ただ欲するものの為に~M~(こーや マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●欲
 それは暑い真夏日のこと。
照りつける太陽は厄介ではあるものの、吹き抜けていく風がひんやりと心地良い為、過ごし易いと言える日だった。
 にも関わらず、A.R.O.A.の受付娘は文字通り頭を抱えていた。
理由は彼女の前に立つ男、名はソウビ。
ウィンクルムとしてそれなりに実績を上げているのだが、なんと神人との契約を解消したいと言い出した。
 適応しあうウィンクルムは多くない。
なんとか思いとどまってもらわねばと受付娘が説得の為に理由を訊ねたところ―

「もっと優しいご主人様がいいんです……」

 ……。
……はい?なんとおっしゃいました?

「鞭だけじゃなくて……もっと飴も下さるご主人様がいいんです……」

 よくよく見ればソウビの露出した腕や胸元などには怪しげな痕。
えっちぃ意味での痕じゃなくて、その、なんだ。
言葉を濁さずに直球で言えば緊縛痕があるじゃないですかやだー。
 彼が少しでも冗談交じりであったなら、馬鹿らしいと笑い飛ばすことが出来た。
彼が少しでも悲壮な表情であったなら、真剣に対処が出来た。
 けれど、ソウビの表情はどう見ても『調教済み』。
具体的に言うと「もっと甘やかしてもらいたいけど、でも、ご主人様といるの、本当は嫌いじゃないというか、むしろ一緒にいたいというか……」


●求
「そういう訳で皆さんにはソウビさんのお話を聞いて説得なり完全に開花させるなり何とかして頂きたいんです」
 どういう訳だと突っ込みたいところだが、受付娘が人を殺せるのではないかという程に鋭い眼光で君を睨む。
口答えは万死に値するとでも言いたげに。
「ウィンクルムの片割れがどのような形であれ、解消を訴えてきている。
あなた方ならこの話を無視できますか?」
 したくとも無理です。
「あなた方ならこの話をA.R.O.A.の関係者以外に話せますか?」
 話せません。
「ですので皆さん、頑張ってくださいね。場所は押さえておきましたから」

解説

●推奨
何かに目覚めたい人
何かに目覚めている人
何かに目覚めさせたい人
彼と同様にあと一歩で覚醒しちゃいそうな人
●あれやこれや
世にも珍しい個室の喫茶店で彼の説得(?)をお願いします
喫茶店ですので飲食は必須です
お一人様につき1オーダーは必ずお願いします

苺パフェ 70jr

ケーキセット100jr
・ショートケーキ
・チーズケーキ
・チョコレートケーキ
・ミルフィーユ
+飲み物は下の単品ドリンクからお好みで

(単品)紅茶、コーヒー、オレンジジュース 50jr


本格的なあれそれは駄目、絶対
とはいえ個室です
もう一度言います、個室です

ゲームマスターより

イエス、マゾヒズム

リザルトノベル

◆アクション・プラン

木之下若葉(アクア・グレイ)

  だって仕方が無いよね
受付のお姉さんの瞳が本気と書いてマジだったんだもの

ケーキセット(ミルフィーユと紅茶)を頼んでソウビさんの前に座る
ん?いや、普通にお話しでもしようかなって
パートナーさん…いや、ご主人様だっけ
どんな感じの人なのかさえ俺達は知らないしね
それにほら、何か吐き出すだけでも不思議とスッキリする時もあるし

飴と鞭、か。何だろう
頑張った後のご褒美みたいな感じなのかな
もっと甘やかして…ってこんな風に?
(ソウビさんの頭を撫でながら)

そうだ。そのままご主人様に撫でられるの想像してごらんよ
そっちの方がいいって思うなら帰って撫でてもらっておいで
きっと帰って来たご褒美で撫でてくれるよ…多分。…ん。多分



羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  俺はセットのミルフィーユと紅茶にしようかな
ソウビさんもいかがですか?

話の内容が全く身近でない事に内心不安
まずはお話を聞いてみよう
不躾にならない程度に質問もしてみたり
一番楽しかった二人の思い出は?

不意の感触に軽く驚きつつ隣を見遣り
促されるまま話を続けるも、つい意識が向いてしまう
……駄目だ。ちゃんと説得しないといけないのに
擽ったくて、もどかしくて
それでも離れてほしくない、だなんて…俺、何か感化されてる?

