手の紐受け取り、綴られた文字に思わず笑み零れ これは約束?ラセルタさんの願望じゃなくて? ……有り難う。俺も、約束を残すよ(紐受け取れば真似て結び ふふ、じゃあ暖まりに行こうか。次は一緒にね |
シルヴァ・アルネヴ(マギウス・マグス)
夜の庭園 まるっこく可愛いランプの灯りが オレンジの灯りで幻想的に照らす遊歩道を 時折、足元を確かめながら歩く ふと鼻をかすめた金木犀の甘い香りに、そちらへ顔を向けると 自分が着ているのと同じ華やかな纏の裾と、背に垂れる羽根を 返す踵にひいらり翻しながら、早足になるマギの姿。 それを追いかけて、灯りが遮られた木の陰で袖を掴んで捉まえ 「なんで逃げるかなぁ」 もしかして恥ずかしい内容とかなのか? 指に引っかけた羽根を指さして 「読んでも?」 と聞いたら、オレの背中の羽根もむしられてたぞ いつの間に…じゃあ同時に読むか。 頼んで花告げ鳥の姿を見せて貰えたら 秋の空気にぷわっと膨らんだ姿でちょっと笑ってしまった 「春にまた来るな」 |
信城いつき(レーゲン)
約束:絶対レーゲンは失わせない 相手:「誰か」へ(春告鳥に羽を持って行かせるつもりだった。蜜準備前にレーゲンと合流してしまった 最初は一人参加 約束書いた頃レーゲンが来た…えーと内緒 なので逃げるっ(ダッシュで園内へ) 他人の迷惑にならないよう、光が届くぎりぎりを静かに駆抜ける 近づかれたら木に登ってやり過ごす …見つかった。内容はバレたけど相手は内緒 以前春告鳥がくれた花の意味:秘密の恋(依頼【5】)…本当に伝えられない秘密の恋だ レーゲンには一緒に暮らすはずの「誰か」がいた 今も思い続けてるのに俺に家の鍵を、居場所をくれた。これで充分だよ 「誰か」へ、「約束」を誓うから だから、せめて相棒として側にいさせて |
フラル(サウセ)
サウセが書きたいことがあるとのことだったので1着借りて、別の入り口からスタートする。 幻想的な庭園の雰囲気を楽しみつつ、感を頼りにサウセを探す。 花天使を纏い、普段と雰囲気の違うサウセ。 この庭園の雰囲気と相まって、きれいだと思った。 サウセの羽根を受け取った。 自分を支えられるようになりたい、という相棒の気持ち。 初めて会ったときは感情の起伏が少なく、不安定な様子だった。 最近は少しずつ感情が表に出始め、戸惑いながらも精神面が成長しているように感じていた。 そう思ってくれたことを嬉しく思う。 思わず、サウセの頭を撫でる。 やはり、こいつは可愛い。 ゆっくり進めばいい。 お前の成長はとても嬉しいんだ。 |
●緩やかに育む
フラルとサウセ。別々の入口を選んだ二人の内、花天使を纏っているのはサウセだけだった。
書きたいことがある、と。そう言っていたのを、フラルは何気なく聞いて、流して。
幻想的な庭園の景観を楽しみながら、のんびりと、サウセを探し、歩いた。
勘を頼りに歩いて歩いて、ふと、見渡した視線の先に見つけた姿に、フラルは思わず、足を止めていた。
(きれい、だな……)
華やかな色と、穏やかな光。ふうわりと裾をたなびかせる姿は、普段のサウセにはない雰囲気を漂わせている。
見惚れる、とは違うけれど、数秒だけ、眺めて。歩み寄れば、ひらり、背の羽根をなびかせて、サウセが肩越しに振り返った。
「あなたに、伝えたいことがあって」
口にすることは決して難しくはない。けれど、願いを込めた約束として、残したい。
