【夏祭り・月花紅火】千思万考(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

何度も何度も考える。
幾つも幾つも考える。


「覚達と天邪鬼達が鬼ごっこをしててな……」
 テンコがぐったりとした様子で訴えてきた。
 いい加減テンコの気持ちも折れかかっているのだろう。祭り自体は何とか成功の方へ向かっているが、それにしても妨害が多すぎるのだ。
 もう威厳の欠片もないような態度と口調だったが、背後にいる青雪が目で『そっとしておいて下さい』と言ってくるので触れずに話を聞く。そんな周囲の様子に気が付いたのか、テンコは改めて姿勢を正して話し出した。
「奴らは単純に遊んでいるだけなんじゃが、それぞれの性質が性質じゃ。各方面で被害が出ておる」
 覚は人の心を読む妖怪。思った事を次々と言い当て、やがては思考を放棄させ相手の心を奪うとされている。
 天邪鬼も心を読む妖怪。ただしこちらはからかう為に、考えている事の正反対の事を言うとされている。
 お互い捕まらないように、周りを巻き込んでの逃走劇。
 それはつまり、すれ違う人達の心を暴いて揉めさせて、それを障害にして逃げるというものだった。
「一般客と見分ける方法は簡単、鬼ごっこに参加している覚達も天邪鬼達も見かけは十四、五歳の子供で一つ目小僧のお面をしておる。すまんが、片っ端から捕まえてくれんか?」
 そこまで言って、テンコはつい、と顔を背け、「まぁ、ちょっと色々暴露されるかもしれないけど……」と小声で呟いた。
「間違えて本物の一つ目小僧を捕まえたりせんようにな。これを使うといい」
 そう言ってテンコは飲食フリーパスチケットを取り出した。
「奴らは綿菓子が大好きじゃから、沢山持ってればふらふら近寄ってくるかもしれん。勿論、自分達が食べたい分は好きに使ってよいぞ」
「500Jrになってます」
 青雪が笑顔で補足する。くれるわけではないのか。さすが妖狐、抜け目がない。
「では頼んだぞ」
「お買い上げありがとうございます」


何度も何度も考える。
幾つも幾つも考える。
あの時、今、これから。
もしもこの思いが暴かれたなら……。

解説

各ウィンクルムで最低一人、覚か天邪鬼を捕まえてください。
捕まえようとすると神人か精霊、どちらかの心を読まれて口に出されます。
ただし、捕まえるのが覚か天邪鬼かは読まれた本人以外わかりません。
なので、誤魔化そうと思えば誤魔化せますし、そのまま開き直るのもアリです。
例:「お前、精霊の事が好きで好きでたまらないんだな!」(覚)
  「(うわ馬鹿やめろ)天邪鬼だな(キリッ」
例:「子供の頃から皆に愛されててねぇ! 家族だぁい好きなんだよねぇ!」(天邪鬼)
  「いや虐待されてましたけど。こいつ天邪鬼だ」
プランには神人と精霊どっちが読まれるか、どんな心を覚と天邪鬼のどちらにどう読まれるかを書いて下さい。

●覚
・心を読む妖怪です
・心を読んでどんどん口にし、相手を疲れさせて支配したがります
・予期せぬ事をすると驚いて逃げます

●天邪鬼
・心を読む妖怪です
・楽しければそれでいい、ひたすらからかって遊びたがります
・このお話の中では読んだ心の正反対の事を言います

●飲食フリーパスチケット
綿菓子、チョコバナナ、林檎飴、カステラ焼き、焼きそば、たこ焼き、串焼き(海鮮・牛豚肉)、ラムネ、ビール、ジュース
以上の中からなら自由に食べ放題できるチケットです。

ゲームマスターより

夏祭りです。
ギリギリまだ夏祭り終わってないです、よね?
夏の夜に暴かれた心を見ない振りするのか、認めて向き合うのか。
ご自由にどうぞ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  鬼ごっこは逃げる方が得意なんだけどな
自分用も買いつつ、一つ目小僧のお面を綿菓子で釣り上げ
…おぉ、何、僕の気持ちを読んだつもり?
残念。動揺させようったってそうはいかない
ずばり、君は天邪鬼君だね!
そんな詰まんない事考えるわけないじゃんねぇ桐華!

