【月見・ラパン】蛍光廃墟のメデューズ(柚烏 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 打ち捨てられた廃墟に、ふわりふわりと光が舞う。
 赤、青、黄色、紫、緑。そしてそして――色とりどりの光が、ここへおいでと誘うように揺れている。
 仄かな星明りを透かして見れば、その漂う光は海月のものだと分かっただろう。
 ――ここは海の底でも無いと言うのに。涼しげな夜気をかき分けて泳ぐ海月は、ひどく幻想的で。それゆえに、その誰かは問いかけたのかもしれない。
(ねえ、君たちはどうして海を捨てたの?)
 けれど彼らは応えない。仕方なく、握りしめた光筆で宙に絵を描くと、同じ色の光を放つ海月がふわふわと寄り添ってくる。
(ねえ、君たちは、寂しかったのかな)
 光に焦がれて、焦がれて。遥かな空へ、手を伸ばしたいと望んだかのように――。

「ホタルクラゲ、ってご存知ですか?」
 収穫祭を前に、賑わいを見せるラビット・エデン。とある店で、にこやかに声を掛けて来たラビットの少年に、ウィンクルムたちは興味を惹かれた。
「ちょっと変わった海月なんですよ。何せ海じゃなくて空を飛んでるんです。でも、とっても気まぐれで。どこに現れるかは風任せ……と、そんなホタルクラゲが、近くまで来てるらしくって」
 少年が言うには、ホタルクラゲが現われたのは、ここからほど近い廃墟。元は時計台だったらしいが、打ち捨てられてから大分経っており、訪れる人もほとんど居ない場所だと言う。
「で、で、その海月の傘の部分がこう……蛍みたいにぼぅっと光るんです。色も様々で、色んなホタルクラゲがふわふわ宙を舞っているのはとっても綺麗だと思うなぁ」
 行ってみませんか? とこちらを覗き込むような少年の瞳は、くりくりと期待に満ちている。と、其々の反応を確認した所で、少年は懐からペンライトを取り出した。
「じゃーん! そして、そのホタルクラゲたちは、自分と同じ色の光を放つものがあると、傍に寄ってくる習性があるんですよ。そんな訳でこのペンライトです。僕らは光筆って呼んでますけどね、これで宙に文字や絵を描くと、暫くの間光が消えずに残るんですよー」
 さらさらと少年が筆を使って宙に文字を書けば、なるほど、書いた跡が仄かな光を放って輝いている。これを使えば、ホタルクラゲを呼び寄せる事も出来るんです、と少年は胸を張る。
「早速ですし、今夜にでも廃墟に行ってみませんか? 今ならこの光筆もお安くしておきますし!」
 成程、海月にかこつけて筆を売ろうとしていたらしい。それでも――と彼は考えた。夜の廃墟に忍び込んで、ホタルクラゲと戯れて。ついでに光筆を使って絵を描いたり、こっそりあのひとへメッセージを伝えるのも悪くはない。
 どうしようか、と彼は傍らのパートナーの顔を覗き込んだ。

 ――いつか消えゆくものを愛しいと思えるなら。思い出を作るのもまた、良いのかもしれない。

解説

●ホタルクラゲ
どこに現れるかは風任せの、宙をふわふわ漂う海月です。傘の真ん中が蛍のように発光し、色とりどりでとても綺麗です。自分の発光する色と、同じ色の光に近付く習性があります。現在はラビット・エデン郊外の廃墟で目撃されているとか。

●光筆
ペンライトのような形をした、宙に光の絵や文字が描ける不思議な筆。色々カラーは取り揃えてますので、お一人様一色指定してください。宙に書いたものは、10分程度で消えます。お値段はお二人様、2本で400ジェールです。ホタルクラゲを呼んだり、あのひとへ絵やメッセージを送ったり、使い方は色々です。

●廃墟
ホタルクラゲが現在現れている廃墟。元は時計台だったようで、壊れた文字盤が寂しさを誘います。屋上に上がれば空を見上げられ、海月もたくさんいます。向かうのは夜、少年曰く「収穫祭であと少し海月が欲しいから、ふたりで1匹捕まえて来て!」だそうです。

ゲームマスターより

 男性PCさんサイドでは初めまして、柚烏と申します。月見と言うとやっぱり夜ですよね。
 廃墟にふわふわ漂う、色とりどりの海月さんと戯れて下されば、と思います。勿論、あのひとへこっそり想いを伝えるのも良いと思います。
 ほのぼのしんみりな、夜の廃墟で過ごす一夜を提供できればと思いますので、よろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

