相棒に猫耳が生えました(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 手のひら大のクッキーは、丸い形をしている。見た目は普通、味はそこそこ。そしてその効果は……。

「にゃあ」
「はっ?」
「にゃ?」
「えええっ!」

 ランディは目を見張った。目の前にいる同居人兼恋人アルトの姿に。
 今日はDVDを借りてきて、一緒にアクション映画を見ていた。映画のお供はキャラメル味のポップコーン。
 ランディはそういえばと、道の途中で購入した丸いクッキーをとりだした。
 まるでマッチ売りの少女さながらに、かごを手にした少年が売っていたクッキーだ。
「僕がこれを売らないと、お母さんが……」
 そんなことを細い声で言う。この時代にクッキー一枚売ったところでどうにかなるとは思えなかったが、その少年があまり儚げで切なく涙を流すので、ランディは少しばかり同情した。
「クッキーなら、同居人が好きだから買うよ。いくら?」
「一枚200jrです」
 クッキーにしては高価だとは思ったが、買うと言った手前、やっぱり高いからやめるとは言いにくい。
 ランディは少年に200jrを支払った。自分は甘いものが苦手だから、アルトの分だけで十分だと思った。

 アクション映画を観終わって、キャラメルポップコーンを平らげたアルトが、さらに食べたクッキー。
 見た目は普通、味はそこそこ、そして効果は……。

「なんでお前、猫耳なんか生えてるんだよ!」

 アルトは人間だ。人間の姿なのに、頭に猫耳が生えている。くるりと後ろを向かせてみたが、尻尾は生えていなかった。くそう残念。
 いやいや、そうではないと、ランディは頭を振る。
 アルトがクッキーの入った袋にじゃれている。その中には小さな小さな紙が入っていた。
「……何か書いてあるな」
 あまりに小さくて文字が読めないので、ルーペを探し出してきて読めば。

 曰く。

・猫耳が生えると同時に、心が猫になります。
・そのうちに戻りますが、戻る時間は個人差があります。
・体は人間ですので、食べ物は人間のものを与えてください。

 ランディは顔を上げた。
 そこでは猫耳をつけた恋人が、ぺろぺろと手の甲を舐めている。
 さて、どうしたものか。

 ※

 A.R.O.A.本部では職員が話をしていた。
「……最近変なクッキーが出回ってるらしいわね。なんでも猫耳が生えて、行動が猫になってしまうとか。ウィンクルムが食べたら困るわね」
 女性職員が言うと、ははは、と声を上げて男性職員が笑う。
「かごを手にした少年が売っているんですよね? そこまでわかっていれば食べませんよ」
「そうよね! まあ食べてしまったら、とりあえずA.R.O.A.の一室に隔離しましょ。歩き回って面倒を起こされても困るし!」

 二人して、それはないと首を振った。しかしそこに、飛び込んできた男があった。

「おいっ! 俺の相棒に猫耳が生えた! 何とかしろ!」

解説

頭に猫耳が生え、行動が猫になってしまう不思議なクッキーです。
ウィンクルムのどちらか一方がクッキーを食べたという設定になります。
流れとしては、「クッキーで変化→お好きな時間を過ごして→人間に戻る」となります。
どのくらいの時間で戻るかわからないので、必要なものを提供します。
クッキーは1枚200jrです。

■貸出品 それぞれひとつ100jr
毛布、小さなボール、猫じゃらしなど、猫をお世話するために必要そうな一般的なもの。こんなものを借りたいというものをプランにご記入ください。

■食べ物 それぞれひとつ100jr
猫なので手で持って食べることはできません。個人のプライドを優先するなら、小さく切って口に入れてあげるのが正解かも。器に直接口つけてとか、嫌な人もいるでしょうから……。
おにぎり、くだもの、おかし等、どこでも売っていて手軽に食べられそうなものをご自由にお書きください。


ゲームマスターより

見た目は(ほとんど)そのまま、意識が猫。さて、どんなことになるのでしょう。

ちなみにテイルスの精霊さんが動物化した場合、猫耳以外の方は、本来の耳が猫の耳に変化します。
そのほかの方は本来の耳が消え、猫耳になります。ディアボロの精霊さんは角も消えます。
神人が食べた場合は人間の耳が消え、猫耳になります。