フェイク活用
嘘は得意なつもり

よーしこの調子で次行こう次…え、桐華さんどこ行くの?
桐華の顔を見れない
怒ってるのが判る
なんで?僕の事面倒臭いって思ってるくせに

…何さ。桐華の面倒なんて、僕が見てあげてるじゃん。料理音痴
詰まんない事言ってないでお仕事しようよ
ほーら綿菓子だよー。一つ目お面キャッチ!
『精霊の事、どんだけ嫌いなんだよ』
って…嫌いなわけないじゃん。天邪鬼め



セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
  遊び半分って…子供ゆえの悪戯って罪深いね。ご愁傷様です
フリーパスで買ったラムネで労い

■わたあめ一杯、一般人を装い
甘い…面白いね。わたあめの溶ける感じ
うん。あれもよかった
目的忘れないでよ(苦笑)一つ思ったけど
心が読めるって事は捕まえようとしてるのもわかるから
楽しんでた方がいいかも。近づきやすいし
タイガ意気込みすぎないでね。顔に出やすいんだから

タイガ!(作戦は!?
っ…耳が痛い。僕が何?
まったく。あ、射的やるなら虎のぬいぐるみとって
え?いや僕はいいって。男だけど!わかったよ

はい賞品。いい勝負だった。鬼ごっこより楽しくなかった?
大事に食べようと思ってた花型わたあめをプレゼント
◆妖怪お任せ。複数でも


アイオライト・セプテンバー(白露)
  (とりま頼まれ事放ったらかして、パス持って屋台へ)
チョコバナナ沢山買っちゃったーしあわせー♪
あ、あっちにもなんだか面白そうな屋台があるよ
パパ、ちょっと見てくるねーーっ

あれ、パパはどこ行ったんだろう
ふらふらして駄目だなあ
あたしが探しに行ってあげなきゃ(上から目線

パパー早く出てこないと、チョコバナナあげないよー
うわああん、パパどこ行ったのー?
えぐえぐぐすぐす

あ、パパだ
パパが余所の子と話してる…←何しに来たか忘れてる
うわああん、パパはあたしのパパだもんーっ
『パパ嫌いだろ』
違うもん、あたしパパ大好きだもん
パパー、あの子が苛めるよぉっ←もう完全に忘れてる