高原 晃司(アイン=ストレイフ)

  空中に書けるのかー
つっても俺は普段伝えたい事は伝えちまってるからなー
ま、折角綺麗なクラゲをみれるんだからそれを楽しみにすっかな!
まずは折角なんで屋上に上がってみるかな
高い所の景色とかよさそうだし
星とかも見れるそうだしな

折角なんでアインでも書いてみるかな
絵心とか全くねぇけどな!
色は空色で
「くっそー中々上手くいかねぇなーやっぱ人を書くのは難しいわ」

何か他の奴書くかな!
そんなこんなしていくうちにクラゲが集まってきたな
「おおーこんなに集まってきやがった!すげー綺麗だなー」

そういえばどうやって捕まえればいいんかな?
ビニールの中にペンで文字を書けば自然によってくれるかな?
捕獲にもチャレンジしてみるぜ


栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
  わぁ…!(キラキラ)すごい、凄いねこのペン!面白いね!いろんな色欲しいな…一色だけ?うーん…(散々迷った末白の光筆を選ぶ)

ホタルクラゲってどんな形かな…?
(クラゲの図鑑を広げて様々な形のクラゲを描いていく。描く事に夢中で相方放置)
…あれ、動いてる…?あぁ、これがホタルクラゲか…可愛いね
よし…(海の中をイメージして岩や魚などを描いていく)
君も元々は海に居たのかな?どうして空に行こうと思ったの?海の蒼と空の青は違うのかな?どうなんだろうねぇ?(答えを求めている訳ではなく独り言の様に楽しそうに)
…あぁ、行っちゃうの?君は自由にどこにでもいけるんだね
僕は一人じゃ何も出来ないよ…君が一緒じゃなきゃ…


アイオライト・セプテンバー(白露)
  夜はちょっと寒いから
パパと一緒にうさパーカーとうさオーバーオールで行くの
かわいいねーぴょんぴょん♪

光筆はあたしが黄色、パパは水色
パパの好きなアヒルさん描いたげるねー(スキルないから、わりと下手
パパ、できたー(得意げ
その次、あたしとパパー(やっぱり下手
見てみて、ちゃんと手を繋いでるんだよ
その次は、ぶーめらんぱんつ(何故

海月さん掴まえるの可哀想だけど、ごめんね
これ何に使うんだろ
中華クラゲにして食べたら美味しいの?
あむ(生齧り
うわーん、パパが後ろ頭を叩いたー
だってー試したかったんだもんー

