時の境にて(錘里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 いや、あるにはあった。目の前に、道が一本、続いているだけ。
 手のひらを目の上に翳して、先を見据えてみても、何も見えない。
 遠く、遠く、どこまでも。道は続いていた。

 最近、ずっと。傍らに居たパートナーの姿は、無い。
 どこへ行ってしまったのだろう。探しに行くべきだろうか。
 でも、どこへ。判らないから、進むしかない。

 一人きりの、道程。

 覚えるのは、不安か、不満か、それとも、安らぎか。
 自分の胸の内だけが知っている感情は、周囲に影響した。
 誰かの胸の内にだけ秘められている感情が、潜んでいる気がした。
 何もなかった気がする道には、いつの間にか景色が出来ていた。

 あぁ、これは、きっと夢の中だ。

 おぼろげに理解して、また、進みだす。
 夢なら、目覚めなければ。
 そうしなければ、会えないのだ。
 思い描く、誰かには。

 傍らに在る安らぎを求めるなら。
 傍らに在れる幸福を欲するなら。

 さぁ、一人きりの時を、彷徨おう。


 香の満ちる、簡素な部屋の中。
 やはり質素なソファに、並んで座る二人の瞳は、伏したまま。
 二人の間で、しっかりと繋がれた手のひら。
 緩やかに上下する胸は、眠りの内側にいることを、示していた。

 ――それは奇妙な謳い文句だった。
 大切な人の心の内側を覗き見てみませんか。
 興味を覚えこそすれ、眉を顰めもしそうなそれを掲げた店主なる男は、にこりと微笑み、告げるのだ。
 思いや言葉が何もかも見えるわけではありません。
 ただ、ほんの少し。自分の中に流れ込んでくるだけ。
 一人きりの世界の中に、相手を思う感情が、彩を添える。

 例えば好意を寄せあえば、春爛漫の花模様が敷き詰められて。
 例えば不安に打ちひしがれれば、しとどに降る雨に中てられて。

 自分の感情と相手の感情と。くるりと混ぜた世界を見られる。ただそれだけだと。
 二本の指をくるくると絡ませた男が笑って差し出したのは、甘い甘い、蜂蜜のような色の液体。
 それが夢へと誘う物だと知ったは、重い瞼をそのまま伏せた、その後だった。

解説

ようこそ、ようこそ、夢の世界へ
さぁさ皆さま一様に、夢より続く一本道を抜けて、生還致しましょう
迷うような分岐はありません
だけれど進むことを躊躇っても構いません
貴方以外の人間はいません
最後の最後、どこかで、心に思い描いた相手と合流するでしょう
たどり着くまでに何があるかは、貴方と誰かの心次第
帰りましょう。帰りましょう。目と目が合えば、夢はお終い
貴方と貴方の心の世界は、さらさらと音もなく崩れるのです


以下、補足
プラン内では、一人きりの道程に何を思い、どう行動するかを記載下さい
基本的に、周囲には何もありません
繰り返します、何もありません
双方のプランによって、夢の中の情景が変わったり、とんでもない障害が現れたりします

なお、変わるのは情景のみです。自分自身は普段と変わりません。
始めは手ぶらですが、自身の日常に存在する物品(日用品や武器類)は、気が付いたら手にしているかもしれません。
日差しが強いから日傘を差そう。
摘んだ木の実を籠に入れよう。など。

プラン内で景色の変化を指定頂く必要はありません。指定して頂いても構いません
パートナーと合流した時点で夢は醒めます
目覚めた際の行動もあれば反映します。無くても構いません。
夢の内容は覚えていても忘れていても、どちらでも。だって夢なのですから

店主よりお一人様200jrの徴収がございますので予めご了承くださいませ

ゲームマスターより

人数控えめな分、アドリブは多めになると思います。
NG項がある場合は、記載があると良いでしょう。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アレクサンドル・リシャール(クレメンス・ヴァイス)