思わず口ごもってしまった羞恥に顔は上げられず
こんな時に吃驚させないで、絶対怪しまれてたよ
……あの、ラセルタさん。もう、離してくれても良いでしょう
(このままだと余計な事まで考えてしまいそう、で)


ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
  心 底 どうでもいい
何だこの依頼は…サーシャ、お前また…!
悪い意味で一番酷いが依頼を引き受けた以上…全うする

属性
ツンドラドS

喫茶店に来て何も頼んでない事に気付き、
一旦落ち着こうとチョコケーキと珈琲を頼む
ケーキは美味い

まず苛々しながらも何をされてきたか詳しくソウビの話を聞く
神人と契約を申し出たのがソウビなら責任を持って飼い繋がれてろ甘えるなと説教
相手からなら愛の鞭だと思って諦めろと諭す
今回はサーシャやソウビにつっこむ側に回る


台詞
満更ではない癖に契約解消したいなどお前が言えた義理か
主人もド変態だがお前も大概だ、似た者同士仲良くしてろ
俺なら好きでもない奴は傍に置かない、その行為自体が既に優しさでは?


瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
  この先、ウィンクルムとして生きていたらソウビさんのように
痛みが快感に変わる時がくるかもしれない
残念ながら、自分は未だその心境に達していないんだけどな

注文
・紅茶とチーズケーキのセット

ソウビさんの表情を伺いながら
彼がなぜ神人と契約を解きたいのかもう少し深く掘り下げたいと思います
具体的には
・もっと易しいご主人様には、どうしてもらいたいか?
・易しいご主人様に期待している事は何なのか?
これらを踏まえたら
今、ソウビさんが話した事を神人に求めることは出来ないのか、改めて問い掛けましょう。それまで極力聞き役に徹します

納得しない様子なら
ソウビさんが求める「ご主人様」を演じて実体験させてみるしかない

スキル
・会話術







シグマ(オルガ)
  ・心情
オルちんに言われて受けてみたけど、最初の案件がこれで良いの?
まぁ引き受けたんだし、やれる事はしようか。
オルちんの笑みから不穏な予感しかしないけどね…はは(冷汗)

・行動
☆説得
まずは話しを聞かなきゃ!
…いつも口調崩してるからオルちんの敬語には違和感ーぎゃあ!?
ちょっと何す…へ?
いきなり言われても!え、ちょ、痛いって!!

☆事後
演技じゃないよ!本当に痛かったよ!!もー。
へ?くれるの?やったー!ケーキケーキ!
…なんか不吉な言葉が聞こえたような気がするけど
気のせいだよね?気のせいだ、よ…ね?(泣)

・注文
シグマ:ケーキセット(ショートケーキ)、オレンジジュース
オルガ:ケーキセット(チーズケーキ)、珈琲



●それぞれの供述
『だって仕方が無いよね。受付のお姉さんの瞳が本気と書いてマジだったんだもの』
 とは木之下若葉の談。
あの目は熟練のデミ・オーガハンターのそれだったと思う。
 若葉の隣ではアクア・グレイが彼を見上げている。
紫の瞳は、先の受付娘とは正反対にふんわりと輝いて見えた。
選択の余地がある……それはとても大事なことなのだと、若葉はしみじみ思った。


「心 底 どうでもいい。何だ、この依頼は……サーシャ、お前また……!」
 憤懣やるかたないといった様子で喫茶店の扉を潜るヴァレリアーノ・アレンスキー。
アレクサンドルはその後ろを歩いているが……あ、見ただけで分かる。
絶対に腹黒ドSだ、本当にありがとうございます、ご褒美です。
 本来であればSを堕とす方がお好きなようですが、堕としても良さそうなSはそう都合よく落ちてはいない。
しいて言えばすぐそこにいるヴァレリアーノさんとかですかね。
 でも今回はソウビを利用してヴァレリアーノさんを転がして楽しもうという魂胆の御様子。
ヴァレリアーノさんはドSのパートナーを持てた幸運に気付くべきです、本当に気付くべきです。