だからこそ纏った天使の羽根を、フラルはそっと指で絡め取り、仮面に覆われたサウセの瞳を伺ってから、視線を落とした。
『あなたを支えられるようになりたい』
綴られた言葉は、確かな、願いだった。
フラルとサウセの出会いは、そう特別なものでもない。
たまたま適合した神人と精霊。それだけ。強いて言うなら、フラルは年下のサウセを扱いにくく思っていたし、サウセは忌まれた自身に普通に接してくるフラルに戸惑っていた。
ぎこちない関係の中で、フラルはサウセの中に、出逢った頃にはなかった感情の起伏が見えてくるのを、感じていた。
決して幼くはないサウセの、閉ざされた心の影響で欠けていた物。
それが、少しずつ形を取り戻すことを、素直に、嬉しいと思っている自身の感情を、フラルは自覚する。
(気に、していたんだろうか)
契約の時に、守られるだけの存在にはならないと告げた事を。
あるいは、年齢差の生む遠慮も、あったかもしれない。
いずれにせよ、それを押し込め飲み込んで、サウセは願ったのだ。フラルを、支えたいと。
胸の内で何かが膨らむような感覚に、思わず、サウセの頭を撫でる。
(やはり、こいつは可愛い)
驚いたサウセが、仮面越しに見たフラルの顔は、とても、とても、優しかった。
「ゆっくり進めばいい」
諭すような声は、サウセを導く声だ。
戦闘では一応、自分の方が前に立つ。しかしそれ以外では、フラルの方がいつだってサウセを導いた。
いつも凛々しくて、優しくて、強い、パートナー。
本来なら、精霊である自分こそ、備えているべきものを持ち合わせているフラルに、サウセは憧れていた。
惹かれるままに後を追い、同じ時間を過ごし、背と、振り返る顔を、見つめてきた。
(あなたの、隣に……)
いつか、まだ遠い先の話で良い。
後ろからついていくのではなく、対等に、彼の横に並び立ちたい。
願う心の踏み出した一歩が、形となって、風になびく。
サウセを撫でた手のひらで、もう一度、羽根を掬い上げたフラルは、柔らかく、微笑んだ。
「お前の成長はとても嬉しいんだ」
成長、と。告げてくれたフラルの顔が、幻想の灯りに照らされて、煌いて見えて。
そっと視線を逸らしたサウセの横顔は、仮面越しにも判る程に、照れていた。
●強かに交わす
揃いの纏に袖を通して、別々の入口を選んだハティとブリンド。
特に逃げるでもなく、待ち合わせをするような心地で合流した二人だが、実はブリンドがそのままふらっと一人で帰るパターンが存在していた事は秘密だ。バレているが。
合流後も、先に羽根を触らせまいと明らかに警戒心全開のブリンドの背から羽根を浚うのは諦めて、ハティは伸びてくる指をそのまま許容し、羽根を掴ませた。
『我が剣は汝の隣に』
書かれた約束の内容に、ブリンドは肩眉を上げて、思案めいた表情を作る。
それを見ながら、ハティは、告げた。
「故郷にあった誓い文句でな。以前いた自警団のものの、一つだ」
ブリンドの手を取り、真っ直ぐに、見つめて。そっと、背に手を伸ばす。
「そして我が盾は汝の前に。戦友を必ず守るという誓いだ」
今は離れてしまった故郷。今はもう、残ってはいない故郷。
名残はいつまでも心にあるが、同じものはもうない。
故郷を、出たのだから。パートナーであるブリンドへ誓いを立てるならば、他の方法でと、思っていたのだ。
ハティの真っ直ぐな誓いに、返されたのは、ふぅん、と、どことなく不満げな、声。
「それ、約束しちまうのか」
あぁ、そう。ふーん?