参加ウィンクルムはすべて同じ部屋に押し込められますが、プランに描写がない限り、他ウィンクルムとの絡みはございません。

それではみなさん、素敵な時間をお過ごしください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  わぁお。猫耳桐華さんだー
これ本物なの?わぁ、わぁ…
…猫桐華さんは、触られるの嫌いなんだね…(しょんぼり)
あ、あ、僕の髪飾りも外し…!だ、駄目、それ齧っちゃ駄目!(取り上げ)
うう、猫桐華さんのいけずぅ…

お部屋の端っこと端っこ。何だろうこの距離感
そりゃ、普段からべたべたしてるわけじゃないけどー
ふーんだ。良いもん、僕は眺めてるだけで楽しいから

ご飯は普通にパンでいっか。食べやすいし、食べさせやすいし
はい、千切ってあげるからおいでよ
…ご飯に釣られる桐華さん、面白いなぁ
あは、掌舐められるとくすぐったい
もう無いってばー。欲しいなら買ってきて貰うからー

結構じゃれれたので満足
でも折角だから、もう少しこのままで



木之下若葉(アクア・グレイ)
  夕飯の買い出し帰りにクッキーを購入
あんな子犬みたいな瞳で見られたら思わず買ってしまうよね
そして、夕飯後にクッキーを食べた所までは覚えているのだけれど……

(以下、意識が猫時
・髪の色と同じ黒の猫耳
・良く寝る・たまに起きてもすぐ丸くなる
・ご飯を貰ったらアクアの手ごともぐもぐ(甘噛み
・あまり鳴かない・撫でられると気持ちよさそう)

人間に戻ったらぐーっと背伸びをして起き上がる
んー……何だか良く寝た気がするや

俺が食べたの噂のクッキーだったんだね
えーっと、お疲れ様でした?
いや、俺が猫になっていたならお世話大変だったろうなぁと思ってさ
ん。ならこっちおいで、交代だよ
(ぽんぽんと自分の膝を叩いて)



セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
  変な子。ま、あって困らないしいいか(菓子皿に追加)

タイガが遊び道具を取りに行ってる間に『世界の希少動物図鑑』を読む
ケセラいいな。犬や猫もいいけど野性でかけまわってる彼らはきっと生き生きしてて綺麗で…

■猫耳出現
物音にペットの下など暗い所に隠れてる。近づいては逃げ

◆猫思考
驚いた・・・大好きな(友愛)タイガでも急だとびっくり。引っかいて嫌いになった?・・・(うずり)
Σふー!!主人…
おいしい。もっと
(捕まえられじたばた。体温に慣れ、チーズに、優しさに喉が鳴る)
ありがとう(グルーミング


って馬鹿!戻ったから!!タイガ!?
…今のは忘れて(毛布越しに真っ赤)
クッキーで猫になってたのか僕は。幻滅しないでよ…



西園寺優純絆(ルーカス・ウェル・ファブレ)
  アドリブ絡みOK

(ルーカスに頼まれたお使いをしていた時に少年のクッキーも買ってしまい説明した後食べてしまう

みゃぁ~?(ルカさま~?
うにゃ?(どーしたの~?