あたしも文字書いてみようかな
「パパの意地悪」
…(取り消し線)
「パパだーいすき☆彡」
これでよしっ花丸も付けちゃう



ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
  ペンの色は銀
連戦で完全に回復してない傷有

最近のサーシャの様子に疑問
何故突然機嫌が悪くなるのか問うついでに海月を見に来た
廃墟内で試し書き

掌に乗る海月を眺める
包むような優しい光が教会に居た頃や聖夜祭の時の事を彷彿とさせ胸が痛む
無意識に頬の傷に触れる

サーシャの返答に納得出来ず海月に八つ当たりしようとして逃げられる
文字消滅と同時に海月が再び自分の掌へ


台詞
俺は強くならなければならない
危険を顧みる余裕などない
オーガの襲撃で人を失う悲しみを…俺のような人を無くす為に、だから(十字架に祈り文字を書く

文字
Рядом со мной всегда

例えこの力が破滅の序章だとしても
この手を掴むとあの時そう誓ったから



鳥飼(鴉)
  朽ちた場所に集まる幻想的な光。
絵になりますね。(一つ頷く

そうですね。僕は、夜空が好きなんです。
星が煌めいてきれいですし。
届かないのについ手を伸ばしてしまいそうな。そんな掴めなさも合わせて。

(鴉さんの様子をなんとなく感じ取り)
鴉さんは、夜は嫌いですか?
(鴉さんの言葉には、柔らかく微笑む

光筆でおもむろにカラスの絵を描く。(デフォルメ、なんとか判る画力

絵はあまり得意じゃないんです。(やや照れ
歌なら、少しは。(弟に褒められた思い出が過る

星ですか。この場に合った曲にしますね。(にっこり

歌に合わせて、自分の周りにくるりと円を描いたり、星を書いたり。
近づいてきた一匹をついでに確保。

光筆は、目の色に合わせ青。



●星巡りの歌
 ――そこは、静かに朽ちてゆく廃墟だった。針が止まった文字盤、錆びた手すりに崩れ落ちた壁。かつては賑わい、人々の訪れを待ち――高らかに時を告げた時計台も、今はただ無情に過ぎ行く時間をその身に刻むのみ。
 たん、たんと。そんな廃墟の石階段を昇る靴音が、不意に響いて。静寂を纏う夜に、波紋のように広がる幾つかの気配があった。
(……あのひとと、共に過ごせたら)
 今にも零れ落ちてきそうな星空を見上げ、廃墟の訪問者たちはゆるやかに吐息を零す。そんな彼らを、幻想へと誘うように――ゆらりゆらりと宙を漂うのは、蛍のような燐光を放つ海月の群れだった。
 ――さあ、手を伸ばそう。あの空へ届くように。光の筆で、想いを描こう。あのひとの心へ、届くように。
「夜に、廃墟ですか」
 そう言って、整った面に浮かべた微笑を、ほんのわずかに軋ませたのは鴉。室内では無いだけマシですかね、と呟く、彼らが居るのは廃墟の屋上だ。錆びついた手すりを慈しむように撫でて――神人である鳥飼は、星空に向けて手を伸ばす。
「朽ちた場所に集まる、幻想的な光」
 ふたりの周囲には、空を漂うようにホタルクラゲがふわふわと泳いでいて。その傘に灯った光のひとつひとつが、甘い秘密を囁くように淡く瞬く。
「……絵になりますね」
 一つ頷いて、穏やかに微笑む鳥飼の姿は、女性と見紛うばかりに美しく――主殿の見目ならば、絵の一部でも問題無いでしょうね、と鴉は頷いた。
「主殿は、夜が好きなのですか?」
 彼の、澄んだ青の瞳に灯った輝きを認めたから。問いかける鴉の声は、夜に染み渡っていく。ええ、と言うように鳥飼は豊かな髪を風にそよがせ、天を仰いで言葉を紡いでいった。
「そうですね。僕は、夜空が好きなんです。星が煌めいてきれいですし」
 瞬く星明りを受けて、鳥飼はもう一度、空へ向け掌をかざした。透き通るような白い肌が美しい、と鴉は、夜の中に在って尚光輝く主の姿を静かに見つめる。
「……届かないのに、つい手を伸ばしてしまいそうな。そんな掴めなさも合わせて」
 と、囁いたそこで。鳥飼は、笑顔の仮面の裏に滲ませた、鴉の居心地の悪さをなんとなく感じ取ったらしい。小首を傾げ、彼は己の精霊へと静かに尋ねる。
「鴉さんは、夜は嫌いですか?」
「嫌い。そうですね。私はむしろ嫌いな部類に入りますが……」
 薄らと細めた瞳は、廃墟に浮かぶ光を捉えた。ああ、と鴉は吐息を零して、そっとその先を続ける。
「これだけ不穏さを感じないのであれば」
 嫌とまでは、いかないかも知れない――その鴉の言葉に鳥飼は柔らかく微笑むと、光筆を取り出しておもむろに絵を描き始めた。その光の色は、彼の瞳と同じ青。
「……よりによってそれを描きますか」
 呆れ、額を押さえた鴉の視線の先、鳥飼が描いていたのはカラスの絵だ。可愛らしくデフォルメされているが、それでもなんとか判る、という画力に、鳥飼はやや照れたように髪をかき上げた。
「絵はあまり得意じゃないんです」
「いえ、絵のレベルは気にしていません」
「歌なら、少しは」
「人の話を聞いてはどうですか、主殿」
 鴉は溜息をひとつ、けれどその歌声を聴いてみたいと思ったから――一曲いただけますかと顔を上げる。歌うのであればそう、主殿の好きな星の曲が良い。
「星ですか。この場にあった曲にしますね」
 にっこりと鳥飼は微笑んで、弟に褒められた思い出を過ぎらせながら。静かに――やがて高らかに、その喉を震わせる。
 アルトとテナーの中間、その美声が紡いでいくのは、綺羅星の輝きのうつくしさ。そして、それをしるべにして、静かに夜を渡っていく鳥たちの物語だった。そう、それはまるで、自分たちを――そして鴉を、慈しむような歌であったから。
「……言うだけのことはありますね」
 主殿、と呟いて。鴉はその歌詞を、聞こえたまま空中に書いていく。ほんのわずかな時でいいから、その歌の欠片を留めておきたいと思ったのだろう。
(ああ、綺麗ですね……)
 彼の光筆は、瞳と同じ紫色――鳥飼も歌いながら、青の筆でくるりと円を描いたり、星を描いたりして。やがて近付いてきた海月を一匹確保して、ふたりは顔を見合わせて笑い合った。