目に見えて機嫌の低下しているブリンドの苛立ちを伴ったような声に、ハティは瞳を瞬かせた。
「俺の気も知らねえで別行動するだの言いだしたり? 挙句の果てに俺を一人にしたくないみてえな事言ったりなー」
「……特に支障のある事は言ってないはずだが」
「テメーが一人でフラフラしてる時点で問題なんだよボケが」
一刀両断。切り捨てて、はぁ、とブリンドは溜息をつく。
「まあ俺の為と言われると無謀なボケを嫌いにもなれねえんだが……」
「うん?」
「うっせェ。……で、自警団、ね」
聞いた単語に、納得の言ったような、燻りが残ったような。
どうにもこの無鉄砲な相方の気質は件の自警団由来のようだが、組織を離れた今でも、変わらない、なんて。
「俺相手にもそれを保とうっていう根性は買ってやるよ」
取られた手を、引いて。ハティの背に手を回し、抱きしめた。
「俺もその誓いをする時は? 同じことして返しゃ良いのか。最初っから決めてんだ俺は」
ハティがしたのと同じように。誓いには、抱擁を。
……と、思ったのだが。
「誓いを誓いで返されるのは初めてだ……それに、その……これは羽根を取ろうとしただけで、別に誓いの時に抱き締める必要はないんだ」
「……は?」
何となく穏やかな雰囲気だった空気が、一気に、凍った。
「そ、はぁ!? 紛らわしいんだよ、お前は!」
「落ち着けよ、リン」
勝手に勘違いしたのはそっちだろうと肩を竦めかけたが、ふと、知らずの内に手にしていたブリンドの羽根を見つけて、そこに描かれていた文字に、目が丸くなった。
『同じことを約束する』
笑いが、零れて。堪える方が、小刻みに震えた。
「おい、こら、なんだその顔」
「俺のこと無謀だって言うけど、アンタも大概だよな」
「はあ? はああ!?」
小さく笑いながらのハティの言い分に、それらしい雰囲気はいとも容易く瓦解して、代わりにブリンドの何かが切れる音がした。
「お前俺の為に死ねよ」
「いつかはそうなる」
「すんなよ! ほんっとテメーは毎度毎度……」
控えめに、それでも口の悪さは隠そうとしないブリンドの罵倒は、いつの間にか慣れた物で。
「ありがとう、リン」
聞き流しながら呟いたハティの声は、多分、ブリンドには届いていなかった。
●安らかに見送る
花告げ鳥は羽を休める夜の時間。
暖かな色の灯りが灯る庭園を見つめた信城いつきは、それを理解していたけれど、春先に見かけたその姿を探すように視線を彷徨わせる。
蜜があれば、来てくれるだろうか。こそりと忍ばせようとしている所に、ふいに掛けられる、声。
「いつき、何してるの?」
声は、パートナーであるレーゲンの物だった。
大好きなレーゲンの声に、けれどいつきは、バツが悪そうな顔で振り返り、ぎこちなく視線を逸らす。
今回、いつきは一人で参加するつもりだった。
『絶対レーゲンは失わせない』
自分でも彼でもない、「誰か」へ宛てた約束を書いた羽根は、花告げ鳥が持って行ってくれればいいと、願って。
が、その計画はレーゲンの登場によって儚く散る。
「一人だけど何の約束?」
「えーと……内緒っ!」
寄りにもよってレーゲンに見られるわけにはいかない。いつきはひらりと身軽に駆け出すと、庭園の中をぱたぱた、駆けていった。
「あ、逃げた」
一体何事だというのか。不思議そうに眉を寄せながらも後を追って庭園へ入ろうとするレーゲンを、職員が止める。
「五分、待ってくださいね」
にこにこと微笑ましげな顔をしている職員を振り払うこともできず、大人しく5分待機の後、いつきを探した。
しっとりとした庭園の雰囲気は、流石のいつきも感じるだろう。他の人の迷惑を考えて、遊歩道は早々に抜けているはずだ。
とはいえ、懐中電灯の類は禁止されている以上、灯りの届くぎりぎりの範囲内には、居るはず。
(……まさかとは思うけど)
一応、念のため。木の上もちらりと確かめながら、庭園の端の方をぐるりと巡っている、と。
「あ」
居た。本当に木に登っていた。けれど、暗い位置に居る為、あちらからもレーゲンの姿は見えていないようだ。きょろきょろと見渡した後、そぅっと木から降りてきたところを見計らって、捕まえた。
(なんでこんな場所で任務紛いしてるんだろう……)
若干涙目になりながらも、確保したいつきの背をちらりと覗けば、自分の名前が書いてあるのに、気が付いた。
「……なんだ、私の事だったのか」
その一言に、見られてしまったのだと観念したいつきは、ようやく大人しくなり、うー、と小さく唸る。
「そんなに、恥ずかしかったの?」
そうじゃない。そうじゃなくて。
「約束は、嬉しいけど……誰に約束するつもりだったの?」
言えない。言えない。
――だってその「誰か」は、レーゲンの大切な人でしょう?