(ルーカスに抱っこされて本部へ

にゃぅ!にゃー!(お友達!いっぱい!
うみゃー!みゃー!(遊ぶ!遊びたいですのー!
うみゃぁん…(はいですの…
なぅ…(ごはん…

(買って来た物を食べやすい大きさにしてもらい食べさせてもらう

うんみゃ~♪(おいしーですの~♪
みゃぅん!(もっと食べたいのだよ!
な~(あーん

(少ししてお腹いっぱいになる

な~う…(ねむいのだよ…(ゴシゴシ
みゃぅ~(抱っこされ擦り寄り寝てしまう

(寝てる間に戻っている

ねぇ、さま…どこ、ですの(寝言



フラル(サウセ)
  サウセからもらったクッキーを食べたら、猫耳が生えて行動までもが猫に…。

サウセの服をいじったりして好きに遊ぶ。
なぜかよくわからないが、サウセをこうやっていじったりするの結構好き。
撫でられて、嬉しそうな笑顔を見せる。

リンゴを食べさせてもらって、ご機嫌。
いくつかのリンゴがうさぎさんになっているのはちょっと嬉しいかも。

その後眠くなり、隣に座っているサウセの太ももの上に頭を置き、くつろぐ。
慌てているサウセのことは気にせず、ゴロゴロ。
膝枕されている状態でまた頭をなでられ、少し微笑んだサウセの顔を見た後、そのまま眠りにつく。
サウセがたまに見せる不器用で微かな笑顔は本当に可愛らしいと思った。



「ゆっ、ユズ!? 何故猫耳!?」
 ルーカス・ウェル・ファブレはその瞳を大きく見開いた。手を伸ばせば、小さな耳がぴくぴく動く。相棒、西園寺 優純絆の愛らしい猫耳が、偽物ではない証拠である。
「みゃあ~? うにゃ?」
 いつも良く動いている唇は、今も饒舌だ。しかし出てくるのは、人としての言葉ではない。
「明らかに猫……じゃないですかっ!」
 丸く柔らかい頬にはひげもなく、ルーカスの着物を掴む手も、ちゃんと五本指。それでも優純絆は猫になっている。
「とっ、兎に角本部へ行きましょう!」
 ルーカスは優純絆を抱き上げた。優純絆は少々驚いたようで、背中の筋をぴんと伸ばしたが、すぐにくってりと脱力した。なーお、と鳴いて、ルーカスの胸に頬をすり寄せてくる。外見的には父親に甘える子供だ。
 もしこれがいつもの意識を持ったままの優純絆なら、ルーカスも大歓迎だ。でも猫の優純絆では、心配がまさる。
「かごを持った少年が売っているクッキー……噂にはなっていたのですから、買っては駄目だと言い聞かせておくべきでしたね」

 A.R.O.A.本部が用意した部屋には、既に同じ状態のウィンクルムが集まっていた。
「にゃう! にゃー!」
 うみゃー、みゃー! と優純絆はが暴れ出す。他の猫……もとい、人間……いや、猫化した片割れも、にゃんにゃん鳴きだしているから、おそらくは「仲間と遊ばせろ」と言うことなのだろう。
「ああユズ、暴れてはいけません! 遊ぶのはご飯を食べてからです!」
 受付で買ったツナマヨのおにぎりと桃の入った袋を、優純絆に見せる。
「なう……」
 しゅんとうなだれるということは、ある程度こちらの言うことはわかるのか。落ち込ませたままにしておくのも忍びない。ルーカスは優純絆の頭に手を置いた。いい子ですね、と言ってやれば、なんとも愛らしい、上目使いと目が合った。
 食事は食べやすいものを選びはしたが、なにせ今の優純絆は猫である。さすがに手で持って食べさせるのは難しいだろう。かといって、皿に入れたものに直接口をつけさせるのも、教育上よろしくない。
 ルーカスはおにぎりを一口大の大きさに割ると、優純絆の唇の前へと差し出した。猫になっているのなら警戒するかと思いきや、優純絆はためらいなく小さなおにぎりにかぶりつく。その勢いがありすぎて、ルーカスの指まで優純絆の口の中だ。
 食べ物と一緒に咀嚼されて舐められて、正直どうしていいかわからない。猫を飼ったこともなければ、指を食むような子供を育てたこともないルーカスである。
「ユズ、お行儀が悪いですよ」
 とりあえず言ってはみるが「うんみゃ~♪」と満面の笑みにはかなわない。つられ、ルーカスも微笑んでしまう。
「美味しいですか? よかったですね」
 みゃうん! の催促に、次の一口を差し出した。あーん、と言えば、素直に口が開く。小さな口の中いっぱいに、優純絆はおむすびを、続いてルーカスがむいた桃を頬張った。
 しかしその後遊び出すのかと思いきや、こっくりこっくりと舟を扱き出した。
「おや、眠いのですか?」
 ルーカスは優純絆を抱きよせた。ゆっくりと背中を撫ぜているうちに、優純絆の体から力が抜ける。それはほこほこと温かい。すうすうと聞こえる寝息は、穏やかで健やかだ。
 いつもこのくらい甘えてくれても良いのにと、ルーカスは思う。血の繋がりはないとはいえ、自分達は親子なのだ。
 何度となく、小さな体に手を沿わせた。
 そのうちに、優純絆の頭からは耳が消え、髪を飾るものは大きなリボンのみとなった。寝顔は猫のときと変わらない。ただ、小さな寝言が耳に届いた。
「ねえ、さま……どこ、ですの」
 これが、優純絆の傷であることをルーカスは知っている。
 普段は元気な優純絆の小さな心の中に隠れている、辛い思い出だ。それを癒してやりたい。
「私もあなたには助けられているのですよ、ユズ」