  クレミーから誘ってくれるなんて珍しいな
でもいいのか?俺も見る事になるけど


景色は全てお任せ

クレミーは穏やかで鷹揚で
声がとても心地よくて
どんな時も護ってくれる
優しくて、照れ屋で真面目で

俺はいつの間にか特別に想っていて
独占欲も護りたい事も素直に全部告げてきた

でも一度もクレミーの想いを聞かなかった
普段何も言わないし
何も思ってないと言われるのが怖かった

だけど「笑顔でいてほしい」と言ってくれた
紡がれる夢を楽しみだと笑ってくれる
だからきっと「何も思ってない」わけじゃない

クレミーは迷ってるのか、待ってるのか
こっちに向かってる気がしないから
笑顔で駆けて迎えに行こう
出逢えたら手を繋ごう
……抱き着いたら驚くだろうか



ティート(梟)
  そういえばおっさんが俺の事どう思ってるかなんて聞いたこと無かった

何も無い空間に不安になりフクロウと何度か呼んでみるが
昔はずっと一人だったことを思い出し、今更。と頭を振り歩き出す

不安から逃げる様に歩き続ける
梟と出会ってからはずっと一人じゃなかった事に気付く
もし俺を捨てて消えた母親のように梟が俺を捨てたら?
信じたいけど信じられない、俺じゃない誰かを見ているのが分かるから。
昔なら何とも思わなかったのに…

気付けば足は止まり、座り込んで膝を抱える
声が聞こえた気がした。けどあの優しさは俺に向けたものじゃない
遅い あんた俺の精霊だろ
違う本当はそう言いたいんじゃない
息苦しさと一緒に飲み込む「置いていかないで」



鳥飼(鴉)
  何だか懐かしい気がします。
弟がいなくなってから、こんな風に何も無い道を歩いていたような。

夢なら、もう一度会えたらいいんですけど。
そんな都合良くはいきませんよね。

元気な子でした。(快活な笑みを思い出す
にーちゃんはオレが守るんだ。
本当に守られちゃいましたね。
交通事故から7年、経ったんですね。

また僕は、誰かに護られないといけない立場になってます。
でもね、何もできないのは嫌です。
目の前で居なくなられるのも。

霧が……、鴉さん?
この道を辿れば居るんでしょうか。

君の「ねーちゃんみたいなにーちゃん」は頑張りますよ。(いない弟に呟く
まずは仲良く、ですね。

鴉さん。
これから、よろしくお願いしますね。(起床後、微笑む



●星空と霧雨
 暗いと思うのは瞳を伏せていたからで。ゆっくりと瞼を持ち上げた鳥飼の視界に映ったのは、暗くはない、光景。
 だけれど何もない。何も。
 曇天の足元に広がるのは、一面の乾いた土地と、その中で妙にはっきりと浮かぶ、道。
 踏み出し、歩を止めて。鳥飼は辺りを見渡した。
「何だか、懐かしい気がします」
 いつかも、こんな道を歩いた気がする。
 それは確か、弟が居て、居なくなって、それから。
 自分を庇った命が目の前で散る光景は、簡単に忘れられるものでは、無い。
 てん。再び踏み出した足の後ろで、薄らと赤い足跡が残っていることを、鳥飼は気づかないまま、歩く。
「夢なら、もう一度会えたらいいんですけど」
 願うように呟いて。けれどその願いはすぐに、笑みの内側に潜めた。
 都合のいい話は、曇天の隙間から差し込む柔らかな光の様な絵空事。
 美しいと思いながらも、決して手に触れることのできないもの。
 てん。てん。
 濃く、薄く、濃く、濃く、濃く。
 続く足跡には、気が付かないまま。
 鳥飼は、歩いた。
 失くしものをした世界には、なんにもない。

 曇天の足元でぐるりと周囲を見渡した鴉は、鋭かった視線と気配を、肩を落としてやわらげた。
「独りというものは安心しますね」
 誰もいないのが判る。
 誰もいないのなら、警戒の必要もない。
 曇り空が、ぽつり。一粒だけ雨を零した気がしたけれど、それは鴉の黒髪をかすかに小突いただけで、確かめようがなかった。
 見上げて、見上げて。じわりと滲む夜の気配に、表情には出さず、胸中だけで感情を顰める。
「――夢でも、夜は来るんですかね」
 夜は、好まない。
 後、廃墟も。
 つきりと背中が痛む。
 つきり、つきり。
 触れた肩が、震えていたのはきっと気のせい。
 気のせい、だけれど――。
 ――鴉なんだろう?
 どんっ、と。背後で何か大きな物が落ちたような気配に、思わず、飛びのいて身構えた。
 鋭く張りつめた気配が、視線が、再び周囲を見渡すけれど、何もない。
 つきり。
 背が、痛む。
 夜の訪れを感じたはずなのに、いつの間にか空は焼けたような夕日色に染まっていた。