 悩める男が一人。
『オルちんに言われて受けてみたけど、最初の案件がこれで良いの?』
 パートナーであるオルガに言われ、受付娘からの依頼を受けたものの不安は隠せない。
シグマは自分に問い掛けるも、答えは『良くない』としか返せないのも仕方ないこと。
 引き受けたからにはやれることをやろう……そう決意を固めるシグマの横で、オルガは暗い笑みを浮かべている。
「A.R.O.A.職員だった者として見逃せない問題だ。ウィンクルムは常に不足しているからな」
 うん、その心意気はいいんですよ、はい、とても大事。
でもその笑みの黒さはなんですかね。
 不穏なものを感じ取ったシグマさんが冷や汗をだらだら流しながら乾いた笑い声をあげてるんですけども。


 悩める男はもう一人。
「なぁ、瑠璃……本当にやるのか?」
 瑪瑙 珊瑚が聞けば、瑪瑙 瑠璃は何故と言わんばかりに僅かに首を傾げる。
「だって今回の依頼人、何かおかしいじゃねぇか。何か一筋縄で行かない感じがすっぞ?」
 珊瑚は持ち前の直観力以上の勘が働いたようだ。
勘のいい人はこういうコメディなところだととんでもない犠牲になるお約束があるとは知らないようだが。
「この先、ウィンクルムとして生きていたら、ソウビさんのように痛みが快感に変わる時が来るかもしれない」
 来ない方がいい。
「残念ながら、自分は未だその心境に達していないんだけどな」
 一生、そこに辿り着かない方がいい。
そんな天の声は勿論、瑠璃には届かない。
それどころか珊瑚にも届いてはいないようで。
「そりゃあ、モノは試しだろうけどさ」
 腑に落ちない様子ながらも、これ以上は反対するつもりがないようだ。
あーあ、知ーらなーいぞー。



●最初の犠牲者
「俺はセットのミルフィーユと紅茶にしようかな」
「俺様は苺パフェとコーヒーを」
 羽瀬川 千代とラセルタ=ブラドッツは注文が決まったらしい。
三人で見ていたメニュー表を、千代はソウビがしっかり見られるように差し出してやる。
「ソウビさんもいかがですか?」
「えっと……じゃあチョコレートケーキと紅茶を」
 千代が備え付けのベルでウェイトレスを呼ぶ。
注文の品が揃うまでは当たり障りのない会話。
パートナーとは組んで長いのか、ウィンクルム以外は何をしているのか、等。
 今、迂闊に本題へと切り込めばウェイトレスに聞かれてしまう可能性が充分にある。
聞かれてしまえば、ソウビはともかく千代の名誉がひじょーーーっによろしくないことに。
それだけは、なんとしても避ける必要があった。

「どうぞごゆっくり」
 ウェイトレスが最後の注文の品であるラセルタの苺パフェとコーヒーを置いて出て行く。
これでようやく話が出来る。
 ラセルタは『普段から人を使う側でな、気持ちは汲めそうにない』とのことで静観を決め込んだ。
逆に千代は、話の内容が全く身近でない事に若干の不安を覚えつつも、話を聞いてみるしかないと言葉を捜す。
不躾にならない程度の話題というと……。
「一番楽しかった二人の思い出は?」
 無難でありながら、ソウビとパートナーの絆を振り返る問い掛け。
とてもいい質問の筈だった。
 考え込んでいたソウビが控えめながらも幸せそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「追剥を撃退された時のご主人様が……」
 ……ん?
「すごく、輝いていらして。あの時の笑顔は思い出すだけで……楽しいっていうか、幸せになれるっていうか」
 予想の斜め45度上を行くソウビの返答に、千代の笑顔が凍りつく。
だらだらと流れる冷や汗。
返せる言葉すら千代には持ちえない。
ラセルタは隣で平然とパフェを口に運んでいる。
 嬉しかったプレゼントは?側にいたいと思った出来事は?
そういった質問も、危ない領域に突っ込んでしまいそうで怖い。
 ふいに椅子の上に置いた千代の手に何かが触れた。
正体は探らなくとも分かる。
驚きながらも千代は隣に座るラセルタを見た。
 ラセルタは何をしていると言わんばかりに、千代へ話を続けるように目で促す。
「えっと……別のえー……ご、ご主人様がいいと思ったそもそもの理由は?」
「その……僕は、九尾鞭が良かったんですけどご主人さまは
「いいです、ごめんなさい、それ以上は大丈夫です……!」
 冗談抜きじゃなくて鞭の話じゃないですかやだーーーーー!!
しかも話している間にもラセルタさんがいぢわるしてくるのが、もう、ね。
 可哀想だが千代に逃げ場はない。
何より、千代も調教が随分進んでいることに自覚が無いらしい。
だってちょっと顔赤いですし。
訳すと『擽ったくて、もどかしくて、それでも離れてほしくない、だなんて……』な感じの顔は、受付娘のところに相談したときのソウビと同じ顔。
 千代とソウビの会話が途切れる。
すると二人の会話が終わったことに満足したのか、ラセルタが言葉を紡ぐ。
「で?いつになったら主人の元へ帰るのだ。奉仕に煮え切らぬ駄犬に悩む時間を与える。十分に飴ではないか」
「そう……ですか?」
 納得していない様子のソウビ。
説得といえる会話をほぼできなかった以上、無理もない。
 ソウビと千代&ラセルタ組の会話は、千代の調教が進むという結果を生み出して終わった。



