プロローグ
●鍵の町ターレン
「ええっとぉ……『鍵の町ターレンの、心を開く鍵の伝説に興味はございませんか?』」
ミラクル・トラベル・カンパニーの青年ツアーコンダクターは、メモを片手にそう呼びかける。そして、ついとメモから顔を上げて紡ぐのは、彼の心が赴くままの、言葉。
「細工物の鍵で有名なターレンって町があってさ。ターレンの鍵っていったらめちゃくちゃ高価なので有名なんだけど、実はおもちゃの鍵も売ってるのね。そのおもちゃの鍵を、『ターレンの魔法使い』って呼ぶの」
『ターレンの魔法使い』は、素材こそ安価な物で作られてはいるが、鍵の町の職人たちの酔狂な遊び心か、本物の鍵にも負けないくらい精緻で美しい。宝石のような色硝子を埋め込んだ物や、様々なモチーフを彫り込んだ物など種類は様々。眺めているだけでも楽しいだろう。そして、その鍵が『魔法使い』と呼ばれる理由は。
「その鍵をね、自分の胸に当てると心の扉が開くんだって。勇気を望めば、勇気の扉が開く。素直さを望めば、素直さの扉が開く、ってね。町に古くから伝わるおまじない」
願いをかけ終わった鍵は、鍵の森と呼ばれる街外れの森の木の枝に、紐で結える。数限りない『ターレンの魔法使い』たちに彩られた森を散歩するのも、きっとロマンチックに違いない。
「それからそれから。ターレンは、鍵が有名なだけじゃなくて美味しい名物もあって!」
力説するツアーコンダクター。村の自慢である鍵を模したクッキーが、町の広場で売られているという。
「鍵の形のクッキーにはステンドグラスみたいにカラフルな飴が填め込まれてて。見ているだけで楽しいけど、味もとっても美味しいんだ」
鍵の町の過ごし方は人それぞれだ。パートナーと鍵を選び小さな魔法使いに願いをかけてもいいし、鍵の森を散策するのもいい。クッキーの鍵の優しいお味に笑み零すのも。その他どんなふうに過ごすのも、訪れた人の自由。
「鍵の町ターレンまでのバスは、ウィンクルムさまお一組につき250ジェール。参加される方は、どうかいい旅を」
青年ツアーコンダクターは、にっこりと話を閉じた。
解説
●今回のツアーについて
鍵の町ターレンを満喫していただければと思います。
ツアーのお値段はウィンクルムさまお一組につき250ジェール。
(『ターレンの魔法使い』や鍵型クッキーをお買い求めの場合は、そちらは別料金となります)
ツアーバスで朝首都タブロスを出発し、午前中に村へ着きます。
数時間の自由時間の後タブロスへ戻る日帰りツアーです。
夕方にはバスが出ますので、夜の描写は致しかねます。ご注意ください。
●『ターレンの魔法使い』と鍵の森について
詳細につきましては、プロローグをご参照願えればと思います。
『ターレンの魔法使い』は町中の鍵屋さんで取り扱っていますが、お値段は一律で1個40ジェールです。
お持ち帰りはできませんのでどうぞご注意くださいませ。
選んだ『ターレンの魔法使い』の見た目や開きたい心の扉をプランにご記入いただきますと、リザルトノベルに可能な限り反映させていただきます。
●その他のお楽しみについて
ここでしか食べられないものとして、ツアーコンダクターくんがご紹介している鍵型のステンドグラスクッキーがあります。
町の広場で購入でき、お値段は1つ20ジェール。掌くらいのビッグサイズです。
広場にはベンチと巨大な鍵のモニュメントがあります。
●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなります。お気をつけくださいませ。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