唇を噤んで、俯いてしまったいつきを、心配そうに見つめていた。
くるくる。そんなレーゲンを窺うこともできないまま、いつきの頭は繰り返し、繰り返し、返す言葉を考えていた。
レーゲンには、一緒に暮らすはずの誰かが居て。
その人は、何故だか、今はレーゲンの傍に居なくて。
レーゲンは今もその人を思い続けているはずなのに、いつきに、鍵をくれた。
二人で暮らすための家に、ただ笑顔で招き入れてくれた。
寒い、冬の日に、訳も分からないまま「神人」として顕現したいつきを、「適合者」として迎え入れてくれた。
(これで、充分だよ)
大切な鍵を握り締めて、いつきはレーゲンを見上げる。
心配そうな顔に、微笑んで。自分の背から毟り取った羽根を握り締めて、とん、とレーゲンの胸元を小突く。
「約束を誓うから……だから、せめて相棒として傍に居させて」
意味と、意志を、図れないまま。それでも、断ればいつきが離れて行く気がして。レーゲンは、頷くしかなかった。
「ありがとう」
花告げ鳥よ、見ているだろうか、聞いているだろうか。
ならばせめて、この「約束」を届けておくれ。
彼と「誰か」の幸せな恋を、今なら、笑顔で見送る事が出来そうなのだから。
●密やかに捧げる
暖色の灯りは足元を明るく照らすけれど、羽瀬川 千代はほんの少しの寒さを自覚していた。
いつも隣で……少し前で佇むパートナー、ラセルタ=ブラドッツが、今は居ない。
一人で歩く時間は、なんだか落ち着かなくて。5分先に進んだ背中を探すように、無意識に歩調を速めていた。
5分なんて、そう長い時間じゃないはずなのに。もどかしさが、距離を遠ざける。
ふと、見えたのはいつもの後ろ姿。ふんわりと華やかな纏は、彼の普段は纏わない色にも思えたけど、目を惹くのは、変わらない。
ほっとしたように零れた安堵の吐息。気取られないように足を止めた千代は、不意に湧いた悪戯心に、そっと足音を忍ばせた。
(……いつも驚かされてばかりだし、たまには仕返し、したいな)
驚いた顔を、見てみたい。
期待じみた思いに押されるように、こっそり、素早く、近づいて。ラセルタの背で風に舞う紐へ、ぱ、と手を伸ばした。
するり、逃げるように指先を滑る羽根。
それを追いかけるようにもう一歩踏み出した千代の体が、ぽふ、とラセルタの胸元に沈む。
ほんのりと冷えた体に、体温を染み渡らせるように。やんわりと抱きしめながら、ラセルタは千代の背に手を伸ばし、彼の羽根を手中に収めた。
離れれば、ひらひら、ラセルタの指先でだけ揺れる、約束の羽根。
「懐に飛び込む大胆な行動は褒めてやる」
本当は、後ろから、紐だけを浚うつもりだったのだけれど。
「だが、俺様を出し抜くには修業が足らんぞ千代」
見透かされているのは、相手がラセルタだからか、それとも、絆が予感を紡ぐからか。
得意気な顔のラセルタに、千代は唇を尖らせて、ぷいと視線を逸らした。
「っ、ラセルタさんはいつも余裕で、ずるい」
拗ねたような口ぶりは、抱きしめられて染まった頬を、誤魔化すかのようで。
だけれど今は、足元から照らす灯りのせいということにして、ラセルタは千代の背から浚った羽根へ視線を落とした。
『伝えた言葉を嘘にしない』
書かれた約束は、千代の真摯な気持ち。
今まで、ラセルタに伝えてきた言葉一つ一つ。