あの子あたしを苛めたから、チョコバナナあげないもん



■夜の祭りの煌きの中
 喧嘩を始める恋人達、泣きそうになる友人達、怒り出す親子達。
 祭り会場の至る所で人間関係にひびが入っている。
 その原因は、覚と天邪鬼の鬼ごっこだ。
「遊び半分って……子供ゆえの悪戯って罪深いね」
 浮気心がばれて彼女に逃げられた青年に、『セラフィム・ロイス』は「ご愁傷様です」と声をかけながらラムネをそっとさし出した。
「元気だせよー」
 豚肉の串焼きをもぐもぐしつつ『火山 タイガ』も一応励ます。
 思った以上に覚も天邪鬼も暴れている。
 探して捕まえるより、誘き出す方が得策だろうと二人は判断する。
「というわけで、あくまで一般人を装おう」
 セラフィムの手には綿菓子が二つ。「おう!」と答えるタイガの手にはたこ焼きが一つと綿菓子が二つ。
 一般人を装うにしては綿菓子が多すぎるが、綿菓子は覚と天邪鬼の好物で、誘き出すには必要不可欠な小道具だった。
「甘い……面白いね、わたあめの溶ける感じ」
「作ってるとこすごかったもんなー! ふわふわ雲が出来るみたいで!」
「うん。あれはよかった。ずっと見てたくなった」
 とはいえ、二人も綿菓子を堪能していた。一般人を装うなら食べなきゃおかしい、という理由で、思い切り堪能していた。
「餌は万全! 後は一つ目小僧お面の子供に気ーつけてればいける! ついでに回るとこも……」
「目的忘れないでよ」
 目を輝かせて屋台を見回すタイガに、セラフィムは苦笑する。
「一つ思ったけど、心が読めるって事は捕まえようとしてるのもわかるから、楽しんでた方がいいかも。近づきやすいし」
「なるほど、「わたあめ美味い!」とか思ってる方が近よってくるかも!」
「うん、かもしれない。だから、タイガ意気込みすぎないでね。顔に出やすいんだから」
「オレは口に出すタイプだしなぁ」
 うーん、と眉根を寄せるタイガは困る。心を読まれるとは厄介だ。
 基本、暴かれて困る事などないが、たった一つ。
 口に出せていない、セラフィムへのあの感情。
(『あの事』以外なら平気だし大丈夫だろ)
 気にしながらもタイガは根拠もなく大丈夫だと判断する。
 えてして、そういうものほど暴かれやすいとは知らずに。
「ああ! 仲良くなるってのもいいか。金魚すくい、射的、輪投げ、踊り、早食いも……」
 次々とタイガの口から出てくる作戦に、セラフィムはもう一度苦笑する。
 セラフィムは楽しそうに語るタイガを眼を細め見る。
「『屋台の灯りとか、提灯とか……夜で暗いのに、祭りがキラキラ輝いてて綺麗だ。タイガに似合うな……』と思ってるだろう」
 第三者の声が二人の後ろから入り込む。バッと声の方を振り返れば、セラフィムが持っている綿菓子に手を伸ばしている、一つ目小僧のお面の少年。
 恐らくは、覚。
「「いた!」」
 タイガと少年が一緒に叫ぶ。
「って思っただろう! ていうか何だお前ら何で捕まえようなんて考えて!」
 言いながら覚は身を翻して逃げ出す。同時に「待て!」と叫びながら弾かれたようにタイガが駆け出す。セラフィムも慌てて二人の後を追う。
 綿菓子で誘き寄せることは出来たようだが、結局捕まえようしているのがばれてしまい逃げられた。
 となれば、後は体力勝負。タイガは何も考えずにただひたすら覚の後を追う。
 ハンティングとスポーツのスキルを持ったタイガと、ただ心を読むだけの覚。
「お前もうちょっと何か考えながら走れよ馬鹿ぁあぁぁぁぁ!!」
 心を乱す事が出来なかった覚は、泣き言を叫びながらタイガに腕を捕まれた。
「よーし! 捕まえたぞ、お前サトリの方だろ!」
「そうだけどー? ……『屋台に夢中で見とれてるセラよかったなぁ。こうぎゅっと……』」
「わああああ!!!」
 セラフィムがようやく二人に追いつくと、丁度タイガが絶叫。お面を顔面に押し付けるようにして覚の口を塞いでいた。
「っ……耳が痛い。僕が何?」
 大声に耳がキンとなったセラフィムが問えば、顔を赤くしてあわあわとするタイガ。そこへ、無理矢理手をどかしてなおも覚が口を開く。
「『なんか自覚してから……』」
「いいから読むのやめろ! よおぉ!!」
 今度は胸倉を掴んでガクガクと揺らして黙らせる。
「男だったら姑息な手しねぇで正々堂々勝負しろ! で! 勝ったら言う事きく! どうだ?!」
「じゃあ俺が勝ったら、その綿菓子全部寄越せよ! 絶対だぞ!!」
「男に二言はない!!」
 天邪鬼との鬼ごっこはどうしたんだ。
 セラフィムは内心で突っ込みながらも、一応はこれも捕まえた事になるのだろうと考え、目の前で射的屋に入る二人を見守ろうと決めた。
「まったく。あ、射的やるなら虎のぬいぐるみとって」
「おう! セラが取り損ねたらオレがとってやるぜ!」
「え? いや僕はいいって」
「セラも男だろ!」
「男だけど!」
 笑顔で言うタイガには、皆一緒に仲良くなってやれ、という目論見と、セラフィムと楽しく祭りを過ごしたい、という気持ちがあった。
 それが目に見えて伝わるから、セラフィムは諦めて答えるのだ。
「……わかったよ」
 諦める、というには柔らかい声色で。