 ひやり、と。冷たい風が吹き抜ける。
 それは風というにはあまりにも冷たく、刺すようで。
 先日、氷女を追った時に感じた、ちりと頬の痛むような心地に、鳥飼は思わず、頬に手を触れる。
 痛ましい思い出を辿ったというのに、何が流れているわけでもないらしい。
「薄情、なのでしょうか」
 呟いてから、違う、と首を振る。
 元気な弟だった。快活な笑みは、きっと自分の分も笑ってくれていたのだろうと思えるほど。
 にーちゃんはオレが守るんだ。口癖のような台詞が今でも頭に残っている。
「本当に、守られちゃいましたね」
 事故から、七年。
 七年で、鳥飼はまた、護られる立場になってしまった。
 不慮の事故などでは収まらない、故意の悪意から、身を守らねばならない。
 その為のパートナーが、出来てしまった。
 ぴりり、冷気が、頬を刺す。はびこる悪意のように、鋭利に。
 だけれど踏み出した鳥飼は、穏やかに微笑んでいた。
「何もできないのは、嫌です」
 剣を握れる手がある。歩みを進める足がある。
 考えられる頭があって、告げられる口があって。
 見届けられる瞳がある。
「目の前で居なくなられるのも、嫌です」
 決意に似た眼差しで顔を上げた鳥飼の視界は、白く、滲んでいた。
「霧が……」
 それは視界を奪う絶望の白にも見えるのだろうけど。鳥飼には、凍える程に冷たかった風が、温められたようにも思えた。
「鴉さん?」
 居ない、姿が。この先に居るような気がした。
 伸ばした指先さえも霞む霧の中へ、踏み込む。
 一度だけ、振り返る。
 鳥飼が気付かなかった赤い足跡は、いつの間にか柔らかな黒に払われていた。
 ひらりと舞い降りた黒い羽根が、ふわりと舞っては、赤を払い落としていく。
「君の「ねーちゃんみたいなにーちゃん」は頑張りますよ」
 ふうわり、微笑んで。
 鳥飼は霧の中を、歩んだ。

 ぱたた、ぱたた。雨音のような何かが、耳朶を突く。
 鴉が見上げた空が、赤い滴を落していた。
 痛む、背から。
 同じものを零した六歳。
「他人なんて、当てになりません」
 『鴉』と称された自分に、羽をつけてやると。ばっさり切り捌かれた背は、未だに鴉から神経を奪ったまま。
 視線を落とした右の掌。きつく握り締めたつもりのそれは、気を抜けばすぐに緩く、開いてしまう。
 利き手を移し替えるのは大変だった。幼い頃だったから、何とかなったようなものの。
 痛みに、淀む。
 感情が、暗く。
「人など……」
 信用ならない。
 いつ、何をしてくるか判ったものじゃないのだから。
 気が付けば止まっていた歩み。その足元を、柔らかな風が擽るように通り抜けていくのを感じて、顔を上げた。
 暗い。けれど、明るい。
 ――夜、夜だ。
 だけれど果てへと続く夜空には、眩いほどの星がちりばめられていて。
 見上げた空は、ただ、晴れやかに美しかった。
 ぽかん、と。暫し見上げた鴉は、不意に、微笑んだ。
「主殿でしょうか」
 私の心がこんなに晴れやかな訳がありませんねと。皮肉を零しながら、鴉は星空に手を伸ばす。
 誰にでも手を差し伸べる人の良い主殿は、あの時確かに、自分にも手を伸べた。
「馬鹿な方だ。私と契約するなど」
 皮肉は、幾らでも零れるけれど。
 鴉の心の内側に燻っていた物が、零れるのも感じたのだ。
 それは晴れやかに掻き消えるわけではないけれど。凝り固まった何かが砕ける、兆しだと思うから。
 星空の元を歩く鴉の足取りは、軽かった。

「鴉さん。これから、宜しくお願いしますね」
 星空の袂で出会ったパートナーと、目が合って。
 目覚めた鳥飼がそう言って微笑んだ。
(本当にあなたは……)
 星空は、霧を孕んで。
 それでも確かに――だからこそ、煌くのだ。