●二人目と三人目の犠牲者
 ヴァレリアーノとアレクサンドル、瑠璃と珊瑚が入室する。
喫茶店の入り口でかち合い、それとなく漏れ聞こえてきた話の内容から「この二人……使える!」的なヴァレリアーノの判断により共闘となったらしい。
 四人の前にそれぞれの注文の品が運ばれてくる。
アレクサンドルは何を注文するか決めかねたらしく、ウェイトレスの薦めに従って紅茶を頼んだ。
ヴァレリアーノは早速チョコレートケーキを堪能する。
「ケーキは美味い」
 状況は不味いと言いた気にも思えますが、取り敢えずは御満足していただけたようで何より。
何かを感じ取ったのか、ソウビは怯えと期待の篭った眼差しでヴァレリアーノとアレクサンドルを見ている。
優秀なセンサーがついている模様。
 ソウビの様子を窺いながら瑠璃が切り出した。
「……もっと優しいご主人様が出来たとして、その人にはどうしてもらいたいんだ?」
「えっと……まずは僕の上に座っていただいて、でも一時間に一度くらい撫でてもらいたいです」
 瑠璃から渡されたメモ帳にソウビの願望を書き写そうとしていた珊瑚は、メモ帳を投げ捨てたくなった。
ソウビの願望通りのご主人様を演じればいいという瑠璃の案だったのだが早くも無理難題になっている。
「……優しいご主人様に期待していることは?」
「素敵なご褒美、ですね」
「素敵なご褒美とは?」
 聞くんじゃねぇ、止めとけ!
無言でありながら雄弁な珊瑚の訴えは残念ながら瑠璃には届かなかった。
 うっとりと、夢見るような眼差しのソウビは、見る側からしたら怖い。
「ご主人様の手ずから餌を与えていただきたいです」
 駄目だ、これ、本気で駄目だ。
でも珊瑚さん、すごく頑張ってるよ!
一生懸命ソウビの願望を図解付きでメモしてるよ!
涙目だけど。
「ソウビさんの神人に、お願いすることは出来ないのか?」
「多分……『犬が俺に指図するとはいい度胸だ!』ってバラ鞭が飛んできます」
 沈痛な面持ちのソウビだが、それ以上に珊瑚の表情が大変なことになっている。
魂が抜ける一歩手前みたいな感じ。
ソウビの理想通りのご主人様を演じるのは、いくら個室であれやこれやそれやが見えないようになっていても、初心者もとい危ない扉を潜りたくない身には荷が重過ぎる。
どうしたものか……瑠璃は悩み始めた。
 すると、苛立たし気なヴァレリアーノの声。
「契約を申し出たのはどっちだ?」
「ご主人様か
「愛の鞭だと思って諦めろ」
 一刀両断早かった、世界記録レベル。
でも何故かソウビは少女漫画さながらにきゅんきゅんしている模様。
今度は様子を見ていたアレクサンドルが口を開いた。
ソウビの縄によるほにゃららの痕を見る彼の表情は悲愴そのもの。
「優しい主人を求めているなら我が汝の主人になってもいいのだよ、望むなら一夜と言わず……」
「え……?」
 どっきーんと、少女漫画あるあるの効果音が聞こえてきそうなソウビの表情。
少女漫画でこんな展開があってたまるか。
 クリームを掬って舐めさせようかとも思ったが、生クリームを使ったケーキを頼んでいないので断念。
代わりに、優しく同情心の篭った(ように聞こえる)声でアレクサンドルは訴えかける。
「ただ痛くすればいいなど愚の骨頂、その主人は分かっていない」
「で、でも……」
 ソウビの表情が曇ったことに気付いたアレクサンドルは笑みを深く、ヴァレリアーノは逆に眉間のしわを深くして舌を打つ。
「満更ではない癖に契約解消したいなどお前が言えた義理か」
「い、痛いのが嫌なんじゃなくて、もっと……もっと……」
 詳しくは聞きたくない台詞を吐き出すソウビ。
瑠璃は真剣な眼差しで成り行きを見守っているが、珊瑚は踏み入りたくない世界の入り口が顔を覗かせていることに戦々恐々としている。
「主人もド変態だがお前も大概だ、似た者同士仲良くしてろ」
「だけど、もっと素敵なご主人様に出会いたくて……」
 ヴァレリアーノを見つめるソウビの目は潤んでいる。
「俺なら好きでもない奴は傍に置かない、その行為自体が既に優しさでは?」
「汝が帰る場所は一つだ、好きなのだろう」
「……そうじゃ、ないんです……違うんです……」
 揺らぎながらも、否定を紡ぐソウビの唇。
ソウビとヴァレリアーノ、アレクサンドルの間では何かが食い違っているように瑠璃には見えた。
しかし、ヴァレリアーノ達以上の言葉を瑠璃自身が持っていないのではどうしようもない。
 こうして二組目と三組目によるプレイが終了した。