好きなモチーフは色々ありますが、鍵もそのうちの一つです。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハティ(ブリンド)
フォルの計算ばっかりしてないでアンタも来いよ 一本限りならと鍵選びには時間をかけて 目を付けたのはスタンドグラスの鍵 氷みたいに透明な薄青いグラスに銀色の 手に取ってブリンドの顰めっ面の横に並べて見る リン、アンタにどうかと思ったんだけど 使わないなら俺がもらうな 自分に無い色をきれいだと思った リンのようになりたいかと言えばそうじゃない なりたいんじゃなくて奴には居てもらいたいんだ リンは色々言ってくるけど、俺の感情がわかり難いのにも問題はある 伝えられるように鍵に願って…いいのだろうか どうやら俺はリンが俺の事で困ると安心するらしい 結ぶ手を止めて少し考え、回る手に我に返る …こういうのは自分でやらないと意味ないだろ |
シルヴァ・アルネヴ(マギウス・マグス)
行楽の秋を目前に、旅行に良い気候になったので 少し遠出をしてみるかとマギを誘ってみた。 クッキーは家族へのお土産にできるかなー。 クッキーを買い求め、町の中で一際目立つモニュメントへ 「でっかい鍵だなー」ぺちぺち 暫し見学した後ベンチに腰掛け、マギが作ってくれたサンドイッチで軽く昼食を済ませる。 クッキーはおやつに。 鼻に抜けるバターの香りとちょうどいい甘さ、クッキーのサクサクと一緒に 砕けた緑や赤や黄色のキャンディが不思議な噛み応えで美味しく楽しい。 食べ終わったら鍵の森の場所を聞いて見学に マギの問いかけの声に、うーん。と考え 笑って答えたら、なんかすごい勢いで視線と顔逸らされた。 |
栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
鍵、色々並んでいるね。綺麗だけど…やっぱり良いお値段だね …心の扉を開ける鍵…か。僕にとって、鍵は開けるものでなく閉じるものなんだけど… 君は何か開けたい扉がある? 僕は伝えなくちゃならないと思っている事は言っていると思うけど…無意識に、言わなくても良いかなって思っちゃう事はあるかもしれないね 何が伝えなきゃならない事なのか分からない時がある… 君は、僕の何が知りたい? …そうだね、ごめん。君が言ってる事は正しい 魔法使い達が、誰にどんな願いを託されたのか見に行こうか…そしたら、少しは分かるかもしれない… 皆、自分がうまく出せないものを分かっているんだね… …君の優しさに鍵なんか掛かってないよ 僕は知ってるから |
アレクサンドル・リシャール(クレメンス・ヴァイス)
広場に面したお店のショーウィンドウを眺める あ、クレミー、これ猫の尻尾が鍵だ!可愛いなあ カギ(鉤)尻尾の猫は幸せを引っ掛けるっていうから そこにかけてるのかな(値段見て悶絶) こっちが魔法使いか、綺麗だなあ これ綺麗な木の枝の形してる えー。クレミーだって案外素直だし 勇気を出さなきゃ言えないような事なんてないだろ? あー、ダメ出しあるなら聞く 迷惑かけてなければいいんだけど 立ち話もなんだしクッキー食べよう ベンチ席取りしといてくれるか?(クッキー二つ買ってくる) ごめん、俺そこまで大変だと思ってなかった あの……適当に断ってくれていいからな? うん、クレミーから誘ってくれたら凄く嬉しい! (嬉しそうにクッキー食べる) |
ウィーテス=アカーテース(パラサ=パック)