●筆が描く海の色
 空へ、空へと近付いていくのに。屋上で出迎えてくれたのは――星の光を透かして、ぼぅと青白く浮かび上がる海月たちだったから。まるで海の底へ沈んでいくみたいだと、栗花落 雨佳は思う。
 空に瞬く星々もまるで、水面に煌めく陽光を思わせて――傍らのアルヴァード=ヴィスナーも、そっと金の瞳を細めた。
(わぁ……! すごい、凄いねこのペン! 面白いね!)
 光筆を勧められた時の、雨佳の無邪気な顔を思い出して、アルヴァードは「やれやれ」と言った様子で髪をかき上げる。やはり美大生で絵に親しむ彼は、不思議な画材には興味津々といった様子であり。いろんな色が欲しいけれど、一色だけ選ばなくてはならない現実に、雨佳は真剣に悩んでいたようだった。
(……すげぇ生き生きしてんな……)
 結局雨佳が選んだのは、白の光筆で――目を輝かせて筆を絶賛している彼を、アルヴァードは微笑ましく思った。普段は割とどうでも良さそうな反応をしている事が多い為、余計にそう思えたのかも知れない。
「おい、足元気をつけろよ。躓いて転ぶぞ……って、聞いてねぇし……」
 見れば、雨佳は海月の図鑑を広げ、光筆を取り出して様々な形の海月を描いていた。ホタルクラゲってどんな形かな、と眼鏡の奥の青い瞳を輝かせ、ふわふわと漂う彼らと戯れるように筆を滑らせる。
「……あれ、動いてる……? あぁ、これがホタルクラゲか……可愛いね」
 すっかり雨佳は絵を描く事に夢中になって、相方を放置しているのにも気付かない。アルヴァードも、彼は夢中になると、ちょっとやそっとじゃ現実に帰って来ない事を知っていたから――適当な所にレジャーシートを敷いて座り、絵を描きまくっている雨佳を見守る事にした。
「……へぇ。こんな所にホントに出るんだな」
「よし……」
 アルヴァードの呟きも、そっと耳を通り抜けていって。雨佳は鮮やかな手付きで、海の中をイメージして岩や魚を描いていく。そうしていると、本当にここは海の中のようで――ゆらゆらと満たされた水の冷たさや、時折肌をくすぐる泡沫さえも、静かに感じ取れるかのようだった。
「君も元々は海に居たのかな? どうして空に行こうと思ったの?」
 夢見るようにホタルクラゲに問いかける雨佳は、心に浮かんだ想いをぽつりぽつりと唇から紡いでいく。その手に握られた光筆が軌跡を描いて、仲間の海月を生み出した。
「海の蒼と空の青は違うのかな? どうなんだろうねぇ?」
 きっと、彼は答えを求めている訳ではなく――それは無意識に発せられる独り言。けれど雨佳は楽しそうに囁き、紅の唇に上品な笑みを浮かべた。
(肌寒くなってきたな……)
 肌を撫でていく夜風にアルヴァードは立ち上がると、雨佳の肩にそっと、持ってきたケープ型の上着を羽織らせる。しかし、雨佳は気付かず黙々と絵を描いており――やはり芸術家は変人なのか、とアルヴァードの零した吐息は、宙に溶けていった。
「……あぁ、行っちゃうの?」
 名残惜しそうに雨佳が呟けば。そこには光を失っていく絵に別れを告げて、ふわりと空に帰っていくホタルクラゲが居た。
「君は自由にどこにでもいけるんだね」
 その声に滲んだ切ないまでの羨望、そして悲哀が感じられたから――アルヴァードは雨佳の艶やかな黒髪を、くしゃりと撫でていた。
「……お前だって、自由にどこにでも行けるだろ?」
 ふっと夜に溶けてしまいそうな、何処か儚げな空気を纏って、雨佳が振り向く。気のせいだろうか、その瞳は微かに潤んでいるように見えた。
「僕は一人じゃ何も出来ないよ……君が一緒じゃなきゃ……」
 ――ああ。そんな顔をするな、とアルヴァードは雨佳を抱き締めたい衝動に駆られる。けれど心の奥底では、こんな顔を見せるのは、自分の前だけで良いとも思っていて。
「……バカ。……どこにだって連れてってやるよ……」
 きっと。月の廃墟で交わした約束を、ふたりは忘れないだろう。