●四人目の犠牲者
 オルガは一先ずコーヒーをひとすすりし、それから口を開いた。
「まぁ、ご主人様との日々を思い返してみて下さいよ。その傷、本当に痛いだけだったんですか?」
「それ、は……」
 恐らく、ソウビの頭の中ではご主人様との日々が走馬灯のように駆け巡っているのだろう。
その瞳が懐かしむように揺れる。
 シグマはせっせとショートケーキとオレンジジュースをを飲み食いしながら二人のやり取りを眺めていた。
まずは話を聞かなくてはと思ったからなのだが、それが不幸を招くことになるとは。
 いつも口調崩してるからオルちんの敬語には違和感……なんて考えていたら――
どげし。
「痛いっ!?」
 何の前触れもなくシグマの足が蹴られる。
オルガを見ればうさんくさーい笑顔。
「ちょっと何す
「これぐらい痛くないでしょ。いつももっとイイ事してるじゃないですか」
 その話、詳しく。
「ちゃんとお芝居出来たら早く終わるぞ」
「いきなり言われても!え、ちょ、痛いって!!」
 ソウビに聞こえぬように小さく囁くオルガに、困惑を隠せないシグマ。
なんだ、違うのか。
 シグマ抗議は溝に捨て、オルガはげしげしと幾度も蹴りをプレゼントフォーユーする。
唐突に始まった二人のプレイ(仮)を、ソウビはいろいろと危ない眼差しで見守る。
ごくりと、ソウビが音を立てて唾を飲み込む。
「縛る蹴る等でしか(げしっ)愛情を表現出来ない者も(げしっ)世の中には居るんです(げしげし)。
理解するのもまた(げしっ)パートナーの勤めでは?(がすっ)」
 ふるぼっこだどん。
勿論、わーいと喜べる領域にシグマは辿り着いていない。
 オルガが再びコーヒーをすすると共に蹴るのを止める。
これが仕事精神から来てる行動だからすごい、ワーカーホリックにも程がある。
「ち、違うんです……僕は……痛いのは好きですけど……もうちょっと……」
「ふむ……」
 肩を落として震えるソウビはもう一押しに見えるが、オルガにもこの他に策はない
仕方がない、残る一組に望みを託そう。
「ごめんなさい、少しお手洗いに行ってきますね……」
 ソウビが席を外すと、オルガは蹴られ続けたシグマを(一応)労う。
「ド下手な演技お疲れ」
「演技じゃないよ!本当に痛かったよ!!もー」
 推定十四回は蹴られたのだからシグマの抗議は当然のもの。
軽く怒ってみせるシグマに、オルガはやれやれと言わんばかりの態度でケーキの皿を差し出した。
「仕方ないな、褒美に俺のケーキでも食べてろ」
「へ?くれるの?やったー!ケーキケーキ!」
 途端に急上昇するシグマの機嫌。
尻尾があればきっとぶんぶん振っていたに違いない。
 嬉しそうにチーズケーキを平らげ始めたシグマを見て、つい、オルガは呟いてしまった。
「……餌付けしてる気分だ」
「……なんか不吉な言葉が聞こえたような気がするけど、気のせいだよね?気のせいだ、よ……ね?」
 涙目でオルガを問い詰めるが、オルガは素知らぬ顔でコーヒーをすする。
 二人は気付いていなかった。
ソウビが求める主従の形を、今まさに自身たちが体現していたことを。
 こうしてオルガとシグマによる説得は、シグマが調教(物理)される結果に終わった。
残る説得班は、残り一組。