鍵の町ターレンかぁ…どんな所なんだろうね パラサは行った事はあるかい? あはは。それは鍵が好きなのか その先の宝箱が好きなのか、どっちなんだろう 到着したらターレンの町を見て回ろう 本当に鍵がたくさんあるんだね、綺麗だなぁ 鍵のモニュメントを見ながらベンチに座り 鍵型のステンドグラスクッキーを食べつつ のんびりと休憩します ねぇパラサ もしもモニュメントの鍵に合うような宝箱があったら 中にはどんなものが詰まっているんだろうね あはは。財宝かぁ そう言えばパラサはいつも財宝って言っているけれど 財宝を見つけたらどうするつもりなんだろう? ちょっと聞いてみようかな うん?僕かい? そうだなぁ 僕は鍵が入っていたら面白いなって思うよ |
●鍵に想う
「鍵の町ターレンかぁ……どんな所なんだろうね」
ターレンへと向かうツアーバスの中。ウィーテス=アカーテースは、前髪に隠れた目元を柔らかにする。「パラサは行ったことはあるかい?」と窓の外に目を遣っていたパラサ=パックへと問い掛ければ、パラサはウィーテスの方を振り向いてにっと笑み零した。
「鍵の町ターレンへかい? もちろんさ、となりの。パラサ=パックは鍵が好きだからね」
だって、と銀の目を輝かせるパラサ。
「宝箱を開ける為には鍵が必要だろう?」
相棒のらしすぎる物言いに、
「あはは。それは鍵が好きなのか、その先の宝箱が好きなのか、どっちなんだろう」
ウィーテスは穏やかに目を細めるのだった。
鍵の町へと辿り着けば、2人のんびりと町を見て回る。ターレンは初めてでないパラサ、きょろきょろと物珍しげなウィーテスが何かに気を取られる度に、それについて説明する。
「本当に鍵がたくさんあるんだね。綺麗だなぁ」
鍵を商う落ち着いた趣の店の前、ショーウィンドウの向こうに精緻で煌びやかな細工の鍵を見つけてウィーテスは感嘆の息を漏らした。隣から、パラサが同じ物を覗き込む。
「それが所謂『ターレンの鍵』さ、となりの。値段を見てご覧よ」
「値段? ……うわぁ」
ウィーテスの反応にパラサはころころと笑った。
「『ターレンの鍵』は高価なので有名だからね。中に入ればおまじない用の玩具の鍵もあるけれど、パラサ=パックのおすすめは食べられる美味しい鍵さ」
「美味しい鍵?」
「そうだぎゃー。ほら、こっち!」
「わ、ま、待ってよ!」
弾むように町を行くパラサの後に、ウィーテスも続いて。目指すのは、町の広場だ。
「ん……美味しいね、これ」
広場のベンチにて。名物の鍵型クッキーをはむはむと頬張りそう零したウィーテスを見て、何故だかパラサは得意顔。クッキーに填め込まれたエメラルド色の飴のメロン味を口に楽しみながら、ウィーテスは広場の中央、巨大な鍵の形のモニュメントをのんびりと見やった。
「ねぇパラサ」
名を呼ばれて、シトリンのような黄色の飴が填まったクッキーを口に咥えたまま、パラサがウィーテスへと視線を遣る。
「もしもモニュメントの鍵に合うような宝箱があったら、中にはどんなものが詰まっているんだろうね」
「あのモニュメントの鍵かい?」
ウィーテスの言葉に、パラサは目をぱちぱちとした。それから、太陽のように明るく笑み零す。
「となりのは面白いことを言うね」
巨大な鍵がぴたりと填まる、大きな大きな宝箱。その中身を考えるのは、中々に楽しい遊びのような気がした。想像の翼を羽ばたかせて、パラサはすぐに彼らしい答えを導き出す。
「そうだね、パラサ=パックなら……やっぱり財宝さ!」
迷いのないその言葉に、ウィーテスはくすりと笑みを漏らした。
「あはは、財宝かぁ。うん、いいね。あの鍵に合うような宝箱に入ってるんだから、それはもう沢山の財宝なんだろうなぁ」
宝の山に埋もれて顔を輝かせるパラサの姿が、目に浮かぶような気がする。口元を緩めるウィーテスの脳裏に、ふとある疑問が浮かんだ。
(そう言えばパラサはいつも財宝って言っているけれど、財宝を見つけたらどうするつもりなんだろう?)