●野花と暗闇
 フクロウ――。囁くような声が、何もない世界に広がる。
 波紋のように幾度も幾度も広がって、それだけ。
 取り残されたような感覚に、ティートの不安も俄かに広がって……ふるり、振られた頭に、抑えこまれる。
 昔は、ずっと一人だったじゃないか。言い聞かせるような言葉が湧いて、押し込めた不安に蓋をする。
 目の前には道がある。真っ暗で夜のようだけど、道だけははっきり見えている。
 ティートは、真っ直ぐに歩きだした。
 押し込んで蓋をした不安は、そのままここに置いて行こうと言うように。
 前だけを見ているティートの歩んだ道は、じわり、闇色に侵食されるように、霞んで、霞んで――。

 何もないと思っていた道に、花が、咲いていた。
 梟は長閑にも見えるその光景に、場違いに和んだ。
 かつてパートナーであった者を喪って途方に暮れた時間。
 あの時と、目の前に広がった何もない光景はよく似ていると、そんな風に思ったのに。
「坊や、か……」
 その存在に、確かに梟は救われていた。
 失くした意味を、もう一度手に入れる事が出来たのだから。
 さぁ――。柔らかな風が、吹き抜けて。
 ざらり。風に撫でられた花が、腐り落ちたように枯れていく。
「……坊や……?」
 唐突に、梟は思い出す。
 無垢のままに見える18の少年は。
 無垢すらもない空虚の中に埋められた、18の少年なのだと。
 ざらり、ざらり、次々と腐り落ちていく花を、一輪。摘み取り、抱える。
 そうして梟は、枯野の道を、進みだした。
「行って、守ってやらないと」
 この道の先に、あの天邪鬼は居るはずだから。

 何処からか聞こえてくる気がする足音。何処からか聞こえてくる気がする囁き声。
 何処かから、何かから、逃げるように、ティートは歩いていた。
 何もない暗がりの中で歩くティートの思考が、じわり、不安という闇に侵食される。
 もし。もしも。
 梟が、ティートを捨てて消えた母親のように、また自分を捨てたら?
 それは、「いやなこと」だ。梟と出会ってから、一人ではなくなったのだから。
 梟に限ってそんなことはないと思いたい。
 信じたい心と反発するように、信じられない心が疼くように、さざめくように、喚く。
 母親でさえ捨てたんだ。
 他人なんて信用ならない。
 それに梟が見ているのは、違う誰か。
 ティートではない誰か。
 名前も姿も知らない、梟の昔の相棒に、ただただ、重ねられているだけ。
「どうせ、梟も――」
 いつかはどこかへ消えるんだ。
 もっと、もっと、自分よりも相棒に近い誰かを見つけて――。
「ッ……!」
 耐えられなくて、ティートは思わず、足を止めた。
 追いすがった不安が、一度に心を襲った。
 へたり込むようにして座り込んだティートは、膝を抱えて蹲る。
 期待なんて、ない方が良い。
 闇色が、景色から剥がれてティートの周りをゆっくりと包み込んでいく。
 とぷん、と。水の球体のように、ティートだけを飲み込んだ。
 暗い視界には何も映らない。闇が剥がれた世界は、春のように、鮮やかに華やかに、煌いているというのに。

 花が咲いては、風に煽られて枯れていく。
 繰り返すばかりの道を、梟はひたすら進んだ。
 拾い上げる事の出来たのは初めの一輪だけ。
 後は皆、伸ばしても伸ばしても間に合わず、枯れる。
 まるで梟の指を拒むようなそれに、梟は歯噛みしながらも立ち止まらない。
 ――梟にとって、ティートは「意味」だ。
 己が生きる為の、意味。
 では、ティートにとっての梟は、一体何なのだろう。
 考えても、彼の心に思い至る事は出来ないけれど、梟は知っていた。
 梟を見るティートの瞳が、たまに、悲しげに揺らぐのを。
(信頼されてないんだろうか)
 生まれつきの神人で合ったゆえに不吉と称されたティートは、村で酷い扱いを受けていた。
 その出生を思えば、人に対して完全に心を委ねられないのは納得できる。
 だけれど、嫌悪でも警戒でもない、悲哀の理由はと、言うと――?
 かつてのパートナーとは、信頼関係があって。何となく、気持ちも把握できていた面があるけれど、ティートとはまだ出逢ったばかりで。
 判らない事の方が、多い。
「生意気な所は、似てるんだが」
 覚えた懐かしさに。
 思い、至った……気が、した。
「坊やは……」
 緩やかに、歩みが止まる。
 気が付けば、目の前に建物があったから。
 それはティートの村で、彼が閉じ込められていた納屋。
 がた。扉に手を掛けても、開かない。中に、人の気配はするのに。
「開けてくれ」
 掛けた声に、足元で花が広がって。けれど一際強い風に、跡形もなく吹き消える。
 放置された建物に蔦が這うように、昏い何かが納屋に這っては、軋ませる。