 ※

 道で少年から買ったクッキーをフラルにあげたのは、大した意味があってのことではなかった。
 まさか、こんなことになるとは……。
 サウセは、すっかり猫状態となったフラルを、呆然と見つめた。とりあえずとA.R.O.A.本部に連れて行くと、同じ状態になっているウィンクルムとともに、部屋にぶち込まれた。
 にゃんにゃんと、猫になった人が鳴いている。
 もちろん、フラルもだ。
 黒髪に黒い耳。猫化とともに視力が良くなったのか、それとも単に邪魔だったのか。眼鏡はとってしまっている。そして座り込んだサウセの服の裾を、引っ張ったりかじったりして遊んでいる。
「……普段は凛々しい彼が……」
 サウセは恐る恐る、フラルの頭に手を伸ばした。頭の上にピンとたった両耳の間を指先で撫ぜると、フラルはゆったりと微笑んだ。猫耳と笑顔は、美人のフラルによく似合っている。似合いすぎている。
「こういう状況に萌える趣味はなかったのですが……」
 それでもやはり、欲望には勝てないもの。サウセは指先ではなく、手のひらでフラルの髪を何度も撫ぜた。フラルはしばらく気持ちよさそうに目を閉じていたが、突然むくりと身を起こした。手のひらで、ばしばしとサウセの膝を叩く。にゃう、と小さく聞こえる声。そしれそれより大きな腹の音。
「お腹がすいたんですか?」
 サウセは先ほど買ったりんごを、ナイフを使って切り分けた。猫フラルに危険があってはいけないので、寄ってこようとするフラルには背を向ける。覆いかぶさってくる猫フラルは、かなりのレアものだ。そんな彼の体温を感じながら、皮をすべて向くのではなく、うさぎにしたのはほんの気まぐれ。男前な気性のフラルだ。嫌がるかなと思ったのだが、フラルは最初にうさぎのりんごに唇を寄せた。
 ので、手で持って口に入れてやると、しゃりしゃりと瑞々しい音を立てて咀嚼する。
 自分もひとつ口に入れ、あとはフラルが欲しがるままにくれてやった。こんな分量で成人男子の腹が膨れるわけはないとは思ったのだが、食べきると、フラルは満足したようにあくびをした。そしてそのまま、サウセの膝に頭を乗せてくる。
「えっ? これは……」
 いわゆる膝枕、というやつではないですか。
 ごろごろと適当な位置を探して、フラルが頭を動かしている。猫化していると言っても体は猫ではない。自分と同じ体格の男だから、頭ははっきり言って重い。しかしサウセは動けなかった。フラルはご機嫌だ。表情がそう語っているではないか。
 猫ならここが良かろうと、横向きのあごの下をくすぐってやる。フラルの喉は、ごろごろとはならないが、心地よさそうに目を細めた。ごろんと仰向けになったので、胸や腹を撫ぜるのもどうかと思い、また頭を撫ぜてやる。
「ああ、可愛いですね……」
 普段はレンズが隠しているアメジストの目を見つめ、思わず呟いた。
「にゃおん……」
 細く小さな声で鳴いたかと思うと、フラルはうっすらと微笑み、目を閉じた。腹が膨れたら眠いとか、まるで動物じゃないですかと思いつつ、ああ今のフラルは動物なのだとも思った。だからこそ、こんなに素直に笑ってくれる。
 いつもと違うフラルの姿は、いつもと違う気持ちをサウセに与えてくれる。
 安心? 安らぎ? 名をつけるとしたらなんだろう。
 結論は出ない。しかし不意にフラルは、自分の頬が緩んでいることに気が付いた。
 どんな名がつくにしろ、こんな気持ちは久しぶりだ。
「……人が苦手でも、猫ならば傍に置けるんですね。私は」
 愛らしい猫フラル。こんな姿を見た後ならば、たとえ彼が人間に戻っても戸惑いなく接することができるのかもしれない。いや、できるといい。少しでも。
 サウセはほっと息をつき、眠るフラルを見つめた。