ちょっと聞いてみようかな、とウィーテスはパラサに思ったままを問うてみる。パラサが、にっと白い歯を零した。
「そりゃあもちろん、次の宝探しへの投資さ! ジェールは使ってこそだよ。そうやって、世の中にオイラの見つけたジェールが回っていくと考えると楽しいじゃないか」
「成る程。確かにそれは面白いような気がする」
「そういうとなりのはどうなんだい?」
「うん? 僕かい?」
そうだなぁとウィーテスは暫し考え込んで――じきに、彼なりの答えを手繰り寄せる。
「僕は、鍵が入っていたら面白いなって思うよ」
「……鍵? うんうん、そいつはいいや! 宝探しの遣り甲斐があるってものだよ」
晴れ渡る空を仰いで、からり、パラサが笑った。
●魔法使いがいなくても
「あ、クレミー、これ猫の尻尾が鍵だ! 可愛いなあ」
広場に面した大きな店のショーウィンドウの前。アレクサンドル・リシャールは、今にも動き出しそうな黒猫の鍵に目を輝かせながら、傍らのクレメンス・ヴァイスへと声を掛ける。
「カギ尻尾の猫は幸せを引っ掛けるっていうから、そこにかけてるのかな?」
等と声を弾ませたところで――アレクサンドル、件の鍵についた値札に気づいた。そこには、信じられないようなお値段が!
「うわあ……」
ずるずるとその場にしゃがみ込むアレクサンドルを見て、目深に被ったフードの向こう、クレメンスはくすと笑みを漏らす。くるくると変わる神人の表情を見ていると、飽きるということがない。
「アレクス、ほら、こっち」
とんとんとショーウィンドウを指で叩けば、鍵の値段に打ちひしがれていたアレクサンドルが顔を上げた。クレメンスが指し示したのは、『ターレンの魔法使い』。立ち上がったアレクサンドルの瞳が、きらと輝く。
「こっちが魔法使いか、綺麗だなあ。これ綺麗な木の枝の形してる」
すっかり魔法使いに心奪われる相棒の横顔を見やり、クレメンスは目元を柔らかくして、曰く。
「あんさんには魔法使いは必要あらへんねぇ。何でも明け透けに言うてきはるし」
「えー。クレミーだって案外素直だし、勇気を出さなきゃ言えないようなことなんてないだろ?」
そこまで言葉を紡いだところで、「あー」と表情を苦くするアレクサンドル。
「ダメ出しあるなら聞く。迷惑、かけてなければいいんだけど」
この言葉に、クレメンスは顎に手を遣って思案する。
「迷惑……ねぇ」
「そうだ、立ち話もなんだしクッキー食べよう。ベンチ、席取りしといてくれるか?」
考え込むクレメンスをベンチの傍まで誘って、名物のクッキーを買いにアレクサンドルは身を翻した。クレメンス、言われた通りにベンチに座って相棒の帰りを待てば、間もなくアレクサンドルが紙袋を手に駆け戻ってくる。
「お待たせ。ほら、クレミーの分」
「ああ、おおきに」
礼の言葉を伝えれば、返るのは軽い笑み。自分の分のクッキーを取り出しながら、アレクサンドルはクレメンスの傍らへと腰を下ろした。翡翠を思わせる深緑の飴が填まったクッキーを手に、クレメンスは言葉を選ぶ。
「なあ、アレクス。あたしの家は森の中で、タブロスまで2時間半くらいかかってる」
目を見開くアレクサンドル。その顔に次に浮かぶ表情が見えるような気がして、クレメンスは急ぎ言葉を続けた。
「けど、それを迷惑とは思うてない。あんさんに誘われるのは楽しみやし、あたしは森の外では暮らせんしねぇ」
フォローの言葉を耳に聞きつつも、アレクサンドルの表情が曇る。すまなさそうな顔で少し俯いて、アレクサンドルはぽつと言葉を紡いだ。
「ごめん、俺そこまで大変だと思ってなかった。あの……適当に断ってくれていいからな?」