 どうせその声も、その優しさも。
 俺に向けた物じゃない。
 それでも、梟にとってのティートは「意味」だし、ティートにとっての梟は、「盾」だから。
「遅い。あんた俺の精霊だろ」
 契約したから当たり前。
 契約したから仕方がない。
 ……違う。
「開けてくれ」
 契約なんて、無くったって。
「ティート」
 傍に、居て欲しい。
「ッ……」
 ――置いて行かないで。
 願いは、息苦しさと一緒に飲み込んだ。
 飲み込んで、しまった。
 それでも扉は開いて、出逢う事が出来た夢の中で。
 梟は、ティートの瞳が潤んでいたのを、見たような気がしていた。

●陽光と日常
 互いの心が見える。
 そんな言葉に、誘いをかけたのはクレメンス・ヴァイスの方からだった。
 見えることになるけどいいのかと問えば、多分、一緒に見て欲しいし、見たいのだと返された。
 ほんのりと微笑む口元に、アレクサンドル・リシャールは安堵に似た表情を浮かべて、微笑み返した。
 ――だからだろう。目の前に広がる光景は、「何もない」と聞いていたわりに、ものに溢れていた。
 穏やかで柔らかい日差し。
 枝葉の豊かに伸びた木に小鳥が並ぶ、長閑な田園風景。
 木々から覗く、ふんわりと咲いた白と桃の愛らしい花。
 アレクサンドルは、これは自分にとってのクレメンスのイメージだと、直感で理解する。
 どこにでもありそうな光景。だけれど願う者にこそ見えにくい光景。
「クレミー」
 居ないのを理解しているけれど、呼びかけるように囁いて。アレクサンドルは揚々とした足取りで歩き出した。
 くるり、くるり。
 回りながら進む道は、歩きやすい田舎道。
 見える範囲をぐるりと見渡しながら歩いていると、クレメンスを独占したようで、少し心地がいい。
 神人と精霊。契約を交わしたウィンクルム。
 単純な呼称以上に、アレクサンドルはクレメンスが特別だし、独占欲も守りたい意志も素直に吐露してきた。
 それに対し、クレメンスは照れながらも穏やかで優しい顔で笑って、どんな時だって護ってくれて。
 心地の良い声で、名を呼んで――。
「……あれ?」
 気付く。
 夢の世界は綺麗で柔らかくて穏やかだけれど。
 一つの音も、無い事に。

 おぼろげな視界は、靄がかかったように、虚ろ。
 だけれどクレメンスの見据える先には、青空が広がっている気が、していた。
 一歩。踏み出せば、それだけで靄が晴れる。
 強い光が差し込んでいるのが、把握できた。
 あれはきっと、アレクサンドルだ。
 クレメンスもまた、パートナーと同様に、自分の夢の中に描く彼の象徴を見つけていた。
 また一歩。踏み出してみる。アレクサンドルを目指すように、ゆっくりと。
「一本道やけど、迷子になってたり、せんやろねぇ」
 冗談めかして零した笑みは、心配ではなくて、彼の姿を思い起こす兆し。
 眩しいと感じる程に、アレクサンドルは真っ直ぐで。
 向けられる笑顔はいつだって心からの幸福を表していて。
 それを見つけると、クレメンスも釣られて嬉しさが湧く。
 人の中でこそ映えるだろう彼は、当然友人も多い。
 仲の良い人も多い。その中でも、彼はクレメンスを特別だと言ってくれた。
 ずっと一人で暮らしてきて、他人へ向ける感情というものがおぼろげになった中で、その言葉が素直に、ただ素直に、嬉しいと思った。
 だけれどもしも――。
 ――とん。
「……う、ん?」
 ゆっくりと歩いていた道。爪先が、何かにぶつかる。
 こん、こん。確かめるように小突いて、足元に見えない何かがあるのに気が付く。
 思いついたように伸ばした手も、また。何かに触れる。
 右へ、左へ。数歩ずつ移動して確かめる。目の前に、壁があることを。
 もしも、例えば。
「アレクス……?」
 彼が、自分以外の精霊を、選ぶようなことがあったなら――。