 ※

「わぁお、猫耳桐華さんだー」
 叶は声を上げた。もちろん喜びの声である。
 今、桐華の頭からはディアボロの角が消えている。そのかわりにあるのは、濃い灰色の猫耳だ。
「これ、本物なの? わぁ……」
 三角の耳を手のひらで包み込み、ふんわりとしたやわらかい毛を堪能……はできなかった。
「え? ちょっと、桐華さんっ!」
 叶が伸ばした手をすり抜けて、桐華は行ってしまったのだ。部屋の片隅で、器用に体を丸めている。
「……猫桐華さんは、触られるの嫌いなんだね……」
 とか言って、精霊の桐華が、触られるの好きなわけでもないけれど。でも精霊桐華は叶が髪を弄るのを許してくれているし、そのために伸ばしてもくれて――。
 とここで叶は叫んだ。
「あ、あ、僕の髪飾りも外し……! だ、駄目、それ齧っちゃ駄目!」
 焦って立ち上がり、桐華の元に駆け寄る。花飾りが、桐華に似合っていた髪飾りが。
「……歯型……うう、猫桐華さんのいけずぅ……」

 結局猫桐華とは、部屋の対角線上で向かい合っている。隅と隅。間に時々、他のウィンクルムが通ったりして。
 何だろう、この距離感。そりゃ、普段からべたべたしてるわけじゃないけど……。
 猫桐華は毛糸玉に夢中だ。両手の間で転がして、指先でつついて引っ掻いて、普段の桐華が桐華なだけに、かなりの見物ではある。毛糸に絡まって、手で引っ張ってとろうとするけど取れなくて、歯で髪切ろうとするけど人間の歯だから当然できなくて、そのうち髪にも絡んでしまって。
「ああ、痛そう……けど僕が近寄ると、フーッ! ってするんだもんね……ひどいよ桐華さん」
 なかなか結構さみしい状況。でもそれを、猫桐華に言うのは嫌だ。
「ふーんだ、良いもん。僕は桐華さん眺めてるだけで楽しいから」

 しかし今の桐華は動物だ。空腹になれば寄ってくる。
 叶はさっき受付で買ったパンを取り出した。
「ちぎってあげるから、もっと近くにおいでよ。桐華さん」
 言った通り小さくしたパンをひらひらふる。
「……ご飯に釣られる桐華さん、面白いなあ」
 桐華は叶の手から、次々とパンを食べた。しまいには手のひらまで舐められて、笑い声が漏れる。
「もう、くすぐったいよ」
 それでも桐華はもっともっととねだってくる。舐められていた手を引けば、唇は律儀にそれを追った。
「そんなに食べたいの? 欲しいなら買ってきてもらうから」
 と言ってもなかなか、遊びはやめられない。さっきまで部屋の端と端にいたのに、こんなに近くにいるのが嬉しいし、楽しいのだ。
 指を追いかけていた桐華も、いつの間にかこの遊びに夢中になっていたようだ。猫桐華は、そのうちに、叶の手のひらから手首、腕へと体を沿わせてきた。やっていることは猫ならば可愛いが、体は実際の人間である。
「ちょ、重いよ桐華さ……あれ?」
 ――そこで、桐華の耳が消えた。