最後の方は顔を上げて、真っ直ぐにクレメンスを見て。子犬のようにしゅんとしながらも、真摯に自分と向かい合おうとするアレクサンドルを優しく見やり、クレメンスはそっと手を伸ばして、アレクサンドルの頭を軽くぽんぽんとした。
「言おうかどうか迷たんよ。でも後で事情知れたら傷つくやろし、それでも誘うて欲しいて、改めて言うた方がいいと思うて」
「……誘っても、いいのか?」
「勿論や。あんさんと色んなとこへ出掛けるんを、あたしは楽しいと思うてる」
そう口元を緩ませて――クレメンスは「ああ」と思いつきに声を漏らす。
「あたしから誘うてもええんやね」
この言葉に、アレクサンドルの顔がぱあと明るくなった。
「うん、クレミーから誘ってくれたら凄く嬉しい!」
眩しいほどの笑みを零し、クッキーを口に運ぶアレクサンドル。その様子に表情を緩めて、クレメンスはクッキーの飴細工で太陽を透かし見る。森を思わせる深い緑の煌めきが、燦々と降った。
●鍵のない扉
「鍵、色々並んでいるね。綺麗だけど……やっぱり良いお値段だね」
ターレン自慢の鍵屋が立ち並ぶ通りのある店の中。店内に飾られて誇らしげに胸を張る『ターレンの鍵』をじっと見やって、栗花落 雨佳は柔らかに苦笑を漏らす。傍らのアルヴァード=ヴィスナーが呆れたようなため息をついた。
「それは本物の鍵だろ? 添乗員が言ってたのはこっちだ」
顎で示すのは店の端の方にひっそりと並ぶ『ターレンの魔法使い』。視線をそちらへと移した雨佳を見やって、アルヴァードは問いを零す。
「……お前はなんか買うのか?」
問いに、雨佳の目がすぅと細くなった。紅を引いたような唇からぽろり、落ちる言葉は。
「……心の扉を開ける鍵……か。僕にとって、鍵は開けるものでなく閉じるものなんだけど……」
「……鍵は閉めるのも開けるのも仕事だ。どっちかだけなんて言う鍵はねぇだろ」
ぶっきらぼうな、けれどどこか温かみを纏った物言いに、雨佳は曖昧な笑みを返した。そうして、問う。
「君は何か開けたい扉がある?」
「俺は別に……」
深い青に真っ直ぐに見つめられて、アルヴァードはついと視線を逸らした。深く追及することはせずに、雨佳はまた口を開く。
「僕は伝えなくちゃならないと思っていることは言っていると思うけど……無意識に、言わなくても良いかなって思っちゃうことはあるかもしれないね」
何が伝えなきゃならないことなのか分からない時がある……と、どこか遠い目をする雨佳。思わずアルヴァードは口を開きかけ――けれど彼が言葉を選び終える前に、雨佳はアルヴァードへと視線を遣って、ゆるりと首を傾げた。
「君は、僕の何が知りたい?」
問いに答える代わりに、アルヴァードは雨佳の額を拳の裏でこつと軽く叩く。雨佳が目を見開いた。
「……俺は、目の前にいるお前のことしか知らねぇよ。お前が何をどう考えてるのかは、お前自身が考えて言わないと俺には何もわかんねぇだろ」
小突かれた額に手を当てて、雨佳は眼鏡の向こう、青の瞳を緩く細める。
「……そうだね、ごめん。君が言ってることは正しい」
雨佳の表情が、「ごめん」という言葉が、アルヴァードに柔らかく突き刺さった。ため息がまた口をつく。
(……何だかな。こんな言い方したいわけじゃねぇのに、つい、イライラしちまう)
俺に足りないものはなんだろうな。心の中、誰にともなく問い掛けるアルヴァードの目に、1本の鍵の煌めきが映る。惹かれるようにして手に取ったそれは、海の底を思わせるような色硝子を填め込んだ、優しさの扉を開く魔法使い。アルヴァード、雨佳が他の鍵に目を遣り何やら思案に耽っている隙に、密かその鍵を買い求めた。