 音の無い世界で、アレクサンドルはほんの少しの不安に立ち止まっていた。
 このままこの道を進んでも、クレメンスとは逢えないような気がして。
 立ち止まって、考える。
 音の無い理由。
 思い出せない声。
 繋がる。怯えるように、避けてきた問いに。
 アレクサンドルは、クレメンスに一度も聞いたことが無い。
 自分と共に居る事を、どう思っているか。
「……クレミーは、笑顔でいてほしいって、言ってくれた」
 何も思っていないと言われる事が怖くて聞けなかった。
「クレミーは、紡がれる夢を楽しみだって笑ってくれる」
 呆れた顔に、溜息を乗せて。
 それでも、それでも、笑ってくれる。
 否定をしない彼に甘えているだけかもしれないけれど。
 何も、思っていないわけではないと、アレクサンドルは信じていた。
 長閑で穏やかで暖かい、絵に描いたように綺麗で、絵に描かれたように静かな世界を、アレクサンドルは駆けた。
 クレメンスがこの夢の中で『どう』しているのかは知らない。
 どこかで立ち止まっているのか、迷っているのか。判らないけど、変わらない。
「いま、行くから」
 笑顔で駆けるアレクサンドルを追いかけるように、ちちち。鳥が囀り、風が木々をさざめかせていった。

 こん、こん、こつん。
 壁を何度か小突いて、溜息を一つ。その繰り返し。
 次第に深まっていく気のする靄の中、次第に眩くなっていく光は手の届きそうな場所にあるのに、見えない何かが遮っている。
 クレメンスはかすかに眉を寄せ、また、目の前の壁を小突く。
 こん、こん、こつん。
「アレクス」
 これは、彼の拒絶なのだろうか。
 いつか来る未来の、兆しなのだろうか。
 アレクサンドルの「好き」も「特別」も「独占欲」も、他の誰かへ向いてしまうという、予兆――?
「……嫌や」
 そんなの、嫌だ。
 こん、こん、こつん。
 ――ダンッ!
 叩きつけるように拳をぶつけて、きりと噛んだ唇。
 アレクサンドルの「好き」や「特別」や「独占欲」とは、違うものだろうけれど。
 クレメンスにだって、それらの思いは、あるのだ。
 それを彼のように吐露出来る気はしない。
 それに手を伸ばしていいのかも判らない。
 だけれど、ただ、ただ、嫌だった。自分以外が、あの眩しい笑顔を占める日が来るなんて。
 握りしめた拳が痛んだ気がしたけれど、構わずに。もう一度振り翳したクレメンスは、不意に、眩い光に目を焼かれた気がした。
 ぶわ、と。強く吹いた風に、深くかぶったフードが煽られて。
 かしゃん、と硝子のように澄んだ音を立てて崩れた何かの向こうから、アレクサンドルが飛び込んできた。
 抱き付かれたのだと理解するのに数秒。それから、腕を回して抱きしめ返すという発想には、至らなかったけれど。
 吹き込んできた風、にいつの間にか靄が全部纏めて払い飛ばされていた事には、気が付いた。
 長閑で、穏やかで、明るくて、暖かくて。
 音と光に満ちた世界で。
 顔を見合わせた二人は、笑っていた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 08月24日
出発日 08月31日 00:00
予定納品日 09月10日

参加者

会議室

  • [3]ティート

    2014/08/28-21:00 

    俺はティート。こっちのおっさんは梟。
    直接会う事は無いと思うけど、よろしく。

    心の内側、ね…

  • [2]鳥飼

    2014/08/27-23:26 

    僕のことは「鳥飼」と呼んでください。
    こちらは鴉さん。
    よろしくお願いします。

    夢なら、楽しい夢が見れるといいですね。

  • アレックスと相方のクレメンスだ、よろしくな。

    相手と自分の気持が、景色として広がって世界を彩るなんて面白いな。
    どんな景色になるのか、興味半分、ちょっと怖い、かな。
    よく考えたら、相方が俺をどう思ってるか、一度も聞いたことがないからなあ。

    皆が幸せな夢を見られるように。


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