「……お、角復活ってことは、普通の桐華さん?」
 半ば押し倒されている状況で、叶は口を開いた。しかしその口調は常のまま、表情もいたって平静だ。逆に桐華は動揺を隠せない。
「な、なんでお前そんな冷静なの」
「だって猫にじゃれつかれただけでそんな動揺しませんし?」
 からかう気満々の叶に、桐華は返す言葉がない。
「ほらほら、せっかく借りたんだから、遊んでもいいんだよ」
 叶は猫桐華が相手にしなかった猫じゃらしを取り出すと、桐華の眼前で振った。ひよひよと房になっている部分が触れる。
 しかし桐華は、今は猫ではない。
「遊ぶな」
 短く言い放ち、ふと気づいたように、自分の頭に手を置いた。
「……おい、髪飾りがないぞ」
「あれ? 気にしてくれるの?」
 ……それは、と言いかけ口をつぐむ。その横で、叶が微笑む。
「いつまでもくっつくな」
「大丈夫、髪飾り後で返してあげるから」
 さっき猫桐華にさけられたショックは、この桐華に癒してもらいたい。だから。
 ちょっとだけ、くっついてたっていいよね。

 ※

 夕飯の片づけを終えたアクア・グレイは、部屋が静かなことに気が付いた。同居の木之下若葉がいないのだ。
「あれ、どこ行ったんですか?」
 首を傾げてあちこちを見て回り。
「ちょ、ワカバさん、何してるんですかっ!」
 アクアは若葉を見つけた。空の浴槽の底に丸まった、黒い猫耳の生えた若葉を。

「そういえば……食後にクッキーを食べてましたよね……」
 あれが原因なんでしょうかと、アクアは考える。とりあえずA.R.O.A.本部に連絡をしてみると、似たような状態の仲間を部屋に集めているから、連れてくるようにとのことだった。
 だがしかし。
「このワカバさんをどうやってここから連れ出せと?」
 身長差二十センチ弱、もちろんその分体重だって違う。猫若葉は風呂場の底がお気に入りだ。土鍋や洗面台にぎっちり詰まる猫は見たことがあるから、それと同じだろうか。
「ワカバさん、出て来て下さい」
 と言ったところで聞いてもらえるはずもなく、とりあえず腕を持って引っ張ってみたけれど、やっぱり全然動かない。
「もう、ワカバさんっ!」
 アクアも浴槽に入り、ワカバの背中をとんとん叩く。と不意に若葉は顔を上げ、アクアの胸のリボンに手を伸ばしてきた。
「揺れるのが気になるんですかね、ちょ、重いですけど、これはチャンス……!」
 リボンで興味を引いて何とか浴槽から出して、半ば引きずるようにして、何とかA.R.O.A.本部の用意した部屋までたどり着く。しかしいくらタフなアクアでも、なかなかにしんどかった。
 毛布を借りて、床に座り込む。隣では、猫若葉は、風呂の底にいたときと同じように丸くなっている。
「ワカバさん身長が高いから、こうして撫でられる位置に頭があるって不思議な感じですね」
 黒い耳のあるあたりを撫ぜてやる。猫若葉は基本的におとなしい。たまに「なー」とか「にぃ」とか鳴くだけだ。若葉と同じ色の瞳は閉じられていることが多い。猫ってそんなに眠いものだろうか。
 さっき食事を食べたばかりではあったが、興味を引きたくてビスケットを出してみた。
「ワカバさん、食べます?」
 鼻先に出してみると、猫若葉はかっと目を開いて、すぐにビスケットを噛みだした。最初さくさくと聞こえていた音はすぐに終わり、菓子を持っていたアクアの指に、歯の感触。
「残念、もうないんですよ」
 甘噛みはじゃれている証だ。
「これは信頼……安心してるってことでいいんでしょうか? そうだったら嬉しいですよね」
 何度となく、猫若葉の頭を撫ぜる。表情にはそんなに出ないけれど、嬉しいって思っている気がする。アクアが撫ぜるたびに、かりっと噛むからよくわかる。
 そんなことをして、しばらく遊んだ頃。温かい毛布と寄り添う若葉の体に、アクアもだんだん眠くなってきた。うとうととしはじめて、どれくらいの時間がたったのか。うーん、と隣で体を伸ばす気配がした。