●最後の犠牲者
 ソウビの正面には若葉、その隣にはアクアが座った。
既にそれぞれの注文の品は運ばれてきている。
 何も言わずミルフィーユをつつく若葉に、ソウビは恐る恐る「あの……?」と問い掛けた。
「ん?いや、普通にお話しでもしようかなって。パートナーさん……いや、ご主人様だっけ。
どんな感じの人なのかさえ俺達は知らないしね。それにほら、何か吐き出すだけでも不思議とスッキリする時もあるし」
「あ、そうでしたか」
 言いつつ、ソウビも残り僅かとなったチョコレートケーキを切り分けた。
「すみません、皆さんを困らせてしまうのは分かってるんですけど……でも、どうしても……」
「もうちょっと飴が欲しいんですね」
「はい……」
 しょんぼりと落ち込んだように見えるソウビを前に、若葉はティースプーンで紅茶を混ぜながら思案する。
「飴と鞭、か。何だろう、頑張った後のご褒美みたいな感じなのかな」
「そう……ですね。そんな感じです。もっと、甘やかされたいというか……」
「もっと甘やかして……ってこんな風に?」
 椅子から腰を浮かせ、若葉はソウビの頭に手を伸ばす。
ゆるゆると撫でるその手つきは包み込むような優しさが感じられる。
 ソウビの瞳に、涙が浮かんだ。
優しさに飢えていたのかもしれない……若葉はそう思った、が。
「優しさが、純粋な優しさが心に痛いっ……!」
 なんなんだ、君は。
零れそうになる涙を拭うソウビに、若葉は戸惑う。
 そこにアクアが救いの手っぽい何かを差し伸べた。
「僕は縛られたい(物理)とは特に思いませんし、ワカバさんを縛ろう(物理)とも思った事ありませんので、ちょっと解らないですけれど」
 思われていたなら怖い、若葉の体が一瞬、硬直する。
「でも需要と供給が合っているなら、きっと相性が良いって事です」
「そう思いますか……?」
「はい」
 だってと紡ぎながら、アクアは苺パフェをつついていたスプーンを置いた。
「ご主人様に縛られるの、少し好きになってきているんでしょう?嬉しく思ってしまうんでしょう?そんな自分が嫌では無いんでしょう?」
 分からないって嘘ですよね、アクアさん。
理解ありすぎですよ、理解ありすぎて隣の若葉さんがちょっと怯えているように見えますよ。
 パフェグラスの中で、苺が僅かに溶けたアイスクリームの上を滑り落ちていく。
その様を眺めていたソウビからは否定の言葉はない。
「それは縄ごとご主人様が好きな証拠ですっ。ね、ワカバさん!」
 柔らかい笑顔のまま、アクアが隣の若葉を見る。
「アクアさん……?」
 若葉が『さん』付けで、しかもアクアを見て首を傾げている意味が分からない。
分かってないのはアクアだけなのだが。
「ほら、ワカバさん」
 兎にも角にも今を逃してはならないと、アクアは若葉に再度、ソウビを撫でるように促す。
若葉は我に返ったように頷き、再びソウビの頭を撫でる。
「そうだ。そのままご主人様に撫でられるの想像してごらんよ」
 ソウビは目を閉じた。
若葉が言うように、ご主人様に撫でられるのを想像しているのだろう。
だって妙に頬が赤く染まってるし、なんでか息が荒くなっちゃってるし。
「そっちの方がいいって思うなら帰って撫でてもらっておいで。きっと帰って来たご褒美で撫でてくれるよ……多分」
「多分?」
「……ん。多分」
 確信はないんだと言わんばかりのアクアの反応だが、若葉は色んな意味でよく分からないので仕方がない。
分からないほうが幸せかもしれないが。
 若葉がゆっくりと手を離せば、ソウビもゆっくりと目を開く。
きらきらと眩しいほどの輝きが、その瞳には宿っていた。
「……ありがとうございます。僕、ご主人様のところに帰ります」
 そして撫でてもらうんです。
期待の色を浮かべたソウビは、ぺこりとおじぎをして個室の扉を潜る。
 それは新しい明日へと続く扉。
ソウビは今、生まれ変わったのだ。

 ところで皆さん、御存知ですか?
『僕』という一人称、その言葉の意味を。
そして、『放置プレイ』という言葉の意味を。
 つまり、そういうこと。
ご主人様の元へ戻ったソウビが撫でてもらえたかは……ね?