●交差する想い
 そっと頬に刻まれた古傷をなぞり、ヴァレリアーノ・アレンスキーは静かに頭上を見上げた。戦に追われ、その細い身体には、完全に癒えていない傷がまだあったけれど――ヴァレリアーノは黒衣に身を包み、とんと乾いた床を踏みしめる。
(……最近のサーシャの様子は、何なんだ)
 共に在る精霊のアレクサンドル。何故、彼の機嫌が突然悪くなるのかを問うついでに、ふたりは海月を見に廃墟へやって来た。
「ほら……アーノ」
「ああ」
 言葉少なに、アレクサンドルは紫の光筆を走らせ――ふたりを囲むように円を描いて海月を呼び寄せた。銀の筆を持つヴァレリアーノは試し書きをしていたが、アレクサンドルはそんな彼の掌にも円を描き、おいでと手招くように海月を誘う。
「……成程。少しひんやりしているようだ」
「それに、何かしっとりしている」
 ふよふよとやって来たホタルクラゲは、ヴァレリアーノの掌にぺとりと乗って。それを撫でたアレクサンドルが興味深そうに頷くと、ヴァレリアーノは指先を伝う不思議な感覚に、掌の海月をまじまじと眺めた。
 ――仄かに瞬く、紫の光。その包むような優しい光は、ヴァレリアーノの切ない記憶を呼び起こす。凍てついた風が吹き付ける故郷、けれど教会で過ごした時間はとてもあたたかだった。聖夜祭の思い出がふと過ぎり――ヴァレリアーノの胸がちくりと痛み、彼は無意識の内に、再び頬の傷に触れていた。
(まるでこの海月は、我等のようだ)
 自分たちの瞳と同じ、紫の光を放つ海月。その姿に、自らを重ね合わせたアレクサンドルは、ふと隣で押し黙るヴァレリアーノの様子を見る。
「……サーシャ。何故最近、機嫌が悪くなる?」
 と、不意にヴァレリアーノがアレクサンドルを見上げて問いかけた。けれど彼は、ヴァレリアーノへ返答する前に、その細い手を引いて階段を駆け上がる。サーシャ、と少年が何か言う前に、無言のままアレクサンドルが向かったのは屋上だった。
 ――ざぁっ、と乾いた埃を舞い上がらせるのは、冷たさを増した夜の風。その時、壊れた時計、その色褪せた文字盤が目に入った。もう動かない針が示しているのは、この場所がさよならを告げた時間だろう。
「アーノ」
 振り返ったアレクサンドルは、屋上の柵に寄りかかって。優雅な微笑を浮かべたまま、片方の指同士を絡め――ヴァレリアーノの腰を引き寄せて、そっと耳元で彼の望んでいた答えを囁いた。
「……逆に。我が自身をおざなりにし、敵に身を投げ売ったら、アーノはどう思うかね」
 アレクサンドルのまなざしは、まるでヴァレリアーノの癒えぬ傷を見透かすように細められて。けれど、ヴァレリアーノは眉根を寄せると、毅然とした顔で彼の精霊を睨みつけた。
「俺は強くならなければならない。危険を顧みる余裕などない」
「勇敢と無鉄砲は違うのだよ」
 静かに、しかし冷然と真実を突き付ける声音でアレクサンドルが告げる。だけど――と、ヴァレリアーノは己の首から下がる十字架を握りしめた。
「オーガの襲撃で人を失う悲しみを……俺のような人を無くす為に、だから」
 祈り、ヴァレリアーノは宙に文字を書く。例えこの力が破滅の序章だとしても、この手を掴むとあの時そう誓ったから。
『Рядом со мной всегда』
(想いは違えど、交わる所は同じか)
 溜息をひとつ。そしてアレクサンドルもまた、想いを巡らせる。我は肉塊を抉る快感を味わえればいい。故にアーノに死なれては、契約破棄になるので困る。
(アーノ程の適合者は居ない。離れられないのは……)
 彼の心の裡を、知る術は無い。けれど、アレクサンドルも筆を走らせ、すらすらと宙に文字を刻んだ。
『汝が望むままに』