「――ねえ、アル。魔法使いたちが、誰にどんな願いを託されたのか見にいこうか……そしたら、少しは分かるかもしれない……」
不意に、雨佳がアルヴァードの方を振り返る。鍵を後ろ手に隠して、アルヴァードは諾の返事をした。
数多の願いを抱えた鍵の森は、どこか異世界めいていた。木々を彩るとりどりの鍵を見やって、雨佳はそっと呟く。
「皆、自分がうまく出せないものを分かっているんだね……」
鍵の数は、願いの数だ。雨佳が森の景色に飲まれているうちにと、ここにも願いを括る者がひとり。アルヴァード、手近の枝にこっそりと先ほどの鍵を結わえるが――その背に、穏やかな声が掛かる。
「……君の優しさに鍵なんか掛かってないよ。僕は知ってるから」
ぎくりとして振り返れば、雨佳が淡く微笑んでいた。
「いや、これは……な、何でもねぇ!」
必死に繕おうとするも、雨佳の瞳を見るに、ああきっと全てお見通しなのだと思う。何とも言えない照れ臭さに、頬が火照るのをアルヴァードは感じた。雨佳がまた、口を開こうとする。
「あああもう! うるせぇ、これでも食ってろ!」
「ん、むぐ……!」
照れ隠しに雨佳の口に無理矢理捻じ込んだのは、町についてすぐ買い求めた鍵の形のクッキーだ。唐突に口を封じられて、雨佳が視線だけで「酷いよ」と訴えるのに、アルヴァードは気づかないふりをした。
●君色の鍵
(思えば、ハティとこうして出掛けんのは初めてだ)
燐光輝く瞳で広い店内に並ぶとりどりの鍵を見つめるハティの姿を見やって、ブリンドは眼鏡の奥の目を、眩しい物を見るように細めた。
(こいつときたらオーガオーガとアホの一つ覚えだからなァ)
そんなハティからの意外なお誘いを、密かに悪くはないと思うブリンドである。と。
「リン、アンタも来いよ」
そのハティが、こちらへと視線を遣って言う。ブリンドは眉間の皺を深くした。
「うっせぇ。一丁前に俺に指図してんじゃねぇよ」
「……でも、来てくれるんだな」
「黙れ。殺すぞ」
ブリンドの暴言にも微塵も怯むことなく、ハティ、普段あまり動かない表情筋を僅か緩める。視線の先には、鍵、鍵、鍵。じぃとそれらに見入るハティの傍らで、ブリンドはぽつりと零した。
「……外に興味ねえのかと思ってたぜ」
「別に、そういうわけじゃない」
「ふぅん。ま、いーんじゃねえの。鍵ぶら下げたマッチョな樹には俺も興味あっしな」
想い込みでスゲー重そう、と付け足せば、「そうだな」とハティ。オーガに人並みならぬ執着を持つ彼が言えばこそ、そのたった一言には重みがあった。ため息を零すブリンド。今日くらいはせめて、と口にはせずとも思う。但し。
「……鍵は1本、クッキーは1枚までな」
「え」
「え、じゃねぇっての。放っといたら無駄遣いすんのが目に見えてんだよ、馬鹿」
「……じゃあ。1本だけなら、慎重に選ばないと」
呟いて、ハティ、真剣な表情で『ターレンの魔法使い』を吟味し始める。ハティが時間を掛けて鍵を見定めるのを、ブリンドは文句も言わずに待った。やがて、ハティの目に留まったのは。
「……決めた、これにする」
手に取ったのは、氷を思わせる薄青の色硝子を填め込んだ銀色の鍵。ハティはそれを、傍らに立つ相棒の、顰め面の横に並べてみせて。
「うん、この鍵やっぱりリンに似てる。綺麗だ」
リンのイメージで選んだのだと恥ずかしげもなく言うハティの、ポーカーフェイスが憎らしい。頬の火照るのを誤魔化すように、ブリンドは声音を低くした。
「俺をイメージした鍵だあ? 空き巣みてェな真似してんじゃあねーよブチ抜くぞ」
一息にそれだけ言い切って、ブリンドはハティに背を向ける。