依頼結果:成功
MVP
名前:シグマ
呼び名:シグマ
  名前:オルガ
呼び名:オルちん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月20日
出発日 08月27日 00:00
予定納品日 09月06日

参加者

会議室

  • [7]シグマ

    2014/08/26-17:51 

    皆よろしく!

    あと俺達も個人で頑張ろうって話になったんだ。俺自身も頑張ってみる。
    曖昧にしてたなーと思ったから、一応書き込んだ方が良いかと思って書き込んでみたよ。
    じゃあ、あっちで会った際もよろしくねー。

  • [6]木之下若葉

    2014/08/26-16:14 

    遅くなって申し訳ない。
    木之下とパートナーのアクアだよ。
    揃って宜しくお願い致します、だね。

    ん、そうだね。俺たちも羽瀬川さんと同じで三者面談形式で想像していたや。
    俺たちは受付のお姉さんの眼力に負けた感じだから普通に説得をする予定だよ。
    だから形式としては個人予定、になるのかな……?多分。

  • [5]羽瀬川 千代

    2014/08/26-02:18 

    ご挨拶が遅れました、羽瀬川千代とパートナーのラセルタさんです。
    皆さん宜しくお願いしますね。

    俺も個室と聞いて、各ウィンクルムさんが三者面談的な感じでお話をするのかなと考えていました。
    ラセルタさんが会話術を持っていますが、あまり乗り気ではないみたいで……。
    今のところは個人で説得をするつもりです。

  • [4]瑪瑙 瑠璃

    2014/08/25-02:28 

    悩むに悩んだ末、意を決して参加します。

    ヴァレリアーノさんとシグマさんは初めまして、自分は瑪瑙瑠璃と申します。
    若葉さんは流星群、千代さんはシャチ以来ですね。
    皆さん、どうぞよろしくお願いします。

    説得にしても、開花させるにしても役立つかわかりませんが、
    自分は会話術のスキル(レベル1)を持っていますので検討して下さると助かります。

  • [3]シグマ

    2014/08/24-22:51 

    アノちん、よろしくだよー。
    ありがとう、そう言ってくれると心強いね。

    あ!個室の件は俺も書き込んだ後思ったんだ。
    オルちんはどっちでもとか言ってるけど、結構大事なところなんじゃないかな。
    共同説得が出来れば心強い、俺もいろんな意味で不安だからね。(精霊から目をそらしながら)

    オルガ:
    どうも初めましてシグマの精霊、オルガと言います。以後お見知り置きを。

    個室に関しては個室です!と押してる辺り、各自のような気もしますけども。どうも曖昧ですね。
    まぁ俺達の方は好きに説得してみようと思ってます。
    もし誰かと組んで説得と言う話の方が良さそうであれば、そちらも視野に入れておきます。
    何のスキルもないので、お役に立てるかは解りませんが、よろしくお願いしますね。

  • Добрый вечер、ヴァレリアーノ・アレンスキーだ。
    シグマは初めましてだな、宜しく。

    同じく俺も精霊のサーシャに連れてこられた口だが…依頼である以上尽力を尽くす。
    シグマにとっては初依頼との事だが、身の危険はないだろうから大丈夫だとは思う。

    また、俺はてっきり一つの個室で皆で説得するのだとばかり思っていたが、
    各々違う個室で説得する流れなのだろうか。
    もしそうならば俺達だけだと些か不安が残る為、誰かと説得を試みたい。

  • [1]シグマ

    2014/08/24-01:11 

    人増えたみたいだから挨拶ー。
    初めまして。俺はシグマ、精霊はファータのオルちんね。

    今回はオルちんに引っ張られて来た訳なんだけど。
    こう言うの参加自体初めてで、俺達大丈夫かな?
    オルちんはが何か企んでるようで少し悪寒を感じるけど、まぁ何とかやれればと思う。
    個室だから直接会わないかもしれないけど、どうぞよろしくって事でー!


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