 射的の腕前としてはやはりタイガが一番よかったのだが、そこは覚が相手。打つタイミングで心を読んでは揺さぶりをかける。
 しかし、集中したマタギは強い。
 結果はタイガが圧勝。続いて二番が覚で、三番がセラフィムだった。
「どうだぁ! いいか、もう人の心言いふらして迷惑かけんなよ!!」
「綿菓子ー……」
「虎のぬいぐるみ取れた……!」
 得意満面なタイガに、しょんぼりとする覚、そして最後にようやく目当てをゲットして満足気なセラフィム。
「はい賞品。いい勝負だった。鬼ごっこより楽しくなかった?」
 セラフィムは大事に食べようと楽しみにしていた花型の綿菓子を差し出す。
 覚は驚いたようにじっと見てからそっと受けとる。
「……『凄く楽しかった』って思ってるだろう」
 ぽつり、言ってから走り出す。「しょうがねぇから今年はもう人の心暴かねぇよ!」と元気よく言いながら。
「来年もだろ! ったく……」
 呆れるタイガの横でセラフィムがおかしそうにクスクスと笑う。
 その笑顔を眩しそうにタイガが見る。
 ―――『祭りがキラキラ輝いてて綺麗だ。タイガに似合うな』
 覚が読んだセラフィムの心。それを思い出して、タイガは胸が熱くなる。
「そういえば、タイガが覚に読まれたのは何?」
 大声出して誤魔化してたけど、と小首を傾げる。
 タイガはまた顔を赤くしてせわしなく尻尾や耳を動かし、そして最終的に腕組みをして唸ってから大きく頷いた。
「今は! まだ秘密!」
 セラフィムはきょとんとしてから、目元を緩ませる。
「今は?」
「そう、今は、まだ」
 いつか言うから。
 それがいつかはまだ分からないけど、必ず言うから。
 とりあえず今は。
「あのさ、セラもすっごく綺麗だ。キラッキラの祭りに凄くよく似合ってるぜ!」
 今は、さっき思った事を、ただ伝えた。
 恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに顔を赤くしたセラフィムは、虎のぬいぐるみで顔を隠して「ありがとう」と小さく言った。


■甘い涙と惑う心よ
 お祭りで美味しいもの食べ放題とは、なんと素晴らしい事だろう。
 覚と天邪鬼を誘き寄せる為の綿菓子をパパである『白露』に持たせた『アイオライト・セプテンバー』は、妖狐から頼まれた事も忘れて買い物に勤しんでいた。
「チョコバナナ沢山買っちゃったーしあわせー♪」
 言いながら早速ストロベリー味のチョコバナナをぱくりと食べ始める。
「アイ、それを食べたら探してみま……」
「あ、あっちにもなんだか面白そうな屋台があるよ! パパ、ちょっと見てくるねーっ」
「あ、ちょっと!」
 チョコバナナを持ったまま走り出したアイオライトの背後を、白露は溜息をつきながら見ていた。
 満足したらそのうち戻ってくるだろう。そう思って。
 しかし。
 五分後―――帰ってこない。
 十分後―――帰ってこない。
「……アイを探しながら覚や天邪鬼も見付けることにしましょう」
 もう一度、今度は心配と疲労を綯い交ぜにして溜息をつき、白露は三つの綿菓子を手に動き出した。

 白露が動き出した頃、アイオライトはアイオライトで白露の不在に気がついた。
「あれ、パパはどこ行ったんだろう。もう! ふらふらして駄目だなあ」
 この場に白露がいれば、誰がはぐれたんですか、と叱るだろうが、ここにはアイオライト一人だけ。
「あたしが探しに行ってあげなきゃ」
 並ぶ楽しげで美味しそうな幾つもの屋台に目を奪われながら、アイオライトはなんとも上から目線な発言をした。