「リン? どこ行くんだ?」
「クッキーだ馬鹿! テメーがノロすぎるから先に買ってきとくんだよ!」
足音も荒々しく店を出ようとするブリンドの背を、ハティの声が追った。
「リン、アンタにどうかと思ったんだけど、使わないなら俺がもらうな」
「勝手にしろアホ!」
バタン、と入り口のドアが閉まってしまったので、ハティは手元の鍵に視線を落とす。
「……うん、やっぱり綺麗だ」
自分には無い色を、綺麗だと思った。けれど、ブリンドのようになりたいわけではない。
(なりたいんじゃなくて、奴には居てもらいたいんだ)
胸の内にそう零して、ハティは銀の鍵を買い求めた。
再度合流し、やってきたのは鍵の森。握った銀の鍵をじぃと見やり何やら思案に耽るハティに、ブリンドは渋い顔で声を掛ける。
「おい、足りねぇ頭で何考えてんだ」
「いや……アンタは色々言ってくるけど、俺の感情がわかり難いのにも問題はあるよな、って」
言葉を選び選び、「伝えられるように鍵に願って……いいのだろうか」とごく真面目に言葉零せば、ブリンドが銀の目を見開いた。
「……妙な心配しやがってこのタコ。ほら、さっさと括れ」
その反応に、困らせてしまったかとハティは思い――けれど、心のどこかに温かいものを覚えている自分に気づく。
(どうやら俺は、リンが俺のことで困ると安心するらしい)
枝に鍵を結わえようとしながらそのことに気づいて、ふと思考に止まるハティの手。と、後ろからずいと手が伸びた。我に返るハティに、掛けられる声は。
「ヘッタくそなんだよ、馬鹿」
「……こういうのは自分でやらないと意味ないだろ、リン」
僅か口を尖らせて、ハティは枝にそっと願いを括りつけた。
●いつか開く扉
「少し遠出してみるか」
ようやっと夏の暑さも和らぎ、行楽の秋と呼ばれる時期も近い。旅行には良い気候だとシルヴァ・アルネヴがかけた誘いに、マギウス・マグスは「いいですね」と応じた。そしてその旅行先、鍵の町ターレンのとある鍵屋の前。
(何だか、親近感を感じますね)
ショーウィンドウに並ぶとりどりの鍵を見やって、マギウスはそんな感想を抱いた。精緻な細工の施された鍵はどれも洗練された秀麗さを纏いながらも、どこまでも機能的な物だ。鍵はマキナに似ている、とマギウスは思う。と。
「あ、あの鍵マギに似てるな」
紫水晶を填め込んだ銀の鍵を指差して、シルヴァが明るい声で言った。驚きに僅か目を瞠って声の主へと視線を移せば、シルヴァ、にっと白い歯を零して曰く。
「な。マギはさ、魔法使いに用事ってあるのか?」
「いえ……特には思いつきませんね」
「じゃあ、広場行こう! クッキー、家族へのお土産にできるかなー」
そんなことを言いつつ歩き出したシルヴァの後ろ、マギウスは密か目元を和らげた。
「でっかい鍵だなー」
広場の屋台にてお目当てのクッキーを手に入れたシルヴァは、鍵だらけの町の中でも一際目立つ鍵の形のモニュメントの周りをぐるりと回る。興味津々モニュメントをぺちぺちと叩いてみたら、「子どもじゃないんですから止めてください」とのお叱りの言葉が相棒からとんだ。
「全く……見学はそれくらいにして、あそこのベンチで昼食にしましょう。サンドイッチを作ってきたので」
「やった! マギのサンドイッチ!」
2人ベンチに座って、サンドイッチを食べる。昼食を終えたらおやつの時間だ。バターの香りがふんわりとする鍵の形のクッキーはちょうど良い甘さで、さくさくのクッキーと一緒に砕けるカラフルな飴の食感が不思議に楽しくもあり、美味しくもあり。
「美味しいな、マギ」
「ええ、とても」
シルヴァに満面の笑みを向けられて、マギウスも僅か口元を柔らかくする。