それから、今後伝える言葉も全部。
誠実でありたいと、願うから。
逸らされていた瞳が見つめてくる。真っ直ぐな視線は、ラセルタの口元に満足気な弧を描かせた。
「うむ、及第点の内容だな」
頷き言って、ラセルタは己の背から羽根を外し、千代に渡した。
『これからも遊びに連れまわしてやる』
目を通した文字に、千代から零れたのは、笑みだった。
「これは約束? ラセルタさんの願望じゃなくて?」
「失敬な。お前を連れ回す為に、二人で変わらず過ごす日常を約束すると同義だ」
ふん、と鼻を鳴らしたラセルタは、くすくすと笑う千代に、手と羽根を出せと告げ、不思議そうに差し出されたそれを、そっと取った。
細い手首に、ラセルタの約束を綴った羽根を、結わえる。
ひらりと靡く羽根は、千代の手元で、優しくそよぐ。
「これで、何処にも飛んでいかず、お前の元に残るだろう?」
変わらぬ日常は、いつだって、いつだって、千代の手の届くところに。
「……有り難う。俺も、約束を残すよ」
己の羽根と、ラセルタの羽根が、一度だけ絡むのを感じて。結んだ箇所を撫でれば、くすぐったげに手を引っ込めたラセルタが、つぃと視線を逸らす。
「……冷えてきた。千代、俺様は暖かい飲み物を所望する」
「ふふ、じゃあ暖まりに行こうか。次は一緒にね」
紐から、手首を。手繰り寄せて、羽織の下でそっと繋いで。
二人は並んで、屋台へと向かうのであった。
●暖かに囁く
まぁるい灯りが点々と。導くように足元を照らす。
幻想的な光が右に左に佇むのを追いかけていたシルヴァ・アルネヴの視線が、ふと、誘われるように、上がる。
ふわり、鼻を掠める甘い香り。
金木犀の、独特な芳香は、シルヴァの視線を、意識ごと引き寄せる。
華やかな纏に、ひらりと翻る羽根。
ほんの一瞬、合った気がした視線が、するりと逸らされて。マギウス・マグスの歩調は、ほんの少し、早くなる。
駆けるでもなく、逃げるでもなく。まるで、誘い込むようだと、思いながら。
同じ歩調で、シルヴァは揺れる羽根を追いかけて。ふ、と。灯りの途切れる木陰に紛れ込んだ袖を、掴んだ。
「なんで逃げるかなぁ」
くすくす、笑う声に、マギウスは柔らかく微笑んで、肩を竦めるだけ。
「もしかして恥ずかしい内容とか?」
「そう言う趣旨のはずでしょう?」
暗がりで見つめ返してくるのは、戯れを演じる顔。
楽しさを孕んだ声に、今度はシルヴァが肩を竦めて笑い、くるり、指先に引っ掛けた羽根を、つん、と引いて攫う。
「読んでも?」
「勿論」
微笑んだマギウスの指先にも、同じもの。
瞳を瞬かせて自分の背に手をやると、はためいていた羽根が取られていた。
「じゃあ、同時に読むか」
せーの、で。落した視線。
マギウスの背に有った、柔らかな羽根に記されていたのは、誓い。
『いつまでもシルヴァを守ります』
ひそり、伝わるマギウスの感情。神人と精霊だからとか、そんな契約上の建前ではない、特別な思いが、文字をなぞる指先から伝わってくる気が、する。
知らず微笑んだシルヴァが顔を上げると、マギウスは、驚いたような顔でシルヴァを見つめていた。
「シルヴァ……」
羽根の、約束は。残せば果たす努めが生じるのが暗黙の了解。
書かれた内容の意味など問うまでもなかったけれど、どんな思いで綴ったのだろう。