「綿菓子!」
「え?」
 後ろからの声に白露が振り返れば、そこには一つ目小僧のお面を被った少年が一人。
 ええと、いきなり遭遇ですか、どれだけ綿菓子好きなんですか。などと考えていると、お面越しにも少年がにんまりと笑ったのが分かった。
「妖狐達に雇われたのかウィンクルム。神人がいないなぁ、お前『安心してるだろう』」
「……なるほど、天邪鬼さんですね」
 心を読まれた白露は冷静に判断する。問題児が見つからなくて色々な意味で不安なのだ、安心など正反対すぎる。
「そうなんですよ。アイがいないと静かですが、退屈かもしれません」
 お話しませんか、と綿菓子を一つ差し出せば、天邪鬼はお面を上げて笑顔で寄ってきた。
 反対の心を読まれるとあらかじめ知っていれば、それほど心も乱れないし会話も繋げられる。
 屋台が途切れた小路の入り口、そこの石垣に二人は寄りかかる。話を振ったのは上機嫌で綿菓子を口にする天邪鬼だった。
「神人かぁ、『放っておいても何も問題ない』よなぁ?」
「ええ、いつだって目が離せません。今だって一瞬ではぐれてしまいました」
「あ~、『戻ってきたら甘やかして褒めたくなる』なぁ」
「はい、しっかり叱らないと……って完全に保護者思考ですね、これ」
 ウィンクルムになって、つまりアイオライトに本物の父親と思い込まれて、もうそこそこ経っている。すっかり『父親』の立ち振る舞いも板についてしまった。慣れてしまった。
 けれど、ずっとこのままというわけにもいかないだろう。
「……私はいつアイに「本当の父親じゃないよ」と打ち明けたらいいんでしょう」
 天邪鬼は白露をじっと見る。
「まぁ『もういつ言うか決めてる』んだろ」
 白露はその答えに苦笑した。

「パパー、早く出てこないと、チョコバナナあげないよー」
 メロン味のチョコバナナを振りながら声をあげるが、人ごみの中で答える者はいない。
 アイオライトはだんだん不安になって涙目になる。やがて涙は膨れ上がってポロリと零れる。
「……ッうわああん、パパどこ行ったのー?」
 ぼろぼろと涙を零しながら白露を求めて歩き回る。心優しい人が何人か声をかけるが、アイオライトは首を横に振るだけだ。
 えぐえぐ、ぐすぐす。止まらない涙に負けずに探しまわって、ようやく大通りから外れたところで石垣に寄りかかってる白露を見つける。
「あ、パパだ」
 涙が途切れる。ほっとしてから、白露の横で楽しげに話をしている少年にも気付く。
「……パパが余所の子と話してる……」
 アイオライトの胸がぎゅうっと苦しくなる。
 よく見れば少年の頭に一つ目小僧のお面がある事にも気づいただろう。探していた覚か天邪鬼なのだと気付いただろう。
 だが、アイオライトはそもそもの目的を忘れてしまっていた。その上、ずっと一人で心細くなっていた。
 そんな状態でそんな光景を見てしまえば。
「うわああん、パパはあたしのパパだもんーっ」
 再びぼろぼろと涙を零しながら、アイオライトは白露の元へと駆け寄った。
 一人なのに大騒ぎ。そんなアイオライトが近づけば当然二人も気付いて。
 辿り着いたアイオライトに、天邪鬼はニヤニヤと笑いながら口にする。
「そうか、お前『パパ嫌い』だろ」
「違うもん、あたしパパ大好きだもん、変なこと言わないでよばかぁ!」
 泣きながらアイオライトはぐいぐいと天邪鬼を押して白露から離そうとする。そんな様子に天邪鬼はさらに「『パパ大嫌い』なのか~」と笑う。
「違うもん違うもん! 全然違うもん!」
「アイ、どうかしましたか? いきなり泣き出しても、分かりませんよ」
 突然戻ってきて、泣いて、捕まえるはずの天邪鬼を追い払おうとしている。白露が困惑しながら止めれば、アイオライトが白露に泣きついた。
「パパー、あの子が苛めるよぉっ」
 ああ、これは完全に目的を忘れている。
 何となく事情が分かってきた白露が、今日何度目かの溜息をついた。
 アイオライトが無事に戻ってきた安堵から、笑顔ではあったのだけれど。