「次は鍵の森かな」
「場所を聞かなくてはいけませんね」
パキリと小気味良く飴を鳴らして、2人はクッキーを食べ終えた。
鍵の森には、数限りない魔法使いが眠っている。木の枝に括られた様々の鍵を見て回りながら、シルヴァはふわり笑みを零した。
「魔法使いは、オレたちにはまだ必要ない気がするよな。わりと言いたいこと言ってるし、マギも何だかんだで色々言ってくれるし」
「言わされてる気もしますけど……」
呆れ混じりのマギウスの返事に苦笑を漏らして、シルヴァは鍵の生る木々を見上げる。さわり、風に枝に吊るされた鍵たちが揺れた。それは全て、願いを纏った鍵。古い物も、新しい物も、誰かの想いを抱えている。気が遠くなるような、目眩がするような心地がした。
「……そのうち、必要だなって思ったらまたこの町に遊びにくるのも良いよな」
風に混じる言葉に、マギウスは紫の目を細める。純粋な好奇心が、マギウスの口を開かせた。
「どんな扉を開くんですか?」
問いに、シルヴァは「うーん……」と首を傾げて思案顔。そして、彼が導き出した答えは。
「羞恥心で閉ざされてる扉……とか?」
笑みと共にそう零せば、マギウスは釣られたようにその顔に笑みを乗せかけて……一瞬の空白の後、ブンッ! と音がするような勢いでシルヴァから顔を背けた。首を傾げるシルヴァ。
「マギ? どうした?」
「なっ……何でもありません」
無邪気に顔を覗き込もうとするシルヴァから顔を視線を逸らし逸らし、マギウスは火照る頬を隠すように口元を抑える。
(どういう状況なんですか、それ……)
思うも、口に出しては問えず。真っ赤になるマギウスと不思議そうな顔のシルヴァ。2人を、森を彩る様々の鍵たちがさやさやと揺れながら見守っていた。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 09月05日 |
出発日 | 09月12日 00:00 |
予定納品日 | 09月22日 |
参加者
- ハティ(ブリンド)
- シルヴァ・アルネヴ(マギウス・マグス)
- 栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
- アレクサンドル・リシャール(クレメンス・ヴァイス)
- ウィーテス=アカーテース(パラサ=パック)
会議室
-
2014/09/09-00:58
ハティ。と仕事仲間のブリンドだ。どうぞよろしく。
…本物は何ジェールするんだろうか。
魔法を試してみるつもりだ。
クッキーも職人技って感じだな。興味深い。 -
2014/09/09-00:50
こんばんは。
栗花落雨佳とアルヴァード・ヴィスナーです。
僕達もクッキーを食べながら街を散策するつもりです。
楽しみですね。 -
2014/09/09-00:29
ツアーバスの出発時間まで、まだもうちょっとあるな。
シルヴァ・アルネヴと精霊のマギだ。よろしくなー。
クッキー食べながら、時間いっぱいあちこちうろうろしてると思うぞ。 -
2014/09/08-22:43
アレックスと、相方のクレメンスだ。よろしくな。
広場でのんびりしながら、クッキー食べてる予定だ。
モニュメントってどんなのだろう。きっと綺麗なんだろうな。 -
2014/09/08-20:32
えっと、こんにちは。
ウィーテス=アカーテースと言います。パートナーはファータのパラサ。
よろしくお願いします。
鍵の町ターレンかぁ。鍵のモチーフって、素敵だなって思うんです。
パラサは別の意味で鍵が好きみたいだけど。
うーん、楽しみだなぁ。