「なんだかよく寝た気がするや」
 若葉は大きく伸びをした。なぜか隣にアクアがいて、ここは自宅ではないのが気になるが、うっすら記憶にあるような気もする……ので、頭に手を伸ばす。うん、不自然なものは消えている。
 若葉が動いたからだろう。アクアは眠そうなまぶたを持ち上げた。そして若葉を見、はっと勢いよく体を起こす。
「人間に戻られたんですね!」
「うん、起きたら戻ってた。俺が食べたの、噂のクッキーだったんだね。えーっと、お疲れ様でした?」
 若葉はこてんと横に頭を倒した。アクアがきょとんとした顔をする。
「いや、俺が猫になっていたなら、お世話大変だっただろうなと思ってさ。ごめんね、あんま覚えてなくて」
 素直に言えば、アクアは「すっごく大人しい猫さんでしたよ」と微笑む。
「僕が撫ぜると気持ちよさそうにしてくれてましたし」
「ん。なら、交代しよっか」
 若葉は自分の膝を、ぽんぽんと叩いた。
「えっ、悪いですよ!」
 アクアは首を振ったが、若葉は「いいから」と体を引きよせようとする。
「……じゃあお言葉に甘えます。なんだか役得ですね」
「アクアはそのままでも動物みたいだよね」
 毛布に包まり寄り添う二人。彼らはまた、眠りに落ちる。

 ※

『世界の希少動物図鑑』は最近のセラフィム・ロイスのお気に入りだ。
 ケセラいいな。ふわふわして気持ちよさそうで……。犬や猫もいいけど、野生で駆けまわってる彼らは、きっと生き生きしてて綺麗なんだろうな。
 そんなことを考えながら、菓子皿に手を伸ばした。何も考えずに一番上にのっていた丸いクッキーを口に運ぶ。

「……例えるなら猫だとは思っていたけど」
 火山 タイガは、本を枕にしているセラフィムを見つめた。いつもの彼はこんなことはしない。本が好きだから、乱暴に扱うことはないのだ。それならどうしてこんなことになっているのかといえば、だ。
 今のセラフィムの頭の上には、立派な猫耳が生えている。髪に近い青い耳。
「セラ、おい……」
 手を伸ばすと、セラフィムは勢いよく両手両足で立ち上がり、するするとベッドの下に入り込んでしまった。
「え、ちょっとセラ!」
 暗い場所を覗き込む。しかし音はかたりとも聞こえなかった。
「びっくりさせたかな。でも逃げられるとさすがに凹むな」
 おーいと呼んでも手を差し出してみても、猫セラフィムの反応はない。臆病なのか、実はタイガに慣れていないのか。先ほどA.R.O.A.本部に連絡をしてみたところ、似た状態の半猫たちが部屋に集まっているとのことだったが、これでは連れて行くのは難しそうだ。
「おーい、出て来いよー」
 床に頬をくっつけて、ベッドの下に少しだけ顔を入れてみる。まったく、どうやってこんな隙間に入り込めたんだ。根性だな、猫セラめ。そんなに俺が嫌なのか。
 どうしたら猫セラフィムを連れ出せるかと考え……。
「そうだ!」
 タイガは床の上でくるりと体を丸めた。体も頭も毛布で隠し、虎模様の尻尾だけを外に出す。それを揺らしてやれば、自家製猫じゃらしの完成。猫ならきっととびつくはずだ。
 ちろちろと尻尾を揺らして止めて。繰り返すこと三回。かさりと動く音がする。おー、尻尾作戦成功! もっと寄ってこーい。
 温かい手が、尻尾に触れる。そこでばさりと毛布を飛ばし、腰をひねって半身を起こした。セラフィムが驚き逃げるより早く、その体を捕まえる。
 声なく暴れるセラフィム。しかしタイガは動じない。猫セラフィムをホールドし、青色の耳に手を伸ばした。
「捕まえた! うわ、本物だ。もふもふだ! お前、動物に夢中だからってなりきるか~?」
 ふにふにと耳を弄ると、猫セラフィムは嫌そうに手を振る。
「暴れんなって! おやつにしよう?」
 タイガはチーズを取り出した。食いついてくるセラフィムは、口を開けてチーズをパクリ。
「かわいっ!すっげかわいいっ!」
 自らの手ずからチーズを食べる猫セラフィムに、タイガは大興奮だ。
 おいしい、もっと、と言うように、セラフィムが細い声で鳴く。
「ほら、もっとやるからな!」
 タイガが次のチーズを開封する。しかし猫セラフィムはそれが待ちきれなかったのか。それとも、タイガの体温に慣れたからかもしれない。タイガの指先に、舌で触れてきた。
「信頼の証だよな、これ。お、オレもお返しをっ!」
 タイガはセラの頬に唇を寄せた。トランスするときの反対というだけの状況ではあるのだが、なぜかとても緊張してしまう。
 あと十五センチ、十センチ、五センチ……というところで。
 その頬を、ぐいっと手で押し返された。突然のことに、ふえ? と変な声が上がる。そこで顔を静止すれば、目の前には頬を真っ赤に染めたセラフィムがいた。
「馬鹿!戻ったから! もう僕戻ってるから!」
 猫耳の消えたセラフィムはそう叫んだあと、タイガが放りっぱなしにしていた毛布を掴んだ。それに体の全てをくるっと包み、中から聞こえる小さな声。
「……さっきのは忘れて。……クッキー食べた後のこと」
 薄ら残っている記憶が嫌だ。どうかタイガが幻滅しませんようにと、気持ちは不安でいっぱいだった。しかしそれはすぐに消えることになる。タイガがもふっと毛布の上に乗りかかってきたからだ。
「なーんだ、残念っ!」
 タイガは快活に笑って、毛布の上からセラフィムを撫ぜた。その間に、もう一枚あった丸いクッキーをポケットの隠した……のだが。
 その後うっかり忘れて、服と一緒に洗濯機で洗ってしまったらしい。
「悪いことはできないんだよ、タイガ」
「俺は珍しいセラをもう一度見たかっただけなのに……」