「なんだかお話に付き合ってもらった上、さらに迷惑をかけてしまったかもしれませんね」
 まだにやにやと笑ってアイオライトを見ている天邪鬼に、白露は持っていた綿菓子全部を「お詫びです」と渡した。
「あの子あたしを苛めたから、チョコバナナあげないもん」
 白露の後ろに隠れてアイオライトがぼそりと言えば、天邪鬼がアイオライトを覗き込んで最後とばかりににやりと笑う。
「そんなに『俺が大好き』か」
「違うもん!」
 膨れてそっぽを向いたアイオライトに、天邪鬼はケラケラと笑い、白露は困ったように小さく笑った。
「オレと話そうとするなんてな、面白かったあんたらに免じて『これからも大暴れしてやるよ』」
「ありがとうございます」
 最後までちぐはぐの会話を終わらせれば、天邪鬼は綿菓子を抱えて祭りの喧騒へ消えていった。
 二人きりになると、アイオライトが無言でミルク味のチョコバナナを白露に突き出した。
「パパにはあげる」
 赤くなった目で見上げてくる。ありがとうと受け取れば、はぐれる前にも見た可愛らしい笑顔。
 もう少し、このままでもいいのだろうか。
 真実を告げてこの笑顔が曇るのなら、目を赤くするほど泣くのなら、それならばもう少しこのままでもいいのだろうか。それか、アイオライト自身が思い出すまで待つ、とか。
 考えて、考えて。
 けれどまだ、答えは出ない。
「さっき見た宝石屋がおもちゃだけど凄くキレイだったの、もう一回行きたいなぁ」
「はいはい。今度は一緒に行きましょう」
「うん!」
 ただもう少し、この笑顔のままでと願う。


■嘘を嘘だと見抜くのならば
「鬼ごっこは逃げる方が得意なんだけどな」
 言いながら『叶』は綿菓子を買う。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ目になったところで『桐華』に止められた。
「一個は僕が食べるんだからね」
「それでも買いすぎだろう。絶対にこれで誘き出せるわけでもないんだし……」
 ぶつぶつと文句を言う桐華を無視して、叶は楽しそうに綿菓子を指揮棒か何かのように振り歩く。
 すると。
「桐華さん桐華さん」
「何だ?」
「釣れちゃった」
 桐華の予想に反し、綿菓子に一つ目小僧のお面を被った少年が食いついていた。やたらと幸せそうな顔でもふもふと綿菓子を食べ進めている。
「いや、そもそも他人の食べ物を勝手に食べるなよ!」
 突っ込みながら、桐華は少年の首根っこを掴んで引き離す。
 そこで、叶と少年が対峙する。
「『神人の力なんて無くなればいい』って思ってるだろう。勿体無い事考えるなぁ」
 せせら笑いながら少年が言う。
 桐華がピクリと右目を眇めるが、叶は平然とした顔だ。
「おぉ、何、僕の気持ちを読んだつもり? 残念。動揺させようったってそうはいかない」
 そこまで言うと、叶はビッと少年を指差す。
「ずばり、君は天邪鬼君だね! そんな詰まんない事考えるわけないじゃんねぇ桐華!」
 笑顔で話を振るが、桐華は疲れたように低い声で「さっさとテンコのところに連れてくぞ」と答えた。