●親子うさぎは廃墟に踊る
 秋の夜はちょっと寒いから。けれど、こんな澄んだ空気なら、空の星たちはとても綺麗に見える。星空を見上げるのが好きなアイオライト・セプテンバーの瞳は、そんな星たちにも負けないくらいにきらきらと輝いていた。
「パパと一緒にうさパーカーとうさオーバーオールで行くの!」
「アイ、私もうさぎの恰好をしないと駄目ですか?」
 白露の眉が、力無く下がっていって。可愛らしいうさぎさんの顔がついたパーカーとオーバーオールでコーディネイトされたふたりは、まるで本当のうさぎさんの親子のよう。ちなみにアイオライトがくろうささんで、白露がしろうささんだ。
「似合わないと思うんですけどね……」と言う白露の声には、「ダメ」と妙にきっぱりしたアイオライトの声が返ってきて。気が付けばふたりは、屋上で海月たちに囲まれていた。
「パパは絶対にかわいいの! だから、ちゃんとうさぎしてねっ」
 かわいいねーぴょんぴょん♪ とはしゃぐアイオライトは、正に月で跳ねるうさぎさん。そのままポケットにしまっておいた光筆を取り出すと、アイオライトは片方を白露に手渡した。アイオライトが黄色で、白露は水色だ。
「パパの好きなアヒルさん描いたげるねー」
 そう言ってさらさらと筆を走らせるアイオライトだが、不思議な筆では中々思ったようには描けない。それでも下手……ではなくて個性的なアヒルの絵を描き終えると、彼は「パパ、できたー」と得意げな表情になる。
「その次、あたしとパパー。見てみて、ちゃんと手を繋いでるんだよ」
 その絵はやっぱり、ちょっぴり下手っぴだったけれど――笑顔のふたりはとても幸せそうで、白露の口元がふわりと綻んだ。が、次にアイオライトが描き始めた絵を見ている内に、彼の顔が次第に微妙なものになっていった。
「その次は、ぶーめらんぱんつ」
(何故)
 心の中でツッコむ白露パパ。もしかしてアイは穿いてみたいと思っているのだろうかとか、そんな益体も無いことを考えたりする。そうして、絵心がないと言った白露が宙に書いたのは願い事。
『アイがいい子になりますように』
「あたし、いい子だもん」
 すぐさま文字を見たアイオライトは、むぅと頬を膨らませて。やがて光に誘われたホタルクラゲに手を伸ばし、そのひんやりとしたからだをそっと抱きしめる。
(海月さん捕まえるの可哀想だけど、ごめんね)
 でも――これ、何に使うんだろうとアイオライトは首を傾げた。収穫祭で必要だって言ってたけど、中華クラゲにして食べたら美味しいのだろうか。
「あむ」
 思うや否や、アイオライトは生齧りをしていて。
「ってアイ、何を食べてるんですか。ぺっしなさい、ぺっ」
 と、その異変に気付いた白露が、息子のように思っている神人の頭を叩く。愛の鞭である。
「うわーん、パパが後ろ頭を叩いたー。だってー試したかったんだもんー」
「口の中は大丈夫ですか。水も飲みますか?」
 けふんけふんと咳き込むアイオライトを見遣り、今度こそちゃんと捕まえようと決意を新たにする白露だった。そして――何とか無事に、海月の捕獲は完了して。
「こんなに静かでいい場所なのに、騒いでしまいました……」
 他の人に迷惑をかけていないか心配です、と呟く白露だったが――廃墟は広く、少し位騒いだ所で聞きとがめる者はいないだろう。ふと静かになったアイオライトを見遣れば、今度は光筆を使って文字を書いているようだった。
『パパの意地悪』
 ――けれど、そこで慌ててアイオライトは取り消し線を引っ張って。
『パパだーいすき☆彡』
 ついでに花丸も付けて賑やかに踊る文字を見つめて、白露はそっと眼鏡を押し上げた。
「悪い子じゃないんですけどね……ものすごくいい子なわけでもないですけど」
 そっと漏らした呟きに、むぅとアイオライトはまなじりをつりあげて、ぷんすかと怒る。
「やっぱりパパ意地悪だ」