依頼結果:成功
MVP
名前:セラフィム・ロイス
呼び名:セラ
  名前:火山 タイガ
呼び名:タイガ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月04日
出発日 09月11日 00:00
予定納品日 09月21日

参加者

会議室

  • [5]セラフィム・ロイス

    2014/09/09-19:20 

    :タイガ
    ちわーっす!挨拶おくれたなっ。セラの相棒のタイガだ
    ルーカスとサウセは初めましてになんな。他の皆もよろしく頼む。

    うちんとこもうっかり食べちまったみてー
    まだ一枚あるけど・・・(ちらり)
    サイズが人サイズの猫とはいえ力はオレの方があるしなんとかなるだろ
    お互いがんばってこうぜ~

  • [4]叶

    2014/09/08-15:31 

    お邪魔様ー。叶って言います。
    皆神人さんがクッキー食べちゃってて大変みたいだねぇ。
    僕んとこは桐華さんにあげちゃいました☆
    猫サイズじゃないからどー扱っていいのか判んないけど…
    平和ーに、無難ーに効果切れを待とうと思ってまーす。

    横目に眺めてたりするかもしんないけど、お互いがんばろうね。

  • [3]フラル

    2014/09/08-09:54 

    サウセ:
    はじめまして。私はサウセと申します。
    よろしくお願いいたします。

    神人のフラルさんがあのクッキーを食べたせいで猫に…。
    元に戻られるまで平和に過ごせたらいいのですが…。

  • [2]西園寺優純絆

    2014/09/07-13:18 

    ルーカス:
    皆様、お初にお目にかかります
    私は西園寺優純絆の精霊、ルーカス・ウェル・ファブレと申します
    以後お見知りおきを…(ペコリ)
    木之下さんは【惑わされた狐】にてご一緒でしたね、お久しぶりです

    こちらはユズが猫になってしまいました…
    もしお会いしましたらよろしくお願いします(会釈)

  • [1]木之下若葉

    2014/09/07-12:56 

    ワカバさんが猫になってしまったので僕から。
    アクア・グレイと申します。

    皆さん大変かとは思いますが、お会いすることがありましたらどうぞ宜しくお願い致します!


PAGE TOP