「うむ、確かに。引き続き協力して欲しいのじゃ」
 寄り合い所でテンコが言い、叶はやはり笑顔で頷く。
 引渡しが終われば、二人はすぐにまた祭り会場へと向かう。
「よーしこの調子で次行こう次」
 張り切った様子の叶に、桐華はギリ、と奥歯を噛み締める。
 そして、唐突に腕を掴む。
「……え」
「ちょっと面貸せ」
 驚く叶を一瞬睨みつけ、桐華は祭り会場を進む。場所を探しながら。
「桐華さんどこ行くの?」
「誰もいないところ」
「えー? 何それ、きゃーえっちー」
「お前が違うと言うなら、騙されてやってもいいかと思ったんだ」
 ふざけて空気を変えようとする可能を許さないかのように、桐華は硬い声を投げつけ続ける。その声に、内容に、叶の顔から笑顔が消えていく。
「けど、無理だな」
「……何の話?」
「聞かれたくない話だろ」
 桐華は吐き捨てるように言う。
「俺にだって、言わない話なんだから」
 だから、誰もいないところに。
 叶は困惑しながらも、大人しく引きずられるように付いていく。
 嘘は得意なつもりだ。
 他愛無い事で何度だって騙してきた。騙すだけじゃなくて真実を決して語らなかったり。
 ―――『神人の力なんて無くなれば良い』
 あの星の子の丘で、輝きと共に空へ願った、誰にも明かしていない心の奥。
 言わなかった。言えなかった。そんな事を思ってる素振りなんて見せてこなかったつもりだ。
 だからさっきの少年の、天邪鬼ではなく本当は覚の少年の言った事が、自分の本当の心だなんて思われる筈がないのに。信じられる筈がないのに。
 それなのに、今の桐華のこの反応は。
「……で?」
 祭り会場から横道に入った暗い路地。人が誰もいないところでようやく桐華は叶を解放して向き合う。
 すぐ近くにある祭りの灯りが、聞こえてくるお囃子と喧騒が、さっきまでいた場所がまるで別世界のようだった。
「神人の力無くして、俺と晴れてさよならできるって算段か?」
 叶は桐華の顔が見れない。それは恐怖なのか気まずさなのか。その両方か。ただひたすら俯いている。
「ふざけてんじゃねぇぞ死にたがりが」
 怒鳴ってはいないのに、強い声。
 怒っているのが分かる。
 けれど、なんで?
「……僕の事面倒臭いって思ってるくせに」
 さよなら出来たら、きっと嬉しい筈なのに。それなのに、これではまるで。
「確かに心の底から面倒臭いって思ってるけどな」
 これではまるで、認めているようだ。許しているようだ。
 神人である叶という人間を、その存在を、受け入れられているようだ。
「それでも、そんなお前の面倒見れるのなんて俺しかいないだろうが」
 ―――桐華が、怒ってくれるなんて。
 何度考えてもこんな今が来ると思えなかった。こんな風に思ってもらえると思えなかった。
 嘘みたいだ。
 けれど近くの茂みで鳴く虫の声があまりにもはっきりと耳を打ち、これは現実なのだと告げていた。

「……何さ。桐華の面倒なんて、僕が見てあげてるじゃん。料理音痴」
「……家事の話じゃねぇから」
 溜息をつきながら「はぐらかしてんじゃねぇよ」と桐華が言えば、叶は桐華と顔を合わせないまま、桐華を置いて早足で祭り会場へと戻る。
「詰まんない事言ってないでお仕事しようよ」
「おいこら逃げんじゃねぇって……」
 人ごみの中へと身を投じる叶を追う。叶はまた綿菓子を振って歩く。
「ほーら綿菓子だよー」
 言いながら歩けば、さっきの覚とは違い、物欲しげにじっと綿菓子を見ている一つ目小僧のお面の少年が現れる
「はい、どうぞー」
 少年の顔へ綿菓子を突き出せば、少年はお面をあげて「やった!」と綿菓子を食べ始める。
 そこへ、遅れて桐華が現れる。少年は桐華に気付いてそちらを向くが、叶は振り返る事すらしない。
 そんな叶と桐華を交互に見てから、少年はにぃっと笑う。
「あ~、はいはい、あんたさぁ『精霊の事、どんだけ嫌いなんだよ』」
 それだけ言ってまた綿菓子を食べ始める少年を見ながら、桐華は振り向きもしない叶に問いかける。
「……それは、本音か?」
 祭りの喧騒に消される事のない、もう聞き慣れてしまった、耳に馴染んでしまった唯一つの声。
「……嫌いなわけないじゃん。天邪鬼め」
 搾り出すように呟いた声は湿っていた。
 天邪鬼はどっちだか。
 桐華は短く息を吐くと、しゃがみこんでしまった叶の横に立つ。
 美味しそうに綿菓子を食べている天邪鬼を連れて行くのは、泣き虫の天邪鬼が泣きやんでからでいいだろう。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 餅村  )


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月28日
出発日 09月03日 00:00
予定納品日 09月13日

参加者

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