●変わるものと変わらぬもの
「空中に書けるのかー」
 空色の光筆をすっと滑らせて、楽しげな微笑みを漏らすのは高原 晃司。想いを伝えるのも素敵です、なんて文句に釣られてしまった訳ではないけれど。
(普段伝えたい事は伝えちまってるからなー)
 今更特別に言葉にしたい想いもなくて、晃司は珍しいホタルクラゲの見物と洒落込む事にした。軽やかに石階段を駆け上がる晃司とは反対に、落ち着いた足取りでゆっくりと後に付いてくるのは――彼の恩人であり、精霊のアイン=ストレイフだった。
 その途中で、アインは自分の光筆を晃司に手渡していた。彼がどんな事を書くのかも、少し気になっていたからだ。
「おお、やっぱ高い所は景色がいいなー。星も見えるし」
 満天の星空を見上げる晃司は、廃墟の屋上でくるりと一回転をして。そんな楽しげな晃司の姿を、アインは少し離れた所から見守っていた。ゆっくりと吐き出した紫煙が、夜気に溶けていく。
『私はここに居ますから晃司は好きにしててください』
 そう言ったアインの言葉に素直に従ったのか――晃司はおもむろに空色の筆を手に、アインの似顔絵を描いているようだった。
「くっそー、中々上手くいかねぇなー。やっぱ人を描くのは難しいわ」
 絵心とか全くねぇけどな、と断りを入れておいたが、それでも晃司は大切なひとの姿を何とか描こうとしている。
(最近、晃司の様子が少しおかしい気がしましたが、どうやら気のせいだったみたいですね)
 何時もと変わらぬ神人の姿に、アインは知らず知らず相好を崩し――ウィンクルムとして活動を始めた自分たちの生活について、静かに思いを馳せた。
 自分たちの生活も、多少変わってきたけれど。それでも、少なくとも一緒に行動する機会は増えてきている。それはいいと思うのだが。
(現状が壊れるのは、やはり……怖いのがありますね……)
 精悍なアインの表情に、ふと陰りが差す。しかし、そんな時――「おおー」と言う晃司の歓声が聞こえて来て、アインはふとそちらに瞳を向けた。
「こんなに集まってきやがった! すげー綺麗だなー」
 見れば晃司の描いたアインの似顔絵の傍に、水色のホタルクラゲがふわふわと集まってきている。そこで彼は海月の捕獲について思い出したらしく、どうやって捕まえたらいいのかと思案しているようだった。
「ビニールの中にペンで文字を書けば、自然に寄ってくれるかな?」
「……ふふ」
 海月と戯れ、懸命に捕まえようとしている晃司の姿に、アインの相貌が緩む。――こんな思いはそっと隠しておいて、今は晃司と一緒に海月を捕まえるのに集中しようと思った。
(きっと今は、その方がいいでしょうしね)

 ふわり、ふわりと海月が舞う。蛍の燐光を放ちながら、彼らは廃墟に戯れる。
 想いが届けと、光の筆が宙を舞う。色とりどりの軌跡を描いて、大切なひとに伝えるように。
 ――夜は、明ける。闇の中で輝く光も、更なる光に呑まれて消えていく。
 けれど、いつか消えゆくものを愛しいと思えたなら。その光はきっとこれからも、あなたたちの心の中で輝いていくだろう。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月26日
出発日 10月04日 00:00
予定納品日 10月14日

参加者

会議室

  • [5]高原 晃司

    2014/10/03-22:03 

    すっげーおそくなっちまった!
    高原晃司だ
    鳥飼はよろしくたのむな!
    プランは提出済みだ
    みんなで一杯クラゲと絵描きを楽しもうな!

  • ここに書き込むのが遅くなってしまったな。こ
    ヴァレリアーノ・アレンスキーだ。もし廃墟でばったり会う事があれば宜しく。
    珍しい海月がいるようだな。見るのが楽しみだ。

  • [3]栗花落 雨佳

    2014/09/29-18:44 

    こんにちは。栗花落雨佳とアルヴァード・ヴィスナーです。
    今回もどうぞよろしく。

    ふふ、空に絵を描ける不思議なペンがあるそうで、すごく楽しみです。
    ふふふー。

  • [2]鳥飼

    2014/09/29-12:48 

    晃司さんと、アインさんは初めまして。
    「鳥飼」と呼ばれています。よろしくお願いしますね。

    他の方は、またお会いしましたね。お久しぶりです。
    今回もよろしくお願いします。

    ホタルクラゲですか。きれいなんでしょうね。


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