図るように、見つめていたつもりが。暗がりで寄せられた顔に、自然と瞳を伏せていた。
花告げ鳥の囁くような鳴き声と、少し冷えた風が、静かに庭園を撫でていく。
その空気の中で触れた物は、暖かかった。
「……シルヴァのくせに、生意気ですね」
「酷い言いぐさだなぁ」
いつもの顔で笑う彼は、きっとこの暗がりから離れた時には、ほんの些細な変化も無くなっているのだろう。
当たり前のような顔で笑って、額に触れる唇。
怒られるかもしれないと心のどこかで思っているのだろう、控えめなそれに、けれどマギウスは、小さく、窘めるような溜息をつくだけ。
きっと、あてられたのだ。庭園の花の香りが、あんまりにも甘いから。
(多分、これは……)
ただの言い訳だけれど。
互いの羽根を互いに指先で遊んでいると、小さな鳴き声が聞こえて、くるり、何かが二人の頭上で旋回した。
「あ……花告げ鳥」
この季節は姿を見せる事のない彼らのそれは、まるで何かを祝福するかのようにも見えて。
けれど、それ以上に、秋の仄かに冷えた空気に一層毛を膨らませた姿が、微笑ましくて。思わず、笑っていた。
「春にまた来るな」
きっとまた、二人で。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 10月17日 |
出発日 | 10月24日 00:00 |
予定納品日 | 11月03日 |
参加者
会議室
-
2014/10/23-23:41
-
2014/10/23-23:41
プラン書込み終了したよ
予定していた逃走劇は、ころばない程度に少し大人しめになったよ
(レーゲン:でも逃げるよね……(涙目))
みんなのプラン楽しみにしてるねー
-
2014/10/21-19:45
挨拶が遅れてしまったな。ハティとブリンドだ。よろしく。
俺たちは二着レンタルすることになると思う。旅は道連れ。
しっとりと…奪い合い…
……穏やかに行いたいと思う。
庭園の景色も楽しみに。いつか鳥の姿も見てみたいな。
-
2014/10/21-07:59
>いつき
なるほど。ありがとうな。
参考になった。
サウセが花天使を気にしていたから、あちらが使うかもしれない。
逃走劇…。
すごいことになりそうだな。
夜でランプの光がメインだろうから、転ばないように気をつけて。 -
2014/10/20-23:38
信城いつきと相棒のレーゲンだよ。今回もよろしくお願いします
>フラル
天使が花告げ鳥へ「来年も、また来るね」と約束するのだから
花天使を着てる人が自分の羽に、相手へ向けての約束を書いたらいいんじゃないかな
花天使については1着でも大丈夫と思うよ。うちは1着レンタルの予定。
ちなみにしっとりとした夜の公園の中で、全力で逃走劇になりそう……
(他のみんなには迷惑にならないよう、静かにやるからね) -
2014/10/20-20:13
あ、もしかして勘違いしていたか…?
羽根に書く約束は、それぞれが相手に向けての約束を書くってことになるのか?
花天使は2着レンタルのようだし。 -
2014/10/20-08:12
ほとんど、はじめまして、かな。
オレはフラル。相棒はマキナのサウセだ。
よろしくな。
約束は、どっちが書くか悩むな。
互いに伝えたいことはあるだろうし…。 -
2014/10/20-02:23